マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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5ー2

 

 ──クタクタだ。大広間のはしっこへ避難した僕は、適当に掴んできたジュースを片手にうずくまっていた。

 本来の予定ならばダンスはアンソニーとだけだった。こんなに踊る予定はなかったのだ。なんだって────

 

 

「ハリーにジニーにグレンジャー、ヴィーラ娘にディゴリー、赤毛弟とお調子双子──その上アステリアとは。ずいぶん元英雄どのはおモテになるな?」

 

「せめてアステリアは君が引き留めておけよ!」

 

 

 ニタニタと見下ろしてくるアイスグレーに愛を込めて足を踏みつけておいた。

 

 

「はしたないぞ。しかたないだろう。アステリアが君と踊りたいと言ったんだ。はじめにジニーと踊ってリードもできると晒したのは君だぞ。僕がアステリアのお願いに逆らえるとでも?」

 

「そうかい、仲むつまじくてけっこうだね!」

 

 

 中身はジュースのシャンパングラスを雑に煽る。ドラコからの視線がいたい。『僕』が泥酔して帰った時のジニーと同じ目はやめてくれよ。

 

 

「ちょっと僕、出てくるよ」

 

「靴擦れでもしたか?」

 

「おかげさまでヒールにはすっかり馴れましたとも。熱を冷ましてくる」

 

「それなら──いや、お前のパートナーはどうした」

 

「うちの寮の双子に遊ばれてるよ。ほら、あそこ。フレッドかジョージかにずっと回されてる。いつ目をつけたんだか。──ああ、ついてこなくていいよ。その辺を歩くだけだから。君はアステリアの様子でも見てきたら? 寮で休んでるんだろう?」

 

 

 ヨイショと年寄りくさい掛け声で立ち上がり、ドラコに空のシャンパングラスを押し付ける。ハーマイオニーの淑女教育仕草編を思い出しながら出口へと向かう。(「座るときは脚を閉じる!」「大股に歩かない!」)

 

 ダンスパーティーはすっかり無礼講上等・飛び入り自由・入り乱れ無法地帯となっていた。ジニーはまだまだ元気にハリーにくっついて回っているし、ロンは……ウーン、今は親友二人には触れないでおこう。余計な火種を撒きかねない。

 ともかく、もう僕に注目している人間はいない。これ以上ダンスに付き合わされる前に避難してしまおう。

 

 玄関ホールを抜けると、バラ園と散歩道に出た。そこらの茂みから甘ったるいクスクス笑いが聞こえて、ああ……とうなだれた。そうか、そういうお楽しみゾーンになってるのか。パートナーも連れず立ち尽くす僕はどれほど滑稽に映るだろう。……そもそも周りなんて見えてないか。 相手に夢中(・・・・・)だ。

 だがしかし、またあの無法地帯に戻るというのも……と立ち往生したところで。

 

 

「ウウン?」

 

「……ポッターか」

 

 

 散歩道の少し先に、これまた一人で佇む少年がいた。セオドール・ノットだ。パートナーを連れていないもの同士、居心地の悪さから自然と話しかけに行ってしまう。彼は僕を嫌っているというのに。

 

 

「ずいぶんと楽しんだ様子だな」

 

「君は……楽しくなさそうだね?」

 

「ダンスに興味はない」

 

「それで逃げ出したわけだ。タイミングの悪い」

 

「君もだろう?」

 

 

 いつの間にか並んで歩いていた。思いの外、会話もスムーズに交わせて、もしや僕が思っていたほど嫌われてるわけでもないのかと浮き足立ってしまう。

 彼はなんというか……『前回』だってそれほど関わってはなかったけれど──ドラコいわく一匹狼だったそうだ──差別的な部分が強いように見えた。穢れた血だったり、もっと根元的な女性差別だったり。

 ……案外、そうでもないのだろうか。僕だって思い込みは激しいほうだし──どんなに気に食わない相手だって、好きこのんで敵対されたいわけはない。もしも、このまま仲良くなれるなら──

