ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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 vs.トム・マールヴォロ・リドル戦です。


秘密の部屋

 ロックハートは職員室を去って夜逃げを決意した。

 そこへ『秘密の部屋』について伝えようと駆けつけたハリーとロン。

 さらに乱入してきたパンジーとダフネ。

 多勢に無勢、杖を奪われ正真正銘の役立たずとなった詐欺師を連れてレイブンクロー寮のトイレに向かう。

 五〇年前、マートルが命を落としたトイレに隠された入口。

 あの立派な手洗い台が『秘密の部屋』に通じる扉だった。

 ハリーがパーセルタングで「開け」と命じると、仕掛けが作動する。

 蛇口が妖しく光り、手洗い台が床に沈んで、配水管が残った。

 大人一人分はある。ここを出入り口にして、バジリスクが生徒を襲っていたのだ。

「さて、私にもう用はありませんね──!」

 逃げ出そうとするロックハートを男子二人で取り押さえる。

 自分の部屋で女子二人に殴られ蹴られして、杖まで奪われてまだ諦めていない。

 ロンはほとほと呆れてパンジーとダフネを見た。

「なんで連れてきたんだよこんなヤツ……」

「責任取らせるためよ。決まってるでしょ」

「ちょっとは怖い思いをしてもらわないと」

「こ、これに一体なんの意味が?」

 四人から杖を突きつけられて、青ざめた顔に笑みの残骸を貼り付けている。

「先に降りるんだ。教師だろ」

 ついにロンがのど元へ杖を食い込ませる。

 凄まれて観念したロックハートは排水管の底を見る。

 真っ暗な闇が獲物を待つ蛇のようだ。

「ね、ねぇ君たち、誰か先に──」

 パンジーが背中を蹴飛ばした。

 ロックハートの絶叫が聞こえなくなると、ハリー、ロン、パンジー、ダフネが続く。

 蛇のように曲がりくねった急勾配を五人の絶叫で響かせながる。

 配水管の滑り台が平らになると、そこが終着点だった。

 冷たい石の床に投げ出された五人に怪我はなく、全員ゆっくりと立ち上がる。

 足下からバキバキと何かの砕ける音がした。

 松明や燭台の類いすらなかった。とても暗い。

 近くにいるはずのロンがどんな顔をしているかさえ見えない。

「ルーモス 光よ」

 ダフネの杖が照明になった。

 ロンも続こうとしたが、ロックハートの杖を振る勇気はなかった。

 床には小動物の骨が散乱している。

 足下の音の正体はこれだ。

 粉々になったネズミの頭蓋が待ち受ける未来を暗示しているようで、ロンとハリーは下を見ないようにした。

「きっと湖の底だよ……」

「地下牢より深いわよね……」

「みんな、何か動く気配がしたらすぐに目を閉じるんだ。いいかね?」

 全員頷く。

 それを確かめて、ハリーを先頭に地下を進む。

 ロックハートは杖を持たず、背後で女子二名が見張っている。

 パンジーも杖に光を灯すと薄暗かったトンネル全体を見通せた。

 ゴツゴツした岩肌が剥き出しで、ここはむしろ洞窟だ。

 ジメジメと湿った天井は高さもまちまち。自然に出来た空間に思えた。

 周囲の気配に警戒して進むと道が塞がれていた。

 女子二人が前に出てよく照らすと──

 

「なんてこった……」

 

 通路を埋め尽くすほどの巨大な抜け殻だ。

 バジリスクの抜け殻がとぐろを巻いて横たわっている。

 毒々しく濁った緑色の皮が床を埋め尽くす。

 ロンの声に誰もが同意した。全長は軽く二〇メートル近い。

 本体がどれほど巨大な生物なのか嫌でも予想出来る。

 

《殺す……血を捧げる時が来た……》

 

 この先にいる怪物の存在を思うと心臓が痛む。

 目など見なくても、影が視界の端に映っただけで脳が焼き切れてしまう気がした。

 息を飲み足が止まっている最中。

 囁くようにあの呪詛が聞こえた。それも今まで以上に明瞭に聞き取れた。

 

「みんな急ごう。ジニーが危ない」

 

 一歩前に出て振り返ったが何もいない。

 前へ向き直る際に左右も確かめ、安全と判断した。

 バジリスクの声はずっと遠くに去って行く。ハリーはそれを追った。

 誘導するようなやり口に疑問を持ちながら、どこへ進めばいいか分からない。

 道中に会話はない。

 男子はグリフィンドール、女子はスリザリン。互いに良い印象がない。

 沈黙を貫きながら何度目かの分かれ道を抜ける。

 怪物の声が止むとぱったり同時。壁に埋め込まれた金属の壁に行き着いた。

 二匹の大蛇が絡み合った彫刻を施され、眼窩では大粒のエメラルドが輝いている。

 何をすべきかすぐに分かった。

 女子二人が背後から壁を照らす。そこへ、ハリーが蛇語で語りかける。

 乾ききった口で、トイレの手洗い台と同じ言葉を発した。

 

