ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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 デンレゼ最高と言いなさい


駄目駄目駄目 脳みその中から「やめろ馬鹿」と喚くモラリティ

 オーストリア魔法省の大臣が筋金入りの反英主義者である事は重々承知していた。二十年前の総選挙に際しダンブルドアは『重臣』たちへ然るべき助言を送ったが、()()()()悲願は断ち切り難く、新たな()()()()()()()()()()を諦めるなら彼らは自裁を選ぶだろう。失ったモノに焦がれるのは老若男女を問わず人間の(サガ)である。

 グリンデルバルド出獄に対する質疑への返書は内政干渉に対する形式的な抗議文のみで完結していた。

 予想通りの結末ではある。乾いた納得があった。

 現在の局面においては不確定要素が一つ増えたに過ぎない。

 より大極を見据えれば無視して良いと言えた。

 短絡的で感情的、総じて臓躁的(ヒステヒック)な気質が強い葵菫に御しきれる相手ではないのだ。分不相応に強大な僕を与えるくらいならば何も施さぬ方がよほどの上策である。

 博徒としての才覚が欠如している。

 しかし、樒は変わらなく厄介な老人である。

 ダンブルドアの元には日々多くの情報が集まる。

 魔法省の中にも彼を信頼する者は多く、また市井でもとりわけ勇気ある人々は率先して不死鳥の騎士団に協力し、様々な事を報せてくれる。

 グリーングラス家とグリンゴッツ銀行の接触は小さな異変だった。

 現当主ゴールドフィンの厭世家に変化が訪れたようだ。学生時代からの孤独を愛する性格を揺るがしたとなれば、おそらくは悲観論を深めるに至った次女の存在に着目するのが自然であろう。

 アストリア・グリーングラスとは三度、面談をした。

 彼女の宿した『血の呪い』は身体を深く蝕んでいた。

 おそらく、一年目と二年目は保つ。しかし三年目からは難しい。四年目を乗り越えたとして五年目――普通魔法レベル試験の重圧はどうか。全てを勘案した末に家庭学習を勧めたのである。無論、ホグワーツの教授陣に準ずる講師たちを紹介はした。

 そのアストリアに転機が訪れた。

 回復する手段はない。『血の呪い』とはそうしたモノなのだ。

 快癒が不可能であれ抑制する手段はある。

 ダモクレス・ベルビィの発明した『脱狼薬』に葵家が関与していた以上、類似する魔法薬によって()()()()()はさて置いても()()()()()を軽減する仕組みを編み出す事は不可能ではない。これは推論の域を出ないが……とりわけ東洋の魔法薬学は西洋と比較して古く、しかも薬効の対象が広範である。その専門家である樒が手を差し伸べた可能性を想定すると、個々に独立した事象が一本の線で結びつくのだ。

 サイドカバーが付いたラウンドフレームのサングラスを外したシリウス・ブラックは、深刻な面持ちのダンブルドアと比較して楽天的な笑みを浮かべていた。

 

「収穫があったようじゃのうシリウス。長らくイタリアに留まるよう無理を言うた甲斐はあったと、そう考えて良いかのう」

 

「マダム・ボルディゲラの御厚意には感謝してもしきれませんな。お暇する直前、手土産に秘蔵のリモンチェッロを頂きました。ダンブルドアへよろしく伝えて欲しいとの事です」

 

 濃厚なレモンイエローの自家製酒が詰まったボトルを受け取り、ダンブルドアは大きく微笑んだ。

 

「今年も立派なレモンが実ったようで何よりじゃ。マダムには改めてお礼の手紙を差し上げねばなるまいのう」

 

 ガラス瓶は校長のデスクに預けられた。

 シリウスが手を乗せたテーブルにはチェスセットが置かれている。白黒の大理石で作られた駒が一式、両端で整列している。

 白のポーンを弄びながらシリウスはダンブルドアの言葉を待った。

 ゴブストーンの経験はあるが、チェスは弟の領分だった。祖父に鍛えられていたのだ。

 

「ハリーがミス・グリーングラスからパーティーに誘われた件は承知しておるかのう」

 

「もちろん。マクゴナガル先生から連絡を受け取っています。正直、驚いてはいません」

 

「意外じゃのう。君はスリザリンに良い印象を持っておらんものとばかり思うておったが」

 

