「結局、弟と親友の喧嘩に手一杯で対策どころじゃなかった──というわけだ」
「ぐうの音もございません」
代表選手四人が無事課題を突破したことを祝う宴会から抜け、僕はドラコのそれはそれは冷たい眼差しの下にいた。──そう、突破したのだ。四人とも。フラーも、クラムも、ハリーも、そしてセドリックも、前回と同じ方法で代表選手として立ち続けた。僕はといえば、意気込みむなしく喧嘩の仲裁をしていただけだ。大間抜けだ。
「うん、でも、もう大丈夫──だと、思う」
「むしろ以前にもましてべったりに見えるが? 調子のいい」
「そこがロンのかわいいところさ。そもそも君が言える立場かい? いつだって調子のいいマルフォイ君」
すっかり仲良し三人組に戻った子供たちの後ろ姿を思い出して、安堵に笑う。きっと今頃、祝宴騒ぎの談話室で例の卵を開いては頭を抱えていることだろう。そして三人で知恵をふりしぼり、三人で進むのだ。
「──いいのか」
ドラコは意地っ張りな子供を見るように僕を見た。
「いいんだよ。ハリーの味方でさえいてくれれば。──マリアのことはきらいだって」
「強がりめ」
「強がりじゃない。……こともないけど、すべてがウソってわけでもない。ハリーとしての僕はロンに選んでもらえて喜んでるもの」
ほの暗い独占欲だ。ロンはマリアよりもハリーを選ぶ。それに
「それに、ほら──僕には君がいてくれるんでしょう?」
悪戯っぽく目を細めれば、お得意の嫌味ったらしい表情でご機嫌に笑われた。
「当然だ。『君』のグレンジャーとウィーズリーには敵わないが、こちらの取り巻きにマリアまでは譲らないさ」
ずいぶんな言いぐさに、大人げないな、なんて苦く笑ってしまう。……ほんとうに大人げないのは、僕のほうだろうに。
「話を戻そうか。セドリックをどうするか、だよ。この様子なら第二課題も『前回』と同じと見ていいだろうし……はっきりいって、僕にはどう妨害すべきか見当もつかないよ」
チラリと隣を盗み見れば、ドラコもまったく思い付いてない顔をしていた。なんとも頼りない沈黙だった。
出場者ならまだしも、外野になにができるというのか。なんたって、ただ妨害するだけではダメなのだ。セドリックは健闘したと周囲に思わせ、本人と、そしてなによりエイモス・ディゴリーを納得させねばならない。
彼の息子への期待がどれほどにセドリックを歪ませてしまうか……それはアルバスとスコーピウスの時間旅行を口頭で聞くしかできなかった僕たちにはわからない未来なのだから。
「行き詰まったな。今日はここまでにしよう。あと三ヶ月あるんだ。それだけあれば一つくらいは良案も思い付くだろうさ」
ふう、と息をはいて、先に立ち上がったドラコにつられて冷え込む湖の風から逃げる。中途半端な体勢の僕の手を取ったドラコがすっかり僕を引き上げて──そしてゾッとするくらいきれいに笑った。
「なにより──君には、第二課題の前に試練があるからな?」
「…………ゲェ」
ニンマリ顔の続きをなにがなんでも聞きたくなかった僕は、咄嗟にドラコへと膝蹴りをかましていた。
あの悪夢を思い出させるなんて──まったく憎たらしい!
***
囲まれた。前にハーマイオニー、右にハリー、左にドラコ、後ろにロンだ。爛々と目を光らせる親友たちと兄弟と相棒に僕は囲まれていた。──と、いうか。捕らえられていた。
「ぜったいにいやだ」
「ぜったいに行くのよ」
仁王立ちのハーマイオニーが腕を組んでニッコリ笑う。
「ぜったいに着ない」
「ぜったいに着るはめになるね」
ロンが五人の中でもっとも高い身長からニンマリ見下ろしてくる。
「ぜったいに踊らない!」
「僕が強制なんだからマリアも強制だよ」
ハリーがうつろな目でじっとり睨んでくる。
そしてトドメは。
「マクゴナガル教授から直々に釘を刺されたんだものな?」
小憎たらしく小首をかしげて、ドラコは勝ち誇った微笑みを浮かべていた。
──ああ、この涼しい顔に糞爆弾を投げつけてやりたい!
