ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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Queen of ocean Sing "the Volga" to you

 スネイプの脂ぎった額に青筋が浮かんでいる。

 スミレとアザミは従姉妹同士で顔を見合わせた。

 その態度にますます魔法薬教授は怒りを露わにする。

 陰険な黒い目は血走って、ますます気味が悪い。

 

「昨夜、我が輩の研究室から盗んだモノを述べるがいい」

 

 感情を押し殺した低い声は恫喝的な気配がある。

 例え本人にその意図がなくとも、気の弱い生徒は萎縮するだろう。

 まったく身に覚えのない二人は「はあ」と気のない声を発した。

 

「何を盗まれたんですか先生」

 

「質問しているのは我が輩だミス・アオイ」

 

「自分たち、放課後はバラバラでしたよ」

 

「私は談話室でパンジーの宿題を手伝ったあと、フラーとデートしてました」

 

「毎日やってよく飽きねえな。あ、自分は夕食前まで図書室にいました」

 

 呆れた顔をされてスミレは恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 何を言っても無敵だと気付いたアザミはもう突っ込まなかった。

 いよいよ堪忍袋の緒が切れたスネイプがデスクを叩く。

 ギトギトの髪を振り乱して怒りの形相を浮かべる。二人は神社の狛犬を思い出した。

 

「黙らんか!! 毒ツルヘビの皮に、クサカゲロウ……ポリジュース薬を調合しようとしている事はお見通しだ!! 白状せんか!!」

 

「フラーとデートするのにあんな手間のかかる薬を作るヒマありません」

 

「どこで作れって言うんです? 魔法薬学の教室を借りたことないですけど」

 

「『秘密の部屋』でだ!! 我が輩がその程度も見抜けぬ愚物だと思いおるか!!」

 

 もちろん二人が罪状を認めるはずがない。

 何の謂われもない冤罪であり言い掛かりだ。

 それも前科があるならまだしも、校則違反のポリジュース薬を煎じたこともなければ、スネイプの研究室から魔法薬の材料を盗んだことすらない。アザミは教授の手前なるべく無表情を保ったがスミレは不服そうにしている。

 あくまでシラを切り通そうとするその態度に、スネイプの怒りは数段階ギアを上げた。

 真っ赤になった顔がみるみる土気色へ戻っていく。

 憎悪すら振り切ったように穏やかな口調へ変わる。

 デスクから取り出した深緑色の小瓶を見せる。

 

「これが何か、分かるな」

 

「真実薬?」

 

「その通り。ほんの三滴垂らせば闇の帝王すら闇の魔術の深淵を語る……尤も、生徒に使うのは禁止だが」

 

 だったらどうした、と言わんばかりに毅然とした目線が返ってくる。

 清々しいほどに反抗的な姿勢はいっそ敬意すら表したくなる。

 

「……なるほど、では精々気を付けるがよかろう。またぞろ鰓昆布を盗んでみろ、そのときは我が輩もつい手が滑って垂らしてしまうかもしれん……・朝食のカボチャスープに」

 

 まるで目の前のスープ皿へ『真実薬』を垂らすように、スネイプはゆっくりと小瓶を傾けた。それで恐ろしくなり白状すると思ったのだろうか。二人はキョトンとするばかりで、唐突な冗談に困り果てているとしか思えない反応だった。スネイプの全身に充満した怒りが熱を失い、冷たさを帯び始める。

 そのとき無遠慮に研究室の扉が開かれる。

 情熱的な赤いスリーピースと裏腹に無機質な目をしたバブリングは一言「シャボン玉液か?」と冗談を放った

 

「これはこれはバブリング。昨晩、我が輩の研究室へ忍び込み貴重な材料を盗んだ者がいたのだ。毒ツルヘビの皮にクサカゲロウ、君にはよく理解出来よう?」

 

「ポリジュース薬か。そんなものを何故スミレとアザミが? 私の想像力ではそこまでの飛翔力を発揮しかねる」

 

「さて、それを今からこの両名に白状させようとするところだ。君も拝聴するかね?」

 

「セブルス、レディを囀らせるのに魔法薬に頼っているようではますます生徒に侮られるぞ……せめてもの手助けに、来月の十四日は整髪料を贈るとしよう」

 

