秘め事ならばお馴染みの必要の部屋にて、少女時代の母リリー・エヴァンズを前に僕は縮こまっていた。(リリーは必要の部屋の存在を知っていたく感動していた。)
娘に母さんの名前をもらっておいてよかった。リリー・ルーナがいなければ、目の前のその人の名前すらも呼べたかどうか怪しいところだ。
「つまり、こういうことね? あなたたちは確かにポッター家とマルフォイ家の子供で、だけどこの時代に生きる人間ではない。どうして、どのようにして時を移動したのかはわからない──そうね?」
コクコクとうなずいて、母の目が僕へと向けばやっぱり背を丸めて小さくなってしまう。……あの緑の目は、なんて面映ゆいのだろう。
「でも、年代は近いでしょう? 察するに……そうね、息子か孫あたりなんじゃないかしら」
ビクッと肩が跳ねた。リリーは正解を見つけたとばかりに得意気な顔をした。そうすれば、ほんとうにマリアそっくりだ。……マリアが母さんに似たんだ。
隣から恨めしげに肘で小突かれる。ごめんって、そんな目で見ないでよ、ドラコ。今、僕、すごくセンシティブなんだもの。
「どうして、そう?」
「だって、あなた……ええと、ドラコ? ルシウスを知ってたじゃない。学生のあなたがルシウスを知っているなら、彼以降の子孫なんだと思ったわ。はっきりとルシウスの名前を上げられるくらい近い血縁なら、息子や孫だと思うでしょう? ──わたしの勘としては息子ね。どう?」
まぁるいアーモンドの瞳をキラキラさせて、リリーは正解を求めた。僕らは目を合わせ、どちらともなくうなずいた。
「ええ、おっしゃる通り──僕はルシウス・マルフォイの息子です」
「僕は……ジェームズ・ポッターの」
「まあ! ほんとうに?」
リリーは飛び上がって、それから、疑いではなく好奇心の眼差しで僕らを再びじっくりと見回した。
「ドラコ、あなたがミスターマルフォイの子供だというのはわかるわ。こんなにもそっくりなんだもの。でも、そうね──お父さまよりよっぽど紳士的で素敵よ」
ドラコは苦笑した。かつての父を知っている彼としては、マグル出身であるリリーを父がどんなふうに扱ったかは──想像に難くない。
「そして──ハリー?」
僕は再び緊張した。なにを言われてしまうのだろう。出会い頭の剣幕から、この母はまだ父と不仲である頃の母のはずだ。ジェームズそっくりの僕を見て──なにを──
「あなた──とってもかわいいわ!」
花咲くようにリリーは破顔した。ドラコ共々、僕は唖然とした。
「不思議ねえ。まさかあのジェームズ・ポッターからこんなにおとなしくてかわいい子ができるなんて。見た目はそっくりだけど──よく見れば瞳が緑色なのね! 綺麗な目だわ。きっと性格や目はお母さまに似たのね。それってとっても良いことよ! ……あ、ごめんなさい。お父さまに似るのがいけないってわけではないのよ。……才能とかなら」
こぼれ出た母の本音に、僕はやっと肩から力が抜けて笑えた。
そうだよ。──あなたから、この瞳をもらったんだ。
「大丈夫です。僕、ちゃんと知ってます。その──父が、一部の人によくない態度を取ってたって。親友たちと一緒に、問題児だったんだ」
「そう! そうよ! ジェームズ・ポッターにシリウス・ブラック! あの二人ときたら──ご、ごめんなさい。ハリーはきっとお父さまのこと、好きよね? 他人から父親をこんなふうに言われるのは気持ちよくないわね……」
他人。その言葉にツキリと胸が痛んだ。自分がジェームズ・ポッターと結ばれるだなんて──あなたが僕の母親だなんて、思い付きもしないんだろうな。
「いいえ。嬉しいです。……僕、父さんから父さんの話を聞いたことはなくて」
ポツリとこぼす。あなたたちは、僕がまともに話せる前に──死んでしまったんだ。
「いつも他人から両親の話を聞くんです。それで、想像して──だから、あなたの口から父さんのことが聞けるのは、とても嬉しい」
母親が父親の話をする。そんなごくありふれた普通が──こんなにも尊い。
「……そう。わたしはどちらかといえば彼らが苦手だから、あなたの理想とはちがう形になるかもしれないけど──ハリーが望むのなら」
