ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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 クリスマス編(二年目)です。
 


ポリジュース薬

 ロックハートの顔は青ざめていた。

 そんな彼をトム・リドルは冷たい目で歓迎する。

 華やかなバイオレットのローブも泥まみれ、自慢のチャーミングスマイルもどこへやら。  ずっと歳下のスミレに怯え歯を鳴らしていた。

 ここは五〇前に一度閉じられ、半世紀を経て再び開かれた。

 スリザリンの遺産とも呼ぶべきその空間は、至る所に蛇の彫刻が施された『スリザリン神殿』と呼ぶべき異様な場所だった。

 ここが魔法界における純血主義の聖地と言えよう。

 偉大なる始祖の悲願が込められた始まりの土地でもある。

 サラザール・スリザリンの巨大な像を背に二人を出迎えたトム・リドルは、見ず知らずのロックハートに目を向けた。

「彼は誰だい? 生徒ではないようだが」

「ギルデロイ・ロックハート教授、今年の『闇の魔術に対する防衛術』を担当されています」

「ああ……なるほど、専門家を連れてきたわけか」

 トムの整った顔に冷酷な笑みが浮かぶ。

 獲物を前にした蛇を思わせる無機質な瞳は、その専門家を馬鹿にしたように鋭く歪んだ。

「勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員……あとチャーミングスマイル賞でしたっけ」

「それはそれは。さぞ偉大な功績をお持ちなのだろうね、そのロックハート教授とやらは」

 スミレは肩を落として教授を見上げた。

 震えあがり縮こまって、まるでネズミだ。

 あの英雄がこの調子ではミリセントが不憫でならない。

 彼女はまんまとペテンに嵌り、詐欺師に貢がされたり上、貴重な時間を無駄にしていたのだ。

 そう思うとこの男に腹が立って仕方がない。

「先生は純血ですよね? あれ、半純血でした?」

「ま、待ってくれ! ここでその話は惨すぎるだろう!? 継承者が目の前にいるんだぞ!?」

「気にすることはない。半分であれ純血は純血、身の程を弁えているのならそれで十分だ」

 

 尊く聖なる血が流されるのは忍びない――

 

 ロックハートから取り上げた杖を手に、トムはクスリと笑った。

 スミレと同じサクラにドラゴンの心臓の琴線。

 薬品か何かで変色させられた茶色の棒きれを撫でている。

 トムに向き直り、スミレはさっそく先だっての襲撃について問いただした。

「それはそうと、なぜジャスティンを襲ったのです。どうせならザカリアスを狙えばいいのに」

「バジリスクは手近な獲物があればそちらで済ませたがる……アレは外の世界を知らない。生まれてからずっと、千年ものあいだこの部屋に閉じ込められていたんだ。君と同じように、そして君以上の世間知らずでね」

 五〇年前も随分と苦労させられたよ、と。

 リドルはバジリスクに聞き取れない人間の言葉でせせら笑った。

 そんな雑談だけでロックハートの歯は今にも砕けそうだ。

 スミレは世紀の大世間知らずだと嘆息する。

 自分も大概だが、それ以上とは恐れ入る他にない。

 ジャスティン・フィンチ・フレッチリーの件はそれで終わり、二人はようやく本題に入る。

 ロックハートは二人から目を向けられ、腰を抜かした。

 石の床を冷たく濡らす水がはねた。

 スミレの細い脚にも数滴かかる。

「ま、待ってくれ! 私は確かに『闇の魔術に対する防衛術』の教授職を受け持っているが、この騒動については契約外だ! 関わるつもりなんてこれっぽっちも――!」

 あまりにもあんまりな言葉にスミレは何も言えなかった。

 トムすら五〇年後の後輩たちを哀れんだ。

 それほどに無責任で心ない、惨めな命乞いだった。

「教授はどうやってあんな大冒険をでっち上げたんですか?」

「ぼ、忘却術だ! 他人から経験を聞いて、忘却術で忘れさせ私のものにした! 考えてもみたまえ! アルバニアの、熊みたいな魔法戦士があの内容を書いてベストセラーになるかね!?」

「なりませんね……では、忘却術はお得意なんですか?」

「そうだ! それだけは、絶対に成功する自信がある!」

「……では、それを彼女にも教えてあげてくれ。承諾してくれるなら、この場にいる誰も君に危害は加えない」

 取り上げた杖を差し出しながら、トム・リドルは冷酷非道の『継承者』とは思えない慈愛に満ちた笑顔で「約束しよう」と囁いた。

 誰だって命は惜しい。そして臆病な者ほど死を恐れる。

 震える手を伸ばし、魔法使いの証である杖を手に取った。

 かつてギャリック・オリバンダーから『常に己を律すること。それを忘れぬ限り、あなたはこの杖で輝かしい栄光を掴むでしょう』と告げられた日は、今思い返すとずいぶん昔のことだった。

 あのとき、彼は『魔法』という奇跡に心躍らせたのだ。

 この素晴らしい力を悪用する者がいることに失望し、同時に激しく憤ったのはホグワーツに入って最初の年。

 まだ十一歳の子供だった。

 ギルデロイ・ロックハートは幼い頃に抱いた『あらゆる悪を根絶する』という無垢な夢を思い出し、そしてたった今、永遠の別れを告げた。

 

 

 クリスマスは例年になく閑散としていた。

 ジャスティン・フィンチ・フレッチリーと同時に見つかったサー・ニコラスがミセス・ノリスやコリンのとき以上に生徒の恐怖を駆り立てたのだ。

 スリザリンの怪物が待つ即死の力はゴーストにも効くのだ。

 しかしゴーストはすでに死んでいるから石にしかなりようがなく、ジャスティンも運良く半透明のゴーストであるほとんど首なしニックを通して怪物を見たため死なずに済んだ。

 だがゴーストすら逃れられない力とは一体なんだ!?

