ボーバトンとダームストラング生の来校日がやってきた。それまでの授業で特筆すべき出来事といえばハリーの強制インペリオ忍耐訓練くらいのもので(当然、ハリーは抵抗に成功した。)おおむね平和な日々といえた。今日この日から全てが動き出すのだと、大広間に集まったみんなが期待していた。
それから──そう、ハーマイオニーの活動も避けては通れない。字を見るのもうんざりなあの『S・P・E・W』だ。
「しもべたちは働いているのが幸せなんだ」
「それは彼らが教育も受けさせてもらえず洗脳されてるからだわ!」
机に叩き付けられた拳の反動でベーコンが飛び上がる。エビみたいだ。そんなのには目もくれないでジョージに噛み付いていたハーマイオニーは、ジロリと周囲を睨み回すととうとう僕を名指しした。ああ、これだからずっとだんまりでいたというのに!
「マリア、あなたは当然、わたしに賛成でしょう? だってあなたはドビーと友達だわ! 自由なしもべ妖精、ドビーと」
「あのね、ハーマイオニー」
レディにあるまじき(決して僕が言えることではないけれど。)鼻息の荒らさで詰め寄ってくるハーマイオニーに、とりあえずサラダあたりを皿へと乗せてやってカボチャジュースを手元から避難させる。
「そろそろふくろうたちの配達時間だね?」
「……ええ、そうね。ご存知の通り?」
話の腰を折られたと感じたハーマイオニーは、わかりやすく不満を見せた。
「ふくろうたちが手紙を運んでくる──それを君は奴隷労働と呼ぶかい?」
「……それは」
「こんなものは不当だ。自由にすべきだとふくろうたちを解放するかい? そうしてふくろうたちは自由に感謝して飛び立っていくと思うかい?」
「それとこれとは、」
「ちがわないさ。君が言ってるのはそういうこと。断言するね。まず、うちのヘドウィグは怒る。誇りを汚されたと。他の子たちもそうである子が多いように思う」
いつの間にか、ハリーもロンも、なんだかフレッドにジョージまで黙りこんでいた。ハーマイオニーはヒステリックに叫びたがる唇を固く結んでいた。
「当然、喜んで自由になるふくろうもいるだろう。たとえば、そう、飼い主から不当な扱いを受けているふくろうだとかね。これが、僕たちでいうドビーに当てはまる。でも、こちらの方が珍しいんだ。ねえ、聞きたいんだけど、ジョージ? 厨房で働くしもべ妖精たちは叩かれたり、蹴られたり、非道な扱いは受けているかい?」
「俺が知る限りではないな。マリアもご存知の通り」
「……なんでそれを知ってるのかは後で聞くとして──さて、ハーマイオニー。仕事に誇りを持ち満足している者からそれを
ハーマイオニーはまるでバカげたサイズの鉛でも飲み込んだみたいな顔をして、ゆっくりと口を開いた。
「つまり、マリアは──あなたも、わたしが間違ってるって言いたいのね」
「いいや?」
再び周囲の目が僕へと集まった。……いやだな、こういうの、僕の柄じゃないのに。傲慢だとか、どの口が──と、僕はなじられる側だっていうのに。
でも、『彼女』の言葉を今の彼女に伝えることは、きっと無駄じゃない。大きな意味に繋がると信じたい。
「君のお好きな正当な権利と道徳的には正しいと思うよ。ドビーの例があるわけだし。お給料とか制度の見直しを訴えるのも、感心する人は多いと思う。ここだけの話……君の活動は、ウン、そのうち成功するんじゃないかな。ただ、今やってるのは強引だと思うけど」
だって、ほら、君は間違えたって──正解にたどり着く。それが『僕』の親友ハーマイオニー・グレンジャーだ。
「こんなことは、よりによって君に言うのは失礼だって、それはもちろんわかってるんだけど、まあでも、言わせてもらうよ。──ハーマイオニー、君なら、もっと賢いやり方でやれるんじゃないかな」
ハーマイオニーは三秒ほど瞳を伏せると、そう……と呟いて、乗り出していた身を落ち着かせた。もう、彼女からヒステリーの気配はなかった。次に開かれるその目は理性的だ。
「賢いやり方って?」
「それはわからない。だって僕、君のようにかしこくないもの」
「でも、わたしならできる?」
「できる」
僕の断言に、ハーマイオニーは口端をひくつかせた。笑うのを我慢している時の顔だと、それをよく知るハリーとロンまでニンマリしていた。
「僕は、君ほど冴えた魔女は、きっとこの先だって知らないよ」
「お得意の予言かしら」
「さすが、お頭のよろしい方々は高度なブラックジョークをなさる」
ロンの茶々で戻ってきた和やかな空気に笑い合う。
実のところ、御大層に講釈垂れたこれらはすべて未来の彼女による言葉だ。いずれ魔法大臣となるハーマイオニーは、しもべ妖精の待遇改善だってきっちり成功させてみせる。僕のはただの受け売りに過ぎないし、はっきりいって僕自身が理解しきれたわけでもない。けれど、彼女の言葉が彼女自身に届かないだなんて──そんな道理はないだろう?