リリーは優しく僕の頭を撫でた。なにかしら事情があることを察して、それを問わずにいてくれる心遣いに、母の体温も含めてじわりと視界がゆがんだ。左手はドラコに取られていた。──なんて、あたたかい。
「そうと決まれば透明マントだわ。あなたの父親から拝借しましょう」
「へ?」
余韻を吹き飛ばす勢いでリリーが立ち上がる。マリアと同じ色合いの髪が遅れてゆるやかに波打った。
「わたし、今日一日あなたたちに付き合うって決めたの。どうせサボっちゃったんだもの。今さらよ。きっとメリーならノートを取ってくれているわ」
「リ、リリー?」
「あなた、ポッター家の子なんでしょう? 当然、透明マントのことは知ってるわね? もう受け継いでるのかしら。ポッター……ジェームズはさんざん見せびらかして悪用三昧だけど──見たところ、わたしたちとそう歳が変わらないように見えるわ?」
「十四歳です。ホグワーツの四年生で……」
「あら! 偶然ね、ぴったり同い年よ! どうりでそっくりなわけだわね。……いいわ、ここで待ってて。ジェームズだっていずれ譲る家宝を自分の息子に貸すくらい、わけないでしょう」
「えっ!?」
飛び出した発言に慌てて立ち上がる。隣でドラコもとんでもないとばかりに目を剥いていた。
「と、父さんには……!」
リリーはクスクス笑った。
「冗談よ。あなたたちのことは言わないわ。闇の魔術なんかと間違われたらゾッとするもの。ここだけの話なんだけど……ハリー、あなたのお母さまには内緒にしていてね? ──実はジェームズ・ポッターはリリー・エヴァンズに夢中なの。透明マントを借りるくらい、わたしが丸め込んでみせるわ。任せて」
パチッと緑の目が可憐にウィンクした。そしてリリーは有無も言わせずさっさと扉から出ていった。思考も行動もおいていかれた僕たちは閉じた扉を見て呆然とするしかなかった。
「……ハリー、君の母君は、なかなか……」
「
母さんも十分おてんばだよ……。
再び腰を落ち着けて、生きた母と言葉を交わせた感動によって誤魔化されていた現実が遅れてやってきて、じわじわと胃が痛んだ。
「どうしよう、ドラコ。これ、とんでもないよ。──父さんと母さんが学生の頃だって?」
記憶の中にしかいない母さんがあんなにもイキイキと──そうじゃない。そうじゃなくて。
「いったい何が起こってるんだ? 僕はマリアじゃないし、こんなにも過去に──アルバスだって知らないくらい時間をさかのぼってしまうだなんて。もしも僕たちが余計なことをして、たとえばそれが原因で僕らが生まれなくなったりしたら? そうだ、ハーマイオニーの言っていた親殺しのパラドックスみたいな──」
「ハリー。ところで、鏡でも見てきたらどうだ」
「……ハァ?」
まったく論点からずれた返答をされて、胡乱に彼をにらんだ。君はもっとこの事態を深刻に受け止めるべきだ!
「まだ自分の姿を確認していないだろう。見てこい」
「なんだよ、えらそうに」
「弟を溺愛する君なら気付けると思うが?」
「…………」
言葉に従うのは癪だが、なにやら笑いを堪えている彼の様子に思うものがあって指示通りに鏡を求める。部屋は当然応えてくれて、すぐそばに手鏡が伏せて置かれていた。
鏡の中を覗き込む。と。
「……あれ?」
じっくりと、緑色の目のそいつと見つめあった。
「──『僕』?」
鏡に映ったハリーは、
ドラコはマリアも知ってるドラコなのに、僕は『僕』だなんて。ますます、どうなってるんだ。
「──思うに」
ドラコは語った。
「ここは僕らの世界──はじめの世界ともマリアが存在する世界ともちがう、平行世界なんじゃないか?」
「平行世界──?」
優雅に足を組んで、金色の睫毛の奥に秘されたアイスグレーがするどく輝いた。
「つまり、まったく別の世界で、ここで何があったとしても僕らの生きる未来には影響しないんだ」
なるほど、とうなずく。フローレンスの夢のようなものだろうか。
「そんなところに、どうして僕らが?」
「さあ」
プラチナブロンドは首を振って呆気なく推理を終えた。
「原因は当然不明だ。グレンジャーを見習って、図書室でそれらしき文献を探す他ないだろう。……当分、リリー・エヴァンズの面倒に与りながらね」
彼女が飛び出していった扉をもう一度見る。──いったい、この先僕らはどうなってしまうのだろう。