ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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Deal with the devil

 厳重に封印されたキャビネットを覗きながら、シキミは少年のように好奇心で目を輝かせた。扉に嵌め込まれたガラス窓には無数の防護呪文が施され、所有者が許可しなければけして開かれることはない。ダンブルドアが心血を注いで築いた防火壁(ファイヤーウォール)を前に、マホウトコロ元校長は手も足も出せずにいる。

 

「おお『服従呪文とその悪用法』がある! 『毒草ベラドンナのネクロマンシー入門』に『十五世紀の悪しき悪霊』も! なんと『死と霊』まで! それに『深い闇の魔術』……スミレが探しとる本じゃねえか。なんで寝かせてんだ勿体ない」

 

 見るからに物欲しそうな顔を向けられ、凍りついた目のままダンブルドアは肩を落とした。

 それはシキミの無軌道さに対する失望の表れではない。この男の()がさらに下であると見抜けなかった自分自身の盲目さに対してである。

 

「実の孫娘に人殺しの汚名を着せたいのかシキミ」

 

「人殺しならツバキだってそうだ。別に気にしちゃいねえよ」

 

「ルードヴィッチ・バグマンも彼女が手に掛けたのじゃな」

 

「アイツが山に埋めたのは自分の担任でな。十五の時分だった」

 

 初めて恋人が出来たかのような気軽さだった。実の娘がその手で人間を殺め、あまつさえ遺体を隠蔽した事実をすんなり受け入れるその感覚が理解し難い。

 姿形は同胞である。

 操る言語は同じハズだ。

 しかしどこまでも()()に映る。

 シキミはクツクツを喉の奥底で笑いながら言った。

 

「バグマンめ、ポッターくんで一儲けする腹積もりだったらしい。クラムくんとスミレに散々()()()()()ようだぞ? どこぞへ逃げただけじゃないか?」

 

「バーティの身にあのような事があったのじゃ。最悪を上回る可能性を考慮するのが理性ある振る舞いではないかのう」

 

「おいおいアルバス、なんでもかんでも儂の責任にせんでくれ。リータ・スキーターだって生きとるんだから、クラウチ・シニアも死んじゃおらんさ……」

 

「やはりリータは君の手によるモノだったか」

 

「いんやツバキだ。つくづく無鉄砲な娘よな」

 

 スキーター女史もなあ、もちっと見目麗しけりゃ()()()()()()()()()()()扱って貰えたろうに――相も変わらず面喰いな末の娘に呆れながら、シキミは娘を想う母の愛について考えを巡らせた。思えば不思議なもので、母親になれるハズのないツバキが偶然に次ぐ偶然で母親となったのだ。これは最早()()そのもの。彼女自身もそう認識し、生涯無縁であるハズだった『母の愛』を歪んだ形であれ知った……歪んでいるが故、不用意に触れれば怪我もしよう。

 スキーターもバグマンも愚かだったのだ。自業自得の末路である。

 

「リータは大勝負に出て虎の尾を踏んだ。バグマンは大博打に負け雲隠れした。しかし儂はどうだ、オマエさんとの賭けに勝てそうだぞアルバス」

 

 まったく無邪気にダンブルドアへ向き合ったシキミは、心底楽しそうだ。

 愉快で愉快で堪らないと言わんばかりに口の両端を大きく吊り上げている。

 

「スミレまで選手になるとは思わなんだがな。しっかし、ポッターくんはなかなかどうして筋が良い。儂が鍛えてやるまでもなく大健闘してくれた」

 

「アラスターが目を光らせておる。アレの助言はあったじゃろう……しかし君が賭けに勝つことはあるまい。カルカロフもマダム・マクシームも、いよいよ後がなくなった」

 

「だろうとも。だが、ことポッターくんの爆発力とスミレのワガママさにゃ勝てん。クラムくんもデラクールさんもストイック過ぎるからなあ。いや、デラクールさんは自由奔放なところもあるがな?」

 

 手を伸ばせばスルリと逃げる。

 だが背後からの視線は感じる。

 どこまでも蛇そのもの。誘惑される様を嘲笑う笑みが忌々しい。

 無論、ハリーの大健闘はダンブルドアにとっても歓迎すべき事柄だ。才能だけでなく勇気さえ示してくれた第二の試練など胸を打たれる思いがした。スミレの暴走に巻き込まれたクラムは災難だったし、競技内容から言っても女性のフラーはあまりに不利な条件を強いられている。だとしても総合点で暫定一位はダンブルドアも誇らしくあり、最後の試練を無事に乗り越えて欲しいという思いがますます強まる。

