ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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すーぱー✰あふぇくしょん

 第一の試練当日。スミレは早朝、スネイプに命じられ競技場へ向かった。

 スリザリンの寮監は道中一言も発することなく、禁じられた森の近くへ設営されたテントへスミレを送り届けると、踵を返して去って行った。十一月半ばの底冷えする風に吹かれながら代表選手のユニフォームを纏ったスミレは恐る恐るテントの中へ入る。そこにはリータ・スキーターとにこやかに談笑するバグマンのほか、緊張のあまり青ざめて冷や汗が止まらないフラーと、同じく緊張からいつにも増して表情の強張ったクラムが離れた位置で小ぶりな椅子に腰掛けていた。セドリックはゆっくりとした足取りでテントの中を往復し、ときおりハリーと何か話し合っている。

 スミレは二日前から食欲が消し飛んでいた。

 昨日はどうにか水を数口しか摂取出来なかった。

 まん丸に太った体型でかつて在籍したワスプスのチーム・ユニフォームを着たバグマンは一昔前のコメディアニメの登場人物のようだったが、スミレはただ見苦しいとしか思わなかった。それに微かだが確かに酒の臭いも漂わせている。どこまで堕落しているのかと呆れて片隅の立ったまま目を閉じた。クラム流の精神集中法を真似したのだ。

 

「よーし! よしよし! 全員揃ったな! それでは楽にしたまえ!」

 

 応じる者はおらず、バグマンの一人芝居のようだった。

 このハンプティ・ダンプティを叩き割る呪文が知りたい。

 

「さて、これから試合前の流れを話して聞かせる! 諸君らにはこれからこの袋の中身を一つずつ手にとって貰う!」

 

 紫色のシルクの巾着に入っているのはこれから選手たちが直面する『脅威』

 それらを象った模型であると同時に、競技順番を決めるクジでもあるという。

 

「おっとイカン、それから言い忘れたが、諸君の課題は『金の卵』を手にすることだ!」

 

 何故ソレを忘れるのか。空腹感と寝不足でスミレは目眩がした。テントの外を通る何十何百の観客の声が神経を逆撫でする。こんなものは公開処刑と同じだ。時代の進歩がまるで感じられない。自分は吸血鬼であることが罪状になり得るかもしれないが、他の選手に何の咎があるというのだ。そしてスミレの意識を現実へ引き戻すように、フラーがそっとスミレの指先を突いた。

 

「さあ君の番だ」

 

 正直、触りたくない。一番最初に引かされたフラーの掌で緑色のミニミニ・ドラゴンが小さな炎を吹いている。首の部分には『2』と数字が刻印されている。スミレは渋々ながら指先で適当な一つをつまみ上げた。思いのほかズッシリと重いそれは、純白の鱗が目を引く大柄なドラゴンだった。フラーに手紙で呼び出された夜の事を思い出し、言葉が詰まる。

 

「なんとたまげた! ウクライナ・アイアンベリー種を引き当てたか! ソイツは世界最大のドラゴン種だ、こりゃ名勝負になるぞ!」

 

 首筋の『5』の数字など意識から吹き飛んで仕舞いそうになる。

 気を抜いたら胃液を床に吐きそうで、スミレは立っていられなくなった。

 フラフラと長いすへもたれ掛かりそのまま動けなくなる。

 選手の異常にもバグマンはお構いなしで次々にクジを引かせ、『一番、セドリック・ディゴリー対スウェーデン・ショート・スナウト』『二番、フラー・デラクール対ウェールズ・グリーン種』『三番、ビクトール・クラム対中国火の玉種』『四番、ハリー・ポッター対ハンガリー・ホーンテール』『五番、アオイ・スミレ対ウクライナ・アイアンベリー種』という対戦表に決まった。解説役のバグマンはその事も急に思い出したようで急ぎ足にテントを去って行く。

 第一試合が近いのだろう。セドリックはいよいよ落ち着きを失っていったが、試合開始の号砲をフィルチが間違ったタイミングで発射したものだから、気持ちを整えることも出来ないままスタジアムへ飛び出すハメになった。やたらと選手の恐怖心と観客の興奮を煽るバグマンの実況を聞かされながら、みんな自分の番が来るのを待った。

