ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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 幕間というか序章?
 今まで料理下手の設定だけ出ていたスミレの母親が登場します。


アズカバンの囚人
夏の水辺に花は盛り


 実家に戻って一ヶ月と少し。

 スミレの夏休みはとても静かだ。

 学校で得られない、理想的な日常を過ごしている。

 この暑さではたまに近所を散歩するのも難しい。

 イギリスに比べ日本の夏のなんと不快なことか。

 全身に湿気がまとわりつき、太陽がそれを熱して人間を蒸し殺そうとしている。

 汗は流れる。流れるが、しかし、常に滲むような汗がダラダラと服を湿らせるだけ。

 スポーツをした後のような心地よさはまったくない。

 畳敷きの部屋で寝転び、縁側から吹き込むぬるい風に撫でられる。

 課題もそこそこにのぼせ上がり勉強は一時中断。

 涼むついでに水風呂でもしようかと思ったが、もう服を脱ぐのも面倒くさい。

 ごろんと寝返りを打った拍子にシャツがめくれ上がってへそがまる出しになった。

 行儀は悪いが直すのも億劫だった。

 冷蔵庫に麦茶があったはずだ。

 昼食のソーメンで用意した氷も余っているし、それで涼もう。

 上半身を起こすと肩や首元から水分が滴り落ちた。

 畳の上に落ちた雫はすぐに吸い込まれ、小さな染みを作る。

 体中から水分が抜けてしまった気がする。

 このままだとミイラになりそうだ。

 ふと外を見ると、澄んだ青空に大きな白い入道雲が浮かんでいる。

 いかにも夏らしい。

 ただ、蝉の大合唱を聞いていると余計に体温が上がりそうだった。

 もしアイスがあれば一つ貰っていこう。

 ついでの戦利品も決めていざ廊下へ。

 だだっ広いお屋敷の台所に向かうと、誰もいなかった。

 母親がここにいるのは稀だ。料理なんてインスタント食品が精一杯の不器用な人である。

 カップ麺やレトルトカレーを『料理』と呼ぶのは些か疑問があった。

 食器棚から背の高いグラスを取り出し、電気冷蔵庫を開ける。

 中の冷気で少し顔を涼ませてから麦茶の入ったガラスピッチャーを掴む。

 外に出すとすぐに水滴で覆われる。

 製氷室から氷をつまんでグラスに入れ、そこへ麦茶をなみなみ注ぐ。

 一息に飲み干すと食道から胃へ冷たさが落ちていき、全身の熱が逃げていく。

 頭も良い具合に落ち着くと汗まみれの状態が気になってしまう。

 袖なしのタンクトップに股下の浅い短パンは汗を吸って色が濃くなっていた。

 全身に吸いついて気持ちが悪い。

 肌着までずぶ濡れである。流石に着替えないと厳しいものがある。

 水風呂に入ろうと決心するとスミレの行動は素早かった。

 まず外の駄菓子屋に行って贅沢にコーラ瓶を二本買い、戻るとさっき使ったグラスを洗って水気を拭く。

 どちらも冷蔵庫に放り込んで部屋に戻り、着替えとタオルを用意する。

 広い脱衣所にそれを放って浴槽を洗い、泡を流し終えたら熱湯の代わりに冷水を流し込む。

 あとは待つだけ。

 椅子を引っ張ってきてそこで小説を読みながら時間を潰す。

 ある大富豪の老人が生きた恐竜を展示した夢のテーマパークを開こうとしていた。

 琥珀に眠る遺伝子を元に最先端の科学技術で恐竜を蘇らせたのだ。