 生徒たちは慌ててホグワーツ特急の席を予約し、ウィーズリー兄妹もエジプトにいるビルと会うより学校にいる方を選んだ。

 ハーマイオニーはこの事件を親に伝えていない。

 いたずらに怖がらせたくなかったからだ。

 スミレは『秘密の部屋』の件があるためホグワーツに残った。

 スリザリンでは事件を面白がっているドラコと、何をするにも言いなりのクラッブとゴイル、それにパンジーが残った。

 静かな談話室で『秘密の部屋』についてあれこれ話したり、ロックハートの悪口で大笑いしたりして過ごした。

 ミリセントはついにロックハート・コレクションの処分を決断し、カロー姉妹は祖父の誕生日なので帰らざるを得ず、ダフネは妹が寂しがっているからと帰宅した。

 ハリー、ロン、ハーマイオニーのグリフィンドール・トリオとパーシー、フレッド、ジョージ、ジニーのウィーズリー兄妹――そしてドラコ、クラッブ、ゴイルのドラコトリオに、パンジーとスミレのスリザリンコンビだけが大広間で食事を摂っている。

 あまりに異様な光景だった。

 クリスマスの朝、スミレとパンジーはまずプレゼントを交換しあった。

 パンジーからは季節の花が咲く魔法のドレス、スミレからはザ・ビートルズのレコードだった。

「とても綺麗です……今度パーティーに行くときはこれを着ます」

 真っ白な生地に同じく白いスノードロップが咲いている。

 そこだけ花畑のような可愛らしいデザインで、スミレは魔法の道具にはじめて心から満足した。

 パンジーもすぐに談話室の蓄音機にかけて、マグル界の世界的かつ伝説的アーティストの名曲に聞き入った。

 遅れて起きてきたドラコは二人にそれぞれ『ハチミツ詰め合わせセット』と『アメジストとヒスイの首飾り』を手渡した。

 ドラコの両親からはチョコレートの詰め合わせが、実家からは流行りのミステリー小説と新しい服、ミリセントからはハーブティーセットが一式、ダフネは手作りのカップケーキ、カロー姉妹はザクロとお揃いの手編みマフラーだった。

 マフラーは寝室でこっそり編んでいたという。

 白地に青と緑のラインが入った立派なものだ。

 スミレは二度目のクリスマスもプレゼントの多さに驚くばかり。

 しかしドラコのプレゼントの山に比べればあまりにも普通に見えてしまう。

「毎年こんなものさ。アオイだって親戚は多いんだろ?」

 母親は五人兄妹の下から二番目、従兄姉は九人、再従兄姉は未だに顔の知らない人がいる。

 しかしここまで本格的に祝うことはなかった。

 おまけにクラッブとゴイルからも巨大な缶詰めのショートブレッドを二つも渡された。

 四人ともホグワーツのクリスマス・ディナーには大喜びだった。

 大広間は豪華絢欄だった。

 霜に輝くクリスマス・ツリーが何本も立ち並び、ヒイラギとヤドリギの小枝が天井を縫うように飾られ、魔法で暖かく乾いた雪が降りしきっていた。

 ダンブルドアはお気に入りのクリスマス・キャロルを二、三曲指揮し、ハグリッドはエッグノッグを杯でがぶ飲みするたびもともと大きい声がますます大きくなった。

 ドラコたちがローストターキーや羊肉と香辛料のミンスパイを食べている間、ザクロはロックハートと飲み比べをしていた。

 彼の授業を受けたことのないファンから届いた“オグデンのファイヤー・ボトル・ウィスキー”がみるみる減っていき、大きな瓶が空になった頃にはロックハートは山火事でも起きたように真っ赤な顔で眠っていた。

 クリスマスプディングもヴィクトリアスポンジケーキもアップルクランブルも山盛り食べ終えると、ザクロ相手に教授たちが代わる代わる飲み対決を挑んでいた。奇妙な挑戦者にみんな浮かれているようで、スネイプもロックハートの介抱をほったらかして注目している。

 まずマダム・フーチが「昔っから大得意」なジンで勝負したが二本目でダウンし、スプラウト教授とケトルバーン教授も同じくらい飲んだところで負けを認めた。

 ゴーストのビンズ教授すら「世紀の対決であります」と目を離さず、大好物のウィスキーで果敢に挑んだフリットウィック教授も見事に降参し、白蛇の健闘を讃えた。

 ケトルバーン教授は「本当にただの白蛇か?」と驚いていた。

 ザクロがパーセルタングで《まだ足りん》と愚痴るのにはダンブルドアも手を叩いて喜び、『初代クリスマスチャンピオン』の称号を授与された蛇として名を残すこととなった。

 次第に生徒も寮に戻る中、スミレはアルコールのないエッグノッグが気に入って五杯目を飲んでいた。

 クラッブとゴイルを連れて帰るからと、パンジーとドラコを二人きりにさせてのんびり暴食を眺めている。ザクロはハグリッドとブランデー入りのエッグノッグを飲んでいた。

 デザートが底をつき、残ったカップケーキを抱えた食いしん坊二人と大広間を出る。

《俺はまだ足りんぞ》

《酔っ払いはみんなそう言うの》

 飲み足りないザクロを首に巻きつけ、恐ろしく寒い廊下を歩く。

 ダンブルドアから校長のゴブレットを『初代クリスマスチャンピオン』のトロフィーとして受け取ったものの、ザクロは寒さからすぐに服の中へ逃げ込んでしまった。

 ちなみにこのゴブレットはまだ四つ予備があるらしい。

 校長室でバタービールを飲んでいて、もう三つ割ったことも教えてもらった。

 後ろの二人はドライフルーツ入りのケーキにご満悦だ。

 

