ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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きゅんっ! ヴァンパイアガール

 午後九時にクィディッチ競技場へ代表選手が呼び出された。

 楕円形の木造スタジアムのスタンド席を通り抜け、ピッチへ。

 芝生の敷かれた真っ平らなピッチが様変わりしていた。

 ハリーとセドリックは目を丸くして駆け寄り、高さ三メートルはあろうかという巨大な生け垣が壁のように張り巡らされているのに気付いた。クラムも無言でじっと巨大な生け垣を見上げている。フラーとスミレはずっとフランス語で何か話している。ハリーは二人があんなに穏やかな表情が出来ることも意外でならなかった。

 そんな様子を見ていると不意にダフネの笑顔を思い出した。

 グリフィンドールとスリザリンでそれほど縁がある方ではない。

 しかし二年生のとき秘密の部屋で共にトム・リドルと戦った。昨年のクリスマスにはパートナーとしてダンスパーティーに参加したし、第二の試練では湖の底に囚われた彼女を助け出した……そう考えると異なる寮の女子生徒では特に接点が大きいことに気付く。普段は無表情だが、笑うとかなり可愛らしいのも最近知ったのだった。

 そこまで考えて「全員揃ったな」の声に現実へ引き戻された。

 選手たちを見渡すようにショウブ博士が立っている。

 鋭い目つきやほっそりした顔はいかにもアザミの父親らしい。

 

「競技当日には最低でもこの三倍まで成長させる。当然、全ての課題の終了後には撤去される。来年度には問題なくクィディッチをプレーできるだろう」

 

 最後の一言でハリーとセドリックは安心した。

 

「第三の試練は『迷路』だ。中心へ設置された優勝杯へ最初に触れる。それで満点、シンプルでいいだろう」

 

 ショウブ博士の説明は的確だった。迷路の中には『様々な障害物』が配置されること、スタートはこれまでの成績が低い順……つまりフラーが最初に迷路へ入り、そのあとクラム、セドリック、スミレと続く。ハリーは一番最後のスタートだった。

 

「説明は以上だ。質問が無ければ解散する」

 

「選手同士の戦闘行為は許容されるのでしょうか」

 

「すべて問題ない。殺傷性の高い呪文はもちろん禁止だが」

 

 その回答にセドリックは納得して頷いた。

 禁止と明言された以上、あの『炎』は使えない。

 博士は薄い唇を片側だけ歪めて笑った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 闘争心を煽るような口調と表情だった。

 いくら減点対象となる呪文があっても、中の様子が分からないのではどうにもならない。

 第一の試練では観客と審査員の目があった。第二の試練は真っ暗な湖の底だったが、水中人たちが審査員の代役を果たしていた。しかしこの迷路の中は違う。文字通り選手の精神力だけがブレーキとなる。いいや……それだって優勝杯という栄光を前にすれば揺らいでしまうかもしれない。

 張りつめた空気を楽しむように、ショウブはニッコリと笑った。

 

「危機にも色々な種類がある。第三の試練で試されるのは『様々な危機』に対処するスキルだ」

 

 そう言って黒々とした背後の生け垣を見上げた。

 月明かりのない夜空の下、建設中の迷路は監獄のような威圧感を放つ。

 競技に関する説明は今度こそ終了した。

 他に質問を投げ掛ける選手もいない。解散したあともスミレとフラーは名残惜しそうに互いを見つめ合い、ショウブに急かされるまでずっと向かいあって手を繋いだままだった。

 

 

 スリザリンの談話室へ戻ったスミレはシャワーの支度を始めた。

 どうせならボーバトンの……フラーの個室に備え付けの部屋で浴びたかったが、競技内容が通達されたばかりである。マダム・マクシームへの報告をする方が大事だろうと途中で別れた。嫉妬しそうなくらいなめらかな肌の感触がまだ指に残っている。その温もりを頬に添えるとフラーに撫でられているような気がして、身体が熱くなった。

 みるみる頭が冴え渡っていく。

 いくら他の事を考えても、すぐにフラーの眼差しが浮かんでくる。

 あのダーク・ブルーの瞳に自分のすべてを支配されたくなる。

 気持ちが昂ぶるあまりつい発作の『衝動』が牙を尖らせた。

 噛みしめていた唇に刺さる痛みでどうにか理性を取り戻し、舌に触れないよう手で血を拭う。洗剤を一式と着替えを用意し終わり、息を整えたスミレの視界で誰かが寝室から降りてきた。完璧に揃った足音はカロー姉妹のものだった。

 

「姉様、これからお休みに?」

 

