ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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君のその痛み 気づけないまま

「あの尻尾爆発スクリュートってのは一体何なんだ!?」

 

 図書室の片隅でアザミは腹立たしげに本を閉じた。

 東南アジア地域の魔法生物について紹介する文献まで漁って、成果と呼べるものが一つも無かったのがショックだった。魔法生物飼育学の授業は『尻尾爆発スクリュート』なる、殻を剥がれた甲殻類と両生類のキメラの奇形種としか言い表せない生き物の生態調査だった。この未知の魔法生物は雄が鋭い針を持ち、雌が腹の部分に吸血用と思われる吸盤を複数備え、孵化したばかりなのにやたらと獰猛なうえ名前の通り何かあると尻尾を爆発させるから手に火傷を負いそうになる。好物となる餌すら分からないではアザミも散々に苦戦し、こうして放課後に自分で調べているのだった。

 ハーマイオニーとアザミの密会は放課後の図書室で行なわれる。

 グリフィンドールとスリザリンが堂々と会うのは周囲に目がある。

 それを気にする程度に二人とも社会性を備えているのだ。

 図書館に決まったのは自然な成り行きで、どちらかが提案したわけではない。お互い自分の用事を済ませつつ重要な相談事をするのにここが最適であった。新年度早々から毎日のように図書室へ通う変わり者はホグワーツで自分たちだけと自覚していたなら、周囲の不勉強さに呆れたりはしないだろう。

 

「サソリっぽいから東南アジアの原産だと思ったんだが。北アフリカの地中海沿岸でもないし、まさかインドか?」

 

「あの怪物にそこまで熱心になれるなんて尊敬するわ……私なんていつ尻尾の爆発で指を吹き飛ばされるかとヒヤヒヤしちゃった」

 

「革手袋くらい自前で用意しとけよ」

 

「だっていきなりあんなのが出てくると思う?」

 

「初っ端にヒッポグリフを連れてくるような先生だぞ」

 

 それを指摘されると返す言葉がなくなる。

 アザミはポキポキと肩を鳴らして凝りを紛らわせた。

 ハーマイオニーは屋敷しもべ妖精と魔法界の歴史に関する書籍を探しながら、申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。

 

「ごめんなさい。『忍びの地図』の事、ハリーは承諾してくれたんだけど、ロンがどうしてもダメだって」

 

 アラスター・ムーディこと『マッド・アイ』の姿に悲鳴を挙げて気絶したスミレは、翌朝には医務室を追い出されたものの、精神が完全に参っていた。普段から少ない口数はめっきり途絶え、声を聞く機会など授業中に先生から指名されたときくらいだった。防衛術の授業の前には必ずあの水色の『抑制剤』だか『鎮静剤』を服用していたし、いつムーディと鉢合わせするかと廊下の曲がり角や教室の扉を恐れるようになった。しかもこの一週間で不眠症まで患ったらしく、目の下に浮かんだ真っ黒な隈がますます生気を感じさせない。

 見かねたハーマイオニーは『忍びの地図』を貸すことを提案した。

 アレがあれば城中どこにいたって――ただし『秘密の部屋』だけは例外だが――地図上に名前が表示され、知りたい人物の所在を必ず把握出来る。

 ハリーは当初「気乗りしない」とハッキリ断った。

 シリウスの無実を証明したとはいえ、()()スミレが積極的に動いたのは禄でもない理由に決まっている、と真実の片鱗に触れたからだった。

 なら尚のことスミレの精神を安定させるべきという説得が功を奏した。

 だがドラコ・マルフォイのガールフレンドと親しいことを理由にロンが猛反対し、ハリーもドラコへの敵愾心を思い出して「考えさせて欲しい」と無期限の延期を求めた。ハッキリ言えばハーマイオニーの提案は蹴られてしまったわけである。

 

「あのパーキンソンにそこまでの悪知恵なんて働くのか?」

 

 アザミはあくまで()()()()()()に冷ややかだった。

 

「マルフォイに密告(チク)ったとして、あのスネイプに何が出来るんだよ」

 

「そうよね。ルーピン先生の事でマクゴナガル先生も随分お怒りみたいだし」

 