「ありがとう、マリア。おかげで明確なヴィジョンが見えてきたわ……そう、ともかく説得力。まずは説得力なのよ。これは知能戦なんだわ……」
「おいおい、マリア。これ、やる気がまるで萎えてないじゃないか」
「萎えさせる気はなかったもの。僕は、ちょっと強引だから方法を変えたら? て言っただけだよ」
「マリアがかしこくないなんてウソだ……」
「かしこくないよ。僕のはズル。そしてハーマイオニーは本物。それだけ。ほぅら、単純明快」
「「さっぱりわからない」」
ハリーとロンが同時に頭を振るものだから、思わず吹き出してしまった。ハーマイオニーからいつものはしたないわよ節をもらった。さっきまでジョージに乙女にあるまじき迫力で迫っていた女の子の言葉とは思えない。僕はちょっとだけ拗ねた。
さて、そんな怒濤の朝から始まった十月三十日だが、二校の生徒が到着する夕方にはほとんどの生徒が浮わついていた。玄関ホールに集められた生徒の誰もが、自身の身だしなみのチェックに、周りの観察に、と落ち着きをなくしていた。先生方だって見栄を張るのに忙しなく生徒らを指導していた。
「わしの目に狂いがなければ、ボーバトンの代表団が近付いてくるぞ!」
声をあげたのはダンブルドアだ。見上げた先で、大きな馬車が天馬に引かれて空を我が物にしていた。何度見ても美しい登場だ。
第一にマダム・マクシークが馬車を降りてダンブルドアへと親交の挨拶をする。その後ろにボーバトンの生徒らが十数名控えていた。水色の薄っぺらな制服で寒そうに震えていた。
次にやってくるのがダームストラングだ。湖から船が水面を割って湧き上がる。またまた派手な登場に圧倒されているホグワーツ生を置いて、校長カルカロフが挨拶、そしてそれに続く青年の姿に、隣にいたハリーとロンが互いの脇腹を小突きあっているのが見えた。──「「クラムだ!」」
大広間にすべての生徒が揃い(ボーバトンはレイブンクローの席に、ダームストラングはスリザリンの席に収まった。)歓迎の宴が開催された。様々な国の料理が机上に溢れ、ホグワーツ生やダームストラングの生徒らは感嘆の声をあげた。ボーバトンの生徒は気に入らないようだった。こればっかりは……英国とフランスのプライドのぶつかり合いみたいなものだからね。のちの『僕』のハーマイオニー論である。
「それ、なに?」
「ブイヤベース。おいしいよ」
ハリーが興味深そうに僕のスープを見るので、スプーンで掬い上げて口元へと運ぶ。パクリと食いついたハリーは、それから、美味しいと頬をほころばせた。
「あなたたちねえ……」
「ハーイ、そのとおり。ブイヤベース、おいしいでーす」
なんだか声までもがキラキラと輝いて降り落ちるようだった。ロンがその人を見上げてぽっかりと口を開けた。ヴィーラの血を引く完璧な美少女、フラー・デラクールだ。
「あなたたち、仲良し。恋人でーすか?」
「「まさか!」」
ブイヤベースを物欲しそうに見ながら(そしてロンが献上品だとばかりにスープ皿を彼女へと寄せていた。まだ僕が食べてるぞ!)僕の隣に割り込んだ彼女は、ニッコリ笑った。またまたロンが締まらない口をさらに開いた。ロニー坊や、ヨダレは垂らしてくれるなよ。
「兄弟だよ。僕はマリア・ポッター、そしてこっちが……ハリー・ポッター」
「オー・モンデュー! アリー・ポッター? わたし、聞いたことありまーす」
腰まであるシルバーブロンドを仕草と共に流して、美しさを振り撒きながら手を差し出すフラーに、ハリーはどぎまぎしながらも握手を返していた。
「でも、わたし、アリーよりあなたに聞きたいがありまーす。マリーア」
「言いにくいならマリーでいいよ。フランス語はそう発音するんだよね、……えっと、 ハーマイオニー?」
「その通りよ」
ロンの手をつねりながらツーンッとそっぽを向くハーマイオニーだが、それでも律儀に答えるあたり憎めなくて笑ってしまう。
「ウィ、マリー。あなた──」
そして宮廷の美しき花は麗しい笑顔で爆弾を落とした。
「男の子でーすか?」
カボチャジュースを、スープを、シチューを飲んでいた近くの何人かが吹き出した。ハーマイオニーがカンカンになりながら素早くテルジオを唱えた。
「あなた──あなた──! いくらなんでも失礼だわ!」
「わたし、あなたに聞いてませーん。わたし、マリーに聞きました」
「そのマリーがこういうことで怒らないのを知ってるからわたしが怒るのよ!」
「ええと、ありがとう? ハーマイオニー?」