 

 

「──センスがいいな」

 

 

 ふと、セオドールが僕を見つめて言った。

 

 

「ああ、うん。ドラコがそろえてくれて」

 

「マルフォイか」

 

 

 途端に苦虫を噛み潰した顔をするので思わず笑ってしまった。スリザリン内がドラコ派とセオドール派で分かれているという噂はどうやら本当らしい。アステリア情報だ。

 

 

「そう。やつの計画的犯行さ」

 

 

 子供らしい反応に気が緩んで、友人みたいに彼を扱ってしまう。ほんの少しだけ──ほんとうに友人になれはしないかと期待した。──が。

 

 

「男が女に衣服を贈るとき──そこに込められた意図を知らないのか?」

 

 

 立ち止まったセオドールの瞳は、なんだか不思議な輝きを放っていた。剣呑……でもない。嘲笑……それもちがう。いったいなんだ?

 

 

「君はそういったことに無頓着らしいが──自分で着飾った女を別の男の元へ送るとは。あいつも中々……」

 

 

 次の笑みは間違いなく嘲笑であった。ドラコに向けてなのか僕に向けてなのかは定かでないが──やっぱり彼は僕らが好きではないようだ。

 

 

「ネックレスも、イヤリングも、君が直接肌にまとうものだ。そして極めつけにドレスとは────マリア、囲われてるぞ」

 

 

 そっと睦言よろしく囁いたセオドールに、無意識に握っていた杖を彼の喉元へと突きつけていた。

 

 

「──一応、聞いておきたいんだけど、それはドラコへの侮辱? それとも僕への助言?」

 

「……ふぅん? 警戒を知らないバカではないらしい」

 

「警戒ってのは悟らせないから警戒なんだよ。覚えておくといい」

 

「ご助言、痛み入るよ」

 

 

 セオドールは両手を上げて離れた。いまだ杖先を向ける僕に不気味に笑うと、優雅な礼を残して引き返していく。取り残された僕は周囲のピンクな空気なんて忘れて呆けた。……なにがしたかったんだ、あいつ。

 

 ダンスパーティーも締めへと入り、アンソニーにおやすみの挨拶を済ませた僕はドラコに連れられ八階へと上がっていた。通りを三往復。開かれた扉の向こうはダンスホールだった。──僕がドラコとダンスレッスンに使っていた部屋だ。

 

 

「ドラコ?」

 

「──最後の一曲を、お相手願えますか? レディ」

 

 

 振り返ったドラコが大振りに手を差し出す。……似合うのだから腹立たしい。

 

 

「ドラコ……君とは散々踊ったじゃないか」

 

「練習をな」

 

「おかげさまで本番は大成功さ。余分なくらいね。これ以上は十分」

 

「そうか……では、これは無駄というわけだ」

 

 

 ドラコが懐からなにかを取り出し軽く振った。──小瓶だ。魔法薬だ。

 

 

「──性転換薬」

 

 

 僕の怪訝な表情を読んだドラコは、小瓶を顔の横まで持ち上げるとニンマリ笑った。

 

 

「なんで……?」

 

「君が言ったんだろう? ──男役なら踊ってもかまわないと」

 

 

 手を取られ、ホール内へと一歩二歩と導かれる。

 

 

「ここは願えば揃う部屋だ。男の服ならわざわざ僕があつらえなくても君に任せられると思ったんだが? それとも、こちらも上から下までコーディネイトして差し上げようか。ミスター?」

 

「ドラコ、まってよ。話が見えない。なにを……」

 

「──ハリーも、マリアも、みんなのものだ」

 

 

 ピタリ。ホールの中心で、僕らは立ち止まった。──僕らだけがいた。

 

 

「僕だけの君が見たいと──そう言ったら?」

 

 

 ドラコの目は愚直なほど真摯だった。

 

 

「君だけの……僕──?」

 