「…………なんですかコレ」

 

 階段を昇り終えてすぐのところに、チョコレートケーキが二つ、宙に浮かんでいる。

 あからさまに罠だったが、スリザリンの胃袋怪物たちはスミレが止める前に鷲掴みにして一息に食べてしまった。

 

「バカなんですかあなたたち……」

 

 スミレに「残念だったな」と不敵な笑みを向け、二人同時にその顔のまま仰向けに倒れた。

 こんなに重たい荷物どうしようと項垂れていると、鎧の陰からハリーとロンが早く行ってくれと言いたげにスミレの様子を窺っていた。どうやらクラッブとゴイルになりすますつもりのようだ。

 

「出来ればドラコとパンジーを二人きりにしてあげたいんですが……」

 相思相愛なのだから余計な邪魔は望ましくない。

 少し悩んだが、ポリジュース薬を見逃した時点でこうなる運命だったと観念した。

 スミレは自分の髪の毛を一本抜いてハリーに差し出す。

「ハーマイオニーに渡してください。ミリセントは猫を飼ってます、もしかしたらその毛かもしれません」

「その間君はどうする気? あのトイレは寒すぎるよ」

「マートルがお茶を出してくれるなら話は別だけどね」

「そんなタイプじゃないでしょう。私がハーマイオニーになります。ポリジュース薬、せっかくですし一口ください」

 ハリーとロンは顔を見合わせた。

 ハーマイオニーは頭がいいけど少し――具体的にはロックハートに入れ込んだり――変なことろがあるのは知っていたが、スミレも同じくらい頭のネジが飛んだタイプの優等生だ。

 勉強のしすぎで頭がおかしくなるのは本当だと、二人は新たな真理を見つけた。

 

 

 

 マートルのトイレで四人が合流し、ロンとハリーがミリセントの毛が飼い猫のものかもしれないこと、その代わりにスミレの髪を貰えること、そしてスミレはハーマイオニーになることを説明した。

