波乱のクリスマス休暇も明けた新学期。リータ・スキーターによって早々にハグリッドの秘密が暴かれた。ハグリッドの母親が巨人である事実の記事が発表されたのだ。ハグリッドはすっかり落ち込んで、引きこもるハグリッドに代わり魔法生物飼育学はグラブリー・プランク先生が教鞭を取っていた。
「マリア、知っていた?」
「そう言うハリーは知ってた顔だね?」
「……うん。マリア、ダンスパーティーの時に途中で抜けただろう? 気分でも悪くなったのかと思って、それで」
「ついてきた?」
「そう。僕とロンで。そのとき、聞いたんだ。マダム・マクシームとハグリッドが……その…………話してるのを」
ハリーはどうにかといった風ににごしたが、盗み聞きしてしまった負い目があるのだろう。ロンも新聞に隠れてもじもじしていた。
「ねえ、そのとき──近くにコガネムシがいなかった?」
「コガネムシ? あ、うん。いたかも。どうして?」
「実は僕もこのあいだ見かけたんだけど……この時期にまだ活動してるなんて、根性があるなって」
ほんとうに、根性があるよ。腐りきった根性がね。
「…………マリア、虫を集めるとかはやめてくれよ。母さんがそういうの好きだったらしいけど」
「ボウトラックルを飼い始めたら約束はできないな」
ハーマイオニーがプーッと吹き出した。それを見てロンとハリーも新聞なんて放ってキャラキャラと笑った。
***
仲良し三人組が堂々たる態度でホグズミードを満喫している間、僕はアンソニーと会っていた。ホグズミードからいち早く帰って来た彼が僕に土産を渡したいと声をかけてきたのがきっかけだ。廊下に立ちっぱなしもなんだからと適当な教室を見付けて腰を落ち着ける。時折、信じられないトラップが仕掛けられた部屋だとかもあるので、見つけた教室が普通の部屋か変な部屋かはその時の運だ。今のところ僕が変な部屋に当たった回数は十二回だけである。多いのか少ないのかは比較対象がないのでわからない。ジャパニーズニンジャヤシキよりも可笑しな所だ、ホグワーツ城は。
「これ、マリアに似合うと思って」
アンソニーが差し出したのはラッピングされたブローチだった。琥珀色の合成石が贅沢に使われている。……合成、だよね?
「ポッター兄の目もきれいだけどさ、やっぱりマリアの目が好きだよ。僕は」
屈託なく笑いかけられて照れてしまう。封から取り出したブローチは角度を変えるたびキラキラと別の輝きを見せて飽きなかった。
「……ダンスパーティー、僕たち、一緒に行っただろう?」
うん。隣に座る彼へとうなずく。
「楽しかった? その、アー……僕といて?」
もちろん。再びうなずく。
「それなら……マリア? 君、たぶん知らないよな。パーティーのパートナーってのが、一般的にどういう関係の人間を連れるものなのか」
「知ってるよ」
アンソニーはポカンとした。なんなんだ、みんなして僕を鈍感みたいに扱って。それは否定しないけど、妻のジニーを連れて面倒な席に何度も出席してきた『僕』が知らないわけないだろう。
「恋人、だろう? だけど、僕たちはそうじゃない」
「……そうだね。そう、僕らは友だちだ。でも──僕はそうなれたなら、いいと思ってる。……つまり、」
迷うように言葉の先をつぐんでしまったアンソニーに、おそるおそる続きを引き取った。
「アンソニー……君──僕と恋人になりたいって言ってるの?」
「……君がうなずいてくれるなら」
アンソニーは飄々とした掴み所のない顔を捨てて、まっすぐに僕を見ていた。僕にはまぶしい眼差しだった。
「……ありがとう。でも、ごめん。僕、君をそんなふうには」
「スリザリンの彼がいるから?」
「ちがう。ドラコは関係ないよ。そうじゃなくて……僕、きっと誰もそんなふうに見られないんだ」
「……それは、君が女性を好きだから。とかだったりする?」
「それもちがう。そして待ってくれ、もしかしてそんな噂があるの?」
「…………」
「あるんだ……」
ぐったりしてしまった。アンソニーは噂に敏感だ。彼があると言ったらあるのだ。
「あのね、アンソニー……」
「マリア」
再びアンソニーが決意を固めた目で僕を見据えた。
「──これからも、友だちでいてくれる?」
「……っもちろん! もちろんだよ。君が望んでくれるなら」
「そうか。よし。じゃあ、今はそれでいい。一先ずリードだ」
「へ?」
「知っているのと知らないでは、ちがうだろう?」
アンソニーは肺からすべての空気を吐き出すみたいに深呼吸をすると、ヘラリといつもの中身がなさそうな笑顔へと戻っていた。
「ところで聞いていいかい?」
「う、うん?」
「ダンスパーティーの衣装、どれが『彼』のプレゼントだったんだい?」
彼──指している対象を察せないほど、僕は周囲の目に疎くない。
「全部だよ。ぜーんぶ、あいつが用意したのさ。とんでもないだろう?」
「……ほんとうに、とんでもないな」
アンソニーは僕を上から下まで眺めると、どことなくおそろしいものを見るように目をそらした。そして身軽に跳ぶようにして立ち上がると扉へ向かった。戸を開けると同時に振り向いて──
「フェアじゃないからね。教えておいてやるよ、マリア。────それ、牽制だ」
お先に、と手を振るアンソニーは、迫るドラコの影を察知して逃げるときと同じ──妙に楽しそうな子供っぽい笑顔だった。
「…………」
──牽制。牽制だって?
