ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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努力 未来 a beautiful star

 ロンの「初心に帰ろう」という提案は大当たりだった。

 クッションを切り裂くのが精一杯だったチョウの『切り裂き呪文』は、最後には厚さ三十センチはある鉄板すら真っ二つにした。マイケル・コーナーの『修復呪文』があればどれだけ手酷く部屋が破壊されてもたちまち元通り。おかげで『炎の呪文』でクッションを灰にしようが『浮遊呪文』を使ってブリキ人形を何度床へ叩きつけようが、すぐに次のメンバーが最後の練習に取り組める。

 中でもダフネが放った『施錠呪文』はとびきり強力だった。

 多くの参考書や文献が仕舞われたキャビネットの扉を完全に封印してしまい、男子生徒が数人掛かりでも微動だにしなかった。

 ハーマイオニーが『解錠呪文』を披露してくれなければキャビネットごと吹き飛ばす必要があっただけに、ハリーも思わず胸を撫で下ろした。

 十一月最後の集会という事でみんな冬休みについて尋ねた。

 というより、休み明けの計画が気になったのだ。

 好き勝手に飛び交う発言を制してハーマイオニーが総意をハリーへ伝える。

 

「ハリーの提案通り基礎から始めて来たワケですが――」

 

 ロンがすぐ隣で鼻の穴を大きくした。

 恥ずかしくってジニーが顔を手で覆った。

 

「ええ、ロンの助言があった事を忘れたワケじゃありません――ともかく、練習内容のレベルを一つ高いレベルへステップアップさせる段階に来たと思います。もちろん安全を確保出来る範囲ではありますが」

 

 慎重に言葉を選ぶためそこでひと呼吸を挟んだ。

 見渡すまでもなく全員がハーマイオニーの意見を支持している。

 

「ただ、それはあくまで冬休みが明けて以降の方がよいと私は考えています。理由としては二つ、まずハリーには練習の計画を練る期間が必要だからです」

 

 アーニーが冗談かと思うほど大きく頷いた。

 スリザリンの面々も納得の表情だった。

 提案として、今学期はあくまで基礎への集中を継続する事が第一弾として挙げられた。次の練習計画を考える期間として冬休みは打ってつけだし、仮に次回からより難易度の高い呪文を扱ってもすぐに長期休暇へ入ってしまう。それではみんなすぐに忘れてしまう。休暇が明ける頃にはまた一からやり直す必要すら出て来る。

 

「それなら、残り二回か三回はこのまま最初の方針通りで行くのがよいです。それに、今学期最後の授業で『顧問』からの講評を戴けるなら、私全員にとってより励みになるのではないでしょうか?」

 

「『顧問』ってどっちだ? 赤い方? 黒い方?」

 

「どちらからも貰いたいところだけれど、贅沢かしら?」

 

 アンジェリーナが腕を組み、チョウは首を傾げた。

 真っ先に賛成したのはスーザンだった。

 

「いいと思う。キザハシ先生の授業って小難しい説明ばっかりだけど、自分なりに勉強したらスッと入ってくるって言うのかな。ついて行こうとしている内はすごく分かりやすい」

 

「放課後もずっと研究室にいてくれるから、質問しやすくて助かってるんだ。防衛術ってあまり得意じゃないんだけど……婆ちゃんがやたらと成績を気にしてて……」

 

 相変わらずドラコは高慢な澄まし顔だった。しかし以前のように挑発的な態度はなく、あくまで話し合いの成り行きを見守っているらしい。少し離れたテーブルの脇に立ちひたすら沈黙を貫いている。ダフネは薊と共に菫のそばでソファに腰掛けている。三人でじっと暖炉に当たっているように見える。

 

「バブリング教授もN.E.W.T試験で全科目『優』、しかも闇祓い局長からの誘いを蹴って呪い破りになるぐらいの腕利きだ。来年はあの先生が防衛術を受け持ってくれるなら最高なんだけどな……」

 

