ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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願いはかなうって 愛されるって 赤い文字を刻んだ

 目を閉じるとあの嫌な色彩が視界を埋め尽くす。

 込み上げてくる胃液は喉粘膜を焦すばかりで、罪悪感はずっと身体の底で澱んでいる。

 意識が揺らぐと脳裏に焼き付いた記憶が蘇る。

 葵菖蒲の若かりし日。まだ学生の身分で、魔法学校に籍を置いていた時代。

 キザハシ教諭はあのときから微塵も変化がない。

 変われないのではなく変わらない。望んでそうなれるなら、どれほど良いか。

 自分は前者だ。いくら後悔しても変われない。だから繰り返す。

 手が記憶しているあの感触……頭蓋骨の陥没する、あの手触り。

 心に刻み込まれた『殺人』の記憶が積み重なる。

 青ざめて胃液を吐く弟を眺めながら、椿は肺へ貯め込んだ紫煙をゆっくりと吐き出す。

 ニコチンが血管を巡って得られる酩酊感。酸素の欠乏によるゆるやかな窒息を味わいながら、燃焼したタバコ葉の燻った匂いを舌で感じ取る。

 

「落ち着けよ菖蒲。一本吸うか?」

 

 他に掛けるべき言葉がなかった。

 嫌煙家と知っていても、自分にはコレしかない。

 姉なりに弟を気遣ったつもりだった。

 ようやく吐き気が止み、菖蒲はハンカチで口元を拭いた。

 

「何でこうなるんだよ……」

 

 咳き込みながら零れた言葉に沈黙する。

 どこで歯車が狂ってしまったか。考えたって仕方が無いのに。

 

「知るかそんな事。忘れちまえ」

 

「忘れろってな、姉貴の娘だろうが」

 

「だから言ってんだ。後悔してどうなる」

 

 いくら悲しもうと元には戻らない。

 スミレは先へ進むのだ。進もうと足掻いているのだ。

 果てしない恐怖と後悔を抱えながらでも。

 どうにか前を向いているのに。自分が後ろ向きのままでどうする。

 血塗られた両手でずっと抱いてきたんだ。

 涼しい顔をした姉に菖蒲は怒鳴り声を挙げる。

 

「『オマエのせいだ』って、言えよ」

 

「イイ歳こいて甘えんな」

 

 それでどうにかなるなら、もうしている。

 現実逃避の手助けなんて真っ平御免だ。

 

「んな寝ぼけたコト言う暇あんなら大臣でも殴って来な」

 

「バカ言うな酔っ払い。それこそどうかしてんだろうが」

 

「……マジで頼りにならねえ弟だな。姉の顔が見てみてえ」

 

 そう言った椿の顔は薄く笑んでいる。

 ルードヴィッチ・バグマンの首を切ったときも、同じ顔だった。

 全身に返り血を浴びて「あちゃあ」と言いながらこの顔をした。

 あまりに慣れすぎている。十六年前もそうだった。

 これが初めてなのかと、当時の菖蒲は恐ろしくなった。

 

「見たくもねえ顔だ。もう二度と見たくねえ」

 

「だからあの真っ赤な女がいいのか」

 

 何本目かのタバコに火を点けようとして、椿は尋ねた。

 紙巻きの先端が焦げるのも忘れて視線を菖蒲に定める。

 その顔は月のように真っ白で、無機質な目だった。

 

「アイツはそういう仲じゃない。勘違いするな、見苦しい」

 

「姉貴に向かってナンだその口の利き方。舐めてんのかコラ」

 

 一切の時間差なく放たれた鉄拳が鳩尾を撃ち抜く。

 唐突すぎる暴力を食らった菖蒲の長身が崩れ落ちた。

 遠くから聞こえる鐘の音に気付き椿が顔をあげる。

 弟を蹴飛ばそうとして構えた足を、また地面へ戻す。

 

「もうそろそろ晩メシか。帰らねえと……」

 