『開け』

 

 他の四人には空気の漏れる音でしかない。

 正しい合い言葉だったようで、金属の大蛇が動き始める。

 中心で絡み合った状態から壁の縁に沿う形で円を描く。

 すると独りでに壁──正確には扉が開いた。

 向こう側は洞窟より明るい。足下はさらに低く、錆びついたハシゴがある。

 ロックハートが最初で、あとに生徒が新たな空間へ踏み込んだ。

 

 

 細長い、通路のような部屋だった。

 牙を剥いた蛇の頭像が左右一対、真ん中の石畳を睨んでいる。

 奥へ行くにはここを通るしかない。

 目をこらしてみると薄暗がりの中に無数の脇道がある。

 他のトイレにも同じ手洗い台がある。バジリスクは城中どこにでも出られるのだ。

 黒緑色の床は一面水びたしで、歩く度にビチャビチャと音を立てて水が撥ねる。

 そのまま警戒しつつ先へ進む。

 開けた空間に出ると、怒りの形相を浮かべた老人の頭像が待ち構えていた。

 年老いた猿のような頭、長い顎髭、それに陰鬱な目元。

 サラザール・スリザリンへ捧げられるように、ジニーが力なく横たわっていた。

 滑らかな床も構わず、ロンとハリーは鮮やかな赤毛の少女に駆け寄った。

 杖すら放り出し制服に水が撥ねるのも気に留めていない。

「ジニー!」

 二人とも叫んでいた。

 見える範囲に怪我はない。ローブに制服もそのままだ。

 だがジニーには意識がない。手を握ると大理石のように冷たくなっていた。

「ジニー起きろよ! 寝るんじゃない!」

「ジニー! 目を覚まして!」

 肩を掴もうが大声で呼び掛けようが、まぶたは固く閉じられたままだった。

 少し離れた位置にいるパンジーとダフネには亡骸のように映った。

 むしろ関心は部屋そのものに向いている。

 スリザリン像の端には一際大きな排水管がある。

 そこから僅かに水が流れ出していた。

 湖からなのか、あるいは学校のどこかか。

 その水が像の周囲に浅い堀を作っている、そしてその堀のそばに六人目の生徒がいた。

「ね、ねえアイツ……」

 袖を引っ張られたダフネもパンジーの指さす先を追った。

 緑色のネクタイと蛇の紋章はスリザリン生の証明。しかし、見たことのない顔だった。

 黒髪で長身の男子生徒がグリフィンドール生二人に微笑みかけた。

「目は覚めないよ」

 ロックハートも声に気づいてそちらへ目を向ける。

 見ず知らずの男子生徒がゆったりとした足取りでハリーたちへ近寄った。

 何故か輪郭のぼやけた生徒の名をハリーが呼んで、みながハッとする。

 

「……トム? ――トム・リドル?」

 

 ハリーの顔から目を離さず、スリザリンの少年──リドルは領いた。

 パンジーもおぼろげながら記憶に残っていた。何十年も前、学校から表彰された生徒だ。

 ダフネも同じく思い出していた。

 だがロン同様、声を出せない。

 何故、五〇年前の生徒がそのままの姿でここにいる。

 

 あの日も変わらないまま、どうして──

 

「目を覚まさないって、どういうこと? そんな、ジニーはまさか──」

「その子はまだ生きている。 辛うじてだがね」

 穏やかに教え諭すような口調がロンは気に障る。

 外面では親切のフリをして腹の底では見下されているような気がした。

 あのパーシーが聖人君子に思えるほどイヤなヤツだ。

 パンジーはどうにも理解が追いつかずリドルに尋ねた。

「あなたはゴーストなの?」

「記憶だよ。五十年間、日記の中にあった」

 その視線が一瞬ハリーから逸れたのをダフネは見逃さなかった。

 スミレがベッドの下に隠していた古い日記帳だ。開かれたまま床に転がっている。

 それが事実であろうとあるまいと、あの上級生を信じる気はなかった。

 助けを求めるハリーを無視し、足下に転がった杖を拾い上げている。

「スミレはどこ。先にここへ来たはずよ」

「少し席を外してもらったよ。これから大事な客人をもてなさなければならなくてね」

「まさかアンタ、バジリスクを──」

「おっと、勘違いして貰っては困るな。彼女は純血だ……変人だが、それは事実だ」

「すぐに会わせて。無事なら出来るでしょう」

 リドルは一瞬たりともハリーから目を離さない。

 拾い上げた杖を弄びながら、薄笑いを浮かべている。

 しなやかな指で所在なげに手の中で回している。

「もういいでしょ! バジリスクが来たらどうするのよ!」

「バジリスクは来ない。僕が呼ぶまではね」

「杖を返してくれ。必要になるかも──」

「ポッター、君ならもう気づいて良いはずだ! その記憶が五〇年前と今回、『秘密の部屋』を開いた張本人だとね。ウィーズリーの妹を連れ去ったのも、瀕死にさせたのも、生徒を石にしたのも全部目の前にいるトム・リドルがやった!」