 スネイプの主張する罪状を無視してバブリングは淡々と言い放つ。

 証拠すらないのでは仕方ないだろう。それに、この元呪い破りは魔法薬教授を嫌っている。シリウス・ブラックを巡る一件で両者の関係はさらに悪化している。再び加熱された怒りが沸き立って殺意になるまでほんの一瞬だった。

 

「バグマンがスミレを探している。アザミもだ。お借りして構わんね」

 

 四大魔法学校対抗試合を口実にされて、抵抗する術を奪われた。

 追い打ちを掛けるようにバブリングはアイスブルーの瞳で二人の顔を見渡す。

 

「スネイプ教授の研究室から何か拝借したことは?」

 

「一度もありません」

 

「モチロンないです」

 

「そういう事だ。では、また」

 

 バブリングは颯爽と踵を返して二人を引き連れていってしまう。

 薄暗い自身の研究室へ残され、感情の矛先を失って立ち尽くす。

 開け放たれたままの扉を閉ざすことすら忘れているのだった。

 

 

 迎えた二月十四日。湖のそばに設営された観客席と別に、三本の鉄塔が水面から伸びている。審査員たちのほかホグワーツの教授たちや来賓たちのために用意された特等席だ。ハリーはローブの下に水着を着ていたが、これほど自分が惨めに思えたのは初めてだった。首筋だけでもクラムの屈強さは言うまでもない。それにセドリックのあの引き締まった身体と言ったらダビデ像を思わせるくらい見事だった。フラーだって水泳選手のようなプロポーションだし……スミレも病気ではないかと思うくらい真っ白な肌で、じっと水面を見詰めている。

 母親のツバキがスミレの身を案じるように何か話し掛けていた。

 審査員席のマダム・マクシームの代わりにボーバトンの生徒たちがフラーを囲み、凍えるような風から彼女を庇っている。観客席へ腕を振るクラムのあの堂々とした振る舞いはまるで寒さを感じていないようだ。

 セドリックとハリーだけが身震いを堪えていた。

 そんな二人の背中にマッド・アイが「活」を入れる。

 バシンと叩かれて少し気が紛れたのは確かだ。

 

「シャキッとせんか若造ども。もうすぐ時間だ、()()はいいな」

 

 生身の目で寄越したウインクは本当に不格好だった。

 虫でも入ったのかと思うほど下手で、むしろユーモラスだ。

 

「ハリー。今回の競技、条件で言えば君が一番有利だ。ヒントは覚えているね?」

 

 モスグリーンのベストに履き慣れたスラックス姿のシリウスが囁いた。

 愛用のトレンチコートはいまハリーの身体に掛けられている。

 歌……『金の卵』を開け放つと流れるあの金属音は、陸上では聞き取ることの出来ない『水中人(マーピープル)』の言葉で歌われるヒントだった。

 

「探せ、声を頼りに。地上じゃ歌は歌えない。探しながら考えよ。我らが捉えし、大切なもの……」

 

「よし。それさえ忘れなければあとは心配いらない。リラックスして……さあ、深呼吸を」

 

 促されるままゆっくりと肺へ息を吸い込む。

 冷え切った空気に胸が痛くなる。そのまま吐き出すと少し頭の中が晴れ渡った気がした。

 数回同じ動作を繰り返してモヤモヤしたものがなくなった瞬間、バグマンがホイッスルを鳴らした。

 慌てて右手に隠した鰓昆布を口へねじ込みながらハリーも湖へ飛び込んだ。

 シャキシャキとした茎の食感、まとわりつく粘液のぬめり、肉厚な葉はタコのように弾力があってとにかく咀嚼するのが辛い。あまりの痛さに火傷するのではないかと思えるほど冷たい水中でハリーは必死に鰓昆布を飲み込もうと藻掻いた。肺の中の酸素にも限りがある。

 どうにか胃袋へ押し込めるのと新鮮な空気を失ったのは同じタイミングだった。

 苦しさのあまり開いた口から大きな泡を吐いた。咄嗟に両手で喉を掴むと、そこにはあるハズのない切れ込み……鰓が生えていた。指先の感触がおかしいと気付いて両手を見れば、指と指の間に水掻きがある。

