ハリーは怯えていた。占い学でおそらくヴォルデモートの夢を見て、痛む傷痕を押さえながらダンブルドアの元へと向かったハリーは、戻ってすぐに僕を捕まえると校庭へ出た。会話なく手を引かれるままに突き進んで、すっかり青草の絨毯へと換わった湖畔で立ち止まる。
「ハリー?」
「ワームテールが」
「うん」
「ワームテールがアイツに拷問されて──頭が割れそうなくらい痛くて」
「うん」
「先生のところで色んな記憶を見た」
「そう」
「カルカロフだけじゃない。スネイプも──」
死喰い人だった──
色んなショックが重なって自分をたもてないただの少年に、肩を抱いてそっと座らせる。ただの子供だ。ただ、生き残ってしまっただけの男の子なのに。
「僕、シリウスに教えてもらった。手紙で。少しずつ、色んなことを。それで──クラウチは息子をも無慈悲にアズカバンへ送ったんだってことも」
ハリーが両耳に爪を立てる。あまりに痛々しくて、せめて片手だけでもと指を絡めて取り上げる。
「耳から離れないんだ。あんなに必死に──お父さん、お母さんって──あんなに──どうしてあれほど非情になれるのか、我が子を突き放せるのか、わからないよ。──あんなに、呼んでいたのに」
クラウチ・ジュニア──今なお父への憎しみに生きる人。そしてとうとう──肉親をその手にかける憐れな人だ。
「僕、思ったんだ。もしも──もしもマリアにあんな目をされたら──もう生きてなんていけないって」
「ありえないよ。絶対に。僕はハリーの一番の味方だ」
背中をなでれば、ハリーは微かにうめいて、そしてもっと小さな消え入る声で喘いだ。
「それ、なら──」
ただの子供なのに英雄に祭り上げられる可哀想な生贄の、精一杯の悲鳴だった。
「それなら、助けてよ。もうたくさんだ。うんざりだ。どうして僕ばかり──僕がなにをしたの。これはなんの罰なの。生まれた瞬間から殺されかけて──どうして生きてるだけで死を願われなくちゃならないの」
「ハリー」
「助けてよ。僕を助けて。望んでないよ、こんなの。見せられたんだ、次の課題は迷路だって。面白くともなんともない。だれが僕を狙ってるの。──お願いだから、だれかかわって」
僕はうなずいた。──うなずいた。
「わかった」
涙を溜めたうつくしい翡翠が──『僕』が僕を見上げていた。
「僕がハリーになるよ」
「マリア……?」
「今ならポリジュース薬の作製も間に合う。僕がハリー・ポッターとして第三課題に出よう」
「なに、言って」
クラムよりも、セドリックよりも、ずっとずっと小さな体を抱き込む。
「よく頑張ったね、ハリー。──これからは、『僕』がやる」
茫然とするハリーの傷痕にキスを落として立ち上がる。そうと決まれば材料、それからドラコだ。僕ひとりではポリジュース薬なんて複雑なものは作れない。少しでも早く。少しでも──この子を解放したい。
「ハリー?」
僕のローブをハリーが握っていた。
「ありがとう」
「いいんだよ。君は十分、がんばった」
「うん──うん、十分だ」
ローブから腕に手は移って、強い力で引かれて再びハリーの元へと座らされる。
「ハリー?」
「ありがとう、マリア──その言葉だけでいいんだ」
「ハリー、僕は本気だ」
「わかってる。だからいいんだ。もう。──いつだって本気で僕を救おうとしてくれるマリアがいるから、それだけで、僕は立てる」
言葉の通り、ハリーは立ち上がった。僕を正面から抱きしめて、震える声でありがとうを繰り返した。
「マリア──僕の兄弟でいてくれてありがとう」
「ハリー……」
ちっとも力の入らない弱々しい腕で、ハリーの背を抱き返した。
「こちらこそ──ありがとう」
どうか──
知りながら君にすべてを背負わせる『僕』を────ゆるさないで。