ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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努力 未来 a beautiful star

 ホグワーツの寮にはそれぞれ固有の文化がある。

 組み分け帽子が言う『標語』とはまた異なる特色である。

 グリフィンドールは良くも悪くも魔法族の気質が強い。

 即ち、無邪気なまでの自由奔放さあるいは刹那的な享楽主義を重視する。このため監督生の威光は弱い。双子のウィーズリー兄弟(フレッド&ジョージ)は寮の気風を象徴する存在と言え、マクゴナガル教授も寮監としてはかなり大らかに振る舞っている。

 レイブンクローにもハッフルパフにも独自文化が根ざしており、それは良きにつけ悪しきにつけ、談話室の雰囲気に少なからず影響を与えている。

 スリザリンでは年長者、年少者の線引きと門閥が人間関係を支配する。

 聖なる二十八の血族は否応なしに寮内で特権的な地位を認められる。

 その中でも『マルフォイ』の家名は絶大で、さらに監督生ともなれば五年生にしてドラコは帝王の如く振る舞う事すら不可能ではない。だがドラコはあくまで寮内主流派の主席以上の権力を拒絶し、非主流派を軽んじる行為を避けてきた。同学年であるブレーズ・ザビニとセオドール・ノットが属するこの()()()には多くの半純血が参加しているが、その首領たちもまた高貴なる純血であるからだ。

 しかし、いま寮内非主流派の関心は他の生徒に移りつつある。

 葵菫を引き起こした政変(クーデター)は激甚な影響を齎したのだ。

 知らぬは当の菫ばかり。計画的な蹶起ならば惜しみなく賞賛の拍手を送れたモノを、行き当たりばったりの産物と知ってしまっては頭を抱えたくなるばかりだ。ダフネは変身術の課題を処理し終えた菫へ「これからどうするの」と尋ねた。

 菫はしばし虚空を見つめたあと、

 

「どれの話ですか?」

 

 と要領の悪い答えを返して来た。

 髪を掻き毟りそうになる右手を握り締めた。

 

「冬休み。どこかで派閥を立ち上げる準備をしないと」

 

 グリーングラス家に三度目の日和見は許されない。

 父の決断を促すにも独自陣営の結成は不可欠である。

 そのつもりで言ったのだが、やはり反応は芳しくない。

 ダフネは想像し得る最悪の可能性を予感して、菫を適当な空き教室へ連れ込んだ。

 

「菫。貴方、フローラやヘスティアまで巻き込んで戦争をするつもりなら、誰か旗印を見つけないといけないのは理解している?」

 

「旗印」

 

「そうよ。『不死鳥の騎士団』にはダンブルドアというアイコンがある。魔法省もファッジが失脚したらアメリア・ボーンズが新大臣として戦争に向けて動き始める……彼女はバーティミウス・クラウチの左遷人事に抗議した張本人よ」

 

「アイドルじゃないんですから。そんなの、いえ責任者は必要でしょうけど、選挙ポスターみたいなモノまで必要とは……」

 

「闇の帝王は存在そのものが一つの偶像。その魔力をルシウス・マルフォイは最大限に発揮させてくる。ダンブルドアの下にいるのは世間に名の知れた名士ばかり。闇祓いからコソ泥まで騎士団員の層はとにかく幅広い。魔法省はその気になれば全職員を戦争に投入出来る。闇祓いから魔法ビル管理部の新人まで……これ全部を相手にするのだから、一人でも多く味方を集めないといけないのよ私たちは」

 

 イギリスの全てを敵に回す圧倒的劣勢から準備準備が始まる。

 菫の手札が分からない中、両親の説得すら覚束無い状況である。

 

「グリンデルバルドは……ゲラート・グリンデルバルドではダメですか」

 

「『黒い魔法使い』? 半世紀前に表舞台を去った老人を引っ張り出して何をさせるつもりよ」

 

「その『黒い魔法使い』を旗印に……なり、ません?」

 

「ならない。まずオーストリア魔法省が手放すワケないでしょう。それこそイギリスへの宣戦布告になるというのに――」

 

「も、もう手放してますよ。いまは私のモノです……お祖父ちゃんの借用書が役に立ちました」

 

 ニヤリと笑った口元から牙が覗いた。

 立眩み。

 あまりの惨状にダフネはへたり込む。再び立ち上がるのに何年要するか自分ですら見当が付かない。

 

「バカ。バカ。バカ、それじゃあ――それじゃあもうダンブルドアに宣戦布告をした上で、ダラダラとあんな、ハリーがどうのドラコがどうのと手遅れの状況でバカみたいな計画を?」

 

「手遅れなワケがないでしょう。ヴォルデモートもダンブルドアも身動きが取れないのですから、その間に相手の一番の弱みをこちらの手札にする絶好の機会です。しかしグリンデルバルドはダメですか……本当に役に立たない下僕ですねアレ」

 

「そんな大事なコトどうして黙ってたの!」

 

「だってほとんど何もしてくれないんですよ? いてもいなくても同じというか……」

 