 泣き叫ぶようなロックハートの声で四人の視線は一カ所に集る。

 リドルの微笑がますます広がった。

 小刻みに肩を振るわせ気怠げに手を叩く。ついに本性を隠すこともやめたようだ。

「五〇年前に開いたのはこの僕だ。しかし今回は違う。すべてジニー・ウィーズリーがやったことだ。『穢れた血』と猫にバジリスクをけしかけ、継承者のメッセージを壁に書き残したのもすべてそのおちびさんがやったことだ」

「無理よ。パーセルマウス以外に『秘密の部屋』を開く事は出来ない」

「その通りだミス・グリーングラス。ジニーは僕の日記に心を開き、なにもかも……そう、なにもかも話した。兄さんたちが馬鹿にする、本やローブはみんなお下がり、そして有名な、素敵な、偉大なハリー・ポッターが、自分のことを好いてくれることは絶対にない……とかね」

 とても疲れたという表情でリドルは続けた。

 しかし端正な顔は冷たい笑みが滲んでいる。

 これがあの優等生の正体だ。

 仮面の下には冷酷な蛇が巣食っていた。

「十一歳の小娘の悩み事を聞き続けるのはまったくうんざりだったよ。だが僕は辛抱強く返事を書いた。同情してやったし、親切にもしてやった。そうしてジニーは僕に心を打ち明けることで、自分の魂を僕に注ぎ込んだ。彼女の魂こそ僕の必要としたものだ。僕は相手の心の深層の恐れ、暗い秘密を餌食にして力を増していく。今やかつてとは比べものにならないほど己を取り戻した。そして十分に力が満ちたとき、僕の一部──魂の欠片をウィーズリーのチビに注ぎ込んだのさ」

 つぅっと細まった瞳が笑った蛇を連想させる。

 ハリーは爪が手のひらに食い込むのも構わず拳を握りしめた。

「バカなジニーのチビが僕を信用しなくなるまでに時間はかからなかった。兄に比べればマシな頭だったんだろう。一人目の『穢れた血』を襲わせた直後、日記帳を捨てた。東洋人が現れた! 彼女は君たちの誰よりも優秀だったよ。日記帳を開いたのはたった一度、襲われた生徒はまだ一人の段階で、僕の素性から五〇年前の事件の真相まで突き止めていた。にも関わらず彼女は馬鹿正直に日記をジニーのもとへ返してくれた」

「馬鹿正直? アンタがそうするように仕向けたんでしょ!」

「いいや、残念ながら僕はあの小娘を操ることが出来ない。会話する日記帳を警戒して、最初に開いたきり返すまで放ったらかしにされたんだ。たかが一歳の差でこれほど違いが出るとはね。この兄にして妹ありだ。おかげでお優しいジニーは君のことを不用心に色々と聞かせてくれたよ。ハリー、君の輝かしい経歴をだ」

 リドルの鋭い目がハリーの稲妻形の傷を舐めるように見つめた。

 獲物をむさぼるような表情が、より一層顕わになる。

「君のことをより知る必要があった。会って、話をしなければならないと。だから君の信頼を勝ち取るため、あのウドの大木のハグリッドを捕まえた場面を見せてやった」

「ハグリッドは僕の友達だ! それなのに、君はハグリッドを嵌めたんだ! 僕は君が勘違いしただけだと思っていたのに!」

 リドルは甲高い笑い声をあげた。

「貧しいが優秀。孤児だが勇敢そのものの監督生で模範生、もう一人は週に一度は問題を起こすドジで間抜けな木偶の坊。ディペットの爺さんがどちらを信じるかなんて、考えるまでもない。あんまり計画通りに事が進んだものだから、僕も驚いたよ。たった一人……ダンブルドア先生だけは、ハグリッドを無実だと思っていたらしいが」

「きっとダンブルドアは、君のことをとっくにお見通しだったんだ」

「そうだろうね。ハグリッドが退学になってから、ダンブルドアは僕を徹底して監視するようになった。自分の在学中に『秘密の部屋』を再び開けるのが危険なことは僕も分かっていた。しかし費した年月を無駄にするつもりはない。日記を残し、十六歳の自分をその中に保存した。いつか時が巡ってくれば、誰かに僕の足跡を追わせて、サラザール・スリザリンの崇高な職務を成し遂げることができるだろうと」

