ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団
あらま飛んでったアバンチュール


 真夏の日射しに照らされた縁側の向こうで、鮮やかなブーゲンビリアが赤々と咲く。

 畳敷きの応接間で一段ばかり高くなった床の間でも白磁の花瓶に生けられている。

 青々として雲一つない空に蝉時雨が木霊する。ごくありふれた七月の庭先を眺め、喪服姿の葵樒は「つまらん景色になってしまった」と溢した。

 囁く声にも関わらず蝉時雨の大合唱に埋もれることはなかった。

 この屋敷における当主の権力を示すように絶対的な存在感を放つ。

 飄々とした初老の風貌には無縁に思われるが、彼は間違いなく菫の祖父なのだ。

 十六年という生涯をこの屋敷で過ごした少女を記憶する一人である。

 かつてどれほど多くの肩書きを背負っていようと。

 現在どれほど絶大な影響力を行使することが出来ようと。

 孫娘に先立たれた老翁の細い目は遠い過去を見ている。

 

「いや、すまんな。どうも屋敷の広さに飲まれちまった」

 

 居住まいを正して口の端を吊り上げる。

 独特の笑みは昨年見せた快活さに欠けた。

 それは自分もきっと同じだろう――フラー・デラクールは自分の微笑みを確かめる勇気がなかった。壁に嵌め込まれた磨り硝子を見るのが怖かった。

 

「三大魔法学校対抗試合での活躍、見事だった」

 

「私は……最後まで期待外れの結果ばかりでした」

 

 ドラゴンの対決では些細な油断から事故に発展した。

 水魔の群れに囲まれたときなど平常心を保てなかった。

 大迷宮でもそうだ。錯乱したビクトール・クラムに太刀打ち出来ないまま脱落した。

 これで母校の代表選手などと笑わせる。実力不足を晒したに過ぎない。

 だが樒はにこやかに、教え諭す口調で「胸を張りなさい」と言った。

 

「君は誰よりも正々堂々と戦い、敗れた。敗北にも名誉がある。その結果は誇るべきものだ」

 

「お褒めの言葉、感謝いたします」

 

「美人はときに涙も似合うがね。菫の恋人は自信満々の方がより綺麗だ」

 

 フラー・デラクールは心から葵菫を愛していた。

 独り占めしたい。独り占めされたい。

 私を見て、触れて、骨まで愛して欲しい。

 喰らいたいなら血の一滴まで喰らって欲しい。

 我儘すぎる恋を、あの子は真っ直ぐ受け止めてくれた。

 気の迷いから始まった気持ちであったとしても。喪失感に本物だと教えられた。

 彼女を想って零れた雫の熱さえ愛おしい。

 

「それほどに、いや、ここにおるのだ。言うまでもないか」

 

 樒はゆっくりと頷く。

 ホグワーツを去るまでに時間はあった。手紙でも済ませられる。

 数千キロという隔たりを飛び越え、さらに不便極まる辺境へ来たのだ。

 案内する者もなければ言葉の壁が幾重にも立ちはだかったろう。

 それでもフラーは葵菫へ最後の挨拶をするため彼女の生家へと辿り着いた。

 認めざるを得ない。拒むなどあまりに情がない。それでは菫に怨まれる。

 

「であれば、貴女には知って貰わねばならん。菫がホグワーツへ入った経緯について」

 

 軽薄そうに笑みを絶やさない好々爺の仮面を脱ぎ去った。

 年齢不詳、葵家の総領たる顔は在りし日の峻厳さを保っていた。

 

「菫が十三歳のとき、菖蒲に連れられ英国を訪ねる機会があった。ちょうどこんな空模様の日で、恐ろしく暑かった。この屋敷しか知らぬ菫に、世界を見せたいと思ったらしい。アレは視野ばかり広い男だからな……己自身の研究と、古い友人との再会を兼ねた訪英だった」

 

 何処の街へ踏み入ったのか樒は伏せた。魔法省との取り決めにより、その名を口にしてはならない契約であると断った。「あの街は呪われているのだ」とだけ告げた。

 

