ボーバトン、ダームストラング両校の一団を迎えての晩餐が始まった。
煌びやかな金髪碧眼の美少女たちはレイブンクローのテーブルに、筋骨隆々の屈強な青年たちはスリザリンのテーブルにそれぞれ招待された。教職員の席でバブリングは強火で煮込みすぎたためエグみの強いブイヤベースに辟易しながら、早く自分の研究室へ帰りたい気持ちで一杯だった。おまけに左隣からは占い学教授シヴィル・トレローニーが香水の代わりと言わんばかりに安いシェリー酒の匂いを漂わせている。
「こんなときくらい我慢出来なかったのか」
「お紅茶にほんのチョッピリ垂らそうとしたらつい手が滑りましたの。もちろん星たちがアタクシに声なき声で恐るべき重大な警告を発しているとすぐに察知出来ましたわ。今宵は天秤宮が障害の座に位置しておりますでしょう? ですから、これもごく自然の成り行きですわね」
「次はもっとマシな形にするよう頼むといい」
こんな酒浸りが何故教職に就けたのか甚だ疑問である。
まして来賓たちを前にして酔っ払うなど前代未聞だ。
右隣に座った総合魔法競技部部長のルードヴィッチ・バグマンも騒々しく、マグル育ちの自分はクィディッチに興味がないことを告げるとそれきり話し掛けてこ無くなった。あまりに単純すぎる態度はいっそ清々しかったが、あんな野蛮な遊戯に一喜一憂できるほど
古代ルーン文字学教授の椅子から大広間を観察すると、多くの男子生徒はボーバトンの女学生たちに魅了されているようだった。気持ちは分からないでもない。みなスラリとした長身で、顔は小さく、しかもウエストから脚にかけての曲線美は言葉で言い表せないものがある。自分も学生時代なら目を奪われていただろう確信があった。
ダームストラングの生徒で注目の的はブルガリア人のビクトール・クラムのみで、校長のイゴール・カルカロフでさえ他の候補生たちには一切期待していないのが見て取れる。揃って冬眠前の熊のように食事を貪って交流など二の次という態度では、それも仕方ないように思えた。肝心のクラムは風邪気味なのか少し顔が赤い。体調管理もアスリートの仕事であるから、箒で飛ぶ技術は世界最高峰さておき頭脳の出来映えは遙かに下の水準で見るのが良さそうだ。
左耳で酔っ払ったトレローニーの鼻歌を、右耳でバグマンの選手評を楽しみながら、バブリングは今日の夕食をどうするか決めかねていた。簡単にパスタを茹でて適当なソースをかけるか、あるいは缶詰を開けて済ませるか。正直どっちでもいい気分で、それがさらに悩ましい。いざ食べたときに「やっぱりあっちだった」というのが一番困るのだ。
オイル漬けのイワシで白ワインでも……とようやく考えがまとまりかけたとき、トレローニーがめざとく手付かずのブイヤベースに気付いた。
「あら。どこかお加減が優れませんのね。よろしければそれ、アタクシが戴いても?」
「勝手にしてくれ」
香りだけで不味いと分かっていては味見する気にもなれない。
すっかり冷めているけれど。酔い覚ましくらいにはなるだろう。
ともかく早く晩餐が終わらないかとバブリングは気が遠くなる思いがした。
†
豪華絢爛な晩餐も残らず食べ尽くされるとダンブルドアが壇上に立った。
心地よい緊張感が大広間を駆け巡り、誰もが全神経を集中させる。興奮で背筋が総毛立つ者も少なくない。ボーバトンの女学生たちもダームストラングの男子学生たちも同様だった。静まり返る大広間の中で厳かに選別儀式の説明が始まる。
「時は来た」
その一言で目に見えない感情の熱が臨界点に達する。
「三大魔法学校対抗試合はいままさに始まろうとしておる。
一人目は国際魔法協力部部長のバーティミウス・クラウチ氏だった。上等なダークグレーのスーツを完璧に着こなし、口元の髭も定規を当てて整えたように綺麗な、まさに理想的な英国紳士として振る舞っている。立ち上がったクラウチ氏への拍手は形式的なもので散発的だった。ドラコは「フン」と冷たく笑うだけで、クィディッチ・ワールドカップでの事件で責任者と目されるだけに生徒の反応は芳しくないのが実情だった。
