列車から降りた頃にはもう夜だった。
終点の駅名は『ホグズミード』
学校の近くにある小さな村だとざわめきの中で耳にした。
駅からはチューバッカことハグリッドの先導で馬車と船を乗り継ぎようやくホグワーツに着く。
湖のほとりに建つ大きな大きな古い城が私たちを見下ろしていた。
入り口の前から見上げたら後ろに倒れそうだ。
みんなしてひな鳥みたいに口を開けて同じ方へ向いているのはちょっと面白い。
なんとなく後ろを向いて目を凝らすと、湖のずーっと遠くの方からタコ(あるいはイカ)の脚が水面から伸びて、こちらへ手を降っている。
あんな化け物に襲われたら、さっきの小舟じゃひとたまりもない。
1人で勝手にゾッとしながら、ハグリッドから案内を引き継いだマグゴナガルという先生の話を聞く。
この人も見るからに魔女で、緑色のローブにつばの広いとんがり帽子をかぶっている。
いかにも厳しそうな雰囲気で、逆三角形のシャープな眼鏡が余計に『厳格』の二文字を印象づける。
先生が城の門を開け、そのまま後に続いて石畳のホールを通り抜けていく。
中には電気もガスもない。
灯りはドラコの家と同じく蝋燭で、廊下やホールはぼんやりとした弱々しい光で照らされている。
どこかに在校生が集まっているらしく、遠くからザワザワと人の声がする。
小部屋に新入生を集めると、先生は振り返った。
それから簡単な挨拶と寮生活の長い説明を済ませて、組み分けが始まるまではここで待つように言うと部屋を出て行った。
このあと『組み分けの儀式』を執り行って、それが終わったら新入生の歓迎会がある。
結構な時間がかかるはずだ、夕食まで持たないと分かっているからみんな車内販売であんなにたくさんお菓子やジュースを買っていたのか。
ならもっとお腹にたまるサンドイッチとかパイ類を充実させればいいものを、値段と気色悪さばかり突き抜けた品ばっかり置いている理由は謎のままだった。
それにしても落ち着かない。
慣れない制服は着心地が悪いのもあるし、なによりこのスカートだ。
小学校の間にスカートなんて一度も履かなかったし、ネクタイも長いローブもまったく経験がない。
不慣れなのは制服を含めてなにもなも、魔法が関わるすべてだが。
「やぁ、えっと、また会ったね」
左にいたのはハリー・ポッターだった。
彼の隣には鮮やかな赤毛に、手足の長い男の子もいる。
ドラコ、パンジー、ミリセントを睨んでいるような気がするけれど触らぬ神に祟りなし……素知らぬ顔でハリーに微笑む。
「ええ。服屋さんで会いましたね」
「おや、アオイとお知り合いだったとはねポッター。そうならそうと言ってくれればよかったじゃないか……なんだって君というやつがウィーズリーといるんだ」
少し上の段からドラコも加わった。
ハリー・ポッターはドラコに苦手意識があるのか、笑顔が少し引きつった。
口ぶりからしてウィーズリーと呼ばれた彼は純血ではないらしい。
あからさまに見下して馬鹿にしている。
すると今度は赤毛の男の子も乱入して、いっきに私は蚊帳の外へ押し出される。
「黙ってろよマルフォイ。誰も君に話しかけてないだろ」
「そりゃ失礼。君がここにいるとは思わなくてね、てっきりあの崩れかけた犬小屋を修理しているとばかり思ってたんだ」
クラッブとゴイルが目線の合図に合わせてわざとらしく笑い声をあげると、ドラコはさらに畳み掛ける。
「それとも崩れて根無し草になったのか? ああ、入学じゃなくて就職か。毎日のトイレ掃除、よろしく頼むよ」
「よくも言ったなマルフォイ!」
ウィーズリーは上手く言い返せず顔を真っ赤にして怒った。
なるほど、ドラコは頭に血が上りやすいタイプをからかうのが好きらしい。
そのうち殴られて痛い目に遭いそうで少し心配になる。
クラッブとゴイルはちょっと素早さに欠けるところがあるし……。
しまいに偶然近くにいたガマガエルを抱えたナントカボトムくんにも飛び火し、どんどん嫌みの応酬が拡大していく。