 トイレの便座にタンブラー・グラスが三つ用意されていた。

 初代クリスマスチャンピオンのトロフィーを足せば人数分揃う。

 お互いの寮の合言葉を確認しあい、四人は大鍋をじっと見つめた。

 近くで見ると煎じ薬はコールタールか底なし沼の泥のようで、鍋の中で鈍く泡立っている。

「すべて、まちがいなくやったと思うわ」

 ハーマイオニーはかび臭い『最も強力な魔法薬』を執拗に読み返す。

「見た目もこの本に書いてある通りだし……。これを飲むと、また自分の姿に戻るまできっかり一時間よ」

「次はなにするの?」

「薬を四杯に分けて、髪の毛をそれぞれ薬に加えるの」

 ハーマイオニーが古びた柄杓でそれぞれのグラスに、どろりとした薬をたっぷり入れた。

 そして震える手でスミレの長い黒髪を自分のグラスに振り入れる。

 煎じ薬はやかんのお湯が沸き立つときに似た甲高い音をたて、激しく泡立った。

 次の瞬間、ヘドロは上品なヴァイオレットに変わった。

「ミリセント・ブルストロードのよりはいいお味(、、、、)がしそうだね」

 ロンが変わらぬ臭いに顔をしかめた。

「うわぁ……ブルーベリーヨーグルト味だ」

「キャロットジュースとでも思ったの? さあ、あなたたちも加えて」

 マダム・ポンフリーのような口調で促した。

 ハリーはゴイルの髪を真ん中のグラスに落とし、ロンも三つ目のグラスにクラップの髪を、スミレはチャンピオントロフィーにハーマイオニーの髪を入れた。

 三つともシューシューと泡立ち、ゴイルのは鼻くそのようなカーキ色、クラップのは濁った暗褐色になった。

 ハーマイオニーの髪が入った薬は金色だった。

 どのみち鼻がねじ曲がりそうな臭いはそのままである。

「ちょっと待って」

 ロンとハーマイオニーがグラスを取り上げたとき、ハリーが止めた。

「みんな一緒にここで飲むのはマズい。クラップやゴイルに変身したら、この小部屋に収まりきらないよ。ハーマイオニーとスミレが押しつぶされるかも」

「よく気づいたなぁハリー。掃除用具入れに収まったから忘れてたよ」

 ロンは戸を開けながらドラコの取り巻きを笑い飛ばした。

「三人別々の小部屋にしよう」

 ポリジュース薬を一滴もこぼすまいと注意しながら、ハリーは真ん中の小部屋に入り込んだ。

 かんぬきを閉めて他の三人に呼び掛ける。

「みんないいかい!」

「ああ、こっちはいつでもいいよ」

「大丈夫、心の準備は済ませてる」

「……覚悟は出来ています」

「それじゃあ、いち……にの……さん……」

 鼻をつまんで、ハリーは覚悟を決めて二口で薬を飲み干した。

 煮込み過ぎたキャベツのような味だ。

 途端に体の内側が蛇を躍り食いしたようにに振れだした。

 あまりの吐き気でしゃがみ込む――すると、焼けるような感触が胃袋から全身、ついに手脚の先端へと広がり始める。

 徐々に息が詰まりそうになる。

 骨まで溶けるような気持ちの悪さに襲われ、たまらず四つん這いになった。

 体中の皮膚は熱で溶ける蝋のようにとろけ、ハリーの目の前で手が急成長する。

 不格好なほど指は太くなり、爪は横に伸びた。握り拳は岩石さながらだ。

 両肩は音が鳴るほど骨が伸びて痛み、針でも刺されたような痛みが額を襲う。

 指で触れてみると生え際が眉のすぐ上まで迫っていた。

 薄かった胸囲も立派に也、樽の金具が弾け飛ぶ具合にハリーのローブを引き裂いた。

 足は二回りも小さいハリーの靴の中で蠢いている。

 始まるのも突然だったが、終わるのも突然だった。

 冷たい石の床の上にうつ伏せで突っ伏す。

 その体勢で一番奥の個室から「嘆きのマートル」の気難しげに唸る声が聞こえた。

 身体が落ち着くとハリーはどうにか靴を脱ぎ捨てて立ち上がった。

 いつもより目線が高く、ゴイルの見ている世界は新鮮そのものだった。

 彼が見ている風景は分かっても頭の中は謎のままである。

 巨大な震える手で、踝から三十センチほど上にぶら下がっている自分の服をはぎ取る。

 着替えのローブを上からかぶり、態度同様にデカい靴の紐をしめた。

 手を伸ばして目を覆っている髪を掻き上げようとしたが、ごわごわの短い髪が額の下の方にあるだけだった。

 どうにも目がよく見えず困っていたが、原因が眼鏡だと気づいた。

 もちろんゴイルはメガネが要らない。本を読まない以前に文字が読めるかも怪しい。

 ハリーはメガネをはずして三人に呼びかけた。

「みんな大丈夫?」

 口から出てきたのはぶっきらぼうな低音のしゃがれ声だった。

「ああ」

 右の方からクラッブの唸るような重低音が聞こえた。

 声だけじゃなくて頭までクラッブ基準になっていないか心配になる。

 ハリーは扉を開け、ひび割れた鏡の前に移った。

 ゴイルが脳みそほど小さな目でハリーを見つめ返してくる。

 ハリーが耳を掻くとゴイルも馬鹿みたいな顔で耳を掻いた。

 ロンの戸が開いた。二人は互いに観察しあい頭は大丈夫か聞きたいのを我慢した。

 変身のショックで少し青ざめた顔を別にすれば、鍋底カットの髪型もゴリラのように長い腕も、あのふてぶてしいクラッブそのものだった。

「うん、クラッブだ。顔を見てるだけで吐き気がぶり返してきたよ」

 鏡に映った自分の顔に向かってロンは「オエー」と舌を出した。

 クラッブの団子鼻を突っつきながらまたボヤく。

「ちょっと夕飯食べすぎたかも」

「気持ちは分かるけど急いだ方がいい」

 ハリーは太い手首に食い込んでいる腕時計のバンドを緩めた。

 ゴイルの体格じゃ改札口も通れそうにない気がしてきていた。

「ドラコがすぐに口を割る保証はどこにもない。パンジー・パーキンソンとイチャついてたらこっちもそれどころじゃなくなるよ」

 ハリーをまじまじと見つめていたロンはまだ自分の顔に馴染めていないようだ。

「ゴイルがそんなに賢そうなこと喋るなんて自分の正気を疑うよ」

「クラッブが二言以外の会話をしてるなんて世紀の大発見だ」

 それから少し遅れてハーマイオニーとスミレも個室から出てきた。

「いつもより視界が高くて歩きづらいわ! ねえロン、サンダルかなにか持ってない?」

「失礼ですけどそれって私の真似? もっとフレンドリーに喋ってると思うわ!」

 失礼ながら二人とも口調はハーマイオニーだった。

 姿形までハーマイオニーの方が片方の眉を吊り上げた。

「さあホラ、三人とも急がないと。薬の効き目はきっかり一時間、それまでにドラコから『秘密の部屋』に関する情報を引き出さないといけないのよ?」

「私普段そんな話し方してるの? ねえ、ちょっと聞いてる?」

「薬は失敗だったな、ゲレンジャー」

 ロンの真似にハリーは吹き出した。

 単語の発音をいつも間違えるところまで同じだった。

 ハーマイオニーみたいにハキハキと喋るスミレがクラッブとゴイルを急かす。

 こちらも片方の眉を吊り上げて怒っている。

「ああもう! 時間が惜しいわ! あとでちゃんと説明してもらいますからね!」

「ちゃんとスミレになりきりなさい! あの子はそんなにうるさく喋らないでしょ!」