「……ウーン?」
それまで椅子にしていた机にペッタリと背中をくっつける。アンソニーがいなくなった分、広くなったそこを存分に腕を広げて占領した。
牽制……なにをだ? いや、この場合は誰に対して、か? いやいや、そもそも前提からして──ドラコがそんなことを考えていたという確証がないじゃないか。
「うん。そうだ。あいつのことだもの。僕が女装から逃れられないのを楽しみたかっただけなんだ」
「──それはずいぶんと底意地の悪い趣味を持った輩もいたものだね」
バネ仕掛け人形のように飛び上がった。噂のその人がアンソニーが出たばかりの扉にもたれかかって立っていた。
「ドラコ──どうしてここに?」
なんだって君は──いや、君たちは絶妙にタイミングをずらしておいかけっこするんだ!
「弟君が『あのぽっと出とマリアが二人きりでいる!』と騒いでいたものでな。僕がお迎えにあがった次第さ」
「ハリー……」
ホグズミードから帰ってすぐ、寮にいない僕に忍びの地図を迷うことなく取り出すハリーの姿が容易に想像できて、なんとも残念な気持ちになった。僕も息子に対して似たようなことしたけどさ……。
レイブンクローの彼をアンソニー・ゴールドスタインだと知らなかった僕は、クリスマスのその日までハリーに紹介しなかった。なるほど、ハリーからすればアンソニーはぽっと出なんて不名誉な認識になるのか。……実は一年生の頃から気まぐれ同伴の交流があったとは、言わないほうがよさそうだ。
「それで? 姫におかれましては、このような粗末な部屋で逢い引きを?」
「逢い引き……あながちまちがってもないか」
「は?」
冗談の延長だったドラコは、自分で投げておいて固まった。
「告白でもされたか」
「それが──なんとその通り」
「…………返事は」
「オーケー。──な、わけないだろ? 肉体は同じでも僕らの中身はずれてる。化け物だ。周りをそんなふうに見るのは無理だ」
……少なくとも、僕は無理だ。
「僕だってまさかアンソニーが…………アアー、なんだこれ、疲れる」
またまたアンソニーと同じ場所──つまりは僕の隣に座ったドラコに、断りもなく膝へと倒れ込む。ドラコは僕を真上から見下ろしてクツクツと笑った。
「そういう歳だ。──君はそう見られるんだ」
「それが、女の子ってこと?」
「さあ……男女関係なく、君自身の魅力がそうさせるのかもしれない」
「ウゲェ、心にもないことを」
「まさか! 現に僕は男の君だって──」
そこでドラコは、致命的な失敗でも犯したみたいに大急ぎで口を閉じた。つられて僕もドラコを見上げて呆けた。
「僕が……なに? ドラコ」
「いや。口が滑った。忘れてくれ」
「え──ええ? どういうこと!?」
「うるさい。君なんかにあせらされるなんて、一生の不覚だ」
「流れるように貶められた……マルフォイめ」
「前から思っていたが君はマルフォイ家をなんだと思ってるんだ」
すっかり奇妙な雰囲気はふき飛んで、湖畔でじゃれる日常のようにドラコの手を取って笑い合う。
ほんの少し、ほっとした。ドラコが──そうだ、「僕だけの君を見たい」と告げたあの夜みたいな顔をするから……なんだか落ち着かない気分にさせられたのだ。
「僕──『身内』からそう見られるだなんて、思いもしなかった。だってハリーの頃はちがっただろう? ……思った以上に疲れるや」
「……そうか」
ドラコの指がやわらかく前髪をかき上げ額をなぞった。──かつて、死の呪いが刻まれていた場所だ。
「僕は──『身内』か」
逆光を受けるドラコの表情は──僕に目をそらすことを許さなかった。
「当たり前じゃないか、相棒」
「……憎たらしいな」
「なんでだよ」
再びクスクス笑いが戻ってくる。ドラコは、僕の頬をつねったり唇を撫でたりと好き放題だった。人の顔をオモチャにして、まったく。……嫌でもないから、困る。
──いつから、彼に嫌悪を感じなくなったんだっけ?
