ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

26 / 115
 宴とその後、短めになります。


幼年期の終わり

 スミレが目覚めたのは真夜中だった。

 宴に行くか行くまいか、真剣に悩む。

 どうせ食べられる料理はほとんどない。

 それにまだまだ眠かった。

 何より、空腹なのはいつものことだ。

 舌に合わない英国料理に──去年ほどではないが──強い吸血衝動。

 舌を、喉を、身体を、魂を、熱い血潮で潤したい。

 逃れられない本能的な飢餓感に絶えず苛まれている。

 薬のおかげでかなり楽だがそれでも辛い。

 本能が欲する血を理性が拒絶する。

 このホグワーツで満たされることなど何一つない。

 ましてや閉校にならなかった記念の宴である。

 まったく祝う気力が起きない。

 もう一度寝よう。寝て起きたら、もしかしたら閉校になっているかもしれない。

 夢物語に期待してスミレは目蓋を閉じる。

 すべてがまやかしに過ぎない夢の中でくらい、現実から逃れられるはずだと信じて。

 ゆっくりと意識が沈んでいく。

 もうすぐ眠りの底に、そのタイミングでルームメイトが目を覚ました。

「ウソ、もうこんな時間!?」

 驚いた声にスミレの眠気も吹き飛んだ。

 パンジーの高い声が右隣のベッドで炸裂した。

 部屋の明かりも忘れてバタバタと着替え始める。

 スミレが照明を点けると、パンジーはパジャマから制服に着替え終えたところだった。

 私のことは気にせず、と断る間もなく布団を引っぺがされた。

 

 ──みんな向こうで待ってるでしょ!

 

