ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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 魔法薬学と飛行訓練をセットにしたら一万字を超えてマジ卍


学校生活〔Ⅰ〕

 ホグワーツ城は幽霊・怪物・危険物の心理的瑕疵もりだくさんな事故物件だ。

 そのうえ階段がその時々の気分で勝手に動くわ、あっちこっちに隠し通路があり迷路状態になっているわと深刻な欠陥建築でもあった。

 グリフィンドール塔のゴースト『ほとんど首なしニック』ことニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿やハッフルパフの『太った修道士』は寮に関わりなく、新入生相手なら気前よく教室への道を教えてくれる。

 サー・ニコラス、と彼の希望する呼び方なら『ほとんど首なしニック』はスリザリン生の私でも道案内してくれた。

 この呼び方をしてくれる生徒がほとんどいないのでとても嬉しいようだ。

 レイブンクローのゴーストは人嫌いで滅多に顔を見せないらしく、スリザリンの『血まみれ男爵』もひどい癇癪持ちで話しかけづらい。

 他にもピーブスというポルターガイストがいるものの、アレについては無視している。

 ああいうのは放っておくのが一番いい。

 リアクションを返すから次も手を出してくるのだ。

 3日目にして足元でキーキーと騒いでいたが、今は魔法薬学の教室へ行くので忙しい。

 なんせ担当はスリザリンの寮監であるスネイプ先生だ。

 髪も目もローブも黒、カラスのように不吉な黒ずくめの先生は薄暗い地下室でじめじめと生徒を待っていた。

 鉤鼻の下で口をへの字に曲げて薬草や怪しい標本、保存液の臭いで満ちた地下牢の教壇に陣取り、扉を開けた生徒を一人一人じろりと睨む。

 あの『絶賛大量出血中』の幽霊男爵よりよっぽど怖い。

 紫ターバンのクィレル先生がこの人の前ではいつも以上に震える気持ちも分かる。

 教室には大きな机が二つあり、それぞれに小ぶりな鉄釜と今日使うであろう材料が並んでいる。

 スリザリンとグリフィンドールの合同授業なので、当然赤いネクタイを締めた生徒もいる。

 指示されたわけでもないのにキッチリ寮で分かれている辺り、溝は深いと思われた。

 生徒が揃うとスネイプ先生は出欠を取り始める。

 逆に『薬草学』のスプラウト先生と『闇の魔術に対する防衛術』のクィレル先生は取らなかった。

 他の授業だと『呪文学』のフリットウィック先生やマクゴナガル先生は必ず出欠を確認するらしい、実際に2人とも真面目そうな人だった。

 名簿を読み上げるスネイプ先生の声は囁くような小ささで、あの大広間どころかここが変身術の教室であっても聞こえそうにない。

 今朝のベーコンの塩加減が不満でもここまで暗い顔をする必要はないだろうに。

 

「ああさよう」粘っこい猫なで声だ。

 

「ハリー・ポッター、我らが新しい……スターだね」

 

 わざとらしくハリーを凝視している。

 初日から運がない……完全に目をつけられてしまっている。

 

「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ」

 先生が生徒全体へ話しはじめた。ボソボソとくぐもった声なので、聞き漏らすまいと必死に耳を澄ます――ある意味で、マクゴナガル先生と同じように、スネイプ先生もクラスをシーンとさせる能力を持っていた。

「このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち昇る湯気、人の血管の中をはいめぐる液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえふたをする方法である――ただし、我輩がこれまでに教えてきたウスノロたちより諸君がまだましであればの話だが」

