ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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熱愛発覚中

 純白のタイルで目張りされたシャワー室。

 花のように香るシャンプー。

 雲のようなバスタオル。

 牝鹿を思わせる機能美に溢れた脚線の芸術。

 彫刻でもこの均整は困難であろう弧の黄金比。

 同じ魔法学校とは思えない絢爛豪華な寝室に目を丸くし、同じ女の身体とは思えないフラーの肢体に目が焼けそうで。

 しかし、フラー・デラクールという魔女が見せる幻想を完膚なきまでに打ち砕く光景。

 ウクライナ・アイアンベリーを蹂躙してのけたあと。ボーバトン魔法アカデミーの寄宿舎へ連れ込まれ、スミレは己の運命をフラーに委ねたつもりだった。しかし。しかし、悲しいかな、子羊を待ち受けていたのは想像を絶するほどに混沌と無秩序が一体化した彼女一人だけの為の寝室だった。

 

「あ、あの……どうしてこのようなことに……」

 

「じっくり眺めてどうしたの? どれか私に着て欲しい?」

 

「ええ、まあ。せめて肌着くらいは」

 

 一糸まとわぬ姿で背後からしな垂れかかるフラーへ苦言を呈する。

 親しい友人でもなければ相思相愛でもない。ましてアオイ・スミレとフラー・デラクールはあのダームストラング生でさえ承認する犬猿の仲で、ただ同じ四大魔法学校対抗試合の選手というだけの間柄でしかない。そう何もかも曝け出されては目のやり場に困る。それは試着さえすることなく放置された数々の下着(ランジェリー)と色取りどりの私服、空になった化粧品の瓶を目の当たりにするのと同じだった。

 

「いいじゃない。私、スタイルには自信があるもの」

 

「目の毒だと言っているんですよ。私の」

 

「そう? なら良かった、ちゃんと堪能してね」

 

「話聞いてます? どこかで妙な変換をしてます?」

 

 身体能力で他の選手に大きく劣るスミレはそのまま為す術なく天蓋付きのベッドへ押し込まれ、退路を塞ぐようにその後ろへフラーがすべり込む。これで相手がビクトール・クラムならばまた別の感情も湧こうが、しかしアルバス・ダンブルドアを妖精の姫君に作り替えたか、さもなければミネルバ・マクゴナガルを数世紀ほど若返らせたフラーの美貌を至近距離で突き付けられ、スミレにはもう理性を繋ぎ止める魔法が知りたくて堪らなかった。

 

「仮初めではあるけれど。ようこそ、私たちの愛の巣へ」

 

「ただの貴女の寝室ですよ。客を迎える状態ですかこれが」

 

「ええもちろん、貴女であればいつでも訪ねて来てくれていいわ」

 

「そうじゃなく。いえ、いいです。何故、私が……」

 

 こんな目に……と嘆息を禁じ得ない。しかし溢しかけた困惑の吐息は外界へ放たれることなく、今日だけで何度目になるか知れないフラーの舌の熱さが口いっぱいに広がった。

 三度フラーの口付けで息も絶え絶えにさせられたスミレは涙を流して身体を震わせる。

 

「もう許して下さい……そんなにされると、私もう限界で……」

 

「……もしかして、女の子同士は受けつけなかった?」

 

「………………逆です」

 

 心に決めた女性(ヒト)がいるのに、ここまで良いようにされては心変わりしてしまう。

 スミレの吐露した胸中へ触れてフラーは初めて見せる微笑を贈った。見る者の心を捕らえずにおかない魔性の美貌でも、自らの優位を確信して憚らない傲慢さも、まるで別人のよう。ただただ溢れる慈愛と自らの肢体でスミレの身体を包み込む。

 

「それはとっても素敵なこと。私にも一度ならずあったわ。でも今は、私たちの手でたくさん思い出を作りましょう……」

 

「……いいんでしょうか。自分を裏切るようで。こんな風にしているのだって」

 

「いいのよスミレ。私のことをもっと愛して、私だけに夢中になって」

 

 殺し文句だった。竜殺しの吸血鬼を殺すフラー・デラクールの瞳。

 どうやったって抗えるようなものではなく。神秘の髪をたなびかせる妖精ヴィーラの血など微塵も関わりなく、ただ目の前の同性に全身の血が沸騰する。

 

「それは……いいえ、私自身の悩みと言いますか」

 

 ――この女の心臓がこの上なく愛おしい。貪りたいほどに愛狂しい。

 

「私の、身体と心の問題が……」

 