 もし「ポッターが校則違反の羊皮紙を所有している」と指弾しても、ハリーはルーピンの助言通り「フレッドとジョージが何年か前にゾンコの店で買ったものをくれたんです」と言い張るだろう。マクゴナガル教授も一日、下手をすれば半日ばかり預かったあと「ただのイタズラ用品ですよセブルス。なかなか面白いですが、残念ながらもう終売のようですね」と適当なことを言ってそれ以上は取り合わないのは明らかだ。だから心配するような事は何もないのだが、既に理屈の問題でなく感情の問題になっているから解決手段がない。

 ハーマイオニーだけでは抱えきれなくなった本を代わりに持ちながら、アザミは肩を落とした。

 

「一応、オレから祖父さんと叔母さんには報せたよ。それでどうなるワケでもないけど」

 

「もうこれ以上何事もないことを祈るわ。一年くらい、スミレも穏やかに過ごせるように」

 

「生真面目なだけのバカかと思ったけど、グレンジャーって意外とイイヤツなんだな」

 

「ねえ? それ褒めてるようで貶してるようなものって分かって言ってる? ねえ?」

 

「オレのことそのくらいも分からねえようなバカだと思ってたのかよ。泣くぞ」

 

 ニヤリと八重歯を覗かせてアザミはシニカルな笑みを浮かべた。

 それは「地図のことは気にするな。あとは任せてくれ」という彼女なりの遠回しな礼であった。ハーマイオニーもその意思を受け入れて、スミレの絶不調についてさらなる言及はしないことにした。

 今度はアザミがハーマイオニーの近況について苦言を呈した。

 

「最近グレンジャーが始めた学生運動、スピードワゴンだっけ」

 

「エス、ピー、イー、ダブル。どこから出て来たのそのワード」

 

 実家で呼んでいた少年漫画のキャラクターと記憶が混ざっていた。学生運動という表現は『しもべ妖精福祉振興協会』の理念からもまさしくその通りなのだが、どこか否定的なニュアンスを含んでいるように感じられる。ハーマイオニーは()()()()()()の持ち主であろうアザミにも賛同を求めているが一度たりとも良い反応は得られていない。

 

「一人でまだやるのか?」

 

 呆れたような、哀れむような、そんな口調。

 しかも自分が手を貸すつもりはさらさらない。

 こうなるとハーマイオニーも一層ムキになる。

 屋敷しもべ妖精への搾取に抗議し、彼らの待遇改善と社会的身分の向上、権利の拡大を唱える『しもべ妖精福祉振興協会』の活動は目下ハリーの苦笑いとロンの困惑しか獲得していなかった。二人の参加を皮切りに次々と入会者と活動資金を確保してホグワーツから魔法省へ『草案』を突き付ける予定だが、ハーマイオニーが第一回会合と称する彼女の演説会のあと目立った成果は皆無であった。

 創設者閣下は憤懣やるかたない様子でアザミの目を覗き込んだ。

 

「私、アザミをスリザリン支部長にするつもりでいるのよ。差し支えなければ就任時期について教えてちょうだい」

 

「悪いがその日は永遠に来ねえよ。だいたいスミレはどうすんだ」

 

「あの子が他人に興味を持つとは思えないけど」

 

「だからオレだけ損するなんてイヤだってんだ」

 

「スミレが希望するなら広報部長のポストを用意してるわ。他に問題ある?」

 

「大ありだわ。一番やらせたらダメだろ」

 

 どれだけ贔屓目に見てもスミレのプロモーション能力なんて備わっていない。どころか無自覚な問題発言を繰り返して教会の評判を損なうのが関の山だ。深刻な人選ミスはどんなに成績優秀な彼女でさえこうなってはただの暴走機関車でしかないとの証明なのだろうか。アザミは頭痛がしそうだった。

 

「だいたいな、スリザリンを引き込むよりハッフルパフにコナ掛けるのが先だろ。あそこの方が大金持ちは多いんだから。ブルストロードなんてただの牧場主だぞ。それに引き換えフレッチリーなんかオマエ、アイツ聞いた話じゃイートン蹴ってこっちに来たんだろ?」

 

「それはそうなんだけど『コナ掛ける』なんて言い方はやめて……もちろんハッフルパフ支部の設置が必要なのは理解してるわ。だから今朝アーニーに話を持ちかけたら『熱ですか? 最近ガクッと冷えましたからね、お大事に』って風邪を引いてると勘違いされたのよ」