二人目は総合魔法競技部部長のルードヴィッチ・バグマン氏。往年の名ビーター時代よりすっかり身体は丸くなったが、根っから陽気そうな人懐っこい笑顔で手を振る姿に拍手喝采が贈られた。謹厳実直を絵に描いたクラウチ氏の後に紹介されたこともありさらに熱烈な反応となった形だ。
「そしてもうお二方。対抗試合の設営にご協力くださった、アオイ家の現御当主にして第四代マホウトコロ校長を務められたアオイ・シキミ氏とその御子息、アオイ・ショウブ博士じゃ」
重々しく開かれた大広間の扉へ一斉に振り返る。
猛烈な花吹雪にたちまち視界が塞がれ、窒息しそうになる。
肺から酸素が尽きる寸前を見計らうように花びらの嵐が収まったとき、開け放たれた扉の向こうには呆然として立ち尽くすフィルチ氏だけがいた。
後ろから響き渡る笑い声の主が「おうおう人気者だのう管理人殿」と言った。
呪文で命じられたわけでもないのに視線が再び壇上へ集った。
ダンブルドアのすぐ右隣には痩せた身体を日本の伝統衣装で包んだ老人と、鶯色のスーツを着た目つきの悪い青年が並び立っていた。
老人は満面の笑みを浮かべて「いやあスマンスマン」と語りかける。
「ちょいと見栄を張りすぎたな。ほんの手品のつもりが、ついやり過ぎちまった」
この初老の男がアザミの祖父だとホグワーツの生徒は一瞬で理解した。去年の新年度に彼女がここで披露した余興をもっと派手にしてみせたのだ。シキミの名が引き起こした緊張感はダンブルドアが壇上に立ったときのもと異なっていたが、あの華やかな余興のあとで無粋な真似をする者はいなくなっていた。
「マホウトコロの四代目校長ってそんなにスゴいの?」
「初代から三代目までは王族がその地位にあったの。だから、魔法使いとしてはあの人が初代校長ってことよ」
「でもソレって変じゃないか? 『国際魔法使い機密保持法』に違反してる」
ロンの指摘は珍しく修正の必要がなかったが、ハーマイオニーは「歴史の講義ならあとにしてロン」と取り合わなかった。いつもならどの文献を参照すべきかを述べたうえでマホウトコロの歴史を長々と喋りはじめるのに。これから毎回そうして欲しいとロンは思ったが、ダンブルドアの話の方がよほど重要だった。
恭しくフィルチが運んできたのは宝石がちりばめられた正方形の匣だった。
少なくとも今回の為に新調されたものではなく、百年よりもずっと昔から使われてきた由緒ある代物に思われた。
ダンブルドアは珍しく杖を手にし、匣と並び立った。その反対側ではシキミ翁がニコニコとご機嫌な様子でダンブルドアへ視線を送っている。
「マダム・マクシーム、カルカロフ校長、クラウチ氏、バグマン氏、シキミ氏とショウブ博士とこの儂を含めた面々が代表選手の健闘を評価する審査委員会へ加わってくださる」
代表選手という言葉に三校の全生徒は一段と耳を研ぎ澄ませた。
「代表選手が取り組むべき課題についてはクラウチ氏とバグマン氏が宜しく検討してくださり、シキミ氏とショウブ博士のご尽力により準備が整っておる」
一年間を費やして課される三つの試練によって代表選手たちはあらゆる能力を測られる。魔法の卓越性、果敢な勇気、論理性・思考力、そして言うまでもなく
「皆も知っての通り、試合を競うのは三人の代表選手じゃ」
ここでダンブルドアは眩く輝く宝玉の匣を杖で三度叩いた。
熱で溶けるように匣が崩れると、中に収められていたのは荒削りの木のゴブレットだった。
「参加校三校から各一人ずつ。選手は課題の一つ一つをどのように巧みにこなすかで採点され、三つの課題の総合点が最も高いものが優勝杯を獲得する。代表選手を選ぶのはこの公正なる選者
瞬きはおろか呼吸すら煩わしいほどに興奮が体中を駆け抜ける。