 ついにロンも吹き出した。

 どっちがどっちか分からなくなりハリーはロンを見た。

「その目つきの方がゴイルらしいや」

「先生がアイツに質問するといつもそんな目をする」

「なにを言われても表情を変えなかったらだいたい同じです、さあ急いでください」

 ハーマイオニーの見た目からスミレの口調が飛び出した。

 石像のような真顔で急かしてくる。

 念のためにザクロをハーマイオニーの首に移す。

《どうも落ち着かん》

 蛇の言葉が分かるようになったはいいが発音が謎だ。

 ハリーとロンは情報の変化が多すぎて頭が追いつかない。

 ふとハリーは腕時計を見た。貴重な六十分のうち、五分もたってしまっていた。

「時間が来たらここで会おう」

 ハリー/ゴイルとロン/クラッブとハーマイオニー/スミレはトイレの入り口の戸をそろそろと開け、周りに誰もいないことを確かめてから出発した。

「腕を振って歩かない方がいい」

「そうかな? 普通はこうするよ」

「クラッブは歩くときも腕を突っ張ってる」

「こんな感じ?」

「ソックリだよロン、あと口を半開きにして」

「そんな馬鹿みたいな顔……してるねあの馬鹿」

「もう少し静かにして、喋りすぎよ」

 ハーマイオニーが手書きの地図を片手に先頭を歩く。

「スミレはもっと淡々と話してたろ」

「……こうですか?」

「そうそう、機嫌悪い時のキミもそのくらい静かだといいのに」

 三人は本物とまったく対照的なほど賑やかに大理石の階段を下りて行った。

 どんどん城の地下に向かっていく。

 下は暗く、クラッブとゴイルのデカ足が床を踏むので足音がひときわ大きく響く。

 隠れる必要もないのに自然と緊張してしまう。

 運良く迷路のような廊下には人影もなかった。

 三人は残り時間を確認しながら学校の地下深くへ進んで行く。

 何度目かの曲がり角の向こうで背の高い影が揺れていた。

「人がいる!」

 しかし誰だか分かると落胆した。

 スリザリン生ではなくパーシーだった。

「こんなところでなんの用……なにしてる?」

 ロンが驚いて声を掛けてしまった。

 パーシーはむっとした様子だ。返事は無愛想だった。

「君が知る必要はない。そこにいるのはビンセント・クラッブだな?」

「え、ああ……ウン」

 クラッブのファーストネームをまさか兄から教わるとは予想外だった。

 ドラコは誰彼構わず名字で呼ぶから耳にする機会がなかったのだ。

「では自分の寮に戻りたまえ。近頃は遅い時間に廊下を歩き回ると危険だ」

「オマエはどうなんだ」

「僕は監督生だ。僕を襲うものは何もない」

 胸を張るパーシーがロンは恥ずかしかった。

 突然、ハリーとロンの背後から声が響いた。

 ドラコ・マルフォイがこっちへやってくる。

 ハリーは生まれて初めて、ドラコに会えて安心した。

「お前たち、こんなところにいたのか」

 三人を見て、いつもの気取った言い方をした。

「二人とも、今まで大広間でバカ食いしていたのか? アオイもこいつらのバカ食いに付き合うな。見るだけ食欲が減ると言っただろう。それに、お前がまたロクに食べなかったらまたパーキンソンとブルストロードがうるさくなる」

 妙にスミレを心配しているのが薄気味悪かった。

 ドラコはパーシーを威圧するようににらみつけた。

「ところでウィーズリー、こんなところでなんの用だ?」

 上級生相手にせせら笑った。

 挑発されてパーシーは一瞬で沸騰した。

「監督生に少しは敬意を示したらどうだ! 君の態度は気にくわん!」

 ドラコはフンと鼻であしらい、三人についてこいと合図した。

 ハリーはもう少しでパーシーに謝りそうになったが、危うく踏みとどまった。

 ハーマイオニーはスミレの癖を思い出して、すれ違い様に軽く会釈した。

 それでパーシーも少し落ち着いたようだった。つられて会釈を返している。

 三人はドラコのあとに続いて急いだ。角を曲がって次の廊下に出るとき、ふとドラコが言った。

「あのピーター・ウィーズリーのやつ――」

「パーシー」

 思わずロンが訂正したが、ドラコは気にしなかった。

「そんなことどうでもいい。あいつ、どうもこのごろかぎ回っているようだ。何が目的なのか僕にはわかってる。スリザリンの継承者を、一人で捕まえようと思ってるんだ」

 ドラコは嘲るように短く笑った。

 ハリーとロンはまさか本気なのかと驚いて目と目を見交わした。

 湿ったむき出しの石が並ぶ壁の前でドラコは立ち止まった。

「新しい合言葉はなんだったかな?」

「純血です」

「あ、そうそう――純血!」

 ドラコは「ちゃんと覚えていたのか」とホッとした顔をした。

 壁に隠された石の扉が音もなく開いた。

 まずドラコがそこを通り、三人がそれに続いた。

 スリザリンの談話室は細長い天井の低い地下室で、壁と天井は粗削りの石造りだった。

 天井から丸い緑がかったランプが鎖で吊るしてある。

 前方の壮大な彫刻を施した暖炉ではパチパチと火がはじけている。

 ザクロはするするとハーマイオニーの首から下りると暖炉の前に陣取った。

「ここで待っていろ」

 ドラコは暖炉のそばにある空のスツールをハリーとロンに示した。

 ハーマイオニーは肘掛付きの立派な一人掛けソファだ。

 明らかに待遇が違う。

「今持ってくるよ。父上が送ってくれたばかりなんだ」

 いったい何を見せてくれるのかといぶかりながら、三人は椅子に座り、できるだけくつろいだふうを装った。

 二人掛けの椅子に腰掛けているパンジーは鼻歌を歌っていた。

 ハリーとロンはそれがなんの曲か分からなかったが、ハーマイオニーはあまりにもショッキングでソファから滑り落ちそうになった。

「なにしてるのよ。寝ぼけてるの?」

「い、いえ。クシャミが」

「驚かさないでよね。今ちょうどサビなんだから」

(なんでパンジー・パーキンソンがザ・ビートルズなんて聞いてるのよ!? この世の終わりでも来るの!?)

 あのガチガチの純血主義者がまさかマグルの音楽を好んで聞いているなんて、ハーマイオニーにはスリザリンの継承者よりそっちの方がよほど怖かった。

 だがロンはそんなことも自分がクラッブなのも知らず呑気に「いい曲だね」なんて言い始めた。

 ハリーまでゴイルであることを忘れて「なんて歌手?」と尋ねる始末。

 バレやしないかとハーマイオニーの心臓が爆発寸前に陥った。

 ドラコは間もなく戻ってきた。パンジーの隣に座る。

 肩が触れ合うほどの距離でドラコ・マルフォイとパンジー・パーキンソンが並んでいる光景に三人は寒気がした。

 スネイプがスキップしながら魔法薬学の教室に入ってきていきなり「天気が良いのでグリフィンドールに二〇〇点」と言い出す方がずっと正気に思えた。

 ドラコは新聞の切り抜きのような物を持っている。

 それをロンの鼻先に突き出した。

「これは笑えるぞ」

 ハリーはロンが驚いて目を見開いたのを見た。

 ロンは切り抜きを急いで読み、無理に笑ってそれをハリーに渡した。

 今朝の「日刊予言者新聞」の切り抜きだった。

 

