マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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文字数の関係で本来なら3Pに分けていた部分を1Pにまとめています。本来の流れをお楽しみになりたい方はpixivをご覧ください。



7ー2

 

 墓場だ。僕は知っている。──トム・リドルの墓を知っている。

 

 ネックレスをにぎったまま、油の足りないブリキ人形のように周囲を見渡す。手入れのされていない墓と地面。遠くにポツリと浮かぶ生を感じさせない教会。古い館。──知っている。

 ここがリトル・ハングルトンの墓地であることを確信した僕は、手の中のネックレスを見つめた。なぜ──なぜ、これが ポートキー(・・・・・)に? いったい、いつ、どこで──

 そして気が付いた。──宝石の中に炎がないことに。ダミー……ネックレスはよく似せられた偽物だった。

 

 なぜ。どこで。だれが。どうやって。

 

 答えはひとつ。──マッドアイ扮するクラウチ・ジュニアの仕業だ。

 どこで目をつけたのか──ダンスパーティーだ。

 いつ複製したのか──第二課題の人質として召喚された時だ。

 どうやって──彼はハリーの忍びの地図を持っている。先回りくらいわけない。

 なぜ────── なぜ(・・)

 

 なぜ、僕まで呼ぶ必要があった? 僕に母の愛の呪いはない。僕に血の価値はないはずだ。なぜ──いや、そうか。ヴォルデモートは 知らない(・・・・)んだ。

 

 ポートキーとしての役目を終えたイミテーションのネックレスを踏みつける。ガラスの割れる音はなんとも呆気なかった。深呼吸して──トム・リドルの荘厳で惨めな墓石を見上げた。

 

 

「油断大敵──闇祓い失格だぞ、ハリー」

 

 

 どしゃりと崩れ落ちる音がした。黄金の杯が雑草しげる地面に転がる。近くで二人の少年が折り重なっていた。────『二人』。

 

 

「ハリー! どうしてッ!!」

 

 

 ほとんど絶叫だった。どうして──どうして、彼を杯に触れさせてしまったんだ!

 君は──僕は、また、過ちを繰り返すのか!

 

 

「マリア……?」

 

「ここは……」

 

 

 なにも知らない少年二人が無防備に墓場を見回す。場違いなくらい無垢だった。だめだ──来る──来てしまう──このままでは──

 

 

「二人とも、杖を持って。──さあ! 早く!」

 

「マリア? どうしたの? どうして君がここに?」

 

「これも課題の続きか?」

 

「立つんだ!」

 

「待ってよ、マリア──イタッ!」

 

 

 ハリーがうめいた。片足からおそろしく出血していた。セドリックだってよく見れば満身創痍だった。『僕』の時はこれほど痛めつけられはしなかった。なにか、『前回』とちがうことが起きている──?

 

 

「セドリック、君の杖を貸して」

 

「なにを言ってるんだ? 杖なら今、君が持ってる」

 

「この杖は僕では使いこなせないんだ。お願い、時間がない」

 

 

 いぶかしむセドリックから無理に杖を借り受け二人へとエピスキーを唱える。あくまでも応急処置だが、ないよりはマシだ。立つことすらできないのでは話にならない。

 

 

「これでいい。返すよ、セドリック。ありがとう。二人とも決して杖を手放さないで。警戒するんだ。反撃しようなんて考えないで、とにかく逃げて、生き延びることだけに集中するんだ。いいね?」

 

「マリア──? なにが──?」

 

 

 足音だった。小柄で、ローブを深くかぶっていた。腕に抱えていた。丸めた布のような──赤子の──よう──な──

 

 

「ヴぁッ、あ、アアアアッ!!」

 

「ハリー!? マリア、ハリーが────マリア?」

 

 

 こわい。

 

 

 音が消えた。

 

 

 こわい。

 

 

 辺りは暗闇だった。

 

 

 こわい。

 

 

 あの子が。

 

 

 こわい。こわい、こわい────こわい!

 

 

 いやだ。見せないで。

 

 見せつけないでくれ。

 

 どうしようもなかった。『僕』にはむりだったんだ。

 しかたないじゃないか。君は──僕には救えないんだ! 僕じゃだめなんだ!

