ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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8時のニュースは大変

 スリザリンの談話室へ戻ったアザミは言葉を失った。

 スミレがホグズミード村へ行かなかった理由はよく分かる。興味がない――アザミもそれらしい言い訳を重ねて見栄を張ったが、結局のところ心惹かれなかったのだ。友達もいないし。肌寒い中をわざわざ喫茶店へ行ってお茶するくらいなら、校内でココアでも淹れてもらえばいい。屋敷しもべたちは一言頼めば喜んで応じてくれる。

 だからって焼き菓子の盛り合わせを囲みながら、後輩二人に髪の手入れをさせるのはどうかと思う。

 カロー姉妹は髪を櫛でときながら微笑んでいる。

 どちらがフローラでどちらがヘスティアかアザミには見分けがつかない。一卵性双生児の姉妹はいつもの凍りついた目つきが嘘のように穏やかな雰囲気で、スミレ以上に心安らいでいるように見える。慕うにしてもこの双子は少し入れ込み過ぎだが……。

 

「姉さん、調べ物はいいんですか?」

 

 ソファに腰掛けてアザミを見上げるスミレは、いつになくリラックスしていた。むしろこちらが本来の姿で、普段の暗い雰囲気が異常なのだが。それにしてもこのゆるみきった目は従姉が絶句しているなど欠片も考えていない。

 

「ああ、ちょっと実験を仕込んで来た。結果次第じゃ別の課題が増えるけどな」

 

「私に手伝えることがあればなんでも言ってください」

 

「ん……()()いい。そんときになったら頼むわ」

 

「分かりました。こちらも正直、八方塞がりの気がしていて……」

 

「そっちはまた今度いっしょに考えよう」

 

 アズカバン脱獄の件はひとまず進展があったらしい。

 ヴォルデモートの不死については、閲覧制限が設けられた文献でなければ手掛かりすら見えてこない。後輩たちの手前、その件はまたの機会に先送りとした。

 適当な一人掛けのスツールへ座り、アザミはふと日刊予言者新聞を手に取った。動く写真になかなか慣れずいつもギョッとする。

 

「ブラックがホグズミードの近くで出たのに、生徒を好き勝手させるんだな」

 

 脱獄犯騒ぎが解決していない段階で許可証にサインを求めても、あの父は絶対に頷かなかっただろう。そういうところは常識人である。許可証をさっさと処分してしまった理由には、無関心のほか諦念もいくらか含まれていた。

 吸魂鬼(ディメンター)が警備しているというのは、安全の証明になるだろうか?

 ブラックの脱獄を許したうえ未だに見つけられないでいる。

 そしてアザミはホグワーツ特急で昏倒させらた記憶から、アズカバンの看守たちに対し拭い難い不信感が植え付けられていた。

 知らず知らずのうち眉間にシワが寄る。フローラとヘスティアは愛らしい微笑をアザミへ向けた。

 

「ハリー・ポッターは学校にいますもの」

 

「彼、許可証にサインがありませんのよ」

 

「不憫なヤツだ。仕方ないとはいえ」

 

 仕方がない、その言葉に双子は首を傾げる。サラサラとしたプラチナブロンドが揺れる。前髪を眉毛に重ねて一直線に整えたスミレと、丁寧に左右へ流して額を露にした双子と。どこか意識した髪型に見える。そんなものは錯覚だとアザミは疑問を振り払った。

 

「なんだよ。おかしなコト言ったか?」

 

「アザミ姉様はシリウス叔父を敬虔な帝王の僕とお考えですのね」

 

「ああ」

 

「私たちが聞かされた叔父の人柄と、ほんの少し異っていますの」

 

「どういうこった」

 

 フローラとヘスティアは意味深に視線を重ねあった。

 それだけでアザミの背に悪寒が走ったのは、この双子の姉妹が不気味すぎるくらい美人であるせいだ。

 

「シリウス叔父はホグワーツ在学中、グリフィンドール寮生でしたわ」

 

「兄姉によれば、ブラック家の歴史でも前例のないことであったとか」

 

「代々スリザリンの家系から? グリフィンドールが?」

 

「はい。ブラック家の歴史は純血の中でも最古のもの……」

 

「純血の中の純血、貴族の中の貴族、そのような一族です」

 

「異端児、か。しかも()()()()()()()()に唾を吐くような」

 

 言い方はさておきアザミの感想は正しかった。世代の隔たりもあってカロー姉妹はブラックにまつわる記憶がない。身内からの伝聞という前提にはなるが、しかし、ブラックの振る舞いがどれほど純血の一門として逸脱していたかは理解できる。

 超名門の御曹司がロック音楽に被れるようなものだ。

 いくらなんでも破天荒すぎる。

 アザミはハッとした。

 

「じゃあなんでブラックは脱獄を……?」

 

「誰も知り得ないからこそ、尻尾を掴めないのでは?」

 

「暗闇の中で影を追うようなものではございません?」

 

「…………そうだ、そうだ。真っ暗闇だよな」

 

 すべての前提が覆された。これまでの想定が、完璧に吹き飛んだ。

 しかしフローラとヘスティアは殊更不思議そうにして、櫛を持つ手をピタリと止めてしまった。

 

「けれど……そう、収監されたのは、確かマグルの大量殺人だったわねヘスティア」

 

