ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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So,can you see the meaning in your darkness?

 魔法生物飼育学の記念すべき初回授業は伝説となった。

 文字通り“怪物的な教科書”を手懐けるところから始まり、ヒッポグリフとの触れ合いという極めて貴重な体験――そしてドラコ・マルフォイを襲った“不幸な事故”……そのどれもが話題性抜群であり、夏季休暇明け初日を終えたばかりの生徒たちにはとてつもなく刺激的な事件であった。

 なにせドラコはスリザリン以外から蛇蝎の如くに嫌われている。

 筋金入りの純血主義者で大のマグル嫌い。

 出自の良さばかり鼻にかけた傲慢な態度。

 これで万人から慕われるはずがない。

 拍手喝采とともにバックビーク――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()偉大なるヒッポグリフの名前だ――にホグワーツ特別功労賞を授与すべしの声があがらなかったのは、親愛なる森番のルビウス・ハグリッドの失職が懸念されたからに他ならない。

 間違ってもドラコ父親、ルシウス・マルフォイの権力を恐れてではない。彼の有する権力が通用するのはごく限られた人々だけだ。魔法界においてはその大半が支配者という存在に対して無頓着な傾向にある。それはホグワーツの生徒にも当てはまる。

 スリザリン生たちはそうした他寮の態度にも不快感を覚えていた。マルフォイ氏の権力そのものを否定されたように感じたのだ。そしてその印象は正解である。マルフォイ家と同じく魔法界における貴族階級を自認する純血の名門にとって、反権力志向は自分たちの地位を否定されることと同義なのだ。

 理事会はダンブルドアにハグリッドの免職を迫るだろう――スリザリン寮内の意見はこのような方向で一致している。特にドラコに親しいパンジー・パーキンソンやビンセント・クラッブ、グレゴリー・ゴイルはひときわ声が大きい。

 しかしダフネ・グリーングラスはというと、ハグリッドが教授職を解かれる可能性は限りなくゼロだと考えている。

 ルシウス・マルフォイにとって純血主義はあくまで集客力のある看板に過ぎない。対するアルバス・ダンブルドアは強硬な反純血主義を隠そうともせず、世間的には半純血・マグル生まれ・スクイブの庇護者と認識されている。当然、伝統的に純血主義と反マグル主義を重んじるスリザリンにとっては最大の敵である。ダンブルドア個人もまた学内に存在する()()()()()()()派閥への妥協を拒絶することは目に見えている。

 さらに教職員の任免は学校長の権限だ。

 これに関しては成文化された規則である。

 不当な要求に抵抗するにあたって規則ほど有効なものはない。

 限りなく低い勝率――加えて理事長と学校長の対立を鮮明化させるメリットもなく、そうなるとルシウス・マルフォイが腰を上げるとすれば、おそらくもっと別の方法を選ぶ。

 だからハグリッドは来週も魔法生物飼育学の授業をするだろう……という内容を聞かされて、留学生は吊り上がった細い目を三日月の形に歪めた。これが彼女の笑顔だというのなら随分と邪悪な笑顔である。

 

「そんなに嬉しい? 浮かれているにしても、ハグリッドの()()()()()は度を越してる気がするけど」

 

「面白くなるに決まってるじゃないか。なんせいくらゴネたって教授は無傷だろうに、マルフォイの方はプライドが邪魔して引っ込みがつかなくなるんだからな」

 

「さてどうだか。まあ、一番の被害者はあのヒッポグリフになるのかなあ。次点でパンジー」

 

「恋は盲目なんて言うだろ。誰が言い出したかは知ったこっちゃないが……けれどアイツの場合、本気でマルフォイを心配してるのか心配してる自分に酔ってるのか、かなり怪しい」

 