 

 

 不可能なんだ!

 

 

 

「──マリア!」

 

 

「────よけいなやつは殺せ」

 

 

 永久に魂を縛り付ける──その声。冷たい声。

 僕は知っている。────知っている!

 

 

「セドリッ──」

 

 

 

「アバダ・ケダブラ」

 

 

 

 放たれた死の輝きは──────セドリックの背後の墓石へと当たり拡散した。

 

 

「──ッセド──セドリック、セドリック、生きてる!?」

 

「あ、ああ……あいつ……今……」

 

 

 僕の下敷きとなったセドリックは目を白黒とさせてローブの男──ピーター・ペティグリューを見た。ペティグリューは杖を震わせて歯軋りしていた。

 

 ああ──生きてる。セドリックは生きている!

 

 

「ご、ご主人様──申し訳──」

 

「よい。──どうやら、邪魔をする気はないらしい。そうだな? マリア・ポッター。さあ、小僧にかかれ。小僧がいるならば小娘は無用だ」

 

 

 ペティグリューがうろたえながらも、額のあまりの痛みに動けずにいるハリーを拘束する。僕とセドリックは杖を握りしめ、ただそれを見届けるしかなかった。

 

 

「マリア……マリア、ハリーが」

 

「だめだ」

 

「マリア……!」

 

「だめなんだ! ──僕は君をうしないたくない!」

 

 

 セドリックが信じられないと僕をあおいだ。

 二度も──君のあの顔を──なにもわからないと、巻き込まれただけの罪なき顔で死んでいった君を見るのは──たえられない。

 

 ハリーは死なない。死なないんだ。そうだろう──? しかるべき時に死ぬために、『僕』はレールの上を歩かされてきたのだから!

 

 ペティグリューが震えながらも黙々と儀式を進めていく。大鍋に『彼』を沈め、父親の骨を落とす。ペティグリューの片手が捧げられ、そして──ハリーの血が混じる。

 

 

「あ……ああ……」

 

 

 なにかとてつもなく嫌ものが来ると本能で理解したセドリックは震え上がり、僕はそんな彼の手を握るしかなかった。

 

 

「──ローブを着せろ」

 

 

『彼』が言った。赤い血の目に蛇の鼻。唇のない口。青白い肌に蜘蛛のように細く伸びた腕。

 

 

 

 ヴォルデモート卿の復活であった。

 

 

 

 ヴォルデモートがハリーだけを見つめて語る。父のこと──母のこと──死喰い人のこと。

 動けない。わかってしまうのだ。誰よりも死に近い場所で生きてきた『僕』が訴える。──今動けば、 死ぬ(・・)、と。

 ペティグリュー──ワームテールの腕の印に導かれ死喰い人が集結する。ワームテールへと銀の腕が授けられる。……そんなことはどうでもいい。

 

 ああ、ああ、こんなのは見たくなかった。──無駄だったなんて、こんな形で思い知らされたくはなかった。

 

 

「ルシウス──おお、我が朋よ」

 

 

 ルシウス・マルフォイはかわらずヴォルデモートの元へ跪いていた。

 

 

「ルシウス? ──息子は元気か?」

 

 

 ピクリと。ルシウスの肩がかすかに跳ねた。

 

 

「はい。まったく不出来な──我が君の御前を拝するにはあまりに未熟で恥ずかしい不肖の子ではありますが」

 

 

 淡々とした声だった。まるで情など欠片もないかのように──

 

 

「そうか。それはさぞ、苦労しているであろうなあ? 父というものは、どの世も我が子のために頭を悩ませるのだそうだ。──俺様は知らんがな」

 

 

 暗い笑い方と共に死喰い人たちとヴォルデモートの語らいが交わされる。誰もが表情という名の仮面を貼り付けている。薄気味悪い光景だった。ただ与えられた役を演じるだけの役者たち。魂も命もない忠実な人形。──すべては、恐怖ゆえに。

 

 ヴォルデモートの演説はハリーとそして自身の話へと移る。復活するまでの恨みと苦労──いかにハリーをホグワーツから連れ出すかの算段──バーサ・ジョーキンズという幸運の贄──