「でしたら、髪のお手入れを」

 

 お揃いの真っ白な寝間着姿で、重い瞼が眠たげな表情だった。

 首元にある大きなリボンが可愛らしい。フローラとヘスティアはスミレよりずっと大人びて見えるが、彼女たちはまだ十三歳である。夜更かしをするにはまだ身体が育っていないのだ。眠くって当然だろう。

 スミレは姉妹の様子を察して今夜は断ろうとした。

 

「今日はもう遅いですよ。フローラもヘスティアも、明日は一コマ目から防衛術の授業でしょう? 髪の手入れは週末にお願いしても構いませんか?」

 

「……せめて、お背中を」

 

「姉様と、ご一緒したい」

 

 すらりと長い二人の指が、スミレの髪を撫でた。

 咄嗟に口元を手で覆っていなければ危なかった。

 ようやく収まったばかりの衝動がまた目覚めている。奥歯で舌を噛み沸き起こる欲望を紛らわせる。本当なら年長者として毅然と断るべきなのだろうけれど、母親から受け継いでしまった性癖なのだろうか、見た目が好みの同性にはまるっきり弱いのだった。二人のワガママに赤面しながら小さく頷いてしまう。

 ソファで悶々としているうちにフローラとヘスティアは身支度を調えて戻った。

 白いブラウスにダークブラウンのロングスカートで、二人も入浴の用意をしている。

 手を引っ張られるのに任せていると談話室を飛び出していた。消灯時間を過ぎ、真っ暗闇の中で絵画の住民たちの寝言やイビキが響く。どこへ連れて行かれるのだろう? でもフローラとヘスティアにならどこでもいいや……夢心地で階段をのぼっていくうち、六階に置かれた『ボケのボリス』像の前へ着いた。左右の手袋が入れ違っている間抜けな魔法使いだ。他にはいつも閉まったままの扉があるだけ。それっきりで何もない。

 双子は像に向かって『パイン・フレッシュ』と言い放った。

 それが合言葉で、金属製の扉が軋みながら後ろ向きに開いた。

 三人は物音に気付かれる前に中へ駆け込んだ。忘れず閂を掛ける。

 

「何なんですかこの部屋って……?」

 

「あら、姉様はご存じありませんの?」

 

「監督生だけの為の大浴場ですわ姉様」

 

 振り返ったスミレはあまりの光景に我が目を疑った。

 蝋燭の灯った豪華なシャンデリアが大理石の浴室をやわらかく照らす。談話室よりずっと広い室内の中心にはバジリスクが泳げそうなほどの白い大理石のバスタブがあり、その周囲を何十何百という金色の蛇口が囲んでいる。しかも蛇口の取っ手にはひとつひとつ異なる色とりどりの宝石が埋め込まれている。プールのように立派なバスタブの側にはふわふわと上質なタオルが何枚も積まれ、大きな窓はリンネルのカーテンが掛けられていた。

 蛇口からはそれぞれ違った種類の泡が出た。

 ピンクとブルーの二色であったり、きめ細かく弾力のある白い泡や、もしくは香水のように華やかな紫色のものまで。いくつかの蛇口からお湯を流したとはいえあっと言う間に深い浴槽はお湯で満たされた。

 スミレが衣服を脱いでいる途中、双子が同時に「姉様」と呼んだ。

 しみひとつない背中を晒しながら首元に結んだリボンを見せた。

 

「御手数ですが、これを解いていただけませんか?」

 

「寝ぼけていましたの。結び目に手が届かなくって」

 

 いくら目を逸らそうとしても、うなじから肩甲骨の眩しさから目が離せない。魔性の白さに完全に魅了されていた。ほんの少しだけ開いた瞼の隙間を頼りにリボンを外し終えると「次は姉様のお好きなところに結んでください」と言われ、スミレは気を失いそうになる。目眩に襲われながらもゆっくり泡で埋め尽くされたバスタブへ足先を沈める。

 その様子をカロー姉妹は慈しむように見守り、スミレが肩まで浸かるのを待った。

 

「湯加減は如何ですか姉様」

 

「熱くはありませんか姉様」

 

「ちょ、ちょうどいい、お湯です……」

 

 目を合わせられないままスミレは声を振り絞った。

 小柄な体格ではとても底へ足がつかない。けれど泡のおかげか自然と身体が浮くので、溺れる心配をせずに済んだ。

 フローラとヘスティアもそれぞれスミレの隣を独占した。

 身体に巻きつけたタオルを取るかすかな衣擦れの音さえよく響く。

 湯の心地よさに漏れ出た吐息が耳に掛かり、思わず身体が震える。

 

