ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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放課後ティータイム

『傲慢という玉葱の皮を剥けども剥けども終わりの見えないミス・デラクールや、およそ華々しい世間の評判と大きく乖離したグリズリー同然のミスター・クラム、あるいはひたすら善良というだけの空疎な人物に過ぎないセドリック・ディゴリーが私の好敵手たり得るとは思いません。ハリー・ポッターがどうして偉大な祖父の関心を引けたかと言えば、ただ『悪運』が強かっただけではないでしょうか』

 

 翌朝は日刊予言者新聞に掲載されたリータ・スキーターの『特集記事』で持ちきりだった。一面は軒並みスミレの無表情な顔写真で埋め尽くされ、四人の代表選手たちの存在感と言ったらそれこそオマケより軽いものに過ぎず、こんなに周囲から注目されないなんてハリーにはむしろ新鮮な気分すらした。

 奇妙な清々しさを感じながらトーストに齧り付いたハリーをロンは窘めた。

 

「呑気にやってる場合じゃないよハリー。本当なら君が一面を飾ってなきゃいけなかったんだ、それをアイツが横からかっ攫ったんだぜ?」

 

「そんなこと気にしてないよ。新聞に顔と名前が載るなんて、イヤってくらい経験したから」

 

 それにもしリータ・スキーターがスミレでなくハリーをネタに嘘八百のルポタージュを捏造しようものなら、シリウスが黙っていないだろう。ようやく吸魂鬼の巣窟(アズカバン)を釈放され、十三年ぶりの自由を取り戻した自身の名付け親にはいましばらくの間、穏やかな暮らしを満喫して欲しい。それをリータ・スキーターのような正真正銘のクズのせいで損なわれるなんてあまりに酷いハナシだと思う。ハリーの言葉はひたすらシリウスを案じる気持ちから出たものだったが、ロンはそのまま額面通りに受け取った。つまり「君と違って僕は赤ん坊のときから有名人だし、今更どうでもいいや」くらいのニュアンスだ。

 以来、ロンは大広間だろうと談話室だろうと露骨にハリーを避けるようになった。

 おまけにハーマイオニーともスミレへの態度を巡って大喧嘩した後だ。

 例の悪趣味な()()()()()を身に付け、シェーマスやディーンと一緒になってハッフルパフへの連帯を表明している。

 むしろグリフィンドールで連帯運動に参加していないのはハリーとハーマイオニーを除けばほんの数名で、圧倒的な少数派の立場だった。意外だったのはフレッドとジョージもバッジの装着を拒んでいることだった。放課後、湖の近くで退屈そうにしている二人を見つけたハリーは「やあ」と声を掛けた。

 

「よおハリー、我らがグリフィンドールの大スター」

 

「おお汝、我らのホームに千年の栄光をもたらす者」

 

 おどけた口調も悲しげな雰囲気では台無しだった。

 丸い石を掌の中でもてあそびながらフレッドはすぐに俯いた。ジョージも杖を手にしているが何の呪文も唱えず、ただぷらぷらと揺らしているだけだ。

 

「どうしたんだい二人とも。ユーモアが品切れなんて、らしくないよ」

 

「そりゃあ、なあ。僕たちだって落ち込むことくらいあるさ。だろフレッド」

 

「そうさジョージ。ハリー、君も見ただろ。ダームストラングとボーバトンの連中」

 

 フレッドにそう尋ねられ、ハリーは「うん、何度か」と答えた。

 淡いブルーの制服姿で足並みを揃える美少女たちも、筋肉質な身体を詰め襟に押し込めた若武者たちも、ときどき廊下ですれ違う場面があった。挨拶をすればそれぞれの流儀でちゃんと返してくる。ただ交流らしい交流はそれくらいであり、ハリーはフラーともクラムともまともに話したことがない。

 

「アイツらがクラムやフラーをクソミソに貶してるところは?」

 

