ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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 始まりました『秘密の部屋』編。
 ドビーが怖くて映画公開当時は苦手でした。


ハリー・ポッターと秘密の部屋
フローリッシュ・アンド・ブロッツ


 親戚が揃うとスミレは一番小さかった。

 年齢もそうだし、背も低い。同い年の従姉と比べても華奢だ。

 そんな『ちびっ子』も成長期を迎えた。

 夏休みで南硫黄島から帰ってきた(アザミ)は愕然とした。

 文字通り肩が並ぶほどになっている。

 左右に並べられてつい心の声がこぼれてしまう。

「やっぱ食ってるもんが違うのか……」

「え? 私太ったかな?」

 背は伸びてもズレた頭はそのままであった。

 二人はなにもかも真逆だった。

 好きで魔法を学んでいるアザミに、渋々で魔法学校へ通うスミレ。

 長身で髪の短いアザミと小柄で髪の長いスミレ。

 得意科目から好きな料理、苦手なものまでなにもかも対極だった。

 それが今やこうして、同じ高さの目線で話している。

 駅の改札前で最後の確認中。ラフなTシャツにデニム姿のスミレと、薄手のジャケットで肌を隠しているアザミ。歳の離れた姉妹にしか見えない。

「忘れ物してない? 酔い止めは?」

「要らないよ別に。帰りも平気だったし」

「念のために持っていく。お土産、飛行機とかバスに忘れないようにして」

「アザミ姉ちゃん私より誕生日1週間早いだけでしょ」

「やかましい。んー、ちょっと肌見せ過ぎじゃない?」

「いまさらやめてよ気になってきた」

「ああもう上着あげるからホラ」

「いや暑いからやっぱいらなーい」

「あ、コラまだ話終わってない!」

 逃げるように改札を通ったスミレは「じゃあ行ってきます!」と手を振っている。

 言いそびれたが、伝えないのも腹立たしい。

 手でメガホンを作ると、アザミはスミレの背中に向かって叫んだ。

「来年からは私もホグワーツに行くから! 待ってなさいよー!」

 ああスッとした、見送りも済んだし家に帰ろう。

 肩の力が抜けて自然と笑顔になる。

 去年の今頃はめそめそ泣いていた従妹が、あんなにも楽しそうにしている。来年がもう楽しみになりながら、薊は渡し損ねた手作りのお守りに気づいた。

 八月中旬、夏真っ盛りの早朝。

 セミの声が木霊する駅前で、葵薊は自分のうかつさに頭を抱えた。

 

 

 新学期前になるとフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店は混む。

 そもそも小さな書店なのに、やたらと品揃えがいい。

 しかも学校指定の教科書が買える本屋が他にないせいだ。

 加えて家族連れで来る生徒の多いこと。おかげで店の壁がいつ弾け飛んでもおかしくない。

 なのに、今年は何故かこの時期を狙ってサイン会が開かれていた。

 魔法界で今人気沸騰中の若き作家、ギルデロイ・ロックハートの新刊『私はマジックだ』の発売を祝した記念イベントである。店の入り口に横断幕があった。

 男性客は興味もなく、興奮したオバサマたちの人だかりを鬱陶しそうにかき分けたり避けたりして、目当ての本棚へ進んでいる。私はもう奥へ行く気力もない。

 売れっ子作家のサイン会なんて珍しくもないが、ロックハート氏はどうやらオバサマ層のファンが多い。ロンは必死に列に並ぶ自分の母親を眺めて呆れていた。

「大変そうですね」

「そう見える? ならいい暇つぶしでも教えてよ」

「そこの本を立ち読みするとか」

 私が指差したのは法律関係の分厚い書籍だった。

 面白くなさそう。

 本棚を背に、手すりへもたれかかるロンは「ハーマイオニーみたいなこと言うなよ」とうなだれた。

 赤毛にそばかす、背の高い末の弟くんは本が嫌いらしい。

 まぁ私もこういう専門書にはあまり手が伸びない方だ。

 パンジーもいるが、ロンに喧嘩を売る元気もなかった。

「どうしたんですか。並んでたわけでもないでしょ」

「並んでたわよ。あー……並ぶのもだけど、ミリセントのロックハート語りがしつこいのなんのって……」

 ただただご愁傷様だった。

 綺麗な黒髪のブルネットもどこか元気がなかった。やはりミリセント・ブルストロードのパワーは凄まじい。というより彼女、授業以外で本を読むんだ……。

 あのミリセントがそこまでハマるロックハートとはどんな人なのか、私はよく知らない。ちらっとでも顔が見えないか窺ってみる。新しい教科書の著者がどんな人か、気になったのだ。

