ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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 そろそろ『秘密の部屋』編も終わりが近いですね。


魔法大臣

「で、そのトム・リドルがどうしたの?」

 図書室の隅でダフネ・グリーングラスが尋ねた。

 自習中の生徒はいつもより少ない。

 勉強云々よりも継承者が怖いのだ。

 それでも足を運ぶのだからハーマイオニーとダフネの熱心さは学年でも群を抜いている。

 ダフネは純血の家系でドラコと親しいスリザリン生だが、他の寮とも付き合いがある珍しい人種だ。

 なによりあの集団の中では得難い常識人であり優等生である。

 ハーマイオニーとも真面目な話であれば付き合ってくれる。

「ハリーがトム・リドルの日記帳を拾ったの。表紙に名前が書いてある」

「五〇年前の生徒じゃない。なんでホグワーツにそんなものがあるの?」

 当然の疑問だったが、ハーマイオニーは首を左右に振るしか出来なかった。

 ハリーはマートルのトイレで拾ったこと、その日記帳に隠されていたトムの記憶……五〇年前の事件の一部始終を見せられたことだけ話した。

 どう考えてもあの日記帳は闇の道具だ。

 再三ハリーにも捨てるよう促したが、今朝盗まれた。

 トイレに捨てた人物が継承者の手先だと、ハーマイオニーはそう考えている。

 グリフィンドールの談話室に忍び込み、男子寮を滅茶苦茶に荒らしてまで。

 みんながスリザリン生を疑ったが、あの夜談話室にいた三人は違った。

 クリスマスの夜にスミレへ合言葉を教えたが、三回も間違えていたのだ。

 だから中に入った瞬間一発でばれ、ポリジュース薬のことを全部話してしまった。

 しかも『太った婦人(レディ)』は気まぐれで頻繁に合言葉を変える。

 あれからもう十回は変わっているから、スミレに盗み出すことはまず不可能だ。

 しかもダフネに聞けば彼女はよく合言葉を忘れるらしい。

 だからいつも誰かと一緒に行動しているわけだ。

 ハーマイオニーが合言葉を答えたとき、ドラコが感心したのはそんな事情があったのだ。

「ポッターはどこまで見せられたのか知ってる?」

「表向きとしてはトムが犯人を捕まえたことになってる。ハグリッドの飼ってたアクロマンチュラが怪物の正体だって、そう学校に報告したらしいわ」

 ダフネは頭痛がした。

 まさかとそんな馬鹿はいないと、思っていたことがホグワーツの職員がその馬鹿だった。

 ハーマイオニーもハグリッドの怪物好きは心配に思っている。

「なんでそんなもの学校で飼うのよ……疑われたって文句は……」

「そのせいでハグリッドが五〇年前の犯人にされた。だから杖を折られてホグワーツを追放されたの。ダンブルドアが校長になってから、森番として学校に呼び戻したみたい」

「やっぱり冤罪なんだ……ちょっと待って、スリザリンの怪物がアクロマンチュラ? 襲われた生徒は亡くなった生徒もみんな、石みたいに固まってたって言わなかった?」

 ダフネもトムの証言が抱える矛盾に気づいた。

 ハーマイオニーは黙って頷く。

「あの蜘蛛は強い毒を持ってるけど、誰かを石にする力はないはず。監督生に選ばれるような生徒が知らないなんてこと……」

「間違いなく冤罪ね。トムはホグワーツの閉鎖を止めようとしただけでしょうけど、ハグリッドに酷いことをしたのは事実よ。そのせいで彼は退学処分になった…………私たちにとって一番の問題は、今暴れている怪物の正体だけど……」