――魔法省での尋問――

 

マグル製品不正使用取締局局長のアーサー・ウィーズリーはマグルの自動車に魔法をかけたかどで、今日、金貨五十ガリオンの罰金を言い渡された。

ホグワーツ魔法魔術学校の理事の一人、ルシウス・マルフォイ氏は同日、ウィーズリー氏の辞任を要求した。

なお、問題の車は先ごろ前述の学校に墜落している。

「ウィーズリーは魔法省の評判を貶めた」

マルフォイ氏は当社の記者にこう語った。

「氏は魔法界の法律を制定するに相応しくないことは明らかであり、彼の手になる愚かしい『マグル保護法』は速やかに廃棄すべきである」

ウィーズリー氏のコメントは取ることができなかったが、彼の妻は記者団に対し「とっとと消えないと、家の屋根裏お化けをけしかけるわよ」と発言した。

 

「どうだ!」

 ハリーが切り抜きを返すと、ドラコは待ちきれないように答えを促した。

 パンジーはケラケラと笑っている。やはり本物だった。

「おかしいだろう!」

「ハッ、ハッ」ハリーは沈んだ声で笑った。

 ハーマイオニーは黙っていた。

 いつものスミレみたいに話を聞いているのかいないのか分からない顔で、虚空を見つめている。

 しかしドラコの話は一言一句聞き逃さないので、ハリーとは違うベクトルで辛かった。

「アーサー・ウィーズリーはあれほどマグル贔屓なんだから、杖を真っ二つにへし折ってマグルの仲間に入ればいい」

 ドラコは蔑んで吐き捨てた。

「ウィーズリーの連中の行動を見てみろ。ほんとに純血かどうか怪しいもんだ」

 ロンの——いや、クラップの——顔が怒りで歪んだ。

「クラップ、どうかしたか?」

 ドラコがぶっきらぼうに聞いた。

「腹が痛い」ロンがうめいた。

「ああ、それなら医務室に行け。あそこにいる『穢れた血』の連中を、僕からだと言って蹴っ飛ばしてやれ」

 ドラコがクスクス笑いながら言った。

「それにしても、『日刊予言者新聞』が、これまでの事件をまだ報道していないのには驚くよ」

 ドラコが考え深げに話し続けた。

「十中八九ダンブルドアが口止めしてるんだろう。魔法省にこの事態がバレる前になんとかしたいのさ。何十回も探してその度に「存在しない」と報告していた『秘密の部屋』が実在したんだ、一刻も早く解決しないと校長は責任を取って辞任させられるからね。前の校長も同じ理由で理事会に退任させられた。ま、ダンブルドアがいなくなればホグワーツも少しはまともになるだろう」

 存外にドラコも馬鹿ではなかったが、しかしハリーは腸が煮えくりかえる思いだった

「奴はマグル贔屓だ。まともな校長ならクリービーみたいなクズのおべんちゃらを入学させたりしない」

 ドラコは架空のカメラを構えて写真を撮る格好をし、コリンの物まねをしはじめた。

「ポッター、写真を撮ってもいいかい? ポッター、サインをもらえるかい? 君の靴をなめてもいいかい?ポッター?」

 ハリーとロンは怒りを堪えるのに必死で黙ったままだった。

 ドラコは手をパタリと下ろしてハリーとロンを見た。

「二人とも、いったいどうしたんだ!」

 もう遅過ぎたが、二人は無理やり笑いをひねり出した。

 それでもドラコは満足したようだった。

 たぶん、クラップもゴイルもいつもこれくらい鈍いのだろう。

 いつも魔法薬学でこの二人の面倒を見ているスミレの気が知れない、ハーマイオニーなら『さんさいからはじめるおうたしゆう』を叩きつけている。

「聖ポッター、『穢れた血』の友」

 ドラコはゆっくりと言った。

 とても冷たく、湿った、憎しみのこもった声だった。

「あいつもやっぱりまともな魔法使いの感覚を持っていない。そうでなければあの身のほど知らずのハーマイオニー・グレンジャーなんかとつき合ったりしないはずだ。それなのに、みながあいつをスリザリンの継承者だなんて考えている!」

 ハリーとロンは息を殺して待ち構えた。

 あとちょっとでドラコは自分がやったと口を割る。

 しかし、そのとき――

「いったい誰が継承者なのか僕が知ってたらなあ。アオイ、お前はなにも知らないのか?」

 じれったそうに言って、ハーマイオニーに話を振った。

 ハーマイオニーは「特には」と短く答えた。

 話を聞いていないときスミレはよくこの返答を使う。

 ドラコも慣れっこなのか機嫌を悪くすることもなかった。

「もし誰か分かれば色々と手伝ってやれるのに」

 ロンは顎がカクンと開いた。

 クラップの顔がいつもよりもっと愚鈍に見えた。

 幸いドラコは気づかない。ハリーはすばやく質問した。

「誰が陰で糸を引いてるのか、君に考えがあるんだろう……」

「ない。ゴイル、何度も同じことを言わせるな」

 短く、キッパリと答えた。

「スミレは教師連中に知っている奴がいると言っていた。五〇年前より昔からここに勤めていたのはダンブルドアと、それにゴーストのビンズ、ケトルバーンの爺さんも可能性がある……だったな?」

