ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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今夜は真っ赤なバラを抱き 器量のいい子と踊ろうか

 放課後茶会倶楽部の仕事はすべてが順調に進んだ。

 十一月三十日の午前中には完成した原稿がゼノフィリウス氏の元へ届き、十二月最初の土曜日にはルーナが『ザ・クィブラー~クリスマス電撃特別号~』を城中で配り始めた。手伝いに駆り出されたのは呪文学の抜き打ち試験で不合格となった一年生と二年生たちである。ルーナの手伝いを条件に課題を免除されたのだ。

 ミリセントは無料配布分のクリスマス号を片手に、大きく白い息を吐いた。

 十二月の早朝。まだまだ肌寒い時間帯にも関わらず、ダームストラングの生徒たちは隊列を組み上半身裸でランニングに励んでいる。筋骨隆々の鍛え抜かれた肉体が突き刺すような冬の寒空の下を駆けていく。ダフネはモコモコしたボア・コートとマフラーに埋もれながら彼らの住まいである真っ黒な帆船を見上げた。

 

「……暑苦しい」

 

「言わないの」

 

 ミリセントも同感であったけれど。

 ともかく用事を済ませて朝食にしたかった。

 留守番役のスポーツ刈りは酷い訛りだった。

 

「ミスター・クラムの記事よ。受け取んなさい」

 

「もうちょっとドイツ風に。ノルウェー系だと思う」

 

「面倒ねえ……クラムよクラム! ビクトール・クラム!」

 

 あっちへ行ったと指差すのを無視して、雑誌の束を押しつける。

 表紙に掲載されたクラムの顔写真でようやく気付いた少年は「すぱしーば」と言った。

 ダフネはそっぽを向いてそしらぬ顔をする。

 

「何がノルウェー系よ! 思いっきりロシア人だったじゃない!」

 

「だってノルウェー語なんて聞いたこともないんだもの」

 

 折角だからとクラムに挨拶して帰ることにした。

 少年が指し示した方へ真っ直ぐ進む。二人はしばらく歩き、湖で寒中水泳へ取り組むクラムの姿を見つけた。

 女子生徒にトレーニングを見学され慣れているようだった。

 クラムはダフネとミリセントを無視してトレーニングをこなす。

 それからようやく岸に上がると、意外に背丈が低いことに気付く。

 思い返せばコリン・クリービーもローアングルで撮影していた。

 

「さっきフネに新聞届けておいたから。気になるなら読んで」

 

「先月撮った、あの写真の分か」

 

「ええ。カメラボーイは優秀だったわ」

 

「……そうか。ありがとう」

 

 関心があるようには見えなかった。会話はそれきりで、二人はすぐに城へ帰った。

 アレをダンス・パーティーに誘って楽しく過ごせそうに思えなかったのだ。

 クィディッチの選手としてよくインタビューを受けているにしては口下手だ。

 もしかするとチームかスポンサーが優秀なライターを用意しているのかも。

 クリスマスまで時間はそれほど残されていない。

 ミリセントもダフネもパートナーを決めかねていた。

 

「ダフネはどうすんのよ。ザビニかノットか」

 

「他の選択肢を自分で探すわ」

 

「賢いわね。アタシもそのつもり」

 

「まさかスミレがフラーと組むなんてね」

 

 上級生たちの嘆きようは凄まじかった。

 フラー・デラクールは高嶺の花に違いなかった。

 だが、可能性が断たれるのとは天地の隔たりがある

 夢さえ見られないとなって、男子は悲惨だ。

 

「パンジーの方がずっといいと思うけど」

 

「スミレの場合『病気』の問題があるから」

 

「……そのビョーキってのは何なのよ」

 

「私からは、言えない。あの子の名誉の問題というか」

 

「人狼とかそんなんじゃないんでしょ」

 

 近からず遠からずな当てずっぽうだった。

 周期がない発作的な症状の分、厄介とも言える。

 きっとフラーはスミレのすべてを受け止めたのだろう。

 だからスミレもフラーの愛を受け入れた。そういう事だ。

 ただ知っているだけよりもう一段階、二段階と踏み込んだ。

 自分たちよりずっと大人の女で、大きい女だった。

 図々しくはあるけれど。

 