 一際大きな歓声が挙がれば選手が金の卵を取った合図だ。

 審査委員が各々点数を示す。第二試合が始まる直前。フラーはスミレを抱擁してからテントを発った。慌てて牙が出ていないか口元を手で確かめ、異常なしを知って安心する。クラムとハリーはギョッとした顔でスミレをマジマジ見詰めた。第二試合は十分近くを要して何とか決着し、続く第三試合は対照的にものの数分でクラムが勝利を刻んだ。

 第四試合。ハリーはスミレと視線を交わし、何か言いたげにして、しかし無言のままフィールドへ踏み込んだ。その思わせぶりな態度がスミレの怒りに火を点けた。その矛先はバグマンの無神経さとフラーの数々の遠慮知らずな態度、そしてハリーの中途半端で煮え切らないあのアイコンタクトに終始した。

 同情であれ憐憫であれ、たかが視線程度で察せられるほど親しくなったつもりはない。

 バグマンの実況がイヤでも聞こえてくる。ハリーは愛用の『ファイア・ボルト』を使ってホーンテールを相手に空中戦を仕掛けた。数分間に渡ってスタジアムから姿を消し、生還したのはハリーだけ。そうしてついに最終試合が執り行われる。

 

『さあそれでは第一の試練、最後のカードはアオイ・スミレとウクライナ・アイアンベリー種です! 世界で最も巨大なドラゴンとして記録されるデカブツの中でも極めつけだぞ!!』

 

 ゆっくりと観客の前へ姿を現す。模型の数百倍はあろうかという巨体が健気に金の卵へ覆いかぶさって盗まれまいと身構えている。その首元には巨大な金属製の首輪が嵌められ、そこから伸びる鎖はスミレの足首より太さの幅がある。アレを引き千切ったホーンテールに比べればアイアンベリーは少し鈍そうに見えた。

 ドラゴンの紅い瞳がスミレを捉える。無感情な、ルビーのような両眼。

 スミレは躊躇無く黒檀の杖を引き抜いて祖父から教わった呪文を叫ぶ。

 

 

 

「 『 悪 霊 の 火 』(フィーンド・ファイア) ! ! ! ! 」

 

 

 

 身体に充満する憎悪を、蓄積し続けてきた憤怒を、ありったけ研ぎ澄ませる。

 音を立てて燃え滾る感情の形を意識し、腕から手へ、手から杖へ、杖から炎へ。

 空中に出現した紅蓮のバジリスクがスタジアムを薙ぎ払うように炎の軌跡を描き、何もかも焼き尽くすべくアイアンベリーへ迫る。

 危機を追い払おうとドラゴンは目の前の『敵』へ淡い藤色の炎を吐く。

 超特大の体躯が生み出す射程の長さが、観客席のすぐ近くに設けられた物見櫓の中腹を撃ち抜く。設営途中で放棄されたそれは轟々と音を響かせて崩れ落ち、撒き散らされた火の粉がスタジアムの装飾品に引火する。

 歓声はたちまち絶叫に変わった。バグマンはなおも実況席でマイクに向かって叫ぶ。

 

『なんと言うことだ! 十六歳の若さで悪霊の火を完全に制御している! ああッ! それも二匹目、いや三匹目のバジリスクが!! ドラゴンのブレスと完全に拮抗しているぞ!!』

 

 所詮は付け焼き刃の即席であろうとも、その感情は限界まで濃度を高めた『本物』

 退けば即ち死が待ち構えるチキンレースを強いられて、ドラゴンの本能に恐怖が芽生える。

 あらゆる生態系の頂点に君臨する絶対的捕食者。その記憶を連綿と受け継いできた生命体で惰眠を貪ってきた防御機構、本能的恐怖が、鎌首をもたげる。全身全霊を振り絞るに足るだけの絶対性が――揺らいだ。

 無敵の鎧である鱗に守られていない口内へ殺到する炎のバジリスク。

 全身を身体の中から焼き尽くす炎に悶えたのはほんの数秒。

 両目を食い破って上がった火柱が収まり、巨体が倒れ伏す。

 スミレは疲労感と虚脱感に襲われながら呪文を解く。

 たちまち三匹のバジリスクは悶えるようにのたうち回り消滅する。

 金の卵がスミレの手に収まったとき、スタジアムは半ば倒壊し掛かってまだ火が残っている箇所も数多い状態だった。

 