「そこの本に映ってる」

 パンジーの指差す先を辿ってみる。

 

『狼男と大いなる山歩き』

 

 表紙に飾られた写真の中のロックハート氏が、弱々しい細身の狼男と肩を組んで歯を輝かせている。カールした豊かな髪に、キラリと美しい白い歯。笑うと目尻にシワができるのが、確かに中高年の主婦には受けそうだ。

 登山服からタキシード、アロハシャツと色々な衣装でそれぞれの表紙に登場してはハンサムなスマイルを振りまいている。天性のアイドル気質、人気者になるべくしてなる人のようだ。

 近所の魚屋のおばさんもこういうアイドル顔がタイプである。

 それにしても本のタイトルが酷い。軽すぎて笑えてくる。

 まだあるぜとロンも目の前に別の本を置いた。

 

泣き妖怪バンシーとのナウな休日

ギルデロイ・ロックハート著

 

グールお化けとのクールな散策

ギルデロイ・ロックハート著

 

鬼婆とオツな休暇

ギルデロイ・ロックハート著

 

トロールとのとろい旅

ギルデロイ・ロックハート著

 

バンパイアとバッチリ船旅

ギルデロイ・ロックハート著

 

狼男との大いなる山歩き

ギルデロイ・ロックハート著

 

雪男とゆっくり一年

ギルデロイ・ロックハート著

 

「探したらそこの列の中に教授がいそうね」

「なんだい、キミ知らなかったの? 今年の『闇の魔術に対する防衛術』の担当はうちのママなんだ。庭の手入れとか屋根裏お化けの対処法を教える予定だよ」

「そんな……勉強の合間に読むためにオススメの本をリストアップしてくださっただけですよ……きっと」

 そんなことにこんな高い本を買わせるなと言いたい。

 ……前向きに考えよう。でないと去年より辛くなりそうだ。

 が、はやくもあの科目の先行きが不透明になりつつある。

 これなら説明が聞き取りにくいだけだった、あのクィレル教授の方がずっといい。今からでもフラメル氏を訪ねて、新しく石を作ってもらいたいくらい不安になる。

 店内の片隅でげんなりしていると、列の奥から脱出したダフネがフラフラとこちらにやって来た。

「ス、スミレ……久しぶり……」

「お久しぶりです、あなたもサインを?」

「ミリセントが離してくれなくて……」

 かけるべき言葉が出てこない。

 言語を絶するストレスと苦労がうかがえる。

 集まった全員が目を伏して祈るように頭を垂れている。

 まるでミサか葬式だ。全員魔法使いか魔女なのに。

 そしてこの場にいない、学年最優秀の魔女が気になった。

「まさかハーマイオニーも並んでませんよね」

「残念だけど……」

 ロンの隣にいる赤毛の女の子が、悲愴な面持ちで首を左右に振る。

「勉強が出来ても頭がおかしいんじゃねえ……」

「僕も同感。というか勉強し過ぎて壊れたんじゃないかな」

 口が悪い者同士、パンジーとロンは純血云々を別にすると似たような性格をしていた。どことなく微笑ましいのは私もダフネも同じだが、上の階にいるシェーマスは心底嫌そうな顔で奥に消えた。

 あちらは放っておくとして。

 一階の奥でハリー・ポッターはロックハートに捕まっていた。

 そこへカメラマンが現れ、二人で記念撮影。有名人の登場にご満悦の作家先生は気前よく自分の著作全巻セットをプレゼントした。あれを全部古本屋に売れば型落ちした箒くらい買えそうだ。

 

「なんと記念すべき瞬間でしょう!私がここしばらく伏せていたことを発表するのに、これほどふさわしい瞬間はまたとありますまい! さて……間もなく彼は、私の本『私はマジックだ』ばかりでなく、より素晴らしいものをもらえるでしょう。驚くなかれ、彼とその学友は、なんと『私はマジックだ』の実物を手にすることになるのです」

 

 バシバシとうるさいシャッターの音と、ファンの黄色い声がピタリと止んだ。

 歓迎会や学年末パーティーでのダンブルドアを思い出させられ、滅入った気分がグリンゴッツ銀行名物・トロッココースターよりも高速で急下降していく。

 