 そう言ってスミレの手を引き立ち上がらせる。

「もう! 急いで急いで!」

 時計を気にするパンジーに手伝われてスミレも着替えを終える。

 まだ宴に行くかとも聞きれてすらいない。

 問答無用で談話室へ引っ張り出される。

 廊下に出ても人の気配はない。

 フィルチやゴーストすら宴の場にいるらしい。

 ただ、壁の中で恨みを言う声( 、、、、、、、、、、)があるだけだ。

 五〇年前の事件は幕を下ろした。

 しかし千年前の恐怖は未だこの城に生きている。

 いつか必ず──その思いを込めて、今は前を向いて走った。

 ずっと後を追ってついてくるかと思った声は途中で消えた。

 小柄だが素早いパンジーの背中を追って、見失わないようにスミレも必死に足を動かす。

 また一年が過ぎて二人の背丈はスミレが上回った。

 けれどパンジーが先を歩くのは変わらない。

 昇り階段を二段飛ばしで走り抜け、あちこちの隠し通路を突っ切って辿り着いた大広間。

 中から聞こえる声のなんと賑やかなことか。

 日付が変わっても未だにパーティーが終わる気配がない。

 そして漂ってくる色々なご馳走の匂い。

 一生分にも思える疲労が抜けて襲いかかる空腹が刺激される。

 大広間の扉を開くと、飛び交う笑い声が静まり返った。

 喧騒は嘘のように立ち消える。

 集まる視線に今までのような怖れや拒絶はない。

 千人近くから注目されて緊張するスミレだったが、いっそ傲岸不遜なほど堂々としたパンジーに励まされていつも通りに振る舞えた。

 特にスリザリンの新入生は尊敬の眼差しを向けている。

 こういうのもたまになら……と考える時間もすぐに終わる。

 カロー姉妹とミリセントに二人まとめて抱き締められ、勢いあまって倒れそうになる。

 何を言われても答える余裕がなかった。

 抱き着かれて増した空腹感を堪えるのに必死で、ダフネがミリセントを落ち着かせてくれなければ意識が途絶えそうだった。

 席へ案内されて長椅子に腰掛け、ようやく一息つけた。

 パンジーはドラコの右隣に座り仲睦まじくし始める。

 その甘えっぷりにミリセントの眉間はシワが深くなる。

 肉料理の載った皿を自分の方に引き寄せ、そちらから目を逸らした。

 手前には分厚いステーキ。

 後からソースで味をつけるのか、塩胡椒がかけられている。

「見せつけてくれるんだから……」

「いいじゃないですか。相思相愛でしょう」

 スミレはそれを微笑んで眺めながら、自分の皿にちまちまと野菜やプディングを盛っていく。

 野菜類は少ない。

 その中で蒸したジャガイモや焼いた野菜を探す。

 周りはグレービーソースを、スミレはチーズやホワイトソースの残りをつける。

 赤身の鮮やかなレアステーキを食べながら、ミリセントの切れ長の瞳がスミレへ向けられる。

「ヘスティアとフローラ焚きつけたってホント?」

「ええ。二人は何をしたんですか?」

「あっちこっちの配水管を壊して、学校中が水浸し」

「それは……」

 さぞや大混乱だっただろう。恐慌は予想に難くない。

 あの『決闘クラブ』など比にならないほど慌てふためいたはずだ。

 きっと先生方も寿命が縮まる思いをしたに違いない。

 生徒を攫った上、廊下に怪物が解き放たれたと思うのが普通だろう。

 いかにホグワーツの教授職として迎えられるほどでも、バジリスクの瞳と毒にはひとたまりもない。

 その様を想像するとスミレの顔が綻んだ。

「屋敷しもべどもすら逃げ惑ってたわ。声と音だけで笑い死ぬかと思った」

「それは残念なことをしました。けれどまた機会もあるでしょう」

「いや、あんな面白いことが二度もあるわけ……」

 微笑みの意図に気づいてミリセントが顔を近づける。

 声をギリギリまで圧し殺し、周囲の目を気にしながら尋ねた。

「まだ生きてる?」

「もちろんです」

 スリザリンの口を閉ざすことが出来る者はもういない。

 スミレが一言あの手洗い台に『開け』と命じれば、制御不能の大怪物が地下から現れ、スリザリンに認められざる生徒を殺して回るだろう。

 正しく純血でない者を一人残らず、この城から消し去るために。

 果たしてそれがホグワーツと呼べるかなど二人には関係ない。

 より面白おかしければそれでいい。

 恨みを晴らせるのならそれでいい。

 すべては、よりよい明日のために。

 笑みを交わして食事を再開する。

「そう言えば、アンタ普通のステーキはどうなの?」

 食べたことなど一度もない。

 もともと焼肉やバーベキューをした事がなく、そうした料理とは一生無縁だと思っていた。

「どうなんでしょう。でもソースがないなら……」

「なら試してみないと。食わず嫌いはもったいない!」

 それを合図にスミレの皿へレアステーキが盛られていく。

 脂にまみれた肉汁が野菜を侵す。

 断面の赤色は肉と血の赤色。

 血を啜る怪物(オニ)が何より愛する真実だ。

 これこそ最良の糧、食らうのになんの躊躇いもない。

 ナイフとフォークを使い切り分け口へ運ぶ。

 舌に流れる肉と脂のくどさ。

 噛み締めるたび滲み出る微かな血の風味。

 よくよく咀嚼して命の源を取り込む。

 胃へと走る重々しい感触が過ぎ去り、熱が灯る。

 身体の内に点いた火が全身を温める感覚。

 底なしの飢えがようやく満たされた瞬間だった。

 ホグワーツに来てから初めてこの言葉を口にした気がした。

「………………美味しい」

 ただ一言でスリザリンのテーブルが震える。

 寮一の偏食が初めて肉を口にして喜んだ。

 クラッブとゴイルはフォークに刺したソーセージを落とし、ダフネは咳き込んだ拍子にカボチャジュースでむせた。

 ブレーズも、セオドールも、そしてドラコとパンジーも。