こういうときは黙って知らない顔をするに限る。
ハリー・ポッターを観察していると「なんとかしてよ」と言いたそうな目線を返してくるが、彼の額の傷が気になってそれどころではない。
……物置き暮らしと犬小屋暮らしのコンビとはどんな巡り合わせだ、オリバンダーさん風に言うなら『滅多にない組み合わせ』だなあ。
ああ、犬小屋は悪口か。
パンジーとミリセントもニヤニヤ笑っているから、多分そうだ。
皮肉屋のドラコが言うことだからおそらく私のイメージほど酷いことはないだろう、そうでなければ彼もハリー・ポッターなみに小柄で痩せているはずだ。
この口喧嘩には関わりたくないなあと壁を眺めていると、妙なものが見えた。
私の手を掴んで離さないミリセントに耳打ちする。
あの壁から次々と現れて、談笑したり挨拶を交わしているおかしな幽霊たちを……。
「あの……さっきから何か変なものが……」
「なに? ウィーズリーんとこの馬鹿面が増えた?」
「そうじゃなくてあの人……半透明ですよ……」
「ゴーストでしょ。これだけ古い城ならそのくらいいるって」
「ゴッ、ゴ、ゴースト!?」
「驚くようなこと?」
湖の怪物に今度は幽霊、もう最悪だ。
学校だと言うのにとんだ事故物件である。
これでお墓と殺人事件があれば役満じゃないか。
姫路城には女妖怪とお岩さん、ホグワーツ城には怪物イカ(もしくはタコ)と幽霊たちときた。
戦国時代の南蛮人みたいな格好をした男の幽霊は嬉しそうな顔で新入生を見ている。
いまどきは1LDKの賃貸ルームにだって幽霊が出る、これだけ大きくてしかも古そうな城となると何十、何百と湧いてきそうだ。
おまけに心霊写真さながらに動く肖像画に風景画に静止画、ここで撮影すれば驚くほど安上がりで幽霊映画が出来上がるだろう。
ミリセントのがっしりした手を握りしめて、はやく組み分けが始まらないかと必死に逃げ出したい気持ちを堪える。
本当に最悪だ、こんなに恐ろしい学校が由緒ある名門校ならあの頭がおかしなゼリービーンズも人気商品になって当然だった。
†
口論が取っ組み合いの大喧嘩にならずほっとしたのも束の間。
胸をなで下ろしながらマクゴナガルの引率で案内されたのは、それは素晴らしい『魔法』に満ちた『黄金』と言うべき空間だった。
ダーズリー家のあの薄汚くて狭い物置からダドリー坊やのほこり臭い空き部屋へ移ったときでも、これほど心が躍ったりはしなかった。
何千というキャンドルが宙に浮かび、天井には満天の星空が輝き、4つの長テーブルの上に並べられた金に輝くのゴブレットと大皿――夢のような光景は、ハリーにとって夢ですら見たことがない奇跡だった。
ついさっきまで耳を真っ赤にして怒っていたロンもすっかりホグワーツの魔法に心を奪われ、半ば上の空で列に従って歩いている。
上座の長テーブルは先生たちの席だ。
新入生はちょうど先生に背を向け、在校生全員と向かい合う形で置かれた椅子に座った。
何百人の目線が一斉に降り注ぐ。
それから逃げるようにまた上を見上げて、近くに座っているらしいハーマイオニーが天井の夜空の説明をしているのを無視した。
マクゴナガルが四ッ脚のスツールの上に古いとんがり帽子を置くと、在校生の注目は新入生から古帽子へと一斉に移った。
それに気づいたハリーも慌てて帽子を見ると、静かになった大広間の真ん中で帽子が歌い始めたのだ。
口のようだと思ったつばのへりの大きな裂け目が本当に口になって、四つの寮を説明する古めかしい詩を歌い上げた。
グリフィンドールは勇敢で騎士道精神にあふれた者が。
ハッフルパフは大らかな心を持ち人を思いやれる者が。
レイブンクローは知的好奇心が旺盛で勉学熱心な者が。
スリザリンは揺るがぬ冷静さと鋼の精神力を持つ者が。
組み分けは生徒自身の性格を基準とする、ということのようだった。
しかしみんな入学したばかりなのに、誰がどうやって性格を分析し相応しい寮を判断するのか、ハリーを含め新入生の誰もが疑問に思っていた。