 が、報酬に不満を抱くプログラマーの裏切りで警備システムが停止。

 その隙に凶暴な肉食恐竜が解き放たれ、開業前なのにパークは地獄と化してしまう。

 愚かな人間から順に死んでいく痛快パニックホラーだが、それだけではない。

 メアリー・シェリーの人造人間に代表される『科学と生命』の問題も描いている。

 SFもなかなか馬鹿に出来ないなと読みふけっているうちに、浴槽は十分な量の水で満たされていた。

 物語はちょうどトイレに隠れた弁護士がTレックスの餌食となった場面だった。

 溢れて床にこぼれる水のけたたましい音でハッとする。

 本を適当な台の上に置いて浴室を覗きすぐに水を止めた。

 ひんやりと冷たい水が日の光を浴びてキラキラと水面を輝かせている。

 さて、コーラとグラスを取りに行こう。

 あちらも準備は整っているはずだ。

 今日はどうせ家に人がいないから、バレないか。

 そう思って上を脱ぎ衣類籠へ放り投げたと同時。

 新聞と着替えを手にして従姉のアザミが顔を出した。

 全身汗だくで滝に打たれたようだ。

 げんなりした顔でスミレに気づき、さらにげんなりする。

 藍色の甚平が着崩れていた。

「アザミ姉ちゃんもお風呂?」

「このクソ暑いのに扇風機じゃやってられないでしょ」

 葵の屋敷はエアコン設備が不十分だった。

 エアコンのない部屋があちこちにある。

 スミレの寝室には設置されているが、隣に勉強部屋にはない。

 大概が狭い部屋ばかりなので夏場は苦労する。生活環境はアザミもスミレと同じだった。

「なに、アンタも入るの?」

「準備したの私だよ」

「うぅ……でも待つのは……」

 この蒸し風呂状態で待ちたくないらしい。

 煩悶する従姉の心情をスミレはそんな風に解釈した。

 実際は十五歳にもなって従姉妹同士で風呂に入るのが嫌なのだ。

「冷蔵庫にコーラあるから、私と姉ちゃんで一本ずつね」

「取ってこいと」

「冷えてるグラスは私のだから」

「分かった。分かったから、スミレも水着取ってきて」

「なんで?」

「修学旅行でもないのに従姉妹でハダカ見せ合うとか無理」

「水着持ってない」

 公立校ならいざ知らず。ホグワーツに水泳の授業はない。

 泳ぐ機会がそもそもないので水着を新調する必要がなかった。

 マホウトコロは真水での水泳術が必修、選択で海での遠泳も学べる。

 そしてスミレは生まれつきのカナヅチである。泳ぐための衣服など持つ意味がない。

「……去年買ったので使ってないやつ、あげるから。待って」

「分かった分かった。早く取ってきてよ、もう汗だくだく」

 姉の心、妹知らず。

 せっかくだからデパートで買った高い方を渡すつもりだったが、普通に学校指定の予備で済ませることにした。

 アザミが脱衣所を後にするとスミレは服を脱ぎはじめた。

 と言っても下は二枚ともまとめて投げてしまった。

 そちらも洗濯カゴに放り投げる。

 アザミが全速力で戻ってくる頃にはとっくに水風呂に入っていた。

 中高の修学旅行で同級生と入る風呂がどんなものか、経験してみたかったのだ。

 そちらは熱い湯が張ってあるのだろうけれど、この炎天下に普通の熱湯では命に関わる。

 一足先に大きな湯船で身体を冷やす従妹を見て、パシリをさせられたアザミは何もかも馬鹿らしくなり床に水着を投げ捨てた。

 

「着ないの?」

 

「もういい!」

 

