ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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ダーリンベイベーダーリン 半端なくラブ!ときらめき浮き足立つフィロソフィ

 真夜中に始まった大雪は週明けまで続くとの予報だった。

 一本道を照らす魔法の街灯――外観はガス燈のようだが、ホグワーツにガス管が通っている訳がない――のおかげで遭難する事なくホグズミード村へと辿り着ける。シリウスの署名が為された外出許可証をフィルチはいつになく念入りに調べた。管理人の陰湿さに苛立ち始めたハリーだったがすぐ後ろから、

 

「早くしてくださらない?」

 

 と耳障りに甲高い声が響いた。振り返ると後方には大行列が出来ていた。

 発言者はパンジー・パーキンソンで、真っ白なボア・コートを着込んでいる。ダークグレーの高級そうなスタンドカラーコートを羽織ったマルフォイの左腕にべったり絡みつく様から『悪魔の罠』と『ピクシー小妖精』を同時に思い出す。何とも吐き気を催す光景だったが二人は先頭にいるのが誰なのかよく知らないらしい。

 ドラコも続けざまに「字ぐらいは読めるだろう」と言い放った。

 監督生二人からの抗議にフィルチは顔を赤黒く変色させた。

 許可証を持った手を震わせると酷い酔っ払いにしか見えなかった。

 

「偽造しているかも知れん! ましてこの、ブラックとかいう男は――」

 

「お前程度が知っている事を生徒が知らないとでも思ったのか! シリウス・ブラックが無罪放免されたニュースぐらい赤ん坊だって知っている!」

 

 正門前で長々と待たされたのが余程我慢ならなかったのだろう。

 醜くたるんだ頬の皮膚を揺らすフィルチは反論を試みたが、ドラコは容赦なく遮って声を張り上げた。中庭にいる生徒がみんな聞き取れるほどの声量だった。

 負け惜しみのようにフィルチから睨まれた。ハリーも負けじと白濁気味の瞳を睨む。

 黒ずんで血色の悪い唇を僅かに動かしながら管理人は呻くように言った。

 

「糞爆弾を買い込もうとしとる事は知っているんだ……現場を押さえてやる……」

 

 根拠のない言い掛かりにいよいよ耄碌したのだと哀れみすら抱いた。

 現実と空想の区別を失ったら人間おしまいだ。そうなると生徒の何割かもホグワーツを去る事になるのだが、ああいう連中は日刊予言者新聞も届かず来訪者も皆無のアズカバンに収監してしまった方が世間に迷惑を掛けないだけ賢い選択肢かもしれない。

 どうにかハリーも正門を通り抜ける事が出来た。長蛇の列もゆるやかに動き出す。

 吹きつける風の冷たさに思わずジャンパーコートの前を締めた。

 大雪だろうとホグズミード村までの道を間違えるような事はない。

 少し前にも凍えながら連れ立っている生徒がいる。道の両端には等間隔で街灯もある。これでは命令されたって遭難する方が難しい。

 しかし遭難してしまっても良いような気がした。

 いつもなら気に留めない程度の些細な事が癪に障る。

 誰かが側にいて、苛立ちを抑えきれず八つ当たりをするくらいなら……禁じられた森で静かにしているのも悪くないように思えた。

 気持ちが塞ぎ込むにつれて歩幅は小さく、歩調は遅くなる。

 後ろから来る生徒が次々にハリーを追い越していく。「寒い」と繰り返し唱える声は弾んでいる。落ち込む一方の自分がもっと惨めに感じられ、ますます足が重くなる。

 両肩に積もった雪を振り払おうかとポケットへ突っ込んだ手を外へ出す。

 それすらも気怠い。

 

「ねえ見てドラコ、ポッターったら一人で寂しそう!」

 

 パンジー・パーキンソンの挑発に動じるのも億劫だった。

 マルフォイと交際する愚行のどこが誇らしいのか知らないが、表情は控え目に言っても自信満々であった。

 