「ようやく姉様とご一緒出来ましたわ」

 

 左右から同時に微笑みかけられてスミレは俯いた。

 どちらへ向いても自分を見詰める視線から逃げられない。

 自分がどれほど赤面しているのか想像もつかない。

 

「今でも覚えていますわ。五年前、私とヘスティアの誕生日パーティーに来て下さったコト」

 

「片時もお忘れませんわ。あの日、私とフローラがはじめて会った姉様に一目惚れしたコト」

 

「ひ、ひとめ、ぼれ? わたしに?」

 

「ええ。ずっとずっと、今もお慕いしております」

 

「はい。これからもずっと、スミレ姉様を心から」

 

 フローラとヘスティアはスミレの手をとる。思いも寄らぬ告白に理性が揺らぎ始める。抗うこともせず、身体の自由を全て双子に委ねてしまう。誘われるまま小さな掌がほのかに赤らんだ白い丸みへ沈み込む。伝わる一瞬の振動。自分よりもずっと成長した双子の身体の感触がますます理性を削り取っていく。

 

「感じて下さい。スミレ姉様を思うと、心臓が昂ぶるんです」

 

「この鼓動が響くあまり、何度眠れない夜を過ごしたか……」

 

「や、待って……お願いです、私にはフラーがいるのに……」

 

 牙はもう伸びきっている。両手はとっくに解放されている。けれど動かせない。指先を踏みとどまらせるのに精一杯。他へ意識を振り向ける余裕なんてない。ぐったりと項垂れたままのスミレの顎をくいと引き揚げる左右の手。シャンデリアから降り注ぐ蝋燭の灯りが、隠しきれないほどに伸びた吸血鬼の牙を暴きたてる。

 秘密を知られてしまった。けれど、これで諦めてくれる。

 いくら恋人が受け入れてくれたとしても、怖いものは怖い。

 嫌われてしまったという思いが大粒の涙を滴らせる。

 蒼白い頬をこぼれ落ちる涙の雫を、双子は舌先で舐めた。

 

「人間離れしたお美しさとは思っていましたもの」

 

「姉様の美しさと私たちの恋の前には些末ですわ」

 

「あ…………あの、ですから、私には恋人が……」

 

 ピッタリと挟み込まれて逃げ道を失う。身体の左右から余すこと無く密着され、涙は恐怖から罪悪感と恥ずかしさへ変わる。どうしたって反抗出来ないのだから、いまさら言葉を尽くしても虚しいけれど。いまここにいない恋人への言い訳じみた台詞が双子の恋心に火を放った。礼を失するのは百も承知でスミレの手首を掴み、両腕を拘束しに掛かる。そうして身体の自由を再び縛る。

 逃がすものかとスミレの正面に回り込み、姉妹は肩を触れさせた。

 

「姉様のお心がフラー・デラクールに囚われているのでしたら」

 

「姉様のお心が私とヘスティアへ向いて下さらないのでしたら」

 

 ブルーグレーの瞳で見つめ合ったあと。フローラ・カローとヘスティア・カローは堂々とスミレに宣言をする。

 

「私たちが姉様を奪いますわ」

 

 そうしてスミレに覆いかぶさる様は、どちらが吸血鬼か知れない。か細い手首を掴む力は唇で肌を貪るうちに忘れ去られ、貧しい筋肉でも望めば抗うのは容易い。だが全身に四年間の慕情をぶつけられるスミレはなんの抵抗もなくされるに任せ、ひたすら声を押し殺して目に涙を浮かべるだけだった。皮膚に歯を突き立てられても肉が千切れそうなほど吸われても、苦痛がどこにも無いのでは拒もうにも拒めなかった。

 いつも誰かを衝動の赴くまま蹂躙する恐怖に怯えてきた心へ、衝動の赴くまま、獣のような荒々しさで蹂躙される心地よさが芽生えた瞬間だった。

 

 

 食い散らかすだけ食い散らかされ、乱されるだけ乱され、ようやく髪の手入れが終わったときには日を跨ぎ、夜が明け、朝を迎えていた。

 完全な寝不足と全身の筋肉痛に耐えてスリザリンの寮まで辿り着き、古代ルーン文字学の教科書と筆記用具を鞄へ詰め込む。既にパンジーとミリセントは寝室を出ていた。呑気に髪を梳いていたダフネがスミレの朝帰りに気付く。特に面白がる様子もなく「お帰りなさい」とだけ言った。

