ハーマイオニーにリータ・スキーターの正体をうっかりもらした僕は(わざとなんかじゃあないとも。あくまでも
「……やあ」
今、一番会いたくない親友に出くわした。
「……やあ、ロン」
ぎこちなく挨拶を交わす。あの日から、ハリーとハーマイオニーがいないところで僕たちは上手く言葉を噛み合わせることができなくなっていた。
だって、どうしたらいいのかわからないんだ。謝ってもらうのは変だ。僕が謝るのも変だ。互いにわかりやすい解決法がなかった。……ハリーとはすっかり元通りなのに。
ハリーとハーマイオニーのどちらかがいれば今まで通りバカができた。空気に酔ってしまえば周りにはやし立てられながら踊ったりもした。けれど──二人っきりになればこれだ。だから、避けていたのに。
「……記事を、読んで、」
その先は聞きたくない。僕は心の悲鳴にしたがってロンの言葉をさえぎった。
「ああ、相変わらずひどいよね。スキーターババアの記事はさ。気持ち悪かっただろう?」
「そんなこと、」
「いいよ、隠さなくても。今さらじゃないか。僕はハリーじゃないんだから、好きに言えばいい」
「ッなんだよ、その言い方!」
「僕、変なこと言った? 別にバラしやしないよ。──君が雑誌の上にゲロを吐いたとしてもね」
ロンの手が伸びて僕のローブを掴む。殴られるだろうか。それもいいな。──それで、彼の気が晴れてまた前みたいに戻れるのなら……痛くない。
「僕はッ────謝り、たくて」
「は?」
ローブを掴まれたまま、頭一つほど高い場所にあるソバカスを見つめた。
「……あんなこと、言うつもりじゃなかったんだ」
「そうだろうね。咄嗟に出た本心ってやつだ」
「ちがう!」
「なにがちがうの。君──本気で嫌だって目をしてた」
「──っ」
目の前で唇が噛みしめられる。うなだれたって見上げる位置にあるブルーアイは僕でなく足先をにらんでいた。
「……うらやましかったんだ」
ロンはポツリとこぼした。
「なにが?」
「君にハリーがいて──ハリーにマリアがいることが」
ほとんど締め上げるに近かったローブが解放される。ほんの少しよろけた僕は、それを悟られるのは癪で、なに食わぬ顔で立ち直した。
「どういうこと?」
「……マリアは、ぜったいにハリーを信じるじゃないか」
「もちろん」
「ぜったいに味方で」
「そうだね」
「ぜったいに裏切らない」
「そう……かな」
「ハリーが一番で」
「…………」
「ハリーのために生きてる」
すべてにうなずくのは嘘な気がして、黙って立ち尽くした。
そうだろうか。僕はほんとうに、ハリーのためにあれているだろうか。この先、可哀想なあの子を犠牲にすることを知っているから──せめて味方であろう。そんな自己満足とエゴイズムだけなんじゃないだろうか。
「ハリーも一緒だ」
ロンは僕からの返答を必要とせず告解のように続けた。
「たぶん、僕がハリーだったなら──つまりは、入れてもないのにゴブレットから僕の名前が吐き出されたなら、てことなんだけど──もちろん、それはありえないことだけど──ジョージやフレッドは僕を信じなかったよ。ジニーもだ。パーシーなんて、ウソをつくな! どんなズルをしたんだ! てパパとママを味方につけてホグワーツまで乗り込んできただろうね。断言できるよ」
「…………」
そんなことない! と否定してやることはできなかった。ウィーズリーの兄弟たちは案外ストイックなのだ。僕はそれを知っている。
「ハーマイオニーだって信じないよ。ひょっとするとダンブルドアも。でも、ハリーにはたとえ世界中が嘘つき呼ばわりしたってマリアがいるんだ。ぜったいに信じてくれる人がいるんだ。……うらやましいよ」