「本当にどうしよう」

 

「……なんとかすんのよ」

 

 ともかくパートナー問題を片付けなければ。

 その為にもまずは朝食だ。今日は一段とお腹が空いた。

 

 

 最新の日刊予言者新聞に掲載されたスキーターの記事は全校生徒の失笑を買った。

 ボーバトンきっての才媛が引き起こした醜聞について、あの女は何一つ分かっていない。

 前提から間違っている。略奪愛は事実だが、奪われたのはフラーではなくアーニーだ。それすらスミレとアーニーはのちに双方合意のもと円満に別れている。

 もっと愉快なのはフラーが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という報道。これには誰もがスキーターの錯乱を疑った。

 

「フラー・デラクールが深窓の令嬢? だったらクラッブとゴイルは気品溢れる王子様さ」

 

 ロンの呆れようにハリーは思わず声を出して笑ってしまった。

 大昔の貴族の格好をした彼らを想像したらつい我慢出来なかった。

 スミレの性格についてはさておき。フラーは自分の祖母をヴィーラだと言っていたが、ハリーは本当はワイルドハントかシャールカーニだと思っている。

 

「けどさ、アオイはいいよなあ。なんたってあのフラー・デラクールだぜ?」

 

「それを言うなら僕はビクトール・クラムと組まなきゃいけなくなるけど、いいのかい」

 

 今度はロンがむせ込んだ。オレンジジュースを一気に飲み干す。

 

「よせよハリー! でも君とクラムが一緒のチームなら……あ、二人ともシーカーだ」

 

「そういう事。羨ましがってる場合じゃないよ。あの新聞、まるっきり効果がなかった」

 

 正直、ダンス・パーティーに参加したいという気持ちは薄かった。

 そのことはマクゴナガル教授にも再三伝えたが、毎回「必ずパートナーを見つけなさい」と言い渡された。

 クリスマス電撃特別号で大々的に宣伝されたハズだったがコレという相手は見つからない。

 一年生の女の子が来たかと思えば、ハリーより三十センチは背の高い上級生だったり。

 いちいち断るのに勇気が要るなんて思いもしなかった。こんなことならもう一回ホーンテールと大空で追いかけっこする方がいくらかマシだ。

 

「ボーバトンの女子たちは君に興味津々なんだろ? 大丈夫だよハリー、もう少しすればすぐに押し掛けてくるさ」

 

 なるべく誤解のないようロンは用心深く言葉を選んで穏やかに言った。

 大丈夫、大丈夫、そう自分に言い聞かせてパンケーキを頬張ってみたものの、シロップもバターも忘れるくらい焦りを感じている自分は誤魔化せない。

 やっぱり自分から声を掛けるべきなんだろうか。しかし女子はみんな十人前後のグループを作って守りを固めている。どう攻めればいいかサッパリだった。

 

「投げ縄でも用意した方がいい気がしてきた。ハリーも使うかい?」

 

 状況的にはロンもほとんど同じだった。何ならハリーよりずっとパーティーへの参加に意欲的なくらいだ。けれどなかなかパートナー探しは上手くいっていない。

 そしてハリーに興味津々なのはボーバトンではなくダームストラングも同じで、話を聞いてみればみんなただクィディッチが好きなだけだった。

 ボーバトン生に新聞の感想を聞いたあとセドリックにはガールフレンドがいると伝えたら、彼女たちはもっと熱烈な目をした。

 略奪愛はフラーの趣味ではなく校風の一つのようだった。

 

「アザミはどうなんだろう。シェーマスが言うにはマクラーゲンのナルっぷりにキレて腕をヘシ折ったらしいけど」

 

「その話はガセだよ。パーバティがその場に居合わせてさ。あのバカ、一時間も箒自慢を聞かせたんだ。それでキレて鼻をへし折られたってワケ」

 