「交流がなかったワケではありませんよ。ノーク三姉妹のサロメはスリザリンでしたが、大叔母に似て愉快な女性でした」

 

「ゼノビアの三つ子の姪御はよう覚えておる。不思議な事に姉妹というには皆気性が似ておらなんだ。君が彼女ら相手に三股を仕掛けてこっぴどく仕返しされたのは五年生の時じゃったかのう」

 

「四年生の学期末前です。両腕を古ぼけた手縫いの人形に変えられてしまったんですが、どうにか気合いで筆記試験は合格できた。人生最大の危機の一つでしたよ」

 

 懐かしい名前に思わず表情が綻ぶ。草臥れた綿のせいで肘関節を使う事も出来ず、口で咥えて筆記試験に臨んだのだ。試験中だというのにみな爆笑するので保健室で受けさせられた記憶をどうして忘れられよう。

 恋愛というのはそれはそれは特別な経験を味あわせてくれる。

 後見人として、我が子も同然のハリーを束縛するのは本意ではない。

 

「……ゴールドフィンならば悪いようにはしないでしょう。マルフォイの屋敷というのは少々不安ですが、ファッジがいる場で事に及ぶほどルシウスも短絡的ではない」

 

「キングスリーがコーネリウスの護衛につく手筈になっておる。君が警戒すべきは死喰い人たちよりも、ヘイズル・グルベイグとレーア・ザビニの二人じゃろうのう」

 

「まさかとは思っていましたが、マダム・ボルディゲラの言っていた噂は本当だったと?」

 

「推論ではあるがのう。十中八九、君の考えている通りとなろう。じゃが幸運な事にグルベイグとザビニはハリーへ干渉する為の()()を有しておらぬ」

 

 悠然と構えていたシリウスが緊張を取り戻す。

 我が身よりも周囲の為に危険を犯すことを厭わない、勇敢さの発露だった。

 甘い過去への郷愁を拭い去った目は爛々と生命力で輝いている。

 目が眩む程の()()にダンブルドアは微笑みを贈った。

 

「そう案ずるでない。件のパーティーで皆の懸念するような事態は起こり得ぬ。儂の推察が外れておらねば、事を仕組んだ『黒幕』の本命はこの儂にある」

 

「黒幕とは何者です。ヴォルデモートと奴に組みする連中ではありますまい」

 

「鋭いのう。一連の計画はシキミの手によるものじゃ。君が昨年、『ホッグヘッド・イン』で飲み交わしたレディの父君に当たる。彼奴と儂には浅はかならぬ因縁があるのじゃ」

 

「彼は精々()()()でしょう。いまや何の権限もない。『元』がつく肩書きこそあれ、伝手と呼べるものは貴方が全て裁ち切った」

 

「ヴォルデモートを絶対的な悪とするならば、シキミは真の悪じゃ。彼奴は『人を惑わす光』の何たるかをよく心得ておる……実に恐るべきは、己を揺るぎない悪と知るが故に己自身はけして栄えようとせぬのじゃ」

 

 大悪党として君臨するに足る力を持ちながら、小悪党として在るというのはシリウスには理解し難い。小悪党でさえ自らをそのように認じられる者はごく僅か。マンダンガス・フレッチャーのような理性的な輩はごく少数なのだ。まして欲望と野心にどうやって折り合いをつけるかは悪党であれ善人であれ永遠の課題であると言うのに、自らを完全に律した悪人などとは……。

 だが、不死鳥の騎士団に加わった限りはダンブルドアの言葉を信ずるべきであろう。

 様々の疑念と困惑を振り払ったシリウスが言う。

 その目は変わりなく晴れやかに澄んでいた。

 

「でしたら私も礼服を新調しておきましょう。蟷螂婦人の鎌に恐れ慄くあまり夜会に出られぬでは、男が廃る」

 

 この爽やかな男にハリーを委ねられる。そう思えばダンブルドアは思い描く『未来』の到来をより確固たるものにしようと決意する。

 来るべきその日にハリーを導くのは老人ではなく、彼なのだ。

 

「久方振りの母校じゃ。ホグワーツであればいくらか心も休まろう。今宵はゆっくりして行ってはどうかのうシリウス」

 

「御言葉に甘えたくはありますが、私は魔法省から出頭要請を受けている身です。長いしては御迷惑でしょう」

 