そしてロンは、ひょろ長い背中を持っているくせに縮こまるように丸めた。魔法薬学の授業を受けるネビルよりも小さな姿に見えた。
「あのさ、ロン」
「……うん」
「なんで僕らを入れてくれないんだい?」
「……え?」
ソバカスの上で揺れていた赤いまつ毛がゆるりと上がった。
「ロンの兄貴たちは信じないかもね。モリー母さんも、アーサーおじさんもたぶん叱るね。ジニーはあれで思い込みのまま過激になるところがあるし、ハーマイオニーもまずはお説教からだ。それで、ハリーと僕は? 信じないと思うの?」
「────」
「信じるよ。ロンがやってないって言うなら──『僕』は信じる」
だって君──嘘をつくのがこんなにも下手くそなんだもの。……大人になってからも、ずっとね。
「……やっぱり僕、マリアのこと好きじゃない」
「えっ」
てっきり和解の流れだと安心しきっていた僕は、投げられた二球目に動揺した。
「わからない? マリアって──いつも僕らを見下してる」
「そんなわけ!」
「ないって言えるの? ──なら、なんで二年前、一緒に連れていってくれなかったんだよ」
二年前──? 明らかに思い至ってない僕にロンは爆発した。
「バジリスクのところにだよ! 僕、君たちと一緒に戦うつもりだったのに!」
ああ──ああ、そうだ。今回、僕たちは──『僕』だけで、脅威と戦った。
でも、それは──それは──君が大切だから──危険なことになんて、ほんとうならひとつだって巻き込みたくはないから────
「僕、ロンを危険な目にあわせたくなくて」
「そういうのが見下してるっていうんだ! 同じ歳のくせに! オトナ気取りで! 優しいことばっかり言って! ──勝手に守るなよ!」
ロン自身、自分がめちゃくちゃなことを言ってるとわかっているのだろう。
ロンは焦っていた。──それでも、止まれないのがロンだ。
「ハリーには僕が必要だって──わかった、それはわかったよ。ハリーは僕を必要としてくれる。────それじゃあ、君は?」
ギラギラとした青い瞳がこんなにも傷付いていたことに、今さらになって気づいた。──いつも僕は遅すぎる。
「マリアには──僕なんかいらないんだ」
迷子の子供のようだった。
「ハリーがいればそれでいいんだ。ハーマイオニーがいたらもっと良しだ。それで、あとはマルフォイだ。それだけいたら十分なんだろ? 僕なんかいらない──」
「──ステューピファイ!」
「ップロテゴ!」
反射的にロンを突き飛ばし呪文を弾いた。廊下の向こうに、彼は立っていた。
「──どういうつもり、ドラコ。今の──本気だった」
「ああ、本気でウィーズリーに当てようとしたさ」
うっそり笑んでいまだロンへと杖先を向けるドラコに、ロンの前へと立ちはだかりイトスギの杖とサンザシの杖とを突きつけ合う。
「僕に杖を向けるのかい?」
「当たり前だ。ロンに危害を加えようってなら──誰だって、君だって、容赦はしない」
ビリッと空気が痛みをもって震えた気がした。本気だった。僕もドラコも──本気で互いを敵と相対していた。
ドラコが杖を振った。
「──ッインペ、」
「──と、まあ。この通りこいつは君たちのためなら相棒にだって敵対をいとわないわけだ」
「ディメ…………ん?」
杖を振って──ドラコはシニカルに笑いながら腕を下ろしていた。
「ド、ドラコ……?」
「教えてやろう、駄々っ子でわからずやのウィーズリー? ──これは、君が大好きだぞ」
なにを言い出すのか。僕もロンも唖然としてしまって、全身金縛りの術でもかけられたみたいに動けない。
「ド、ドラコ、ちょっと」
「君がたとえば崖に落ちたなら、こいつも飛び込むぞ。火の中なら炎凍結術も忘れて巻き込まれに行くだろうし──闇の帝王のお膝元にすら単独で乗り込むだろう」