 リドルはすべてを打ち明けた。

 五人を前に──うち一人は何も出来ない役立たずだが、彼は勝利を確信している。

 それもすべてバジリスクの存在によって成り立つ。

 嬉々として語る『記憶』へハリーは勝ち誇ったように言う。

「成し遂げていないじゃないか。猫一匹すら死んでいない。あと数時間でマンドレイク薬が出来上がって、石にされた人はみんな元に戻るんだ」

「……まだ言っていなかったかな? 『穢れた血』の連中を殺すことはもうどうでもいい。この数ヵ月間、僕の新しい狙いは──君だった」

 ハリーは目を見張ってリドルを見た。

 じっと二人を観察していたダフネも気づいた。

「五〇年前にトム・リドルはホグワーツの閉鎖を防いだ。懲りもせず怪物を飼っていたハグリッドを生贄にして、表面上だけはぜんぶ丸く収めた。なんでそんなことをしたと思う? ソイツは孤児よ、本当の意味で帰る家なんてなかったとしたら? 学校が閉鎖されれば、孤児院か里親の元に送り返される──」

「その通りだよミス・グリーングラス。あのときの僕はホグワーツが必要だった。穢らわしいマグルの元で生活するなどもっての外だ。なのに『穢れた血』が一匹死んだだけであのディペット爺さんは震え上がり、僕に家へ帰るように言った。おまけに魔法省は学校を閉鎖しようとした……だから、五〇年前はやむを得ず『秘密の部屋』を閉じたんだ」

「今度は閉鎖へ追い込むために、あんなに大勢襲った?」

「ああ」

 リドルは頷いて微笑んだ。

 その態度は恐ろしいほど軽々しい。

「ジニーに自分の遺書を書かせ、ここに下りてきて待つように仕向けた。それだけでは不足だろうと、前回より多くの生徒にバジリスクをけしかけた。アレは誰より学校の仕組みに詳しい、簡単にこなしてくれたよ。君が来ることはわかっていたよ、ハリー・ポッター。君には色々と聞きたいことがある」

「何を?」

 誰もが息をのむ。

 ハリーの静かな声が部屋に木霊した。

「これといって特別な魔力も持たない赤ん坊が、どうやって偉大な魔法使いを破ることが出来たんだ? 何故その傷だけで、君は逃れることが出来たのか? ヴォルデモート卿の力は打ち砕かれたのに──」

 獲物を前にした捕食者の目に、妖しい赤い光が灯った。

「どうして気にするんだ? ヴォルデモートは後の人だろう?」

「ヴォルデモートは──僕の過去であり、現在であり、未来なのだ」

 トムはそう告げ、ハリーの杖で空中に文字を書いた。

 三つの言葉が、揺らめきながら淡く光った。

 

 TOM(トム)( ・) MARVOLO(マールヴォロ)( ・) RIDDLE(リドル)

 

 もう一度杖を一振りする。

 すると名前の文字が並び方を変えた。

 

 I AM LORD VOLDEMORT(わたしはヴォルデモート卿だ)

 

「君が、ヴォルデモート……?」

 リドルは囁いた。

「ホグワーツ在学中からこの名は使っていた。もっとも、知っているのはごく限られた生徒だけだ。あぁハリー……穢らわしいマグルの父親の姓を、僕がいつまでも使うと思うか? サラザール・スリザリンの聖なる血を受け継いだこの僕が? ただ魔女と言うそれだけの理由で母を捨てたクズの名を? ハリー、ノーだ。だから僕は自分で自分に名前をつけた。いつか僕が世界一偉大な魔法使いになったとき、誰もが口にすることを恐れる名前を。当然、その日が来ることを僕は知っていた。僕が世界一偉大な魔法使いになるその日は、必ず訪れると」