ロンは兄に教えられていたとんでもない方法が嘘っぱちだと分かって安堵している。
拍手喝采の中、ハリーは手品よろしく帽子からウサギかハトが出てくるんだと思っていた自分が馬鹿馬鹿しく感じられた。
しかしそれ以上に、知識もなければ勇気もない――ハリー自身は己をそうだと思っている――自分がどれかの寮に入れてもらえるのか不安で不安でたまらない。
それでも『組み分けの儀式』は進んで行く。
マクゴナガルが蛇みたいに長い羊皮紙の巻紙を手にして、一歩前へ進み出る。
「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子をかぶって椅子に座りなさい」
一人目は金髪のおさげの少女。
緊張して転がるように前に出てきた。
「ハッフルパフ!」と帽子が叫ぶ。
右側のテーブルから歓声と拍手が上がり、彼女はハッフルパフのテーブルに着いた。
太った修道士のゴーストがハンナに向かってうれしそうに手を振っているのが見える。
「アオイ・スミレ!」
二人目はハリーの知っている顔だった。
ダイアゴン横町の『マダム・マルキンの洋装店』ですれ違い、キングズ・クロス駅でも後ろ姿が見え、しかもついさっき待機していた小部屋で再会した少女だ。
今の今まで名前も知らなかったが、耳にしてみたところでヨーロッパでもなければアジアっぽくもないように感じた。
真っ白な肌に真っ黒な長い髪、悲しそうな表情をした小柄な少女が早足で前に出た。
革靴なのにまったく足音が聞こえない。
指示通りに帽子を被って椅子に座るが、トップバッターのアンナ・ハボットと異なり組み分け帽子はなにも言わない。
重い沈黙が広間を支配する。
隣でロンが
ネビルは謎のプレッシャーに圧されて落ち着きを失い、マグル出身の他の生徒も冷や汗が頬を伝った。
緊迫感が純血の生徒にまで広まっていく。
見えない糸が緊張で張り詰め、今にもちぎれてしまいそうに感じられた。
数時間も待たされたような感覚に陥りかけたハリーの意識を帽子の一声が現実へ引き戻す。
「スリザリン!」
緑色のネクタイを締めたスリザリンの生徒たちは拍手でスミレを迎えた。
他の三つの寮は心底残念そうに、あるいは心底恨めしげに嘆息している。
ハリーもスリザリンの評判の悪さを知っていたし、ドラコの偉そうな態度もあって「あの寮は嫌だな」と思っていただけに、スミレがそこへ組み分けられたのは残念だった。
彼女は真っ青とも違う、ゾッとするような顔色のままニコリともせずに上座へ向いている。
歓声が静まるとマクゴナガルは次の生徒の名前を読み上げ、儀式をどんどん進めていく。
自分が呼ばれるまではまだまだ先だ……。
胃の底に重いモノが残った感覚を引きずりながら、ハリーはじっと順番が回ってくるのを待っている。
†
お恨み申し上げよう組み分け帽子殿。
本年度最初のスリザリン生になってしまった。
常に冷静で強い精神力を持っていると言えば聞こえはいいが、裏を返せば「情に流されず冷徹に物事を判断できる素養がある」と全校生徒の前で暴露されたようなものだ。
それは、他の寮が勇敢さ、寛大さ、聡明さを要求すると言われたあの場で周知されるにはあまりにも惨い。
先輩たちも口開けば「純血」の二文字、イギリス生まれのイギリス育ちだろうに他の英単語をご存じないのか。
私は血の話題なんて一生聞きたくないのに、やれ『穢れた血』がどうだ『マグル』がどうだとつまらないことをベラベラと喋り倒している。
だいたい、真剣に考えているから話しかけてはまずいと思って黙っていたのだ。
それを延々と人の頭の上で唸り続けて、導き出した結論がコレか。
知り合いが誰もいなければ明日の朝一番で退学届けを出し、教科書もなにもかもみんな破り捨てて燃やしたあと日本に帰っていただろう。
もはや儀式にも歓迎会にもなんの興味はない。
今すぐにも寮へ行って寝る支度を整え、さっさとベッドに潜り込んでしまいたい。