 杖を振るのが苦手なので正直安心した。

 そのくせ私の杖は珍しいからかやたら注目される。

 魔法の知識がゼロなのだから、飛行呪文に失敗してなにが悪い。

 初めから才能があればとっくにこの学校を吹き飛ばしている。

 演説が終わったとたん「ポッター!」と大声で先生に指名され、ハリーがのけぞる。

 記念すべき魔法薬学初の質問だった。

 ほとんどキラーパス、いや、デッドボールである。

 先生の憎しみに満ちた顔は餓鬼か般若のようだ。

「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」

 生ける屍の水薬。強すぎる睡眠薬で、調合がとても難しい。

 教科書の後ろの方に書いてあった。

 あの分厚い本を最初から最後まで読む変態には見えなかったが、やはりだった。

 そんなこと先生は百も承知のはず。

 これは完全な私怨と思われる。

 最初の授業までに教科書を読破した変態ことハーマイオニー・グレンジャーが選手宣誓でも始めそうなほど真っ直ぐ手を挙げている。

 先生は挙手を無視してハリーをいびることを優先した。よほど彼女のことも気に入らないと見える。

 ……この先生の機嫌を損ねないよう気をつけないと。

 どんな嫌がらせをしてくるか分かったものではない。

「ではベゾアール石を持ってこいと言われたら、君はどこを探すかね?」

 山羊の胃袋。

 しなびた肝臓のような見た目で、主成分は食物繊維と毛。

 単体でも優秀な解毒剤として使えるが稀少なため非常に高価。

 これも先生が期待した通りで、ハリーは「分かりません」としか答えられなかった。

 それでも牢名主様の暗い目を真っ直ぐに見つめ返している。

 おかげで地下牢の主はさらに機嫌を悪くして、畳みかけ始めた。

「クラスに来る前に教科書を開いて見ようとは思わなかったわけだな、ポッター、え?」

 どこの世界に授業前の時点で教科書を読破する人間がいるのか聞きたくなった。

 そこで挙手し続けている電柱は別だ、

 私も知っているけれど、この授業ではなにも発言したくないので黙っている。

 無視され続けているハーマイオニーの腕はプルプル震えていた。

「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンとの違いはなんだね?」

 どちらもトリカブトの別名、東洋では『烏頭』や『附子』と呼ばれ極めて強い毒を持つ。

 中国では漢方薬の素材として用いられる。

 薬草学の知識も要求されるなんて厄介な科目だ。

 この質問でとうとうハーマイオニーは椅子から立ち上がり、地下牢の天井に届かんばかりに手を伸ばした。

 髪の毛を脚に見立てたらエッフェル塔だ。あれはフランスの名所だけども。

「わかりません」ハリーは落ち着いた口調で言った。

「ハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」

 グリフィンドールの生徒が数人、笑い声を上げた。

 しかし、スネイプは不快そうだった。

「座りたまえ」スネイプ先生の口調は容赦ない。

 しかも今度はスリザリンに暴投し始めた。

「さて、この惨めな不勉強者の有名人ミスター・ポッターを助けてやろうという生徒がいれば手を挙げたまえ……いないようであれば我が輩が指名しよう。ミスター・ザビニ、どうかね?」