「悩む貴女の目も綺麗よ」

 

「…………これでもですか」

 

 どのみち自分に名誉などありはしない。尚も自分を侮辱するのなら至上の勇気を示せと、ドラゴンの焼死体で以て宣言をしたのだ。もう隠し通す意味も半ば薄れた。

 ゆっくりと唇を開く。蝙蝠のように鋭利な二本の牙を、そっとフラーの舌へ添える。

 睦みあいの所作など一つも知らない。だからフラーが必ずそうするように、別れ際、ゆっくり唇で彼女の舌先を吸いとった。

 

「貴女が執着しているのは怪物です。吸血鬼。そちらの国にもいるでしょう」

 

「御祖母様のご縁で面識がないではなかった。でも本物に触れたのは初めて」

 

「女の生き血に飢えた女の吸血鬼なんて、そうそういませんよ」

 

「でしょうね。けれど一人目がスミレならそれだけで最高よ」

 

 網膜が焼き切れるほどの輝きを放ってスミレの心を捕まえる。

 闇の魔術に順応しつつある心に真っ白な極光が射し込んだ。

 

「スミレは私の素晴らしさを誰よりも堪能できるのだから。自慢、して……」

 

 疎外され。指弾され。不信と軽蔑に晒されてきたという自認。己自身でさえ未だに受け入れられない怪物の顔を、慣れ親しんだ価値観から逸脱して余りある嗜好を、微塵も臆することなく受け入れてくれたという認識。重度の寝不足と極度の疲労、興奮と安堵が涙腺を稼働させる。滴り落ちる涙の雫を拭いもせず、それすら自慢の肌で受け止めながらフラーはスミレの頭を抱きかかえた。

 重なった肌の熱には彼岸と此岸の隔たりなどない。

 ただ二人の少女が一つになって眠りへ就いただけである。

 

 

「申し訳ありませんアーネストさん……貴方を愚弄する意図は一切なく……全て私の無自覚が招いた結果で……」

 

 無人の空き教室で深々と頭を下げるスミレ。最早一刻の猶予もなく、交際関係の清算と謝罪を申し出て、アーニーはむしろ救われた気分だった。お互いが罪悪感で付き合っていたという事実はどこにもなく、ただ色々な出来事のタイミングが奇妙に重なった結果起きた事故だと分かった。それに四六時中フラーがベッタリ離れないスミレを見ているといいカップルに思えた。

 

「頭を上げて下さい。ほんの事故だったんですから、誰が悪いというものではありませんし」

 

「いえ。これは本当に私の自覚不足と優柔不断の結果です」

 

 スミレは頑なに自分の無実を受け入れない。ついにアーニーが折れて謝罪を受け入れた。こうして二人の奇妙な交際は正式に解消され、あくまで同級生の友人という関係性へ移行したのだった。似たような形で言外の会話に依存しすぎるあまり生じたハリーとロンの諍いも雪解けを迎え、ハーマイオニーとロンの行き違いも一過性の興奮によるものとして水に流された。相変わらずロンとジニーはスミレを好いていなかったが、そこは『大人の対応』を徹底した二人の精神力の賜物と言える。

 閑話休題。

 第一の試練が幕を下ろした週末。放課後茶会倶楽部の第二回会合が開かれ、成果報告と新規入会者の紹介、並びに読者の反響が報告された。とりわけ次のインタビュー内容は可及的速やかに決定する必要に迫られた。正式に編集長への就任が認可されたアザミは前回に引き続き司会進行を執り行った。会場はもちろん『必要の部屋』である。

 

「あー、まず第一の試練を達成された選手各位、お疲れ様でした。ドラゴンとの対決を五体満足で帰還されたこと、自分としては正直安堵しております。えー、ではまず新規入会者の紹介から。人数が多いし全員有名人なので詳しい説明は省略させていただき、所属校または所属寮と氏名のみよろしくお願いします」

 

 グリフィンドールからはロンとジニーのウィーズリー兄妹が、スリザリンからはドラコとミリセントがそれぞれ新たに加わり、一層アザミの心労が強まる結果となった。さらにボーバトン魔法アカデミーからスミレの恋人の座を独占するフラー・デラクールが参加。顔触れの異常性にアザミとハーマイオニーはそろそろバブリングにこの場を任せてもいい気がしてきた。顧問は相変わらず活動記録と言う名の議事録にサインするだけで、顔を見せようともしない。

 

