ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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ミズチウタ

 最初の授業以来、ロックハートは授業に魔法動物を持ち込まなかった。

 初めから最後まで教科書の朗読である。それでも筆者直々に臨場感たっぷりで読み聞かせてもらえるというだけあり、ファンは大喜びだった。興味のない生徒は各々で内職に勤しんだり上の空になったり、気ままに過ごしている。

 とにかく教授の独擅場さえ無視すれば快適な時間である。

 ニンニク臭くないというだけでも昨年よりずっとマシだった。

 だが問題も多い。

 そもそも『闇の魔術に対する防衛術』を教えてもらえないのだ。

 教科書が自伝の時点で察するべきだったかもしれない。

 やむを得ず、スミレとダフネは独学で防衛術を学習することにした。

 図書館で借りた本を基本にして、不明な点があれば各教授に質問する。

 二年生で最初の週末から早々に自習三昧である。

 今はアクロマンチュラという巨大な蜘蛛の生態と対処法をまとめている。

 ボルネオ島に多く棲息し、人肉を好む獰猛な種だ。さらに知能も高く人語を操る。

「魔法を使ってまでこんなものを生み出して……正気じゃありませんね」

「家や宝を守らせるためのものだからこれでよかったんだと思うよ」

 スミレの魔法動物嫌いは筋金入りだった。

 魔法薬学で若いマンドレイクを大きな鉢へ入れ替えるのも、一つこなして気絶した。

 叫び声を防ぐ耳当てをしていたが、根っこのあまりのおぞましさに耐えられなかったのだ。

 ロックハートの授業では教室に残っていたピクシーをすべて殺処分している。

 ダフネにしてみればそこまで嫌う理由が分からない。

 マグル育ちでもここまで病的に嫌がっているのはスミレだけなのでつくづく不思議である。

「対処法は『アラーニア・エグズメイ』……蜘蛛以外には効果がないなら、試し撃ちしてもよさそうですね」

「四年生で習うらしいけど、フリットウィック先生に相談してみる?」

「来週にも授業の後で聞いてみましょう。使うタイミングはないでしょうけど」

「あったら問題だよ。アクロマンチュラは有償無償問わず、国内で取引しちゃだめなんだから。違反したら罰金刑って書いてあるし」

 指さす文章を読むと確かにその通りだった。

 スミレの全財産に比べれば端金だが、並の魔法使いには縁遠い次元だ。

 さらにその下へ目を向けると天敵の記載があった。

「強大なアクロマンチュラ種も、毒蛇の王バジリスクの前には恐れをなして逃げ出す……バジリスクって、目を見ただけで死ぬんですよね?」

「そうそう。大昔に“腐ったハーポ”って魔法使いが孵化に成功して、一時期は闇の魔法使いが好んで飼おうとしたの。けど中世には禁止されてる」

「……前から思っていたんですが、魔法使いって危ないモノにも平気で手を出す人が多すぎませんか。目を見ただけで死ぬ怪物を飼おうなんてなにを考えてたんでしょう」

 挿絵のバジリスクを忌々しげに見つめながらスミレは呟いた。

 異常に強力な毒の牙を持ち、環境によっては気化した毒で周囲の生物まで殺してしまう。

 さらに制御不能の恐ろしい『目』がある。

 何故こんなものを、という疑問はもっともだったが、ダフネにはなんとなく理解出来た。

「ステータスになるから。バジリスクは蛇の王者、だから『蛇語(パーセルタング)』で操れるはず……あのバジリスクを使役してるってだけでスゴイことなのに、しかも『パーセルマウス』って証明になるから、二重にスゴイってことになるでしょ?」

「パ……パーセル? なんですかソレ?」

「パーセルタングが蛇の言葉で、パーセルマウスが蛇語を使って蛇と話せる人。現代で使える人はみんなサラザール・スリザリンの子孫だって言われるくらい、滅多にない才能なの。あのダンブルドアだって聞き取るのが精一杯の難しい言葉だってお爺様が仰ってた」

 スミレはダフネの説明に聞き入っていた。

 よほど興味を惹いたのか、もしかするとペットが蛇なので関心を持ったのかもしれない。

 普段なら上の空な表情なのに真っ直ぐ見つめられ、ダフネも嬉しくなった。

 それだけスミレは周りから『人の話をちゃんと聞いているのか怪しい』と思われているということだ。

「純血の家系でも特に古い血筋で有名なゴーントって一族がいてね、そこでは家族同士でもパーセルタングで話してたって噂があるの。あそこはスリザリンの直系だって言われてたけど、何十年も前に途絶えてるから、多分もう突然変異でもないと正真正銘のパーセルマウスはいないと思う」

「ダンブルドアもその……パーセルタングを話せないのですか?」

「聞き取ることは出来ても自分で話すのは無理なんじゃないかな。パーセルマウスは七変化とかアニメーガスなんて比べものにならない稀少な才能だもん。自力で勉強するにしたってそもそも話せる人がもう何十年もいないんだし、教わりようがないよ」