 ダフネはハグリッドの冤罪にハーマイオニーほど悲しむことはなかった。

 法律に反して凶暴極まる怪物を飼っていたのだから、自業自得である。

 少し考えれば冤罪だと分かることを指摘しなかった当時の大人たちは度し難いが。

 さらにハーマイオニーはミセス・ノリスが襲われたあの夜以降、ハリーが何度も壁の中から声を聞いていることも打ち明けた。

 ロンは気づいていないようだったが、ハーマイオニーも恐ろしい予感がしてロンに同調せざるを得なかった。

 ここで話せばドラコに漏れる可能性は大きいが、継承者の正体を知らないならバレても問題ない。

「あなたも『決闘クラブ』で見たでしょう? ハリーはパーセルマウスで蛇と会話できる。去年にはもう蛇と話せたそうよ。それで考えたんだけど……私とロンに聞こえなくて、ハリーに聞こえた声の正体って蛇だと思わない?」

 ダフネもハーマイオニーの言わんとしていることを即座に理解し、青ざめた。

 ハリー・ポッターに聞こえているならスミレにだって聞こえているはずだ。

 また彼女は誰にも言わず、自分一人で何ヶ月も抱え込んていた。

「ちょ、ちょっと待ってよ。じゃあなに? 学校の壁の中を蛇が這ってて、ブツブツ蛇語で呟きながら生徒を石にして回ってるの? 直に見たのがニックだけだから誰も死んでないとすれば……」

 怪物の正体はバジリスクだ――それを口にするのが恐ろしかった。

 証拠が揃いすぎている。否定材料を見つける方が難しい。

 だがそうだとしたら誰に止められるというのだろう。

 強大な毒と即死の眼光を持つ蛇の王を、いったい誰が倒すと?

「まだ証拠が足りない。ううん、信じたくないだけね」

「それ、ロックハートも同じコト言ってた気がする」

「この本を読んだの?」

 ハーマイオニーは手にした古い書物を見せたが、ダフネはハッキリと否定した。

「怪物のことは知らないと思う。最近部屋に蜘蛛がよく出て困る、スミレの蛇が怖いのかもって笑ってたから」

「それって命懸けのジョークね……」

 恐怖に駆られたせいでマリエッタ・エッジコムは少なくとも十年は寿命が縮んだだろう。

 あのザカリアス・スミスはようやく愉快な目に遭ったというのに。

 どこまで怖いもの知らずなのか不思議な一方、スミレも相当怒っている気がした。

 またいつ爆発するか分かったモノじゃない。

「それはいいとして。ロックハートは『秘密の部屋』の入口はパーセルマウスにしか開けられないんじゃないかって言ってた。それなら歴代の校長も魔法省も見つけようがないでしょ? だって、蛇語を話せるのはスリザリンの末裔以外にまずいないんだから」

「スミレは……部屋を開けられても、バジリスクの影を見ただけで倒れそうね」

「マンドレイクで気絶しているようじゃね……」

 スプラウト教授の呆れた顔を思い出してつい笑ってしまった。

 可愛いという教授の意見には同意できないが、あの程度で倒れる魔女なんて彼女くらいだ。

 ハーマイオニーは本のページを千切って握りしめ、「それじゃあまた。もうすぐクィディッチの試合があるの」と言って図書室を出て行った。

 丁度探していたページを持っていってしまわれた。

 どうしよもなくなったダフネは、まだ少し肌寒い廊下に出るのが嫌だったので、せっかくだし昼食まで本を読んでいくことにした。

 

 その後間もなく、校内放送で全校生徒は各寮の談話室に集められた。

 

 第四と第五の犠牲者が発見されたのだ。

 

 一人はレイブンクローの監督生、ペネロピ・クリアウォーター。

 

 もう一人はグリフィンドールの誇る才女、ハーマイオニー・グレンジャーである。

 

 

「全校生徒は夕方六時までに各寮の談話室に戻るように。それ以後、決して寮を出てはならん。授業に行く際は必ず一名以上で教授が引率する。食事、手洗い、図書館に行く場合も必ず教授の同伴を必要とする。クィディッチの練習も試合も、すべて無期限延期となる。無論だが、放課後のクラブ活動も無条件に認められん。例外は、いずれもなしだ」