 ロンすらリドルを見ていた。

 目の前にいる学生がかつて魔法界に恐怖をもたらした『闇の帝王』その人だ。

 多くの魔法使いとマグルが殺された。その記憶は未だ強く残っている。

 その名は彼自身が望んだとおり、誰もが恐れ口にすることも、耳にすることすら拒む。

「世界一偉大な魔法使いはアルバス・ダンブルドアだ」

「ダンブルドアは僕の記憶に過ぎないものによってこの城からいなくなった!」

「いなくなりはしない。彼を心から信じる者がいる限り!」ハリーが言い返した。

 ダンブルドアを恐れるからこそ、彼は必死になって追い出したのだ。

 だから五〇年前は襲撃を止めた。

 そして今も、ダンブルドアが城を離れるまで派手に動けなかった。

 リドルは悪鬼の形相で口を開き、途端にその顔が凍りつく。

 どこからともなく、美しい歌声が聞こえてきたのだ。

 歌は徐々に近づいてくる。それにつれて大きく響く。

 この世のものとも思えない旋律はある者に恐怖を与え、またある者には勇気を与える。

 炎の中から深紅の鳥がドーム型の天井に姿を現した。

 鳥はハリーの方にまっすぐに飛んでて、運んできたボロボロのものをハリーの足元に落とす。

 ジニーの傍らに降りたって、寄り添うようにしながらじっとリドルを見つめた。

「フォークス!」

 ダンブルドアの飼っている不死鳥だ。世にも珍しく、美しい生き物。

 ただ歌うだけの鳥などではない。

 この場でそれを知っているのはハリーだけだ。

 一方で『秘密の部屋』に継承者の高笑いが響く。

 大きな亀裂の入ったボロの正体は『組み分け帽子』だった。

「ダンブルドアが味方に送ってきたのはそんなものか! 歌い鳥に古帽子じゃないか!」

 ハリーは答えなかった。

 フォークスや『組分け帽子』がなんの役に立つのかはわからないにせよ。

 ダンブルドアがこれを届けたのなら、きっと意味がある。

 恐怖は消え失せていた。今は、かつてないほどに勇気が湧き起こってくる。

「ハリー、本題に入ろうか。僕たちは互いの過去と未来において、二度も出会った。そして二回とも、僕は君を殺し損ねた。君はどうやって生き残った? すべて聞かせてもらおう。」

 そしてリドルは静かにつけ加えた。

「長く話せば、その分だけ君は生きながらえることになる」

「君が僕を襲ったとき、どうして君が力を失ったのか、誰にもわからない」

 ハリーは唐突に話しはじめた。

「僕自身もわからない。でも、何故君が僕を殺せなかったか、僕にはわかる。母が、僕をかばって死んだからだ。母は普通の、マグル生まれの母だ」

 ハリーは、怒りを押さえつけるのにワナワナ震えていた。

「君が僕を殺すのを、母が食い止めたんだ。僕は本当の君を見たぞ。去年だ。誰かに寄生しなければ姿を保つことも出来ないほど穢らわしい残骸だ! 辛うじて生きているだけで! 醜い姿で逃げ隠れしている!」

 リドルの顔が怒りに歪んだ。

 それを冷酷で残忍な笑顔で取りつくろった。

「そうか。母親が君を救うために死んだ。なるほど。それは呪いに対する強力な反対呪文だ。わかったぞ──結局君自身には特別なものは何もないわけだ。実は何かあるのかと思っていたんだ。ハリー・ポッター 、何しろ僕たちには不思議に似たところがある。君も気づいただろう。二人とも混血で、孤児で、マグルに育てられた。偉大なるスリザリン卿ご自身以来、ホグワーツに入学した生徒の中で蛇語を話せるのは、例外を除けばたった二人だけだろう。それに見た目もどこか似ている。しかし、僕の手から逃れられたのは、結局幸運だったからに過ぎないのか。それだけわかれば十分だ」

 例外、確かにその通りだ。

 アオイ・スミレは普通と違う。

 東洋人で、吸血鬼で、それにマグル趣味のスリザリン生。

 トム・リドルの目には奇人変人としか認識されていないのだろう。

「サラザール・スリザリンの継承者たるヴォルデモート卿と、かの有名なハリー・ポッターとで、お手合わせ願おうか」

 リドルはフォークスと『組分け帽子』を嘲笑うように一瞥してその場を離れた。

 自分たちの方へ近づいているのに気づき、パンジーとダフネはロックハートの背後に隠れる。

 ロックハートは盾にされても身動きひとつせず、曖昧な笑みを浮かべているだけだった。

「目を閉じていたまえ。もっとも、命が惜しいならの話だがね」

 そして三人に無防備な背中を晒す。

 ロンはジニーを庇い強く抱きしめた。

 リドルの薄い唇から微かに空気の漏れる音が聞こえても、喋っている言葉は聞こえない。

 ハリーとトム・リドル、そしてバジリスクのみが意味を理解出来た。

 

『スリザリンよ。ホグワーツ四強の中で最強の者よ。我に語りたまえ』

 

 ハリーが向きを変えて石像を見上げた。

 フォークスはロンの肩の上で揺れる。

 スリザリンの巨大な石の頭像が動き始めた。閉ざされていた口の部分がゆっくり開く。

 継承者の呼び掛けにスリザリンが応えたように見える。

 奥に潜む何かが、ずるりと外へ這い出た。

 誰もがかたく目を閉じる中、継承者は蛇語で怪物へ命じる。

 

《あの小僧を殺せ》

 