 シャワーで身体についた汗をサッと流す。

 つま先から順にそっと入ると、冷たく心地いい水の感触に包まれる。

 おそるおそるへその辺りまで沈めると今までの暑さが嘘のようだ。

 自然と声が漏れる。

 防水呪文を施した新聞を浮かべ、互いのグラスにコーラを注ぐ。

 シュワシュワと炭酸の弾ける軽やかな音色がいかにも夏であり、涼しげである。

 黒っぽいのに不思議と暑さを軽くする、文字通りの清涼飲料水だ。

 乾杯なんてまだるっこしい儀式は飛ばして一口飲む。

 なんとも言い難い薬味と甘さ、強い炭酸の刺激が舌の上で暴れる。

 この強炭酸も学校に行けば味わえなくなる。

 もう一本買っておけば良かったと、スミレは少し後悔した。

「やっぱたまに飲むとおいしい」

「こういうの学校にないもんねー」

 絶対にひっくり返らない魔法のお盆の上へ瓶とグラスを置く。

 アザミは身体をだらりと伸ばして天井を見上げた。

「すずしー……夏の間ずーっとこーしてたい」

「アザミ姉ちゃんクラゲになるの?」

「こんなに気持ちいいならクラゲでもなんでもいいや」

「私はタコがいいなぁ、アシたくさんあって楽しそー」

「やめやめやめ。脚広げないでよもう」

「姉ちゃんも広げろー」

「あー! やっぱ水着着とけばよかったー!」

 スミレの真っ白で筋肉の少ない細い脚で、アザミの引き締まった脚線美に立ち向かえるはすがなかった。

 バシャバシャと波打つ水が音を立てる。

 しっかり組んで隠している従姉とだらりと伸ばしている従妹。

 怒ったら笑ったりして見せろ見せないと言い合い、器用に脚を絡ませたり弾いたりする。

 シミひとつないスミレの白く柔らかい肌が小麦色に日焼けした肉つきのいいアザミの脚に吸い付く。

 モチモチと赤ん坊のように瑞々しいのが羨ましくてならない。

 遠泳に着衣水泳その他諸々でアザミの身体には筋肉がついてしまっていた。

 この夏一番の真剣勝負は二分と待たずに決着した。

 一瞬の隙を突いて目当てのものを確かめたスミレは「おおー」と感嘆の声を漏らした。

「おっとなー。お姉ちゃんカッコいー」

「学校でも散々いじられたのに……!」

「い、いじられ? 姉ちゃんそんな大人に……」

「違うわ! ネタにされたって意味! 彼氏なんかいるわけないでしょ!」

「なーんだ。そっか、ビックリした」

「そういうスミレはなに? そっちはアンタみたいに残さないのが流行りなの?」

「私は前からこうだよ。けど他のみんなは知らない、学校にはシャワーしかないし」

 ホグワーツに風呂があることをスミレは知らなかった。

 監督生とクィディッチのキャプテンだけが使える浴場があるものの、他はみんなシャワー室だけだ。

 アザミは手入れしている様子のないスミレの肌に少しばかり嫉妬して、フンと鼻を鳴らした。

「背丈は伸びてもチビはチビのまんまね」

「うん、向こうだとまだチビだし、なんだか体重も増えたなぁ……」

 しょんぼりと二の腕や脇腹をつまむが、アザミから見れば普通の肉つきだった。

 背丈は二人でほぼ同じである。

 その上で筋肉が少ないのに、気になるほど体重が増えているということは、即ち──ついにアザミは、身長以外でも敗北を喫したことを意味する。

 思わぬカウンターにダメージを受け、やけくそで瓶から直にコーラを喉へ流し込む。

「彼氏かぁ。卒業までに出来そうにないわ」

 マホウトコロの男子を思い出しても、喧嘩一筋で──魔法が使えないため──忍術主義に明け暮れるバカや面倒くさい薬学オタク、頭の中が鎌倉時代で止まっているクィディッチ狂いしか出てこない。

