ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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 第二章『秘密の部屋』もあと僅か。


C.o.T.S

 リドルの断末魔で水面が揺れる。

 

 記憶の残響も途絶え、ようやく静けさが戻った。

 

 返り血のようにインクを浴びたロンが毒牙を後ろに放った。

 牙はスリザリン像の手前の掘りへ、ポチャンと音を立てて落ちる。

 素手で触れたせいだろう。手が痺れるように痛む。

 魂を奪っていた日記帳が破壊されたからだろう。

 すぐにジニーの身体は熱を取り戻す。

 ゆっくり目を覚ますと、奥の排水管へ去って行くバジリスクを見て悲鳴を挙げた。

 ロンに飛びついて声にならない声で叫ぶのを、ロンが「アイツは放っておいていいんだ」と落ち着かせる。

 ハリーも血のついた剣を手放し、二人の元へ走った。

 目覚めたばかりのジニーはハリーの顔を見て泣き出した。

 そのまま怯えた表情でへたり込む。

「ハリーあたし、朝食のときあなたに打ち明けようとしたの。でも、パーシーの前では、い、言えなかった。ハリー、全部あたしがやったの。でも、そんなつもりじゃなかった。う、嘘じゃないわ。みんなリドルがやらせたの」

 そして、自分の傍らに転がっている日記帳に気づく。

「リドルはどこ!? リドルが日記帳から出てきて、その後のことなんにも覚えていない!」

 明るい茶色の瞳からぼろぼろと涙を零す。

 身震いするジニーへ、ハリーは穴まみれで崩れそうになった日記帳を見せた。

 日記帳は毒に焼かれ大穴が開いている。

 何度も牙を突き立てらればらける寸前だ。

 もはやいつ形を失ってもおかしくない。

「もう大丈夫だよ。リドルはもうおしまいだ、バジリスクは……今は敵じゃない」

 スリザリンの血は途絶えた。

 この学校に、あの怪物を操ることの出来る人間はもういない。

 

 ──あたし、きっと退学になる!

 