 リーダー格のドラコではなくブレーズ・ザビニを指名する辺りぬかりない。

 なんせドラコはパンジーと小声で「ここに知ってるやつがいるのか」と喋っていた。

 ちなみにドラコは間違いなく知っている、ルシウスさんが予習を手伝っているのも去年の夏に見ている。

 ブレーズも教科書の目次から該当のページを全部見つけている。

 だが彼は質問への回答を断った。

「失礼ながらスネイプ教授、私よりもっと詳しい生徒がいると思うのですが」

「ほう? 我が輩の目にはとてもそのような生徒がいるように見えないのが?」

 陰湿な目でちらりとハーマイオニーを見てせせら笑う。

 さっきハリーがハーマイオニーに渡したバトンを無視したのに、自分の寮となるとこの調子である。

 こんなに贔屓していれば誰だってスリザリンに悪感情を持って当然だ。

 ブレーズはここでドラコを指名して花を持たせる気だ。

 そうすれば自分はドラコに気に入られ、ドラコは自尊心を満たせる……win-winとなる。

 が、私の予想は大ハズレだった。

「ミス・アオイです教授、彼女の叔父上は高名な薬学者のアオイ・ショウブ博士です」

 2人から睨まれてもザビニの顔は冷笑を浮かべていた。

 叔父さんから日本語の参考書をもらったことを知っているようだ。

 もしかしたらキングズ・クロス駅で見ていたのかもしれない。

 忘却呪文は1年生には難しそうだが、練習する価値はありそうだ。

「それはそれは……かのアオイ博士から直々に教わったとあれば是非みなで拝聴せねばなるまい。立ちたまえ」

 ……抵抗したら私が悪者だ。

 それだけは避けなければ。

 グリフィンドールからの印象は改善しようがない以上、同じスリザリンにだけでも味方を作らないと。

 諦めて言われたとおりに立ち上がる。

 心を無にして、知っている範囲で話す。

「存じ上げている範囲で結構、順に答えたまえミス・アオイ」

「アスフォデルの球根の粉末とニガヨモギを煎じると強力な睡眠薬が出来ます、使用量を誤ると一生眠ったままになるため『生ける屍の水薬』の別名があります」

「ではその他の素材も述べよ」

「催眠豆の汁、ナマケモノの脳みそ、水。より効果を高めるためカノコソウの葉を入れる場合もあります」

「この場合のナマケモノとはポッターを意味するものではない。ではベゾアール石はどこを探せば手に入るか」

「山羊の胃袋です」

「名の由来は」

「古代ペルシア語で『解毒』を意味します」

「モンクスフードとウルフスベーンの違いについて」

「同じ植物です。どちらも有毒植物のトリカブトを意味します」

「他の名称を最低2つ述べよ」

「烏頭と附子、これは東洋での呼称です」

「よろしい。着席してよい」

 教室内の沈黙で押し潰されてしまいたい。

 私だって好きで喋ったわけではないのに、特にハーマイオニーの視線があまりにも鋭い。

 そんな「好敵手見たり」と言わんばかりの眼光でこっちを向かないで欲しい、そして赤毛のウィーズリーまで一緒になっている理由を教えてくれないだろうか。

 スネイプ教授はご機嫌にローブを翻して教壇へ戻った。

 しかめ面もおっかないけれど、笑ったら笑ったで冗談抜きに薄気味悪い先生だ。

「ミス・アオイの知識に敬意を表しスリザリン10点」

 ザビニの方から嬉しそうな口笛が聞こえた。

 グリフィンドールからは歯ぎしりが聞こえてきそうだ。

 スリザリンの拍手が収まりきる前に教授はトドメを刺しに入った。

「ポッター、君の不勉強と無礼に対しグリフィンドール2点減点」

 そうして魔法薬学の授業が始まった。

 案の定空気は最悪、しかもグリフィンドール、スリザリンともこの科目はみんな苦手らしくどちらのテーブルでも失敗が多発している。

 教室を歩き回って見境なくプレッシャーを振りまいているスネイプ先生が悪い。

 ご自分の顔を1度鏡で確認なさるべきだ。

 そんな中でハーマイオニーは自分のペースでてきぱきと『おでき消し薬』の調合を進めている。

 こっちはザビニと先生のせいで他の人から「教えて」「ここからどうするの」と質問攻め、自分の鍋の様子を見るのが精一杯である。

 教科書を読めばいいのにと嫌気が差してくる中、ザビニも悠々と鼻歌交じりで山嵐の針を鍋に放り込んでいる。

 この質問攻めが嫌で私に押しつけたのだった。

 これは実にスリザリンらしい狡猾さ、手際のいいことである。

 文章が読めないクラッブとゴイルの頭を教科書で殴りたい衝動に駆られつつ、どうして私より手際のいいドラコに教わらないのかと聞くタイミングを計ろうにもそれどころではない。

 ミセス・ノリスの手も借りたいほどだ。

 先生はドラコの角ナメクジの茹で具合や蛇の牙の砕き方を褒め、それを材料にグリフィンドールをねちねちと叱る。

 そんな光景に爆笑するクラッブとゴイルの頭をミリセントが拳で殴りつつ、ロングボトムの大ポカまでハリーが責任を背負わされまた減点……そうこうしていると調合が終わった。

 一列に並んで教壇のスネイプ先生に提出するのだが、グリフィンドールの生徒は全員お説教されていた。

 ハーマイオニーなんて「文句なしの出来栄え」と言われたのに他の人より長いのだからひどい仕打ちだ。

 スリザリンはドラコとザビニが「たいへん結構」で私は「よろしい」の評価を貰ったが、なに1つとして喜ばない。

 ハリーがスネイプ先生に目をつけられたように、私もハーマイオニーからライバルと思われてしまったからだ。

 

 こんな思いをするためにイギリスまで来たんじゃない。

 

 

 色々な授業を受けて分かったことがある。

 授業中に先生から質問され自分から発言すれば、どんな先生も必ず5点はくださるということだ。

 スネイプ先生はかなりスリザリンを贔屓しているが、他の先生方は特に偏りもなく、教科書の内容をキッチリ暗唱すれば10点は確保できる。

 宿題も『変身術』はボリューミーだが、他はレポートという体の感想文。

 杖を使う『変身術』と『呪文学』は校則の関係で予習には限度があり、天文学は星座の知識があればいい……つまり復習はどの科目も均等に、宿題は『変身術』を優先、予習は『魔法薬学』を重点的にこなせば授業のペースに置いて行かれずに済む。