 超満員の談話室で、スリザリン生は黙ってスネイプ教授の話を聞いた。

 羊皮紙を広げて読み上げ終えると紙をクルクル巻きながら、いつも以上に暗く沈んだ声で続けた。

「諸君らに言うまでもないが、我が輩とてこのような状況に陥ったことは極めて遺憾である。一連の襲撃事件の犯人が捕まらぬかぎり、ホグワーツ魔法魔術学校の閉鎖も十分にあり得よう。犯人について、何か心当たりがある生徒は速やかに申し出るように」

 石の扉から出て行く教授の足取りは、いつもよりぎこちなかった。

 あのスネイプ教授が、あれほどショックを受けていると誰もが気づいた。

 途端にスリザリン生は口々にしゃべりはじめた。

「これでグリフィンドール生が二人やられた。寮付きのゴーストを別にしても。レイブンクローが一人、ハッフルパフが一人」

 監督生が指を折って今までに石にされた者を数えた。

「レイブンクローのペネロピ・クリアウォーターは半純血だ。他は全員『穢れた血』だったが、アイツは違うぞ。継承者は真に純血の生徒以外を認めないつもりだ……スリザリンにだって半純血はいる。俺たちも他人事じゃなくなった」

 マーカス・フリントはフンと鼻を鳴らした。

「出来過ぎだと思わないのか? 半純血だって襲う気なら、真っ先にスリザリンの誰かを狙えばいい。その方がなに考えてるのかハッキリしてお互いに勘違いしなくて済む。なのに今更になってレイブンクローのクリアウォーターだと? 犯人はレイブンクローかグリフィンドールにいるに違いねえ」

 名推理に拍手が湧き起こり、レイブンクローとグリフィンドールを糾弾する声があがった。

 ドラコはどちらもバカバカしいという顔でパンジーを隣に座らせてふんぞり返り、ミリセントも自分は関係ないとティーカップを傾けていた。

 スミレは黙々とチョコレートをつまんでいる。

 彼女も純血、襲われないのは確かだ。

 カロー姉妹がダフネにお茶のお代わりは必要か尋ねたが、ダフネにはもはや夕飯を食べる気分すら湧かない自信があった。

 

 