「その御友人というのが最後の住民だ。厳密には『街の古い血脈』の末裔だな。女性だと聞き及んでいるが……その御仁が、研究を一歩進められたと報せ、是非見に来ないかと誘ったのだ」

 

 そして菖蒲は、夏休みという絶好の機会を利用することを考えた。

 田舎しか知らない菫にもっと多様な景色を見せたいという思いからだった。

 世界を股に掛ける若き魔法薬学者らしい発想である。菫も親戚の同伴ならばと頷いた。

 だが、そこで予想外の”事故”が起きた――真相は菫の記憶の底で眠っている。より正確に言えば魔法省の手で『忘却術』を施され、思い出せぬのだという。

 

「だから儂も何が起きたのか知らん。事故のために御友人は落命した。菫も記憶を封じられ、事後処理に来た魔法省の連中も同様に『忘却術』を掛けられてな……アラスター・ムーディもその一人だった」

 

 新学期早々、マッドアイ・ムーディに異常な拒否反応を示した事は聞き及んでいる。一ヶ月近く心身を病み、正視に耐えないほど荒廃していた事も。その原因について当の菫が忘れてしまったも同然というのは残酷すぎる。

 フラーの喉奥で言葉が詰まった。

 あまりに度し難い。自分自身でさえ理由も分からず怯えて暮らす……そんな理不尽を、事もあろうに魔法省が強要したのだ。清廉潔白である事は難しいかも知れない。だが、率先して欺瞞と隠蔽を武器にするなど正義から程遠い。

 握り締めた拳が白くなる。

 その様に樒は細い顎を撫でた。

 

「このような言葉を若者に聞かせるのは恥知らずかも知れん。だがなデラクールさん、世の中には『知らない方が良い』事が数え切れんほどある。儂も散々目にしてきた。断言するが、貴女もいずれ繰り返し目の当たりにするだろう」

 

「目も耳も、記憶にまで蓋をして。それで菫は救われたのですか。得体の知れない恐怖にずっと怯えて、あんなに塞ぎ込んで」

 

「誰も菫を救えなかった。儂もそうだ。ホグワーツへ預けた事を母親はずっと悔やんでおったよ。だがな、マドモアゼル、貴女のおかげで菫は確かに救われたのだ。昔のあの子がようやく帰ってきた気がした」

 

 虚しい笑みが白日の下で燃えるブーゲンビリアへ向く。

 

「全て儂の過去が巡り巡って結んだ因縁だ。悔やむ資格なぞありはせん。腹を召すのも詫びの一つだがな。それで綺麗サッパリ片付けられる事ではない、そのような状況にはあるまいよ」

 

「ヴォルデモート卿が復活したと、信じておいでなのですか」

 

「ほう。フランスも英国に足並みを揃えているかね」

 

 無論、紳士協定の類いである事は間違いない。イギリス魔法省は一連の不祥事について各国と協議を重ね『事故』という姿勢で一貫している。まして『闇の帝王』ヴォルデモート卿の存在はけしてヨーロッパ大陸において影響力を発揮しうるものではないが……『純血』というフレーズに呼応する勢力にとり新たな偶像として十分な主張を過去に発信してきた。

 もちろんデラクール家とて無縁ではない。

 半世紀以上前、一門は敵味方に分断されたほどである。

 ハリーとセドリックの言葉を疑うではないけれど。フラーにとってあまりに信じ難い。ヴォルデモート卿は既に故人で、グリンデルバルドのように幽閉されている訳ではないのだ。例えどのような魔法であっても死者を蘇らせる事は出来ない……ホグワーツを去る日、ダンブルドアの語った()()をどうしても鵜呑みできないでいる。

 何故、菫が命を奪われたのか。誰が菫の命を奪ったのか。

 フラー・デラクールにとってアルバス・ダンブルドアという存在は遠すぎた。

 無条件にその言葉を信じられるほど彼を知らないのだ。

 ではいま目の前にいる老人は? ダンブルドア以上に謎多い。

 葵菫の祖父という以上の信頼を感じていないのなら、どう違う?

