ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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 と言ってもクリスマスは10行しかありませんです。


クリスマス

 日本人のスミレにとってクリスマスは『朝起きたらプレゼントがある日』でしかない。

 あとは大掃除を済ませ、大晦日に除夜の鐘を聞きながら年越しソバを食べて寝る。

 ホグワーツで迎えた最初のクリスマスはまったく違う。

 友達はみんな家に帰った。スリザリンの寮で残ったのはスミレだけ。

 寝室も談話室も大広間も、他にスリザリンの生徒はいない。

 スミレのクリスマスはあと6回も『ずっと1人で過ごす日』となった。

 朝起きたらプレゼントの山が出来ていたが、1つ1つ開けて中身を見てそれっきり。

 休暇中は食欲も消え失せ、1日の大半を寝室のベッドの下で過ごしていた。

 面白くもない学校生活が地獄と化した日々である。

 1990年のクリスマスは9月の入学式とともに人生最悪の日として記憶された。

 

 

 クリスマス休暇が終わるとホグワーツは以前の活気を取り戻した。

 ネビルのヒキガエルが脱走したり、双子のウィーズリーがフィルチの頭をリンゴ飴より真っ赤にしたり、シェーマスがなにかを爆発させたり。

 スミレは父親が趣味で作っているスクラップブックのコピーを送ってもらった。

 学生の頃――両親とも『マホウトコロ』への入学を許可され、断った。なので普通の高校生のとき、という意味だ――からずっと続けており、ときどき耳にする『例のあの人』のことを調べようと思ったのだ。

 新聞の記事を切り抜いて貼り付けた印刷紙の束を読む。

 記事はどれも小さく、日本での関心の低さを窺わせた。

 しょせん遠い外国の事件だ。明日の天気がよほど重要である。

 得られた情報はごく僅か。

 多くの人々が『例のあの人』こと『ヴォルデモート卿』とその配下に殺された。

 純血主義でなければまず生き延びられない時代だったようだ。

 恐怖と暴力の支配が終わった日こそハリー・ポッターという英雄の生まれた日でもある。

 彼こそ生き残った男の子。額の傷は『闇の帝王』の死を象徴している。

「……ということしか分かりませんでした」

「私だってそれ以上は知らないわ。生まれてすぐだし」

「そりゃそうよ。マグル生まれのエセ魔女だもの」

 向かい側で鼻を鳴らすパンジーをハーマイオニーは無視した。

 大広間で顔をつきあわせる3人、周囲はどういう組み合わせか分からず目を離せない。

 だが会話の内容は耳にするのもおぞましい。

「なにかご存じだと思ったんですけどねえ」

「それこそビンズ教授やダンブルドア校長に聞けばいいでしょ」

「聞きづらいですよ。どんな趣味と脳みそしてるのか疑われます」

「私もあなたの趣味とアタマを疑ってます」

「知的好奇心って言いませんでしたっけ?」

「どう考えても言い訳でしょ!」

「よく考えた言い訳でしょう?」

 グリフィンドールの優等生は呆れたり怒ったり突っ伏したりと忙しい。

 スリザリンの優等生は少し首を傾ける以外になんのアクションもない。

 スミレは当時の日刊予言者新聞を手にとって嘆息する。

「名前を呼ばないなんてまるで貴人ですね」

 自ら『(Lord)』を名乗ったことを皮肉ったが通じなかった。

 (いみな)を避け官職や(あざな)を用いる東洋の風習である。

 ヴォルデモートが本名とも思わなかったが……どうにも聞き出せる空気ではない。

「それ、他の人の前で言わない方がいいわ」

 ひそひそ声で周囲の耳を気にしているが、それはハーマイオニーとパンジーだけだ。

 肝心の変わり者は『ヴォルデモート()はとっくに死んでいる』と言って譲らない。

 2人はこの話を続けても意味がないと強引に話題を変えにかかった。

 成績も性格もまったく似ていないが、この時だけはアイコンタクトに成功したらしい。

「そう言えばグレンジャー、アンタこの前なんて言ってたっけ? この子が入院してるとき変な話をしてたわよね」

「ええ、ちょっと難しいお話をさせてもらったわ。あなたにはとっても(、、、、)でしょうけど? なんならミス・グリーングラスでもお呼びしてはどうかしら?」

「なんでお二人はいつも喧嘩腰なんですか」

 ハーマイオニー・グレンジャーとパンジー・パーキンソンは手元に飲み物がなかったことを天に感謝した。感情の読めない目をしたスミレは「それはともかく」と突っ込ませる隙を与えなかった。

「誰が怪しいという話でしたら、私はやはりクィレル教授です。スネイプ教授には石を狙う理由がありません」

「そうよ。ニコラス・ナントカの石っころは寿命を延ばすんでしょ? そんなお迎えが近い歳でもないし病気でもないのに、なんでスネイプ教授が……」

「ソレ、そっくりそのままクィレル教授も当てはまりましてよ。年齢で言えばスネイプの方が上だし」

「なっ……だ、だからって先生が犯人だって根拠もないじゃない! 単に授業で怒られたのが気に食わないから、スリザリンがムカつくから疑ってるんじゃないの!?」

 ハーマイオニーの反論にパンジーの顔が赤くなる。頭に血がのぼって大声になり、またもや周りの視線を集めた。野次馬が集まりそうな気配になってきて、ようやくスミレも少し焦り始める。