「ああ、もう! あなたって、ほんとうにぼんやりなんだから!」
キィキィと癇癪を起こすハーマイオニーをロンとハリーがなだめる。ついでに双子の悪戯っ子たちがなだめると見せ掛けて煽っていたが、そちらは頼れる親友たちに任せるとしよう。
「フラー? あ、フルールが正しいんだっけ?」
「フラーです、かまいませーん」
「うん、じゃあ、フラー。一応、僕は身体的には女の子だよ。これ、偽物に見えるかい?」
ローブの前をチラとだけ開いて胸のふくらみを指す。フラーが容赦なく触ってきたので二度目の噴水があちこちで吹き上がった。またまたハーマイオニーがテルジオを唱えるはめになった。
胸って服の上からなら触られても案外平気なものなんだな……下着のおかげかな。ハーマイオニーの下着着用徹底指導がこんなところで活きるとは。
「ハイ、おんものでーすね」
「でしょう?」
「でも、わたしの血があなたを男の子、言いました。マリー、わたし、好きでしょう?」
「いい加減にして!」
次に爆発したのはジニーだった。僕の向かいにいたハーマイオニーの隣──つまり、机を挟んで僕とフラーの間が正面に来る席へと割り込むと、むんずとフラーの腕を掴んだ。
「信じられないわ! 鼻の下伸ばしっぱなしのロンならともかく、マリアにまで! マリアはあたしの姉さんよ!」
「ジニー……」
「感動してる場合じゃないからね、マリア」
ハリーの冷静な声に、ロンの双子の兄貴たちがゲラゲラと笑った。
「マリー、妹、一緒でーす! わたし、妹いまーす! ガブリエーラ、とってもかわいい」
「聞きなさいよ!」
もはや収拾がつかなくなってきたので、おそらく当初の目的だろうブイヤベースをフラーへと渡して、レイブンクロー席へ戻るよううながした。フラーは僕とハリーとひとりずつハグをすると、ご機嫌で水色の集団へと戻っていった。名残惜しそうなロン(ついでにハグを受け入れる姿勢はバッチリだった。)をハーマイオニーとジニーがギラギラと睨んでいた。まるで嵐のような時間だった。
「──時は来た」
デザートもすっかりたいらげ金の皿がピカピカになると、ダンブルドアは立ち上がった。いつの間にか迎えていたルード・バグマンとクラウチ・シニアが、まったく対照的な顔をして生徒たちを眺めていた。一方は笑顔、一方は仏頂面だ。
ダンブルドアの説明が一区切りつくと共に、選定のゴブレットが姿を現す。青い炎があやしげに揺らめいていた。
「明日、ハロウィーンの夜にゴブレットは各校のもっともふさわしい代表の名を返してよこすだろう。年齢に満たない生徒は年齢線によって近付くことすら叶わぬ。よいかね、軽々しく名乗りは上げぬことじゃ。ゴブレットに名前を入れるということは、すなわち魔法契約による拘束を指す。代表選手に選ばれたからには、心変わりは許されぬ。十七歳以上の諸君──よぅく、考えるように」
宴は解散された。生徒たちの興奮は学校学年関係なく翌日の夕食まで続いた。ハロウィンパーティーなんてほとんどが眼中になかった。ゴブレットが代表選手の名前を選出する──この時こそが興奮と緊張の最高潮であった。
青い炎のゴブレットが赤い炎をあげる。ヒラヒラと一枚の紙が吐き出された。
「ダームストラングの代表選手は──ビクトール・クラム!」
ワッと声がわいた。拍手の嵐が巻き起こった。クラムはむっつりした顔のまま、選手のために空けられた控え室へと入っていった。
「ボーバトンの代表選手は──フラー・デラクール!」
次の歓声は心做しか男のものが多いように感じた。フラーは優雅に髪をなびかせて、一瞬マリアを見るとニッコリ笑ってクラムに続いた。僕の後ろにいたロンが「僕に笑った……」とうっとりしていた。ハーマイオニーがしらっとした目でロンを睨んでいた。
「ホグワーツの代表選手は──」
フラーが消えてから張り詰められた緊張は、そして爆発した。
「セドリック・ディゴリー!」
ワァァァ! ハッフルパフ生は総立ちだった。セドリックと交流があるために双子のウィーズリーたちが悪態をつくなんてこともなく、どの席からもおおよその拍手がセドリックを祝福していた。セドリックは微笑んで、最後の代表選手として控え室へと消えた。これで、今宵の一大イベントは終わりだと誰もが満足の息をついていた。──僕と、ドラコと、そして『奴』以外は。
ボウッ──もう変わるはずのない炎が赤く燃える。情けないほどペラペラの紙が宙を舞う。ダンブルドアが締めのスピーチを止めて唖然と名前を呼ぶ。
「ハリー・ポッター」
悪夢の始まりだった。