「君が懐に忍ばせている自作の『診断書』を渡せば半年、いや二年の時を稼げよう。ファルマーコ医師の筆跡は個性的じゃ。模倣するのは実に容易い、かのミスター・パッドフットに掛かれば朝飯前と存じ上げるが……儂の予想は当たりかのう?」

 

 三角形の眼鏡越しに覗き込まれ、シリウスは大笑した。

 大型犬が吠えるような豪快な笑い方も昔のままであった。

 ダンブルドアからイタリア訪問に際し贈られたサングラスを掛け、シリウスは颯爽とした足取りで校長室を辞した。

 間もなくして入れ替わりにセブルス・スネイプが扉を叩く。

 こちらも学生時代そのままの土気色の顔で、やはり髪型も無造作に伸ばしたものを左右へ撫でつけているだけだった。

 魔法薬学教授は「お呼びですかな校長」と囁くように言った。

 両肘をデスクに乗せ、ダンブルドアは指を絡め合わせた。

 

「そうじゃセブルス。憂慮していた事が現実となった」

 

「彼の珍妙奇天烈な『連合』が同意に至ったと仰るので?」

 

「応とも、まさしく君の言葉通りじゃ。第三陣営が樹立される」

 

「…………アオイを放逐する口実は如何様にも。吾輩独自にはなりますが、相応の証拠は掴んでおります」

 

「ならぬ。いま大義を損う振る舞いに及べば、我々は魔法界からの支持を悉く失おうぞ。それだけは避けねばならぬ」

 

 スネイプの収集した情報は間違いなく正確であろう。

 しかし菫を放逐する利点に比して損害が大き過ぎる。

 教育令違反の秘密集会を主催したと暴露する事は不可能だった。ハリーが満場一致で指導者に推戴された以上、彼への責任追及を避けられぬ。いまハリー・ポッターをホグワーツ魔法魔術学校から放逐するのはあまりに危険である。

 ビクトール・クラムの証言を以てすれば彼女が第三の試練中、『許されざる呪文』を行使した可能性を指摘する事は容易だ。

 ルーファス・スクリムジョールならば迅速に被告の自白を得られる。

 だがその後、仮にアズカバンへ投獄した所で何の効果もない。

 どころか吸魂鬼たちを従えて帰還する危険すら考えられる。

 そのような事態に発展してはより収集がつかなくなる。これもまた回避すべき選択肢であった。

 スネイプは更にダンブルドアの裁定を求める。

 樒の迅速さは孫馬鹿と評すべきか、二人には判断の余地がない。

 

「アオイの祖父はミリセント・バグノールドへの接触を画策しております。如何に対処を」

 

「静観を求めるよう儂から直々に伝える他あるまい。グルベイグが表舞台に立つ事は今後もなかろう……グリンゴッツの走狗であると知る者は限られておるでのう。後は、彼女の理性と良心に期待を寄せるのみじゃ」

 

「分霊箱の秘密にも触れているのですぞ。警告を発し、自制を促すのが妥当ではありませんか校長」

 

「スミレが意図してハリーの生命に危害を加える事はあり得ぬ」

 

「何故そのように断言なさるのです……何の根拠もなく……」

 

 縋るような目を向けられ、ダンブルドアは寄り添う事を拒んだ。

 

「根拠はある。これは儂のみが把握しておれば良い事柄じゃ」

 

 捧げられた忠誠を最大限利用する。無論、可能な範囲で相応に報いる事も忘れてはいないが、スネイプが求める真実は別次元の問題であった。

 それ故にダンブルドアは残酷と自覚しながら、

 

「儂を信じよ」

 

 としか告げられなかった。

 しかしながら。この状況――グリーングラス、グルベイグ、ザビニによる異形とも言うべき新派閥が産声をあげるに至った過程を見つめ直すと、セブルス・スネイプという男もまた共犯者である事実に直面させられる。それは翻すと学生時代に生まれたジェームズ・ポッターとの因縁を克服し得るというダンブルドアの期待が裏切られた事実をも浮き彫りにし、またスリザリンが抱える魔法界の構造をそのまま利用された点について認めざるを得ないのだった。

 

「気儘な猫の足並みに任せ、タイプライターでウィリアム・シェイクスピアのソネットを書き上げるが如き所業じゃ……いよいよ忌まわしい男じゃアオイ・シキミは。運命すらも嘲弄しながら、その罪深さを指弾すれば我らの不徳を挙げてそれもまた運命と嗤う事じゃろう」