「みなさん、ここに、大いなる喜びと、誇りを持って発表いたします――この九月から、私ギルデロイ・ロックハートはホグワーツ魔法魔術学校にて、『闇の魔術に対する防衛術』担当教授職をお引き受けすることになりました!」

 

 拍手喝采。

 そして絶望。

 『望み』が『絶たれる』と書いて『絶望』

 その二文字が脳裏に浮かび、ロックハートのアンダルシアを照らす太陽より目映い笑顔とともに弾けて紙吹雪が舞った。

「今年も大変そう……」

 ダフネがそんなことをつぶやく。

 確かに大変そうだ。去年は自称『吸血鬼に襲われた』先生が、今年は『吸血鬼とクルージングした』……クルージング? 意味が分からずタイトルを見直して『バッチリ船旅』の文字を再確認。船旅である。つまりクルージング。表紙の背景には豪華客船が映っている。

 表紙をめくって目次を見たが序章の『アンダルシアの波止場にて〜あの太陽に乾杯!〜』で本を閉じた。

「お、お会計済ませてきますね……」

「僕のお古いらない?」

「遠慮しておきます。新品でしょうそれ」

「おや本当だ。おったまげた」

 家に帰りたい、今年の先生も大丈夫ではなかった。

 ハーマイオニーまで壊れたらもうホグワーツはおしまいだ。

 つまりもうどうしようもない。なるようになれ。

 登校前から嫌だなあと思いつつロックハート祭りの特設コーナーから教科書を見つけ、レジを探す。

 この大混雑の中どうやってレジへ行こう。

 かき分けるにも一苦労しそうだ。

 どこにレジがあったか思い出そうとしているうちにハリーもこちらに来ていた。

 すでによれよれでプレゼントの全巻セットが重そうだ。

 そこへ一番面倒くさい男が参上する。

「いい気持ちだったろうねぇ、ポッター?」

 目立ちたがりで負けず嫌いで彼だ。

 声だけで機嫌が悪いと分かる。

「有名人のハリー・ポッター。ちょっと書店に行くのでさえ、一面大見出し記事かい?」

「ほっといてよ。ハリーが望んだことじゃないでしょ!」

 ロンの横にいた赤毛の女の子が言い返した。

 髪色と背丈からしてロンの妹だ。

「ポッター、ガールフレンドができたじゃないか!」

 マルフォイがねちっこく言った。

 それで言えばあなたはパンジーとダフネとミリセントにクラッブとゴイルもガールフレンドになりますよ、という呟きは日本語で済ませた。流石に英語では無理だ。命が惜しい。

 ロンの妹はドラコの挑発で顔と髪の区別がなくなっている。

 人混みから抜けて輪に混じっていたミリセントとハーマイオニーとロンのお母さん……どういう組み合わせ? 大事故があっちでもこっちでも起きている。

「なんだ、君か」

 ロンはもう疲れ切って寝不足のブルドッグみたいな表情。

 とんでもない変顔だと勘違いしてドラコの眉間にシワが寄る。

 誰かこの状況を止めて。

「僕も君がこの店にいるのを見てもっと驚いたよ、ウィーズリー」マルフォイの暴言ラッシュが始まった。

「そんなにたくさん買い込んで、君の両親はこれから一ヶ月は飲まず食わずだろうね。まあ普段口にしてるのもおが屑とドブ水だったか、なら心配するだけ損かな」

 

 ――給料日はネズミかフクロウの餌かい? 

 