「……ないと思う。ダームストラングなんか、むしろ喜んでるくらいだった」

 

「僕たちとしてはそれが普通だと思うんだ。でもホグワーツだけがこんな有り様さ」

 

「白状すると『どうせなら五人目もグリフィンドールから出てくれていれば良かったのに』とは思う。でもスリザリンだからって何もあそこまでするかね」

 

「ワリントンなら話は変わってくるさ。アイツはありとあらゆる規則を破って当然と思ってるクソ野郎だ。でもスミレに限っては『ない』。賭けたっていい」

 

 二年前、末の妹が『秘密の部屋』で死にかけたのはスミレが裏で暗躍していたからだ。

 そのことは他でもないスミレ自身が認めているし、ジニーも鮮明に記憶している。

 なのに双子はどこかスミレを庇うような口振りで、それが気掛かりでならない。

 ハリーの関心を見抜いた双子は促されるまでもなく訥々と『継承者』騒動のあとの事を語り始めた。それはダンブルドアがウィーズリー家に対する最大の誠意として、スミレの秘密を共有する一員となることを認めた事実に他ならなかった。他の誰でもない自分が彼女を城に招き入れた結果がもたらした惨劇だと認めたのである。

 

「あのあと、ダンブルドアからスミレの『病気』の事を聞かされたんだ。もちろん一家全員ね。半分吸血鬼で半分人間、だから精神的に不安定なんだとさ」

 

「同じ人間の血がどうしようもなく欲しい。僕ならそんな衝動を抱えながら暮らすなんて耐えられないね、あっという間に気が狂っちまう」

 

「父さんは事の経緯をスミレから聞くと言い張った。ビルもチャーリーも、それに母さんだって猛反対したんだぜ。でも一歩たりとも譲らなかった」

 

「本当は墓に持って行かなきゃいけないんだろうけど……ハリー、君にはスミレの過去を知る権利があると思う。少なくとも僕たちはそう思ってる」

 

 果たして自分にそんな権利があるのか、ハリーは確信の持ちようがなかった。

 ヴォルデモートの走狗と化したクィリナス・クィレルに襲われたとき、スミレは冷ややかに自分を見下ろすばかりで何もしていなかったけれど。秘密の部屋ではトム・リドル……学生時代のヴォルデモートと手を組むに留まらず、ホグワーツを閉鎖の危機に追い込んだけれど。去年だってどんな意図でシリウスの事を嗅ぎ廻っていたのか知れたものじゃないけれど。

 フレッドはゆっくり首を左右に振って真っ直ぐハリーの眼を見詰めた。

 ジョージは「頼むよハリー。こんなもの抱えてちゃイケてるジョークも思い浮かばないんだ」と悲しげに微笑んだ。

 ハリーは覚悟を決めた。適当な大きさの岩に腰を下ろす。ひやりと冷たい感触が伝わってくる。

 

 スミレは日本のとある田舎町に生まれた。広大な薬草畑と三つの山を所有する大地主で魔法使いの末の孫娘として生を受けたものの、母親には魔法の才能がなかったという。

 

「代々魔法使いの家にもときどきそういう子供が生まれるんだ。『スクイブ』と言って、純血主義の連中は下手すりゃマグルより忌み嫌う」

 

「でも彼女の母親は普通にマグルとして育った。真っ当に育って、真っ当に娘を産んだ。それでスミレが生まれた……そのせいなのか、彼女は魔法に馴染みのないまま育ったらしい」

 

「魔法の才能を磨くより母親と同じようにマグルの社会へ進んだ。君やハーマイオニーには考えられないことだろうけど、そういう選択肢もあるってことさ」

 

 そして悲劇が起きた。叔父の菖蒲に連れられての渡英中、吸血鬼に拉致される。

 救出されるまでの間に何が起きたのか。当のスミレ自身も記憶にないという。

 