 ヴォルデモートの饒舌はやがて止み、禍杖がハリーへと向けられた。途端──誰もが緊張した。

 

 

「クルーシオ!」

 

 

 ハリーの絶叫が今や地獄の底となった墓場に響く。血の味がした。噛み締めすぎた唇が切れたのだ。手が湿る。握りすぎた拳の中で爪が皮膚を突き破ったのだ。

 

 これが──あれは────『僕』だ。

 

 

「さあ、ワームテール? 若き我らが友人の縄を解いてやるのだ。そして杖を返して差し上げろ。彼は我が復活においての最大の功労者。相応に──扱ってやらねばな?」

 

 

 下品な嘲笑が辺りに満ちた。────ここだ。

 

 

「セドリック──ハリーを頼んだ」

 

 

 ハリーと、そしてポートキーである優勝杯を順に見て目配せを隣の彼へと送る。

 

 

「マリア──? 君は、なにを──」

 

 

 

「ヴォルデモート」

 

 

 

 笑い声が止んだ。身じろぎも──呼吸の音すらも消えた気がした。

 

 

「──死に急ぐか。小娘」

 

「これでもハリーの姉を自称していてね。実際のところは知らないけど……これ以上は──『僕』の矜持が許さない」

 

 

 少しずつ、セドリックから、ハリーから離れる。引き付けろ──少しでも多く、誰もの目を、意識を、僕が捕らえるんだ──!

 

 

「姉──姉か──ククッ、聞いたかお前たち! なんと美しい兄弟愛か……泣かせる話ではないか。────弟を犠牲に生き残った姉がこのように立ち上がるとは」

 

「──え?」

 

 

 杖を真っ直ぐ向けたまま、明かされる真実に硬直した。

 

 

「憐れなマリアよ──お前たちはまだ赤ん坊だった。知らぬであろう、あの夜の悲劇を。疑問には思わなかったか? 呪いの残った弟と無傷の自分。なぜ自分は生き残れたのか──と」

 

「それは……」

 

「教えてやろう。それは──お前が弟の後ろにいたからだ。ただそれだけのことだ。ただの偶然だったのだ。再び──お前は愛する弟を俺様へ差し出したのだ」

 

 

 ああ。なんだ。単純明快──その通りだ。

 僕は──マリアは──真実、ハリーを身代わりにして生きてきたのだ。

 

 

「さあマリア。弟を盾に生きる憐れな姉君。決闘といこうじゃないか。方法は学んでいるな? ──お辞儀だ。死にお辞儀をするのだ。弟の前だ、姉らしくせねばなあ?」

 

 

 ゲラゲラと不快な笑い声が響いた。──いい調子だ。みんな僕を見ている。僕を笑い者にするために。僕がぶざまに死ぬのを嗤うために。そうだ。それでいい。誰も──自由になったハリーに気付いてくれるな!

 

 

「クルーシオ!」

 

「プロテゴ!」

 

 

 杖を振るう。しかし盾が構築される感覚はない。反射的判断で杖なし魔法へと移行する。──やはり、ここにきても僕の身を守ることはしないか。

 

 

「ほう……? その杖は飾りか? 指揮者の真似事で魔女は名乗れんぞ、マリア・ポッター!」

 

「ボンバーダ! コンフリンゴ!」

 

 

 爆破した墓石の破片をさらに破裂させ目眩ましの効果を上げる。倒す必要はない。引き延ばし──引き付ける! それだけだ!

 

 

「インカーセラス!」

 

「エマンシパレ」

 

「ネビュラス! ディフィンド──ステューピファイ!」

 

 

 作り上げた霧を赤い閃光が射抜いていく。────見えた!