 

「そりゃマクミランが正しい。ホント、いいヤツだよアイツは」

 

「ハンナがスミレと付き合ってるって言ってたけど本当なの?」

 

「そんなこと本人に聞け。ああ……でも夏休みにウチへ来たのはマジ」

 

 ハーマイオニーが落とした本をアザミが一つ残らず床へ散乱する前にキャッチした。

 

「危ねえ。足の指折れるとこだったぞ」

 

「……ありがとう。二人っていつから交際してたの?」

 

「今年のバレンタインのちょっと前くらい」

 

「半年ちょっとで御両親に挨拶を?」

 

「スミレの親父は別居中。挨拶したのは母親に祖父さん祖母さんだけだ。あと従兄が何人か」

 

 さらりと重すぎることを言われた気がしたけれど、ハーマイオニーの頭脳を以てしても処理が間に合わなかった。

 

「ちょっと急展開過ぎない? もうそんな段階なの?」

 

「文字通りの顔合わせしかしてねえよ。てか興味津々か」

 

「失礼を承知で言うけれど、スミレに限ってないと思ってた」

 

「同感。母親から女好きだと思われるくらいだしな」

 

「生々しいからやめて。パンジー・パーキンソンにべったりだし」

 

「マクミランでもパーキンソンでも好きにすりゃいいさ」

 

 苦笑するでも苦虫を噛み潰すでもなく、涼しい顔で肩をすくめる。アザミのそんな言い様にハーマイオニーはますます二人の関係性について、認識を強くした。

 

「従姉妹の間で成立するのか知らないけれど……」

 

「なんだよ」

 

「アザミって従妹に激甘(シスコン)よね」

 

「…………」

 

 今度こそ顰め面になったのはアザミ自身にも自覚があるからだ。

 それを改めて第三者に指摘されると気に食わないものがある。

 

 

 常備薬を服用するうちスミレの精神は感情の起伏を失っていった。

 誰かに話しかけられても声は聞こえているのに、まるで何も聞こえていないように心が反応しない。あるいはどんなに豪勢な料理を食べても味も香りもまったくしない。食事という生活に必要不可欠な行為が、体内へ異物を押し込めるだけの形式的な作業へ変貌し、間もなく食欲も無くなった。猛烈な空腹感と鉛のように重い身体を引き摺る生活が始まってもスミレにはどうすればよいか考える余裕すら無くしていた。果たして自分がいま覚醒しているのか夢の中にいるのかすら判断出来なくなり始め、何人かの教授はしばらく療養に専念して授業を休むよう言い渡した。

 マクゴナガル教授もスミレの心身の荒廃を案じた一人であり、スネイプ教授が気に留める素振りさえ見せなかったのは心のどこかでブラックの件を逆恨みしているからだった。『マッド・アイ』の異名に相応しい破天荒さを知らしめるアラスター・ムーディですら防衛術の授業を欠席することを許したのだから、事態は深刻であった。

 アザミは放課後になると寮に戻ってスミレのそばを離れなかった。

 夜になるとスミレは談話室で啜り泣き、消灯時間を過ぎてもアザミと過ごした。

 症状は更なる悪化を認めなかった。むしろこれ以上悪化する余地があるなら、それは『最悪』の二文字で表現するに足るものだろう。

 にも関わらずスリザリンの寮監はボーバトンとダームストラングの歓迎式にスミレも参加するよう申し伝えた。

 

「お言葉ですが教授」

 

「ならば口を慎みたまえ」

 

「無礼千万は百も承知で申し上げますが、スミレの状況をご存じないのですか」

 

「愚かなことを。我が輩が承知していないとでも?」

 

「では当然、たかが客人の出迎え程度に参列する必要はありませんね」

 

 集合時間になってもアザミは私服姿のまま。スミレは命令されるがまま制服に着替えていたが、この状態では『服従の呪文』に掛けられているのと大差がない。そんな従妹を庇うようにアザミは毅然として魔法薬学教授に不服従を表明した。どれだけ軽蔑していようと礼を失する振る舞いは自重してきたが、今度ばかりは我慢の限界だった。

 生徒に反抗されたスネイプの額には青筋が浮かぶ、薄気味悪い乱杭歯を剥き出しにした。

 

