翌日からハリーは針のむしろもいいところなバッシングを受けていた。特にハッフルパフ生からの声なき非難は顕著で、セドリックはかろうじてハリーを庇うふうに動いてくれていたが、それがなおさら、彼の株を上げこそすれセドリックの優しさを利用する目立ちたがりで恥知らずなハリー・ポッター像を助長させていた。心做しか教師からの目も冷たいと感じてしまうハリーの心の逃げどころは、ハーマイオニーとマリアの元しかなかった。僕もハーマイオニーもできうる限りハリーを庇ったが、それすらもハリーへの嘲笑の的になっていた。(「女の子の背中に隠れる上手さを競う種目があれば一番間違いなしね! さすが代表だわ」とパーキンソンが下品に笑った。)
ただでさえこれまでにない居心地の悪さ(こちらのハリーは二年生時のスケープゴートを経験していないのだ。)に辟易としているというのに、ロンとの悶着がさらにハリーを追いつめた。
「ハーマイオニーが医務室に行ったって聞いたぞ。スリザリンの歯呪いを受けたんだ。君の代わりに。君のせいだろ」
「ああ、そうかい。そうだね、ぜーんぶ僕のせいさ。目立ちたがりで身のほど知らずのハリー・ポッターがあの日、死なずに生き残ってしまったせいだろうさ。それで? 君、もう僕と話さないんじゃなかったの。ハーマイオニーのためなら別って? 大した友情だね」
「ハリー、ロン、いい加減にしろってば」
今にも杖を突き付け合いそうな二人の間に割り込む。が、中立をたもつハーマイオニーとちがって僕はロンにハリーの味方ばかりする敵と認識されているため、睨まれるばかりだ。そうすればまたまたハリーがロンに対して怒るのだから、悪循環でしかなかった。
止めてもダメ、放ってもダメ──どうすればいいんだ。
「ハリー、ロンはすねてるだけなんだよ。だから……アー、つまり?」
「僕に我慢しろって? 僕から謝ればいいわけ? 僕は名前を入れてないけど、君を差し置いて選ばれてしまってごめんねって?」
「ハリー……」
怒りで雑になるハリーの魔法薬の調合を手伝いながら、上手く言葉が見つからずに結局言いくるめられてしまう。
ロンが子供っぽいのはわかりきってたことだ。けれど、ハリーだって正真正銘子供で、そんなハリーにばかり譲歩を期待するのは確かに不公平だ。だがしかし、だからといってロンのほうを説教なんてしようものなら、ますます意固地になるのは目に見えていた。十四歳は複雑なお年頃なのだ。
ハリーが杖調べに向かっているあいだ、僕とハーマイオニーは談話室にて定例相談会議を開いていた。ロンはシェーマスやディーンらと行動しているのでどこにいるやらわからなかった。
「どっちも子供なのよ」
「事実、子供だからね」
「精神が未熟ってことよ!」
「子供で成熟してたら……それは化け物だろう? ああ、いや、ハーマイオニー、君のことじゃない。そんな顔をしないでくれ」
慌てて手を振れば、じゃあ誰のことよ、なんて答えづらい反論にあう。しまった、墓穴を掘った。
「ンンッ、とにかく。ロンのことはもうハーマイオニーに任せるしかないと思うんだ。僕はハリーともども目の敵にされてるしね」
「マリアに八つ当たりするなんて! 我が兄ながら情けないわ」
いつの間にか混ざっていたジニーがプンプンと不満をもらす。どうやらジニーはハリーは入れてない派の一人のようだ。よかった、味方は着実に増えている。ハリーに教えてやらなくちゃ。
「スリザリンはドラコがなんとかがんばってるみたいだし、ハッフルパフはセドリックがストッパー。レイブンクローは……」
ルーナ、と言いたいところだがまだ交流がない。前回と違いあの憎たらしいポッターバッジがないだけ、僕はマシだと思えるけれど……そんなことは知るよしもないハリーには、今この時が地獄なのだ。
……ちょっとあの頃のムカつきがよみがえってきたな。あとでこの件でドラコのやつをからかってやろう。
「大体、ハ……ハリーはそんな人じゃないって、ロンが一番よく知ってることじゃない!」
僕の腕をぎゅっと掴んで(信じられないくらいかわいい!)勝ち気に訴えるジニーに、ハーマイオニーもまったくだと何度もうなずき返していた。
「そうよ。ロンはね、ちゃんと知ってるのよ。だから、あれは、すねてるの。喧嘩した手前、引き返せなくなってるだけ。これだから男の子って……」
「子供っぽいんだから!」
「ハハハ……」
女の子の代表みたいな顔をしているお嬢さん二人の討論に、明らかに男の子側な僕は空笑うしかなかった。女の子ってほんと……おませだ。