 

 

「かくれんぼは終わりだ。──アバダ・ケダブラ」

 

 

「──エクスペリアームス!」

 

 

 迫る緑と赤い光が繋がった。ハリーの杖とヴォルデモートの杖が繋がったのだ。

 

 

「マリア! 無事かい!?」

 

「ハッ……ハア、ありがとう、セドリック」

 

「こっちこそ。……ハリーのあれは」

 

「手を出さないで。──大丈夫」

 

 

 ハリーを気にするセドリックを止めれば、同じ頃にヴォルデモートも死喰い人たちへと手出しを禁じていた。ヴォルデモートとハリーの互いを縛る光は黄金にまたたいて、霧を吹き飛ばし目を焼くほどだった。場違いにも美しく思えた。

 二人を囲む光のかごが宙に編まれて、二人の体をも浮かばせゆく。不死鳥の調べが闇を切り裂く。そして光の拮抗が崩れかけた時──ヴォルデモートの杖が呪文の逆戻しを始めた。

 エマンシパレ──クルーシオ──ワームテールの銀の腕──そしてアバダ・ケダブラ。

 

 老人が浮かんだ。「あいつをやっつけろ、坊や」

 バーサ・ジョーキンズが言った。「杖を放すんじゃないよ! 絶対に!」

 

 

 ハリーは目を見張った。僕はただただ見ていた。

 

 

「お父さんが来ますよ……」

 

 

 美しい人だった。たっぷりとした赤毛の──美しい翡翠の瞳の人。

 

 

「ハリー」

 

 

 やわらかな声がささやく。くしゃくしゃ頭で、丸い眼鏡をかけた──ハリーそっくりのその人。

 

 

「「さあ、行きなさい。子供たち」」

 

 

「「──はい!」」

 

 

 杖の繋がりが切られる。僕たちは走った。 優勝杯(ポートキー)へと。死者たちを背に、戸惑う死喰い人を蹴散らし、墓石を盾にして。走る。走る。走る────!

 

 あと、少し。

 

 隣にハリーがいた。

 

 あと、少し。

 

 セドリックが追い付いた。

 

 あと、少し。

 

 指を伸ばした。

 

 あと、少し。

 

 

 ほぅら、届い────

 

 

 

 

 あ。

 

 

 

 

 ──トンッ。彼はいつもの優しい顔で微笑んだ。

 

 

[newpage]

 

 

 

 

 

[newpage]

 マリア。マリア。離しなさい。

 

 うるさい。

 

 彼を離すんだ。

 

 うるさい。

 

 マリア──さあ、君は休まなくては。

 

 うるさい。

 

 マリア。セドリックは──もう。

 

 

 ────うるさい!!

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 

 冷たい腕にすがって彼の微笑みが消えなくて緑の光が背中に迫っていて彼が背を押してくれてだから彼はだからだからだから────僕の、せいだ。

 

 

 僕が最後尾を走るべきだった。

 

 三人揃った瞬間にアクシオを使うべきだった。

 

 もっと早く走ればよかった。

 

 ハリーの代わりに出場するべきだった。

 

 セドリックを──なにがなんでも止めなければならなかった。

 

 

 

 僕が殺した。

 

 

 

「ハリー」

 

 

 誰かに包まれる。その人は血だらけだった。理不尽に刻まれていた。いつだって整えられているブロンドの髪がバラバラに乱れていた。アイスブルーの瞳が僕を見ていた。

 

 

「ハリー」

 

 

 ささやく。

 

 

「眠ろう。──君は、生きているのだから」

 

 

 血があたたかい。鼓動は優しい。声は責めない。

 

 

 

 なんて────ひどい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「ハリー、君、死ぬのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、死ぬなあ、これ。──なんて。ずいぶんと呆気なかった。英雄だとか散々持ち上げられた男の最期がこれだ。……まぁ、悪くない。そんな気がする。

 死期というのは、ほんとうに悟れるものらしい。たとえばすぐに治療を施されたとしても──駄目だ。駄目だとわかる。

 

 死ぬなあ、これ。

 

 指先からなくなっていく感覚を追って、かろうじて動く脳みそと会話する。なんとものんきで──穏やかだった。

 

 死ぬなあ、これ。

 

 しかたないな。誰にも看取られないことにほんのりさびしさはあるけれど──この期に及んで愛する人たちにこんなぶざまな姿を見られなくて済んだ、だなんて。

 

 死ぬなあ、これ。

 

 そろそろかな。君って時々、ものすごく運がない。

 

 

 

 ──ほぅら、見つかった。

 

 

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