「大違いも大違いよ大バカッ」

 

 腹立たしさが両脚に活力を与えた。

 飛び掛かった勢いでダフネが菫を押し倒す。

 夕暮れの空き教室という状況と裏腹に、二人の顔色は蒼白だった。

 

「いい? 何が何でも、いえ今すぐに口実を考えないと。グリーングラスが組める相手を、父様も母様も、叔父君叔母君だって納得する相手、どんなスローガンなのかも決めてないのに。どこから手をつければ」

 

 ダフネの視線が渦を描く。混乱のあまりに途切れ途切れの言葉で思考を漏洩させる。大粒の冷や汗が滴り落ち菫の肌を伝う。混乱と恐怖に緊張した精神へ、菫は手を伸ばす。頬に触れる冷感がゆっくりと暴走した熱を鎮めた。

 胸倉を掴まれた状態にも関わらず菫の顔は微笑んでいた。

 

「巻き込むなら全て巻き込めばいいんですよ」

 

「全てって何。どの全てなの」

 

「私たちに味方しない『全て』です」

 

 ――私は元々からそのつもりでしたけど

 

 穏やかな微笑の下に憎悪が潜んでいた。

 覆いかぶさる姿勢からどのようにして椅子へ移ったのか、ダフネは自覚しないまま軽く俯いて菫の言葉に耳を傾けた。

 

「真っ先に崩すのは魔法省への信頼です。ファッジの失態を許容し続けて来た罰を受けて貰いましょう、アンブリッジだって本気で高等尋問官が出世コースだなんて思っていませんし」

 

 積み上げられた机の上で菫が笑う。

 静かな、しかし感情を隠す意図の笑顔だった。

 コーネリウス・ファッジが大臣の地位に押し上げられ、十五年が過ぎた。専制君主でなければ異例と称される任期の長さである。省内で期待されていたバーティミウス・クラウチ・シニアの失脚劇から棚ぼた式に得たと囁かれる地位にしては不自然に長い。それは魔法省の幹部たちがファッジの権力を承認し、時に輔弼すらして来たからである。

 数々の不祥事と慢性化した汚職体質すらも容認して来た。

 失踪したルードヴィッチ・バグマンは最たる例だ。

 魔法省はツケを支払う。同時に、魔法省が統治する()()もまた大きな痛手を負う事になる。

 菫はそれすらも報いだと断じた。

 

「アレを許したのですから血を流して貰わないと。アンブリッジのサボタージュがどこまで通用するか、ですが」

 

「……魔法省が失態したら信頼はダンブルドアとハリーに集まる。それで良いワケがないのでしょう?」

 

「ダンブルドアは知恵者らしいですね。色々な人に適切な助言をして、成り行きを見守って来た。ですが実際に手を差し伸べる事は少ない……まして『不死鳥の騎士団』には弱点があります」

 

「権力がない」

 

「ええ。ロンの父親は貧乏なうえ変わり者なのですよね。シリウス・ブラックは別ですが。しかし彼一人ではどうにもならない部分があります」

 

「財力か。こんな事を言うのもおかしいけれど、純血だから裕福というのは違うわ。ウィーズリーもそうだし、カローなんかも財政状況は良くない。グリーングラスも特別自慢出来るほどの富豪かと言われると」

 

「そこです。魔法省もフトコロ事情が厳しいのなら、私たちはグリンゴッツ銀行を味方には引き込んで、オカネの力で支持を集めるのです」

 

「買収、買収は確かにコーバン・ヤックスリーの十八番だけれど、ただバラ撒くだけなんて意味がないわ。何かアイデアが……」

 

 思い悩むダフネがふと見上げると、菫は教室の扉を向いていた。

 横顔だけでも可愛らしいのに笑顔はほとんど見なくなった。

 フラーと交際する以前も明るい表情の少ない印象だったが、新年度になってからは怒った顔をよく見る気がする。三年生のとき吸魂鬼から何の影響も受けなかった理由が今なら分かる気がした。

 仮に幸福が『ない』状態ならば吸魂鬼にとって奪うべき糧がないのだから、干渉する必要性もまた失われる。

 しかし幸福が存在しない、あるいは限りなく稀薄なんて事はあり得るのだろうか。

 創造が及ばない境地である。

 答えを見出すよりも教室の外から聞こえる口論が、思考を遮る。

 菫はこれを予知していたらしい。

 足音が聞こえていたのだ。

 ふわりと宙へ飛んだ。髪とローブが遅れて翻る。重力を感じさせぬ軽やかさだった。スカートを軽く押さえた手でそのまま髪と衣服の乱れを整える。

 ほんの数回、優しく指を流すだけで髪は元に戻った。

 つう、と挟まった目が騒ぎ立てる声を咎めるようだった。

 落ち着いて考えれば盗み聞きされたか可能性もあるのだ。悠長に構えているのとおかしな話だと思い、ダフネも立ち上がって杖を抜いた。

 

「どうするの」

 

「必要なら私が『処理』します」

 

「貴女やっぱり忘却術で」

 