「良いじゃあないかパーキンソン。その方が余計な邪魔がないだろう?」

 

「それもそうね……躾のなっていないバカ犬に吠えられるなんて最悪だわ」

 

 鼓膜を痛めそうな程の声で笑いながら去って行く。

 どちらがバカ犬なのか自覚がないのが滑稽だった。

 ハリーはもう何もかもにウンザリしていた。この上、性懲りも無く『三本の箒』へ行った所で肩身の狭い思いをしながらバタービールを舐めるだけだ。無様でもこのまま城へ引き返し、必要の部屋で大人しくしていよう。

 決断を下したなら行動に移さなくては。

 立ち尽くしていては身体を壊してしまう。

 心の片隅が疼くような痛みを訴える。

 それを耐えながら、あるいは無視しながら、数分ばかり歩く。

 雪はますます勢いを増す。

 徐々に視界が真っ白に染まっていく中。

 誰かが大声で「ポッター!」と怒鳴りつけてきた。

 聞こえないふりをした。どうせフィルチとドラコの口論を耳にして、シェーマスかザカリアスが揶揄いっているに違いない。しかし声の主はハリーの真正面に立ち塞がった。上半身を屈めて下から覗き込む顔はミリセント・ブルストロードのものだった。

 

「風音で聞こえなかった? どっこも吹雪いてないんだけれど」

 

「何の用があるんだ。魔法薬学ならスミレでもアザミでもいるだろう」

 

「何だってあの偏屈二人が出てくるのよ。『寒いのは嫌い』なあんてババ臭いコト言って談話室に籠もってる学生、初耳だわ」

 

 心底どうでもいい情報ばかり捲し立てる。

 無遠慮な態度に苛立つのも構わず、ミリセントはすぐ側にいた人影を掴んで引き寄せた。

 

「だから言ったじゃないのよ。アレの歩き方は間違いなくポッターだって、その通りでしょう。丁度いいからダフネはそっちで上手くやんなさい」

 

「待ってミリセント。私、今日は何の約束もしていない。先約があるのだから割り込むような事をしてはハリーにも迷惑が……」

 

「どうせグレンジャーとウィーズリーを待ち草臥れただけでしょ。ねえ? こんな寒いのに軒先でジッとしてちゃ氷漬けになるわ。その点ダフネは何の予定もないんだから気遣い不要!」

 

「か、勝手に私の予定を決めないで。それにマダム・パディフィットの喫茶店でブラック・フォレスト・ガトーが食べたいと言ったのは貴女の方じゃない。屋敷しもべ妖精に言えば済むのを連れて来たのは誰なの」

 

「私はノット捕まえるから大丈夫。じゃ、仲良く楽しんでらっしゃいな」

 

 骨太の長身に釣り合った、古めかしいデザインの外套を翻してミリセントはダフネを置き去りにした。両肩にパッドを仕込んだ奇妙なシルエットをどこで手に入れたか考える気も湧かない。ハリーにとって最大の懸念はこの雪降りしきる中で困り果てた様子のダフネ・グリーングラスをホグワーツまで送り届けるべきか否か。それに尽きた。

 

「予定がないのはお友達の言うとおりだ。ダフネは……これからどうしたい?」

 

 先程の口調から考えればホグズミードへ行くつもりではなさそうだった。

 彼女がホグワーツへ帰りたいと言うならそれで良かった。こんな気分でハニーデュークスや三本の箒へ行ってもきっとつまらない。

 仏頂面のハリーを訝しむようにダフネは尋ねた。

 

「ここからなら、ホグズミードの方が近いわ。空いているお店で温かいものでもどう?」

 

「君が構わないならそうしよう。任せるよ」

 