 なので勉強熱心なハーマイオニーと面倒くさがりな私の実力差は『魔法薬学』を除くと日に日に開いていくばかりだ。

 それを悔しんでいるのが私自身でなくパンジーとミリセントとダフネの3人というのはトンチンカンな話だと思う。

 昼食の席でも私も加えてハーマイオニーの悪口ばかりである。

 私は黙ってリンカーシャーソーセージと戦っている。

 この脂っこさははどうにかしてほしい。

 茹でれば少しはサッパリすると思うのだけれど……。

「マグル出身だから少しでもいい顔したいのよアイツ、偉そうにアピールしても純血にはなれないのに!」

 私に向かってしたり顔してくる以外はなにも気にならない。

 だがパンジーはあの態度が我慢ならないとスクランブルエッグをケチャップまみれにしながらおかんむりである。

 奇しくもグリフィンドールの色になっている。

 ミリセントも「ムカッ腹の立つスカしたヤツ」と気に食わない様子で、ダフネも誰彼かまわず間違いを指摘してご満悦なのが気持ち悪いらしい。

 多分、ダフネの意見はグリフィンドールでも通用するだろう。

 誰とも口を利かずに大広間で本を読んでいるのだから……。

「そう思わないスミレ!?」

「え、ああ、はい。パンジーの言うことはもっともです」

 このライトグレーのソーセージは皮が薄くて美味しそうだと思ったのに、ハーブが効きすぎていて舌がピリピリする。

 ヨークシャープディングがなければ大変だった。

「あの箒頭を黙らせるにはどうしたもんか……」

「未知数なのは箒飛行だけ、他はみんな大得意なんだよね」

「箒頭……」

 またもや強烈な悪口だ。

 私なんてエッフェル塔か東京タワーしか思いつかなかったのに。

 3人は再び悪口に花を咲かせ身体に悪そうな肉料理を食べ始めた。

 ハーマイオニーは両親とも普通の市民、魔法とは無縁の生活をしてきたはず。

 ホグワーツに入学したら突然あの性格になるわけもなく、普通の学校にいた頃からあんな調子でお節介を焼いては煙たがられていたのだろう。

 だから1人ハムステーキを切り分けていても平然としている。

 昼休みの後に『飛行訓練』の授業があるのに、みんなよく食べられるものだ。

 

 

 その日の昼下がり。

 肌を撫でるそよ風と午後のぬるい日差しが心地いい。

 こんな天気の日は縁側で寝るか近所を散歩するに限る。

 教本によれば、まず箒を掴む動作を学び、そこから正しい箒の持ち方を確認、次に15メートルまでの範囲で浮遊するところまでを連続して学ぶのが最初の練習となる。

 今日は10メートルも飛ばない、まず2〜3メートルで慣らして、行けそうなら次から少し高くすればいい。

 本によれば箒に跨って魔法のボールを追いかける競技があるらしいが、それは普通のサッカーじゃダメなのだろうか。

 人数分が並んだ箒に――眠たい数名を除いた――みんなが目を輝かせていると、担任のマダム・フーチが颯爽で芝生を横切ってきた。

 黄色い鷹のような鋭い目に逆立った白髪、猛禽を彷彿とさせる凜々しい雰囲気の先生は、昼のだらりとした眠気と無縁の活発そうな人だ。

「皆さん揃っていますね、これから『飛行訓練』の授業を始めます」

 立ち止まる前に挨拶をして、ピタリと足を止めると一喝。

「なにをボヤボヤしているんですか。みんな箒のとなりに立って! さぁはやく!」

 首から下げたホイッスルと先生の剣幕にもせっつかされて全員がすぐに箒の左隣に立った。

 これはまた……えらく気の短い人だ、体育会系のスパルタ先生である。

 

「右手を箒の上に突き出して。そして、『上がれ!』という」

 

 今度は合図を待たずにみんな『上がれ!』と叫ぶ。

 箒はうんともすんとも言わない、

 小枝まみれの痛んだものばかりで、こんな頼りないものに乗ってみんな空を飛ぶのかとヒヤヒヤする。

 いつもの6人……ドラコ、パンジー、ミリセント、ダフネ、クラッブ、ゴイルは誰も箒をつかんでいない。

 ザビニやセオドール・ノットも悪戦苦闘しているし、それどころかあのハーマイオニー・グレンジャーすら箒がピクリとも動かずどんどん顔が険しさを増している。

 上手くいったのはハリー・ポッター1人だ。

 私が最初でないなら何番目だろうと構わない、それこそネビル・ロングボトムより遅かろうと気にしない自信があった。

 全員の手に箒が収まると、先生はあちこち移動して正しい持ち方へ改めさせていく。

 散々に自慢してうんざりされていたドラコも間違っていたし、それを馬鹿にしたウィーズリーも間違っていた。

 こそっと「どんぐりの背比べ」と日本語で呟いた。

 コレなら誰にも聞き取れまい。

 マダム・フーチが最初の位置に戻るとついに初飛行の時が来た。

「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴ってください。箒はぐらつかないように押さえ、二メートルぐらい浮上して、それから少し前屈みになってすぐに降りてきてください。笛を吹いたらですよ――一、二の――」