事は変身学の授業後に起きた。前回とたがわぬ説明をマクゴナガル先生が坦々と聞かせるのを、僕はぼんやり聞いていた。だって僕には関係ない。──少なくとも、この時点では関係なかった。
そして──マクゴナガル先生はハリーと僕を捕らえた。
「マリア・ポッター。自分はまるで関係ないと顔に書いていますが、貴女も参加確定ですよ」
「…………へ?」
爆弾は落とされた。
「な、なぜですか? 僕、今回は選手じゃないでしょう?」
「あなたが前回何の選手だったかは知りませんが、ハリー・ポッターが代表として踊るのに双子のあなたが注目されないとでも?」
動揺はピシャリと叩き返された。ホグワーツへの愛と誇りに生きるマクゴナガル先生の辞書に妥協の文字はない。ようはホグワーツの威厳にかけて他校関係者の前で隙を見せたくないのだ。
マクゴナガル先生は四角い眼鏡の向こうで瞳をキラリと光らせると、繰り返した。
「マリア・ポッター。あなたの参加は決定されています」
開いた口がふさがらなかった。
それから、ハリーと親友たち、そしてどこでどのように捕らえられたのかハーマイオニーに連行されてきたドラコを交えて、マリア対愉快な仲間たちの戦いはここに幕を切って落とされたのである。
「ありえないだろ。ドレスだなんて……信じられない。僕がドレス? この僕が? なんのために制服をこのスタイルにしたと思ってるんだ」
「それだってわたしはいまだにいろーんなことを思ってるわ。ええ。でも、置いておきましょう。もっと大切な話があるもの」
「ドレスが? たいせつだって?」
「当然よ」
「マーリンの髭!」
ハーマイオニーの言いざまにワッと顔をおおう。制服を回避したのにこんなところで特大のトラップにかかるだなんて!
「どうしてもいやなの? マリア」
「どうしてもいやだ」
「もしも僕が、踊るなら君と踊りたいと言っても?」
ピクリ。右肩が震えた。
「アステリアが君のドレスアップを、それは楽しみにしていたんだがな」
ピクリピクリ。左肩が上がった。
「ジニーだってがっかりするだろうなあ。だーい好きな君のドレス姿、見たがるに決まってる」
背中にビリリと電流が走った。正面のハーマイオニーから追い打ちがないことが、かえってじわじわと罪悪感を僕に与えた。
なんてことだ。弱味を完全に握られている。僕が誰に弱いか、完璧に把握されている。逃げ場なんてはじめからないんじゃないか。
「………………わかった」
顔をあげた。心做しかほっとしたように見えるハーマイオニーを出来うる限りうらめしげに見る。────これしかない。
「僕、男として参加する」
「「「…………ハァ?」」」
四人の声がきれいに重なった。
「マリア? あなた、ちょっと冷静じゃないわ。あなたはまちがいなく女の子よ」
「君、前から性別がよくわからなかったけど、少なくとも外見はレディーだぜ」
「マリア、僕の兄弟は妹だよ」
なんだかまるで気でも触れたみたいに扱ってくる親友たちと弟を無視して、僕の左横を陣取る男に体ごと向き合う。
「──性転換薬」
ピタリと。やいのやいの騒いでいた三人が止まった。
「ドラコ、君──性転換薬はあるって言ったよね」
僕は覚えている。二年前のあの日──はじめて『女』に直面してパニックになった僕に君がくれた言葉を。……その後にさらに強烈な出来事があったため掘り返さずにいたけれど──間違いなく、彼は言った。
一生ものではないが──性転換薬は
「男として振る舞っていいならダンスだって踊ってやるよ」
「マリア……あなたねえ……」
「──わかった」
呆れ返るハーマイオニーをさえぎり、うなずいたのはハリーだった。
「それなら僕も薬を飲もう。そして僕は女の子、君は男の子として参加しよう」
「ハリー!」
「マリアにばかり妙なものは飲ませられないよ。僕だって一緒に経験する」
頼もしすぎる弟の姿に、ハーマイオニーやロンだけでなく、僕まで呆気に取られてしまった。
「ハリー……ほんとうに?」
「僕は君の兄さんだもの。妹のワガママにくらい付き合ってやるさ。──ただし」
ハリーはいくつになっても幼げな顔立ちを愛らしくニッコリさせると、第二の試練を突きつけてきた。
「マクゴナガル先生を説得できたならね」