 恐怖で声が漏れるロンはすぐ後ろに巨大な何かの気配を感じた。

 バジリスクの全身が床に下りると、部屋全体が揺れる。

《他は無視しろ。ヤツ一人を狙え》

 蛇の王は継承者に一言も返さない。

 重い音を立てて石の床を這う。

 リドルの手がロックハートに下がるよう促し、道を空けさせる。

 ハリーまで一直線になると同時。バジリスクの足音は速さを増した。

 立ち向かう術がない。杖さえあればいいが、それは取り上げられてしまった。

 背後から迫る凄まじい殺気に追われて走り出したハリー。

 石畳に躓き、床でしたたかに顔を打った。

 ロの中いっぱいに血の味が広がる。毒蛇はすぐそばまで来ている。

「パーセルタングを使っても無駄だぞ! 僕だけに従──」

 バタバタと何かが倒れる音。

 そしてロックハートの「うわぁ!?」という声。

 リドルは怒り狂って叫んだ。

「貴様ら何をしている!? 誰の邪魔をしているか──」

「オブスキューロ! 目隠し!」

 それを遮ってダフネの声が爆ぜた。

 ハーマイオニーとスミレが『決闘クラブ』で披露した、あの呪文。

 布切れが顔に巻きついて目隠しする。それだけのもの。

 しかしこの状況で最も有効な一撃を受け、バジリスクは雄叫びをあげる。

《こっちに構うな! 臭いで追え! 小僧はそこだ!》

「ポッターもう大丈夫! 目を開けて!」

 パンジーが叫ぶと同時、リドルは半分うつ伏せのままハリーの杖で「スピューティファイ! 麻痺せよ!」と呪文を放つ。

 杖の先で爆発した赤い閃光は、ダフネに髪を掴まれたロックハートの顔面に直撃した。

 気絶した成人男性一人に女子生徒二人、凄まじい重さで身動きの取れない継承者とハリーを確かめるまでもなく、バジリスクは目の前で起き上がろうとするハリーを狙った。

 言われるがままに目を開けると、バジリスクの黄色い目は真っ黒な手拭いで覆い隠されている。

 怪物は視界を封じられて動きが鈍くなった。

 その隙にホークスがハリーの手元へ『振り分け帽子』を再び運んだ。

 大きさの通り少し重いのは昨年に知っていた。

 が、今はもっとズシリとくる。

 中に何かある──手を突っ込んで引っ張り出すと、一振りの剣があった。

 掴んだのは眩い光を放つ銀の剣。卵ほどある紅玉が柄に埋め込まれ、煌々と輝いている。

 明確な武器を得てハリーはさらに勇気づけられた。

 ダンブルドアが寄越したのだから疑問を抱く理由などなにもない。

 バジリスクは再び標的を見つけると、大きく顎を開き無数の牙を剥き出しにする。

 荒々しく吠えて噛みつこうと飛び掛かる。

 二〇メートルに迫る巨体の体当たりを済んでのところで避けたが、ノコギリ刃のような鱗が右腕を掠めた。

 ほんの少しだが肉を抉られ、傷口から血が溢れる。

 今度こそ大蛇の鼻先はハリーから大きく離れた。

 リドルの方を見るとロンも加勢して杖の取り合いになっている。

 あちらに行けばみんなを巻き込む──ハリーは咄嗟に蛇像の間を走り抜け、その向こうにある排水管の中へと逃げ込んだ。

 水を飛び撥ねさせ、カンカンと革靴で排水管を叩きながら。

 その音を頼りにバジリスクもハリーが駆け込んだ排水管へと姿を消す。

 ロンがほんの一瞬だけハリーに注意を逸らした。

 

「フリペンド!! 撃て!!」

 

 

 トムの呪文でロンは吹き飛ばされ、放たれた衝撃波がパンジーとダフネを怯ませた。

 全員杖を取り落とす。乾いた音を立てて床を転がっていく。

 その隙にリドルはロックハートごと後ろの三人を同じ呪文で弾き飛ばし、まんまと姿勢を整えた。

 顔に浮かぶ微笑みは凍てついている。

 彼女たちへの罰を思案して怒りを鎮めているのだ。

 余裕があると装っても声は怒気に満ちていた。殺意も篭っている。

「さあ、愚かで勇敢な諸君……この神聖なる『秘密の部屋』で、スリザリンの紋章を抱きながらグリフィンドールと手を組んだ罰を与えようじゃないか」

「な、何が『神聖な秘密の部屋』だよ! スリザリンが処分し損ねたペットの巣穴じゃないか!」

 頭を打ち付けてフラつきながらもロンは強気に言い返した。

 徐々に血色が戻り、みるみる耳まで赤くなる。

 ついに髪の毛と同じぐらい顔を真っ赤になった。

 他方、リドルの顔から笑みが消える。

「自分じゃなーんにも出来ない日記帳がよく言うぜ! 十一歳の小娘ジニーに頭を下げなきゃ字の一つも書けないなんて、トロールよりマシなだけじゃないか! それをご大層に『僕は記憶だ』なんて笑っちゃうよ! 自分で『僕はただのインク染みです』って認めたようなものだろう!」

「……そのインク染みによって今、君の可愛い可愛い妹は死につつある。安心したまえよウィーズリーくん、彼女一人になんてさせやしない。事が済んだら、残ったご家族も同じところに送ってやろうじゃないか……だが、それには少し時間がかかる」

