僕、入れてない。
ハリーは凍えているのかと思うほど弱々しくか細い声で訴えた。ハリーの気持ちを置いてけぼりにして騒ぎ倒す談話室から、僕をつれて寝室へと移動した時のことだった。
「信じてくれるよね、マリア」
「当たり前だよ」
ハリーのベッドに二人で腰掛けて、そっと抱きしめる。他の同年代の男の子たちに比べ、ハリーは慢性の栄養不良にあるために小柄だ。けれど、骨格上男女の違いが表れる僕と並べば立派に男の子で──そして、まだ、十四歳の子供なのだ。それがどうして、十七歳の青年たちに混ざって命懸けの試練なんぞに立ち向かえると思うのか。それも、自ら、だなんて。
いつだって『僕』は──自分から苦行を望んだわけじゃない。ヒーローも英雄も嫌いだったんだ。
「セドリックは信じてくれた」
「セドリックが……」
なんだか意外で、呆然としてしまった。だって、『僕』の時は信じてくれなかった。これが交流の有無の差か。
「でも、他の人は…………みんな、僕をなんだと思ってるんだ」
苦々しく吐き捨てられたそれに答えたのは、隣のベッドの彼だった。
「でも、応援されてる。だったらいいじゃないか」
「──ロン」
ハリーよりもよっぽど苦々しそうに、ロンはベッドに寝転んでふてくされていた。
「で? どうやったんだい、ハリー。親友の僕にくらい教えてくれたっていいだろ?」
「僕、やってない!」
「ロン、僕らの話を聞いていたならわかるだろう。ハリーは名前を入れてないよ」
「ああ、そうだね。マリアはハリーの絶対の味方だ。ハリーが赤って言えば青だろうが黄色だろうが君は赤と言うんだろうさ。美しい兄弟愛でけっこう。うちのフレッドやジョージだってこうはならない」
どうにも刺を感じる物言いに、僕まで顔をしかめてしまう。
「……何が言いたいんだい、ロン」
「なに? なにだって? かまととぶるなよ。君だって思ってるだろ? 実際にハリーは入れてないんだとしても──また、ハリーだ。いつもハリーだ。君、わかってる? 周りになんて言われてるか。腰巾着だぜ。ハリー・ポッターの腰巾着でお付き添いのマリア・ポッター!」
「ロン!」
「悔しいだろ? 当然だよな、兄弟だってのに片や『生き残った男の子』で、マリア・ポッターはついでだ。そんなのって、」
「ちっとも」
「ほぅら、ごらん──なんだって?」
焦っている時ほどよく回るロンの舌が怪訝に止まった。僕はもう一度、はっきりと繰り返した。
「ちっとも──悔しいなんて思わないよ。ハリーのついで? 十分さ。それ以上なんて望まない。──僕は英雄じゃない」
ロンは呆けて、それから口をもごもごとさせていかに嫌な態度を取れるかを考えているようだった。
「……フーン、あっそう。そりゃいいな。だってマリアはほんとうは魔法もちゃんと使えるしハーマイオニーとも話が合う。かしこいんだ。そうだよな、わざわざ目立つなんてバカらしいことは、お頭のよろしい方々はしないんだ。で? そのすまし顔の下で僕らをバカにしてるんだろ?」
「ロン、いい加減に……」
「いいよ、ハリー。今、喧嘩を売られてるのは僕だ。──その通りだよ、バカらしい。子供っぽくてうんざりするよ。君の思い通りの『脇役仲間』なんかじゃあなくて残念だったね」
いつかの彼の言葉を引っ張り出して皮肉れば、ロンはカッと顔を赤くして枕を取り上げた。ハリーが力強く僕を腕の中へと引き寄せた。
「ロン──いいかい、それをマリアに投げてみろ。僕はぜったいに君を許さないぞ」
「そんなのは、ハリー、君だって同じだ。僕が許さない」
「君たち、変だよ。兄弟だからって……ベタベタしすぎだ。──気持ち悪いよ」
ロンは枕をベッドへ叩き付けると、頭まで毛布をかぶって僕らを拒絶した。ハリーもまた、ロンに背を向けて徹底対抗の姿勢を取っていた。