コツリ。革靴が音を立てて彼の前進を伝える。
「いいか、こいつは──僕よりも、ダンブルドアよりも、世界よりも────君たちが大切で愛してるんだ」
まったくおかしな空気だった。なにを──なにを言ってくれるんだこいつは。警戒すればいいのやら憤怒すればいいのやら羞恥に悶えればいいのやら──頭の中がしっちゃかめっちゃかでなんだか目まで回っている気がした。
「だいたい、ドレスを着たくないなんてワガママ放題言って周りにさんざん迷惑をかけたこいつが大人なものか。ハリーのほうがまだしっかりしてる」
反論すらできない僕の腕を取って、ドラコはなんとも雑に僕をロンの方へと投げやった。ロンに受け止められて、僕らは奇妙きわまりない表情で見つめ合った。
「……その、マリア」
「う、うん」
沈黙。いっそドラコがしゃべってくれればいいのに。役目は終わったとばかりにそっぽを向いているドラコに理不尽な怒りを覚える。──ああ、もう、しかたない。
「ごめん。僕、君たちを見下してるとか──いや、うん、そう見えたなら、ごめん。でも、ちがうんだ。僕は──うまく言えないんだけど、つまり」
「……いいよ、もう」
ロンになだめるみたいに背を叩かれる。女の子の扱いがまるでなってないいつものスキンシップに、ぐっと喜びが胸を競り上がった。
「僕が悪かったよ。八つ当たりだった。……ごめん」
「う、うん。僕も、ごめん」
「もう聞いた」
「うん……」
「…………」
「…………」
「「…………プッ!」」
同時に吹き出して──ロンがあんまりにも情けない顔をするから──きっと僕も同じ顔だ──ケラケラと笑い合った。肩を叩いて、なんだか──そう、ハリーのように。ハリーであった頃の僕がロンとじゃれあうみたいに、無遠慮に小突いて小突かれた。──目の前の彼は僕のロンなのだと無性に叫びたくなった。
「──こんなかんじで収まったぞ」
発作が止まらない僕らから目線を外してどこかに声を張り上げたドラコは、そしてお得意のバカを見るニンマリ顔で僕を笑った。
「うわ、その顔ムカ──わあッ!?」
「いじっぱりのすねっぱり! あなたたち、話し合いが足りないのよ!」
飛び込んできたのはハーマイオニーだった。それから、ハリーがドラコにやりすぎ、なんて唇を尖らせて苦情を言っていた。
「い、いつから……」
「ドラコが失神呪文を飛ばしたくらいから」
「というか、あなたたちを見つけたと同時にマルフォイが杖を取り出したの。止める間もなかったわ」
「案外ドラコって野蛮だ」
「「案外じゃないよ」」
ロンと二人で反論すれば、またまたクスクス笑いの発作に襲われる。それはハリーとハーマイオニーにも伝染して、四人で廊下中に笑い声を響かせた。
僕とロンの奇妙な喧嘩は──親友たちと弟と相棒の笑顔に溶かされてようやくここに終結した。
──終結といえば。もうひとつ。
ポッター兄弟の血が繋がってない(ので
まず、シリウスがキレた。ぶちギレて乗り込んだ。週刊魔女発行部所へと。声高にうちの息子と娘になんの文句があるんだと強盗のごとく暴れまわったそうだ。なお、アヤシイの部分についてはノーコメントであった。
そして、思わぬの大部分──それが『彼』のコメントであった。
「ポッター兄弟は間違いなく血の繋がった子供である。あれらの両親を知る者ならばそのような疑問は持つことすら難しかろう。──憎たらしいほどに、瓜二つよ。父と、母にな」
彼の憎々しげなこのコメントはしっかり週刊魔女へと掲載され(おそらくシリウスが圧力をかけたのだ。……きっと、ものすごく嫌な顔をしながら。)匿名のホグワーツ魔法魔術学校関係者とされていたが──わからないはずがない。
僕は今日も職員席で我関せず顔を決め込むひねくれた大蝙蝠にこっそり笑った。