「そうだったわねフローラ……誰だったかしら、小指を一本残して亡くなられた方は」

 

「なんじゃそりゃ? 言ってることが支離滅裂だ」

 

「「嘘偽りなく事実ですわアザミ姉様」」

 

 上級生を揶揄って愉しむような性格ならスミレは懐かない。この双子が髪のメンテナンスを任されている以上、その可能性は除外すべきだ。

 だとすれば、この二つの相反する事実こそすべてだ。

 ブラックは代々でスリザリンの一族にあるまじき問題児であり、純血主義へ強く反発していた。そのため一族ではじめてグリフィンドール寮へ振り分けられた。だが、のちのち十二名のマグルを殺害したと……そのような罪状からアズカバンへ収監され、今年になって脱獄を果たした。

 酷い頭痛がする。何をどう処理したらこれらの情報が一本の線でつながるのだろう。

 ティーカップに角砂糖を敷き詰め、その上からポットの紅茶をビチャビチャとかける。もちろん溶けきらない。形を残している砂糖をスプーンで手早く崩し、そのまま呷って一息に飲み干す。

 効率的に糖分を補給しても同じことだった。

 いくら考えても馬鹿げた妄想ばかり浮かんでくる。

 考えがまとまらないと不快感が募る。眉間のシワが深さを増していく。

 こんなときにスミレはうとうとうたた寝していた。

 本当に気持ちよさそうで、犬みたいだなと思う一方、マイペースさに呆れてしまう。

 

「ホント、どうなってんだろうなコレ」

 

 ため息とともに吐き出した言葉へ、衣擦れのように微かな笑いが返ってきた。

 

「ええ、本当に、どうしてなのでしょう」

 

「どうして、こうも愛おしいのでしょう」

 

 聞きたくなかったし、聞くべきではなかった。

 わざとらしく頬を赤らめたフローラとヘスティアから目を逸らし、アザミは一人、角砂糖をお茶請けにして甘ったるいミルクティーを飲んだ。

 こんな調子ではすぐに胸焼けする。とても夕飯は入らないだろう。

 食欲なんてすっかり消し飛んでいたから、何も問題なかった。

 スコーンにルバーブのジャムとクロテッド・クリームを塗りたくる。

 ベタベタに塗りたくって、かぶりつこうとしたとき。何故だか双子の目に冷たさが舞い戻った。

 

「アザミ姉様、何故()()()()()()()()()()に?」

 

「クリーム()ジャム()のせるのが習わしでは?」

 

「どっちでも味なんて変わらないだろ……」

 

 無言の圧に晒されながらアザミは構わずスコーンを齧った。

 ルバーブというのはどうも苦手だ。無難にイチゴジャムの方が美味しく感じられる。

 美味しいのは美味しいがどうも舌に馴染まない。

 パサついて食べづらい生地と格闘しているうち、髪の手入れを終えたカロー姉妹は、すやすや眠りこけているスミレの左右へ移った。だらしなく投げ出された腕にそれぞれ身体を密着させてじっとアザミを見つめる。いじらしく唇を尖らせられても、なんと返せばよいのかアザミには分からなかった。

 

「いったいどうしたいんだよ……」

 

 ミルクティーを啜って今度こそため息をつく。

 

「この思いの丈を、もしも伝えられたなら……」

 

「この胸の高鳴りを、聞いていただきたい……」

 

 ならそうしろ、とは口が裂けても言えない。

 突き落とされるのは自分じゃないのだから。ただまあ、スミレとカロー姉妹の関係について口を挟むつもりは毛頭なかった。自分にボーイフレンドはおろか同性の友人すらいない状況で、さらに先を越されるのは腹立たしい。人から好かれない性格であるという自覚と、それはそうと同じくらい問題児の従妹に追い抜かれたくないという対抗心からだった。

 ミケンのシワに気づいて揉みほぐすアザミを、暖炉の上からザクロが嘲笑った。呑気にとぐろを巻いて真っ赤な目を細める。

 揃いも揃って面倒な性格である。

 日曜日に薄暗い地下室に篭もりきりなんて、どうかしてる。

 半日も図書室に閉じ籠っていた自分が、とやかく言えたことではないけれど。

 

 カボチャの匂いから逃げられる場所がここしかないのだ。

 好き嫌いの対象になるほど関心を持ったことすらない、ごくありふれた食材の一つというだけだった。それがこう必要にそこかしこで匂いが漂ってくれば鬱陶しくなる。

 腹持ちなんて考えなくても胸焼けしてしまえばそれで十分。

 食欲を吹き飛ばせば夕食を避けられるという乱暴極まりない発想から、アザミは目の前のお菓子を遠慮なく口にしていく。

 意識したことがないのはハロウィンも同じだった。

 一部の騒々しい連中が安っぽい仮装をして駄菓子を貪る、その程度の祭りだと思っていたが、こちらのハロウィンも肌に馴染みそうにない。

 いよいよスミレがいてくれて良かったと思う。

 それはそうと家に帰りたい気持ちはまったく湧いてこないのが、やはり寮暮らしと実家暮らしの違いなのだろう。

 似ているような、似ていないような。

 姉妹というには遠いし従姉妹というには近い。

 奇妙な親戚の寝顔を眺めながらマドレーヌを食べたが、どうせならコーヒーが欲しくなる味だった。

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