 情けない「うわあ」の声がした。

 なんだろうと確かめるのも馬鹿らしくなるが、その理由はロングボトムだった。

 またしくじって箒がぐんぐん空へ飛び上がっていく。

 あのぷかぷか浮かぶ雲よりロングボトムの顔は白く、遠ざかっていく地面を見下ろして泣き叫びそうな状態だった。

 泣き叫ぶより先に箒から落っこちて、重力の見えざる手に導かれて芝生に落下。

 ポキンと小気味よい音を響かせたあとはそのまま突っ伏している。

 首でなければ名医のマダム・ポンフリーがいるから死にはしないだろう。

 頭だったらもう少し出来が良くなる可能性も捨てきれない。

 ロングボトムと同じくらい真っ青になった先生が慌てて駆け寄り、脈を確かめる。

 肩を担いで立ち上がらせ、

「私がこの子を医務室に連れていきますから、その間誰も動いてはいけません。箒もそのままにして置いておくように。さもないと、クィディッチの『ク』を言う前にホグワーツから出ていってもらいますよ」

 キツく警告してから泣きじゃくるロングボトムを連れて芝生を後にした。

 手首を押さえていたから、折れたのは右の手首だろう。

 ホグワーツなら骨折程度は一発のはずだ……心配すべきは彼のドジ具合である。

 1週間に何度も何度も医務室に運ばれているような気がする。

 合同授業でそんな調子ならグリフィンドール単独だといっそ可哀想なレベルではないか?

 つい、呆れて愚痴がこぼれてしまった。

「医務室で一番寝心地の良いベッドはどれか教えてもらわないと」

「それいいわね。このオンボロ箒でどれが一番乗りやすいのかも調べさせましょう、ロングボトムもようやく特技が見つかったんだから喜ぶわよ」

「あんなボンクラの大間抜けに箒の違いなんて分かるもんか! 根こそぎどこかへ飛んでいって授業が出来なくなるぞ」

 パンジーとドラコの冗談にクラッブとゴイルを始めスリザリン生は大笑いする。

 意外にも堅物そうな印象があったセオドールもお腹を抱えていた。

 少し騒がしいけど今日は良い天気だ。

 今が授業中でなければ大広間でゆっくりお茶していたい。

 芋ようかんと緑茶が恋しい……はやく家に帰りたい……。

「今のはなかなかセンスがあったよ。初めてにしちゃよく出来た方だ、どこぞのウスノロ泣き虫デブに見習わせたいね」

「それはどうも」

「記念にこれやるよ。取っておけ」

「?」

 ドラコが投げて寄越したのは……ガラス玉?