 相手をよく見ているような、まるで見ていないような。

 そんなアザミの意見にダフネは適当な相槌を返した。

 パンジーの取り乱しようは悲劇のヒロインを演じたい気持ちが大きい。

 もともと自己主張が強く目立ちたがりな性格をしている。それは幼馴染として確信を持って断言できる。ドラコとは……似た者同士で波長が合った、と言うべきだろうか。

 そしてハグリッドだが――おそらく当面は精神的に立ち直れない。

 少なくともドラコの怪我に責任を感じているはずなのだ。伝え聞く限りでも右前腕に大きな裂傷があるという。ヒッポグリフの成体の前脚でやられたのであれば骨に達するか、少なくとも傷口から骨が覗く程度に深いことが予想される。森番としてはベテランでも教職としてはまったくの未経験でこの事故は、少なからずショックだろう。

 もしも理事会が動く気配があればダンブルドアから先んじて自主的な謹慎をするようにとの“助言”があるはずで、いくら教科書選定のセンスが壊滅的であっても、事態の重大さを理解するだけの能力は備わっている……と信じたい。

 だからきっとハリー・ポッターたちはこのあと森番小屋に向かう。

 あの三人組は典型的なグリフィンドール生だ。眩いほどの騎士道精神に溢れている。

 勇気・正義・連帯を旗印に掲げるだけあって彼らは根本的な人間性が善なのだ。

 そんな立派な人間性がハグリッドを放置することを許すとは考えられない。

 グリフィンドール寮のテーブルの様子を窺っているのはそんな理由があるのだが、アザミはまったく無関心にキドニーパイをおかわりしていた。

 この調子ではクラッブとゴイルの取り分がなくなってしまいかねない。

 食欲オバケの二人が食事を忘れるくらいだから、よほど心配しているらしい。

 

「ドラコって意外と慕われてたんだ……」

 

「それは慕ってない人間の言うセリフだな」

 

「友達の友達は友達じゃないから」

 

 ようやくアザミの顔から笑みが消えた。

 彼女は黙っているときの方がよほどマシである。

 

「人間関係のややこしいのは嫌いだ」

 

 そう言ったきりアザミは晩餐に意識を向けた。

 空腹感が気になる程でもなく、ただ人付き合いで大広間まで来たダフネは、ビーフシチューを二口だけ啜ってスプーンを置いた。「図書室に行ってくる」とアザミに伝えて席を離れる。しばらく校内を散策しようかと思ったが、変わり者(ルーニー)に見られるのは不本意なので、素直に目的地である大時計の下まで直行した。

 流石に九月初旬で肌寒いということはなかった。

 日没までまだいくらかの猶予がある。

 しかし教授たちに見つかれば小言は避けられまい。

 変身術の課題を片付ける時間と天秤に掛けて、もう十分だけ待つことにしたとき、ようやくハリー・ポッターたち三人組の姿が見えた。一度グリフィンドール寮の談話室に戻ったのか私服姿である。あちらも制服姿のダフネに気づいたが、立ち止まる気配はまったく見られない。仕方なく声を掛けると心底不快そうにロンは鼻の穴を大きくした。つい笑いそうになる。

 

「ポッター、あなた放課後に出歩く許可は得ているの?」

 

 ……こんな風では皮肉に聞こえただろうか。

 もう少し、柔らかな言い方があったかもしれない。

 すべてはあとの祭りである。ハリーは眉間に深々とシワを寄せた。

 

「二人とも止めなかったのは意外ね。脱獄犯もそうだけれど、吸魂鬼だって何をしでかすか分からない連中なのに」

 

「君に心配される筋合いはない。マルフォイといいそうやって僕を揶揄うのが好きみたいだけど、本当はそっちこそ吸魂鬼が怖いんじゃないのか」

 

「もちろん私は吸魂鬼が怖い。怖くないなんて言ったなら、それこそウソになる。……だから、森番小屋に行くなら、せめて明るいうちにした方がいいと言ってるだけよ」

 

 思いもよらないダフネの言葉にハリーは怯む。

 こうして直接に会話したのはこれが初めてだった。秘密の部屋へ一緒に乗り込んだときもほとんど口をきいた記憶がなかった。

 囁くような低く静かな声が鼓膜を直に揺らす。

 前髪の隙間から蜂蜜色の瞳がじっとハリーを見つめる。

 トパーズのように深みのある、そして無機質な光を帯びている。

 