 ハリーとロンがハグリッドの小屋を訪ねたのは、ハーマイオニーが石になったその日の夜だった。

 蜘蛛のアラゴグと『秘密の部屋』について話を聞くつもりだった。

 透明マントで身を隠し、いつもの森小屋の扉を叩いた。

 ハグリッドはおかしなくらい動揺していて、ハーマイオニーが襲われたことの他にも――例えば昔に飼ってたペットがまた暴れているとか――何か悩んでいる様子だった。

 そこへダンブルドアとコーネリウス・ファッジ魔法大臣が来訪するとは誰も予想し得なかっただろう。

 黒の山高帽に上等なスーツ姿で、まんまるとした肥満体は威厳というものがまるでなかった。

 普通にしていれば温和な紳士なのだろう。しかしファッジは見るからにしょぼくれている。

 透明マントに隠れたハリーとロンに気づく様子もなく、背の高いダンブルドアの隣でおずおずと切り出した。

「ハグリッド、状況はよくない」

 ぶっきらぼうで、しかし震えた声だった。

「すこぶるよくない。マグル出身が四人もやられたとあっては、魔法省も動かざるを得ん。なんとかしなければ……」

「俺は、決して」

 ハグリッドの小さな黒い目が、すがるようにダンブルドアを見た。

「ダンブルドア先生様、知ってなさるでしょう。俺は誓って、決して……」

「もちろんじゃよハグリッド。コーネリウス、これだけはわかって欲しい。わしはハグリッドに全幅の信頼を置いておる」

 ダンブルドアは眉をひそめてファッジを見た。

 あの態度を見れば明らかだ。校長は魔法大臣に抗議している。

 まともな頭なら嫌でも分かる。被害者の状況と怪物の特徴は一致しないのだから。

「しかし、しかしだアルバス」

 それをファッジも分かっているのだろう、申し訳なさそうに言葉を返した。

「ハグリッドには不利な前科がある。魔法省としても、何かしなければならん。『日刊予言者新聞』にあの事(、、、)を知られてはマズい、取り返しがつかん。致命傷になる」

 冤罪で生徒が一人退学させられ、杖まで奪われたことを隠し通したいらしい。

 ハリーはむかっ腹が立った。

「コーネリウス、もう一度言う。ハグリッドを連れていったところで、なんの役にも立たんじゃろう。それに君もよく分かっているはずじゃ」

 ダンブルドアのブルーの瞳に、これまでハリーが見たことがないような激しい炎が燃えている。

「私の身にもなってくれ……」

 山高帽をもじもじいじりながら今にも泣き出しそうだ。

「どこからか情報が漏れた。魔法省は連日『秘密の部屋』でもちきり、有力者たちはみな怒り心頭だ。新聞がいつ君を証人として召喚し、この騒動の責任追及をしろと騒ぎ立てるか分からん! 先手を打たねば! ハグリッドを連行して、形だけでも彼らを落ち着かせんと……!」

「俺を連行?」

 ハグリッドは震えていた。

「どこへ?」

「ほんの短い間だけだ」

 ハグリッドと目を合わせずに、俯いて告げた。

「私にはもはやこれしか手立てがない……一時的なものだ。犯人が逮捕され次第、君は十分な謝罪を受けて釈放される」

(五〇年前に逮捕できなかったから今こうなってるんじゃないか!)

「まさかアズカバンじゃ? あの忌々しいバケモンどもの巣に俺を放り込む気かい!」

 ファッジが答える前に、また激しく戸を叩く音がした。

 一番近くにいたダンブルドアが戸を開けた。

 今度はハリーが脇腹を小突かれる番だった。

 全員に聞こえるほど大きく息を呑んだからだ。

 うんざりした顔のルシウス・マルフォイ氏が、夜闇を照らすランタンのような笑顔のギルデロイ・ロックハートと二人並んで立っていたのだ。

 丈の長い黒の外套に身を包み、氷のように冷たい目も疲れている。

 ファングが低く唸り出したが、ロックハートはそちらにも微笑みかけた。

「こんばんはハグリッド! ダンブルドア校長、こちらにいらっしゃいましたな……これはこれは! 大臣閣下までお越しとは! 私もお邪魔して構いませんね?」

「……もう来ていたのか。ファッジ」

 何もかもが場違いに明るいロックハートは金色のローブを輝かせて遠慮なく小屋に入った。

 マルフォイ氏は「では失礼……」と断って後に続く。

 二人とも気に食わないハグリッドは大声で言った。

「ここになんの用があるんだ? 俺の家から出ていけ!」

「見たところ、紅茶にブランデーを入れすぎたようですね! まあ私も気持ちは分かりますよ! 突然の来訪者をもてなすのは実に難しいものです! 今度カンタンもてなし術について解説した私の著書をお持ちしますよ!」

「言われるまでもない。君の――あぁ――これを家と呼ぶのかね? その中にいるのは私とてまったく本意ではない」

 ルシウス・マルフォイはせせら笑いながら狭い丸太小屋を見回した。

 ロックハートを視界から外そうとしているのかもしれない。

「校長室を訪ねたところ、ファッジはこちらにいると聞いたものでね」

「私に? こんな時に一体なんの……」

「私としても極めて残念だがね。ファッジ、見たまえ」

 マルフォイ氏が、長い羊皮紙の巻紙を取り出しながら物憂げに言った。

「有力者たちは納得のいく説明を求めている。私も微力ながら説得を試みたものの――あまりに無力だった。彼らはもはやダンブルドアが事態を把握しきれておらず、ただ成り行きに任せるがままホグワーツは閉鎖されるのだと考えている。これだけの人数がアルバス・ダンブルドアの証人喚問要求に署名した……こうなってしまっては、理事会が手を尽くしたところでもうどうにもならん」

