マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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3ー1

 

 ハーマイオニーが食事をボイコットした。あまぁい匂いをただよわせ誘惑するデザートには見向きもしないで、こぶしをぎゅっとにぎって空皿を睨んでいる。ロンがあの手この手で抵抗を諦めさせようとしているが、まったくの逆効果であった。

 ああ……そういえばそんな時期か。ハーマイオニーの同意を求めるような視線を無視して糖蜜パイをつまむ。とりあえず、例の無差別編み物トラップだけは阻止しておかないと。あれは悲劇しか生まない。

 三つ目の糖蜜パイに手を出し──ふと、アステリアに好物を聞かれた際、糖蜜パイと答えればよかったか。と今さら思い付いた──ダンブルドアの合図を待つ。四つ目の糖蜜パイへ伸ばした指をハリーにそれ以上はいけませんと絡め取られたところで、机上からご馳走の残りが消えた。

 

 

「みなよく食べ、よく飲んだことじゃろう。ちと、爺の話に耳を傾けてはくれんかの? いくつか知らせねばならんことがある。まずは……」

 

 

 新学期恒例の挨拶に緩んでいた生徒たちの気は、やがて告げられたダンブルドアの『報せ』によっていっせいに引き締められた。

 

 

「今年の寮対抗クィディッチ試合は取り止めじゃ」

 

「エーッ!!」

 

 

 クィディッチ好きの生徒たちから盛大に非難の声があがった。特に納得ならないのは選手たちだ。当然、グリフィンドールチームの花形シーカー、ハリーだって、マーリンの髭! と叫び出しそうな勢いだった。

 

 

「だが、それに替わる一大イベントがある。わしはみながこの行事を大いに楽しむだろうことを確信しておる。先生方も己のすべてを費やして尽力してくださることじゃろう……それでは、ここに大いなる喜びをもって発表する。今年、このホグワーツにて──」

 

 

 ダンッ。大広間の扉が雷鳴と共に開いた。ルーピン先生の傷だらけの顔が可愛く思えてしまうほどの強面と『魔法の目』を持つ男──アラスター・マッドアイ・ムーディがそこに立っていた。……少なくとも、見た目はマッドアイ・ムーディであった。

 生徒たちの不躾な視線なんてものともせず──しかし魔法の目はギョロギョロと生徒たちを見回していた──マッドアイがダンブルドアの元へと向かう。数言話せば、彼は毎年この時期に空席となる教員席へと着いた。それが意味する事実に、生徒たちの困惑のざわめきがささやかに広がった。

 

 

「紹介しようかの。今年から闇の魔術に対する防衛術の担当教授に就いてくださる、ムーディ先生じゃ」

 

 

 拍手をしたのはダンブルドアとハグリッドだけだった。コホン。気を取り直してダンブルドアは続ける。

 

 

「先ほど言いかけたことじゃが、これから数ヶ月にわたり我が校は二校の選ばれし生徒たちを受け入れる。ボーバトンにダームストラングじゃ。うむ、チラホラと名前を知っている生徒もおるようじゃのう。さて、なぜならば──まこと光栄なことに、本校にて 三大魔法学校対抗試合(トライウィザード・トーナメント)を開催する名誉に預かれたからじゃ」

 

 

 聞きなれない名前に、生徒たちのざわめきは大きくなった。ダンブルドアは微笑ましげに子供たちを眺めながら概要の説明へと入った。

 柔軟な生徒から徐々に喜色の声が伝染し、大広間はやがて興奮に包まれた。誰もがホグワーツの代表として輝く自分を想像した。そして、年齢制限の規約にがっくりと肩を落とした。──ことさら、野望秘めたる未来のやり手商人たちは、諦めてすらいなかった。彼らにとって、ふってわいた一千ガリオンという大金は喉から手が出るほどに欲しいものだったのだ。

 寮に戻ってからも、稀に見る真剣さで相談し合う双子の兄たちに、ロンはどことなく感化されているように見えた。……どうか、今回はハリーと拗れに拗れたりしなければいいけど。

 

 翌日から四年生の授業が始まった。ハグリッドはやっぱり、あのおぞましい化け物・尻尾爆発スクリュートを繁殖させてしまったし(今回ばかりはセオドールの「正気を疑う」に同意せざるを得なかった。)

 トレローニーは惑星を語って趣味のハリー死亡予言をインチキするし(ところで僕に予言をしないのはなぜだろう。)

 初日から散々だった。極めつけは──木曜日の『闇の魔術に対する防衛術』だ。

 

 

「インペリオ」

 

 

 ロンが答えた許されざる呪文の一つ、服従の呪文が蜘蛛へとかけられる。蜘蛛がタップダンスをする。みんな笑っている。──胸くそ悪い光景だった。

 蜘蛛へと杖を振るったこのマッドアイ・ムーディが偽者であることを知る僕からすれば、呪文を見せつけて気を付けろだなんて言って、おままごとでもして嗤っているようにしか見えないのだ。

 けれど、この授業が──マッドアイに扮する奴の授業が、ハリーや親友たちにとって今後重要になることも事実であった。それも気に食わないうちの一つだ。

 

