翌日の医務室で、僕はすべてを話した。ポートキーとしてネックレスの複製を企まれ墓場へ送られたこと。優勝杯によって飛ばされたハリーとセドリックと合流したこと。ヴォルデモートの復活を見たこと。彼と決闘したこと。──セドリックが僕をかばって死んだこと。すべて、話した。
そして聞かされた。ポートキーに巻き込まれる瞬間を見ていたシリウスがすぐにダンブルドアへと報告したこと。セドリックの亡骸から離れず魔力暴走を起こしたこと。誰も近付けぬ中ドラコだけが──怪我を厭わず僕をなだめたこと。そして──すべてが終わったことを。
「マリア、ハリーは隣で眠っておる。直に目覚めるじゃろう。過酷な試練じゃった。君も──まだ少し、休むべきじゃ」
「はい」
ダンブルドアがキラキラしたブルーアイを静かに伏せる。ハリーの眠るベッドとのあいだに丸まって、一晩中付き添ってくれたらしい犬のシリウスを撫でた。ピスピス鳴る鼻が愛らしくて指先でくすぐった。──なにも考えたくなかった。
「先生、ドラコは」
「ひどくはない。ポンフリー先生が痕も残らぬよう治療してくださった」
「そうですか」
小さく安堵の息をつく。大変な尻拭いをさせてしまった。その上怪我だなんて……なんて、有り様だ。
「マリア──ひとつ、答えてはくれんかの」
腰を上げ、退室の意図を見せていたダンブルドアはそして立ち止まった。僕はシリウスを撫でていた。
「これは──必要なことであったか」
シリウスの耳がふるふると震えた。愛しい黒犬の寝息は変わらず健やかであった。
「はい」
ヴォルデモートを打ち倒す未来のため、ハリーの優勝と、ハリーの血、そしてヴォルデモートの復活──すべてが必要だった。
──セドリック・ディゴリーの死、それ以外が。
目覚めたハリーとも話し合いをした。──迷路の中でなにがあったのかを。
ハリーは本来ならばトロフィーを掴める人間ではなかった。正々堂々、完膚なきまでにセドリックに負けたのだ。そしてセドリックがトロフィーを取ろうとしたその時──おかしなことが起きた。現在はクラウチ・ジュニアの仕業だと判明しているが──当時はまったくおかしな現象でしかなかった。
トロフィーが宙に浮いて、ハリーの元へと飛んできたのだ。当然、セドリックは追う。そしてハリーも戸惑いながらトロフィーを受け止めた。──触れたのは同時だった。すべてが悲劇だった。
「僕のせいだ」
シリウスのいなくなった医務室で、みじめにハリーと肩を寄せ合う。
「セドリックはあの場にいる必要はなかったんだ。それなのに──どうしてセドリックが死ななくちゃならなかったんだろう。あいつが付け狙うのは僕のはずなのに──どうして、セドリックとマリアがひどい目にあわなくてはならなかったんだろう。僕のせいだ。僕が──」
「「僕が、殺したんだ」」
男女の声は空疎に響いた。
「マリア……? どうして──だって君は──なにも──」
「クィレルを」
クィレル──? かつての痛みを思い出させる名前に、ハリーは不安げに瞳を揺らした。緑の瞳はこんなにもきれいで──憎たらしい。
「僕、クィレルを看取ったんだ」
「え? でも、君は──あそこに──?」
「そう。ダンブルドアにお願いしてね」
「じゃあ……あの時マリアの声がしたのは、僕の気のせいではなくて、」
「うん。僕、そこにいたよ。それで──クィレルが息を引き取るまで、見ていた。なにもせず、ただ見てたんだ」
「マリア……」
「
クィレルは救えない。ヴォルデモートに寄生され、ユニコーンの血の呪いを受けた彼に生きる道はない。そして
「セドリックもクィレルも──君と僕が殺したんだよ」
せめて、血濡れのその手を握りしめ共に穢れよう。──『僕』は、君だから。
***
「セドリックは僕をかばったんだ」
ソファに寝そべる僕に声をかけることなく、お気に入りのリクライニングチェアへと腰かけたらしい彼にポツリとこぼした。
「ねえ、君、言ってたよね。『僕』に責任はないって。みんな自己責任だったんだって」
シリウスをうしなうのがこわいと──これから先に待ち受ける希望と絶望に弱音を吐いた僕を、君は傲慢だと軽蔑した。思い上がりも甚だしいと。
「今、それ、繰り返せるかい? なあ、言えるか? 僕のせいでないって──この有り様を見て、そんな綺麗事が言えるか!?」
ふつりふつりと沸き上がる。どす黒く──熱く煮えた痛みが凶器に変わる。
「今度こそ! 間違いなく! ──僕の、責任だ」
声に出せば、ゾッとするほど現実が押し寄せてきた。
「だって守れたじゃないか。今度こそ、守れたじゃないか。その力が僕らにはあったじゃないか! ──もう、君の詭弁は通用しないぞ!」
『君のせいじゃない』──その言葉は優しくなんてなかった。今さらになって、知らないうちに刺さっていたトゲが血を巡りとうとう心臓を突き刺したのだ。
「調子に乗ってた。シリウスを救えたと──だから、セドリックだって────軽く見た。命を。歴史を」
「止められたのに。知っていたのに。──見殺しにしたんだ。今度こそ、たがえようもなく──殺人だ」
寝そべるソファの上で体を折り曲げ、込み上げる熱を押し留める。中でくすぶって、マグマみたいに今にも内からすべてを焼き尽くしてしまいそうだった。
「なにが正々堂々だ。ただの言い訳だ。綺麗事だ。ロンの言うとおり──僕は口だけだ」
あんなに、きれいに、
「死に顔が笑顔だなんて────なんの慰めにもならない」
「マリア」
咄嗟に唇を噛んだ。内側の痛みでなく、れっきとした外傷がほんの少し頭の中を透き通らせた。あんまりにもぐちゃぐちゃで、このままでは彼に────してしまいそうだったから。
「なにも言わないで」
激情を呑み下すことを選んだ僕の声は情けないくらい震えていた。
「お願い。きっと、僕、ひどいことを言ってしまう。今、君に慰められたら──君を恨んでしまう。お願いだ、そんなのは──もう、苦しいんだ」
絶対に彼を見ないようにしながら、顔をおおう。
「君の言葉が、すべて刺さって、いたいんだ」
簡単に心のやわらかい部分にまで届いてしまう。そうすれば、あとは優しい声色で切り刻むだけだ。
「なにも言わず、そばにいて」
「……ああ」
ドラコは、ソファの空いていたスペースへと移動して、僕の髪を撫でた。
君のせいだ。君がいたから──希望を見た。君のせいで──君の言葉のせいで、君の存在のせいで、こんなにも苦しい。
ドロドロと溢れ返りそうになる怒りを恨みを痛みを呑み込む。呑み込む──呑み込む──……
懇願通り、一言だって声を発さず隣にいた彼の眠る間際の呟きは、僕の落ちゆく意識を追ってはくれなかった。
「いつだってハリーに死を教えるのは──セドリック・ディゴリーなんだな」
少年はささやく。目元に涙の悲壮さを滲ませて、それはすっかり馴染んで、再び死者に心を捕らえられてしまった彼を想う。希望に目移りして──そのたびに自ら血だらけになる彼を憐れむ。
「気付いているか、ハリー。────君、あの人を『憎い』とは、言わないんだ」
どうか、気付かないで。その時まで。