「変な事を言わないでマイケル。それじゃあ再来年には他の教授が防衛術を……そ、それに古代ルーン文字学の授業はどうなるの? 前任のクラシカル教授はもう百歳近い御高齢なのに」

 

「ハーマイオニー、いま慌てて古代ルーン文字学の事を付け足しただろう。流石の君でもあのハイペースは相当キツいみたいだね。同じ人間だと分かって正直安心したよ」

 

 黒髪の毛先を弄びながらマイケル・コーナーは少し意地悪に笑った。

 あのハーマイオニーを苦しめる授業なんて、選択しなくて良かった。表情は真面目そのものな態度を保ちつつハリーは胸の奥底で自分の決断とマクゴナガル教授の助言が正しかった事に安堵していた。とてもではないが授業について行ける自信がない。最悪の場合は落第する可能性だってあるだろう。

 珍しくハーマイオニーがやり込められる一幕を挟みつつ、キザハシ教授にもバブリング教授にも現状を評価してもらう方針で一致した。

 撤収の段取りを進めている途中。珍しくダフネが話し掛けてきた。前に天文台で月を眺めて以来またいつも通りの関係に戻っていたのが、急にあの夜の続きを持ち掛けられたようでハリーは心臓が食道からせり上がってくるのではと不安になった。

 周りにいた全員が振り返って注目するのをチョウとアンジェリーナが急かした。

 特にアンジェリーナは声を張り上げ、聞き耳を立てるラベンダーやパチル姉妹を最優先で必要の部屋から追い出そうとする。

 意識しないと顔が太陽のように熱くなっている。

 緊張していない風に振る舞うのが酷く大変だった。

 

「忙しいのにごめんなさい。ハリー、このあと少しだけ残れない?」

 

「それは構わないけど。どうかした?」

 

「確認しておきたい事があるの。すぐに済むわ」

 

「いいよ。ええと、それじゃあまた後で」

 

 手短に告げてハリーはダフネの元を離れた。

 一際熱心なネビルは居残って練習をするつもりだった。

 アンブリッジの監視がある事を説得しなければならなかったし、何より彼は必要以上に根を詰めるより短時間で集中力を振り絞った方が効果的だ。不発に終わるだけならいいがもし事故で鼻が七色に光りでもしたら言い逃れが難しい。

 カロー姉妹はジニーと無言で睨み合いながら火花を散らしている。

 同級生のコリンはよく分からずに――きっと琴線に触れる要素があったのだろう――熱心に愛用のカメラでシャッターを切るのに夢中だ。あそこに割って入るのは気乗りしないが今そんな事をしている場合では無い。

 とにかくまずはコリンを引き剥がし、デニスとまとめて送り出す。

 それからジニーを宥めようにも揉めている理由が分からない。

 どうしようもなく、フローラとヘスティアから対処するにはどちらがどちらか区別がつけられず、見かねた薊が助け舟を出してくれた。これで菫も大広間へと向かわせる事が出来、後は概ねスムーズに撤収させられた。

 残ったロンとハーマイオニーにようやく声を掛けられた。

 

「グリーングラスが残ってるけどいいのか? アイツ、最近はアオイたちと仲良さそうなんだから一緒に行かせてやれば良かったのに」

 

「ダフネがどうしても聞きたい事があるらしいんだ。すぐに済むって」

 

「ふうん。だといいけど。こちとら腹ペコなんだ、そうじゃなきゃ困るぜ」

 

 朗らかなロンと対称的にハーマイオニーは訝しんだ。

 

「ハリー、それって私たちにも指名があったの?」

 

「無かったけど? それがどうかした?」

 

「……それなら、私とロンはいない方がいいわね」

 

「どうして? そんな理屈あるもんか、滅茶苦茶だハーマイオニー!」

 

 声高な反論は完全に無視された。ハーマイオニーは声量を落とし、ハリーに用心深く囁いた。

 