 ハーマイオニーは黙って頷いた。

 ビンズ教授に質問したとき散々渋ったうえ、質問にも一切応じなかったのは歴史的に見て確度が低いからではなかった。

 彼は当時からホグワーツにいた。そしてかつての事件を見聞きしている。

 その恐ろしさを克明に記憶しているからこそ、あのとき頑なになっていたのだ。

 ハーマイオニーの中でようやく教授への疑問が晴れた。

 それと同時に、まったく会話に加わらないパンジーはやはりバカだと再認識した。

「それに父上は前回『部屋』が開かれたときのことも、まったく話してくださらない。もっとも五〇年前だから、父上の前の時代だ。でも、父上はすべてご存知だし、すべてが沈黙させられているから、僕がそのことを知り過ぎていると怪しまれると仰るんだ。でも、一つだけ知っている。この前『秘密の部屋』が開かれたとき、『穢れた血』が一人死んだ。だから、今度も時間の問題だ。あいつらのうち誰かが殺される。僕はグレンジャーだといいな」

 ドラコは小気味よさそうに言った。

 ロンはクラップの巨大な拳を握りしめていた。

 今ここでドラコにパンチを食らわしたら正体がばれてしまうと、ハリーは目で忠告した。

「前に『部屋』を開けた者が捕まったかどうか、知ってる?」

 間をもたせようとハリーが聞いた。

 対するドラコは本気で覚えていないようだった。

「ああ、ウン……誰だったにせよ、追放された。多分まだアズカバンにいるだろう」

「アズカバン?」ハリーは知らない単語にキョトンとした。

「アズカバン――魔法使いの牢獄です」

 ハーマイオニーが口を挟み、ドラコに追及する隙を与えない。

「アオイですら知ってるというに……まったく、お前がこれ以上うすのろだったら、明日にも後ろに歩きはじめるだろうよ」

 ずっと黙って聞いているのが辛くなってきたハーマイオニーも一つだけ尋ねることにした。

 ドラコが犯人でなければ父親が黒幕だと考えたのだ。

「ドラコのお父様は他になんと?」

「父上は静観しておけと仰った。揉め事にのこのこ首を突っ込んで痛い目を見るだけ損だとな。だから僕は観客として、事態が解決したら結末がどうであれ最低限、拍手だけしておけばいい。それに魔法省も今大騒ぎでね。またファッジの馬鹿さ。この前、家に抜き打ち検査が入ったんだ」

 ドラコは椅子に座ったまま落ち着かない様子で体を揺すった。

 ハリーはゴイルの鈍い顔をなんとか動かして心配そうな表情をした。

「そうなんだ…!」

「父上は趣味で闇の道具を集めてる、単に飾るのがお好きなんだ。それを魔法省の連中、無遠慮に根こそぎ取り上げて検査結果も伝えようとしない。しびれを切らして父上がファッジに直談判したらあの役立たず、まさか『紛失した』なんて答えたんだ!」