 よく一時間もマクラーゲンの自慢話を聞いていられたなと驚かされた。

 鼻が折れたくらいで改善する顔や頭ならどれほど良かったか。でも、その場面に立ち会っていたらきっと拍手を送っていただろう。

 こういうときフレッドやジョージのスマートさがあればと思う。

 あの二人はハリーとロンの目の前でアンジェリーナ・ジョンソンとアリシア・スピネットをパートナーにしてのけた。それもごく普通に、明日の天気を尋ねるくらい何気ない風にだ。

 いよいよ残っているのはエロイーズ・ミジョンとあと数名という状況に追い込まれた。

 ロンはそろそろ迷走も極まってトレローニー教授を候補に入れるべきと言い始めた。

 

「落ち着いて考えるんだロン。デカい眼鏡を掛けた醜い老いぼれコウモリって言ったのは君じゃないか」

 

「……残ってるのはトロール小屋みたいなもんだぜ、今日中に勝負を仕掛けないとマジでヤバいんだぞハリー」

 

 ハリーには当てがないではなかった。セドリックにあまり興味のなさそうなボーバトン生が一人いたのだ。小麦肌の健康的な雰囲気で、明るい笑顔が印象的だった。

 なんとか話し掛けてみたものの、彼女はチョウ・チャンに断られたあとアビゲイル・フレイというスリザリン生とペアを組んだと分かった。

 薬草学の授業が終わってハリーは一人になった。ロンはまだ指食いゼラニウムの剪定が終わっていないし、ハーマイオニーはアザミと放課後茶会倶楽部の打ち合わせがあると急いで必要の部屋へ行ってしまった。

 

「おいポッター! ダンス・パーティーのパートナーは見つかったかい? まだなら急がないと。そうだ、禁じられた森に行けばお似合いの相手も見つかるんじゃないかな?」

 

 これ見よがしにパンジー・パーキンソンと腕を組んで、ドラコが声を掛けてきた。

 狂犬病に罹ったブルドッグと踊るのがそんなに自慢できる事なのか不思議だったけれど、もっと不思議なのはまったく腹が立たなかったことだ。よほど追い詰められているんだとそれで気が付いた。

 

「そういうマルフォイはさぞいい相手を捕まえたんだろうね。さしずめウクライナ・アイアンベリーか尻尾爆発スクリュートってところ?」

 

 その後ろでミリセント・ブルストロードが盛大に吹き出していた。

 こんなことをしている場合じゃないのは分かっている。

 マルフォイに構うなんて時間の無駄もいいところだ。けれど最後の当てが外れて打つ手がない。

 これから目的地もなく放課後いっぱい城を彷徨えばいいのだろうか。

 談話室に帰ったときロンになんて報告しよう。あるいはマクゴナガル教授にお願いするべきかもしれない。

 ほとんど無意識のうちに玄関ホールへ辿り着いたとき自然と肩を落とした。

 城中が浮かれきっているのに一人だけ気分が沈んでいるなんてバカみたいだ。

 クリスマスツリーに盛り上がらないなんていつ以来だ? 階段下の物置部屋で暮らしていたときの惨めさが蘇ってくる気さえした。

 大時計の重々しい音に掻き消されそうな囁き声が名前を呼んだ気がした。

 錯覚だと思って無視したハリーの肩を、ダフネ・グリーングラスが叩いた。

 

「聞こえてる? 三回も呼んだのだけど」

 

「またスネイプの呼び出し? なら僕、これからスクリュートに申し込みをしに……」

 

 うんざりして髪を掻き毟るハリーへダフネは無感情に言い放った。

 変身術のレポート課題の提出期限を尋ねるような、何気ない雰囲気で。

 

「ダンス・パーティー、一緒に出ない?」

 

「え?」

 

「尻尾爆発スクリュートよりは上手いと思っていい」

 

 差し出された手を握ったのはほとんど反射的だった。

 いつも表情が変わらないダフネの顔に穏やかな笑みが浮かぶ。

 彼女が笑っているところを見たのはこれが初めてだった。

 