「おぉ、ちょっと待ってくれ、ルシウス」

 ファッジが驚愕して言った。

 目に涙が浮かんでいる。

「ダンブルドアを証人喚問……!? 絶対にいかん。今という時期に、それだけは絶対に困る……」

「それは私とて百も承知だ。質疑応答は非公開、そこで彼らを納得させる他にあるまい。署名を撤回させ、世にこの件が知られる事だけは避けねばならん。燃え上がった火が全てを焼き尽く前に、誰かが鎮めなければな」

 マルフォイ氏はよどみなく答えた。

 自分もファッジの側に立っているはずなのにどこか他人事のような口調だ。

 彼の息子以上に冷酷そうな声がそう感じさせるのだ。

「元より君の失態が引き起こしたことなのだから」

「ルシウス、待ってくれ。それは私の責任では――」

 ファッジは鼻の頭に汗をかいていた。

「では誰が責任を取る? あのウィーズリーに焚きつけられる程度の頭しかない君の部下たちを処分して片付ける気か。せめて私を立ち会わせればいいものを、よりにもよって妻一人の

時を一方的に令状を突きつけて一族秘蔵のコレクションを奪い去った挙げ句、ろくに検査もしないまま紛失したのがそもそもの原因だろう。そして元を正せばファッジ、君が我々の助言を聞き入れてあの私怨にまみれた抜き打ち検査をやめさせていれば、私とてこの真夜中に君を探し廻らず済んだ……!」

 今にもファッジを頭から食い殺しそうな剣幕でマルフォイ氏は大臣相手に詰め寄った。

 持ち手が蛇の頭になっている杖で今にも殴りかかりそうだ。

 だが大臣も懲りずに「ルシウス、君があんな物を買わなければ……」と口の中でゴニョゴニョと呟き、ついにマルフォイ氏の不健康に白い額に青筋が浮かんだ。

 怒り狂った顔もやはり息子にそっくりで、糸のように細くなった瞳がそのままファッジを貫き殺しそうである。

 一節ごとに区切りながらゆっくりと言葉を発する様には、気づかれていないはずのハリーとロンすら背筋が凍った。

「私のささやかな趣味をとやかく言われる覚えはない……魔法省の方針に従って、今まで何度も検査に出し安全を確認させてきた……その事を知らぬとは言わせん……」

「あー、ゴホン! お取り込み中のところ大変失礼!」

 マルフォイ氏の眼光なら見たものを石に出来そうだ。

 それに気づかず、ロックハートは大変失礼なことに大きな咳払いをして二人の会話に堂々と割って入った。

 矛先を向けられる前にダンブルドアが「して、君はここに何の用かのうギルデロイ」と暗に離席するよう促すほどだ。

「ええ、実は校長のお耳に入れねばならない話がありまして! 校長室をノックしたのですが、先生はこちらにいらっしゃると親切に教えていただきまして! そこへちょうどマルフォイ氏もお越しになられたのでご一緒させていただきました!」

(ご一緒の間ずっとロックハートの駄法螺を聞かされたから目が死んでたんだ……)

 今度こそハリーも小指の先ほどながら、マルフォイ氏が哀れに思えた。

「それは急を要することと考えてよいのじゃな?」

「もちろんですとも! 大臣閣下もよろしければお聴き願えますかな?」

 ハグリッドがハリーのためにと淹れた濃いお茶を一口飲んで、ロックハートは狭い小屋の中をうろうろと歩き始めた。

 しかし何もないところで蹴つまずきすぐに歩くのをやめた。

「『秘密の部屋』について、おおよそどこにあるのか! その目星がついたのです!」

「おい! 嘘っぱちも大概にせえ! ダンブルドア先生様ですら見つけられねえもんを、お前さんが!? 法螺にしても下手が過ぎるわい!」

「落ち着くのじゃハグリッド。まずは、ギルデロイの話を拝聴するとしよう」

 ダンブルドアがたしなめた。

 ロックハートはにこやかな笑顔で「さて」と切り出した。

「事の発端について……創設者たちの話は割愛するとしましょう、なんせ誰でも知っていることですからね。私が、この場で話すまでもありません……では、早速で申し訳ありませんがダンブルドア校長、五〇年前に襲撃された生徒がいるそうですね! 生徒の名前をお教え願えますか?」