「ただ、助けられたときにはあんな身体になっちまって、治療するにはイギリスに……魔法界に来るしかなかったんだ。だから二年遅れでホグワーツへ入った。『留学』って体裁で」

 

「そこからは……アレは、いま思い出しても背筋が凍るよなジョージ」

 

「血が凍る思いがしたよなフレッド。それからスミレは、声を張り上げて叫んだんだ。『目に入るすべてが怖い。周りにある全てが怖い。こんな自分自身が怖い』って……」

 

「『自分の恐怖を理解しないみんなが憎い』『恐怖する自分を指差して笑うみんなが憎い』『みんなと違ってしまった自分が憎い』なんて、十四歳の女の子が口にしていい台詞じゃない」

 

 怪物の本能に囁かれ続け、内なる声の誘惑に苛まれながら過ごす、恐怖に満ち満ちた日々。それで三年間も正気を保っていられる自信なんてハリーにさえなかった。だからこれまでの所業が許されるのかと言われればそれは断じて違うけれど、スミレのあの蒼白く病的な顔色に浮かんだ無感情の意味は、これまでと全く異なるものへ変わった。

 フレッドとジョージは胸の内に抱え込んでいたものを吐き出して、ほんの少しだけ持ち前の快活さを取り戻せたようだった。

 

「父さんは何も言えないままだった。そりゃそうだ、何を言ったってこっちは恐怖させてる側で、憎まれる側なんだから。でもだからって僕らが黙って見てるのは違うんじゃないか?」

 

「せめて少しでも静かに暮らせるようにしてやりたいんだ。あれだけ苦しんで、泣き叫びたいのを殺しながらなんて、見過ごせないだろう?」

 

 でもどうすればいいか分からず、二人は途方に暮れる。

 目の前でみるみる状況は悪化の一途を辿っていく。来賓たちがスポーツ精神に則って友を讃える横でつまらない意地から敵意を剥き出しにいがみ合う。そんな様子に落胆し、どうにも調子が狂う……フレッドとジョージのしょぼくれている理由はそんな事情からだった。ハリーには投げ掛けるべき言葉がまったく見つからなかった。こんなとき父さんなら……あるいはシリウスならどんな風にしただろうと考えても、ハリーにとって二人の存在はあまりに遠すぎる。

 思い詰めて口を閉ざす三人を見つけ、物珍しげに近寄ってきた足音が立ち止まる。

 

「男の子三人で何の悪巧み? もしかして、試合でどんな仕掛けをしようか、とか?」

 

 レイブンクローのチョウ・チャンが片手で風に揺れる黒髪を押える。

 十一月にもなると外は肌寒さが強まり、ピクニックには少々厳しい。

 東洋系のどこかミステリアスな美人は魔法生物飼育学の授業終わりで、両手は絆創膏だらけだった。

 フレッドとジョージは咄嗟に「ああ、いや、ハグリッドから尻尾爆発スクリュートを数匹借りられないか相談した方がいいんじゃないかって!」と慌てて取り繕った。新学期から飼育が始まった謎の生物はいまや一メートルを超える巨体に成長し、狂暴性はますます拍車が掛かってついに仲間内での殺し合いから頭数を減らし始めていた。

 チョウは思い出したくないと言わんばかりに頭を左右に振った。

 

「私が審査委員ならアレを出した時点で失格扱いにする」

 

「やっぱりダメか。ちょっと笑えないくらいヤバいしなアイツら」

 

「いつ()()()()()をチョン切られちまうかとヒヤヒヤしてるよ」

 

 あんまりな言い様にチョウは吹き出した。釣られるようにハリーもようやく笑いを取り戻し、やはりこの双子にはユーモア溢れるジョークを言ってくれていなければ寂しいと思った。ハグリッドが溺愛してやまない尻尾爆発スクリュートへの悪口を披露し合って少し落ち着いたとき、ふとハリーはチョウもあのピンバッジを付けていないことに気付いた。レイブンクローはみんなスミレに怒り心頭なのだとばかり思い込んでいたのだ。