「男としての性を取り戻した君は、誰も見たことがない。『君』のグレンジャーも、ウィーズリーも、ハリーも──(マリア)も」

 

「────」

 

 

 急に羞恥が込み上げてきた。女であることを突き付けられたあの日のような────胸の膨らみが、ハリーよりも低い身長が、変わりはしない声が、腹の中が──僕は『女』なのだとどうしようもなく思わされる。

 女性の身で──どうして僕は男のドラコの前に立っているんだ。少女にするみたいに手を引かれて、ドレスなんて着ちゃって。

 

 

「マリア?」

 

「は、なして……うん、わかった。飲むよ。それでいいんだろう? だから手を放せ」

 

「……ああ」

 

 

 きょとんとしているドラコを振りほどく。──こっちは君のせいで変な気分にさせられてるっていうのに!

 

 

「その代わり、君だって飲めよ。──ソレ」

 

「は?」

 

「君だけの僕が見たいんだろう? だったら──僕にも僕だけの君をくれなくちゃ」

 

 

 ちょっとした意趣返しのつもりだった。元々男だった僕が男に戻るのとはわけがちがう。ずっと男として生きてきたドラコに女になれと言っているのだ。困るだろうと──嫌がるだろうと、そう思ったのだ。なのに。

 

 

「……クッ」

 

「……ドラコ?」

 

「クック……くくくっ、ふはっ」

 

 

 ドラコは笑っていた。いつものニヒルで人を小バカにしたような、口端だけを上げる笑いかたじゃなくて。

 腹を曲げて。形ばかり口を手で抑えて。そっくりそのまま十四歳の少年みたいに──楽しそうに笑っていた。

 

 

「なんて口説き文句だ。完敗だよ、ポッター」

 

「は……ハァ!? 僕が君を? バカじゃないの!?」

 

「あぁ、あぁ、わかっているとも。だから笑いが止まらないんじゃないか。君ってまったく、罪深い」

 

「言ってろ!」

 

 

 ドラコから小瓶をもぎ取り半分飲み干す。なんとなく服がある気がして顔を向ければ、壁に男性用の正装一式がかけられていた。

 身体がムズムズして──痛みはなかった。ポリジュース薬のような副作用がなくてほっとした──ドレスがきつくなっていくのがわかった。壁に向かいながら脱ぎ捨てて行けば、たどり着いた頃にはすっかり男の体格になっていた。いまだクツクツと抑え笑いが聞こえる後ろを無視して着込む。ご丁寧にハンガーの下に用意されていた靴まで履き替えれば──

 

 

「……ふう」

 

 

 なんだか呼吸がしやすくなった気がした。僕の身体が戻ってきた……そんな気分だ。

 

 

「ドラコ、着替えたよ……あ、そうだ、この髪ほどいてよ。あと顔も。ハーマイオニーになんだか知らないけど弄られたんだ。フィニートで解けるようなものじゃないだろう?」

 

 

 振り返れば、存分に笑い終わったらしいドラコがちょっと目に涙を浮かばせながらいつものニンマリ顔で立っていた。

 

 

「……なんだよ」

 

「いや、まるで男装の麗人だなと」

 

「そりゃあ滑稽でしょうとも!」

 

 

 やっぱりまだ口元がひくついているドラコに、ツンと顔を背けながら髪留めを外してもらう。髪の長さはマリアよりも少し短いくらいで、ハーマイオニーに塗られたり描かれたりした顔は思い浮かべた洗面台で洗ってすっきりさせた。いつの間にか添えられていたタオルで水気を拭き取れば──鏡に映ったのは赤い髪とハシバミ色の瞳を持った少年だった。

 なんてことだ、ハリーの頃より顔がいいじゃないか。母さんの遺伝子ったらずるいぞ!

