ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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 スリザリンならこいつの出番、という話。


ハリー・ポッターと賢者の石
目覚め


 ぼうっと外を眺めて時間を過ごす。

 人生で初めての入院生活は、私にはあまりにも退屈だった。

 ベッドから下りていいのはお風呂とお手洗いのときだけ。

 どこも悪くないのに散歩もさせてもらえない。

 ご飯はあんまりおいしくないし、量が少ないからいつも腹ペコ。

 採血は太い針を刺されてとても痛いから大嫌いだ。

 はやく家に帰って白いご飯が食べたい。

 一日三食ぜんぶパンで、毎朝焼きすぎのスクランブルエッグと脂っこいベーコンが出てくるのもいい加減あきてしまった。

 この本も変なお話ばかりでちんぷんかんぷんだ。

 どうせならゲームボーイでもあればいいのに……イギリスの魔法使いは、いったい何百年前から同じ生活をしているんだろう。

 退屈とストレスでベッドに縛られながら、中庭で遊んでいる人たちをじっと見つめているうちに、今日のお昼もゆっくりと時間が進んで行く。

 

 

 病室の扉が乱暴に開いた。

 看護師さんではないし、ショウブおじさんは物音を立てずに動くから違う。

 いつもベッド脇の本棚を埋めていく人でもなさそうだ。

 入ってきたのは、色素の薄い男の子だった。

 顎の尖った細い顔に、機嫌の悪そうな表情、それにあの人とそっくりの薄い金髪。

 少し離れたところからこちらを観察している。

「父上から聞いたよ。君、吸血鬼に噛まれたんだって?」

 自分でもよく分からないが、そのようなので頷いた。

 おじさんがお仕事でイギリスに行くから、夏休みだった私もいっしょにやって来た。

 ナントカという古い町のお城に泊まって、そこからの記憶がない。

 彼のお父さんが誰なのかは想像がつく。

 ということは、私は吸血鬼に噛まれて病院に運ばれたのだ。

「そりゃ災難だったね。魔法省もこの事件で大騒ぎだ。まったくたるんでるよ連中は……なんのために父上が多額の寄付をなさっているのか分からないじゃないか」

 色々とイギリスの魔法界に詳しいようで、大臣は辞任すべきだとかよくわからないことを延々と喋っている。

 学校の先生たち職員室が話しているときと似たような雰囲気を感じた。

 むう……病院食に比べたら給食の方がマシだったなぁ。

 少なくとも口内炎が出来るようなことはなかったし。

 金曜日のカレーライスとデザートのヨーグルトに思いを馳せていると、男の子は「君もそう思わないか?」と話を振ってきた。

 いや、ヨーグルトもいいけど季節のフルーツも捨てがたい。

 とつぜんビワが食べたくなってきた。

 毎日のように水っぽいオレンジはもういらない。

 ドラコの話しはちっとも聞いていなかったので「そうですね」と返す。

 水曜日の揚げパンや、月曜日の磯辺揚げも懐かしい。

 けどなにより月一の鯨肉が恋しい。

 硬めの牛肉みたいな食感だけど、私はなぜかあの竜田揚げが気に入っている。

 脂でぎとぎとのベーコンよりずっといい。

 考えていたらお腹が鳴りそうだ。

「ぐう」

 鳴った。

「なんだ今の音は。君の腹の中で飼ってるトロールがいびきでもかいたのか?」

「かもしれません」

 男の子は面白くなさそうに本棚の前へ立った。

 金髪の魔法使いが置いていった英語の本を見て、鼻で笑う。

「ここにある本、僕はもう全部読み終えたぜ」

「そうですか。私には難しくって」

「難しい? たかがゴブリンの反乱の解説書じゃないか」

「大人の人が読む本なのに、すごいんですね」

 イギリスの魔法界の歴史なんてなにも知らないので、ゴブリン関連だけ書かれても全体がどうなっているのかさっぱりだ。

 この男の子は全部把握しているから簡単に読めたのだ。

 褒められても「当然だ」と言わんばかりににやりと笑っている。

 こういう感想は慣れっこらしい。

「この程度、マルフォイ家の長男としては当然さ」

 マルフォイという名前で確信した。

「お父さんは、ルシウスという人ですよね」

「そうだ。父上の名はルシウス・マルフォイ、僕はその息子でドラコ。ドラコ・マルフォイだ。よく覚えておくんだな」

「えーと、初めましてドラコさん。葵菫(アオイ・スミレ)です」

 オールバックの男の子あらためドラコは片眉を上げて驚いてみせた。

 元が整っている顔だから自然と様になる。

「君は中国人か。どうりで平べったいまな板みたいな顔してるわけだ」

「日本人です」

「大して変わらないだろ。畑耕して米を食ってるんだから」

 全然違うのだけれど、この自信溢れる言い様からして説明するのは面倒に思えた。

 だから私はなにも言わず適当に微笑み返しておいた。

 ドラコは目に付いた本を手に取り、ぺらぺらとページをめくる。

 そのまま心底興味がない様子でとんでもないことを口にした。

「アオイももうすぐ退院だ。そうしたら、しばらくは僕の家に来ることになる」

「あなたの家……? 日本に帰るんじゃないんですか?」

「父上から聞いていないのか? 役立たずのファッジが君の帰国を渋ったのさ。吸血鬼になったかもしれないヤツを野放しにできるか、ってね」

 私が吸血鬼?

