ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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なんかすごい良い感じ

 愛らしい粉雪がちらつき始めると冬の到来である。

 間もなく雛鳥のような愛嬌を忘れ去る。とことん無慈悲で情け容赦のない豪雪へ変わるのだ。

 見上げると冬の青空を覆う一面の曇天。

 季節は違うが梅雨の夕暮れもこんな空模様だった。

 肌寒くなると鍋焼きうどんが食べたくなる。残った出汁に溶き卵と白米を加え雑炊にするのが好きだった。

 十一月も気づけば折り返し地点。一年の終わりも近い。

 思い出すとますます冬休みが待ち遠しい。

 フリットウィック教授の甲高い声もどこか遠い。

 教壇の上に立つだけでは足りず、さらに書籍を積み上げ踏み台にしている。

 小鬼ほどの背丈しかない教授は独特の金切り声で熱弁を振った。

 

「今日から諸君が学んで貰ぶのは『気象崩し呪い』――メテオロジンクスという。この授業では各々の席で雪を降らせ、最終的に雪だるまを手作りして貰う」

 

 言いつつ教授は杖を掲げる。

 教室の天井を雲が覆い尽くす。

 みるみる大きくなる白雲から、雪が降り始めた。

 

()()()()()()の実技課題で必ず出題される呪文だ。どれだけ正確に魔法をコントロール出来るかが採点基準だ、猛吹雪を起すような必要はないから安心したまえ」

 

 フリットウィック教授による実演は鮮やかなモノだった。

 魔法で作り上げた雪だるまに『白鳥の湖』まで踊らせた。

 しばらく可愛らしい演技を楽しんだあと、全員杖を降りながら練習を始める。

 なるべく魔力を籠めずに雪を積もらせるのは難しい。

 真っ先に失敗したのはシェーマスだった。雪どころか雷雲を発生させていた。何をどう間違えたのか威力抜群のミニ雷が教科書を燃やしてしまったのだ。両隣のディーンとパーバティが慌てて自分たちの両肩に積もった雪をかけ消火した。

 その様を指差してクラッブとゴイルは豚のような笑い声を挙げた。

 だが自分たちも失敗したうえ頭に雷が落ちて火事が起きていた。

 驚いたセオドールが間違えて大雨を降らせ、ずぶ濡れになるのと引き替えで二人とも命拾いした。

 ミリセントの引き起こした暴風で薊の髪型は散々に乱れる。

 ドライヤーの冷風を最大風速で後ろから吹きつけられたようなものだ。

 

「おい! セットするのに時間掛かってんだぞ!」

 

「寝癖整えてるだけでしょうよアンタは! これどうするのよ!」

 

「どうもこうも止めろっつってんだコッチは!」

 

 菫も杖の振り方を確かめつつ呪文の練習を始めた。

 教科書や筆記用具を片づけた机の上に雲を生み出す。

 両手に収る程度のこぢんまりとした大きさである。しかし雪が降るどころか微風の気配さえ示さず、しばらく観察しても白けたと言わんばかりにぼんやり浮かんでいるだけだった。

 ハーマイオニーだけが教授から「素晴らしい!」との評価とグリフィンドールへの加点を勝ち取った。授業が終わったあとも菫は一人ポツンと教室に残っていた。教壇に降りたフリットウィック教授が気づいて声を掛ける。

 

「おや、どうしたねミス・アオイ。何か気になる事でもあったかね」

 

 雪だるまバレエ団の後始末しながら教授が尋ねた。

 菫はゆっくり立ち上がって教授の側に向かう。

 

「あの、先生、実は相談したい事が……」

 

「うん。遠慮せず聞かせておくれ」

 

「ハリーの事なんです。いえ、人間関係じゃあなくって、クィディッチの件で」

 

 教授は大きく頷いた。

 

「ポッターの飛行禁止についてだろう。違うかね」

 

「仰る通りです。ちょっと廊下で喧嘩したくらいで、やり過ぎだと思います」

 

「君の気持ちはよっく分かるともミス・アオイ。アレはイカン。やり過ぎだ。いやドローレス・アンブリッジのやり口は昔っから陰険なんだが……」

 

 そこまで言って、教授は慌てた様子で周囲に視線を走らせた。

 どうしたのだろうと首を傾げる菫をよそに「オホン」と大きく咳払いした。

 

「うむ。そう、ポッターへの過剰な罰則については私も手を尽くしたのだ。スプラウト教授と二人でダンブルドアへ訴えもしたが、法律が相手ではどうにもならんかった」

 