 襲撃の実行者とはいえ操られていた身だ。

 その身分であそこまで泣かれるとスミレには立場がなかった。

 そうさめざめと泣くジニーをよそに、スミレはパンジーとダフネの元へ向かう。

 二人ともすっかり腰を抜かしてしまっている。

 スミレはローブの中からチョコレートを取り出した。

 ハリーが排水管へ逃げ込むのを待っている間、こっそり食べていたのだ。

 銀紙は半分剥かれ、小さな歯形がついている。

「コレ、食べます? ちょっと囓っちゃいましたけど」

「い、いらない……色々ありすぎて食欲が……」

 ショッキングな出来事の連発だった。ダフネは首を振って断る。

 パンジーも今はなにも喉を通らないと告げた。

 スミレが床に転がった二人の杖を拾い上げ、ローブで水を拭き取る。

 それぞれの杖を拾って手渡し、隣にしゃがんだ。

「どうやってバジリスクを手なずけたのよ?」

「トムがスリザリンの使命を放棄したからです」

 説明の必要はあったが、足が疲れてそれどころではない。

 大きく息をついて疲労感に蝕まれた足を揉みほぐす。

 途中で割って入ろうか何度も迷ったが、トムの長話を邪魔して失敗しては元も子もない。

 我慢に我慢を重ねた末の疲れだった。

 何時間も立ちっぱなしだったのだ。

「え? それだけ?」

 離反の理由はあっけないものだった。

 だが他に理由はない。スミレも頷くほかになかった。

 スリザリン卿の崇高な使命──継承者はこの『秘密の部屋』を得るとともに、その使命を負う。

 継承者は『聖なる血』の僕だ。

 だがトム・リドルは「使命などどうでもいい」と口にし、あまつさえスリザリンの認める正統な純血まで襲わせた。

 僕が主人たるスリザリンの血を裏切った……彼はその罰を受けたのだ。

 自らの僕だと思っていたバジリスクの牙に魂を貫かれ、毒される苦痛を味わって果てる。

 血に酔った(、、、、、)とでも言うべき無残な末路。

 だが同じスリザリンの生徒ですら五〇年前の継承者を哀れまなかった。

「アイツ半分マグルなんだし、どれだけ偉ぶってもねぇ?」

「うん。純血には……なれないよね」

 パンジーと言いダフネと言い、存外に辛辣だった。

 死んでも散々に言われる有り様にスミレも苦笑を禁じ得ない。

「なりたくてもなれないから憧れたのかな」

「かもしれませんね」

 リドルの真意はもはや分からない。

 スミレは吸血鬼の力を消し去ろうとして、ヴォルデモートの力があればあるいはと期待した。

 しかし、彼は不純物の混じった血に苦しみ抗うあまり、またもや転げ落ちたのかもしれない。

 何度か言葉を交わしてスミレが受け取ったのは拒絶と軽蔑だけだった。

 最終的な目的はさておいても血の純化に拘る点は同じはずなのに。

 病んだ血と濁った血、望まずして不純を宿している同士でありながら、リドルはついぞスミレを同胞と見なさなかった。

 だから逆に見放されたのだ。

 実際はもっと下らない──当人にとっては深刻極まる──理由なのだが。

 それはこの場では喋らなかった。

 否、喋る時間がなかった。

 

「さあ、冒険はここまでだ生徒諸君!」

 

 いつの間にか復活を遂げたロックハートがロンの杖を持っている。

 自分の研究室で襲われたとき、密かに回収して隠し持っていたのだ。

 スミレの後頭部に先端を突きつけ、乾いた唇を舌で舐める。

 憔悴しきった瞳で笑みながら他の四人に杖を捨てさせた。

 どうしようもない往生際の悪さにロンは「トムよりずっと執念深いや」と声を漏らす。

「心配は要らん、世間にはこう言っておこう──『みな勇敢に戦った。恐るべきスリザリンの怪物に立ち向かい、その恐ろしさのあまり哀れにも、正気を失ってしまった』と!」

「大した勇気の持ち主だよ……」

「勇気? コイツは盾になっただけじゃない!」

「それも君が髪を引っ張って盾にしたんじゃないか」

「ナニよ文句あんの!? おかげで逃げられたんでしょうが!」

「ねぇ、みんな人質を取られてるの忘れてない?」

 口を開くと騒々しい。

 唖然とするジニーに見せるまいとロンが壁になった。

 ハリーもようやく不死鳥の涙でバジリスクの毒が癒えたばかり。

 女子二人は最も警戒されている。

「君たちの記憶を消し、その牙と日記帳を持ち帰って私が報告すれば、誰もが真実と受け入れるだろう。大丈夫、諸君らの名前は私の新たな自伝によって、後世まで語り継がれる。」

「それが名誉だと思ってるなんて正気か!?」

「日記帳に隠されていた『例のあの人』の記憶が『秘密の部屋』を開き生徒を襲っていたなどと、いったいどこの誰が信じるかね!? それこそ与太話だ! 真実を真実として認めさせるのには相応の地位と名声が必要になるのだよ!」

「これが教師の言うことだなんて……」

「あの。私いま絶体絶命なんですけど」

「あぁ──怖がる必要はない。君は魔法に関する一切の記憶を消し去った上で、ご実家に送り返そう。そのためにあの亡霊と手を組んでいたのだろう? むしろ喜びたまえ、私がその願いを叶えて差し上げようじゃないか」

 手を組む、その言葉にジニーが声を挙げた。

 ロンの背後から顔を覗かせてスミレを指さす。

「その人よ! あたしが捨てた日記帳を、寮の寝室に置いていったの!」

「待ってくれ、ジニーがこれを捨てたのはクリスマスの後じゃないか」

 ハリーがトム・リドルの日記帳拾ったのはクリスマスから数週間後だ。

 ハーマイオニーがミリセント・ブルストロードのものだと思っていた毛が実は猫のものだってと分かって胸をなで下ろした日のことだった。

 そしてスミレがグリフィンドールの談話室に入ったのはクリスマス当日だ。

 ポリジュース薬でハーマイオニーに化けていた間だけである。

「違うの、コリンが襲われたすぐ後に一度マートルのトイレに捨てて、あたしはすぐに逃げた。だから手元にはなかったのに、十二月にジャスティンが……」

「……その頃には、もうあなたの中にリドルがいた。だから日記帳があろうとなかろうと、どのみち同じだったそうですよ」

「じゃあなんで戻したんだ。君は喋る日記を警戒して、ずっと放っていたはずだ」

「もう一度捨てさせる必要がありました。……ハリー、あなたに拾って貰うためですよ。初めはトムからバジリスクを奪う計算だったのに、アレはスリザリンの末裔以外には従えられない……おまけに、ファッジが例え閉校になっても私を家に帰らせないと断言した。それじゃあこの騒動の意味がない!」