 

「チョウはあのバッジ、付けてないんだね」

 

「ええ。だってあんなの非常識じゃない? 誰に頼まなくたって、選手になりたいのならお祖父さんにお願いすればいいんだから」

 

「それは言えてる。どうするフレッド、フィルチのとこからカーテンを失敬して、横断幕にでもしてみるか?」

 

「いんやもっとイカした手があるぞジョージ。狙うは回収中のベッドシーツだ。ちょっと黄色っぽい染みもつけてやれば抜群にウケるぞ」

 

「ああ、私が言ったなんてお願いだから口外しないでね。横断幕に手描きでサインくらいならしてあげるけど」

 

 いよいよバカバカしくなって四人揃って大笑いした。ぴゅうと禁じられた森から吹いてくる冷たい風に冬の接近を告げられ、ぶるりと震える。

 

「話は戻ってしまうけれど、アオイさんってどっちかと言うとああいうお祭り事には興味がないタイプだと思うの」

 

「チョウはスミレと話したことあるの? 変な意味じゃなくって、スミレってあまり社交的じゃないから意外だってだけで」

 

「バブリング教授に招待された晩餐会で何度かね。あの先生、気に入った生徒と食事をするのが好きみたいで、私もときどき参加させて貰ってるの」

 

「それはちょっと意外だな。厭世家を気取ったネクラだとばっかり」

 

「少なくとも生徒と交流するのが好きそうには見えなかったぜ」

 

「招待客はほとんど一緒よ? みんな古代ルーン文字学が得意で、グルメで、あと何だろう。ロジャー以外みんな女子なんだっけ」

 

「「そこのところをどうぞ詳しく」」

 

「それはまたの機会でもいいんじゃないかな」

 

 脱線しかけた話題をハリーが修正しつつ、校舎に戻りながらチョウが語ったのは「スミレもアザミも親しい友人と集るくらいが性に合っていて、スポーツ観戦はどちらかと言うと趣味ではない」という彼女が抱いた二人への印象だった。スミレの方については男子三人も大いに同意できる。アザミの方は一先ず保留された。レイブンクローも完全な一枚岩とは言えないと分かっただけでも朗報だったが、それは寮内でチョウが孤立している事実と表裏一体であった。

 彼女も彼女で辛い状況にあると分かり、ハリーは胸が締め付けられる思いがした。

 

「だから私もみんなにバカみたいなことはやめて、セド…・…セドリックとハリーと一緒に応援してあげようって言ったんだけど、なかなか聞き入れて貰えなくって」

 

「グリフィンドールも似たようなモンさ。でも一番辛いのはアーニーだ」

 

「どうして? アーニーって、アーニー・マクミランよね?」

 

「知らないのかチョウ。アイツ、スミレと付き合ってるんだ」

 

 驚きのあまり声も出ない様子でチョウはぽっかり口を開けた。間抜けに見えかねない表情すら気品が滲むのだから、なるほどホグワーツで並ぶ者のいない美貌というのも頷ける。

 

「知らなかった……ええっと、予想外すぎて」

 

「だよなあ。オレもうっかり魔法薬学のレポートを暖炉に……」

 

「ウソ。一文字も書いていないままの羊皮紙でしょう」

 

「いいや書き出しはこうだ『親愛なるクソッタレ・スネイプ教授へ』」

 

「もういいわ。笑い死んじゃいそう……でもそっか、彼、大変なのね」

 

 心からアーニーの窮状を案じて表情を曇らせるチョウは、ふと何か閃いたように顔を上げた。

 

「ねえ、良いこと思いついたんだけど。聞きたい?」

 

「「「もちろん」」」

 