 だが、トーナメントはけして順風満帆であったワケではない。

 直前に起きたクィディッチ・ワールドカップに始まり、何者かの陰謀により代表選手にさせられたスミレ、失踪したクラウチとバグマンという魔法省の高官たち。あまりにも不穏な出来事が連続している。

 楽観的に考えれば無関係であると断言できる。その証拠も揃っている。すべてが確かな信憑性を以て物語る。

 しかし、ダンブルドアはこの違和感の正体を知ろうと足掻いている。

 いくら過去の記憶を辿っても答えは見えてこない。指先が触れようとすると、白い霧が立ちこめて全てを覆い隠してしまう。

 

「なあアルバスよ。もしスミレが優勝したらで構わん、一つ頼みを聞いてはくれまいか」

 

「話すのはいつも君の自由じゃよ。無論、儂が聞き入れるかどうかものう」

 

「では独り言として。この『深い闇の魔術』をな、あの子の優勝祝いに貸してやって欲しい。一年限りで構わん。このまま遠回りさせるより、もっと有意義な時間の使い方があると思うんだ」

 

「有意義? 闇の魔術に耽溺する事に比べれば何もかもが有意義じゃよシキミ」

 

「価値観の相違だなァ。知識に善悪も正邪もない。それはただの『情報』に過ぎん」

 

 シキミの論理は本質として正しい。

 闇の魔術への嫌悪感は人間として正しい。

 それらは二人の生涯がそれぞれ生み出した価値観だ。

 だから、誤りであるという裁定こそ誤り。

 到達点があまりに隔絶している。

 

「スミレは賢い子だ。儂に似たんだ……ほんの一ヶ月で『悪霊の火』を完璧にモノにした。伸びしろは十分にある、オマエさんが後任なら儂も安心出来るんだがなぁ」

 

「お主が育てたのはスミレ自身ではない。あの子の心の闇じゃ」

 

「そう、それよ。儂は『闇の魔法使い』を二人知っとるが、ヤツらは心の中のモノを御しきれなんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 心の闇を御する術を、スミレに授けてやってくれ。

 己に許された時間では不足している――そう言わんばかりにシキミの笑みが快活さを失う。老いさらばえた肉体と若々しすぎる精神の不一致が、ダンブルドアの眼前で解消された。

 

「儂はもう長くない。生き過ぎた。最後の頼みを託したいが……断るのはオマエさんの自由だ。それが儂への罰だと言うのなら甘んじて受け入れよう」

 

 黒々とした両目には燃えるような赤い不死鳥が映る。だがシキミの意識が見るのは、もう彼の記憶にしか残されていない光景。遥か遠くへ過ぎ去った時代のもので……ダンブルドアは頷く事が出来ないでいた。

 永遠の沈黙が訪れたかに思われた――校長室の扉をノックする者が現れるまでは。

 

 やや遅れて「お待ちしておりましたぞ」と応じる。

 新たな来訪者はダークグリーンの山高帽に優雅なスリーピースを着込んだコーネリアス・ファッジだった。今をときめく魔法省大臣の後ろにはパステルピンクのローブを羽織ったやや肥満気味の魔女と、左腕の肘から先をギプスと包帯で固定したアザミが控えている。

 

「すまんアルバス、取り込み中とは知らず」

 

「なんの。大臣閣下の貴重なお時間を浪費させるワケにはいかぬ」

 

「ちょうど儂の用も片づいた。それでは御両人、これにて失礼をば」

 

 それぞれに一礼して部屋を去ろうとする。シキミを引き留めたファッジの顔は憔悴の色に染まり、縋りつくようにも見えた。

 

「御当主……これは本来であれば民間人には伏せられて然るべき事柄なのだが……」

 

 煮え切らない様子で言葉を濁すファッジからアザミへ目を移しつつ、シキミはさらりと「バグマン殿の事かね」と大きく踏み込んだ。ファッジの副官らしきピンクの魔女の薄ら笑いが凍りついた。

 

「ああ、如何にも仰る通りで、流石は御当主……やはりお見通しですな……ウム……実はバグマンが失踪前、第二の試練より前のコトなのですが……」

 

「『三本の箒』とやらでそこのアザミと密会しとったのだろう」

 

「エエ、マア、まさしく御指摘のママですな。私がそのコトを耳にしたのはバーサ・ジョーキンズというヤツの部下が――本来なら入省させた責任者ともども放逐すべき恥知らずの詮索屋で、どうしようもない愚か者なのですが、それがアルバニアで消息を絶った件で聞き取り調査をせねばならんと呼びつけても梨のつぶてでしたから、こちらのアンブリッジ上級補佐官に調べさせたところ……」