「騒動が起きるのは決まってハロウィーンの日没後だから、今のうちに気が済むまで好き勝手やってもらった方がいいかもしれないか……」

 

 独り言のつもりだろうがしっかり聞こえている。

 根も葉もないどころかまったくその通り。城にトロールが入り込んだのも、ミセス・ノリスが石になったのも、一昨年と去年の一〇月三十一日のことだった。ハリーの両親が命を落とし、闇の帝王が斃れ、ハリー・ポッターが“生き残った男の子”として伝説になったのも十三年前の一〇月三十一日である。

 今年こそカボチャパイの甘い香りに浮かれていられるかどうか……どうしても不安は拭えない。

 

「どうしてそんな顔をするのか知らないけど、お願いだから二年連続で命懸けの冒険に巻き込んだりしないでね。私、せめて成人するまでは長生きしたいから」

 

「頼み事をする相手が違うだろう。君が言うべきなのはスミレの方だ――どうかお願いだからシリウス・ブラックを城の中に入れるような真似はしないでくれるな、って」

 

「だったら寮の談話室に張り紙でもしておきなさいな。“喧嘩を売って良い相手かどうかよく考えましょう”……とか。ああ、それはスリザリンの方にも必要かもしれないけど」

 

「名案だとは思うけど、クラッブとゴイルの()()()じゃあ羊皮紙に何が書いてあるか理解出来るかさえ怪しくない?」

 

「別にいいのよ。ビンセントとグレゴリーはどうせ死ぬまで失敗からしか学べないから。サーカスの獣と同じよ」

 

 ロンの言いぐさも酷いものだがダフネはさらに辛辣だった。

 子供用の三輪車に跨がったりカラフルな大玉の上で逆立ちする二人を想像してハーマイオニーは危うく吹き出しそうになった。ハリーとロンも苦笑いを浮かべている。無表情のままでいるのはダフネだけだ。もしかすると彼女にとってはユーモアでなかったのかもしれない。想像したことすらなかったが、スリザリンでの生活にもそれなりに苦労があることだけは察せられた。

 

「それじゃあお休みなさい。卒業式を一緒に迎えられるよう祈っているわ」

 

 ダフネはそう言って三人に道を譲った。柱の影にほっそりとした身体が半ば隠れてしまう。彼女にはスミレともパンジーとも違う儚げな線の細さがある。

 足跡の聞こえない様は猫というよりゴーストのようだ。

 ハリーはただ「おやすみ」とだけ返した。そのまま駆け足に森番小屋の方へ去っていく。ハーマイオニーも訝しむ気持ちがあって、咄嗟に気の利いたことを言う余裕がなかった。それでも「また明日」と付け加えてあとに続く。ロンだけは猜疑心に満ち溢れた目をしてダフネを見つめている。

 

「お友達のところへ行かなくっていいのウィーズリー」

 

「君こそパンジー・パーキンソンを放ったらかしにしてるじゃないか」

 

 痛いところを突かれた。

 否、触れられたくなかった。

 パンジーはいま泣きじゃくっている。そんな幼馴染みをミリセントに押しつけ、自分はその場から逃げ出したのだ。挙げ句にハリーたちが本当に友達を案じているのか確かめようともした。いくら言葉を並べ立てても、自分が友達を……数少ない親友を見捨てた事実は変えようがないのに。

 沈黙を保ってみたが体裁はまったくである。

 悲しいかな。現実から逃げているだけに終わった。

 呆れ果てたと言わんばかりにロンはため息をつく。

 掛けるべき言葉もないとそのまま立ち去る。ダフネはやはり無言を貫く。今さら弁明しても醜態だ。恥の上塗りをするくらいなら、と思えば口を開く気にもなれない。日没前の風に吹かれて身震いしながら来た道を引き返そうとする。

 例えドラコとパンジーの恋愛が半ば茶番であっても。ショックのあまり取り乱しているのは間違いない。ならば慰めの言葉の一つも掛けてあげるのが親友なのだろうが……やはりダフネ・グリーングラスという少女は冷淡に「ドラコは完治する。パンジーはすぐに泣き止む」と判断して、せめて一肌脱ぐことが出来ないのだった。