「では我が輩も同様、無礼千万は百も承知で申し上げよう。ボーバトン校とダームストラング校からの来賓は三大魔法学校対抗試合に参加すべく選別された各校の最優秀生徒であり、彼らの引率は各校の校長が務めている。こう言えば理解が出来かね?」

 

「学生の本分を忘れ虚栄心と金銭欲に目の眩んだバカ共でしょう。そんな連中にどうして自分が貴重な時間を割く必要があるのか理解出来ません」

 

 優勝杯を手にする名誉にも、一千ガリオンもの賞金にも、アザミは唾を吐いた。

 これからホグワーツで始まる祭典の全てを『虚栄心』と『金銭欲』の二言で切り捨て、あくまでそんなものに関わりたくないと言う本音を露わにする。

 

「マダム・ポンフリーも医務室を留守になさるなら自分が寝室でスミレを見ています。教授は歓迎式へ出席なさってください、どうぞご遠慮なく」

 

「よかろう。それほど罰則を望むのであれば極めて不本意であるが我が輩としても課さねばなるまい……ヒキガエルの臓腑(ハラワタ)抜きと死骸処理を一年間だ」

 

「謹んで承ります」

 

 アザミは慇懃に一礼してスネイプを見送った。談話室の扉が閉まる音を聞き、スミレを寝室へ連れて行く。おぼつかない足取りでベッドに腰掛けると、いまにも焦点が狂いそうな目でじっとアザミを見詰めた。

 

「ねえさん、いいの……」

 

「いいのいいの。私、学校行事って嫌いだし」

 

 授業の方が好きというのは本心だ。息抜きなら好きにやるし、自分はちっとも楽しくないのに周囲は全員浮かれているから尚のこと気分が悪い。アザミは定期購読している雑誌で見かけた映画のことを話した。映画は二人の数少ない共通の趣味である。スミレはホラー、アザミは任侠モノが好きで、やっぱりバラバラではあるけれど、アクション映画はそれなりに観る方だった。

 

「今月のはじめに公開された映画、スゴい面白いんだってさ。クエンティン・タランティーノって監督のなんだけど。『レザボア・ドッグズ』去年観たでしょ、アレの監督の新作で『パルプ・フィクション』ってタイトル」

 

「へえ……」

 

「『サタデー・ナイト・フィーバー』のジョン・トラボルタとか、『ジュラシック・パーク』のサミュエル・L・ジャクソンとか。あっちはチョイ役か。あとあのハゲ誰だっけ……」

 

「ハゲ……」

 

「ハゲ。えっとね、ジョン・マクレーン警部の人。ダイ・ハードの」

 

「ブルース、ウィリス」

 

「そうそうブルース・ウィリスも出てる。今度一緒に観に行かない?」

 

 どうせ地元の映画館は全国公開から大きく出遅れて上映する。クリスマス休暇で帰ったときでも十分間に合うだろう。正直なことを言えばアザミはタランティーノ監督の『レザボア・ドッグズ』を映画館で観たとき何が面白いのかサッパリ分からず、ひたすらポップコーンを貪っていた。延々と会話を繰り広げときどき暴力が挟まれた奇妙な脚本は難解というより手抜きのように感じられてしまう。

 まあ、スミレは大変お気に召したようだからそれで構わない。それにアレが監督の作風であるのなら、話題の新作もきっと似たようなカンジだろう。

 二人はそれから『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアン号に乗ってどの時代を観に行きたいか、『スター・ウォーズ』のダース・ヴェイダーとグランド・モフ・ターキンどっちの方が偉いのか、あるいは『インディ・ジョーンズ』の次回作ではどんな秘宝が出てくるのか話した。

 しばらくお喋りに花を咲かせているとスミレはうつらうつらと睡魔に誘われはじめた。

 そのままアザミに促されるままベッドへ横たわる。

 消え入りそうなほど弱々しい寝息を立てる姿を、アザミはただじっと見守る。

 もっと早くこうすべきだった。そんな後悔は罪悪感を呼び、重ね合った手の甲にぽつりと雫が滴った。




『パルプ・フィクション』
クエンティン・タランティーノ監督の劇場第二作
出演:ジョン・トラボルタ、サミュエル・L・ジャクソン、ユア・サーマン、ブルース・ウィリス、クエンティン・タランティーノ
日本公開:1994年10月8日
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