 吐き捨てたタバコを靴底で揉み消す。

 真っ黒なざんぎり髪を掻きながら、菖蒲に背を向ける。

 のんびりと去って行く姉の背を見る余裕はなかった。

 

 

 午後六時――ついに四大魔法学校対抗試合、最後の試練が幕を明ける。

 ボーバトン、ダームストラング、ホグワーツ各校の生徒がそれぞれの校歌を合唱して代表選手たちを鼓舞する。代表選手が入場すると競技場を囲むスタンドから大歓声と拍手喝采が響いた。それぞれの選手にエスコートが付き、アザミがスミレに付き添った。失踪したバグマンの代わりにグリフィンドールのリー・ジョーダンが実況席へ就いている。その隣ではキザハシ教諭が解説役のボードを立ててご機嫌な様子だ。

 

「全ての代表選手が揃いました! これよりルールの解説となります! 実況はワタクシ、リー・ジョーダン! 彼女ナシ! グリフィンドール六年生! 十七歳! チャームポイントは肩甲骨の間にあるホクロです! 解説のマダム・キザハシ、よろしくお願いします!」

 

「ホホホ。私こんなでも娘が二人いるんですよ、五十一歳と九歳になるんですけども。あと六歳の孫もいますね……それでも構いません?」

 

「エー冗談ハコノクライニシテ早速ルールヲ説明シテ参リマス」

 

 第三の試練のルールは極めてシンプル。

 迷路内に設置された優勝杯へ最初に触れた選手が優勝となる。

 もしリタイアを希望する際は杖で赤い火花を打ち上げること。マクゴナガル、フリットウィック、ハグリッド、ムーディのいずれかが救助を行なう。

 また選手同士の妨害行為は()()()()()()()()()()とのことだった。

 

「それではここで各選手のこれまでの合計得点を確認します!!

 

五位はフラー・デラクールさん、八十九点! ボーバトン魔法アカデミー代表! 

 

類い希な美貌で我々を魅了しましたが同じ代表選手のアオイさんと交際中です!」

 

「呪文の精度で言えばダントツです。身体能力で言っても男子選手に引けを取りませんが、如何せんアウェーの環境というハンディキャップをどう乗り越えるかがカギになるでしょう。恋人対決にも期待したいしたいですね。一粒で二度美味しい、一粒三百メートル」

 

「最後はちょっとナニ言ってるか分かりませんが……気を取り直して四位!

 

ビクトール・クラム選手! 百四点! ダームストラング専門学校!

 

世界的なクィディッチ・プレーヤーは今宵どんな伝説を披露してくれるのでしょうか!?」

 

「とにかく精神的に安定しているというのが強いです。緊張や不安感というのはそれだけで呪文の出力や精度に重大な影響を及ぼしますから。スポーツ選手というだけあってスタミナ面で抜きん出ているのもアドバンテージでしょう」

 

「第三位はセドリック・ディゴリー! 百二十点! ホグワーツ!

 

ハッフルパフの監督生、主席、クィディッチ・チームの主将で人格者という完璧ぶり!

 

おまけにガールフレンドは本校一の美少女、チョウ・チャンという無敵ぶりで――ああっとデラクール選手から物言いがありました! アオイ選手と双璧を為す美少女に訂正いたします!」

 

「戦術も奇抜で読みづらいうえ習得している呪文の幅も広く、完成度も高い。運動能力も俊敏かつ持続力もよろし。強敵と言うに不足ない実力の持ち主です。あとはどこまでズル賢く戦えるのかに掛かっています」

 

「第二位はアオイ・スミレ選手! 百二十一点! ホグワーツ!

 

スリザリン所属ですが映画愛好家という意外な一面もあるそうです!

 

ああッデラクール選手の『私はもう知ってる』というしたり顔ォーッ!! チクショォーッ!!」

 

「どうしても身体能力の面で他の選手に大きく引き離されているのがネックです。フィジカルの差をどれだけ魔法で埋められるかが勝利を分けると言っていいでしょう……羨ましいですね学生恋愛。いやあ甘酸っぱい」

 

「第一位はこの男! 我らがスター! ハリー・ポッターァ! 百三十四点!