 その性格を知っているからミリセントは止めなかったし、パンジーも「きっと新学期の初日で疲れていたんだ」と好意的に解釈してくれるという()()があって、好き勝手に振る舞えた。ロンはそんな自分本位な態度を咎めたのだ。その上で「友人でない相手」だからとそれ以上の指弾は拒んだ。形の上では自分がパンジーにしたこととそう変わらない。

 のし掛かる沈黙が重苦しい。

 自分の表情を知りたい。

 一人立ち尽くすダフネは来た道を引き返す。

 まだ初秋ながら日没前になると風が肌寒い。

 寒がりであることを差し引いても、やはりホグワーツの空気は冷たい。

 罪悪感から談話室へ帰ろうにも足が重い。本当に図書室へ向かおうか……なんの用事もないのにどうしてこんな目に遭うんだろう、と肩を落としながら廊下を歩く。

 水平線の向こうへ太陽と一緒に気持ちまで沈んでいくようだ。

 セオドール・ノットに呼び止められても振り返るのが億劫だった。

 無視してしまおうと決めて気づかぬ振りをしたが、痺れを切らしたノットに「アオイが医務室に運び込まれた」と言うや、無意識に脚が止まってしまった。

 それは断じて異変に見舞われた友人を思ってではない。

 歩くトラブル・メーカーがまた騒動の渦中にいるのでは、という恐怖心からだ。

困ったことにアオイ・スミレという女子生徒は意図の有無に関わらず、極めつけの不幸を呼ぶのである。

 この一点についてはダフネも絶対的な確信がある。

 

 

 

 

 目覚めると苦痛に悶える声が呻いた。

 自分の声帯から発せられたものかと驚いた。

 慌てて周囲を見渡す。白いカーテンの間仕切りが施されている。外の様子は窺い知れない。同時に外からの視界も遮られていた。誰か悪魔に魘されているらしい。あるいは食べ過ぎたのか。いずれにせよ重症ということはないだろうから、構わず目を閉じた。

 またぞろネビル・ロングボトムが授業でヘマをしたに決まっている。

 さもなければ双子のウィーズリー兄弟の被害者だ。スミレにとっては赤の他人だ。

 それにしても医務室で目が覚めるなんて……思い当たる節がまったくない。

 やわらかい枕に頭を載せたまま何度か首をひねってみる。

 昼食後は図書室に籠もって文献を漁っていたはずだ。

 いったい何をしでかしたら医務室のベッドで横たわっているのやら。

 世の中には幾らでも不思議な事が起きる。思い出す作業を放り投げてスミレはゆっくり瞼を閉じようとした。すると向かい側から聞こえる呻き声が気になる。耳元を蚊が飛んでいるのと同じだ。一度でも気に障ると仕留めてしまうかほかの部屋に移るかしない限り、意識がずっとそちらに向いてしまう。

 思い切り怒鳴りつけてやりたい衝動に駆られる。

 場所が場所だけに自制心を働かせて踏みとどまる。

 不用意な真似をしてマダム・ポンフリーの逆鱗を踏みたくはない。小さくため息をつくのが精いっぱいの抗議だった。

 どうせならバジリスクかトム・リドルと茶飲み話でもしている方がいくらかマシだ。

 まったく退屈だ。こんなことなら鞄に小説でも入れておけばよかったと思う。

 寝返りを打ってみたり頭の中で羊を数えてみたり。色々な方法でどうにか時間を潰そうと悪戦苦闘するが、こんな調子では一分が一時間にまで伸びたような気がしてくる。

 ベッドの上で布団にくるまり芋虫の真似事をしているうちに遠くから話し声が聞こえた。

 誰かがマダム・ポンフリーと談判しているらしい。自分が面会謝絶であるはずもなければ、ネビルのヘマなどたかが知れているはずだ。間違っても消灯時間に近いなら談話室の外を出歩いて医務室まで来るなど考えづらい。ではいったいどうして……と考えている間にもすんなり面会を許可された二人組がスミレのベッドへとやって来た。