 一人でポツンといるよりは遙かにマシだ。

 それに、放って行くのもダフネに悪い気がした。

 道中はずっと無言のままだった。向かい風が吹き始め、いくらマフラーを整えても口の中へ雪が入り込む。

 これはいよいよ遭難者が出るかも知れない。

 もしや自分がそうなるのではと不安が芽生え始める。

 幸いダフネは目当ての店まで真っ直ぐに案内してくれた。

 不格好に細長い、切り分け方を間違えたジンジャーブレッドケーキのような構えだった。しかもホグズミードのみならず魔法界の一般的な建物の例に漏れず、道へ覆いかぶさるような造りのうえ建築物として不自然な歪み方をしている。古びた扉のすぐ斜め上に牙を剥いた猪の首が描かれてもいる。

 如何にも怪しげな雰囲気だったがダフネは構わず扉を開いた。

 蝶番が傷んでいるせいか激しく軋む音が響く。

 店内は薄暗く、埃っぽい。カウンターの向こうで老バーテンダーが黙々とグラスを拭いていなければ廃虚と思ってしまう程に手入れが行き届いていない。マダム・ロスメルタの『漏れ鍋』とは別世界だ。こんな天気とはいえ、ホグズミード村の店で客が一人だけなんて考えた事もなかった。

 先客は全身に黄ばんだ包帯を巻きつけ、その上からローブを羽織った性別も年齢も分からない怪しげなミイラ風の人物だった。ただ派手な蛍光ブルーの髪色は個性的だった。使い古されたジョッキでちびりちびり真っ黒なスタウトを舐めている。口元の僅かな隙間を器用に使っているのだ。

 バーテンダーの睨みつける視線にハリーは慌てて扉を閉めた。

 ダフネに促されるがまま適当な席へ腰掛ける。

 黒ずんだカウンターにもたれかかりながらハリーはホットバタービールを注文した。

 

「私は……エッグノックがあれば」

 

 バーテンは無言のまま二人に背を向けた。

 銅製の使い込まれた鍋へ豪快にスコッチウイスキーが注がれる。派手な炎も構わず牛乳とたっぷりの砂糖が加えられ、最後に三つ分の卵黄が足された。仕上げに金属製のスプーンで大雑把に混ぜたモノが傷まみれのグラスへ二つ注がれた。

 手が込んだモノを二種類も作るのは気に食わないと言うのだろうか……。

 どう言えば良いのか困るハリーを余所にエッグノックが運ばれてきた。

 料金は『三本の箒』よりずっと安かった。一ガリオン未満である。

 シナモンもココアパウダーもないバーテンそっくりの無愛想なエッグノックを一口啜ると、身体がカッと熱くなった。

 アルコールを完全に飛ばし切る前に牛乳を加えたせいだ。

 

「……監督生じゃなくて良かったわね」

 

 ダフネの漏らした呟きには全面的に同意だった。もしマクゴナガル教授にバレたら大目玉では済まない。

 身体の芯まで凍える日にはこのくらいの方が良い。

 味は濃厚な甘さと卵黄のまろやかさも冬の楽しみだ。

 削ったナツメグやシナモンがあれば文句はないが、安いのでは仕方ない。

 しかし空腹は誤魔化せない。ハリーは申し訳なさそうな顔を作り、「何か食べるモノってありますか?」と尋ねた。

 白く長い髭を生やしたバーテンダーはまた不機嫌そうに顔を顰める。

 エールの詰まった樽のそばへ向かう。そこには鈍く光沢を放つ金属のカバーが大皿の上に被さっていた。荒っぽい手つきで外されたカバーの下には真っ黒なスポンジで白いケーキを大雑把に挟んだケーキがあった。

 不揃いの大きさに切り分けられたケーキがそれぞれの前に運ばれる。

 これもほとんど破格の安さで、苺もさくらんぼもないのは当然である。

 思い出したように純銀のフォークが皿の上へ用意され、ハリーとダフネは顔を見合わせて言葉もなくフォークを手に取る。ケーキはしっとりと湿っており、生地はみっちりとして重たい感触が伝わってくる。一口大のサイズにも関わらず口元へ近づけると強烈なチェリーブランデーが香る。

