マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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 心地よく揺らめいていた。肩までの髪がふわふわと頬をくすぐって、それすらも誰かの指のようだった。揺りかごの中であなたの愛を受け取る赤子のような──まるで母の腹の中に還ったような────

 

 

 冷たい。

 

 

 急速に息を奪われる。肺から吸い上げられていく。口や鼻から飛び出したそれは泡になり、顔に当たって弾ける。空気の代わりにドウッと冷たい水が喉まで襲い来る。

 誰かに抱かれていた。腰を力任せに。片腕だった。目を開く。水の中だ。目玉をごろごろと水流に撫でられる。何度か水圧に逆らってまばたきをすれば、すぐ前に少しだけ魚っぽくなった『僕』が見えた。

 

 ハリー。声は泡になる。ぼうっとした頭の中でかつて愛娘リリーに読み聞かせた人魚姫の結末を思い出した。

 

 

「──ップハッ! ゲホ、ゴホ、ハァ……エホッ…………ハリィ」

 

「マリアっ!」

 

 

 水面から顔を出せば、ようやっと音が届いた。熱狂的な拍手と歓声の嵐だ。それからハーマイオニーが僕らの名を叫ぶ声、ロンの声、フラーの妹を求める声、マダム・ポンフリーの怒声──情報が飽和して、空を見上げながらぼんやりしてしまう。

 

 

「マリア、この子をお願い」

 

「……ああ、一緒に助けてあげたんだ」

 

 

 シルバーブロンドを水面に描いていた美少女は呆然とハリーに抱かれていた。フラーの人質──妹のガブリエルだ。ガブリエルを真ん中に、湖畔へと三人で泳ぐ。たどり着いた途端、待ち構えていたマダム・ポンフリーに三人もろとも毛布で包まれた。

 

 

「なんて嫌な催しなんでしょう! こんなにも冷えきって……人質たちは水中でも問題がないよう配慮されると校長はおっしゃっていたのに! 話がちがうわ」

 

 

 苛烈な白衣の天使はプンプン怒りながら、もっともか弱いガブリエルの処置を始めていた。後回しの僕らは一枚の毛布に包まれて、中で抱き合っていた。よくがんばったね。セーターにスラックスのまま飛び込んだらしいぐっしょりした背中を叩いて労う。前日に人質要員として呼び出された僕もまったく同じ格好なわけだが。

 

 

「僕、最下位だよ。一番早くたどり着いたのに、みんな助けたくて欲張ったんだ。笑っちゃうだろ?」

 

「うん。笑っちゃう。──僕の弟はこんなに立派なんだって!」

 

 

 わしゃわしゃとシリウスにするみたいに──じゃなくて、犬にするみたいにハリーのくしゃくしゃ頭を撫でた。今は水でしっとりしているが、乾けばとんでもないことになりそうだ。自然乾燥は危険だと僕はハーマイオニーから叩き込まれているのだ。

 じゃれあう僕らにつられたハーマイオニーも飛び込んできて──捨て置かれたクラムがちょっぴりかわいそうだった──ロンと四人でいつものようにはしゃぎ合う。

 

 

「さあ次はあなたです!」

 

 

 マダム・ポンフリーの近くにいたハリーがむんずと腕を取られて奪われた。すると、ドナドナされゆくハリーに代わってフラーとその腕の中にいるガブリエルがやってきた。

 

 

「アリー、アリー・ポッター……あなた、ガブリエールの恩人でーす。ガブリエール、あなたのいとじちでなかった」

 

「メルシィ、アリー・ポッター」

 

 

 光そのもののような美少女二人に微笑まれて、マダムにもみくちゃにされながらも照れるハリーが見えた。ハーマイオニーと顔を合わせてニヤリとしてしまう。

 

 

「マリー」

 

 

 ──ん?

 

 ハリーを通りすぎ僕の元にまでやってきたデラクール姉妹は、ハーマイオニーにぬいぐるみのように抱えられている僕の手を取って中に熱を落とした。

 

 

「マリー、ガブリエールに寒くない、くれました。ありがとう」

 

「メルシィ・ボクゥ」

 

 

 ガブリエルが愛らしい礼と共に渡してきたのはネックレスだった。──ああ、そうだ。昨日、冬の湖がいかに冷たいかを知っている僕は、幼い女の子が沈められてしまう事実が不憫でドラコからもらった一番目のクリスマスプレゼントを貸し出していたのだった。

 このネックレスは宝石の中に特別な炎を閉じ込めたマジックアイテムで、使用者の体温に合わせて適当な温度へと変化する機能を持っている。寒ければ温かくなり、火照るときは冷たい炎がゆらめく。ほんの気休めであったが少しくらいは役に立てたらしい。

 

 

「どういたしまして。ええと、フランス語だとどう言うのかな……」

 

「ジュヴ・ゾンプリ、かしら」

 

「さすがハーマイオニー」

 