 間仕切りを開けたダフネがわざとらしく草臥れた表情を作った。

 その後ろから長身のセオドールが覗き込むようにしている。

 

「何してるのスミレ」

 

「暇だったのでつい」

 

 当然、何があったのか尋ねられる。二人だけでなくスミレ自身も疑問だった。

 

「図書室で気絶したって聞いたけど。寝不足だったの?」

 

「まさか。夜更かしなんてしてませんよ、知ってるでしょう」

 

「それじゃあ()()()()()を飲み忘れでもした?」

 

「それこそ絶対にあり得ませんよ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 お互いニコリともせず無表情のまま喋っている。心の底から笑えないのでこればかりは仕方がない。まったく事情を知らないセオドールは蚊帳の外に置かれた居心地の悪さから口を挟みそうになり、しかしどうしても二人から発せられる無言の圧力から、苦し紛れに女性のようなアゴを掻いて誤魔化すしか出来なかった。こういうときブレーズ・ザビニなら都合のいい文句を幾つも備えているはずだ。

 結局、何かの拍子に転んで頭を打ったということで二人は妥協した。

 ようやく割り込めるタイミングを見つけたセオドールはすかさず口を挟んだ。

 

「ドラ……マルフォイは大怪我するわアオイは気絶するわ。パーキンソンは泣きっぱなしの騒ぎっぱなし、カローも別人みたいに慌てふためいて……何なんだろうな今日は」

 

「パンジーがずっと泣いてるって、もしかしてドラコが怪我をしたんですか?」

 

「最初にそう言ったはずだ。頼むから聞いてなかったなんて言わないでくれよ」

 

「だって聞いてなかったんだから仕方ないじゃないですか」

 

「冗談だろ!?」

 

「これが冗談を言ってる顔に見えますか?」

 

 そう聞き返されたところで、スミレの表情が変化しているところを見た記憶がない。いつだってどんより曇った蒼白い顔である。どこまで本気で言っているのか掴みかねているセオドールを無視してスミレは冷たく言い放つ。

 

「どのみち心配する必要もないでしょう。どうせ教授の説明を聞かずに迂闊なことをしただけ……自業自得です。それにマダム・ポンフリーならどんな重傷も一晩で元通りに治せますよ。頭と胴体がくっついていればですけど」

 

「全部ドラコ本人に聞こえてるけどいいの?」

 

 ようやくスミレは目を見開いた。その威圧感にセオドールは思わず仰け反った。

 

「ネビルじゃなかったんですか!? なあんだ――」

 

「ロングボトムだったとしても心配する気なんて端から無いくせに」

 

「そ、そんなこと……ありませんよ? ………………多分、きっと、あるいは、おそらく」

 

 弁明しても苦し紛れだった。ついさっき欠片も心配せず、どころか日常の出来事だと無関心だったことは鮮明に記憶している。忘却呪文を習得しているからといって()()ほど熟達しているほどの自信を持つにはまだ経験不足である。となると選択肢は一つ。逃げるだけだ。

 自ら布団を剥ぎ取り勢いよくベッドから飛び降りる。

 この状況でドラコと一晩も医務室で過ごすのは遠慮したい。

 

「もういいのか? 頭を打ったなら今夜は安静にしていた方が……」

 

「ご心配なく。むしろパンジーたちが心配です、のんびり気絶していられません」

 

 むしろ本心はこちらの方だった。何気なく言ったつもりがつい冗談を装ってしまった。敢えて隠す必要があったかと問われれば、スミレ自身にも答えられない気がした。ダフネの物静かな黄金色の瞳は無感情なままじっとスミレを観察している。自分でさえ分からない心の奥底を見透かされているようで、つい無意識に視線を逸らした。

 そう。例え相手の方が歳下であっても。どんな相手とだって友人にはなれる。

 生まれた国も生きてきた世界も、価値観や話す言葉さえ違っても……。

 あまりの気恥ずかしさから口には出せなかった。

 素直に言うべきなのだろうが、スミレにはただ耳まで真っ赤にするのが限界だった。

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