「なるほど……ではダフネも見たことはないんですね」

 なにを言うのかと思いつつ「残念ながら」と返した。

 スミレは無表情に戻って、口をうっすら動かした。

 赤い唇の小さなすき間から空気の漏れるような音がする。

 それらしい真似をしてからかっているんだと思ったが、

 

「うそ……」

 

 女子寮の階段から、アルビノのアオダイショウがのっそりと談話室へ下りてきた。

 普段は天井近くに陣取って動こうとせず、飼い主と一緒でなければ外へ出ようとしない大人しい大蛇が、自分から談話室へ姿を現す。

 シューシューとスミレが音を鳴らすと、蛇は黙ってテーブルの足下に落ち着いた。

 差し出された飼い主の腕に絡みついて、分厚い本や羊皮紙の置かれたそばへ移される。

 そこでとぐろを巻いて、ちらりとダフネを見てすぐにそっぽを向いた。

 

「初めてパーセルタングをお聞きになった感想は?」

 

「え……えっと、え? もしかしてスミレって、パーセルマウスなの?」

 

「ええ。うちではミズチウタと言うんですが、使う場面がないので黙ってました」

 

 確かに必要ないだろう。

 日に数回の餌やりと休日の散歩以外に触れあう事なんてないのだから。

 だが、目の前の友人のイタズラ成功と言いたげな笑みが新鮮すぎる。

 スリザリンの末裔なのか、とか、いつ使えるようになったのか、とか。

 そういう出て来て当然の質問が後回しになってしまう。

「うちの家系は蛇神様を祀っていますから。話せなくても、聞き取れる人は多いですよ」

「蛇神って、それこそバジリスクみたいな?」

「とんでもない、清流や水源を守ってくださる立派な神様ですよ。あんな怪物とは格が違います」

 スミレがバジリスクを嫌っているのが十分に伝わってくる。

 ダフネだって別に好きなワケでは無いが、スリザリンではこの恐るべき蛇の王がちょっとした崇拝対象になっている。

 なにせ寮にその名を残すサラザール・スリザリンがパーセルマウスであり、そのためにスリザリン寮は蛇をシンボルとしているのだ。

 蛇の王が敬われるは当然の流れだが、しかし、スミレはそこに関心を持っていなかった。

 談話室にいるのは二人だけ。「百害あって一利なしの毒蛇」「蛇神様の足下にも及ばない」と言いたい放題である。

 上級生に悪口を聞かれてはマズいので慌てて話題を逸らす。

「そ、その子、ザクロはあんまり喋らないの?」

「ええ。無口ですので。ぶっきらぼうですしね」

「へ……へえ……去年クィディッチを見て、なにか言ってた?」

 またスミレはパーセルタングでザクロに話しかける。

 白い大蛇は短くシュツと音を出した。

「『寒いから二度と行かない』って」

「だよね……11月はもうかなり寒いし」

 じゃあ今年は守護神の仕事しないんだね、そう言いたかったが、それこそ問題だ。

 フリントを始め、ザクロを敬っている上級生たちにどう説明するつもりだろう。

 彼らのクィディッチ熱はそのまま守護神への信仰心に結びついている。

 もしスミレとザクロが観戦しないとなると、大揉めすることは想像に難くない。

 だがダフネは「シーズンは何ヶ月も先だから」と頭の奥底にしまい込んだ。

 そうして勉強を再開するが、今度はスミレのパーセルタングが気になって集中出来ない。

 

 

 結局、週末の勉強会は初回より微妙な成果しか出せなかった。

 

 

 ドラコ・マルフォイを見下しているグリフィンドール生は多い。

 だが積極的に突く生徒は、レイブンクローやハッフルパフでもごく稀だ。

 彼の父親が持つ絶大な権力を恐れている。

 家族の誰かや親戚が魔法省に勤務していれば左遷や降格のおそれがある。

 故にドラコの身は安全というわけだ。しかもスネイプのお気に入りなのでさらに万全だ。

 が、中には怖いもの知らずな者もいる。

 家庭内はおろか親戚中どこを探しても魔法界関係者が自分だけという、マグル出身者。

 あるいは初めからマルフォイ家と不仲な者。

 スミレとダフネが談話室で勉強会を開いている頃、大広間でドラコは顔を真っ赤にしていた。

 取り巻きのクラッブとゴイルは親分の怒り具合にかける言葉もなく、ただ狼狽えている。

 状況を知らずにセオドール・ノットはうっかり正面に座ってしまった。

 

「ああ、ドラコか。……どうしたんだ、機嫌が悪そうだな」

 

 向かい正面の両隣から非難とも警告とも取れない目線がとんで来た。

 二人に構うほどお人好しでないセオドールは半ば好奇心で尋ねてしまった。

 もう半分はたまには愚痴でも聞いてやるか、という親切心だった。

 いつもの気取った口調はどこへやら。ドラコは声も手も肩も震わせている。

 