 

「前提が間違っているのだデラクールさん。ヴォルデモートはそもそも死んでおらん、アレはいまこの世で最も不滅に近しい存在なのだ。十五年前、運悪く()()()()()で重傷を負った為に身を隠していたが……先の一件を経て()()()()()()()()()()

 

 ヴォルデモートが死んでいるという『前提』を全面的に否定する。

 その復活は黄泉還りなどではなく、ただ傷を癒やし終えたというだけ。

 困惑するフラーを余所に樒は話を本筋に戻した。

 それは一方的に進行していく授業のようでもある。

 

「菫は不完全な吸血鬼だった。それ故、治療の余地があったわけだ。人間に戻る可能性とも言える。儂はその可能性に賭け、魔法省とダンブルドアに菫を預けたが、このザマだ」

 

 ――儂に関わるとみな必ず不幸に遭う

 

 老人はそう言って嗤った。

 枯れ木のような寒々しさを漂わせ、真夏の日射しに眼を細めながら。

 

「デラクールさん、一つ尋ねても構わんかな」

 

 もの悲しい眼差しがフラーへと移る。

 真っ直ぐに見詰め返すダークブルー瞳に、樒はゆるやかに頷いた。

 

「もし菫に会えるならば会いたいかね」

 

 葵菫が好いてくれたフラー・デラクールを取り戻すため、彼女の愛に応えるため、ここへ来たのだ。いくら前を向こうと、この未練だけは生涯断ち切れない。この気持ちを偽ってしまったら自分を辞めるのと同じだ。

 ただ一言、ごく短い「はい」という声に籠められた想いに老人は「よろしい」と応じた。

 

「薊、聞いての通りだ。客人を案内して差し上げろ」

 

 応接間の襖が静かに開く。板張りの廊下へ膝をつく薊が、軽く頭を下げた。

 金色に輝くローブを羽織ったマホウトコロの正装である。古風な袴に左前の着物姿で、ホグワーツの制服よりもずっと似合っている。菫にもきっと似合っただろう。薊は立ち上がって「こちらへ」とだけ告げ、フラーが応接間を出るのを待った。

 応接間を辞したフラーは薊の案内で屋敷の奥へ進む。

 薊は足音一つ立てずに歩く。あの硬派な雰囲気が嘘のようだ。

 その気になればどんな風にも振る舞える器用さは意外だった。

 しばらくすると薊はピタリと立ち止まった。

 

「ここが菫の部屋だ」

 

 少し見上げた視線の先には、菫の彫刻が施された欄間がある。

 看板や張り紙がなくともこれで一目瞭然。洒落た発想だ。

 この先にあるのは生前の菫が遺した彼女の為の世界。

 右手で襖を示す薊。フラーの意思で開くように促す。

 

「構わないの?」

 

 伝わるはずのないフランス語へ頷き返す。

 鋭い眼光はなく、頼み込むような目だった。

 本当なら自分が案内するのではない。どうせなら、恋人の手で開いて欲しい。

 きっと菫は恥ずかしがるだろう。

 顔を真っ赤にして慌てふためくに違いない。

 その様子を想像するだけでつい笑みが浮かぶ。

 

「どうしてそんなに可愛らしいのかしら」

 

 どれほど囁いても照れてくれる相手はいない。

 丸い黒色の引手に指を掛ける。僅かな力ですんなり開く。

 少し埃っぽい空気が隙間から流れ出る。

 こぢんまりとした室内は本棚で埋め尽くされていた。

 もちろん全て日本語で、フラーには一つも読めない。

 どちらを向いても文庫本の背表紙ばかり。座卓の上にはホグワーツで使う教科書や参考書が並び、羊皮紙や黒色のインク壺と羽ペンが転がっている。壁にはハンガーで学校の制服が吊られ、他には薄手の四角いクッションやら折り畳まれた布団が部屋の隅に置かれていた。

 ここで午睡したり、本を読んだりしていたのだろうか。

 黒猫のように気ままな菫の姿を想像すると胸が締め付けられる。

 

 温もりが残っているはずないけれど、指先で畳みを撫でる。

 