 このときばかりは三つ子と思われても仕方が無いくらい、完璧に三人の声は重なった。

 今度こそチョウの笑いはなかなか収まらず、医務室へ連れて行くかフリットウィック教授に『フィニート』を頼むかの瀬戸際まで行った。

 

 

「で。なんでスミレの応援団長をオレがやんなきゃいけねえんだ」

 

「だってお姉さんじゃない。いいでしょう? 応援団長、カッコいいし」

 

 チョウの『名案』を聞かされたアザミは辟易してぐったり椅子に沈み込んだ。

 心底面倒くさそうな口振りとは裏腹に頭の中で色々思案しているのは見て取れた。

 ハーマイオニーほど優等生らしさはないけれど、ハーマイオニーほど硬い頭もしていないのはハリーもよく知っている。その柔軟性がなければシリウスの保釈もなかった。もしスミレ一人であればバジリスクを解き放つか、さもなければバジリスクをダシにアラゴグを恐喝して城中を怪物まみれにしてでも探し回ったに違いない。スネイプが何もかもバブリングに横取りされたのも含めてアザミへの心証はそれほど悪いものではなかった。

 

「うん……まあ、引き受けてもいい。ただ応援団長ってのはダサいからイヤだ」

 

「どうして? そこはとても大事なところよアザミ。ちゃんと話し合いましょう」

 

「平行線だよ。要は集客力の問題だ。キャッチーさがないんじゃダメだろ」

 

 アザミはハリーにとって馴染み深いルーズリーフへボールペンで何か書き込んでいく。

 魔法界出身のフレッドとジョージは怪訝そうに見ていたが、もしアーサーおじさんがこの場にいれば一目でマグルの筆記用具だと気づけただろう。そして「もしよければそのズールリーフに試し書きさせてもらっても構わんかね?」と鼻息を荒くしたに違いない。

 

「オマエらがやろうとしてるのはな、スミレをクソカスに罵ってる連中への抵抗運動だ。運動には組織が要る」

 

「つまり何だ、レジスタンスを結成するって? オレたちで?」

 

「クールなアイデアには違いないが、具体的にどうするんだよ」

 

「それがこのプランだ。最終目標はあくまでホグワーツの統一」

 

 アザミの考える計画は、あくまで「セドリック、ハリー、スミレへの取材と広報」にあり、つまるところ「ホグワーツ在籍の選手三人を応援する」という単調なモノだった。

 

「「これでどうにかなるのかよ!?」」

 

「なる。ボーバトンとダームストラングは完全なアウェーだ。数じゃこっちが上なんだ、クラムやフラーの前で四寮全員で『We Will Rock You』を合唱してみろ、どれだけプレッシャーか……」

 

 自分とドラコが肩を組んでロックを歌っているなんてとても想像できない。

 だが、もしそんな応援をされればどれだけ心強いか。ハリーは真っ先に「やろう。僕に出来ることなら何でもするよ」と参加の意思を示した。

 アザミは鋭い八重歯をギラリと剥き出しにして獰猛に笑った。

 

「マクミランはオレが声を掛ける。ポッターはグレンジャーを、チャンはレイブンクローでバッジを付けてないヤツがいたら全員誘ってくれ……あとディゴリーにも」

 

「スリザリンは一人だけでいいのか? スミレの応援なら寄ってきそうなのがいるじゃないか」

 

「あの黒髪ブルドッグとかな。アイツと姉貴の方のグリーングラスなら事情を話しやすい」

 

「わ、私が? セドリックを誘うの? それって他の人じゃないとダメ?」

 

「いいだろ。やれ。団長命令」

 

 赤面するチョウへ簡潔すぎる指示を出す。更にハリー、フレッド、ジョージそれぞれに『今後の行動指針と計画』をしたためたメモを手渡す。そこには記念すべき応援団の第一回会合の日時と合い言葉、それに三選手への取材内容、また合法的に記事を配布するための手段……これから始まる一切合切の事柄がすべて記載されていた。

 