 

 この台本はソネットにあらず。むしろ『タイタス・アンドロニカス』さながらの血と憎悪に塗れ、凄惨極まる物語の果てに滑稽な結末を辿るのだ。これこそシェイクスピア初期の悲劇である。多くの人間が澱のように蓄積させていく『憎しみ』の結晶が、より多くの善意を齎すであろう未来を拒んでいる。

 悍ましい。ダンブルドアの胸中はその一言に集約する。

 ヴォルデモートの身を焦がす、支配欲に満たぬ稚拙な独占欲を利用しようと言う己の醜さを突きつけられる。

 それさえも含め悍ましいのである。

 

「ドローレス・アンブリッジの動向はどうじゃ。セブルス、君から見てアレはコーネリウスに忠誠を捧げていると思うかのう」

 

「大臣閣下の催促に渋々、という塩梅かと。少なくともシビル・トレローニーとルビウス・ハグリッドが教職員として不適格という評価につきましては、吾輩も同意せざるを得ません」

 

「許容し得る意見の差異はむしろ歓迎して然るべきじゃろう。となれば何者かが高等尋問官に干渉したと見るのが正しかろう。コーネリウスは矢の催促で改革を促しておる……これで魔法省が負う手傷はますます取り返しのつかぬモノとなろうぞ」

 

「アメリア・ボーンズに蹶起を促しては如何ですかな。エイモス・ディゴリーとて貴方の要請とあらば否とは申しますまい、無論説き伏せるのに相応の時間は要するでしょうが」

 

「コーネリウスの権力は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()結果でなくてはならぬのじゃ。無論、儂は現大臣の失脚こそ望んではおるが新たな大臣に対し影響力を及ぼそうとは微塵も考えておらぬ。むしろアメリアには儂の名声を必要とせぬようあってもらわねばのう……ましてじゃセブルス、儂が反乱を唆してみよ。それこそがルシウス・マルフォイの思惑じゃ。魔法省は『アルバス・ダンブルドアによる大臣権力の傀儡化』という妄想をより容易く受け入れる」

 

 ダンブルドアは可能な限り魔法省の権威を損なわぬまま、新大臣へと権力を継承させようと画策している。コーネリウス・ファッジへの反撃を自制している理由の一つでもある。アメリア・ボーンズはけして猜疑心に囚われはすまいという信頼を持っていたが彼女の周辺まで同様と断ずるのは楽観的に過ぎる。

 スネイプは脂ぎった顔を顰めながら謀略を振り返った。

 

「スクリムジョールがよもやあれほど直情的な男とは。グルベイグとグリンゴッツへの警告を発するに至らぬどころか、小鬼連絡室との関係を悪化させるなど……」

 

「彼の直情さと猜疑心の程度を見誤った我らの失策じゃ。じゃがアメリアならば、ルーファスが第二のバーティ・クラウチ・シニアたり得ぬと確信した事じゃろう。新大臣が不足の事態に見舞われたとき、これに代わる地位をルーファス・スクリムジョールではない他の者へ任じねばならぬ。その重要性を示す事が叶ったならばまずは上出来じゃ」

 

 魔法省の戦時体制としての理想形までも、アルバス・ダンブルドアは具体的な設計図を有している。

 スクリムジョールの失態すらも折り込み済みである。

 暴力装置としての闇祓いを権力から遠ざけたい思惑もある。

 不死鳥の騎士団が対象すべき課題は偏在している。魔法省もまた、無数にある懸念材料の一つであるが、ダンブルドアが最重要視する事柄は膝下であるホグワーツにあった。

 それは同時に、騎士団にとってまたとない好機でもあった。

 

「……スミレが分霊箱の秘密に触れた以上、『閉心術』を備えねばならぬ者が増えたと心得よ。彼女らの思惑を探るのじゃ。良いな」

 

 またしてもセブルス・スネイプは汚れ仕事を担う事となる。

 もう幾度目になるのか、数えるのはとうに辞めてしまった。

 反ヴォルデモートの為に結成された不死鳥の騎士団がダンブルドア個人を頂点し、彼に最高決定権を委任した完全な独裁体制が敷かれた構造上、騎士団員たるスネイプは全面的な服従のみを許されている。

 ダンブルドアは沈黙を以て了解の言葉に応じた。

 それこそが彼の受けるべき罰だと言わんばかりである。




 デンレゼ最高!

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