 

 試合を終えた選手たちの控え室に向かうとマッド・アイが待ち構えていた。

 魔法の目でスミレを凝視しながらにやりと笑って「見上げた根性だ」と言った。

 

「本来、この課題で採点されるのは呪文の難易度と手際の良さだ。その点でミスター・クラムの手腕はまっこと見事だった。眼球へ正確無比に『結膜炎の呪い』を食らわせたのだ、これ以上の解は存在せん……ディゴリーとミス・デラクールも減点要素はあれど、まあ上々と言ってよかろう。問題は貴様らだ四年生共!」

 

 ゴン、と大きな杖でテントの床を叩く。

 

「成程、ドラゴンに空中戦を仕掛ける。奇策も奇策だ。見栄えもいい。だが審査基準に焦点を絞ればコレは非常に『弱い』と言わざるを得ん。ワシとしては臨機応変さを評価し、及第点はくれてやる」

 

「私は落第ですか」

 

「何を言うか。貴様は満点の中の満点だ。敵に力で勝るならば完膚なきまでにねじ伏せる。それが戦場の真理というもの。アオイ、オマエは『悪霊の火』でドラゴンのブレスを制し、その命を焼き払った! 見事なまでの『勝利』だ!」

 

 拍手代わりの大笑でスミレの完全勝利を祝福するマッド・アイ。

 生徒の手が血に塗れようと自らの信念に則って絶賛するその倫理観は、やはり狂人と評されるに相応しい。

 巧妙にドラゴンを無力化ないし幻惑して課題を果たした最上級生の三人。

 世界最高速度を維持しながら精緻を極めた飛行技術で空を制したハリー。

 スミレはただひたすら燃え上がる殺意を炎に託しただけだ。

 罪のない生き物を殺して褒められるのは、あまりいい気がしなかった。

 スミレはぐったりして適当な椅子に座った。外では集った審査委員たちが採点を始めている。点数を確かめに行く気力もなく、いまは一秒でも早くシャワーを浴びたかった。試合前と試合中に散々流した汗をキレイさっぱり落としたくてたまらない。疲労で鈍った頭の中に祖父の声がリフレインする。

 

 

 

「魔法の中には感情で精度が左右するモンがあるのは知っとるな」

 

 

 

「悪霊の火っつうのは言っちまえば、根こそぎ燃やす。それだけだ」

 

 

 

「面倒クセえことに魔法つうのは『人間の出来ること』の延長線に過ぎん」

 

 

 

「だからまあ、眼鏡治したり壁吹っ飛ばしたり、蛇を放ったりも条件次第でどうともなる」

 

 

 

「んじゃ本題。ただ燃やすだけの火が何故、高度な呪文になるか」

 

 

 

「単純も単純。『大火災は鎮火がしこたま大変』っつうワケだ。だからそこさえマスターしちまえば、あとは気の持ちようでな」

 

 

 

「何を薪にする? ああ、湿っぽいのよりカラッとしたのの方がよう燃えるんだが。やれそうか?」

 

 

 制御に失敗する度、暴走した炎がそこかしこで荒れ狂うため緊張と暑さに大汗をかいた。炎の熱と精神集中に激しく消耗し、練習が終わる頃には心身とも疲労困憊で寮へ帰る。辛い日々だったがなんとか祖父から教わったコツを生かし課題を制覇出来た。ともかく生きて課題を達成できたしこの大損害なら話題性抜群だ。アザミも広報のネタには困るまい。

 選手の友人たちが代わる代わるテントへ押し掛けて騒がしさを増す。

 その中にはもちろんドラコもいればハーマイオニーやロンもいて、もちろんアザミもいた。

 

「大したモノだと言わせてくれ。まさか、この目で竜殺しを拝めるなんて……」

 

 ドラコの声は感涙で震えていた。それほどの偉業なのかと尋ねる前にパンジーにアーニーにチョウにみんな駆けつけて好き勝手に選手たちを讃える。もう誰が誰に話し掛けているのか分からなくなり、スミレはぼんやりみんなのやる事を眺めていた。外でフレッドとジョージが「最後の結果発表だぞ!」と叫んだ。スミレは立ち上がるのも億劫で座っていたかったが、パンジーに手を引かれ渋々自分の獲得した点数を確かめた。