 

「クルーシオ」

 

 

 ネビルの答えた磔の呪文が肥大化した二匹目の蜘蛛を襲う。蜘蛛は声すらなく苦しみ、悶え、痙攣して皆に明確な苦痛の恐怖を突きつけた。

 

 

「先生」

 

 

 僕は手を挙げた。

 

 

「先生──もう、よろしいでしょう」

 

 

 ハーマイオニーはネビルの手を握っていた。ネビルは──蜘蛛を一心に見つめていた。食い込んだ爪も、噛み切りかけている唇も、力みすぎて震える全身も──なにも感じないくらい、真っ直ぐに。

 

 三匹目の蜘蛛が取り出された。マッドアイの目がはっきりとハリーへ動くのを見て、僕は再び手を挙げた。

 

 

「……ふむ、お前はマリア・ポッターだな? ──いいぞ、答えてみろ」

 

「マリア……」

 

 

 クラス中が、三匹目の蜘蛛はどうなってしまうのかと不安そうにする中、やはり誰よりも一番に悟ってしまう聡明な魔女は僕を見て泣きそうな顔をした。

 大丈夫だよ、ハーマイオニー。君にも、ハリーにも──これは答えさせない。

 

 

「アバダ・ケダブラ」

 

 

 蜘蛛は絶命した。ハリーの目の前で。最悪の緑の光を受けて、コロリとあっけなく死んだ。教室の隅まで不気味な静寂が子供たちを包んだ。それからは誰一人と無駄話をする者はなく、授業は終わった。

 ワッと廊下へ飛び出したクラスメイトたちは、まるでショーかなにかでも見ていたかのような興奮っぷりだった。沈痛としているのは、僕と、ハリーと、ハーマイオニーと──そしてネビルだけだった。

 

 

「ネビル」

 

「あ、ああ、マリア、おもしろい、授業だったね? 刺激的で、ぼく、おなかがすいちゃった──夕食、なんだろう、おもしろい夕食だね、あ、ちがう、夕食は、」

 

「ネビル、深呼吸して。笑わなくていい」

 

 

 丸まった背中を撫でれば、ローブ越しでも脂汗でしめっているのがわかった。ネビルは唇を青ざめさせて、そっと僕のローブを握り返した。

 

 

「ネビル……」

 

「──ロングボトム」

 

 

 やさしい声だった。──ゾッとするくらい。

 

 

「大丈夫だぞ、ロングボトム。わしの部屋においで。茶でも飲もう。お前が好きそうな本があるんだ。……お前たちは大丈夫だな? ポッター」

 

「「はい」」

 

 

 僕と──そしてハリーははっきりと答えた。ちょっとだけ驚いてしまった。覚悟していた僕はともかく、ハリーまでこんなにしっかりした顔をするなんて。……拳をきつく握り続けたままなのに。

 

 

「ネビル、行っておいで」

 

「マリア……」

 

「ちょっとお茶で体を温めて、それから夕食を食べにおいでよ。君の席、取っておいてあげるからさ」

 

「……うん」

 

 

 ネビルの背を数回叩いて送り出す。大丈夫、マッドアイに扮する奴はハリー以外に手を出して警戒されるような、そんなへまをやる男じゃない。打算的で、理性的だ。──バーテミウス・クラウチ・ジュニアは。

 

 軽く目礼して、ハリーの手を取って離れる。──自然に。演じろ、マリア。

 

 

「あの、ハリー? マリア?」

 

「ハーマイオニー。少しだけ、僕たち、寄り道してもかまわないかな」

 

「ええ……ええ、それは、もちろん」

 

 

 チラリとロンを横目で見たハーマイオニーは、それから任せろという風にしっかりとうなずいてくれた。

 

 夕食へ向かう親友たちと別れて、どこか二人きりになれる場所を探す。自然と、ドラコと落ち合うことの多い湖付近にたどり着いていた。慣れというのはこんなところに出る。

 繋ぎっぱなしの手を引いて、ハリー共々芝生の上に腰を下ろす。

 

 

「父さんと母さんは……あんな風にして、死んだんだね」

 

 

 やっと、ハリーの手から力が抜けた。手のひらに残された四つの爪痕が、赤々しく痛々しかった。

 

 

「そうだね」

 

 

 そっけないくらい簡単に答えて、ハリーの頭を肩に迎える。

 

 

「……痛かったかな」

 

「眠るより早いよ、きっと」

 

 

 僕の知る『彼』の言葉を借りて小さく笑えば、ハリーはぐずるみたいに鼻を鳴らした。

 

 

「ハリー」

 

「マリア」

 

 

 ハリーはほとんど乗しかかるような形で僕を抱きしめていた。まるで子供だった。……そうだ、この子は子供だ。

 

 

「君が──マリアが、生きていてくれてよかった。僕、もしかしたら──ひとりぼっちだったんだ。ひとりぼっちで、生きなくちゃいけなかったんだ」

 

「……ハリー」

 

 

 僕が丹精を込めてふわふわにしている黒髪を撫でる。

 その通りだよ、ハリー。(ぼく)は──ひとりぼっちだったんだ。

 

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