 

 何度かフランスにも旅行している親友が頼りになりすぎる。つたないながらもハーマイオニーの言葉をガブリエルへと繰り返せば、ガブリエルは天使もかくやといった笑顔で頬にキスをくれた。フラーもだ。そして「サリュー! ムッシュウ」と残して元気にマダム・マクシームの元へと駆けていった。

 

 

「……あのさ、ハーマイオニー。ムッシューって……」

 

「ミスターよ」

 

「…………」

 

「あなた、ヴィーラにどう見られてるの?」

 

「わからない……」

 

 

 どこで男だと判断されてるんだ……。

 

 マダム・ポンフリーの世話になっているあいだにハリーの点数結果が発表された。『前回』同様、道徳的な行為が認められセドリックと並ぶ同点一位へとのし上がっていた。ワイワイとハリーが赤い集団に囲まれる。ハリーもまんざらでもないようだった。

 今だけは──薄暗い未来を忘れて素直に弟の奮闘を讃えよう。

 

 

「マリア」

 

 

 マダムのおかげでほとんど乾いた体にローブがかけられる。緑色のローブだ。心做しか自然乾燥によってきしんだ気のする髪に指を差し入れられる。

 

 

「──ドラコ」

 

「ああ」

 

「僕、妨害はやめる」

 

「そうか」

 

「正々堂々──セドリックを打ち負かそう」

 

 

 それが、僕にできる最善だ。……きっと。

 

 最高級の生地を使っているのだろうなめらかな緑が、冷たい風と共に肩を撫でていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ダァァァンッ────

 

 響いた打音と引き換えに水を打ったような静寂が大広間中を嘗めた。発生源はグリフィンドール席。かのハリー・ポッターとハーマイオニー・グレンジャーのあいだ──マリア・ポッターが机へ叩き付けた拳からであった。

 

 

 週刊魔女に記載されたリータ・スキーターの捏造記事はあまりに堪えがたく、おぞましく醜悪だった。

 ひとつにハーマイオニーの中傷記事。ハリーとクラムを手のひらの上で転がす計算高い悪女──モリー母さんいわく 緋色のおべべ(・・・・・・)──として書かれたものだ。そしてもうひとつが。

 

 

「マ、マリア……? だれもこんなこと──こんなくだらない記事を本気になんかしたりしないわ。────ハリーとあなたが 関係にある(・・・・・)だなんて」

 

 

 ハリーと踊ったダンスパーティーや、ロンと不仲にあった際に僕がハリーを慰めていたそれが、あたかも 慰めて(・・・)いたかのように書かれていたのだ。

 ドラコのいつかの『邪推』の意味を今はっきりと理解した。

 

 

「ぜったいにゆるさない」

 

 

 喉からうなるような声が落ちる。両脇の子供たちの肩が跳ねた。

 

 

「マリア、僕、気にしないよ──」

 

「そうよ、マリア。あなたたちは確かに仲が良いけど──」

 

 

「────僕と、ハリーの──血が繋がっていない可能性について──だって?」

 

 

 え、そこ? ハリーとハーマイオニーは思わず顔を見合わせた。

 

 僕とハリーがどうこうなどと勝手に妄想するのは百歩譲ってよしとしよう。腐った玉子味ビーンズにあたるよりもひどい吐き気だが、僕らのスキンシップが男女を越えているのも事実だ。人の頭の中までは操作しようもない。洗脳や服従の呪文でもかけない限り。

 だが──

 

『ハリー・ポッターとマリア・ポッターは双子である。男女の双子だ。片や生き残った男の子、そしてもう一人は無名の女の子。はたして、ここまで 違う(・・)彼等はほんとうに双子なのだろうか──? 性別、背負った運命、そして容姿。まるで重ならない二人の少年少女は、ゆえに孤独を舐め合ってきたのではないだろうか。ただ二人だけの中に愛を見つけて──……』

 

 ────だあ!?

 僕とハリーが兄弟であることを否定する──僕から兄弟というただひとつの絆を奪い上げんとするこんなデタラメを────誰が許せるものか。

 

 

「僕とハリーは間違いなくジェームズ父さんとリリー母さんの子だ。僕らは間違いなく兄弟だ。世界中の誰にも『家族』を否定させはしない。──ハーマイオニー!」

 

「ハ、ハイ!」

 

「このゲス女、捕まえるぞ」

 

「は、」

 

「──協力、してくれるよね?」

 

「ハイ! もちろんです!」

 

 

 反射的に立ち上がったハーマイオニーを従えて朝食の席を立つ。

 

 

「マ、マリア……?」

 

「大丈夫だよ、ハリー。ぜんぶ姉さんに任せて。──ギッタギタにしてやる」

 

 

 なにも大丈夫じゃない!!

 大広間でマリアの噴火を恐々見届けた生徒たちの心の叫びは──当然、マリアに届くことはなかった。

 

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