「法律、ですか」

 

「そうだ。あの教育令とかいうのは法律として機能しとるんだな。もちろん理屈の上でだが、高等尋問官はいまや監督生をすげ替える事だって出来てしまう」

 

「まるで王様ですね」

 

「王様と呼んでやるには風格が足りんと思うがね」

 

 教授の言いように菫も微笑みが浮かんだ。

 所詮、現状はコーネリウス・ファッジの走狗ないし傀儡である。風格などあるハズもない。権力への執着は底なしの承認欲求が源泉だが、アンブリッジの本質は寄生虫であると見做していた。宿主なくして生存不可能な極めて受動的生物なのだ。それがどうして支配者のように振る舞えるのかと言えば欲に目が眩んでいるからだ。

 フリットウィック教授は「力になれず済まない」と繰り返し言った。

 彼なりに菫の事を案じているらしいのは薄らとだが伝わった。

 せめてもの詫びにと砂糖漬けパイナップルを一包み贈られた。

 一先ずハリーの件は「どうにもならない」という結果に終わった。

 改めて教授に礼を言い、菫も呪文学の教室を離れた。

 放課後の時間帯には夕暮れを過ぎてすっかり暗くなっている。今年も秋は一瞬で過ぎ去った。これから長い冬が始まるのかと思うと雪国生まれとしてはどうしたって気が滅入ってしまう。人間は氷点下の環境で暮らすには命懸けである。一面の銀世界などとよく言うけれど、それは見渡す限りに『死』が潜んでいるようなモノなのだ。

 夏の暑さはどうとでも誤魔化せるからまだマシだ。

 窓越しに外を眺めると如何にも寒々とした空が果てしない。

 考え事をすればするほど気落ちする。

 このまま談話室に戻ってしまおうかと思う。

 ただ、最近はクィディッチの練習を理由に試験対策会を周りに任せがちとなっていた。ハーマイオニーは監督生の業務に追われているし、薊は『分霊箱』の探求にも熱心である。魔法薬学と薬草学の需要を考えるとあまり疎かにも出来ない。そもそもが『防衛協会』のカバーだからなるべく活発化させアンブリッジの注目を引く事こそ本命である。

 ドラコに対策会の主導権を掌握されても困る。

 暖炉前で読書したい気持ちを押し殺し、大広間へ向かう。

 以前より静かに感じる。廊下を行き交う生徒の顔色が心なし悪く感じるのは錯覚だろうか。もしかすると掲示された教育令の数と反比例して、ホグワーツから活気を奪う呪いが掛けられているのかもしれない。

 大人しくなるならそれも良いとすら感じる。

 このくらい静かな方が過ごしやすくて助かる。

 対策会に顔を出すのも正直辞めたい。教えても教えても反論ばかりで、それに都度対応すると挙げ句に厭な顔をされる。

 気乗りしないなりに脚を引き摺り、なんとかスリザリンのテーブルまで辿り着く。ハーマイオニーの姿はない。代わりにチョウが下級生たちを相手に変身術の理論を教えていた。菫の姿に気づき手を振ってくれたものの、彼女の周りに集まったグリフィンドール生たちは警戒心を隠さず身構えている。

 チョウにだけ会釈を返して魔法薬学と薬草学の教科書を広げる。

 ネビル・ロングボトムとディーン・トーマスが現れるまで数分と掛からず、待ち時間は思いの外に早く打ち切られた。周囲を伺いながらネビルがおずおずと採点済みのレポートをテーブルへ置いた。

 俯いたままなのに視線を揺れ動かしながら、ネビルは消え入りそうな震え声で話し始めた。

 

「前に提出した、『強化薬』の課題レポートなんだけど……」

 

「はあ」

 

「いくら見直しても、どこが悪いのか自分でも分からないんだ……」

 

「そうですか」

 

 だからなんだ、と要件を急かした。菫にとってネビルはたまたま学年が同じに過ぎない。まったくの赤の他人である。そんな相手から「察して欲しい」と言外の期待を寄せられるのは筋違いだ。ディーンからの視線を無視して真っ直ぐにネビルを見据える。

 小太りの身体は萎縮していた。

 蛇に睨まれた蛙そのものだった。

 人間離れした赤い瞳が苛立ちに細まる。

 縦に伸びた長い瞳孔が針のようだ。

 

「…………スミレに、読んで問題があるところを教えて欲しい」

 