 これには三人も素直に驚いた。

 趣味のコレクションが闇の道具なのはさておき、まさか紛失されてしまうとは。

 今回ばかりはルシウス・マルフォイも運がない。いい気味である。

 三人とも笑顔を堪えるのが大変だった。

 すると、パンジーがようやく会話に参加した。

「ねえ、あんまりお喋りしたら喉が乾くでしょうドラコ? お茶でも欲しくない?」

 信じられないくらい甘えた声でサブイボが立った。

 ドラコはパンジーにベタベタされるのがまんざらでもないらしく、気障ったらしくパチンと指を鳴らした。

 魔法のティーセットでも現れるかと思ったが、実際は違った。

 ボロボロの薄汚れた枕カバーを来たドビーがティーセットを持って現れた。

「こちらにございますドラコ坊ちゃま」

 恭しく――あのドラコなんかに!――頭を下げながら、ドビーは丁寧に人数分のソーサーとカップを並べ、魔法で浮かせたポットから順にお茶を注いでいく。

 白い湯気とともに、テーブルの周囲へ紅茶のいい香りが広がる。

 全員分に注ぎ終えるとドビーは再び姿を消した。

 ハーマイオニーは初めて見た屋敷しもべ妖精の痛ましい姿に、手が震えそうだった。

 スミレはきっと反応しないだろう。本人が納得しているなら、と言うハズだ。

「……飲み物だけっていうのも味気ないな」

 ドラコはぽつりと呟いた。

 甘い物に関してはクラッブとゴイル以上の執着を見せる彼らしい。

 パンジーがすっと立ち上がった。

「プレゼントに甘い物がたくさんあったから取ってくるわ。スミレ、アンタもショートブレッドがあったでしょ」

「……ええ」

 パンジーに促され、ハーマイオニーも女子寮へ移る。

 地下というだけあってどこか薄暗いものの、基本的にはグリフィンドールと同じだ。

 四柱の天井付きベッドが四人分。

 日本語の本が山積みにされているのがスミレのベッドだろう。

 ダフネは……キッチリ教科書が本棚にしまわれている。

 ミリセントのベッド脇にはネズミのオモチャがある。

 マンガや雑貨まみれになっているのがパンジーのベッドということになった。

「えっと、ショートブレッド……」

 どんな入れ物だろうと探してみる。

 背後で扉の閉まる音がした。全員が全員お嬢様らしく、過剰に厳重なしつらだ。

「どういう魔法でスミレに化けてるわけ?」

 パンジーの声こそむしろ偽物に聞こえてしまう。

 感情剥き出しに近い声で喋っているのが、今は冷静そのもので鋭く問い質す。

 杖を抜いて背中を見せているハーマイオニーに先を向けた。

「どうなさったんですか? ボンボンでも……」

「とぼけないで。アンタの下手な芝居はもう見飽きたの」

 袖に隠した杖を抜こうとしたが「動かないで」と静止させられた。

 膝を曲げ、腰をかがめた姿勢でハーマイオニーは動きを封じられてしまう。

 逃げようにも狭い空間にモノが溢れかえっているから難しい。

 パンジーは警戒しながら尋ねた。

「スミレはいまどこ?」

「私に化けて、グリフィンドールの談話室にいる。魔法薬よ、一時間で解ける」

「どういうつもりよ。クリスマスだからって、悪ふざけにも限度があるわ」

「例の襲撃者を探してる。ドラコならなにか知ってると思った、それだけよ」

 パンジーは杖を下ろさない。

 そのまま一歩踏み込んでくる。お互いに相手の力量は知っている。

 下では男子たちが二人が戻るのを待っている。

 折れたのはパンジーの方だった。

「ドラコは全部話したわ。用が済んだならさっさと消えて」

「じゃあ最後に一つだけ聞かせて。なんで偽物だって分かったの?」

 それだけは把握しておきたかった。

 自分にも知らないクセがあるのか、あるいは同室の人間だけが知る何かか。

 どんなトリックかと期待したハーマイオニーだったが、答えは拍子抜けするものだった。

 パンジーは思い切り小馬鹿にした顔で言い切った。

「あの子、顔や態度には出ないけど雰囲気でダダ漏れなの。アンタみたいに上手く隠せてないから」

 

 それを自慢げに言われても――!!

 

 誇らしげに言い放ってご満悦のようだが、ハーマイオニーはポリジュース薬を作ると決めた時点からスミレのクセや言葉遣いはずっと観察していた。

 あの眠いのか機嫌が悪いのか微妙な表情も完璧に真似できている。

 感情がまったく読めない瞳や仕草までトレースしたと思っていたのに。

 一ヶ月の調査でそんな情報どこにもなかった。知っているのはパンジーだけだろう。

 奇妙な友情だが、そこを計算しきれなかった自分の負けだと認めざるを得なかった。

 

 このあとハリーとロンに目配せして、効果が切れる寸前にスリザリンの談話室を脱出した。

 三人大慌てで廊下を走り抜けマートルのトイレへ一目散。

 階段をドタバタと駆け上がり、暗い玄関ホールにたどり着いた。

 クラッブとゴイルを閉じ込めて鍵を掛けた物置の中から、激しくドンドンと戸を叩くこもった音がしている。

 物置の戸の外側に靴を置き、靴下のまま全速力で大理石の階段を上る。

 途中でハーマイオニーも靴がきつくなって脱いだため『嘆きのマートル』のトイレに戻ったときには三人とも靴下のままだった。

 スミレがまだ戻っていないものの、待っている間にフィルチが来る可能性もあった。

 それにパーシーが見回りを終えるより先に談話室へ戻らなければいけない。

「まあ、まったく時間のムダにはならなかったよな」

 ロンがぜいぜい息を切らしながら、トイレの中からドアを閉めた。

「襲っているのが誰なのかはまだわからないけど、まさかマルフォイ一家がシロなんて!」

 ハリーはひび割れた鏡で自分の顔を調べた。ちゃんと普段の顔に戻っていた。

 ロンとハーマイオニーも個室から出てきた。

 納得のいかない部分もあったが、得られたものも確かにある。

「これでますます継承者が誰か分からなくなったわね」

「去年はクィレルだったし今年はロックハートかもね」

「教授がパーセルマウスなんて、スリザリンに失礼だ」

 そんなことを言い合いながらグリフィンドール塔に着いた。

 入口の『太った婦人(レディ)』に合い言葉を告げて談話室に入ると――

 

 

「なにやってんだよ!!!!」

 

 

 ロンは思わず全力で叫んだ。

 

 ハリーはポリジュース薬の副作用を疑い、ハーマイオニーは夜風に当たろうと踵を返す。

 

 膝を叩き大笑いするフレッドと手を叩いて大笑いするジョージ。

 腹を抱えて苦しそうな笑い声をあげるジニー。

 そして、ロックハートのモノマネをしているスミレ。

 

「よろしいですか皆さん! 杖を構えた私に怒り狂った魔法戦士の斧が襲いかかったのです! それをこう! いいですか! こうです! こうやって! さあハリー、杖を斧の代わりに振り上げて! おお流石です、板に付いていますよ! このようにして華麗に避け前々回の『トロールとのトロい旅』でも登場しましたね! 『稲妻大爆発呪文』を唱えたのです! すると全身金属まみれの魔法戦士は――おっと、残念ながら今日の授業はもう時間になってしまいました! 素晴らしい一時というのは、いつも一瞬で過ぎ去ってしまうものです! ではまた次回! ごきげんよう! ああ、お帰りなさい」

 

「だからなにやってんだよ!!!!」

 

 三人が戻ってきたのに気づいて、ネタまでロックハート風に締めたスミレがふうと一息ついた。

 改めてロンは叫んだが、今度は笑いながらだった。

 流れで寸劇に巻き込まれたハリーもおかしくってたまらなかった。

 ハーマイオニーは「グリフィンドールの談話室でモノマネをしたスリザリン生は史上初ね」と感想を述べた。

 笑うだけ笑ってようやく落ち着いたフレッドとジョージが「過去にも未来にもいやしねえよな」と続き、ジニーはハリーに気づくと顔を真っ赤にして女子寮の階段を駆け上がった。

 照れくさそうに頬を赤くしたスミレが「じゃあ私も帰りますね」と手を振って帰ろうとしたとき。

 運悪くパーシーが戻ってきてしまった。

 が、談話室にいるスミレを見て驚きまた外へ出て行った。

 普段のおっとりした雰囲気からは想像もつかない猛ダッシュで談話室から逃げ去ったスミレを、結局パーシーはフレッドとジョージのイタズラだと判断して大いに怒った。

 パーシーから怒られるのに慣れている双子は「俺たちから苦労の絶えないパーシー兄さんへクリスマスプレゼントさ」と笑い飛ばして、寝室へ逃げ込んだ。




 そう言えば『秘密の部屋』では二人の掛け合いやってなかったなと。
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