 ――セオドールを襲ったのだ。

 まあ、やるか否かなら()()だろう。

 この見た目が騙すのだ。

 菫の動きは素早かった。すぐさま扉を開け放つと、廊下へ杖を向ける。

 そこではセオドール・ノットとブレーズ・ザビニが、同じスリザリンの上級生との口論に及んでいた。真っ先に飛び退いたのはセオドールだった。反射的に両腕で顔を庇いながら尻餅をつく。余程痛めつけられたと見える。菫の逆鱗に触れるのが悪い。

 ブレーズが目を丸くするのを他所に上級生が声を張り上げた。

 

「我が師よ! この不届き者めらが密談を盗み聞きしようと企んでおりました、どうぞ如何様にも裁きを!」

 

「待て、落ち着けスミレ。俺はセオドールを止めようとだな……あんな目に遭ってまだ諦めないから合理的判断をしろと説き伏せていただけで、中に誰がいるかなんて知った事ではない」

 

 あくまで理路整然としたブレーズの態度は正解だった。

 少なくとも菫の機嫌を更に損ねる事はなく、「だったら()()ともども消えてください」と言い放たれるに留まった。これでブレーズが女子ならもう少し穏和な態度だったかと言われるとダフネは頷く自信がない。薄々とだが、色素の薄い女子が好みなのではと類推している。

 ブレーズは先の暴行事件をよくよく認識していた。

 命ぜられるがままセオドールの両脇に腕を回し込み、羽交締めの構えでそのまま立ち上がらせた。

 逃げるように去って行く男子二人の背を睨めつける上級生は、菫と同程度に顔色が悪く、しかも窶れていた。手入れされていない黒々とした総髪は大きく白髪の筋が走っている。隈に縁取られた目も病的な印象で、笑うとますます歪さが際立つ気がした。

 上級生は胸に指を真っ直ぐ揃えた右手を添える。

 そのまま恭しく一礼したかと思うと、菫の前に跪いた。

 

「秘密の漏洩は懸念なしと存じます。一言御命令下されば、すぐにも後を追い尋問を……」

 

 この調子では近々マダム・ポンフリーの世話になりそうだ。

 額に手を当てながらダフネは菫の背中に問い掛ける。出来る事なら聞きたくないが、逃げる訳にも行かない。こちらから促さなければ彼女はいくらでも平気な顔をして秘密のままにしてしまうのだ。

 

「菫…………どうして、とは言わないわ。経緯はあとでちゃんと聞く。まとめて話した方が手っ取り早いから。ただ一言だけいい?」

 

「どうかしましたか?」

 

「どうもこうもね、上級生まで下僕にしてるなんて聞いてない……! それアザミはちゃんと把握してるの……!?」

 

「把握も何もこの人が勝手に言ってるだけですよ。私、名前も知らないです。自己紹介はされたんですけどあんまり変な人だったからショックで忘れました」

 

 惚けているのなら平手打ちは許される。杖を仕舞ったダフネはゆっくりと歩み寄って、菫のすぐ隣に並び立った。

 唇だけは血色を気にして紅を塗っている。

 もう少し本格的に化粧をすれば、以前のような顔色を取り戻せるのではと思った。

 だが今はそれどころでない。

 

「そう。本気で言ってるなら教えてあげる。彼の名前はマイダス・グルベイグ。私のような聖なる血族ではないけれど、純血の旧家であるグルベイグ家の跡取りよ」

 

「そうなんですか。コレが? 跡取り息子? 大変そうですね」

 

 どの口が、と思ったものの、菫はただ本家の一員であるに過ぎない。現状は末席なのだと思い出す。嫡子としての責任や苦労から遠く離れた所にいるのなら言うのは勝手かと諦める。

 形のよいシャープな顎先に指を当てて考え込む。

 色々、状況が混線し始めている。薊は参謀として優秀だが殊に純血氏族の内情については、自分が頭脳労働と渉外を担わなければならない予感がする。

 それを思うと今の盤面は些か……否、かなり深刻だ。

 苦悩の色濃い呟き声と共にダフネは考えを巡らせる。

 与えられた手札の悲惨さに打ちひしがれている暇すらない。

 

「フローラとヘスティアほどではないと思うけれど。あの子たちの場合、問題は家系の方だから……けれどよりによって彼に慕われるなんて、ちょっと都合が悪いというか……」

 

「何でも構いませんがこの人どうしたらいいんでしょう」

 

「放っておきなさいな。言えばどこへとでも、やっぱりそこに、いえ教室に入れましょう。廊下でその姿勢は目立ち過ぎるわ」

 

「だそうですから。よろしければどうぞ」

 

 師と仰ぎ見る対象から入室を許されたマイダスは大仰に喜びながら、従順過ぎる従順さで空き教室へ迎えられた。

 やはり頭痛薬だけは処方して貰おう。おそらく夕食の時間が来る頃合いには体調が崩れていると直感し、ダフネは呪われし運命の齎す悲しみに暮れつつ扉を閉めた。

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