「まず当日用意した20冊はすべて完売の結果となりました。ボーバトンからはディゴリーとポッターの項目を、ダームストラングはクラムのインタビュー内容の充実を求める声が多く、残念ながらミス・デラクールとスミレについては名前すら挙がっていません」

 

「いいんですよ私のことは。延々とタランティーノ監督作品のコトしゃべりますからね」

 

「誰に通じるんだよそんなの! もっといるだろ監督! ジョージ・ルーカスとか!」

 

「ええ、また一晩じっくり語り明かしましょう。今度はもっと熱く囁いて頂戴ね」

 

「語弊を招く言い方はやめてもらえます?」

 

 全員がスミレとフラーのやり取りに言葉を失う。だが毅然として表情を崩さないスミレと、そんな彼女の真っ白な頬を人差し指で弄ぶフラーを見て、きっと何かあればああして無表情を保っていられないだろうと判断した。傍目には交際関係にあるなどとは信じがたい。だが本人たちがそう言うのだから、そういうことなのだと受け止められた。アザミはかなり複雑な気持ちにさせられたけれど。

 仮称名の通り部屋が提供する紅茶で舌を湿らし、原稿を読み上げる。

 

「印刷、製版の方面で今後もゼノフィリウス氏には多大なるご尽力を賜ることになる。よって『クリスマス電撃特集号』の製作を大至急開始しなければならん。年が明けたらすぐに第二の試練も控えているし、正直言ってこれから滅茶苦茶忙しい」

 

「電撃特集号、と言うからには鮮度が高くなおかつセンセーショナルな話題でなくてはいけないわけだ。何かアテはあるんだろうなアオイ」

 

「フリットウィック教授からの情報提供で、間もなくダンス・パーティの告知が行なわれる。さし当たってパートナー候補の有力株としてフリーの選手を売り込む、のを基本方針としたいが……………ッたくなんでスミレとフラーが付き合ってんだ!!」

 

「……愛、ね」

 

「………………」

 

 

 恥じらう素振りもなく堂々とスミレの腕に絡みつく。

 振りほどけないと諦めたスミレは左手で器用に羽ペンを滑らせる。

 男子からの注目度ナンバーワン、最高競争率間違いなしのフラー・デラクールがまさかのパートナー確保済みという事実にアザミは悲鳴を挙げた。その相手がスミレなのだから身内に後ろから撃たれたような気分だ。書記長のポストを拝命したダフネは奇声の残響まで丁寧に書き記す。

 

「そうは言っても余ってるのはクラムとポッターだけじゃない。とてもじゃないけどクラムの語彙力でまともな分量の記事なんてムリよ」

 

「何言ってんだパーキンソン。ヤツはあのビクトール・クラムだぞ? ちょっと顰めっ面だしえらくネコ背でガニ股じゃあるけどさ。君が心配しなくたってあっと言う間にパートナーなんて見つかるに決まってる……」

 

「それじゃあ本当に余るのはハリーだけってことだね」

 

 ルーナは何の含みもなくただ事実を示したに過ぎないが、ハリーの心臓に深々とナイフを突き立てていった。セドリックにはチョウがいるので正しく指摘通り。スミレと分かれてアーニーはむしろこれまでの貴公子然とした雰囲気を取り戻していた。

 

「やはり監督生とクィディッチの選手にも舞台へ上がってもらうっては如何でしょうか? この二項目なら、少なくともホグワーツ生で知らないということはあり得ませんし」

 

「ハリーへのインタビュー内容は編集部で作成しておいたわ。五枚目の資料がそう。コレを流用ないし応用すれば準備期間は少しくらい削減できるハズよ」

 

「ポッター、休日の過ごし方に『宿題』とか『クィディッチの練習』とかツマンナイこと書くんじゃないわよ。ちょっと気を持たせるようなコト考えときなさい」

 

「そんな、他の週末の過ごし方なんて三年間これっぽっちもしたことないよ。あとはゴブストーンを弄るか箒の手入れくらいで……あとたまに罰則でスネイプに雑用をさせられたこともあったけど」

 

「急に何でもない休日を振り返れと言われても難しいだろう。基本は事前配布の記述アンケートにして、気になったところを掘り下げるスタイルなら回答も楽にならないか?」

 

「あと腕のいいカメラマンも必要よ。正装はしなくても、スナップがあるのと無いのとでは大違いだもの。私たちのツーショットも掲載しないといけないし」

 

「クリービーの口がどの程度固いかによりますね。正直、撮影技術はさておきその点が非常に不安と言いますか。あとそれ本当に必要なんですか」

 