 ……とも付け加えて。

 顔は笑っているが内心で腸煮えくりかえっているときの勢いだ。

 流石にキレたロンとその妹をハリーとハーマイオニーが後ろから押さえ、ミリセントはずんずんこっちへ来た。ターゲットは私だ。

「ロン!」

 ロンのお父さん――判断基準は見た目の年齢と髪の色――が、フレッドとジョージと一緒にこちらに来ようと人混みと格闘しながら呼びかけた。

「何してるんだ?ここはひどいもんだ。早く外に出よう」

 本当にひどい。

 私だけでも早く外に出させてください。お会計まだなので無理ですね。

 ダフネはパンジーを連れてちゃっかり店の外へ移っていた。

 流石の判断力である。

「これは、これは、これは――アーサー・ウィーズリー」

 ついにマルフォイ氏も参戦してしまった。

 ドラコの肩を蛇頭の柄で抑え、息子そっくりな微笑を浮かべて立っていた。

「ルシウス」

 ロンのお父さんは首だけ傾けてそっけない挨拶をした。

 息子たちが不仲なら親同士でもその通りであった。

 まあ二人ともいい大人、流石に取っ組み合いはならないか。

 最悪、私が身を挺して(色々知らないフリをして)割って入ろう。

「お役所は忙しいらしいですな。あれだけ何回も抜き打ち調査をなさっておられれば……残業代は当然払ってもらっているのでしょうな?」

 マルフォイ氏はジニーの大鍋に手を突っ込み、豪華なロックハートの本の中から、使い古しの擦り切れた本を一冊引っ張り出した。私も持っている「変身術入門」だ。

「どうもそうではないらしい。なんと……ファッジは君の仕事に些かの敬意も持ち合わせていないようだ。実に、実に嘆かわしいことだ。魔法界いちの汚れ仕事を引き受けた甲斐がないのではありませんかな?」

 はてさてなんの仕事だろう。

 吸血鬼、人狼、あるいはもっとおぞましい生き物を管理しているのだろうか。

 この世に吸血鬼より下等な生物もいないだろうけれど。

 ウィーズリー氏はロンやジニーよりももっと深々と真っ赤になった。

「マルフォイ、魔法界の汚れ仕事がどういう意味かについて、私たちは意見が違うようだ」

「さようですな」

 マルフォイ氏の薄灰色の目が、ロックハートと和やかに会話している夫婦に移る。身なりを見るにマグルで、状況的にはハーマイオニーのご両親か。娘が大ファンの作家と話せてご機嫌なようだ。

「しかし、魔法界にあまりご友人がいらっしゃらないところを察するに……どうやら私の意見が世の多数派と言わざるを得ませんな」

 やはりドラコのお父上なだけはある。

 嫌み一つでもいちいち正論で言い返そうにも言い返せない。

 やっかみや不快感をひた隠して上品に振る舞っているだけに、ここで手を出せば負けだ。

 口喧嘩とはそういうものだとお母さんもよく言っていた。

 負けたら「喧嘩売ってるのか」と殴りかかるのが学生時代のお母さんでもある。

「おやスミレくん、今年は一人かね?」

 そして勝ち逃げした。

「お久しぶりですマルフォイさん。叔父さんはいまアメリカです。両親も仕事が忙しくて」

「息災なようで安心した。私はこれから少々野暮用があるので、これで失礼する。アーサー、ではまた後日、魔法省で会おう」

 この微妙な空気の中に私を置いていかないで欲しい。

 顔がぼーっとしているから気にしていないと思ってるのだろうか。

 店の外から「はやく来い」と呼ばれて、ドラコもロンと妹を鼻で笑い、ハリーとハーマイオニーには目もくれずに出て行った。

「なにぼーっとしてロックハート様の本抱えてるのよ。そこ並んで。サイン貰ってきなさい」

 空気を読まずにミリセントが私の腕を掴む。

 去年よりパワーが増している。

 気まずい雰囲気を吹き飛ばそうと、ロンのお母さんも過剰なほど元気だ。

「さあさあ、今なら列も空いてきてるわ。ほらジニーちゃんも。ロン、あなたも一緒に並ぶんですよ。お兄さんなんだから妹のあと、いいわね。フレッド! ジョージ! 折角のサイン会なのにどこへ行くんです!」

「折角だからお友達も呼んであげれば?」

 機嫌が良すぎて頭のネジが焼き切れているハーマイオニーの提案に、テンションが上がり脳神経が故障しているミリセントは頷いた。「ダフネ! パンジー! アンタたちもこっち並びなさいよ、サイン貰ってないでしょ!」と呼ばれた二人の顔は死んでいた。

 南無阿弥陀仏。

 南無妙法蓮華経。

 アーメン。 

 ソーメン。

 塩ラーメン。

 このあとお昼ご飯どうしよう。

 ちょっと本格的にお腹が空いた。

 そんなことを考えて、心を無にして新たな『闇の魔術に対する防衛術』担当教授、ギルデロイ・ロックハートの前に立つ。




 この章では原作よりルシウス・マルフォイが活躍するっていうか原作で『預かり物の分霊箱ロスト』『スリザリンの秘密兵器喪失』『秘密の部屋バレ』『グリフィンドール生専用の対分霊箱破壊兵器が爆誕』とやらかし倒してるとかそういう悪口やめなさい。
 次回はホグワーツ特急と入学式です。
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