ゴブレットの中で揺らめく青い炎が生徒の目に熱狂の光を灯した。
「代表に名乗りを挙げたい者は羊皮紙に名前と所属校をハッキリと書き、このゴブレットの中に入れなければならぬ。志ある者はこれから二十四時間以内に提出するよう。明日、ハロウィンの夜にゴブレットは各校を代表するに相応しい三人の名を指し示すじゃろう」
ゴブレットは期間中、玄関ホールに設置される。
十七歳未満の参加を禁じる規定に従いダンブルドアが『年齢線』でゴブレットを囲む。
これは魔法省の要請によって行なわれる措置であり、三人の校長たちの承認を以て正式に決定されたとダンブルドア自ら語った。
これによって定められた年齢に満たない者はどうあってもゴブレットに近付けない。
万全の対策と言うのにこれ以上ないくらい完璧な方法である。
「さて、ここからがサプライズじゃ――シキミ殿、お願いしてよろしいかのう」
「よし来た。任せておけ」
二人は妙に息ピッタリで、まるで以前にも会ったことがあるように思えた。
ハリーは「そんなこともあるさ。だって二人とも長生きなんだから」と自分に言い聞かせたが、とてもシキミ翁とダンブルドアが同い年には思えなかった。少し痩せた顔立ちをしているけれど、髪は真っ黒でボリュームがあるし、何よりダーズリーの近所に住んでいる猫好きの変わり者で有名なフィック婆さんよりずっとしなやかに動くのだ。身のこなしの軽やかさならシリウスにも劣らない気さえした。
ダンブルドアに代わって壇上へ立ったシキミ翁もかなり背が高い。
アザミとスミレの祖父というのはかなり上背がある。翁は孫娘たちに瓜二つの切れ長で真っ黒な目を笑ませながら、バッと両腕を広げた。
「魔法省の役人は十七歳未満の参加を禁ずると言うたが、それではつまらんだろう! 道理を無理で押し通し、儂の指名権をもぎ取ってやった! 我こそ栄光の担い手たらんと欲する者はこの儂に
あまりに狭い代表選手の門をこじ開けるが如き宣言。
あり得べからざる四人目を現出させた翁の言葉に、大歓声が沸き起こる。
すべての寮から歓喜の声と拍手と口笛が贈られる様にシキミ翁は頷いた。
「マホウトコロ元校長の推薦枠は
舌が渇き、喉が枯れ、息が切れ、ようやく歓声が静まった。
最後にシキミ翁は静かな声で生徒たちへ語りかける。
「勝者の栄光はその者の属する寮へ齎される。誰の名を羊皮紙に記すか、あるいは誰も記さぬか儂自身まったく決めておらんから、目一杯励んでくれると期待しよう。それと言い忘れておったが、儂はオマエさんらの事は一切知らん。この言葉をよくよく肝に銘じておくように」
その間、痩身長躯のショウブ博士は微動だにせず父親の背から目を話さなかった。
ちらりと全身を観察すればダーズリー氏が喜びそうな、露骨に高級でないが相応に金額を積んだと察せられるスーツや腕時計が目についた。それに痩せてはいるが博士の身体も引き締まっている。スポーツマンの体付きに思えた。それはシキミ翁も同様で、やや古風ではあるがイギリスの魔法使いたちのように忍び笑いでは耐えきれないくらい頓珍漢な服装からは程遠い、あれが日本の伝統的な衣装なのだとハリーにも理解させるくらい堂々とした着こなしだった。
「ありがとうシキミ殿。マホウトコロ元校長の推薦枠も加えた四名の代表選手は、競技の最後まで戦わねばならぬ。軽々しく名乗りを挙げぬ事じゃ。思慮に思慮を重ね、よく思い悩んだ上でゴブレットに名前を入れるのじゃぞ。さて! もう寝る時間じゃ、皆よくお休み!」
興奮冷めやらぬ生徒たちの列がそれぞれの寮へ引き揚げていく。
望みを絶たれたところへ救いの光が差し込んだ者、未だ知らぬ栄光への憧憬に目を輝かせる者、あるいはこの光が本当に導きの標であるのか訝しむ者、様々な思いが渦巻きつつ。
ひとまず、明日になれば全て分かることである。
ハロウィーンを翌日に控えたホグワーツは、そうして夜に包まれていく。