 水の冷たさも気にならない。むしろ温かく心地よいくらいで、水を飲めばそれだけで呼吸が出来る。

 耳を澄ませば微かに声が聞こえる。浴槽に『金の卵』を沈めたとき聞いたのと同じ歌声だと分かり、ハリーは真っ直ぐ湖の底へ向かって泳いでいく。

 水面から離れるにつれどんどん光が届かなくなる。

 けれど視界は常に最適の明るさに保たれている。

 地面を蹴るような感覚で水を蹴れば、それだけで望んだ方向へ猛スピードで向かえる。

 重たい泥が積もった湖の底で水草がゆらめく。そこは完全に暗闇に閉ざされた世界で、ぬらぬらとした泥と水草だけが唯一の光だった。何か生き物がいるかと思えば岩石だったり、あるいは水中で育つ樹木だったりで幸運にも大イカと視線が合うようなことはなかった。

 ひときわ背が高い水草の森を抜けると視界が開けた。

 丁寧に整えられた芝生か牧草地のような空間へ出たのだ。

 周囲にほかの選手たちはまったく見当たらない。周囲へ目を向けたハリーの脚を、突然ナニカが掴んで引っ張ろうとする。

 グリンデローがそこかしこから顔を覗かせ、長い指で掴みかかってくる。

 あのチェンソーのような歯で噛みつかれたらひとたまりもない。

 杖を手に取ったときにはグリンデローがさらに押し寄せてきた。そこへ真っ赤な閃光が迸り、数匹まとめて遠くへ吹き飛ばした。

 少し離れた場所でスミレが杖を構えていた。

 首元にはハリーと同じく鰓が生え、手脚には水掻きと鰭が備わっている。

 攻撃されたと気付いて水魔の意識がスミレへ逸れた。眉間にシワを寄せながら、さらに呪文を次々放って、襲撃者たちを撃退していく。

 

「お先に」

 

 そう言って水を蹴ろうとしたハリーの至近距離をあの赤い閃光が飛んでいった。

 振り返ったのはほとんど反射的で、何か意図があったわけではない。

 飛び込んで来たのは急加速した勢いで蹴り掛かって来るスミレの姿。

 完全に無防備な状態で襲われたハリーはそのままバランスを崩し、そのせいで杖を落とした。華奢な身体付きからは想像もつかない俊敏さを発揮し、スミレは湖底の中心地へ去って行った。

 幸い、杖はすぐ近くで見つかった。泥に突き刺さった状態から引き抜いてやる。

 予想外の攻撃ではあったが驚きはない。スミレの薬草学の知識はハーマイオニーを上回る場面も少なくないし、何よりあの性格なら「選手同士で妨害するな」と言われない限り、絶対に邪魔をしてくるだろう。

 改めてスミレのあとを追う形で先を急ぐ。

 しばらく進むと岩石をくり抜いて作られた水中人や人魚の集落が現れ、あの『ヒント』を歌う人魚たちの合唱団や、ハリーの姿を物珍しげに観察する水中人たちとすれ違った。

 すぐにも巨大な水中人の石像が置かれた円形の広場に着いた。

 石像にはダフネ、ハーマイオニー、チョウ、アザミ、それにボーバトンの小柄な女子生徒が頑丈そうなロープで縛りつけられていた。ハリーは咄嗟に近くの水中人へジェスチャーで「槍を貸してくれ」と頼んだが、彼らは示し合わせたように笑いながら首を左右に振った。

 

「我らは手出しせぬ」

 

 そう言って耳を貸さない。じれったくなって槍へ掴みかかったハリーを、またもあの赤い閃光が掠めた。今度は水中人へ命中した。海草のような暗緑色の髪をゆらゆらと漂わせ、ハリーの手に鋭い切っ先の槍が収まっている。もはやスミレの妨害など構っていられない。飛びかかってくると予想して振り返らずに後ろへ蹴りを放つと「ぐっ」という声が聞こえた。

 脇目も振らず槍の穂先でロープへ切れ込みを入れる。あっという間にハーマイオニーの足首を縛るロープは切断できたが、他の代表選手が来る気配がない。

 すぐにスミレがハリーに追い付き、やはり奪った槍でアザミの拘束を解いた。

 続けざまにボーバトンの少女のロープへ手を伸ばしたとき、二メートルはあろうかという水中人が数体掛かりでスミレのか細い腕を掴んだ。

 

「一人だけだ」

 

 鋭利な穂先を向けられてもスミレは動じる様子がない。

 どころか、見慣れない杖を振りかざして、

 