 テーブルに身を乗り出して、ぐっと2人に顔を近づける。

「スネイプ教授の贔屓癖が心象を悪くしているのは私も同感です。ですが、クィレル教授は2つも嘘をついています」

「クィレルが嘘? 生徒を騙してるって?」

「聞き捨てならないわ。ちゃんとした証拠があるんでしょうね」

「生徒どころか校長すらご存知ないかも……あの、場所を変えませんか? 声を出してもよさそうなところに」

 上級生も厄介だったが、なにより時間的にパーシーやフレッドとジョージがいつ来てもおかしくなかった。変なところで詮索癖があるロンの兄たちには絶対に聞かれたくない。立ち入り禁止の廊下に入ったことがバレてしまう。あの誇らしげな監督生バッジに知られれば、減点間違いなしだ。

 それだけはまっぴらゴメンである。

 

 3人が小走りで大広間を出たが、天文台へ行く間の道でも十分に行き交う生徒の注目を集めた。

 

 

「クィレル教授は吸血鬼に襲われていません」

 三階の女子トイレへ場を移すや否や。スミレは単刀直入に言い切った。そこはハロウィンにトロールと戦った場所で、殺されたトロールの幽霊が出るという噂が流れ、誰も近寄らなくなっていた。

 トロールが殺されたのは事実だが、もしゴーストになってもスミレの前には現れないだろう。

 ハーマイオニーは腕を組んで不機嫌そうだった。

 沈黙で続きを促す。パンジーはもう意味不明で言葉が出ない。

「吸血鬼にニンニクは効きません。ちょっと不快な思いをするだけで行動を縛るほどの力はないんです」

「どの本にも『吸血鬼や悪霊を退ける』と書いてあるわ」

「私は実体験です。ニンニクを身に着けていても襲われました」

 自分を見つめる瞳を直視できない。

 今度はハーマイオニーも混乱した。

 目の前にいるライバルが吸血鬼に襲われた?

 確かに、血を吸い尽くされていなければ治療は可能だ。わざわざ日本の魔法学校へ行かず、ホグワーツへ入学した理由も治療目的とすれば筋が通る。

 思考が乱れていくのが嫌でも分かった。

「吸われた量は少しです。睡眠不足で具合の悪い時期はありましたけど。ハロウィンの時期が一番大変でした」

「じゃあ、なんでホグワーツに来たの? ウチにいればいいじゃない、身体壊してどうするのよ」

「魔法省の都合だそうです。色々あるんでしょう」

 ……今はまだ、そこまで話すつもりはない。

 話してどうなるわけでもないし、スミレにとって重要なのはクィレル教授の隠し事の方だ。

 スミレの無表情がぼーっとしているときの顔ということは2人もよく知っている。下らないことを考えているか、あるいはなにも考えていないか。そのどちらかだ。

 だが今は明らかに怒っている。

 眉間にシワが寄っているのはこれが初めてだった。

「教授が本当に吸血鬼に襲われたのなら、ニンニクではなく純銀の十字架をつけるはずです。けどそうせず、教室をニンニクくさくしている」

「……知らない可能性は?」

「あり得ます。ですが、少なくとも私は襲われていないと思っています。あのターバンでなにかを隠しているはず」

「なにかって? 後頭部にもうひとつ顔があるって言うの?」

 ほとんど叫んでパンジーは尋ねた。

 目の前の秀才たちがなにを言っているのか、頭で理解することを諦めていた。

「引き剥がしてみないとなんとも」

「ともかく。誰かが賢者の石を狙ってるのは間違いない。そこは同じ考えだと思っていいのよね?」

 スミレも頷いた。パンジーはもはや答えようがない。

 外から吹き込んでくる風がいやに寒い。

「じゃあ私も考えてることを話す。石を狙っている誰かが先生の中にいるのは間違いない。だから、動くタイミングは学期末試験の最終日になるわ」

「それこそ……なんの根拠があるのよ」

「各学年のテストやレポートを採点するから。どの先生もそっちに集中して、あの廊下に目を向けてられない。ものを盗むなら見つかりづらいタイミングが一番でしょ」

 だから、私たちはそのタイミングで最初に動いた方を疑う。

 暗にそう言っている。

 スミレはハーマイオニーたちがどう対処するのか知らない。

 ハーマイオニーもパンジー・パーキンソンの前で『透明マント』のことを話すつもりはなかった。

「それと、ついでに1つ聞いていいでしょうか」

 急にいつものぼんやりした雰囲気に戻られてハーマイオニーは怯んだ。スイッチの切り替えが早すぎて追いつけない。

「ユニコーンの血を吸う生き物ってなんだと思います?」

「それ、ハリーが『禁じられた森』で見たっていうアレ?」

「ええ。私もドラコから聞いたんですが、吸血鬼じゃないようなんですよ」

 ようやく自分も会話に参加出来るかもと思ったが、すぐにパンジーの期待は裏切られた。この2人の会話はどうにもレベルが違いすぎてついていけない。

「人間だと思う。だってユニコーンの血には延命効果が……」

「石を狙う誰かとユニコーンを襲った犯人、同一人物だと思いませんか?」

「クィレルがユニコーンを仕留められるわけない。あんなとろくさいヤツに、どうやって」

「もしクィレル教授がトロールを学校へ誘導したなら、ユニコーンを仕留められるだけの実力があっても不思議じゃない。けど、どっちも証拠不足よ」

 可能性の域を出ないと切り捨てられて、スミレも「そうですね」と素直に引き下がった。本人は本当にただ気になっただけで、分からないならそれで構わないらしい。

 そのまま3人は天文台の寒さが我慢できなくなり、それぞれの寮の談話室へ駆け込んだ。

 長話ですっかり身体が冷え、風邪を引きそうだった。

 こうして情報交換は終わった。

 そのあとクラッブとゴイルを引き連れて地下牢へ戻ったドラコの自慢話に付き合わされても、この日のパンジーはほとんど上の空でまともに話しが頭に入ってこなかった。

 




 次回と次々回で『賢者の石』編は終わりです。
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