 後ろにいるロックハートのことも忘れてスミレは声を荒げた。

 以前の怒り狂って我を忘れたパーセルタングとは違う。

 泣き出す寸前で今にも決壊しそうな英語だった。

 だがロンもそれを汲むつもりはない。彼女も黒幕の一人なのだから。

「確かに言ってた。ハグリッドの家に来たとき、ファッジのやつ妙に怒ってた。けどそれがなんだい、自分ちへ帰るためだけにこんなことしなくったっていいじゃないか!」

「そうですよ! 私は普通の生活がしたかった! 普通の勉強をして、普通のお菓子を食べて、普通の遊びがしたい!! 誰が、誰が好き好んで魔法なんか!! 家に帰って普通の学校に通いたい!! 幽霊も怪物もいないところがいい!! この学校がなくなれば、元に戻れると思ったのに!! 『賢者の石』でもダメ! 『秘密の部屋』でもダメ! 私はどうすればいいの!?」

 未だロックハートは杖を下ろさない。

 微笑みを浮かべて忘却術を唱える。

「さぁアオイ、魔法の記憶に、分かれを告げるといい──オブリビエイト! 忘れよ!」

「お前も道連れだロックハート──オブリビエイト! 忘れよ!」

 少女の瞳に憎悪が満ちる。

 二人の叫ぶ声が響いたのは同時。

 スペロテープで補強された杖は爆ぜ、光は逆行し、スミレの杖から放たれた青白い極光に飲み込まれる。

 遠く入り口付近まで吹き飛ばされたロックハートを案じる者はいない。

 立ち尽くすスミレの手から杖が落ちる。

 泣き叫び、黒い瞳から大粒の涙をこぼす。

 家に帰りたい。魔法と縁のない人生を取り戻したい。

 ハリーには同情も共感も不可能な理由だった。

 このホグワーツが家なのだから。

 血の繋がった家族はもういない。

 魔法の世界に来てハリーの人生は変わった。

 階段下の物置みたいに薄暗く埃っぽい日々が、なにもかもキラキラと光り輝く奇跡のような毎日。

 そのすべてが真逆の人生なんて、想像だに出来ない。

 所構わず騒ぎ立てるゴーストたちに怯え、奇々怪界な魔法の数々に恐れをなし、この世のものとは思えない生物の影に震えて暮らす生活なんて──

 目の前で泣き崩れる女の子と自分、けして混ざり合うこともなければ触れ合うこともない。

 どんな言葉を交わすべきか。

 ただ沈黙するばかりのハリーへ、ホークスが近寄った。

 事情を知るパンジーが目を伏せたまま、つぶやいた。

「先に行って。こっちは気にしなくていいから」

 言われてロンが帽子と剣をハリーに手渡し、部屋を出ようと促す。

 ジニーを連れ。不死鳥の先導で来た道を引き返していく。

 スリザリンのローブを羽織った三人とバジリスクを残し、五〇年ぶりに『秘密の部屋』は閉ざされる。

 

 