 リドルは素早く杖を振り上げ「クルーシオ!」と叫ぶ。

 瞬間、ロンの身体を苦痛が襲う。

 筋肉という筋肉、あらゆる臓器を痛めつけ、その耐え難さに舌が麻痺しもはや悲鳴すら出ない。

 音もなく身体を仰け反らせて悶え苦しむ姿を、リドルは慈しむように笑みながら眺めていた。

「ジニーから聞いたよ、君たちは純血でありながらマグルの肩を持つ裏切り者だそうじゃないか。あぁ……なんと嘆かわしい……聞けば、ご両親ともあのダンブルドアをありがたがっているとか。まったく、半世紀ほどで魔法界はずいぶんと堕落してしまったようだ。その象徴こそウィーズリー家というわけか」

 するとトムは突然、呪いを解いた。

「聞いているのかミスター・ウィーズリー。人が真面目な話をしているときは、ちゃんと相手の目を見るようにとご両親から教わらなかったのい? そんな程度のことも躾けられない大馬鹿者までホグワーツに入れたとは、やはりダンブルドアのやり方には問題があるな……純血というだけで入学を許可するのも弊害が多い」

 息も絶え絶え、胃の中身を床にぶちまけながら、ロンはまだ心が折れていない。

 ジロリとリドルを睨みつけて耳をすますポーズをする。

 弱りきった声で挑発を繰り返した。

「わ、悪いね……書き損じのインク染みが喋ってるときどうするか、教わってないんだ……」

 ニコニコと優しい顔だったリドルが、ついに歯をむき出しにした。

「おいおい……見ろよみんな、なんだいアイツは。同じ監督生のくせにパーシーより口下手なんて、情けないったらないぜ……君、勉強は出来ても頭は回らないのか? そんなだから五〇年前も一人しか殺せなかったんだ。そこで馬鹿みたいに口を開けっぱなしのご先祖様に謝ったほうがいいぜ。『僕は日記の染みになるしか出来ない一族の面汚しです』ってね」

「なんだと貴様……裏切り者の穢らわしい舌で、魔法界で最も聖なる血を受け継いだこの僕を侮辱するとは……」

「何が聖なる血だ、このスットコドッコイのモヤシ野郎。こんなジメジメした部屋に閉じこもってたせいで羊皮紙にカビが生えちまったのか!? 自分で何もしてないくせに、ベラベラベラベラ長ったらしい自慢ばっかり!」

 自分で言いながらロンはゲラゲラと笑い始める。

 やけを起こして粗末な頭がおかしくなった。

 パンジーもダフネを顔を見合わせロックハートを脇にどける。

「ス、スットコドッコイのモヤシ野郎……い、言われましたねトム。す、すみません、面白くってつい……」

 ロンの笑いに混じる、囁くような少女の声。

 憤怒と憎悪で端正な顔を歪めたリドルに睨まれても、スミレは平然とクスクス笑っている。

 インク染み……と呟いて収まりかけた笑いがぶり返す。

「その様子だとハリー・ポッターは死んだようだな。死体はどこだ」

「バジリスクが食べちゃいました。形見はこれだけ」

 大事そうにローブを抱え、ジニーのそばに立つ。

 綺麗に折りたたまれたローブにはグリフィンドールの紋章。

 赤地に描かれた獅子は血で汚れている。

 さらにスミレが出てきた排水管からバジリスクがズルりと頭を出した。

 口元からは鮮血が滴り、端からは破れたローブが垂れ下がっている。

「ハリー……そんな……」

 杖を突きつけられていることも忘れ、ロンはジニーの元へと駆け寄る。

 トムはバジリスクの側へ向かった。

 涙も流れず、掠れた嗚咽が途切れ途切れに漏れる。

 顔は見えずとも足取りすら痛ましい。

 目も当てられない有り様のロンにローブを手渡し、何か二言三言スミレが囁く。

 そして、ロンは膝を折った。

 血に濡れたグリフィンドールの紋章を抱き締める様に、トム・リドル──は高笑いを上げて勝ち誇った。

 

 再び開かれた『秘密の部屋』で立つ二人のパーセルマウス。

 俯いて沈黙するスミレと、狂ったように歓喜を吼えるヴォルデモート。

 

「アルバス・ダンブルドアも目が曇ったな! ハリー・ポッターが選ばれし者だなんて見当違いも甚だしい! 勇敢にも『秘密の部屋』に乗り込んで僕を止めてくれるとでも思ったか!? 無様にバジリスクの餌となった!! お前を信じる者はこれでホグワーツからいなくなるぞ!!」

 