 スミレも何人か知り合いや友達の顔を思い浮かべて、すぐに消し去った。

「私も同じかな。別に興味もないけど」

「ほんと子供ね、キスくらいしてみたいと思わないの?」

「お姉ちゃんはあるの?」

「思うくらいは、そりゃあ……うん」

「ないんだ」

 小さく頷く。

 比較的に生徒の恋愛は盛んだが、アザミは家が家なので近寄ってくる異性が少なかった。

 近寄ってきたところで大抵は顔と名前が分かればいい方である。

 従姉もまだ経験がないと知ってスミレが満面の笑みを浮かべた。

 だらしなく仰向けで伸びきった姿勢から四つん這いになる。

 重力に引かれた水が胸の先から流れ落ちる。

 冷水はゆらゆらとして安定しない曲線を伝い、小ぶりなとんがりを中心に、短い時間だけ細い滝が現れた。

「じゃあ私としよう」

「なんでよ」

「いつも私だけお古だったから、たまにはおニューが欲しい」

「バカ。アタシはアンタのおニューとかいらないの。てか従姉妹同士でしょーが」

「あ、ホントだ」

 また四つん這いから仰向けに戻る。

 一番歳下で、一番甘やかされて、けれど一番大変な思いをしている妹が珍しくはっきりと甘えてきた。

 振り回されてばかりとはいえ『なにかちょうだい』という形で甘えられた記憶は、小さい頃だけでもほとんどない。

「日帰りで海でも行く? アタシのおニューでまだ使ってない水着ならあげるから」

「だから私泳げないんだってば」

「あ……そうだった、ごめんごめん。なら服でもなんでも、欲しいの一つ買ってあげるから」

 あんまり高いのは無理だけどね。

 ちゃんと付け加えた途端、風呂場の引き戸が開いた。

 ガラガラと音を立てた戸の向こうに立っていたのは、

「あ、お母さん。どうしたの?」

「暑いから涼もうとしてるんだよ。入っていい?」

「うん。いいよー」

 (アオイ)椿(ツバキ)……スミレの母親であり、アザミの伯母──父の姉だ──であった。

 黒目の大きい無感情な瞳に、薄く長い唇。

 スミレの色白とほっそりした体つきは彼女からの遺伝だった。

 ざんぎりの黒髪を腰まで伸ばせば娘そっくりになるだろう。

 洗面桶で頭から冷水をかぶり、すぐに浴槽へ。

 ビール缶を開けて中身を直に呷る。

 アザミは空の瓶をお盆に戻して、大事なことを思い出した。

「あの、ツバキおばさん。今日の夕飯はおばさんが作るんですよね……」

「あ、あぁ、そうそう。二人ともなに食べたい?」

「なにって……」

 答えに窮する。

 大家族だから普段ならツバキの番は来ない。

 しかし今、水風呂で涼んでいる三人の他はみんな出払っている。

 仕事や部活、友達づきあい、留学中などなど。

 必然、食事の用意は保護者としてツバキ受け持つ。

 しかし彼女は炊事洗濯掃除のいずれも不得手であった。

「お母さん卵焼きとウインナー炒めしか出来ないでしょ」

「ソーメンも作れる。レパートリー増やしてるんだぞ」

「お昼に食べましたよ。もう飽きてますしソーメン」

 二本目のビール缶を開けながらツバキも肩を落とした。

 ショウブよりずっと若々しい、なんならスミレと並んでも年の差を感じさせない顔でため息をつく。

「この暑いのにコンロ使う料理はなぁ……」

 そうなると夕飯は冷や奴と冷やご飯だけになる。

 この時期に卵かけご飯は少し遠慮したい。

 下手すると娘と同じくらいマイペースな性格の母親だ。

 そもそも昼間からビールを飲み、タバコの匂いを漂わせている。

「出前でも取ろうか。寿司でいい? ピザとか中華もあるけど、熱いのやだし」

「うん。和食がいい、絶対和食」

「アタシはなんでもいいです」

 そうして今日の夕飯は出前の寿司に決まった。

 学校にいる間ずっと洋食のスミレにしてみれば最高だ。

 もうピザもハンバーグもオムレツも口にしたくない。

 イギリス料理と同じ分類されたらイタリア人、ドイツ人、フランス人は怒りそうだが、スミレにしてみればゴテゴテと脂と肉と乳製品を盛り付けて焼くだけの料理だ。

 今は新鮮な魚とふっくらしたコメ、それ以外には必要ない。

 アザミはあまりにも気まずくて、話題を探した。

 高校生でも十分通用する伯母と、まさかこの歳でいっしょに風呂に入るなど想定していなかった。

 二本目を半分開けたツバキは娘と姪を見比べてまた缶に口をつける。

 腕で隠しそうになるが、そうしたら間違いなく弄ってくる。

 この童顔主婦はそういう性格だ。

「スミレ、もしかして向こうじゃ剃るのが流行ってたりする?」

 またその話か──!