「ハリー。どんな話であれ、誰かに聞かれても教える必要はないわ。むしろ軽々しく喋ってはダメ。なるべく秘密にしておく事」

 

「秘密って、大事な内容だったらどうするんだ」

 

「忘れているかも知れないから念の為に教えておくわね。まず、貴方からシリウスに宛てて手紙を出すのはナシ。絶対にダメ。ヘドウィグでなくてもダメよ。もし何か相談事があればマクゴナガル教授にそう伝えて指示を仰ぐ事――イイ?」

 

 まるで分別ない子供に言い聞かせるようで、胃袋の底から込み上げてくるモノがあった。ハリーが苛立ち始めたのをすぐに察してハーマイオニーは「私を信じて。そうすれば誰も悲しまないし、傷つかない。お願いよハリー」と懇願すらしてきた。情緒の緩急があまりに極端過ぎる。

 腹立たしいのも忘れて目を白黒させる他なくなった。

 ()()とも()()とも言えないでいるハリーに背を向け、ハーマイオニーはまだ抗議を続けるロンに「静かに!」と一括した。母親に雷を落とされた時と全く同じ顔でロンの口はピタリと閉じた。そのまま二人が必要の部屋を出ていくと、後にはハリーとダフネだけが残された。

 どう声を掛ければよいのか分からない。

 所在なくするハリーへダフネの方から歩み寄った。

 無感情、無表情。いつも通りの無機質な顔のままだ。

 

「あとでお礼を言わないといけないわ」

 

「ハーマイオニーに何か助けて貰ったの?」

 

「ええ、まあ。そんな所よ」

 

 ダフネの答えは曖昧だった。根掘り葉掘り聞くような事ではなさそうだと感じた。おそらく授業の事で何か教え貰ったのだろう。

 杖も箒もないのに身体が浮かび上がる心地がした。

 ダフネ・グリーングラスの役に立てるより素晴らしい事は、今の頭では一つも思い浮かばなかった。

 

「それで、聞きたいのは……ハリー、冬休みをどう過ごすのかと気になっただけなの。本当にそれだけ」

 

 身構えていた矢先に肩透かしを喰らった。

 酷く気落ちさせられて、急に高揚感が消え失せた。

 

「冬休みは毎年予定が無いんだ。城に残る事もあったし、ロンの家に招待して貰った年もあった。今年がどうなるかはよく分からない」

 

 夏休みと同じくブラック邸で過ごすのだとは思う。

 だが不死鳥の騎士団本部で過ごすとは言えなかった。

 ダフネは間違いなく純血の、グリーングラス家の令嬢である。両親が死喰い人とは聞いた記憶がないけれど軽々しく全て打ち明けて良いハズがない。もどかしさを無視して昨年を除いた三年間の記憶を辿った。

 そんな曖昧な回答にもダフネは「なら良かった」と応じた。

 

「予定が未定なら、私が先約を入れても構わないかしら」

 

 今度こそ心臓を荒々しく握り締められた。

 数拍、全身の機能が停止したとしたも納得出来る。

 ブラッジャーが脇腹にめり込むより衝撃が大きい。

 支離滅裂な言葉を吐き出すのが、ハリーの精一杯だった。

 

「せん、やく――?」

 

「ええ。先約。ニューイヤーに、もしよければ……」

 

 ――両親と妹を紹介させて欲しい

 

 ダフネの申し出に全身の穴と言う穴から汗が吹き出す。

 とても、自分がそんな価値のある人間とは信じられない。

 ただ他のスリザリンの女子よりは親しい程度だ。いや、ハッフルパフやレイブンクローの女子とハーマイオニー以上に親しくなった訳ではない。ラベンダーやパーバディでさえそうだ。雑談くらいはするがそれだけの間柄である。

 頻度で言えばダフネはもっと少ないのに――家族に会って欲しい?