 

推薦選手の名に恥じないスーパープレーを連発してきました! グリフィンドールの至宝!

 

ハリー! 優勝杯を談話室に持ち帰ってくれーッ! 頼んだぜーッ!」

 

「まさしくトリックスターと言う他ありません。窮地であればあるほど爆発力を発揮する、まさに才能の人間ニトログリセリン。十四歳とは思えない選手ですが、今回はどんなトリックプレーで楽しませてくれるでしょう。期待大です」

 

「それでは各選手、各スタート地点に着きます! 先発はデラクール選手!」

 

 ダンブルドアの合図でフィルチが空砲を撃った。

 シルバーブロンドを翻して迷宮の奥へ消えていく。

 クラム、セドリックと巨大な生け垣の中へ飛び込む。

 そして四発目の空砲。スミレは背中に歓声を浴びながらゆっくりと前進する。数歩ばかりで後ろから物音が聞こえ、驚いて振り返った。生け垣が蠢いてついさっき通った入口を塞いでいるのだ。そして足下には根とも茎ともつかない植物の一部……この薄暗く冷たい迷路の環境を好む蔦状の植物は『悪魔の罠』ぐらいである。

 

光よ(ルーモス)

 

 杖に光を灯す。これだけでも十分に安全だ。

 生け垣自体は普通の植物らしい。中に『悪魔の罠』が隠された、二重構造なのだ。

 普通に設置したのではすぐに看破されると考えたのかもしれない。

 しかも『炎の呪文』で迷路の壁に穴を開ける事も出来なくなる。

 

「面倒くさいなあ……」

 

 制御に不安があるワケではないが『悪霊の火』は消耗が激しい。

 そして何より破壊的すぎる。よほど危険な魔法生物でもなければ軽々とは使えない……最も自分が不利になる正攻法を強いられ、スミレの眉間にシワが寄った。

 曲がり角や十字路によってあっさり方向感覚と現在位置を見失った。

 自分がいまどこにいるのやら見当も付かない。中心がどちらかも分からなくなって迷路の中を彷徨ううち、全長三メートルはあろうかというサソリの親玉が姿を現す。ハグリッドが創造した新種の殺戮生物『尻尾爆発スクリュート』であるが、スミレは魔法生物飼育学を選択していないため「オバケサソリ!」以上の感想が出なかった。

 殺していいと思えばそれほど恐怖心も湧いてこない。

 淡々と『悪霊の火』であらゆる呪文を弾く強固な殻もろとも焼き切る。

 脚の先端部分だけを残して凶悪極まりない魔法生物を灰にすると、生け垣の植物まで焼いてしまったらしく、隠されていた『悪魔の罠』が露出している。

 試しに杖の灯りを近付けると光を嫌ってみるみる退き、小柄なスミレが通り抜けるには十分な大きさの抜け穴が出来上がった。

 向こう側へ渡ってから今度は『炎の呪文』を試す。

 

「『燃えよ(インセンディオ)』」

 

 なるべく威力を上げたつもりだったが、不燃性が上回った。

 その程度の考えは見透かされていた。自分でも考えつく以上、最上級生の三人は間違いなくやるだろう。ハリーはどうだか知らない。だがハーマイオニーの入れ知恵はあると考えるべきで、当然、こんな風に失敗しているハズだ。

