授業から解放された生徒たちが飛び出していく。壁に寄って、リリーの姿を待つ。そして──
「いい加減にして! それは聞かないって約束でしょう!?」
「待ってくれよ、エヴァンズ。だって気になるじゃないか? 君が僕におねだりしたんだもの」
「気持ちの悪い言い方をしないで! 貸してほしいと言っただけよ!」
「その貸したマントはどこにいったんだい? 君は持ってない」
つきまとうくしゃくしゃ頭の男を振り払いながら、足を踏み鳴らしてリリーが現れた。──父さんだ。スネイプ先生の記憶で見たいつかと同じ──かっこつけたわざとらしい髪に丸い眼鏡、ハシバミ色のつり上がった瞳を持った細身の男だった。隣には若きシリウスがいた。(まったく、信じられないくらいハンサムだ!)シリウスに従うみたいに小柄な少年──ピーター・ペティグリュー。そして全員を見守るような形でリーマス・ルーピンが控えていた。
……母さんとはちがって、心構えができていたからだろうか。生身の父さんを見て、僕は感動よりも先に顔をおおってしまった。なんてやるせなさだ。──あなたの孫はほんとうにあなたそっくりですよ、父さん。ジェームズ・シリウスのことでホグワーツに呼び出された時くらい、恥ずかしくて情けない。父さんは母さんが本気で嫌がってるのをむしろ愉しんでいるようだし、シリウスは愉しそうな父さんを見てるのが楽しいみたいだ。だめだこの名付け親。ルーピン先生はすっかり諦めきっているし、ペティグリューは状況を理解しているのかすら怪しい。なんて頼りにならないんだ。
リリーがきょろ、となにか──考えるまでもなく僕たちだが──を探すように目をさまよわせた。嫌がるドラコを引っ付かんでどうにかリリーに近付く。軽く肩を叩く。それだけで、リリーは見えない僕らへと振り向いて微笑んだ。
「用はそれだけ? わたし、もう失礼するわ」
「ああ、待ってよ、美しい人。僕の白百合」
「そのバカげた呼び名はやめてって言ってるでしょう!」
「ほぅら、お前の姫が怒ったぞ」
「ジェームズの姫じゃなくて今ではグリフィンドールの姫だけどね」
「全部あなたのせいよ!」
リリーの激昂に、まったくだと激しくうなずいた。父さんのせいで娘にまでそのバカげたあだ名は継承されたんだぞ! 見えないことをいいことにジェームズを目一杯にらむ。クックと声を抑えて笑う隣の王子の背中もつねっておいた。
「ともかく! わたしにかまわないで! 特に今日はダメ!」
走り出そうとしたリリーの腕をジェームズが掴む。出会った時の僕と同じ行動なあたりに血を感じつつ、彼の表情を見て再びうなだれた。完全に好きな子をいじめたいクソガキの顔だった。たとえばうちの長男が次男を泣かせようとしている時のような。ロージィ大好きなスコーピウスだってそこまでは強引にしなかったぞ。
心の中で大きく嘆息して、無言魔法と杖なし魔法の合わせ技でデパルソを唱える。バチンッと間抜けにジェームズが弾かれた。隣のシリウスに受け止められ、ガッチリ抱かれて支えられたジェームズはきょとりとしていた。……そんな顔は年相応だってのに。
「……エヴァンズ? 今、なにを?」
「わ、わたしじゃないわ。わたしはなにも……」
そこでリリーはハッと目を開くと口をつぐんだ。「失礼」固い声で残してジェームズたちから離れる。リリーを追って、若き父と名付け親、そして恩師に後ろ髪を引かれつつもどこかの廊下へとたどり着いた。
「……リリー?」
「──今の、どっちなの」
リリーの声は変わらず固かった。叱られてしまうだろうか。僕は縮こまった。怪我をさせるほどの威力でないとはいえ、人に向かって魔法を放ったのだ。──優しい母さんはきっと、そんなのは許さない人だ。
「ごめんなさい。あの──僕です──ハリーです」
「ハリー!」
張り上げられた声に肩が跳ね上がった。
「すばらしいわ!」
アアッ、ごめんなさ────へ?
「杖が見えなかったわ! それに、詠唱も聞こえなかった! 無言呪文なのね? その上、まさか杖なしで──? なんてこと!」
明らかにはしゃいだ声色のリリーに思わずマントから顔を出せば、待ってましたとばかりに頭を撫でられた。
「リ、リリー……?」
「あいつはいけすかない男だけど、才能は本物よ。しっかりハリーに継がれていてよかったわ」
「……怒ってないの?」
「あら、どうして怒るの? ハリーはわたしを助けてくれたんでしょう? ──ああ、あいつらを心配して? まさか! あんなのは自業自得よ」
鼻息荒く吐き捨てたリリーに、ほんの少し彼女への理想が崩れて──だけども、子供らしくて、人間らしくて、僕もくしゃくしゃに笑ってしまった。大好きな母さんをもっと好きになれた気がした。
「さ、次の授業に向かいましょう。こっちからなら人に会わないと思うわ。わたし、もっとあなたたちとお話ししたいの。未来のホグワーツではどんなことを勉強するのかしら。まさか四年生で無言呪文を習うの?」
勉強欲から緑の瞳を輝かせるリリーに、ドラコと顔を見合わせてニヤリとしてしまう。
「あのね、僕たちのホグワーツではね──」
授業をすべて終え夕食時に別れる頃まで、リリーとの時間は和やかに過ぎていった。
少年は眼鏡の奥にあるハシバミの瞳を冷たく細めて、赤毛の少女の背を見送った。美しい少女だ。よく愛されて育った幸福な女の子──学年で一番の美少女だと噂される勝ち気で正義感の強い子──
こんなにも、僕にふさわしい。
「シリウス」
名家、ブラック家の嫡男でありながら己に犬のように付き従う親友をうかがい見る。彼のほうが身長が高い、というのはジェームズにとっておもしろくないことの一つであったが、彼が立派であればあるほど、隣に立たれた際の安心感と優越感はジェームズの自尊心を満たした。ジェームズなりに、親友たちを誇っているがゆえだ。
「さっきの、どう思う?」
シリウスの左後ろへと並んだピーター・ペティグリュー、ジェームズの右隣に収まったリーマス・ルーピンへも悪戯げな流し目が送られる。
「誰かいたな」
「やっぱり? そのための透明マント──てところかな」
少女が消えた先の名残を見透すかのように八つの
「僕の透明マントを使って隠れる誰か──これを暴くのって、最高のショーになると思わないかい? ──いかがかな? 悪戯仕掛人の諸君?」
大仰な身振りで一歩を踏み出しクルリと回ったジェームズは、ローブを踊らせ芝居がかった仕草で礼をした。まるでどこぞのサーカスの座長がごとくだった。
シリウス・ブラックは同意を込めて笑った。ピーター・ペティグリューはへつらうように笑った。リーマス・ルーピンは諦めるように笑った。
ジェームズ・ポッターはすべてを受けとめ──王様のように笑った。