 それらすべてが校則に反することなくみんなの度肝を抜けるというのだから、これほど愉快な悪巧みはホグワーツの過去現在未来に存在しないだろう。

 

 

 指定された校舎八階廊下『バカのバーバナス』の前に集った面々はあまりに異様だった。

 まず四大魔法学校対抗試合の選手であるハリー、セドリック、スミレの三人。そしてそれぞれ親友のハーマイオニー、恋人のチョウ、従姉のアザミが付き添う。さらに双子のフレッドとジョージ、アザミに招集されたパンジーとダフネとアーニー、そしてチョウが声を掛けることの出来た『参加資格を持つ唯一のレイブンクロー生』が揃いほとんど口論寸前の状況で大賑わいだった。

 

「どうして『しもべ妖精福祉振興協会』には一人も来ないのよ、こんなのおかしいわ」

 

「おかしいのはアンタの頭よグレンジャー。勉強のしすぎで気でも触れちゃった?」

 

「初めっから気が触れてるアナタに言われたくないわねパーキンソン!」

 

「あの。ケンカしないでください二人とも……」

 

「済まない。この人数で集るならどこか教室の方がいいんじゃないかな」

 

「普通の教室じゃあ盗み聞きされてしまうわセド…・…セドリック」

 

「公然とイチャつくとはけしからん。ハッフルパフ100点減点」

 

「レイブンクローも同じく100点の減点とする」

 

「微妙に似てるのが一番笑えない」

 

「アオイさん、これから一体何を?」

 

「よく喋るなあ茶もねえのに」

 

 ガヤガヤとして騒々しい中、アザミは()()()()()()()()()()()扉を開く。

 昨年、スミレがペティグリューへ尋問して発見した『必要の部屋』である。

 ここであればバジリスクの恐怖と寒さと濡れた床に悩まされることはない。

 大所帯をまとめて中へ押し込め、周囲を確かめてから扉を閉める。中には闇の魔術に関する専門書があるほか、本棚とテーブルと椅子が人数分置かれていた。ご丁寧にテーブルは正方形に並べられており、アザミは全員の席を指定したうえで着席するよう促した。

 陶磁器製のポットからティーカップへお茶を注ぎ終わるとアザミが咳払いした。

 

「まず、集ってくれたみんなに感謝したい」

 

 深々と頭を下げて参加者に面食らわせつつ、アザミは会議の主導権を掌握しにかかる。

 

「魔法学校対抗試合に対するホグワーツ生の現状を憂う『同志』として、我々は三人の選手への応援と広報活動を展開する目的でこの集会を開いた。提案者はそちらのチョウ・チャン、フレッド・ウィーズリー、ジョージ・ウィーズリー、ハリー・ポッターの三名の強い推戴により自分アオイ・アザミが暫定的な編集長として様々な検討のもとこの学生組織を結成するに至ったことをここに申し上げる。詳細は手元の資料をご覧いただくとして」

 

 手元の資料は羊皮紙数十枚分に及ぶ。

 あまりの文章量にスミレが青ざめた。

 

「姉さん……そこまで抱え込まなくっても……」

 

「ほっとけ好きでやってんだから」

 

 だったらあのゴネようはなんだ、とハリーは野次を飛ばそうか悩んだ末やめた。

 写真撮影のときのようにあまり時間が押したらまた夕食に間に合わなくなる。

 

「で、まず会の名称について意見を募りたい」

 

「なんで決めてないのよ。一番大事なところよ」

 

「『スリザリン代表を応援する会』でいいでしょう」

 

「いいワケあるか。あとスミレは形式上マホウトコロ代表だ」

 

「編集長、発言しても構わないかい?」

 

 選手席のセドリックが控え目に手を挙げた。

 アザミは無言で頷く。

 

「まず、この組織は校則上は課外活動にならざるを得ない。それは当然、顧問が必要になることを意味しているけれど、当面は秘密結社的な運営になると聞いている。情報の保全は大丈夫なのか確認したい」