「邪魔をするな」

 

 と槍を構えた水中人を呪文で気絶させてしまった。

 続けざまに何もない湖底を爆発させる。舞い上がった泥と石とで視界が悪くなる。スミレよりずっと屈強な水中人たちは全身を強張らせた。

 

「次はこっちだ。失せろ」

 

 そんな脅しが利くのかと思いきや、湖底の住民たちは魔法の知識に関してダイオウイカより貧弱かさもなければトロールにも満たないレベルだと分かった。スミレの杖を恐れるように遠くへ離れ、黄色い目玉をギョロつかせながらハリーたちの方を警戒している。

 間もなく頭の周りを大きな泡で覆ったセドリックが上から来た。

 入れ替わりにスミレはアザミとボーバトンの少女を抱え、口で杖を構えた。猛スピードでそのまま上昇していくのを避けつつ、セドリックがナイフでチョウのロープを切り始める。

 

「すまない、道に迷った。クラムとフラーも来るはずだ」

 

 まずチョウを助け出してセドリックも脚を使い水面へ向かって行く。

 慣れない道具と焦る気持ちがハリーを手こずらせる。残り時間がどれだけ残っているか確かめ、時計が止まっていることに気付いた。自分の腕の力でハーマイオニーとダフネを抱えていけるだろうか。どのみち賭けにはなってしまう……ならば少しでも確実な方を選ぶべきだ。真っ直ぐダフネの手脚の拘束を解き、先にハーマイオニーへ杖を向ける。

 

上昇せよ(アセンディオ)!」

 

 水の流れで揺れるハーマイオニーの身体が猛スピードで引き揚げられていく。

 そのままダフネにも同じ呪文を放ち、水面で浮かぶまで見届けた。

 いつ鰓昆布の効果が切れるとも知れず、ハリーも急いで水を蹴る。

 ようやく水中に少し日の光が届いた瞬間。急に湖底へ引きずり込まれた。

 再び暗黒の世界へと引き寄せたのは無数の水魔の群れ。タコのような下半身で機敏に泳ぎ回りながら、ハリーの体中を掴んで噛みつく。鋭いが小ぶりな歯に皮膚を食い破られる痛みで思わず絶叫した。うっすらと周囲へ漂う血の筋を消し去るように暴れ、一瞬の隙を縫って『話せ!(レラシオ)』と叫ぶ。声はなく、ただ大きな水泡が一つ浮かんでいった。火花の代わりに噴射された熱湯が水魔の大群を追い払う。

 何度も何度も呪文を放ってようやく逃げ出したものの、水を飲んでも僅かに息苦しさが残った。

 鰓昆布の制限時間が来たのだ。

 慌てて上を目指すがみるみる泳ぐ速度が遅くなる。

 焦れば焦るほど息苦しさも強くなっていく。

 まだ水面まで十メートルほど残して、ついに鰓も水掻きも消えてしまった。

 たちまち氷に刺し貫かれるような激痛と酸欠が全身を襲う。

 意識が途絶える寸前になっても手脚を使って藻掻く。日の光が見えた。

 水面の波打つ様子までハッキリと分かるところまで来た……もう身体の中がすべて水に浸かる思いがした。

 それでもここで沈んで堪るかという一念で身体に鞭を打ち、ようやく頭が温かな空気に包み込まれた。

 耳元で揺れる湖の水面と割れんばかりの大歓声がハリーを出迎えた。

 意識が朦朧とするハリーをシリウスが助けてくれた。自分が水浸しになるのも構わず湖へ飛び込み、そのまま鉄塔まで引っ張り、スタート地点でもあった足場へ押し上げた。ダームストラングの生徒たちが二人の手を掴んで引っ張り上げてくれた。マダム・ポンフリーが慌ただしく先に湖から上がった生徒の手当てをしている。

 ルード・バグマンが自分のローブを脱いでハリーへ掛けてくれた。

 ダンブルドアが杖を一振りすると厚い毛布が現れ、そのままハリーの身体を包んだ。

 

「ハリーの傷を頼めますかなマダム・ポンフリー。水魔(グリンデロー)の噛み傷じゃ」

 

「まあ何て酷い! 全身をこんなに、急ぎませんと!」

 