「なにもしてないよ」

「じゃあ小学校の頃からそのまま? ふうん……」

「変かな?」

「そういうこともある。気にすることない」

 アザミも特に手入れしたことはない。

 弄った回数は数え切れないけれど、それはここで言わない方が良さそうだ。

 スミレにはまず通じるかも怪しかった。

「中学になったら風呂で親は邪魔かなぁって思ってたけど」

「そんなことないよ。私、お母さんとお風呂入るの好きだよ?」

「私も好き……まぁ、スミレもそのうち分かるさ。なぁアザミ?」

「え、あぁ……はい」

 答えにくいことを普通に振ってくるから苦手だ。

 中性的な顔立ちに薄笑いを浮かべている。

 何歳か知らないが、三〇歳よりは上だろうに、大学生と言われても信じ難いほど若々しい。

 こういう気ままな性格が若さの秘訣なのかもしれない。

 母娘でそっくりではないか。

「そういえばスミレ、去年に言ったでしょ。アタシもホグワーツに行くって」

「行ってたね。でも大丈夫? 廊下でイタズラされるよ?」

「それはこっちも同じ。その留学の話ね、延期になったわ」

「延期? 謹慎でも食らったの? 魔法で刀でも出しちゃった?」

「ショウブがポン刀振り回してから禁止されてなかった?」

 若かりし日の父の凶行に頭を抱えてしまった。

 確かに、所帯を持っても短気は治っていない。今でも兄弟喧嘩する仲だ。

 人は落ち着いたと言うが、元が酷すぎる。

「アタシのせいじゃない。ホラ、この記事見て」

 新聞を広げて、中程にある国際欄を指差す。

 下の右端に小さく枠を取って、ある事件が報じられている。

 スミレが「殺人犯の脱獄?」と呟く。

 記事は『シリウス・ブラック』という名前の大量殺人犯が脱獄し、現在警察が行方を追っている、という内容だった。

 母親の肩にアゴをのせたスミレは頭上に疑問符を浮かべている。

 娘の頬をフニフニと手で遊びながらツバキは「ふうん」と漏らした。

 記事にはシリウス・ブラックが爆弾で合計十三名を同時に殺したことが注記されていた。

 アザミはマホウトコロから届いた通知を思い出し、知っている範囲で二人に説明する。

「コイツ、ブラックって闇の魔法使いなんです。ヴォルデモートって頭のおかしいヤツの子分で、親分が消えてからあちこち逃げ回ってるうちに追い詰められてドカンと」

「そのボルデモトはちょっと前テレビに出てた白衣の汚いオッサンと同じタイプか」

「そんなカンジです。残党の中でも特に危ないヤツが逃げちゃったから、捕まるまではとりあえず向こうに行くのは延期になっちゃいました」

 ツバキと手を繋ぎながらスミレはすうっと目を細めた。

「じゃあ私もうちにいよっと」

「そうしな。どうせピリピリしてて居心地悪そうだし」

「いや。まずホグワーツって城だから。警備は万全じゃない」

「去年は十四、五人ほど怪物に襲われて石になってるけどね」

「怪物? もしかして城の中になにかいたの?」

 首肯。

 今度はアザミが頭の上に疑問符を浮かべる番だった。

 世界最高峰の魔法教育機関にそんな生き物がいるはずがないのだ。

 詳しく事情を聞きたかったが、ツバキが立ち上がって話の腰を折った。

 ザバアと水しぶきをあげ、真横にいたスミレは頭から被る形になる。

「先に上がってスイカ切ってくる」

 自分が食べたくなったのだろう。

 それに外の熱気も凄まじい。湯船の水もぬるくなっていた。

 三人が一緒に入っていればすぐに温まってしまうらしい。

 今度は氷を準備しないと。

 アザミが反省を胸に刻む中、タオル一つ身につけないままツバキは入り口の前で振り返った。

 開けっぴろげすぎるのは誰譲りなのかまったく分からない。

 父は短気だがそれなりに気を使うとこもあるというのに。

「学校行くまで時間あるだろ。スミレに色々教えてやってくれよ、十五にもなってなんにも知らないのはちょっとマズいわ」

「アタシが!? おばさんが教えればいいじゃないですか!!」

「んなもん親から教わるやついないっつーの」

 後ろ手にピシャリと戸を閉めて言ってしまった。

 確かにツバキの言い分は正しい。

 正しいけれど。

 会話の意味を把握出来ず、不思議そうな目で真っ直ぐ見つめられては言いづらい。

 瞳の純真さが自分はもうあの輝きを失ったと嫌でも理解させられる。

 またもやアザミは頭を抱えて唸った。

 似たような性格で似たような背格好のくせに。

 肉付きに反して子どもっぽい部分もあるところとか。

 同性で親戚だからとことん無防備な伯母と従妹に葵薊、満十五歳の心はかき乱される。

 

 冗談を真に受けて困り果てている姪のことなど露知らず。

 袖なしのシャツに短パンを穿いたツバキは台所へ向かう。

 ちなみに冷蔵庫の中にスイカはない。

 昨晩、夕食の後で食べたことを忘れていた。

 

 ビール缶二本で酔っ払っているのだった。




 健全。
 ただの入浴シーンですもんね。

 スミレのマイペースは母親譲りです。
 ツバキの本格的な出番は次章『炎のゴブレット』にて。
 ハリーがダーズリー家で最悪の夏休みを過ごしている頃、スミレは従姉や母親と水風呂で涼みながら駄弁ってぐーたら。

 そうして始まる『アズカバンの囚人』編の前夜でした。

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