 スミレは両脚の痛みと震えに耐えながら「おはようございます」と返す。

 

「すっかりフラーに気に入られたみたいね」

 

「は、ははは……」

 

 思い返すだけで罪悪感に押し殺されそうになる。

 珍しい乾いた笑みに色々察しながらダフネは沈黙した。

 もう四年生になるのだ。ましてフラーは十七歳、スミレも十六歳。

 手を繋いでデートするだけが恋愛とも限るまい。これでますます恋愛指南家を自負するミリセントの肩書きが薄くなったとしか思わない。朝帰りも……今回が初犯ではあるのだし。何より他校とはいえ学生寮にはいたワケで。そもそも自分は監督生でもなんでも無い。咎めるのは筋違いだろうと放っておくことにした。

 度を超せば監督生が出て来るだろう。

 いや、その前にドラコが口を挟むか?

 フラーは妖精の血が流れている。それはスリザリンにおいて恥ずべき混血で、異端児であるスミレをして一定の()()()を求められても仕方ないのだ。

 だが。ふと。スミレの長い黒髪が揺れたとき、香ったのはフラーの愛用しているモノとは異なる匂いだった。

 

「スミレ、フラーに新しいフレグランスを貰った?」

 

「い、いいえ……私に合うモノを夏休みに買いに行こうと……」

 

「ふうん。そう」

 

 そんなに匂いますか? そう言って髪を手繰り、背中を覗き込むように振り返るスミレ。

 普段滅多に光を浴びることのない真っ白なうなじには赤い痣が浮かんでいた。歯形にも見えるそれをダフネは敢えて直接的に指摘せず、ただ静かに「楽しかった?」とだけ尋ねた。

 スミレは何も言わない。羽ペンの収まったケースを鞄へ仕舞い込んで、動かなくなる。

 

「……待って。言わなくていい。知りたくない」

 

「そ、そうですか? は、恥ずかしくて、私もちょっと」

 

「照れるな。それ、ちゃんとフラーに言いなよ。隠すよりマシだから」

 

「やっぱり……その方がいいですか?」

 

 当然だと睨み付けられて、スミレは「恥ずかしい……」と頬を真っ赤にする。

 

「イチから全部聞かせてどうする」

 

 この色ボケめ――という一言だけは圧し堪えた。

 自分の精神力に感動しつつ、制服姿のスミレを談話室から引っ張り出す。こちらから探さずともフラーの性格なら大広間へ着くまでに現れるハズだ。だいたい祝勝会にちゃっかり参加していたのだから、合言葉は知らなくっても、出入り口の場所までは分かっているのだ。

 ダフネがその事実を思い出したのと談話室と地下牢を隔てる扉が開いたのは同時だった。

 目の前に飛び込んでくる淡いブルーで統一されたボーバトンの制服。

 蝋燭の光を浴びて輝くシルバーブロンドを払って、フラーがスミレに抱きついた。

 読み書きは出来ないでも聞き取るだけならダフネもフランス語は理解出来る。

 

「おはようスミレ、貴女に会えてようやく東の地平から太陽が昇った心地がしたわ。昨日の夜は白い月が隠れていたけれど、私にはスミレがいれば朝も夜も同じよ」

 

 聞かされているだけなのに耳を塞ぎたくなる。

 そのくらい情熱的なフラーも異なるフレグランスに気付く。

 

「今日のアロマ、いつもと違うのね。あのお友達から?」

 

「い、いえ……そうではなくって……」

 

 ここで痴話喧嘩を始めるのはやめて欲しい。割って入るかどうか逡巡するダフネの背後から、バトル開始のゴングが鳴り響いた。

 

「私たちが姉様の髪にと厳選しました。如何です? よく似合っておいででしょう?」

 

「姉様の事でしたら私たち、すべて存じていますわ。どう愛されたいかも。すべて」

 

 口元だけを器用に笑ませるカロー姉妹。

 無感情の鉄仮面を外し、敢然と戦いを挑んでいる。

 むろんフラーとてそれしきで引き下がらない。

 メガトン級の先制攻撃を放った姉妹は無視した。

 

「私……スミレの事、もっと知りたい。私にもっと貴女の事を教えて欲しい。そうやってゆっくり、ゆっくり、知り合いましょう? 焦ったいくらいにゆっくり。そうしたら私の手で深いところまで、ゆっくりじっくり、優しく解きほぐしてあげる」

 

 貴女たちでは勝負にならない、そう宣言する。

 燃え上がる対抗心と凍りつくような怒気に挟まれ、ダフネは風邪を引きそうだった。

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