 スミレが引き揚げたボーバトンの生徒はフラーの妹だった。「ガブリエル」と何度も名前を呼んで抱き締めたあと、彼女を助けたスミレにも抱きつこうとして、しかしスミレは疲労困憊しながらも恋人のハグを頑なに拒んでいる。その様子をロンが見て「どうしちゃったんだアイツ、寒さでおかしくなった?」と不思議がった。

 ツバキは上等そうな和服が濡れるのも構わずアザミに抱きついている。

 ハリーはもう何も考えられなかった。心臓が痛むまで無茶をしたのだ。

 たまにはハーマイオニー抜きで考えてごらんよ、と言いたくても舌が動かない。

 だがロンの背後に立ったマッド・アイが「そろそろだぞ」と形の崩れた口でニヤリと笑顔を浮かべた。

 

「ん……んん!? 待ってくれ、どういう事だ!? いつ入れ替わった!?」

 

 ルード・バグマンの驚愕にダンブルドアが静かに答えた。

 他の審査員たちも揃ってバグマンの方を見、次いでスミレとアザミの異変に気付いた。

 全身が泡立ったかと思えばたちまち崩れ落ちる。ハリーは一度見た記憶がある。

 

「ポリジュース薬じゃの。考えたものじゃ。どちらのアイデアか聞かせてくれんかのう?」

 

「フフ……私が考えました……いやあ上手く行った……」

 

「つーことだから離してくれデラクール。こっちはニセモノだ」

 

 さっきまでスリザリンカラーの水着姿だったスミレがいつの間にかアザミに、そして制服姿で湖底に沈んでいたはずのアザミがスミレになっている。ハリーにも覚えのある魔法薬だ。一度だけだがハーマイオニーとロンの三人で校則違反と知りつつ調合した事があった。従姉の方と分かってもフラーはハグを諦めずアザミは激しく抵抗していた。そのまま二人揃ってまた湖に落ち、ボーバトンの女子生徒たちが大慌てで駆け寄る。

 ダンブルドアはボートで鉄塔へ移った他の審査員たちへ向き直る。

 

「如何ですかな審査員の皆さん。儂としては協議の必要があると考えますが」

 

「ルール違反だ!! 選手が選手を攻撃するなど、あり得んことだ!!」

 

 真っ先に怒鳴り声を挙げたカルカロフ校長はアザミを指差した。

 ハリーはどういう事だろうとアザミの方へ目を向けた。一人で軽々と足場へ戻り、座り込んだアザミはニヤニヤとした目で毛布にくるまったクラムを示した。ついさっきまで意識が無かったようにグッタリしてあの頑強そのものな身体が膝を折っている。

 唾を飛ばして抗議するカルカロフ校長にパーシーも――クラウチ氏の代理として派遣されたらしい――も「おまけにポリジュース薬で入れ替わるなんて前代未聞、いや重大な校則違反ですよ」と監督生のような口振りだった。マダム・マクシームはもう何も言えない様子だし、ショウブ博士は天を仰いだあと俯いてそのまま動かない。

 ルード・バグマンは抗議などあり得ないと言わんばかりに大興奮で紅潮している。

 

「いやいや、アオイ選手はあのヒントの存在と意味にそれだけ早く気付いたという事でしょう! 材料の調達に掛かる時間もありますからな、我々の想像よりもっと早い段階では!?」

 

「いやあ我が孫娘ながら天才だわ。だいたいカナヅチだからなあスミレは。そりゃ手前で泳ごうなんて悪手も悪手よ」

 

「アンタ方は身内だからそれで構わんだろうが、コッチは危うくクラムを殺されかけたんだぞ!! たまたま助かったから良いようなモノを!!」

 

 もう何がなんやら分からないでいるハリーの隣にロンがしゃがみ込んだ。

 マダム・ポンフリーが用意していたタオルを手渡してくれた。

 

「クラムはアザミの失神呪文を食らって、フラーは水魔に襲われて競技どころじゃなくなったんだ。それでアイツが一番にゴールしたからカルカロフがブチキレてる」

 

 優勝候補を真っ先に脱落させるという発想はハリーに無かった。

 何処までがスミレのアイデアで何処からがアザミのアドリブか分からないが、きっとあの二人は蛇と話せなくたってスリザリンがよく似合う。もし対抗試合の評価基準に『狡猾さ』が含まれていればきっとダントツ優勝で優勝していただろう。