「マートルじゃ。マートル・エリザベス・ウォーレン、レイブンクロー出身の君には馴染み深い名じゃろう」

「女子トイレのゴーストですから顔は存じ上げませんがね! 不幸なミス・ウォーレンは石になった状態で、亡くなられていた。顔には、この世のものとは思えないほどの恐怖が浮かんでいたとか……」

 ダンブルドアは頷いた。

 ハグリッドは忌々しい記憶を呼び起こされて機嫌が悪い。

 それに気づかず名探偵気取りのロックハートはさらに続ける。

「『秘密の部屋』はスリザリンが残したもの。そこで私、ギルデロイ・ロックハートは歴代校長について調べてみました。無論、我らがダンブルドア先生も含めてです! そしてある共通点を見出したのです!」

「共通点? そんなものがあるのかね?」

「私も驚きました、大臣閣下も無論仰天なさるでしょう……マルフォイ氏も、そこのお利口そうなワンちゃんもね!」

 

(勿体つけてないで早く言えよ)とロンは心の中で呟く。

 

 ファングがお利口に見える人間はとてもお利口とは言えない。

 

「誰一人……そう、誰一人として、パーセルマウスではなかった! 四人の創設者をみな校長とみなすのならば『秘密の部屋』を遺したサラザール・スリザリンその人を除き、ただの一人として、蛇語を話せる校長は存在しないのですよ!!」

 

 ダンブルドアが目を閉じた。

 その隣でファッジは口を開けたままだんまり、マルフォイ氏もロックハートを見直したように熱のこもった目で見ている。

 ロンはハリーを見ていた。顔は真っ青で、唇は震えている。言葉がなくとも伝わる。

 ホグワーツの運命は今やハリーの手に委ねられている。

 蛇と会話できるのは、この場にいるハリー・ポッターともう一人。

 白い大酒飲みの蛇を飼っている無愛想な女子の二人しかいないのだ。

 その事実にハリーは心臓が止まりそうで、ロンが安心させようと必死になっているにのも気がつかない。

「君の言う通りじゃギルデロイ。わしを含め、ホグワーツの歴代教員にすらパーセルマウスの者はおらん。サラザール・スリザリンを除いてはのう」

「ではやはり『秘密の部屋』はパーセルマウスでなくては開かないと? スリザリンの血を引くものでなくてはならない、そうなのか!? スリザリンの末裔はもう誰も生きておらんというのに!?」

 取り乱すファッジの肩にダンブルドアが手を置いた。

 彼も、世界一の大賢者もまた、結論に行き着いている。

 それはあまりにも無理難題で冷酷な答えだ。とても口に出来ない。

 ましてハグリッドの前ではとても――

 

「こ、国外からでも構わん。どこでもいい、パーセルマウスの魔法使いを招いて闇払いたちと共に『秘密の部屋』へ送り込むしかない。協力してくれルシウス!」

「私にも責任の一端がある……言われるまでもないことだが、なおのことダンブルドアの言葉が必要になりましたな。世にも稀な蛇舌を死地へ送り込むことになる、交渉は難航必至だ」

 

 マルフォイ氏の言う通りだ。

 スリザリンの怪物は並大抵のものではないだろう。

 去年ハグリッドが飼っていた『ふわふわのフラッフィー』やあのおっかない『暴れ柳』とは比べものにならない、城に棲み始めてからでも千年は生きている正真正銘のバケモノである。

 そんな怪物の巣穴に貴重なパーセルマウスを好き好んで送り込む国がどこにあろうか。

 だが、ダンブルドアには当てがあった。

 ハグリッドの手前、誰のこととは言わなかったが、ハリーとロンは察しがついた。

 

「ファッジ、わしはあの生徒を家に帰す時が来たと思っとる」

「あり得ん事だ、断じてあり得ん。繰り返し言ったはずだぞアルバス。彼女の件に関して魔法省はこれ以上、絶対に、一切、何があろうと譲歩しない」

「ファッジ。私も一児の父として言わせてもらうが、生徒の安全を考えれば――「何度も言わせないでくれルシウス! これが最終決定だ。もし私の目の前で『例のあの人』が蘇ろうと覆ることはない!」