 バジリスクの背に乗って、マートルのトイレに出た三人。

 住人であるマートルとの挨拶もそこそこにマクゴナガルの部屋へ向かう。

 涙も枯れ、目元を真っ赤に腫らしたスミレを二人で支えながら。

 もう夜明けが近い。

 廊下はうっすらと日に照らされ、暖かな空気が流れていた。

 ジニーを連れたウィーズリー夫妻と入れ違いになった。

 記憶を完全に失っているロックハートもロンに引っ張られながら出て行った。

 残っているのは泥まみれで現れた三人組に目をむくマクゴナガル、そして魔法省から戻ったダンブルドアとハリー。

 事件の経緯についてはすでにロンとハリーが話した。

 そのためマクゴナガルもいくらか冷静さを取り戻していた。

 小さく咳払いし、厳格な態度で三人へ問いかける。

 それでも混乱の残滓は声の端々に残っている。

「あなた方も『秘密の部屋』へ行ったのですね? フォークスの助けを受けず、どうやってあの地下深くから戻ったのです」

「バジリスクに運んでもらいました」

 ダフネがまず答えた。

 入り口だけスミレがパーセルマウスで開き、バジリスクが地下に消えてからまた閉じた。

 それから『秘密の部屋』のこと、『継承者』の資格などを説明した。

 部屋を開いても、怪物は操れない。

 スリザリンの血を受け継いだ者だけがバジリスクの主足りえる。

 トム・リドル亡き今、怪物が生徒を襲うことはもはや起こりえない。

 スミレも自身が日記帳に少なからず関与したことを話した。

 本気でホグワーツを閉鎖に追い込もうとしたことも。

 そのために十人を超える生徒が石にされたことも。

 すべてを話し終え、言葉を発する者はいない。

 だがダンブルドアは静かに頷く。

 マクゴナガルも瞼を閉じ、沈黙したままだった。

「石にされた者たちとそのご家族のほかに、誰も君を責めることは出来ん。じゃが罰則なしというわけにもいかんでな、わしからアオイさんのご両親に宛てて手紙を書こう。学校として、事の次第をすべてお伝えせねばならん」

 ハリーは何か言いたげだったが、それが許される空気ではなかった。

「そしてグリーングラスさん、パーキンソンさん。新入生のカローさん姉妹を巻き込んで学校中を混乱させ、さらに寮の外を歩き回り、ロックハート教授を巻き込んで重大な事故を引き起こしたことも考慮せねばならんのう」

 パンジーの顔色がさっと青ざめる。

 あの双子に「派手にやれ」と言ったのは自分たちだ。

 教室を爆破したりピーブスをけしかけるなんてことはやりかねなかった。

 大減点の上に両親へ手紙を書かれる。

 ダフネすら胃が潰れそうな感覚に襲われた。

 そんな二人へ、ダンブルドアは青い瞳をきらりと光らせた。

「五人全員に、ホグワーツ特別功労賞を与える」

「へ?」

 間の抜けた声を発したパンジーにハリーがクスリと笑う。

 そうなるだろうと思っていた。

「そしてヴォルデモートを恐れることなく立ち向かった勇気をたたえ、グリーングラスさんとパーキンソンさんに二〇〇点ずつ与える。カローさん姉妹とアオイさんも、その優れた機転と知識に一〇〇点ずつじゃ」

 三人全員が呆気にとられていた。

 勇気や知識と言われても思い当たるものがなかった。

 打算と偶然、それに趣味が功を奏したに過ぎない。そう思っていたからだ。

 半純血のくせに純血社会の頂点に立ったような物言いが、無性に不愉快だったのが一番大きい。

 けれど貰えるものは貰っておこう。

 勲章にはあまりにも立派なものだから。

 スミレは辞退したかったが、それを申し出る前に、マクゴナガルがようやく微笑んだ。

 

「今日は宴です。各自、シャワーで身だしなみを整え、ベッドで体をよく休ませたのちに大広間へ来るように。寮の皆さんに無事な姿をお見せしなければいけませんからね」

「はい、先生」

 嬉しそうなハリーの返事でこの場は締められた。

 四人連れ立って部屋を後にし、それぞれの寮へ引き上げる。

 別れるまでスリザリンとグリフィンドールの間に会話はなく、最後まで言葉を交わすとのないままだった。

 どこまでも相容れない。

 そのことがより鮮明化している。

 互いによくよく理解できていた。

 

 そのことを確認しあうこともなく、四人はそれぞれの道へ進んだ。




 スミレはハリーとは何もかもが真逆なのです。
 バジリスクはスミレにも制御不能、そのまま地下の排水管をウロウロしてたまーにハリーやスミレが声を聞いたり聞かなかったり。
 ただのギャグ描写にみせかけて日記帳返還するイベントも盛り込んだクリスマスの一幕だったのでした。
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