『前回』よりも面倒そうな気配に、僕はまた頭と胃がいたくなる思いでいっぱいだった。
***
「──と、いうことがありまして」
「君が事態をややこしくしてどうするんだ」
「ごもっともです」
いつもの湖付近にて、ドラコは全身で呆れを示していた。なんてジト目が似合うんだ。パーフェクトだよ。
……だって、しかたないじゃないか。僕は元々沸点は低いほうだ。
「まあ、あの赤毛の気持ちだってわからなくはないが」
「へえ?」
「前回では嫉妬の対象はハリーひとりで済んだ。今回はマリアまでいて二人だ。許容量に限界が来たのさ。アレは君たち三人の中でも特に子供なんだから、そりゃ慮ってやらないとすねる」
「まずロンをアレとか言うな」
相変わらずウィーズリーに手厳しいマルフォイのお坊ちゃんに、叩きやすい額を叩いておいた。前回よりはよっぽどマシだけどさ。ハーマイオニーに対しては噛みつかなくなったし。なんたって魔法大臣にまで大出世した才女様だからね。
「とにかく様子見か……僕が口を出したらこじれそうだもんね」
「間違いなくな」
「うぅ、頼りない姉さんでごめんよ、ハリー」
僕のオーバーな泣き真似に、ドラコはバカバカしいと鼻で笑いつつも頭を撫でてくれた。君ってば、実はノリがいいんだから。
「……気持ち悪い、か」
『僕』の親友ではないけれど、親友の咄嗟の言葉を思い出してため息をつく。
気持ち悪い……ずっとそう思っていたのだろうか。『僕』が共に歩んできたロンじゃないのはわかってるけど、それでも、ロンにそんなふうに思われていたと知るのは……落ち込む。
「ねえ、ドラコ、僕とハリーの関係って──気持ち悪い?」
撫でていたと思ったら手慰みに僕の髪を編み込んだりし始めていたドラコに、どんよりした声のまま尋ねる。ドラコは手使いを止めることもなく、僕との会話のほうがついでみたいな軽さで答えた。
「男女の兄弟にしては距離が近すぎるようには見えるな。はっきりいって、邪推している輩だって少なくはない」
「邪推?」
「わからないならいい」
動くな、なんて首を固定されて、振り向くことすら叶わない。今度はどんな髪型に仕上げられてしまうんだか。僕の髪を弄るたびに技術力が上がっている気がする。そのうちアステリアに披露してやるのだろうか。
「だが──君たちがそれで満足してるなら、外野の声なんてどうでもいいんじゃないか。少なくとも僕は君たちをわかっているつもりだ。……こちらのウィーズリーとグレンジャーよりもな」
振り向けない。だから、ほんとうのところはわからないけれど──なんとなく、ドラコは笑っている気がした。
そりゃあ……そうだろう。友人の距離でなく敵の距離からも僕らは意識し合ってきたのだから。『僕』を一番よく知るのは当然『僕』のロンとハーマイオニーだけど、二人がいない限り、この世界での僕の最高の理解者はドラコだ。ハリーの親友である二人よりも、ずっと近い。
「この僕がいるんだ。十分だろう?」
「ドラコ、今すっごく自信満々な顔してるでしょ。ドヤ顔ってやつ」
「おや、さすが元英雄どのは察するのもお上手でいらっしゃる。いつの間にマッドアイの目を手に入れたんだい」
「おあいにくさま。声だけで君がいかに腹の立つ顔をしてるか、わかるようになっちゃってね。なんたって、ほら、こんなにも付き合いが長いわけだから?」
「それはそれは……光栄の至りに存じます」
「君は嫌味での世渡り術しか知らないのかい?」
あっさりと鬱々しい気分は吹き飛んだ。たぶん、心の奥に引っ込んだだけだ。
けれど、十分だ。──僕が立ち上がるには、このくらいがちょうどいい。
「せいぜい励むがいいさ。兄弟初心者」
完成の合図に肩を叩いて、散々弄り倒した髪を崩さない程度にドラコは旋毛へと軽いキスを落とした。……そういうところがキザだって、ロンにけむたがられるんだぞ。マルフォイめ。