 誰もが獅子と蛇の寮旗が飾られていることなど忘れている。

 二年越しでスミレがようやくまともな食事を始めたのだ。

 これで悩ましいのは残すところ試験だけである。

 どのテーブルも大賑わいを見せるところで、ダンブルドアが壇に上がった。

 軽く手を挙げらと大騒ぎが静まり返る。

「さて、騒ぎ疲れて頭がぼうっとする前に皆に伝えておかねばならんのう」

 寮対抗杯の結果発表が始まった。

 本年度も優勝はグリフィンドールとスリザリンの同率優勝、流石に昨年ほどハッフルパフとレイブンクローは盛り上がらなかった。

 今年はグリフィンドールに大減点がなく、スリザリンもクィディッチの試合結果が奮わず加点が少なかったためだ。

 一九九二年度の結果発表はそれほど盛り上がらないまま、二年連続ダブル優勝として決着する。

 閉校撤回の方がよほど嬉しいのだからしようのないことである。

 さらにロックハートが事故(、、)により長期入院を必要とするため『闇の魔術に対する防衛術』の職を離れることも発表された。

 未だに彼を慕う奇特かつ危篤の生徒はごく僅か。

 むしろ歓声があがるほどだった。

 教授たちの中にさえ喜ぶ者がいる。

 ギルデロイ・ロックハートはたった一年足らずでファンも名声もすっかり失っていた。

 さらに記憶を完全に失ったのだから因果応報である。

 あのミリセントすら「いい気味だわ」と鼻で笑った。

 表向きは事故、その場に居合わせた者には『自爆』と『反撃』で半々、実際は『自爆』と『口封じ』で半々である。

 だがわざわざスミレが真実を話すことはない。

 もし誰かに知られても「人質にされたスミレの反撃は正当防衛だ」とみなされるだろう。

 こうして『秘密の部屋』に新たな『秘密』が刻まれた。

 けして暴かれない真実もある。

 ロックハートのメッキにまみれた偉業ともども、時が過ぎれば忘れ去られる。

 ダンブルドアはさらに続け、緑色のとんがり帽子を被ったマクゴナガルを示した。

「最後にマクゴナガル先生から大切なお話がある」

 変身術教授が立ち上がり微笑んで大広間を見渡す。

 どんなおっかない発表が来るかと身構える生徒たち。

 ほんのごく一部だけ期待に目を輝かせている。

「これまでの経緯を踏まえ、お祝いとして期末試験を取りやめとします」

 どこからともなく──もちろんハーマイオニーのいる場所からである──「そんな!」と落胆の声が聞こえたものの、大広間に盛大な歓声と拍手が響いた。

 パンジーとミリセントもほっと胸をなで下ろす。

 ダフネは少し不満そうだったが、「自習時間が増えたしいいか」とすぐに切り替えた。

 ドラコをはじめ男子たちも大喜び。

 心配事がみんな吹き飛んでいったのだ。

 スミレは来年の『闇の魔術に対する防衛術』が誰であれ、今年より酷い先生はあり得ないと信じてステーキを頬張る。

 今日一番であろう大盛り上がりを見せたのちも宴は続く。

 明け方には『秘密の部屋』の件で学校を去ったハグリッドも戻り、ドラコがファッジの失態に口元を歪めスリザリンのテーブルも賑わいを見せる。

 夜明け前にようやくお開きとなって、その翌日から授業が再開された。

 

 夏のうだるような暑さの中で、ホグワーツはようやく日常を取り戻した。

 試験が中止されたため学期末の慌ただしさもなく、教授の退職により『闇の魔術に対する防衛術』は授業そのものが立ち消えた。

 のぼせるほどの太陽に見下ろされながら時間が過ぎていく。

 事件のきっかけとなった日記帳はルシウス・マルフォイ氏が出所だったが、しかしファッジの優柔不断と部下の失態がなければ……という追及に始まり、純血が襲われたのは一部の人間がダンブルドアをホグワーツから引き離したせいだと大騒ぎ。

 結局、マルフォイ氏は『校長への証人喚問要求を取り下げようと奔走した』という根拠から理事の地位を辛うじて──反対票も多かったが──失わずに済んだ。

 相変わらずドラコは肩で風を切り、クラッブとゴイルはトロール並の語彙力で愛想笑いを披露する。

 たまにハリーたちと喧嘩したりネビルにちょっかいを出したり。

 それをハーマイオニーに咎められたり、たまにロンと取っ組み合いになったり。

 喧嘩に杖が出ればハリーやダフネが武装解除呪文の練習台にする。

 スミレは暇そうに、パンジーは心配そうにして眺めるか見守るかするのが常だ。

 フローラとヘスティアのカロー姉妹に『秘密の部屋』のことを話し、それが一年生に広がって新しいカルトの礎となるのは、また別の話。

 なんとも穏やかな夏学期は一瞬だった。

 時間は光のように過ぎ去っていく。

 激動の一年を終え、馬なし馬車で駅へ運ばれる。

 ホグワーツ魔法魔術学校はもう影すら見えない。

 遠く離れた駅でロンドンへ戻る列車を待つ間、新しく増えた荷物を大事そうに抱えていた。

 ダフネとスミレが作った膨大な量のメモと写しだ。

 男系としては途絶えようと、どこかに必ず女系の血が残っている。

 スリザリンの末裔を探す途方もない試みはこれから始まるのだ。

 継承者の資格たる『聖なる血』を取り込むべく、スミレはようやくホグワーツに友人以外の価値を見出した。

 

 自らが真の継承者としてバジリスクを統べるその日のために。

 

 だが今は、前を向こう。

 

 自分の名を呼ぶ友達の方へ、キャリーケースを引きずって歩き出す。




 これにて『秘密の部屋』は完結。
 一〜二話分のインターバルを挟んで『アズガバンの囚人』に入ります。

 原作からの変更点としては『バジリスク生存』と『ルシウス・マルフォイの理事続投』です、グリフィンドールの剣は原作通りバジリスクの毒を吸ってます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。