 

 何やら自慢げに「エヘン、エヘン」と甘ったるい声で咳払いを始めるアンブリッジ上級補佐官。そこへシキミが割って入る。

 

「ミス・ジョーキンズの件は知らんが、ウン、アザミが主催しとる学生新聞を買収しようとしたんだったか。そのハナシなら本人から聞いた」

 

「やはり事実でしたか……いや、私もその件で本人に了承を受けて簡単に、ごく要点をかいつまんで質問をさせていただいたのですが……」

 

「断ったのだろう? 関わったら面倒だと思ったんだったな」

 

「そうです。何より犯罪ですし。とても正常な思考回路には思えなかったので」

 

「いや、一応、違法性は何もないが……もちろん、職務規程上は好ましくない……しかし魔法省では昔からその手の習慣は一般的で、むしろ業務の円滑化という観点からはやむを得んところが……」

 

「リータ・スキーターのような不道徳な人物の代役というのも納得出来ませんでした」

 

 ツバキがスキーターを襲わなければこの買収案は浮上しなかった。

 だが、そもそもあのゴシップライターを対抗試合の担当に指名したのはバグマンだ。おそらく金銭の授受があったと見るべきで、しかもスキーターは愚かしくもスミレへのバッシングにリソースを割いたものだから競技に関して内容が薄くなり、結果的にアザミたちの学生新聞が需要を満たしたのだ。

 

「自分としてはバグマン氏の自業自得と思いますが」

 

「ほっときゃいいんじゃないか? そのうちヒョッコリ見つかるさ、地面の下から」

 

 あっけらかんとして放たれたドギついジョークに、ファッジはひたすら笑顔を作るしか無かった。

 場を和ませようと。あるいはファッジへの助け船として。

 ダンブルドアはアザミの左腕について尋ねた。

 

「骨が折れているようじゃが、マダム・ポンフリーに看て貰わなかったのかのう?」

 

「いえ。不便ですが、魔法で治さないで欲しいとお願いしたんです」

 

「ほう……ミス・アオイ、失礼を承知で理由を伺ってもよいかね?」

 

「ビクトール・クラムに対する自分なりの敬意として、です」

 

 他人と競うのはどうしても気乗りしない。これは生まれついての性分だ。

 相手が誰であれ「負けられない」と発奮するような経験には乏しい。

 だが「自分の実力を測る定規(モノサシ)」としてのクラムには興味が湧いた。

 人一倍自尊心が強く、規則に無頓着なスミレのなりふり構わぬ作戦に乗ったのも、クラムとの対決を望んだからだ。

 結果的に重く、抉るような拳の一撃に骨がひび割れた。

 どうにか失神呪文で無力化は出来たけれど。この傷は彼の名誉として受け入れた。

 だから杖の一振り、コップ一杯分の魔法薬で片付ける真似はしない。

 老人たちが戦士の矜持と学生たちの高潔さに心洗われる中。

 アンブリッジ上級補佐官は冷ややかな嘲笑を隠せなかった。

 

 

 防衛術教授の研究室は幾つもの()()()()が並べられている。

 どれも魔法使いの防犯装置で、闇の魔法使いの襲撃を察知する品だ。

 アラスター・ムーディは自分の椅子を引き寄せ、倒れ込むように座った。

 もう一つの椅子を蹴って寄越しスミレにも着席を促す。

 金属製の義足を外しながら、義眼で蒼白い顔を凝視する。

 

「お前はワシと話したくもあるまいが、そうも言っておれんぞアオイ」

 

 欠損した唇が歪んだ。これが彼の笑顔であると理解するのにしばらく掛かった。

 この初老の教師が何故恐ろしいのかスミレ自身でさえ分からない。今だって首筋を冷たい汗が流れている。

 

「第二の試練、まっこと見事だった。ポリジュース薬もさることながら互いに化けきった演技力と度胸も賞賛に値する……だがクラムを狙ったのは悪手だったと言わざるを得ん」

 

「そうでしょうか。あのまま首位を独占されては困るのですが」

 

「その気持ちは分からんでもない。だが戦場では常に冷静さを保たねばならん、お前は勝利に目を眩ませ誤った戦術を採った。ワシの言いたい事は分かるな?」

 

「……カルカロフ校長の点数を捨てることになった、ですか?」

 