 掌より少し大きく、中になにも入っていないという面白味のないゴミだった。

「なんですかこのゴミ」

「ロングボトムの『バカ玉』さ」

 ロングボトムの『バカ玉』とはなんのことだ。

 確かに彼は少し間抜けで体型も丸っこいが、クラッブの方がよほど馬鹿でデブだ。

 どういうアイテムなのかと首を傾げて、しかし邪魔なので来月から『呪文学』で練習する『浮遊呪文』の的にする。

 実のところこの呪文、便利だからと叔父さんがこちらに来る前に教えてくれていた。

 日本では7歳で学ぶのだからその気になればすぐに習得できる。

 それに足下は芝生、もし落ちても割れる心配はない。

 ネビルは手首を骨折したがあれは不運な事故だ。

「こんなもの必要ありません、ウィンガーディアム・レビオーサ 浮遊せよ」

 呪文は上手くいった。

 謎のガラス玉はふわふわと宙を浮かび、日の光を反射して輝いている。

 中が空なので軽いし、大きさも練習台に最適だった。

「やめてやれよ、それネビルの『忘れ玉』だぞ」

 グリフィンドールの方から抗議の声がした。

 誰が言ったのか目で探してみるが、みんな似たような雰囲気で面倒くさい。

 金田一耕助や明智小五郎のように犯人捜しする気分にもなれず、そう言えばここはイギリスなので名探偵と言えばシャーロック・ホームズだと思い出した。

 じゃあ私のジョン・ワトソンは誰だ。

 身近にはレストレード警部とモリアーティ教授とアイリーン・アドラーしかいない。

 しかし、そうか……『馬鹿玉』はネビル・ロングボトムへの悪口ではなくそういう名前のアイテムのあだ名だったとは。

「泣かせるじゃないかシェーマス、落ちこぼれ同士の友情か? ホラどうした、要らないのか? 君が取り返そうとしたら木っ端微塵になるだけだから口しか出せないんだろう」

 壊したらあとが嫌なので手元へ引き寄せようとしたガラス玉こと『忘れ玉』をドラコが引ったくる。

 さっき私に渡した張本人なのに気まますぎる。

 が、おかげでもうどうしようもなくなった。

 ドラコと口論しているあの黄土色の男子が爆破マスターのシェーマス・フィネガンか。

 魔法薬学で釜の中の薬品を吹っ飛ばしたのは彼だったのか……。

 しかし爆破の才能があっても、天才毒舌家に勝てるはずがない。

 舌戦では百戦百勝のドラコに案の定言い負かされている。

 さて、これで杖の出番はなくなったのでローブの袖に仕舞う。

 緊張しなければすんなり成功したのはいい経験になった。

 忘却呪文などの便利な魔法を練習するときのためにもこの事は覚えておこう。

「ふあ」 

 寝不足のせいかあくびが漏れる。

 この授業が終わったら少しだけお菓子を食べて寮に戻ろう。

 夕食まで少し寝て、このしつこい眠気を払いたい。

「ねえ! 聞いてる!?」

「うわ。なんですか、聞いてません」

「あなたのせいで! 2人とも箒で飛んでるの!」

 目の前に立っているハーマイオニーはえらい剣幕だ。

 優等生らしく違反行為には我慢ならないようだ。

 指さす先ではドラコとハリーが『忘れ玉』を巡り空中で衝突していた。

「2人とも上手ですね」

「そうだけどそうじゃない! 先生の指示に逆らってる!」

「じゃあ全員で飛んでしまえば」

「赤信号みんなで渡ればってもう! コントやってる場合!?」

「ツッコミもお上手です。座布団1枚」

「今クッションもらっても嬉しくない!」

「あ、すみません。こっちに大喜利システムないんですね」

 切り返しが面白くてつい悪のりしてしまう。

 弄り甲斐のある優等生、ネビルのような大間抜けやハリーのような有名人よりよほど世のためになる稀少な人材だ。

 ハーマイオニーと談笑しているうちにハリーが華麗な箒さばきで『忘れ玉』を取り返し、さらに見事なランディングを披露してグリフィンドールの拍手を浴びている。

 状況の変化に気づいて振り返った優等生が耳を赤くしている。

 私も怖いもの知らずの操縦テクニックに拍手を送る。

「待って。この騒動はあなたのせいよ?」

「いいじゃないですか、見応えありましたよ」

「こっちは一番の見所をなんにも見てないんですけど」

「よそ見したからいけないんでしょう? チャンネルはそのままって言いません?」

「言うけど! あ、ハリーがいない!?」

「マクゴナガル先生がさっき連れて行きましたね」

 マダム・フーチの警告通り退学になるんだと騒ぐハーマイオニー。

 けれど、ついさっき芝生へ駆けつけた変身術の先生はとてもそんな雰囲気ではなく、宝物を見つけたと言わんばかりに目を輝かせていた。

 それにハリーが退学なら、未だに箒で宙に浮かんだままのドラコも連れていかないと。

 場の主導権を握ったと思ったら全部かっ攫って行かれて、放心状態だった。

 どうもあの2人は相性が悪いらしい。

 一気にしおれたスリザリンがグリフィンドールを睨む中、立っているのも億劫なほど眠くて眠くて倒れそうだった。

 もう夕飯はいらないかな……どうせイギリス料理しか出ないし……。

 

 ドラコの家のご飯よりはやく飽きてしまっている。

 ホラ混じりの自慢ではなく、本当にマルフォイ家の食事はホグワーツより美味しいようだ。




 魔法薬学:得意
 呪文学:やや得意
 飛行訓練:苦手
 その他:平均レベル

 魔法そのものや勉強自体は嫌いなので、どうやってもハーマイオニーより上手にはなれないポテンシャル。好きこそ物の上手なれ。
 賢者の石編はスミレの頭の中と人間関係をお見せするのがメインになる予定です。
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