 このまま迷い続けるより、やはり通路を破壊していった方がいい気がしてきた。

 しかしまったく別方向に突き進んだきりガス欠に陥ったらそこでお終い。

 さっきのオバケサソリに食い殺されるか『悪魔の罠』に絞め殺されるか。

 もう少しだけ頑張ろう……迷路を破壊するのは最後の手段に……そう決めて、また適当な方向へトボトボ歩き出す。

 どうせ走ったってすぐに息切れするのだ。堅実に行かねば。

 トロールを『インカーセラス』で縛り上げて無力化し、二体目、三体目のオバケサソリこと尻尾爆発スクリュートを焼却しながら迷子になる。

 じわりと額に滲んだ汗が頬を伝う。そろそろ体力の底が見え始めている。

 勝負を仕掛けるならここだ、このチャンスを逃がせばあとは消耗するしかない。

 生け垣を焼く範囲はなるべく最小限に……自分自身に注意を促しながら、ゆっくりと息を吐く。同時に身体が大きく吹き飛んだ。白い桜の杖もどこかへ落としてしまい、丸腰の状態で地面に叩き付けられる。

 

「カ――――ッ」

 

 衝撃で咳き込み身動きが取れない。

 暗転した視界がわずかに色彩を取り戻すと、ビクトール・クラムが拾い上げた杖を物珍しそうな顔で眺めている。

 腰にまだもう一本の杖がある。黒檀に宝玉の杖がある事はもう知られている。

 動けないフリをして油断を誘うか……だが失神呪文を食らったら元も子もない……しかしクラムもまた油断していた。杖灯りもなしに薄暗がりが続く通路の真ん中に立っているのだ。当然、生け垣の中から獲物を求め『悪魔の罠』がクラムへ襲い掛かる。

 腕に巻きつく蔦を引き千切りながら呪文を放つダームストラング代表。

 スミレはようやく得た反撃の機会とばかりに『麻痺せよ(スピューティファイ)!』と失神呪文を放つ。真っ赤な閃光がクラムの寸胴を撃ち抜くと思いきや、あっさりと無言の『呪いそらし』で弾き飛ばされてしまった。

 

「ウワァ……どうしよう……」

 

 まったく歯が立たない。実力の差を突き付けられ、スミレは『逃げ』を選んだ。

 安全確認など二の次で自分の後ろへと『悪霊の火』を放つ。炎のバジリスクに荒らし回れるだけ荒らし回らせ、そのまま威嚇のために『衝撃呪文』で相手に攻撃させる余裕を与えず、じりじりと後ろへ下がる。一発たりともクラムは受けつけない。すべて軽々と弾いてしまう。

 

「そこで自然と戯れているがいい、田舎者」

 

 自分の事を棚に上げた捨て台詞を叩き付けて別の通路へ走り出す。

 不用意な挑発がビクトール・クラムの闘争心に火を点けた。猛然と追跡を始め、スミレがしたように杖灯りで迫り来る蔦を払いながら、破壊された通路を縫うように逃げ惑う黒髪を追いかけた。

 持久戦でスミレがクラムを振り切れるなどあり得ない。

 あっという間に息切れして脚が動かなくなり、べたりと地面に倒れ込んだ。

 二度目の逃走劇など夢のまた夢である。ここが潮時かと諦めの境地に達する。

 だが悪運はまだ尽きていなかった――偶然に通りがかったハリーが「スミレ!」と叫ぶ。

 その声に反応したクラムが動きを止めた瞬間。

 

「『強き光よ(ルーモス・マキシマ)』!!」

 

 薄暗がりに慣れた視力に目眩ましが突き刺さる。

 雄叫びをあげて悶絶するクラムに構わずハリーがスミレへ駆け寄る。

 

「大丈夫!? 擦り傷だらけだ……!」

 

「クラムに、そこの彼に襲われて……」

 

「そんなバカな。クラムがそんな真似を?」

 

 第二の試練で真っ先に潰しに掛かった事も、無神経に挑発した事も、スミレの台詞には反映されていなかった。そしてハリーは世界最高峰のシーカーであるビクトール・クラムに対し、同じスポーツマンとしての信頼を抱いていたから、現実との不一致に困惑させられる。スミレはまったくこのブルガリア人に興味がない。そしてハリー・ポッターもまた「友人であるハーマイオニーの友人」という認識しかなく、それどころか今は「自身の優勝を阻む敵」としか見ていなかった。