 第一の試練でカルカロフは酷い醜態を演じた。

 成果に瑕疵のあるクラムが満点にも関わらず、セドリックやハリーの点数は不当に低いものだった。自校への贔屓を隠そうともしない厚顔無恥な振る舞いはスミレも記憶している。その事だと思ったが、ムーディの意図は異なっていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

「……なる、ほど?」

 

「アオイ、ここまで言ってまだ分からんのか」

 

「むしろ私はそのつもりでいました」

 

 第一の試練は『たまたま機会が無かった』だけに過ぎない。

 もっと正確に言うと『競技内容が直前まで不明だったのでどうしようも無かった』のだ。

 もし分かっていればセドリックとクラムに魔法薬を飲ませていたハズ。

 さもなければ贈り物に偽装して呪いを掛けていたかもしれない。

 ルール無用のバトルロワイヤルと思ったら予想外に他の選手たちがみんな行儀良くしていて、むしろ驚いたくらいである。

 ともかく、前提となる認識は備わっている。

 ムーディは肉眼で見据えながら話を進めた。

 

「よろしい。で、どう対抗する? もう替え玉作戦は効かんぞ。魔法省もバカではない、ポリジュース薬の検査くらいは考えつく。そしてクラムもデラクールもディゴリーも、貴様を最も警戒するだろう。青二才の弄する生半可な奇策ならば実力でねじ伏せられる連中だ」

 

「私、運動神経も良くないし……呪文だって姉さんほど上手では……失神呪文を覚えるとか?」

 

「ほう、それしきの魔法であってもポッター如きならばどうにかなると? 確かにポッター自身は不勉強な学生だがな。アレにはグレンジャーが付いている。間違いなく多くの呪文の手解きをするだろう。下手な参考書よりよほど知識量は多いぞ」

 

「お祖父ちゃんもドラゴンだからコッソリ手伝ってくれただけだし……パンジーとミリセントは……ダフネも面倒くさいって嫌がるだろうし……」

 

 どうしよう……、と悩みはじめたスミレ。ムーディは咳払いをして意識を自分へ向けさせる。いまにも泣き出しそうな顔をしたはとても代表選手に見えず、四年生というのも知らない人間は信じがたく映るかも知れない。

 デスクの上に積み上げられた本の中から一冊の分厚い古書を掴む。

 スミレの方へ放り投げて「読んでみろ」とだけ告げる。

 

「『最も邪悪なる魔術』? これ、閲覧禁止の棚から持って来てくださったんですか?」

 

「ダンブルドアは生徒が闇の魔術に触れる事を嫌っとる。だが、ワシに言わせれば手ぬるい考え方だ。敵の操る魔術を知らずしてどう対抗する? 闇の魔法使いは書籍のように懇切丁寧でもなければ、授業のようにいちいち手加減もしてくれん」

 

「ここから呪文を学べと仰るんですか? ムーディ先生は、闇の魔術に対する防衛術の……」

 

 戸惑いの目で防衛術教授を見詰めるスミレ。職権を行使しながらあまりに職務から逸脱した振る舞いを目の当たりにして、動揺を隠せない。しかしムーディは身を乗り出し()()で怯えた黒い瞳を覗き込む。

 

「だからこそだ。この本に書かれておる内容など『本物』どもにしてみれば初歩中の初歩に過ぎん、ソイツは闇の魔術の入門書のようなものだ。一年坊主には読んだところで理解出来んしまして学生如きにすべてを修められるほど闇の魔術は容易いモノではない」

 

「私には、出来る……んでしょうか」

 

「『悪霊の火』を突貫工事であれだけ操れるのだ。才能はある。カルカロフは見下げ果てたクズだが、闇の魔術に関しては相応に光るモノを持っとる。あやつが賞賛したとあらば間違いなく一級品の原石だとも……無論、精神面で些か不安があるのはワシとしては深刻と言わざるを得ん……昨年、一昨年のアオイであればその本に触れさせんだろう。だが、今の貴様にはフラー・デラクールがおる」

 

 恋人との関係を破綻させたくなければくれぐれも深みに嵌まるな――ムーディが言外に発した警告であった。けれどスミレは()()()()()()()の心理や意図に対して恐ろしく鈍感な性格であり、ムーディは『何となく不快』というだけでまったく関心の対象ではなかった。手渡された『最も邪悪なる魔術』のタイトルと『ゴデロット』という著者の名前を見ながら、スミレはぼんやりと考える。

 

「なるべく、フラーにこの本の事は知られないようにしなきゃ……」

 

 

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