私がスリザリンに組み分けられたときの他の寮が見せた反応で、この緑色の蛇が周りからどう思われているか察しがつく。
こんな1対3でいがみ合っている環境でまともな生活は無理そうだ。
学校という空間にこれほど悪感情を抱いたこともない。
もしも、もしも誰かがイギリス魔法界を転覆させてくれるなら、私は喜んでその偉大な魔法使いに協力する。
たった今そう決めた。
私の人生を滅茶苦茶にした奴らがどうなろうと、被害者の身なのだから慮る義務はない。
ふつふつと苛立ちが沸き上がって、天井の星空まで憎らしく思えてきた。
同じ純血主義でもこの上級生たちに比べればドラコのなんと謙虚なことか……。
「お前もスリザリンか。僕と同じ寮に入れて光栄に思えよ」
「とても安心しています。よろしくお願いしますね」
クラッブとゴイルが押さえていた席にドラコがどっかり腰掛け、私の右にミリセント、左にダフネ、向かい側にパンジーがやって来た。
ライトブラウンのセミロングに一房だけ白髪の交じったダフネは、とろんと目尻の垂れた顔でほっとしているようだった。
これで全員揃ったからもう重要イベントは終わったも同然だ。
他の新入生がどの寮に入ろうがどうでもいい。
手元を見つめてテーブルの古さに歴史を感じていると、ダフネが私の脇腹を肘でつついた。
「ほらスミレ、有名人の組み分け始まってるよ」
「有名人? ヒキガエル探しのロングボトムですか?」
「すっとぼけてないで、あ。かぶった」
そこまで言われるのは魔法界のキング・オブ・ポップことハリー・ポッターのことだろう。
こちらに背を向けているミリセントに後ろから尋ねる。
「彼、なんでそんなに有名なんですか?」
「それも知らないの!? 賢者の石は知ってたのに!?」
頬杖をついてたドラコが崩れた。
クラッブとゴイルまで唖然としているし、周囲の――他の寮の生徒まで――驚いた顔で振り返っている。
なんだか馬鹿にされている気がする。
つとめて笑顔で会話を続ける。
「つい最近までこちらのことなにも知らなかったので」
「ヤツの額に傷があっただろう。あれがその証拠だ」
アルファベットのNとも稲妻とも取れる痕があったのは覚えている。
頷いて返すと、今度こそドラコの口調は忌々しげになった。
親の敵じゃあるまいし。
「あの傷が、十一年前に例のあの人を……」
「例のあの人?」
「話の腰を折るなアオイ。十一年前、例のあの人がマグル生まれの魔法使いを一掃しようと立ち上がった。けれど志し半ばで亡くなられたんだ」
「はあ」
「まだ赤ん坊だったポッターは――どんな手品かは知らないが――例のあの人を倒した上に傷一つで生き延びた英雄ってわけだ。そんなやつがグリフィンドールとは、お似合いだと思わないか?」
親の敵のようなものだった。
ドラコもパンジーもミリセントもダフネも、間違いなく純血の家系と認定された『聖28一族』の生まれだ。
いずれも保守的な純血主義の最右翼、であれば過激な純血主義者であらせられる『例のあの人』こそ真の勇士であって、ハリー・ポッターは英雄殺しの裏切り者となるわけだ。
私にとって知ったことではないけれど。
せっかく教えてくれたのだからちゃんとお礼は伝える。
こうして軽く頭を下げて感謝を告げると、ドラコの口は軽くなる。
「それは確かに。ようやく彼のことが分かりました、ありがとうございます」
「これは噂だが……」
そこまで言ったところで校長先生が登場し話は中断された。
一見すると非常に気品があって威厳のある老魔法使い、賢者の風格を漂わせている。
ヒゲとシワに包まれた顔でも無邪気な笑顔がよく分かる。
なるほど人徳というのはああいう人物が持っているモノだ。
「おめでとう! ホグワーツの新入生、おめでとう! 歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせていただきたい。では、いきますぞ。そーれ! わっしょい! こらしょい! どっこらしょい! 以上!」
…………????