さて翌日、リータ・スキーターの出任せしかないハリー・ポッター特集が出た頃には、状況は悪化する一方になっていた。記事の中で勝手にハリーのガールフレンドにされてしまったハーマイオニーにまで辛辣な目が向けられ、それがなおさらロンにとって面白くない現状を生んでいた。親友たちの板挟みに中傷にと、ハーマイオニーのストレスも限界にきていた。
「あぁら、我らがヒーロー、ハリー・ポッターの素敵でかわいいガールフレンドさんじゃない。ごきげんいいが? ボッサボサ頭が今日もチャーミングね」
「うせなさい」
「ヒッ!? な、なによ……あんたがオバケみたいな顔してるから……」
「同じ顔にされたくなくばうせなさい」
幽鬼もかくやといったハーマイオニーの迫力に、なにかと僕ら(特にマリアとハーマイオニーだ。女の子のプライドなのかもしれない。)に突っかかってくるパンジー・パーキンソンだってこの通りだ。仔猫でもあしらうみたいにハーマイオニーの睨みで黙らされていた。
ハーマイオニーは今にも禁じられた森でひと狩り行こうとか言い出しかねない不穏なオーラを常にまとっていた。狩るのは虫一匹だが。
「リータ・スキーター……覚えたわよ……」
定期購買している日刊予言者新聞を握りしめ、まだ十四歳だっていうのにすでに『僕』の知ってる敵と見なしたらなにがなんでも追い詰め追い込む恐妻家ミセスウィーズリーの片鱗を見せている少女に、「あれ、ハーマイオニーってば前歯を短くした? 当ててみせようか、このあいだの歯呪いの時だろう」なんて茶化すことはできなかった。背中から歴戦の戦士を幻視させるありさまだった。
ハーマイオニーとリータ・スキーターの確執についてはひとまず置いておこう。
着々と第一課題の日が近付いている。ハグリッドからドラゴンの課題をカンニングさせてもらい、それをセドリックに伝えたりもしたハリーは、シリウスからの返事の手紙によって何者かが己に危害を加えたがっているのだとはっきり認識できたようだった。ハーマイオニーとのアクシオ習得訓練も進んでいるし……目下の悩みは(ドラゴンは当然として)やはりロンとのことであった。
はっきりさせよう。ハリーはロンが大好きだ。ハーマイオニーよりも好きだ。異性の友達よりはじめて得た同性の親友のほうが距離が近くなるのは当然の心理だろう。ハーマイオニーからはたしなめられるようなくだらないことで笑い合える友達は、つまりはロンなのだ。ゆえに──
「意地っ張りも大概にしなよ」
さびしくて拗ねてしまうのだ。
ふくれっ面で僕をどこかの教室に連れ込んだハリーは、それから数分、ひたすら僕を拘束していた。全身で。しっかと首と肩に回した腕で。言葉なく鬱憤をぶつけてくる弟の抱き枕に僕はされていた。
仕方ないな、とその辺の机に腰かけてハリーを抱きしめ返す。もう十四歳だっていうのに、五歳や六歳のハリーをベッドを椅子にして抱え込んでいた頃のように膝に乗せる。……きっと、こんなのもロンにとっては気持ち悪い僕たちのひとつなんだろうけど。……ああ、いやだな。僕まで落ち込んだら誰がハリーを見守ってやれるんだ。
「大丈夫、そのうち仲直りできるよ。ハリーから謝る必要もない。ロンだってわかってるよ」
「……でも、喧嘩しちゃうんだ。マリアはそう言うけど、あいつはわからずやだ」
「二人とも意地っ張りだからね。ロンが話しかけようとしたら、今度はハリー、君のほうから逃げちゃうんだろう?」
「…………」
「そんな顔したって姉さんにはお見通しだ」
だって──僕だもの。
ふくれっ面がさらにふくらんだハリーの頭を撫でる。たとえば、この時の『僕』はいっそドラゴンにロンの目の前で食われてしまえば彼だって後悔するだろうに、だとか過激なことばかり考えていた気がする。このハリーがどこまで意固地に育っているかはわからないけれど──ひとりで空回るしかなかった僕よりはマシに決まってるけど──要はロンが大好きだからそれだけ傷付いているだけなのだ。そしてそれは、ロンも同じなのだと──信じたい。
「大丈夫さ、姉さんが保証する。君たちは仲直りできる。だから今は目の前のことだけ考えていなさい。ドラゴンを出し抜くんだろう?」
「うん……」
「ハーマイオニーがいて、僕だっていて、……一応、ドラコなんかもいて、それからセドリック。君を信じてる人がこれだけいるのに、その悩みは贅沢だ。……誰一人と、ロンには代えられないけどね」
「ほんとうに」
巻き付く腕が強くなった。ちょっとだけ体勢がしんどい気もするけど、しかたない。甘ったれな弟を持った宿命だと思おう。眠れない夜にベッドへ潜り込んでくるアルバスだってこんなものだった。