 そんな馬鹿なことが――確かに貧血はあってもそれはお母さん譲りの体質だ。

 色白なのはお祖母ちゃん、眠りが浅いのはお父さんから受け継いだものだ。

 持って生まれた体質を理由に、そんな横暴なことがあってはたまったものじゃない。

「イギリスは原種クラスの吸血鬼の絶滅宣言を出してる、それをさんざん自慢してたのに、街レベルで何百年も生き延びてたなんて海外に知られたら面目丸つぶれだ。つまり君は、馬鹿で無能な魔法省のプライドを守るために――」

「これドラコ、知ったような風に言うでない」

 開いたままの扉からマルフォイさんが見えた。

 真っ直ぐ長いプラチナブロンドの髪に、透き通ったアイスブルーの瞳。

 キレイな黒のローブがいかにも貴族らしい恰好だ。

「ミス・アオイ、失礼しても構わないかな?」

「いえ、ぜんぜん、遠慮されても困ります」

「ではお言葉に甘えるとしよう」

 ゆったりとした言葉遣いや物腰も品がある。

 こういう人のことを『紳士』と呼ぶに違いない。

 きっとドラコも、いずれは立派な紳士になるのだろう。

「叔父上に代って退院を報せに来た。彼は今、院長室でその手続きをなさっておられる」

「ありがとうございます」

「よい報せのあとにこれを伝えねばならぬのは心苦しいが……そこのお喋りからすでに聞いたかね?」

 頷く。

 退院してもイギリスから出られないこと。

 魔法省が私を吸血鬼だと疑っていること。

 その二つについてはついさっきドラコが教えてくれた。

 マルフォイさんも残念そうに首を左右に振る。

「嘆かわしい……診断でミス・アオイの健康無事は確認出来ているというのに、愚かしいことだ。この措置は魔法省にとって最大の汚点となるだろう」

 しかしマルフォイさんはすぐに微笑んだ。

「だが安心したまえ。そちらの新学期が始まる前には帰国できるよう、すでに手配してある。大臣閣下は君を一年以上も留めておくつもりのようだが、それはあまりに残酷すぎる」

「お気持ちは嬉しいのですけど……ご迷惑がかかるのでは……」

「その心配は不要だ。私とて子を持つ親、我が子を待つ辛さを思えばこれくらいはどうということもない」

 うっすらと、けれどとても優しそうな微笑みだった。

 叔父さんのお友達というだけでこれほどよくしてもらって、私にはどう言えばこの気持ちを伝えられるのか分からない。

 ただただ涙を堪えて頭を下げるしかできなかった。

「喜んでもらえたのであれば私も嬉しい」

「待たせたなスミレ、ルシウス。ようやく手続きが終わった!」

 足音一つ立てずにショウブおじさんが来たらしい。

 ひどく声が怒っている。

 江戸っ子というかちょっと気の短いところはあるけれど、こんなに苛立っている叔父さんは初めてに思えた。

 耳を澄ますと遠くで大騒ぎが起きているようだった。

「随分と手間取ったな」

「なに、若い癒師の野郎が俺の姪っ子をバケモノ呼ばわりしやがったんでな。顔に一発お見舞いしてやった」

「優しいな。一発で済ませたのか」

「手じゃなくて脚だ。んなこたいい、魔法省の横槍が入った」

 マルフォイさんの声が険しくなる。

 影で酷いことを言っているお医者さんがいたから、蹴られたのはその人だろう。

 叔父さんのキックも魔法で治せるから、あまり意味はないと思うけれど。

 私も顔を上げた。

 今度はどんなことになるのか不安で不安で、心臓が潰れそうな苦しくなる。

 どっと冷や汗をかきながら叔父さんの言葉に耳を傾ける。

「まあ待て、今は姪御の退院を祝そうではないか。ついては今晩にも当家でささやかながらパーティーを開きたいのだが、ご出席願えるかな?」

「っ……ああ、そうだな。もっともだ。スミレ、お前どうする? パーティー行くか?」

「ご飯、食べていいんですか?」

 今度もやはり薄い微笑だったけれど、マルフォイさんは優しげに頷いてくれた。

 歯を見せてニッコリ笑っているショウブ叔父さんが荷物整理を始める間、私は服を着替えて病室の隅でじっとしていた。

 窓辺で読書をしていたドラコはいつの間にか部屋を出ていたが、読んだ本は元の場所に戻していた。




 要はスリザリンの大物と顔見知りということ。
 スミレちゃんの実家についてはそのうち。
 設定は映画版とごちゃ混ぜかつ吸血鬼、マホウトコロ関係は公式データが少ないからほぼオリジナルになります。
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