 言葉にしてしまえば単純明快である。そして菫もすんなり引き受けた。

 羊皮紙二枚、両面にびっしりと文章が書き込まれている。

 読み始めてすぐに指摘すべき点が見つかった。

 

「サラマンダーの血液は揮発性が高く酸素と反応しやすい。毒性はありませんが、使用する直前まで保存容器は密閉しておくべきです」

 

 そしてやはり、グリフォンの爪の取り扱いも不備があった。

 指定の副読本を広げてヘスパー・スターキーの論文の引用を示す。煮沸処理では除染しきれないから、表面をよく削ったあとゴブリンの胆嚢汁に漬けるか火で炙ってしまえば良い。

 男子二人はそんな記述があると知らなかったらしい。

 

「そのやたらと小難しい本、全部読んだんだ」

 

「買ったのに読まない理由がありますか?」

 

 ディーンは心底驚いたと言う風に目を丸くした。

 そんな勿体ない事をする理由が知りたい。

 知ったところで理解は出来ないのだろうけれど。

 

「僕なんて教科書ですら難しいのに。五年生の範囲じゃないよ」

 

「五年生までの基礎を理解している前提です。当然でしょう」

 

「NEWTレベルの授業を受けるには、やっぱり遅すぎたのかな」

 

「魔法薬学は暗記です。薬草学が出来るなら魔法薬学も出来ます」

 

「記憶力に自信がない。忘れっぽいんだ……それにすぐ緊張して、覚えていても飛んでしまうし」

 

「諦めるのはご自由に。貴方の試験結果は私に関わりのない事です。ですが、だったらどうして先月のレポート課題の添削を頼んだりしたのか、という話になります」

 

 大勢いる歳下の同級生、関係性はそれだけだ。

 菫にとってネビルは過去に殆ど接点がない。五年間をホグワーツで過ごして来た間柄だが、それだけならば他の生徒でも同じ事である。

 まして慰めの言葉を投げ掛けて試験結果に影響するものか。

 彼の()()がささくれ立った神経をまた苛立たせる。

 如何様にもなる人生だろうにそこまで悲観するなら、いっそ――

 

「サラマンダーの血液の判定方法はその通りです。特に誤認しやすい材料を入れた際の反応も……ネビル、貴方どうしてザクロジュースとサラマンダーの血液を見分けられて調合に失敗したんですか」

 

 ネビルの手順に従えば『強化薬』は低純度のものになる。

 酸素と反応し劣化が始まった材料を使うのだから当然である。

 しかし、それで失敗するほど繊細な魔法薬ではないのだ。ならばスネイプ教授が仕掛けたブラフに惑わされたのかと思いきや、粘性という最大の差異をちゃんと理解している。

 熟成はスネイプが厳格に管理していた。少なくともハリーの小瓶は、誤ってザクロジュースを入れた場合に見られる反応結果そのものだった。

 問いただされたネビルはまた小さくなった。

 

「……迂闊なのはちゃんと自覚してるから、そこは特に注意してたんだ。入れるタイミングだって何度も確認したよ。けどダメだった」

 

「隣にいたからネビルが手順をブツブツ言ってたのは聞いてた。多分、間違えてはない。パーバティもそのハズだって言ってたし。直前にスミレから教えて貰った通りだってさ」

 

「誰かにすり替えられた?」

 

「スリザリンのテーブルにいたならあり得る。ザビニのヤツは特にズル賢いからどんな真似をしてもおかしくない。けど周りに僕とパーバティと、それにシェーマスがいちゃあ邪魔なんて無理だろう」

 

「ですね。とすると、あとは何が……」

 

「僕には魔法薬学の才能がないって事かも知れない。一年生の時からレポートを書かずに済んだ事がないなんて、他にいないよ。杖で混ぜる回数だって休み時間中ずっと確認してたのに……」

 

 いよいよ卑屈になり始めたネビル。視線が完全に足元の靴へ釘付けにされて、菫は彼のつむじと向かい合う羽目になった。その頂点を菫はぺちりと小さな平手で叩いた。

 

「イタッ」

 

「バカ。失敗理由はそれですよ」

 

「な、何するんだ。それにバカって、あんまりじゃないか」

 

 反射的に頭頂部を庇いながらネビルが顔を上げた。

 

「杖で混ぜる? 失敗もしますよ。貴方の杖捌きがまともになったの最近じゃあないですか!」

 

「で、でも教科書にはこうするようにって書いてある!」

 