 

 ファッジは二人の説得で逆に怒り始めた。

 さっきまであんなにおどおど落ち着きのない様子だったのが、今は長身だらけの中で堂々と胸を張りハッキリと声をあげて喋っている。

 大きく広がった額まで赤くして頭頂部からは湯気が登りそうだ。

 そしてダンブルドアに向き直りはっきりと拒絶を示した。

 

「魔法省大臣として言わせてもらおう。もし仮に、今後最悪の事態――即ちホグワーツ魔法魔術学校の閉鎖が決定したとしてもスミレ・アオイの帰国は許可されない! すでに決定したことだ! そちらは明日にも部下に令状を持って来させる! ハグリッドとアルバスについては既に令状がある!」

 

 その剣幕は「今すぐにでもスミレまでアズカバンに送りたい」と言い出しかねないほどで、怒りに震えながら椅子に腰掛けていたハグリッドの気勢を削いでしまっていた。

 ダンブルドアもファッジの頑なさを前に、説得不可能と判断したようだった。

 ロンも兄たち――ビルとチャーリーのことだ――あまりファッジについては話そうとしないのは、パーシーの前まで悪口を言うのが気まずいからだと悟った。

 沈黙を破ったのはマルフォイ氏だった。

 ロックハートが何か言おうとしたのを遮った形だ。

 扉を開け、まだまだ冷たい夜風を小屋の中へ招き入れた。

 ロンとハリーは思わず震えてしまった。

「さて、これで話は済んだ。我々は今、何より時間が惜しい――違いますかな?」

「そうじゃのうルシウス、急がねばならん」

 ダンブルドアがハグリッドを連れ、小屋を出ようとする。

 立ち止まったとき、誰もが甘いものを欲しがるなと思ったが、違った。

「おおそうじゃ、一つ言い忘れておった。忘れるでないぞ、わしがほんとうにこの学校を離れるのは、わしに忠実な者がここに一人もいなくなったときだけじゃ。そしてよくよく覚えておくがよい。ホグワーツでは助けを求める者には、必ずそれが与えられる」

 一瞬、ダンブルドアの綺麗な目がハリーとロンの隠れている小屋の片隅へと向けられた。

 少なくともハリーはその確信があった。

「あっぱれなご心境だ」

 ファッジは頭を下げて敬礼した。

「校長、理事会はこの恐るべき事態が一刻も早く解決に向かう事を望むばかりだ」

 マルフォイ氏はダンブルドアに一礼して先に小屋を出た。

 外の真っ暗闇に溶け込んで待つ姿は吸血鬼のようだ。

 ファッジは山高帽をかぶりハグリッドが先に出るのを待っていたが、ハグリッドは足を踏ん張り、深呼吸すると、言葉を選びながら言った。

「誰か何かを見っけたかったら、クモの跡を追っかけて行けばええ。そうすりゃちゃあんと糸口がわかる。俺が言いてえのはそれだけだ」

 ファッジはあっけに取られてハグリッドを見上げた。

「よし。行くぞ」

 いつもの厚手木綿のオーバーを着た。

 ファッジの後に続いて外へ出るとき、戸口でもう一度立ち止まり、小屋の中へ大声で言った。

「それから、誰か俺のいねえ間、ファングに餌をやってくれ」

「もちろんですとも、ご安心なさい! 犬の飼育についても自信がありますからね!」

 ロックハートが慌てて先に出た面々を追うと、ロンが『透明マント』を脱いだ。

「大変だ」

 ロンの声は掠れていた。青い目も充血している。

「今夜にも学校を閉鎖した方がいい。ダンブルドアがホグワーツにいなくなったら、一日一人は襲われるぜ」

 ファングが、閉まった戸に鼻を押し当てながら悲しげに鳴きはじめた。




 下手すると原作以上に大ポカなルシウスさんでした。
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