 差し伸べられた手を拒否して立ち上がる。

 不意打ちのダメージに苦しむクラムへハリーが目を向けた瞬間。

 

「『麻痺せよ(スピューティファイ)

 

 失神呪文でライバル選手を至近距離から撃ち抜く。

 気を失って崩れ落ちたハリーへ『忘却呪文』を施す。

 いまの一幕は完全に抹消し、その上で散々苦しめられたクラムへ杖を向ける。

 同じように失神させてしまうべきか。あるいは別の呪文で無力化するか。

 いずれにせよ、ここで取り除くべき障害には変わりない。

 しばしの黙考を経てスミレは最近覚えた呪文を試す事に決めた。

 

「『服従せよ(インペリオ)』」

 

 マッドアイから借り受けたゴデロットの『最も邪悪なる魔術』にも記載のある呪い。

 そして闇の魔術に対する防衛術であの元闇祓いが扱った“許されざる呪文”の一つ。

 記憶に残らず、痕跡もなく、検知も困難というまさにこの状況に相応しい呪文である。

 

「セドリック・ディゴリーを探して襲え。あとは勝手にしろ」

 

 強固な精神力を有するクラムであれば、退けられるハズだった。

 しかしいま彼はようやく視力を取り戻したばかりである。奇襲に怯み、精神的な隙を生じさせていた。その為に魔法使いとして未熟なスミレの放った呪いがこの上なく強力に作用する。

 蕩けた表情へみるみるセドリック・ディゴリーへの怒りが充満し、再び全力疾走で通路の向こうへ消えていく。その背中を見送ったあとスミレも反対方向へと歩き出した。ハリーの事などすっかり忘れ、鉛のように重くなった両脚を引き摺る。

 

 またもや迷子になってしばらくのち。『悪霊の火』を使えても一度きりという状況になって、スミレはすぐ近くの曲がり角の方向からフラーの悲鳴を聞いた。トロールや巨大サソリに驚くような性格でない事はよく知っている。

 ほとんど無意識に走り出していた。

 駆けつけたとき、フラー・デラクールは虫の息で仰向けに倒れ、ビクトール・クラムが先ほど『服従の呪文』を掛けたときよりずっと血走った目で杖を構えている。

 より強力な術者がスミレの掛けた呪いを上書きしたとしか思えなかった。

 フラーを庇うようにクラムへ立ちはだかる。今度は逃げられない。

 運よくセドリックが通り掛かるとも限らない。

 我が身一つ、杖一本で鍛え抜かれた魔法戦士を退けなくては。

 

苦しめ(クルーシオ)!!」

 

 躊躇なく放たれた『磔の呪い』を不完全な『呪いそらし』で弾く。

 これもムーディが授業で散々に練習させた呪文である。しかし完全には習得しきれておらず、あらん限りのパワーで撃ち出された呪いを弾くと、衝撃で右腕がジンと痺れた。何度も受ければ骨が折れてしまいそうなほどの攻撃力……これがビクトール・クラムの才能というのなら、ダームストラングはスリザリン以上に闇の魔法使いの育成機関として成功している。

 自分は無力だ。トチ狂った猛獣を前に恋人も守れないのか。

 

「そんなだからアザミ姉さんに負けるんです。愚か者め」

 

 自分へ向けた罵倒のつもりだったが、錯乱状態のクラムは誤解した。

 さらに怒りのボルテージを上げ「アオイ!!」と唾を撒き散らして絶叫する。

 その隙を逃すほどスミレも甘い性格はしていない。

 

苦しめ(クルーシオ)!!」

 

 よくも私のフラーを――散々に追い立てられた怨みと、恋人を傷つけられた怒りを呪いに変換して叩き付ける。全身を貫く憎悪がクラムの肉体を硬直させる。もう残り少ないスタミナで仕留めなくてはならず、スミレはすぐさま追撃に移った。

 

武器よ去れ(エクスペリアームズ)!!」

 