 ハリー・ポッターが死んだ。

 目の前で死なれたならショックもあろう。

 だが実際は死体の一部さえない。

 現実を前にしてダフネにさしたる驚きはなかった。

 むしろ自分の冷淡さに驚くほどだ。

 別に親しくもなかったし、どちらかと言えば不仲に近い。

 限りなく微妙な関係だが、目を合わせたのは『秘密の部屋』に来るときが初めてか。

 そのハリー・ポッターはバジリスクの餌食となった。

 悲願を果たしたスリザリンの継承者は今、機嫌が良い。

 時間を稼げばそれだけ自分の寿命は延びる。

「……ジニー・ウィーズリーは生徒の純血と非純血をどこまで知ってたの? それともバジリスクの能力?」

 リドルは上気した頬をダフネに向けた。

 いくらか血の気を取り戻している。

 だからと言って蛇のようだという印象は変わらない。

「いいや。そんな能力はない。もちろんバジリスクにも」

「じゃあどうやって? 新入生にあれだけ調べる手段なんて……」

 それでなくともウィーズリー家は貧しい。

 人脈はあろうと金銭もなしにあの短期間で調べ上げるなどまず不可能だ。

「コリン・クリービーだけはジニーが知っていた。呪文学の授業で親しくなったそうでね、あの無神経なカメラ小僧のことを嬉々として日記に書き込んだよ。おかげで最初の標的はすぐに決められた。他の連中はアオイが教えてくれたのさ」

「クリービーが襲われてから、みんなスミレに家系図を見せてた……」

 勝手に勘違いして命乞いをしたのが、逆に命を危険に晒していた。

 信じていなかったのはスリザリン生と教授たちだけだ。

 十一月の時点で誰が襲われてもおかしくなかった。なんとも滑稽な話だ。

 普段忌み嫌うスリザリンの生徒に媚びへつらってこのザマとは。

 揃いも揃って馬鹿だ。

 これならいっそ閉校してもいいかもしれない──

 ダフネ・グリーングラスの心に冷たい笑いが湧き起こる。

 あの『決闘クラブ』でどれだけ怒りっぽいか気づいていたはずだ。

 それでも襲撃の恐怖に屈した。そうして襲撃対象のリストに名前が載るとも知らず。

 隣でパンジーはずっと考え込んでいる。

 リドルは黙ったままのパンジーにも水を向けた。

「そちらの君も、知りたいことがあるなら言いたまえ。僕の気が変わってバジリスクの目隠しを解いてしまえば、今度こそ君たちはお終いなのだからね」

「じゃあ一つだけ。アンタはさ、もう何回もスミレと話してるのよね?」

「それがなんだと言うんだ? 当然じゃないか、何を言っているんだ」

「どこまでその子のこと知ってるのか気になって」

 リドルはもう一度爆ぜるように笑い出す。

 耳障りな甲高い声が何重にも反響して『秘密の部屋』を満たす。

「そこの小娘の血が病んでいることか? ああ勿論知っているとも! 『穢れた血』よりもホグワーツに相応しくない怪物だと自ら告白したよ! 僕をヴォルデモート卿とも知らずにね!」

「そう。それが分かればいいの。それだけ」

 意図するところを問い質そうと、リドルは二人のいる方へ近づいた。

 そして気づく。

 同じ大蛇(サーペント)の紋章を抱く女子生徒の顔に恐怖の感情がない。

 勝ち誇った顔で、片方など胸を張ってふんぞり返っている。

「なんだその表情(カオ)は。ヴォルデモート卿の復活を前にして、何故……」

「ねえ知ってる? アンタが味方と思ってるヤツ、滅茶苦茶キレるわよ」

「ああ、同じ時代に生きていてくれたらと思ったさ。味方にすれば心強い──」

 胸元に杖を突きつけられて、パンジーは「ハン」と鼻で笑う。

 露骨に挑発する表情でリドルを見返し、目線を後ろへ送る。

 ジニー・ウィーズリーはもう間もなく死ぬ。

 ロン・ウィーズリーは肉体も精神も限界だ。

 スミレ・アオイはバジリスクが見張っている。

 では一体何が。

 思い至る最悪の可能性にリドルは身体ごと振り返った。

「待て、何をする──」

 床に置かれ、ページが開いたままの日記帳。

 その前にはロンがいる。掲げられた手には未だ毒液の滴る巨大な牙が。

 スミレはバジリスクの隣で微笑んでいた。

 足を負傷してよろめくハリー・ポッターをちらりと見遣る。

 一切が狂言だった。

 そう気づいた時には、何もかもが手遅れ。

「──やめろ、よせ!」

 姿を現したときよりずっとトム・リドルの輪郭は鮮明になっていた。

 そして死にゆくジニー・ウィーズリー。

 分かってみれば簡単なトリックだった。

 目の前にいるサラザール・スリザリンの継承者は幻影に過ぎない。

 本体はこの日記帳だったのだ。であれば、どうすべきかは自明である。

 バジリスクの牙が羊皮紙のページへ突き刺さる。

 耳をつんざくリドルの絶叫。

 身を悶え、苦しみ、のたうち回る五〇年前の記憶。

 毒で穴が広がり、そこから鮮血のように黒いインクが吹き出す。

 どす黒い液体が顔へかかろうとも怯まない。

 何度も何度も何度も牙を突き立てられ、日記帳はみるみる形を失う。

 リドルは最期、その整った顔立ちを恐怖と苦痛に支配されながら消えた。




 第二章『秘密の部屋』編はあと二話、エピローグが入れば三話で終わる予定です。

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