 

『ルードヴィッチ・バグマン、十点』

 

『バーティミウス・クラウチ、七点』

 

『イゴール・カルカロフ、九点』

 

『オリンペ・マクシーム、八点』

 

『アルバス・ダンブルドア、四点』

 

『アオイ・シキミ、十点』

 

『アオイ・ショウブ、八点』

 

 クラムとハリーが六十四点で同率一位を記録し、そのあとにセドリック、スミレ、フラーの順で並んだ。ダンブルドアの採点の厳しさについてハーマイオニーは「特設とはいえこれだけの大損害よ?」と常識的な所見を述べた。一歩間違えば観客から死傷者を出しかねないほど荒々しい手段に訴えたことを踏まえれば、四点でも温情である。意外なのはカルカロフがスミレにもクラムに次ぐ高得点を与えたことだろう。

 どのような採点基準だったかなんて当人に聞けば分かることだ。

 個人的にはマダム・マクシームも気になったが、それを遮るようにリータ・スキーターが再び姿を現した。今度は専属のカメラマンを従えている。

 

「三大……今回は四大だったざんすね。四大魔法学校対抗試合の歴史に残る伝説的な名試合を制して、今の感想は?」

 

「ありません。強いて言えば疲れたので眠いです」

 

「ンマー……田舎くさいガキざんすこと。もうちょっと気の利いた言葉を欲しいざんす」

 

 スキーターの後ろでは宙に浮かんだメモ帳へ、同じく宙へ浮かんだ羽ペンが自動筆記でメモを書き込んでいる。スミレにはあまりに不気味で視界に入れたくなかった。

 

「卵はちょーっとばかし焦げてるざんすがクラム選手なんか半分ペッシャンコ。他は卵こそ無事ざんすが選手がボロッボロ。卵はピカピカ、怪我ナッシンはアンタだけなんざんすよ。ということで感想テイクツーざんす、さんはい」

 

「ええー、そうですね。もうちょっと火力を高――」

 

 もうちょっと火力を高くして貴女もドラゴンもろとも焼けば良かった、そう言おうとして、駆け寄ってきたフラーに抱きつかれた勢いで言葉が途切れる。

 

「ミス・デラクール、レディ・スキーターに迷惑ですのであっちに……」

 

「構わないざんす。ささ、ベロまでガッツリやっちゃうざんすよ。フツーのシラけたインタビューより読者に受けるざんすから」

 

「これ四大魔法学校対抗試合の記事で使うインタビューですよね。コレじゃただの外国産痴――

 

 外国産痴女の恋愛スキャンダル記事じゃないですか! と叫ぶはずが、件の外国産痴女ことフラーに口を塞がれた。酸素は絶たれるし予想だにしない怪力で抱擁から逃げ出せないし、なんなら足先が辛うじて地面に触れているだけでほとんど浮いている。二重三重の恐怖に見舞われながらフラーが息継ぎのため顔を離した瞬間、立ち尽くして動けないでいるアーネストと目が合った。

 

「アーネスト、これには深い事情というか、彼女が勝手に。私の意思は一切!!」

 

「んじゃ幸せ真っ盛りのお二人さん。いま一番やりたいことは?」

 

「次ーのデートの行き先をー決ーめたいでーす」

 

「一にも二にもとにかくシャワーです」

 

「あ~~~~~~らまァお熱いざんすねェ素敵なネタの提供ありがとざんす」

 

「私は熱湯派ですので! コラ、何が相性ピッタリですか」

 

 離せ離せとか細い手足を振り回すスミレだったが、アスリートとして鍛えられたフラーの身体に敵うハズもなく。両腕で抱きかかえられたまま抵抗虚しく愛の言葉(フランセ)で耳元に囁きかけられる。シャワーの趣味が一致しただけでも嬉しいフラーを叱りながら異変に気付いたブルガリア人青年達へブルガリア語で「見るな見るな」と喚き、日本語と英語で「変態」「アホ」と非難をぶつけ、他の選手たちに先駆けて城へ連れ去られて行った。

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