 大きく湾曲したグレゴロビッチ製の杖が生け垣に飲み込まれる。

 完全に無力化された狂戦士へさらに失神呪文を撃ち込む。

 クラムが顔面から勢いよく倒れ伏すのを見届けてフラーへ駆け寄る。

 意識は朦朧としているが呼吸はある。心臓の鼓動も聞こえる。

 側に落ちていた紫檀の杖を彼女の手に握らせ、自分の杖で救助の合図を打ち上げた。

 このまま放っておいて魔法生物が現れたり悪魔の罠に捕らわれるかもしれない。

 髪が泥に汚れるのも構わず、フリットウィックが箒で降りてくるまでずっと、スミレはフラーのそばを離れようとしなかった。

 

 

 暗がりの中で優勝杯が輝きを放つ。

 その前で向かいあう三人のホグワーツ生。

 ハリーとセドリックの奇妙な口論にスミレは辟易した。

 最後の力を振り絞って放った『悪霊の火』によって、成長しきった『悪魔の罠』に襲われそうだったハリーとセドリックを救った。セドリックはスミレの背後に現れたレッドキャップを『爆発呪文』で木っ端微塵に消し飛ばし、ハリーは巨大な蜘蛛からセドリックを庇い左脚を負傷した。グリフィンドールとハッフルパフの二人は互いのフェアプレーを挙げては相手に優勝杯を取るよう迫り、スリザリンは完全にスタミナ切れで二人を出し抜く余裕がなかった。

 

「第一の試練がドラゴンだと教えてくれたのは君だハリー。前以て知っていなければ今ごろどうなっていたか」

 

「第二の試練に必要な卵の謎を教えてくれたからそれで()()()()だ。セドリックのヒントがなきゃ何にも分からなかった」

 

「実を言うとアレは僕も人に教えて貰ったんだ……ドラゴンだってそうさ。スミレだってスネイプ教授からドラゴンの事を聞いたんだろう?」

 

「私はフラーに誘われて行ったんですよ……どうしても見せたかったそうです」

 

「ああー……ホラ、スミレは一昨年にシリウスの件でスネイプから怨まれてるんだ……」

 

「そんなバカな話があるか。おかしいじゃないか、教え子の活躍なのに怨むだって?」

 

 どんどん脱線してあらぬ方へ転がっていく話題をスミレが無理矢理に修正する。

 正々堂々ここで大乱闘を繰り広げ、勝者なしという決着になるのも悪くない気がした。

 

「で、二人とも優勝杯が入り用でないなら私が貰っても? 賞金は結構ですけど」

 

「それじゃあ、こういうのはどうだろう……三人一緒に取るんだ。ホグワーツの優勝にはかわりない。三人引き分けだよ」

 

「最後にお互い助け合った。僕たち全員、同時にここへ辿り着いたんだし。そうしよう」

 

 男子二人が握手を交わす一方。俯いて表情の伺い知れない女子が一人……

 

「そんな…………」

 

「どうしたんだスミレ? 傷が痛むのか?」

 

 手も顔も擦り傷に塗れた華奢な身体が、瞬発的に動いた。

 いつもの緩慢な挙動やさっきまでの疲労困憊を忘れたような素早さ。

 優勝杯へ至るまでの通路に張り巡らされた『罠』など関係ない。

 迷路の中で己を失うまでもなく、アオイ・スミレの本性が露わになったのだ。

 

「そんなバカな話、納得出来るか!! 勝つのは私だ!!」

 

 青々とした光に照らし出される蒼白の顔を怒りに歪ませる。

 飛びかかるように優勝杯へ手を伸ばすスミレ。そしてほとんど咄嗟に彼女の身体を押えようと掴みかかるハリーとセドリック。

 腕の長さがあと数ミリあれば確実に優勝杯を我が物に出来ていたハズだ。

 左右から押さえ込まれるのと、小さな手が黄金で作られた優勝杯へ触れたのはまったく同時だった。

 間もなく高速で回転を始める優勝杯。

 移動(ポート)キーが起動し、三人をまとめて連れ去った。

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