「昨日、魔法省の抜き打ち検査があった」

 

「またか。うちも二回やられた、おかげで父上はえらくお怒りだ」

 

 ノット家は純血の名門だが、父は高齢で他家の当主に比べ家に籠もりがちだった。

 その分インテリアの収集に凝っているから抜き打ち検査であれこれ没収され機嫌が悪い。

 マルフォイ家の当主――ルシウス・マルフォイはむしろ若い方だが、やはり先代譲りの蒐集家で有名だ。

 

「それがなんだ! 父上が僕のために買ってくださった『栄光の手』を、連中は難癖つけて盗んだんだぞ!」

 

「あ、ああ……それは、横暴だよな。本当に魔法省はやり過ぎだ……」

 

 突然爆発されて怯もうと、慎重に言葉を選ぶ余裕はあった。

 セオドールに言わせればそんなものを欲しがるセンスもひどければ、息子が欲しがったからと買い与える父親も大概に問題だ。

 絞首刑になった囚人の手を切り落し、屍蝋化させた道具である。

 使うのは泥棒か頭のイカレた殺人鬼だけと相場は決まっている。

 如何にマルフォイ家でも『栄光の手』は没収されるだろう……セオドールも本音は魔法省に味方していたが、そんな気配は微塵もさせずにドラコの肩を持つフリをした。

 

 育ちは良いくせに家具の趣味は最低最悪、同級生の間でももっぱら評判だった。

(なのに女子への贈り物はいつもドンピシャなんだよなコイツ)

 心底呆れながら「まったくだ」とか「父上もお前と同じことを仰ってた」とか適当に相槌を返しながら逃げるタイミングを見計らう

 こんな場面には誰だって長居したくない。

 セオドールにとって幸いだったのはこの場にブレーズ・ザビニがいないことだった。

 彼がいればドラコを煽るだけ煽ってそそくさ逃げ出していただろう。

 さてどうやって口実を作るか、と頭を悩ませていると、脳天気な声がした。

 

「あの、失礼ですがどこかお加減でも悪いのでしょうか?」

 

 ――悪いのはお前が話しかけたタイミングだこの馬鹿!!

 

 心の中で絶叫し、「なんでもない。気にしなくていい」と手を振って追い払おうとした。

 だがハッフルパフの二年生、ジャスティン・フィンチ・フレッチリーは本気で心配そうにドラコの様子を窺っている。

 マグル生まれの大金持ちで、馬鹿みたいに正直で裏表のない人間で有名だ。

 今も心からドラコのことを案じているのだがそれがマズかった。

 ドラコ・マルフォイは父親以上のマグル嫌いである。

 

「お前に心配されるほど落ちぶれたつもりはない! さっさと失せろフレッチリ-! それともなにか!? お前は『栄光の手』がどれだけ貴重な物か分かるって言うのか!?」

 

 セオドールはもはや諦めるしかなかった。

 かたや筋金入りのマグル嫌いで坊ちゃん育ち、かたや筋金入りのお人好しで馬鹿正直。

 割って入るなどとてもではないが無理だ。彼には部外者面で逃げ切るしか道は無い。

 侮辱されたジャスティンは、しかし一瞬ムッとした顔を見せただけで、すぐにいつもの丁寧な物腰に戻った。

 

「『栄光の手』ですか? あれはとても邪悪な闇の物品ですよね、なぜマルフォイくんがそんなものを欲しがっている風に仰るのでしょう?」

 

 クラッブとゴイルはドラコへの助け船を出した。

 ただし泥舟、あるいはタイタニック号である。

 これから始まる惨劇などセオドール・ノットの想像力では描ききれない。

 ドラコの顔から赤みが引いていく。怒りが一線を越えた瞬間だった。

 

「ドラコの父上がこっそり買ってたんだ。ドラコにあげようって」

 

「それを魔法省が危ないからって取り上げたんだ」

 

「当然だと思いますよ。真っ当な人間には必要ないものですから」

 

 セオドールは教科書を抱えて席を立った。

 もはやこの場に留まるのは馬鹿か怖い物知らずか物好きだけだ。

 

「……心配掛けて悪かったね、いや、聞いた僕が間違いだったよ。君のような『穢れた血』なんかに『栄光の手』の価値なんて理解出来るはずなかったんだから」

 

 背中を丸めてコソコソと大広間から逃げ出したセオドール・ノットの背後で物音がした。

 怒鳴り声も聞こえるし、笑い叫ぶ声もする。

 自分の不運と無力さを噛みしめ、上手く脱出できたことに安堵しながら図書室へ向かった。

 小さい頃からドラコとは家ぐるみで付き合いがあった。

 だが当時から年々ひどくなるあのお坊ちゃまの趣味の悪さには辟易せざるを得ない。




 スミレの新技能:パーセルマウス
 イギリスでは激レアでも地域差はあるでしょという体で一つ。
 次回はお待ちかねのハロウィーンですよ。

 秘密の部屋に「アラホモーラ」
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