 もちろん乾いたいぐさの感触が伝わってくるだけ。

 香水を使うような子ではなかったから、匂いと言えるようなモノも感じ取れない。

 部屋の主だけが跡形もなく消えてしまったような感覚。

 つい先月まであんなに身近にいて、いつでも抱き締められたのに……。

 

 膝に落ちた涙の熱さでようやく自分が泣いていると気付く。

 

 この離別は失恋でなく、破局でさえなく、落雷にも似て、あまりに唐突なうえ理不尽に引き裂かれた。その苦しみはフラー・デラクールだけのもの。薊には共感し得るものでなく、ただ啜り泣く声だけを廊下から聞き届けるだけだった。

 どれほど時間が過ぎたのだろう。

 フラーの啜り泣く声だけが薊の耳に届く。

 どんな顔をすれば良いか自分自身、まったく分からない。

 余程の薄情者なのだろうか。従姉妹同士、不仲では無かったはずだ。

 何故こんなに葵薊は泣けないんだ。

 何故こんなに私は息が詰まるのか。

 何故こんなに罪悪感が押し寄せる。

 悶々として答えは出ず、情け無さに肩を落とす。

 二重に嵌め込まれた窓硝子の向こうから照りつける陽射しも忘れ、薊は浅黒い顔を自己嫌悪から生じる不快感で歪ませた。

 意識を内に内に向けるあまりフラーに頬を張り飛ばされるまで、泣き声が止んでいた事に気付かない。パシンと乾いた音が一つ。右頬にはしる衝撃と鋭い痛みが薊の意識を自己嫌悪の底なし沼から引き上げた。

 

「どうーして、貴女は泣かないでーすか」

 

 相も変わらずフランス訛りの下手な英語で、間抜けなイントネーションにも関わらず、明確な怒りの感情が籠められていると理解させられた。押し寄せる情報の多さに薊は言葉が出ない。ただ茫然と立ち尽くすしか出来ない。

 酷薄な顔立ちが余計に印象を悪くする。

 フラーの非難がさらに薊の心臓へ突き刺さる。

 

「あーんなに慕われてマした! 私、アザミの()()が羨ましかーたです! あんな(うー)に甘ーえて欲しかった!」

 

「ならそう言や良かったんだ。遠慮も何もねえくせに何を今更、赤の他人のオレに八つ当たりしやがって見苦しいんだよ」

 

 天邪鬼が嘯いたとした思えなかった。本心から程遠い言葉を放ってしまった理由を、一体全体どう説明すれば良いのか薊自身も分からない。ともかく酷い事を言ってしまった自覚はある。フラーの泣き腫らして真っ赤な目を見れば、嫌でも分かる。

 

「赤の他人!? ワターシたち、友達じゃないのでーすか!?」

 

「オレにとってオマエは単なる(イトコ)の恋人。立派な他人だ、友達になった覚えはない」

 

 これだけは葵薊の偽らざる本心だった。

 胸の内をようやく吐露できた安心感が、感情を決壊させる。

 激昂したフラーは二発目の平手打ちを放とうとする。その腕を薊が掴んだ。

 体格差をモノともしない怪力で手首を締め上げる。

 

「図に乗るなよデラクール。菫の為でなきゃ、誰があんなバカな真似するかってんだ」

 

 杖を抜かないのは二人の理性の為せる業だった。

 まだ拘束されていない左手で薊の胸ぐらを掴む。

 素手で鼻をへし折れるほどでなくとも、フラーとて身体は鍛えている。背丈で押し潰すように体重を加える。

 

「そうやって逃げるなんて。臆病者よ。威勢のいい事ばかり言って、恥知らず」

 

「ナニ言ってんのか分かんねえよバカが。万国共通語で話せっつーんだアホめ」

 

 膝関節を狙った蹴りを足で押さえようとし、バランスを崩す。

 もつれ合う形で和室へ倒れ込む。取っ組み合いになりながらフラーは薊を罵る。

 尽きない悲しみは発散できても怒りを鎮める方法がなかった。

 

「菫を口実にして、自分の責任に背を向けてるだけじゃない! この弱虫!」

 