 舌へ載せるとどっしり重厚なミルククリーム、カカオのホロ苦い生地、そして爽やかなチェリーの風味とアルコールの刺激。飾り気のない無骨な味だった。

 

「……美味しい。ハリーはどう?」

 

「うん……スゴく美味しい。ホグワーツでも食べられたらと思う」

 

「私もよ。寒い季節には最高だわ」

 

「そうだね。このエッグノックにもあう」

 

 中身のない会話ばかりになってしまう。気の利いた言葉を探しても、当たり障りのない退屈極まる文句ばかりが出て来る。意識すればするほど緊張が思考を縛りつける。ダフネと目をあわせるのもままならずハリーの視線は宙を彷徨う。

 数口ほどチェリーケーキを食べて、ダフネはゆっくりと話し始めた。

 

「ごめんなさいハリー。私、貴方はニューイヤーパーティーのホストがドラコの父君だと知っているつもりで……ウィーズリーやロングボトムから教えられているとばかり思い込んでた。騙すかたちになってしまって本当にごめんなさい」

 

 琥珀色の瞳が真っ直ぐにハリーを捉える。

 スリザリンから謝罪される経験に戸惑いを覚える。

 未だ消えずに燻っていた不満や反感が、融けていく。

 

「最初に声を掛けてくれたとき僕から尋ねるべきだった。どうして考えつかなかったんだろう、それこそ落ち着いて考えれば良いのに……」

 

 自問自答するまでもなく舞い上がっていたのだ。

 パーティーに誘われた嬉しさで我を忘れていた。

 誰が愚かだったのかと言えば、ハリー・ポッターだ。

 置かれている状況を考慮すべきだった。軽率すぎる。

 空洞となった心へ雪解け水のように後悔の念が流れ込む。

 感情が溢れ出すのを待ち構えていたようにダフネが椅子ごとハリーへ寄った。

 

「改めて、私と一緒にマルフォイ家のニューイヤーパーティーへ来てくれない? 父様は是非貴方にお礼を伝えたいと仰ってる。もちろん保護者の方……ブラック氏にも挨拶をしたいそうなの」

 

「もちろん、喜んで――

 

 ハリーは大きく頷いた。全身で承諾したいくらいだった。

 我を忘れて飛び上がり、叫び出したい衝動に駆られた。

 だがそんな興奮を打ち据える猛烈な寒さが全身を襲い、震え上がった。

 心臓に悪いとはこういう感覚を言うらしい。血管が凍りつくような感覚に見舞われながら入口へ目を向けると、顔を真っ赤にしたキザハシ教授が立っていた。その後ろにはほんのり頬を染めたバブリング教授の姿もある。先だっての防衛術の授業中に「呑み友達」と口走っていたのは事実だったらしい。

 

「ああ、おやまあ、意外なところに意外なお二人が。これはまた、奇遇な」

 

「良いから中に入らせてくれ。寒いのは苦手なんだ」

 

「それは失敬。ええと、三人なんですけどお席は大丈夫です?」

 

「見ての通りだ」

 

 酔っ払い相手にもバーテンダーは厭そうな顔一つで応じた。

 教授たちが少し離れた席へ向かう後ろからシリウスが続いた。

 少し日焼けしているがそれも健康的に映る。シックなダークグリーンのツイードスーツを着こなす洒落た出で立ちで、ハリーに気づくと大きく顔を綻ばせた。

 

「やあハリー! まさか『ホッグズヘッド・イン』にいるとはな!」

 

 吠え立てるような笑い声を挙げるシリウスとハグを交わす。

 アズカバンを脱獄した当時から格段に身体を回復させ、筋肉質な両腕や胸元の頼もしさに思わず安心感を抱いた。

 

「シリウス! どうしてホグズミードに……ええと、最近忙しそうにしていたのに」

 

「土産話はクリスマスの楽しみしよう、半日足らずでは語り尽くせない。そちらのレディはミス・グリーングラスかね?」

 

「そうなんだ。途中の一本道でたまたま会って、そのまま一緒に。ここが以前言っていた『ホッグズヘッド・イン』?」

 