 さりげなくフレッドとジョージへ調整を依頼し、フラーと共に人事部を預かるスミレは第三期勧誘対象者のリストへデニス・クリービーの名前を書き加える。残念ながらボーバトン生は全体的に口が軽いらしくまだ本格的に加えるには早いという判断が下された。英語が下手すぎるためダームストラング生も連絡員を別にすればまだ除外されている。

 右手で議事録、左手で予定表の草稿を作成するアザミに代わり副編集長のハーマイオニーが

次の議題を読み上げる。

 

「私からフリットウィック教授にクリスマス号の件を相談したのだけど、配布の手伝いに協力してくださるとのことよ。前もって連絡さえすればいつでも対応できると仰ってたわ」

 

「流石はマイ・ディア・フリットウィック、『デッケエ男』だよ」

 

「人手を確保出来るなら次はもう少しハデにやれそうだ」

 

「ダームストラングへの交渉はドラコに任せたい。カルカロフ校長と面識があるなら、トラブルを避けて上手くクラムを引っ張り出せるだろう」

 

「もちろん引き受けてやって構わない。僕の人脈に頼りたいと頭を下げられてしまっては断るのも礼儀に反するからね」

 

「よろしく頼む。出来ることならクラムのプライベートに密着するくらいはしたいが、オレたち授業があるからなあ……」

 

「時間で交代するシステムはどう? 私も今年はクィディッチの練習量を抑えてるし、みんなで持ち回りにすれば負担も少なくなると思うの」

 

 意見の出し合いはアザミの根回しと各自の忍耐力によって円滑に進む。

 ドラコは名誉編集長という何の権限も責任も存在しない虚構のポストに充足感を得、アザミは引き続き()()()の立場を堅持した上でハーマイオニーやセドリックの助力を受けつつ進行と素案の作成を続ける。人員不足の問題とゼノフィリウス氏の金銭的負担について概ね解決の目処が立ち、アザミは両手の羽ペンをインク壺へ返す。改めて四寮並びにライバル校からの賛同者たちをぐるりと見渡し座ったままの姿勢で深々と頭を下げる。

 この潔さがあってようやく成り立っている砂城の楼閣であり、まったく烏合の衆であることはアザミ自身がよく理解しているから、無用の長物でしかない自尊心などいくらでも投げ捨てられる。

 

「とりあえずインタビューは今月中にラブグッド氏へ提出。なんとか第二の課題までに問題点を洗い出して、一月中の正式な校内活動を始められるようにしたい。では第二回会合はこれで終了とします。各位、忙しい中お疲れ様でした」

 

 

「祝ってもらうほどの成績ではありませんよ。下から二番目です」

 

 スミレは自身の祝賀会でも冷ややかな態度を崩さない。

 上級生の数名から謝罪があった事には驚いたけれど。

 ダンブルドアの配慮で十一月の第三週へ前倒しされたクリスマス・イブのホグズミード行きで買い込んだ大鍋ケーキやバター・ビール、あるいは厨房へ押し掛けて大皿にいっぱいのフィッシュ・アンド・チップスとタルトを要求し、談話室での盛大なパーティーが催された。ホグワーツの理事長を務めるマルフォイ氏からも祝電とジンジャービアが樽ごと届き、最上級生から新入生まで喜ばせた。

 

「謙遜するな。試合のあとカルカロフ校長が父上にだけ明かしたそうだが、もし君が望むならダームストラングはいつでもアオイの留学を受け入れるそうだぞ」

 

「毎日毎日あらゆる料理にヨーグルトをかけて筋肉トレーニングに勤しむなんてイヤです」

 

「大絶賛していた、という話だ。あれだけ上手く闇の魔術を操ってみせたんだ、ダームストラングにしてみればオマエこそ金の卵に見えるだろうさ」

 

 バタービールを流し込んでドラコはこの話題を打ち切った。

 スミレの前にジンジャービアを差し出しながら「ともかく」と前置きし、

 

「あの決闘は文字通り歴史に刻まれる。繰り返しになるが、おめでとう」

 

「感動するほどの事ですか。私もあの瞬間は楽しかったですけれど」

 

「……竜殺しというのは、最早それ自体が英雄の証とすら評される大偉業なんだ」

 

「弱かったんですよ。あのドラゴンが。飛べないくらいの肥満でしたし」

 

 事実、スミレが相対したウクライナ・アイアンベリーは重度の肥満であった。

 西ウクライナ地方で数年間も家畜を食い荒らした末、翼が身体を支えきれなくなるほど体重が増加するに至り、ようやく捕獲された個体なのだった。

 スミレは戦利品として綺麗な状態で残っている鱗を一枚譲られた。

 フラーとお揃いにするためもう一枚要求し、現在は首飾りとして身に付けている。

 