「そう。じゃあ、当日はよろしく」

 

 去り際の「À bientôt(ア・ビアント)」という台詞の意味はハリーには分からなかった。

 

 

 いまホグワーツで何が起っているのか。全容を知る者はいないように思えた。

 アルバス・ダンブルドアは全知全能から程遠く、すべてを掌握しているのはこの狭い校長室のみだ。

 いくら自己認識がそうであれ。彼の叡智なくしてこの状況には対処出来ない。

 第一の試練のあとから不安は募るばかり。いつまでも過去の亡霊がつきまとう。

 年齢線を敷いたのはそもそもハリーの身を危険から遠ざける為だった。

 無論、経験も実力も不足した生徒たちを除外したかった思惑もある。

 だが現実はどうだ。まさかスミレが五番目の選手に選ばれた。機転と行動力はさておき。生徒としてはごく凡庸で、成績も学年では平均より上程度。魔法の才能だけでなく身体能力も相応に要求される対抗試合で、彼女の貧弱さは目に余る。

 

「『悪霊の火』は一年生の時点で使えておった」

 

 その言葉にマクゴナガルとスネイプが頷く。

 三年前、暴発した『悪霊の火』でトロールを焼き払った。二人はその瞬間を目撃している。意識の混濁もあって自力では呪文の解除が出来ず、マクゴナガルが終了呪文で危機を退けた。

 

「アレの厄介さはワシも心得とる。今回はシキミの入れ知恵だろうよ」

 

「同感じゃ。あやつは昔から闇の魔術の危険性を無視する傾向にある」

 

「ですが、自分の孫娘ですよアルバス。それも公衆の面前であのような……」

 

「前提が違うのだミネルバ。あの男にとって魔法に『善』も『悪』も存在せん」

 

 理解し難い所業にマクゴナガルは声を震わせた。

 対照的にムーディはどこまでも冷静だった。

 

「杖との親和性もあるでしょうな。無論、術者自身の適性も」

 

「仮にも貴方の教え子なのですよセブルス。闇の魔法使いの才能があると?」

 

「教え子たればこそ……その才能を早急に摘み取るべきと愚考する次第で」

 

 いずれ手に負えなくなる――ダンブルドアの脳裏に浮かぶ、トム・リドルの白く端正な顔。

 分霊箱の秘密を探っていることは承知している。だが、彼女の技量ではまず失敗する。呪文の高度さでは『悪霊の火』の()()()()をさらに上回る。

 だがスネイプはあくまで手を打つべきと主張を曲げない。

 

「『抑制剤』の濃度を一段階、上げるべきかと」

 

「そうなれば彼女の精神はより荒廃する。母親の前で見せる気か」

 

「時に非情なる決断を下すことも、必要ではありませんかな」

 

 最早一刻の猶予もないという考えには賛同できる。

 だが母親の心まで抉る仕打ちを迫られ、容易に頷けない。

 

「問題が一つある。デラクールだ」

 

「彼女がどうしたというのですアラスター」

 

「アレの影響でよほど精神面が安定したようだ。近頃は服用量が減っとる」

 

「……左様。ムーディ教授が着任された当時とは対称的に」

 

 嫌悪感と猜疑心の火花を遮ってマクゴナガルが落胆の声を漏らす。

 

「アルバス、アオイを自由にすべき時です。いま彼女の周囲で真っ当な大人は、あの子の母親だけではありませんか」

 

 全てが完璧な正論であり、無言の反対を目で訴えるスネイプとムーディこそ冷血漢の誹りを免れ得ない。だがアオイ・スミレは元よりホグワーツだけの問題ではない。その事実がダンブルドアの『勇気ある決断』を阻み続ける。

 

「いまコーネリアスを刺激しては元も子も失う。我々が踏み留まらねばならぬのじゃ。すまぬ、ミネルバ」

 

 背後から漏れ聞こえてきたのが啜り泣きであるのか。それとも失望の溜息であったのか。ダンブルドアには確かめる術がなかった。

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