「これまで失敗して来たやり方を続けて、いきなり成功するワケがないでしょうが! 杖がダメなら手を使えばいいんです! 匙でも何でも借りなさい!」

 

 溜め込んでいた感情が爆発していた。何度もテーブルを掌で叩きながら、菫はネビルの心得違いを指弾した。

 

「失敗の理由は才能でも不注意でもない認識不足です。それで優判定を貰えないと諦めるなんて、バカなんですか。今すぐスネイプ教授に頭を下げて『強化薬』の調合をもう一度やらせて欲しいとお願いして来たらどうですか」

 

 呼吸の必要がなくなるといつまでも不満を吐き出せる。

 散々悩んだ結果がこんな間抜けな顛末だなんて、腹を立てるなと言うのが無理な相談だった。

 会話らしい会話はこれがはじめてである。だがネビルとシェーマスは三年前の『決闘倶楽部』で菫の()()を目の当たりにはしている。いつ本当に怒り狂うか分からない相手の前でのんびり座っていては命が幾つあっても足りない。言われるがまま教科書やレポートを鞄に押し込めて二人は魔法薬学の教室へと駆け出して行った。

 取り残された側も試験対策に付き合うような気分ではなかった。

 乱暴に教科書や副読本を登山用の大きな鞄へ片付け、肩を怒らせながら大広間を出て行った。

 華奢な身体が怒りで何倍にも大きく見える。

 感情が荒れ狂うのと裏腹に身体はまったく無反応だ。

 心臓の脈打つ感覚がない。体温が上昇する事もなく、それが尚更に悔しくていつまでも鎮まらない。

 刀子のように薄く鋭い目つきの菫を上級生も下級生も避けた。

 マリエッタ・エッジコムの放言が逆鱗に触れた瞬間を知らずとも、当代の竜殺しである事は新入生まで知れ渡っている。歩調と黒髪のたなびきが一致しないのを見れば迂闊に話かけようとは思わない。

 触らぬ神と化した菫の足を止めたのはインクだった。

 羽ペン用の黒インクが、廊下に飛び散っているのだ。靴先に伝わるネトリとした感触が昂り続ける意識に水を差した。足元を見て靴が汚れた事にまた苛立つ。すぐそばには割れたインク瓶が無惨な姿で転がっていた。

 掃除するのは決まって生徒ではない。

 手遅れになってから、管理人のアーガス・フィルチが老体に鞭を打ちながらぜいぜいと息を乱しつつモップ掛けする。

 それを思うと余計に神経を逆撫でされる。

 誰が犯人かなど、心底どうでも良かった。事故なら事故で片付けさせなくてはならない。物事の道理を教えるべき相手を探して目を凝らそうとする。指導すべき愚か者はすぐ目の前にいた。スリザリンの上級生二人組が同じスリザリンの男子生徒を突き飛ばし、尻餅をつかせた瞬間だった。

 伸びるに任せた無雑作な長髪の女子生徒たちである。

 詰め寄られているのは制服姿から男子生徒らしかった。

 二人は激昂して何事か叫んでいる。

 聞き取れない。感情が爆発して、呂律が回っていない。

 

「邪魔です。道を開けて下さい」

 

 横並びの背中へ声を掛ける。親しみの欠片もない、礼儀知らずな態度で冷たく言い放つ。

 振り返った二人組は菫の姿に怯んだ。

 凶悪な人相が見境なく威圧感を撒き散らす。

 

「黙ってな留学生。アンタには関係ない事なんだ」

 

「こっちは人生掛かってるんだよ。口出しするな」

 

 落ち着いていれば何か事情があったのかとも思う。

 だが、菫もまた酷く不機嫌な状態だった。

 

「それが何だ。私の邪魔だと言った、今すぐ失せろ」

 

 少なくとも上級生への言葉遣いではない。

 それしきで従う程、女子二人組も従順な気性ではなかった。

 不作法な後輩に眼光を飛ばす。

 しかし相手が人間でない事を失念していた。

 

 吸血鬼の底力を知らぬまま刃向かったのだ。

 

 果てしなく思える廊下の向こうで異変が起きた。

 蝋燭が灯って明るいハズである。

 だが、遠く離れた突き当たりが――暗い。

 

 本来あるべき光が消え去り、底なしの()が澱んでいる。

 

 何かがおかしいと気づいた時点で闇は菫のすぐ背後に迫っていた。

 