 平手ならぬ拳を鼻っ柱に叩き込まれ、赤い体液が一筋流れる。

 

「菫をひとりぼっちにして、泣かせたんだオレは。『置いて行かないで』ってあんなにせがまれて、でもオレは魔法使いの学校に行って……だから今度はオレ一人で菫と一緒にいてやらなきゃ……」

 

 為されるがままだった薊の目に炎が灯る。金色のローブを脱ぎ捨て、吼えた。

 

「こんなモンが何の役に立つってンだ!! チクショウ、アイツら死んだ途端しおらしくしやがって!! どいつもこいつも、余所モンだからって舐め腐って……タダじゃおかねえ!! オマエもだデラクール!! どうせ結婚なんて出来もしねえクセにベタベタすんじゃねえウザってえ!!」

 

 手加減なしの膝蹴りを無防備なフラーの腹へ食らわせる。

 喧嘩慣れした薊は勢いに任せて馬乗りの状態をひっくり返す。

 内臓へ強烈に響く激痛で数秒、意識が途絶える。

 そのまま逆に自分がフラーへのし掛かった。

 傷一つ無い美貌へ渾身の拳を叩き込もうと身体を捩る。

 咄嗟に伸びた手が薊の襟元を掴み、大きくはだけさせた。

 筋肉質ではあるが菫とよく似た背格好で、いくらか丸みに乏しい身体付きが露わになる。

 無造作に突き出された左手が薊の顎を弾き飛ばした。

 それでも拳が放たれようとした瞬間。奥の間へ通じる襖が勢いよく開いた。

 

「姉さん!! お風呂でドッキリしようって言ってたのにいつ来るの!? のぼせそうなんだけど!!」

 

 サイズの合っていないダボついたタンクトップに、やはり大きすぎるショートパンツを骨盤に引っ掛けて、濡れた黒髪をタオルで拭きながら菫が怒鳴った。薊は鼻血まみれの顔で脳天気な従妹へ一喝する。

 

「ウルセえ! 死なねえんだから湯船に浸かってりゃいいだろ! いま取り込み中だ!」

 

「と、取り込み中ってただのケンカじゃん! なんで姉さんがフラーと大喧嘩してるの!?」

 

「つーかジロジロ見るなヒトの裸を!! 向こう行ってろ!! すぐ決着つける!!」

 

「いやあ筋肉スゴいなあって……じゃなくて、もうやめてよ二人とも! 私、死んじゃったけどまだお墓に入れる状態じゃないよ!」

 

 ぺたぺたと足音の聞こえて来そうな足取りで駆け寄り、まだ汗ばんだ身体で菫は薊に抱きついた。

 湯船で温められているのに芯から冷たさの伝わってくる感覚に薊は鳥肌が立った。

 

「私、二人がケンカしてるところ見たくない……姉さんのコトもフラーのコトも大好きだから……」

 

「甘えんな。ケンカでブン殴らなきゃいけねえ時があんだよ。分かったら離せ」

 

「分かんない。私ケンカ見るのキライだもん。だから姉さんにもしないで欲しい」

 

「いいから離せ! あのバカ、オレに分かんねえ言葉でクソカスに貶したんだぞ!」

 

「フラーが口悪いのなんて今更でしょ! だいたい姉さんヒトのコト言えないよ!」

 

 それはそれはおかしな姉妹喧嘩を繰り広げる薊と菫。二人揃って裸同然の格好で、ケンカをやめるやめないで散々に言い争う。

 死んだハズの恋人が生きている……信じ難い光景を目の当たりにして、フラー・デラクールの意識はこれを現実と認められない。

 伸ばした両手で薊の頬を左右に引っ張る。

 

「イダダダダダダ! ツメを立てるなツメを! 千切れる!」

 

「そのときは食べてもいい? 美味しそう」

 

「水饅頭でもかっこんでろ!! 美味くねえよ!!」

 

 痛い、離せと大騒ぎする従姉へ抱きつく表情の幸福そうな様に、フラーは一抹の敗北感を抱いた。

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