「その通り……おおっと、いきなりブランデーケーキとは大胆だな。良いセンスだぞハリー」

 

 エッグノックとチェリーケーキを目にしたシリウスは不敵に笑った。

 何を褒められたのか分からないがとにかく嬉しく思った。

 再び抱擁を交わしたあと、シリウスとダフネも挨拶を済ませた。こちらは上流階級らしい優雅な様でハリーにはとても真似出来る自信がない。

 

「昨年のクリスマス以来です、ミス・グリーングラス。お変わりなく、いえあの時よりも美しさに磨きが掛かっておられる」

 

「恐縮ですミスター・ブラック。長くフィレンツェに滞在していらっしゃったと聞き及んでいますが、マダム・ボルディゲラはお変わりありませんでしたか?」

 

「今年のレモンも豊作だったと大変喜んでいました。レディもあのオランジュリーをご存じでしたか。いや失敬、マダム・ボルディゲラはレディの大叔母に当たるのでしたかな」

 

「ええ、仰る通り。如何に家系図の長大さを誇示したところでヨーロッパの広さには及びません」

 

 冷ややかな声音は軽蔑とは違った感情が籠もっていた。

 もっと虚しい、空っぽな響きをハリーは感じ取っていた。

 一方でシリウスはその言い様を気に入り、また豪快に笑った。

 

「まさしく! まさしくその通り! 実に聡明な御婦人だ!」

 

 今度はキザハシ教授が唇を尖らせて不貞腐れた。

 

「女たる生殖の種たるは須く愚かという論は偏見ですよ。男と比較して先進的な教育を受ける機会が制限されているだけではありませんか」

 

 酔っ払うと豹変する人種の存在はハリーも承知している。

 表情だけ見るとまるで子供なのだが、口調は相変わらず理屈っぽい。

 

「そも血統表の純粋なるを以て遺伝的、文化的汚染を免れた神聖不可侵な優良人種という理論が誤りであって……」

 

 具体的に何の事を言及しているのかよく分からない。

 伝わるか否かを一切考慮しないのは間違いなく悪癖だ。

 肩ならぬ腰に腕を回しながらバブリング教授が註釈を入れた。

 

「……純血至上主義は納得出来ないと、そう言いたいだけだ」

 

 言われてようやく納得出来た。バブリング教授はジンのお湯割りを頼み、それをキザハシ教授に押しつけた。自分もブランデー入りのホットワインを舐め始める。女性教授たちの様子を眺めながらシリウスはまたニヤリと笑った。

 

「どうだね御婦人方、よければ上の応接室でも。年代物のラムと暖炉もある」

 

「君の奢りなら是非喜んで……しかし断らんだろう、ブラック」

 

 フラフラと首の据わらないキザハシ教授を立ち上がらせ、促されるまま急勾配の階段を昇っていく。バブリング教授の赤いローブの端まで見えなくなるとシリウスがバーテンへ呼び掛けた。

 

「アバーフォース、その二人にもイノシシのステーキを。今朝一番の新鮮なヤツで頼む。こっちは適当に盛りつけておいてくれ」

 

 アバーフォース翁はついに最後まで愛想笑いをせず、ぐるりと巨大を翻しカウンターへ背を向けた。その様を懐かしむ様に眺め、シリウスはハリーとダフネへウインクを贈り軽やかな足取りで上階へと消えていった。

 後には脂ぎった肉の焼ける音と香りが残る。

 鉄製のフライパンとトングのぶつかる音が響く中、ダフネは微笑みを浮かべて、

 

「素敵なおじ様ね」

 

 とハリーに囁いた。その一言で理性の()()を引き千切り、喜びの雄叫びを挙げながら吹雪の中へ駆け出したい衝動に駆られた。

 踏み留まる事が出来たのは自制心の結果である。

 しかしその自制心もまた、ダフネの右手の指先が、ハリーの左手に触れていた結果の産物である。

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