 ドラコが男装の麗人と揶揄した意味がわかった。整ってはいるが──男版マリアはかなりの女顔だった。

 

 

「ほら、僕の準備は終わったぞ。君もさっさとそれを飲んで僕と同じように恥をさらせばいい」

 

「恥なものか。君だけのレディだ。ありがたがるべきだろう?」

 

「はいはい、顔がかわいくても中身がこれじゃあね」

 

「…………今のセリフは鏡に向かって言うべきだったぞ、ポッター」

 

 

 ふざけ合いながらもドラコが小瓶の残りを飲み干すのを見守る。変化はすぐに現れた。身長が縮んで、服がだぶついていく。ふと、アニメーガスの変身に似ているのだと思い至った。

 アニメーガスといえば、ピーター・ペティグリューは今────

 ぼんやりしているうちにドラコの性転換は終わった。

 

 

「…………」

 

「……ポッター?」

 

 

 美少女だ。儚い金髪にけぶる睫毛。小振りな唇はほんのりピンクで、グレーとブルーの狭間の瞳が神秘的だった。男のドラコは縛れる程度に髪を伸ばしていたので、それがさらに少女らしさに追い討ちをかけていた。小首なんてかしげてみれば肩からサラサラと金糸がこぼれ落ちた。──非の打ち所のない美少女がそこにいた。

 

 

「おお……声が……まるで金糸雀だ! どうだ、ポッター。僕は女になっても美しいだろう」

 

「ウワァ……中身がマルフォイだ……ウワァ……」

 

「なんだその反応は」

 

 

 幻想を打ち砕かれた気持ちでがっくりと肩をおろす。よく見ればマリアより胸だって大きいじゃないか……なんでこんなところで悔しい思いをしなくちゃならないんだ。

 

 

「もう……いいからさっさと着替えなよ。その辺に放っちゃったけど」

 

「……あのドレスを着ろと?」

 

「君が選んだんだろ? 緑だし、君に似合わないわけはないと思うけど」

 

 

 ドラコ……なんだか女の子のドラコをドラコって呼ぶのは変なかんじだな。ああ、それでさっきから彼……いや、彼女? はハリーでもマリアでもなくポッターと呼んでくるのか。ならばここは無難にマルフォイだろうか。

 マルフォイはなんとも微妙な顔をしてドレスをつまんでいた。それ見たことか。女装を強要された僕の気持ちをよーく知るといい。

 

 

「……ほんとうにいいんだな? 君が着ていた服を僕が着るんだぞ? 後で文句を言うなよ」

 

「いったいなんの文句があるっていうのさ」

 

 

 ムスッとしたマルフォイは──悔しいことにそんな顔だってかわいいのだ。顔だけだ!──意識のスタートラインがわからないだのなんだの呟きながらだぼだぼの正装を脱ごうとしていた。意識のスタートライン……? ──って、いやそんなことより!

 

 

「ちょっと待て! 君、僕の目の前で脱ぐ気か!?」

 

「なにか問題が?」

 

「問題に決まってる! 今、君は女の……子……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……なるほど、こうすれば手っ取り早かったわけだ」

 

 

 僕は彼……彼女……にそっと背を向けて天を仰いだ。

 手っ取り早かったね……ドラコが散々、(マリア)に厳しかった理由を、今、身をもって理解したわけだからね!

 

 

「ほら、着替えたぞ」

 

 

 すっかり愛らしくなったマルフォイの声に、やるせなく思いながらも振り返れば。

 

 

「──とっても、似合うよ。マルフォイ。綺麗だ」

 

「当然だ。僕だからな」

 

 

 不遜にふんぞり返っても美しい少女だった。化粧だとかがまるでいらない、人形じみた美しさだ。緑のドレスはまるで彼女のために仕立てられたようだった。だというのに──彼女はドレスをつまむと「やはり僕より君に似合う」なんて微笑んでみせるのだ。

 どこからともなく音楽が流れ出す。練習していた頃とまったく同じ曲で、顔を見合わせて同時に笑ってしまう。

 

 

「お手をどうぞ? ──マイレディ」

 

 

 ふんわりと赤と金と緑が宙を舞った。

 

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