 

「バスシバ・バブリング教授がその役を負って下さる。知っての通り寡黙でほかの教職員とのコミュニケーションは過疎気味だ。授業の過酷さから生徒の信望も薄い」

 

「…………なるほど。了解した」

 

 ほぼ一日自分の研究室に籠もっている偏屈な女性教授を思い浮かべ、セドリックは納得せざるを得なかった。顧問が就くことで学校公認クラブとして公表されることを暗に仄めかし、表情に変化のあった数名を認め、追加の発言は見送った。

 最上級生の規範に従ってハーマイオニーも挙手で発言を求め、同様にアザミは許可を出す。

 

「『そういう活動だ』ってバレない名前でなきゃいけないわ。それにバブリング教授が引き受けてくれそうなネーミングになるようにもしないと」

 

「随分ハードルが高くなったな。あの頓狂なレディの趣味に合わせるのは至難の業だぜ」

 

「古代ルーン文字研究会、じゃ安直すぎてウソっぽいし。どういう方向でデッチ上げるか……」

 

「ハーマイオニー、バブリングの晩餐会ってどんな雰囲気なんだい」

 

 ハリーはアザミの向かって右隣に座ったハーマイオニーへ尋ねたが、当の彼女自身は悔しげな目つきでスミレとアザミを見た。

 

「私、一度も招待されたことがないの。四年生ではこの二人だけよハリー」

 

「バスシバは大のグリフィンドール嫌いだもン。アンタが呼んで貰える日は来ないと思うな」

 

「あー、ルーナ。そういう言い方はなるべく控えてくれ。まとまるモンもまとまらない」

 

「でもホントの事だよ? 学生時代からずっと好きになれないって、先週も言ってたし」

 

「ねえ待ってよ。誰? ルーニーなんて連れて来たの」

 

「ソイツがいないと活動が成立しないんだよ! 頼むから挙手してくれ!」

 

 書記を兼任するアザミが怒鳴った。活動日誌として教授に提出するのだろう。

 

「先に本課外活動において必要不可欠な人物を紹介する。レイブンクロー三年生、ルーナ・ラブグッドだ。彼女の父君、ゼノフィリウス氏が生徒新聞の出版に協力してくださる」

 

「『ザ・クィブラー特別号外号』としてアタシが第一の課題当日に配るんだ。パパもバブリングからの頼みだし、雑誌の知名度も稼げるから張り切ってるよ」

 

 アザミを挟んでハーマイオニーの反対側に座った女子生徒は、あまりに奇妙奇天烈で、全身から近寄りがたいオーラを放っている。色素の薄い肌や髪とほっそりした体付きは三年生にしては華奢な印象が強く、異様に長い睫毛に縁取られた目はちっとも瞬きせずじっとハリーの姿を捉えて離さない。しかも首元には奇妙な金属板だったりコルク栓がいくつもぶら下がった奇妙なネックレスをかけているから、ちょっと正気か疑わしい。ハーマイオニーとパンジーも『ザ・クィブラー』という単語に激しく反応した。

 

「もう放課後茶会倶楽部(アフタヌーンティー・クラブ)でいいと思う」

 

「よしそれ採用。次の議題に移ろうぜ」

 

 身勝手というべきか強かというべきか、ダフネの不規則発言は咎められるどころか編集長の助け船になって、あっさり了承された。どの寮の特色もなく料理の味に拘る偏食家で美食家のバブリングらしい活動名に異論は一つたりとも出なかった。拍子抜けするくらい地味な名前には違いないが……放課後にひっそり集ってお茶をするなんてあまりに今のホグワーツらしくなく、だからこそ丁度いいものに思えた。

 ハリーは自分のカップのお茶を口に含んだが、美味しくも無ければ不味くもない、市販のティーパックの味と香りにほんの少しだけ落胆した。

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