ここまでの距離を許したのは──家族と親友たちだけだったのに。
「ねえ、ドラコ。──僕にドレスをくれたのは、どうして?」
ドラコはお人形みたいにきれいに笑った。
「……ただの気まぐれだよ」
少女は上級生ばかりの周囲にも臆することなく背筋を伸ばした。だって彼がいるから。彼が手を引くのだから──情けない顔は見せられない。
そんな少女にエスコート役をこなす少年──ドラコ・マルフォイは、どうしようもなく愛しいものを見る目で微笑んだ。
「似合ってるよ、アステリア」
「当然です。わたくし、レディですもの」
淑女然とした、年齢に似合わぬ完璧な笑みが返される。強がりばかりの仮面ですら、ドラコにとっては幼げで──痛々しくて、愛おしかった。
彼女が笑っていてくれるだけでよかった。彼女と、そして彼女との子さえいればそれ以上は望まない──謙虚にすらなれると思っていた。
アステリア・グリーングラス。『前』で喪ってしまった最愛の人に出逢えさえすれば──こんなドロドロとしたものはなくなると思っていた。
「ドラコお兄様もとっても素敵です。今宵で一番の貴公子ですわ。けれど、きっとドラコお兄様が普段のローブ姿でいたって、わたくしには素敵にうつるのです」
「アステリアは素直だな」
「マリアはこうは言わないでしょう?」
クスクスと十二歳の顔が戻ってくる。皮肉なことに──彼女から淑女の仮面を剥がし少女を戻してやれるのは、ライバルだと彼女自身が宣言するマリア・ポッターばかりであった。ほんの少し、ジェラシーだ。……どっちに、と問われると、それは答えられないけれど。
ドラコは輝かんばかりの緑と赤を視界の端で追って、完璧に整えられた姿にほくそ笑んだ。彼女に注目が集まれば集まるだけ──『気付く』者は多い。
「ひどいお方。こんなにも完璧なレディを目の前にして、他の女性に目移りだなんて」
「そうは言うが、君もマリアが気になっていただろう?」
「…………おともだちですもの」
微妙にずれている不器用な少女の友達観念にやはり笑ってしまう。どこまでも最愛の人から『少女』を引き出してくれる。ずるいのはどちらだ。
僕ら二人ともを──手中にしてしまうだなんて。
「マリア──綺麗ね」
アステリアは儚げに瞳を細めた。曲が替わり、何がどうしてそうなったのか、マリアは自分の弟と踊っていた。……見方を変えれば自分自身というわけだ。もっとも──彼はもう、『自分』とは思えていないだろうけど。
「全部、マリアのためだけ──マリアに似合うものだけでそろえられてる。……さすがですね? ドラコお兄様」
アステリアはいたずらっぽく、手を取り合っている目の前の想い人を見上げた。
「なんて子供っぽい牽制かしら」
「どうせ子供さ」
「マリアの前だとことさら、でしょう?」
ふんわり。ドレスをなびかせてターンする。ドラコはどうあっても勝てないと思わされていた。『前』の彼女だって──淑々と、そしてしたたかな人だった。
「どうせマリアは気付いていないのでしょう」
流れるようなステップが、彼女が受けてきた『教育』を知らしめる。
「教えもしなかったのですね。かわいそうなマリア。知らぬうちに囲われちゃって──まあ」
優雅に舞いながら、いたいけな少女は大人の顔で微笑んだ。
「──もう、お心はお決まりなのね。ドラコお兄様」
それは、最終通告だった。
「ああ」
「わたくし、応援しませんわ。くやしいですもの。……ドラコお兄様は、苦しまれます」
「それでもいいんだ。僕が苦しむくらいはどうってことない。そして──彼女はつよい」
「……ひどいひと」
「すまない、アステリア」
身勝手な男に絡め取られた純粋で優しい女の子。慕い続けてくれたかわいい子。そしてきっと、この先も変わらず心を預けてくれるただ一人だけの光。
ドラコはまったく不誠実な自分に苦く笑うしかなかった。──それでも、手放せない。
「いいえ。知っていましたもの。今日だって……お心の確認なのでしょう? 利用されて差し上げます。ドラコお兄様を愛しておりますもの」
「僕も愛してるよ。アステリア」
「存じております」
「なら、結婚してくれる?」
「お断りです」
にべもなくフラれてやっぱり敵わないと思わされる。思えば、出会ったばかりの頃から彼女はつれなかった。かわいい人だ。
「わたくし、これからも邪魔をいたしますから。どうやらマリアは女の子のほうが興味があるご様子。……案外、ドラコお兄様の敵は目の前にいるのかもしれませんわ?」
「冗談にならないからやめてくれ……」
ドラコの弱々しい懇願に、アステリアは声を上げて笑った。珍しい姿であった。マリアの話題となるとこうなのだから──マリア、やっぱり僕は君のほうに嫉妬してしまいそうだ。
「ドラコお兄様──後戻りはできませんよ」
手を取り合って、澄んだブラウンとグレーが互いをうつす。
「今さらだ。どんな手段を使っても、目的遂げる狡猾さ──それが僕たちだろう?」
スリザリンの少女少年は、ここに宣戦布告した。