 大人たちが口論を繰り広げているのを眺めるハリーの側へ濡れそぼったダフネが来た。

 スリザリンを避けたのか彼女を気遣ったのか、ロンはハーマイオニーのいる方へ向かった。

 両膝を床に置いてダフネはじっとハリーの顔を覗き込む。

 

「歌の内容を忘れたの?」

 

「覚えてたさ。一時間以内に助けろって」

 

「……ダンブルドアが生徒を溺死させると思う?」

 

 ダフネはハリーの眼鏡を外した。レンズの水滴を自分の制服で拭こうとし、自分自身もズブ濡れなのを思い出した。

 

「アレは選手を確実に帰って来させるためよ」

 

「そんなこと、気付きもしなかった」

 

「ちゃんと謎を解けたとは言えないわね」

 

「あんなヒント気付ける方がどうかしてる」

 

「一発で見抜いたスミレは……まぁ、そうかも」

 

 英語にフランス語にブルガリア語に蛇語まで話せるのだ。いまさらそこにマーミッシュ語が加わって驚いたりしない。あの二人がやることにいちいち驚いていたら寿命が幾つあっても足りなくなる。

 しばらく眼鏡を手にしたままでいたダフネはレンズの度の強さに気付く。

 ゆっくりした動作でハリーへ眼鏡を返しながら「放っておいても死ぬことはなかった……でも、助けてくれてありがとう」と静かに言った。

 耳にツルが掛かる瞬間、ハリーは反射的に目を閉じた。

 そのとき何か柔らかくほのかに温かいものが唇に触れた。

 

「じゃ。そろそろ協議も終わるみたいよ」

 

 ダフネはストールのように毛布を羽織って泣きじゃくるパンジーを出迎えた。

 いまの感触は何だったのだろう……凍える指先で自分の口を撫でてみたが、ハリーには何も分からなかった。ただシリウスとダームストラングの生徒たちが拍手を寄越すばかりで、ヒントらしいヒントは何もない。

 

 バグマンが喉に杖を当てながら「レディースエンドジェントルメン! 厳正なる審査の結果、得点は以下のように決まりました!」

 

 まずスミレ。第一の試練が集合して間もなく『卵』の謎を暴いた知性と、十六歳の若さで完璧なポリジュース薬を作成してみせた知識量、そして鰓昆布を使う発想力、ルールの仕組みを適切に理解した戦術が評価され七十点満点中六十点。

 カルカロフだけは拍手を拒否しアザミを睨み付けていた。

 

 次にフラーだが、非常に見事な変身術で人魚へ変わったまでは良かったものの水魔に襲われ人質を救えなかったため四十五点。フラー自身は「わたーし0点のいとでーす」と失意の中にいた。そんな姉を慰めるようにガブリエルが寄り添っている。

 

 クラムの変身術は不完全だったが、効果は損なわれていなかった。水中人のマーカスという長老によれば、アザミの襲撃に果敢に立ち向かい肉弾戦では圧倒していたという。魔法戦士としての優れた実力を評価し五十点。こちらはパーシーが不服げに手を叩いていた。

 

 セドリックは完璧な『泡頭呪文』で二番目に人質を救った。魔法の難易度といい精度といい文句なしで、五十七点という第二位の獲得点数を記録した。これにはカルカロフも納得の表情で拍手しているのだからいよいよスミレとアザミは無茶苦茶である。

 

 問題はハリーだった。制限時間を大幅にオーバーし、着順も最下位である。しかしマーカスから「最初に人質の元へ駆けつけたこと、道中含め繰り返し襲撃を受けたこと、一人でも多くの人質を救おうと決意したこと」が報告された。また鰓昆布を使ったことも高評価を得た。

 

「我々としても非常に難しい審査を求められました! しかし!! 彼の()()()()()こそ魔法使いにとり第一の模範たるべしという満場一致の意見に従い、ハリー・ポッターくんに七十点満点中の七十点を与えるべきと結論づけます!!」

 

 湖中が大歓声に包まれる。審査員たちだけでなく各校の生徒も、水面から顔を覗かせるマーカスさえ拍手を送る。

 最下位へ降格したセドリックはもちろん、スリザリンでも少なくない生徒が手を叩く。

 その中にダフネ・グリーングラスがいたのは言うまでもない。

 

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