 あらゆる色彩を塗り潰す暗黒空間が迫る。

 一切合財の光が失せ、輪郭を奪われていた。

 その中で切れ込みのように細まった菫の瞳が見開かれる。

 血色の両眼だけがはち切れんばかりに開く。

 暗黒と校舎の境界線が激しくうねる。

 無数の蛇のように蠢き、光の侵食を求める。

 

 あの掠れた蛇の言葉が聞こえてくる思いがした。

 

 女子生徒二人が逃げ出したのは本能だった。

 悲鳴すら忘れ、転ぶのも構わず両手足を使って渡り廊下へ駆ける。

 怒りの元凶を失った菫に背負われた闇も霧消する。

 あとにはインクに塗れた廊下と、やはり黒い液体で汚染された教科書――そして呆けた顔の男子生徒が言葉もなく菫の矮躯を見上げていた。

 

「私の顔に何か」

 

 菫の苛々とした視線が注がれる。

 可愛らしい、鈴のような声が荒んでいる。

 全てがちぐはぐな調子にまた意識が彼方へ飛翔した。

 

「邪魔です。どいてください」

 

 平易な、しかし棘のある言われようで少年はやっと平静を回復した。

 

「……ッ、施しなんて必要なかった」

 

「はあ?」

 

「助けなんて要らない。施しを受けるのは弱者だ」

 

 毅然として、そう映るように取り繕いながら、少年は口元の切り傷を袖で拭った。

 健康不良を疑うほど蒼白の顔色だが血はしっかりと鮮やかな赤色だった。

 重々しい隈で縁取られた目には屈辱と怒りが燃えていた。

 彼の言葉の意味を理解しかねて今度は菫が呆れる。眉間にシワを寄せながら「何なんですか貴方」とさらに目尻を吊り上げた。

 

「助けてくれと、僕は言ったか?」

 

「知りませんよ。通行の邪魔だっただけです」

 

 一方的に自分の都合を捲し立てられるのは不快だ。

 しかも会話が成立しているのかも怪しい。

 

「自意識過剰な人間ばかりですねこの学校は。大した苦労もせず、勝手に諦めて、勝手に押しつけて、人の迷惑というモノを学んでみたらどうですか。そんなだからボーバトンに軽んじられるんですよ」

 

 実際、フラーは終始ホグワーツの生徒を顧みないままだった。

 自由奔放な性格だけではない。アレで母校では慕われているようなのだ。

 少年はどうやら侮辱に対しては人一倍敏感らしい。菫の皮肉に杖を抜き放った。三十センチほどある赤茶けた杖の先を菫に向ける。

 

「その言葉、撤回しろ。僕をあんな怠惰で愚図な連中と同類に扱うなど許せん」

 

「どういう思考回路なんですかさっきから。アズカバンで発狂したとしか……」

 

 どうやら、先方は血統を御所望のらしい。馬鹿正直に応じるほど優しい性格でもなければ、いちいち尊重して配慮をしてやるべき意義を見出せなかった。菫はすぐさま壁へ向かって駆けた。相手に意表を突くのだ。蒼白の少年は照準を狂わされ戸惑う。その隙に菫も桜の白木杖を抜いて呪文を放った。

 

「『雷よ、降れ(メテオロジンクス)』――」

 

 授業では最小限にするよう指示されたが、今度はありったけのパワーを籠めた。

 巨大な黒雲が少年を覆い隠す。相手は咄嗟に「『護れ(プロテゴ)』」と『盾の呪文』を展開した。落雷が絶え間なく襲い掛かる。爆撃さながらの轟音と閃光に耐えきれず手で両耳を覆い、目を閉じた。

 雷の直撃が球形に展開された障壁をあっと言う間に砕いた。

 硝子のように砕け散った障壁の欠片を薙ぎ払い、黒い雷雲を切り裂きながら菫が真正面へ現れる。

 

「『武器よ、去れ(エクスペリアームズ)』」

 

 白木の杖を鳩尾へ突きつける。

 必中の距離まで詰め寄られていた。

 やはり意図的に全身全霊の『武装解除呪文』を叩き込まれる。

 少年の痩せ細った身体が雷雲の檻を突き破って大きく後ろへ吹き飛ぶ。

 全身を廊下に叩きつけられ悶えるのを余所に菫は杖をローブの袖へ仕舞った。

 

「おめでとうございます、これで立派な弱者ですよ」

 

 捨て台詞を置き土産代わりに、雷雲の残滓を腕で払い退ける。

 菫は少年を無視して先へ進んでいく。

 ローブと黒髪がゆらゆらとはためいて、曲がり角の向こうへ消えていった。

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