 

 舌が引き攣ってぴくりとも動かない。

 

 呻き声すら出ない状態と気づいてくれ。

 

「私だって昨年の夏休み、菫と薊の御家族に挨拶したわ。従兄の人たちとも……菫の通訳を介してだけれど。それにハリー。忘れているみたいだけれど、貴方は二度も私を助けてくれたのよ?」

 

「僕は何も特別な事はしちゃいない……秘密の部屋なんて、あんなの全員がスミレの掌で踊らされたようなものだ。湖の試練だってそう。僕はヒントの意味を履き違えてた。代表選手で勘違いしたまま飛び込んだのは僕だけだった」

 

「何も知らないまま、本気で助けてくれた」

 

 どうやっても食い下がって来る。

 否、自分は申し出を断りたいのか?

 何故そこまで言い訳を重ねようとする?

 

「確かにそうだ。言われてみれば、確かにその通りだ……確かに、それはダフネが正しい」

 

「父様も喜んで会ってくださるわ。それに、まだ準備中だけれど、ちょっとしたサプライズも用意しているの……」

 

「あまり目立つようなのは勘弁だよダフネ。心臓が保たない」

 

 自分に向かってダフネが微笑んでいる。

 その事実に何故か分からないが感極まる。

 心臓を押さえつけたくなる。そんな真似をしたら日刊予言者新聞の言う通り、錯乱呪文か『混乱薬』でイカれてしまったのではないかと誤解されてしまう。

 ハリーの言い様に肩を揺らしながらダフネはハッキリと笑った。

 いま自分の耳に触れたら指先を大火傷する自信があった。もう顔が熱い事を意識するのはやめた方が利口だろう。

 

「そんなに期待してくれるなんて嬉しいわ。当日が楽しみね」

 

「僕もだ……もちろん楽しみだよ。それはもう、当然!」

 

「貴方と新しい一年を迎えられるなら、私も楽しみ」

 

 心地よい冷たさがハリーの指先に触れた。

 それがダフネの手の感触だと分かったのは、慈愛に満ちた表情とともに両手でハリーの右手を包み込んでいるダフネを認識したからだった。

 遊ばせている左手をどうするのか分からない。

 

 こんなとき、シリウスがいてくれたなら――

 

 いくら想像上のシリウス・ブラックを脳裏に呼び出してみても、彼はただハンサムな微笑みを浮かべて寛ぐばかりだった。

 

 その気品溢れる姿からハリーは何一つアドバイスを得られない。

 

 困り果てているうち、必要の部屋の扉が開いた。

 

 信じられないほど能天気なコリンの大声が意識を現実へ引き戻す。

 

「わあ――ハリー! おめでとう御座います! 記念に写真を良いですか!?」

 

 今度は心臓が胸を突き破って暖炉に飛び込みそうだった。

 ダフネも目を見開いて表情を凍りつかせている。

 二人が何も言えずにいるところへ、ジニーが駆け込んで来た。

 

「コリン! 忘れ物を持って早く出なさい!」

 

「ええっ!! ついでに写真を――」

 

「ダメ! さあ、こっちに来て!! コリン・クリービー!!」

 

 叱りつける様は母親譲りの貫禄だった。

 モリーおばさんの姿が重なって、ようやくハリーは落ち着いた。

 残念ながらダフネは追い討ちを食らう羽目になった。

 開け放たれた扉の外からカロー姉妹が無表情にこちらを覗いていた。背筋の冷たくなる光景だ。同じ双子なのにフレッドとジョージやパーバティとパチルのような明るさが、この姉妹からは欠片も感じられない。

 フローラとヘスティアは完璧に同じタイミングで同じ感想を述べた。

 

「私たちは何も見ておりませんので。どうぞ御心配なく、御遠慮なく、続きをお楽しみくださいな」

 

 言い終えるや姉妹はさっさと引き上げていった。

 ジニーの剣幕にも怯まないコリンをそっちのけである。

 さてどうしたモノか。ハリーが改めてダフネへ目を向けると、彼女の色素の薄い顔は暖炉の炎よりも赤く染まっていた。

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