「かわいいね、甘えん坊のハリー坊や」
「……兄だって言ってる」
「あ、ちょっと。ハリー、それはいたい。イタイイタイ首絞めないでごめんってばヘッドロックはやめて」
***
第一課題の日がやってきた。ハリーはすっかり血の気を失っていて、今自分がどこにいて何をしているのだかさっぱりわからないようだった。
セドリックにフラー、クラム、そしてハリーが大広間から呼び出される。ハーマイオニーが小声でエールを送ったが、ハリーの脳にまで届いたかは定かでなかった。耳の穴の途中で緊張にかき消えてしまったかもしれない。
ロンはチラとだけハリーを見て、一度口を開いて、それから拳を握った。皮肉だったのか応援だったのか、結局言葉はなかった。
午後の授業は取り止めとなり、誰もが観戦のために飛び出していく。僕は会場には向かわず彼の後を追った。
「──ロン」
談話室で沈黙していた僕らの親友は、ひどく憔悴した目で僕を見た。
「なんだよ、僕がいたらハリーの気が散るだろ」
「関係ないよ。どうせ客席なんか見えてない。目の前にドラゴンがいるんだぜ?」
ドラゴン。その言葉に、ロンはハッと瞳を開いた。
ああ、よかった──ロンはハリーを心配している。ハリーを想って不安になっている。……ようやく、安心できた。あの日の『僕』の痛みは無駄じゃなかった。──『僕』は救われた。
「ロン、協力してくれないか。ハリーのために」
「今さら僕の協力なんて必要ないだろ。ハーマイオニーがいて、君がいる。十分じゃないか」
「そうかもね。でも、足りないよ。──君がいなくちゃハリーは立ち上がれない」
「ああそうかよ、マリアはまったく大人でけっこうなことだね! 綺麗事を言えばバカな子供は信じるって、大人はみんなそう思ってる」
「その通りだ。大人は傲慢だ。けれど、これは綺麗事じゃない。ただの事実だ」
自分の存在意義に悩んで、劣等感に苦しんで。そんな君が。
「ハリーには、ロンがいなくちゃだめなんだ」
二人きりの談話室に、僕の声はずいぶんと澄んで聞こえた。
僕が生に足掻き続けられたのは、ロンとハーマイオニー──『僕』の親友たちがいたからだ。たったひとりで命運を背負えと戦場に立たされた僕に、君たちが隣に立ち続けてくれたからだ。一緒に生き抜こうとしてくれたからだ。
英雄ハリー・ポッターは、友を得てはじめて英雄になった。
「バカみたいだ。ハーマイオニーのように賢くなんてない。マリアみたいにしっかりしてない。ハリーはいつだって危険な場所にいるのに──ただの足手まといがなんの役に立てるって?」
「ハリーに逃げ道をくれる」
ロンはわけがわからないと頭を振った。
「ハーマイオニーは逃げちゃダメって言うんだ。それは正しいんだ。でも、ほら、わかるだろう? 正しいだけって、それってすごく苦しい。ハーマイオニーの正しさって、時々とっても残酷だ。でも、そんな時に君は──ハリーと一緒に、正しさから逃げようとするハリーに寄り添おうとしてくれる」
勝利への手がかりをハーマイオニーが探し出し、そして立ち上がるための勇気をロンがくれる。どっちが欠けたって、僕は動けなくなる。
「いいかい。ハリーにはそんな存在が必要なんだ。正しいだけじゃだめなんだ。損得じゃない。一緒に失敗してくれる人がいないと──それで、一緒に笑ってくれる人がいないと、ほんとうにひとりぼっちになってしまう」
「何度だって言うよ。ハリーには君が必要だよ、ロン。ハーマイオニーだって必要だ。どっちかがいればいいだなんて、ハリーがこれから向かわされる現実は甘くはないんだ。そんなのじゃ間に合わない。君たち二人ともがいないと、戦えやしない」
言葉なく立ち尽くすロンの手を取る。この手はマリアの手だ。僕の言葉はマリアの言葉だ。それでも、どうか──
「ロン──ハリーを助けてやってくれないか。それで、ちゃんとその目で見るといい。この世でもっとも──死に近いのが誰かを」
ハリーが立ち向かおうとしている、強大な悪意の存在を。
走る。歓声が聞こえる。熱狂が包んでいる。金の卵を手にしたクラムが仏頂面で立っている。──間に合った。
ハリーの名が呼ばれる。ハリーが凶暴なドラゴン、ハンガリー・ホーンテールの前に立つ。真っ青だ。震えている。ひどい顔だ。戦士の顔なんかじゃない。運命と希望を盾に無理やり戦わされる子供の顔だ。
ハリーが杖を振りかぶる。──「アクシオ! ファイアボルト!」
ロンの手からファイアボルトが颯爽と飛んだ。