「それーを言うのでーしたら、ワターシのドラーゴーンは子供でーした」

 

「ああ、道理でね。妙に落ち着きがないし、眠りが浅いと思ったがそういう事か」

 

「ムッシュー・バーグマンは役に立ーちませーん。クービにすべーきでーす」

 

 幻惑呪文で深い催眠状態へ陥らせたものの、最後の最後で鼻息とともに炎が漏れてユニフォームへ引火するハプニングがあったのだ。結果的にフラーは大きな減点を食らい、最下位のスコアを記録する羽目になった。ダンブルドアがスミレだけ大減点したのは観客の安全を度外視したことと、闇の魔術に頼ったことが大きな理由だった。最後の事故が起きるまで完璧に課題を進められていたフラーの悔しさは計り知れないものがある。

 ドラゴンの選定についてはバグマンの担当であった。その彼のミスが響いたのだから、不満の矛先は彼へ向けられて当然である。

 そうでなくともスミレの代表選手入りという大不祥事を軽く受け止めている。

 スミレの不幸は我が身の不幸と言わんばかりにフラーは往年の名選手を非難する。

 

「お祖父様のご指導がなけーればどうなーっていたでしょーう」

 

「一ヶ月で『悪霊の火』を習得出来る素養はあるのだろうけどね。やはり積んできた経験の密度が違いすぎる」

 

 まして、スミレはあの険しい岩場をクラムやセドリックのように素早く走れもしなければ、ハリーのように箒で上手く飛べるわけでも、ましてフラーほど身軽さや俊敏さを備えてもいない。そもそも他の選手たちのようにドラゴンの懐へ飛び込むだけの勇気だって……だからこそ翼も尻尾も届かない距離で戦ったのだ。『勇気』という最大の評価基準を満たせていないのだから、スミレの試合に対する評価はダンブルドアが最も正確と言うべきだろう。

 ドラコはカスタードクリームのタルトを勧めたが、二人とも断った。ホグワーツというよりイギリスの食事が舌に合わないところもお揃いだった。

 

「……まあ、いまは何を置いても休むことだ。あの新聞なんて放っておいても構わないさ」

 

「それはそうですが…………あまり姉さんにばかり面倒事を押しつけないで欲しいですね」

 

「当人は好きでやっているんだろう? だったらさせてやるといい。手助けが必要になれば自然と声が掛かる」

 

 そういうモノかと一応の納得を見せたスミレだったが、やはりウィーズリー兄弟の事は心底疎ましかった。アザミにばかり負担を押しつけて自分たちは主体的に動かない態度が腹立たしく、吐き出しきったはずの黒い感情がまた腹の奥底へ沈殿する。けれどこのままアザミの計画が進めば面白いモノが見られるのだからそれだけは感謝できる。

 飲めや食えやの宴も終盤。ドラゴン討伐の末に勝ち取った『金の卵』を開け放つ。

 

 響き渡る金切り声とさえ言えない耳障りな音が全員の鼓膜を襲う。

 フラーも全て承知でスミレの真横に立ち、二度目のダメージを負った。

 卵形の容器は空っぽ。祝福の言葉を記した紙切れすらない。

 痛みと痺れでまだ回復しきっていない聴覚は「きっとバンドンの泣き妖怪バンシーだ!」という新入生の憶測を、これ異常なく正確に拾っていた。

 

「なら、ロックハート教授にお話しを伺わないと」

 

 ニヤリと口の片端を吊り上げてぼそりと呟く。

 どうせまともな対戦相手ではないのだから。あまり考えても仕方がない。

 スミレはさっさと第二の課題を優先事項の最下位に置き、いつフラーの寝室を整理するかについて考えを巡らせた。たまにであれば訪ねてあげてもいいけれど。あの何もかもが散らかし放題な状況は度し難いものがある。まあ、それとてフラーがベッドでポージングをすれば完璧な構図にはなるのだけれど。それはそれ、これはこれ。また下級生に雑用を押しつける前に自活能力を身に付けさせたい。

 

 考えるまでもなくフラーは今年でボーバトンを卒業するのだ。

 晴れて社会人になったときあの惨憺たる生活能力では先が思いやられる。

 

 ……何故、自分が年上の社会人生活を案じているのかと我に返り、スミレはやはり不機嫌さを取り戻したのだった。

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