なにが起こった。
いや、なにを仰った。
ポカンとして反応できない新入生を別にして、誰もが惜しみない拍手を送っている。
きっと毎年の恒例行事なのだろう。
だから上級生はみんな慣れた顔で対応できているのだ。
飛び抜けた天才は変人が多いと聞く、信長もそうだったし秀吉もそうだった。
アルバス・ダンブルドアもきっとそういう類いの方に違いない。
そんな風に解釈して、遅ればせながら私も拍手を送る。
七年間あの人の手の中にいるのだから、変に目立ってもしょうがない。
第二の『例のあの人』が現れるはずもない、そんな諦観を込めて手を叩く。
満足そうな表情で校長が席に戻ると、目の前の皿に料理が現れた。
またイギリス料理だ。
味が濃く、食材が一辺倒で、胃もたれと口内炎の元凶。
ローストビーフの切れ端を一口だけ取って、あとは煮込み料理のスープだけ飲む。
流石に祝いの席でオートミールは出なかった。
この国の料理で身体にあうのはあれぐらいしかない。
ダフネも食が細いので、今晩はクラッブとゴイルも遠慮なく食事できている。
どんな料理でも二皿はぺろりといってしまう彼らが羨ましい。
パンジーとドラコは家の料理に比べて味が良くないと不満をもらし、ミリセントはと言えばブレーズ・ザビニとブラックプディングを奪い合っている。
名前からして黒ごまプリンかと思っていたのに正体は豚の血液入りソーセージ、これだけは死んでも食べたくない、いや食べるくらいなら自決する。
ああ嫌だ、これから毎日こんな思いをするんだ。
さっさとフォークを置いて目を閉じる。
すると食器がぶつかる音やざわめき、パイ、肉、フライ、ソーセージを食べる音が脳裏に響いて暴力を振るってきた。
耳を塞いだら周りに余計な心配を掛ける。
もう少し食べて時間を潰すしかない。
渋々目を開けてなるべく軽いものがないかと探してみる。
ポークチョップやラムチョップ、揚げ物、芋は論外だ。胃がもたれる。
白身魚はフライや干物ばかりで消化に悪いこと請け合い、人気がないのは湯むきの冷しトマトぐらいだった。
ただし周囲にはマヨネーズやドレッシングがズラリと並んでいる。
これで味をつけないと食べられないなんてことないはずなのに……。
1つだけ皿に取って口へ運ぶ。
……。
……。
いたって普通のカットトマトだ。
調味料なしでも十分に美味しい。塩くらいならかけてもいいかもしれない。
黙々とトマトを食べている私が面白いのかザビニが鼻で笑った。
こんな偏った食事でも健康なイギリス人の方がよほど面白い生き物なはずだ。
にこりと笑顔を返してまたトマトと向き合う。
これで塩昆布でもあれば文句もないのに、残念だ。
水分と酸味が身体に染み渡る。
ちまちまと生野菜を食べているうちに小さなボウルが空いた。
おかわりが欲しいと思っていたのに、追加されたのはバターと砂糖と小麦がたっぷりのデザートたち。
赤いイチゴのゼリーに生クリームのかかっていないイチゴをのせてみる。
これは美味しそうだ、なにより見た目がいい。
ドラコもすっかり機嫌が良くなっていつもの自慢話を始めている。
私は聞き下手なので黙っていれば問題はない。
最初に取った分をのんびり食べているうちにデザート類もなくなっていく。
クラッブが取り過ぎてザビニが怒ったり、ゴイルがすぐに食べ尽くしてドラコが一口も食べられなかったり、あとはダフネが私の前にライスプディングを置いてくれた。
牛乳で米を煮込んだ乳粥である。
私が米好きと知っていて気遣ってくれた。
彼女も好物だろうに、遠慮しないでと自分は一口も食べようとせずトライフルを探している。
残念ながらそれはノットが持って行ってしまってもう残っていない。
言い出せないままデザートもあらかた品切れになり、校長から軽く注意事項が伝えられ最後に校歌を斉唱してお開きになった。
何故か校歌は歌詞だけ決まっていて、生徒ごとにメロディが違う。
私は面倒なのでパンジーと同じ曲調――有名なベートーベンの第九だ――で歌っておいた。
近くからクイーンのボヘミアン・ラプソディが聞こえたが、スリザリンでマグルの曲はちょっとマズそうなのでやめた。
そのまま大広間を出て、監督生の某の引率で寮へ向かう途中。
口の端に赤いベリーソースをつけたパンジーがふと。
「四階の右側の廊下に何があると思う?」
校長先生が言うには『恐ろしい死』が隠されているという。
よりにもよって校内にも怪物の類いがいると思うと頭が痛い。
「さあ……闇の魔法がかかった品だと思います」
魔法省も大したことがなさそうだし、それならダンブルドア先生の方で預かってもらった方がまだ安全だろう。
この学校に安全な場所があるのかはさておき。
パンジーはどうも校長のことを信用していないらしく「魔法省に渡せばいいのに」とぶつぶつ言ってる。
どうせ一年生には関係のない話だ。校則違反で減点されても面白くない。
それよりあの甘そうなソースが気になる。
「パンジー、ここ」
自分の口元を指さしてついてますよと教えると、今度は慌てて口元を手で隠した。
ドラコが気づいているかどうかは、私には知りようのないことだった。
というわけでようやく判明したスミレの容姿。
常識人だし人付き合いは上手いけどそれはそれとしてちょっと傍観者気質、スリザリンのキテレツな面子と仲良くなれるくらいには空気が読めます。