ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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努力 未来 a beautiful star

 クィディッチ優勝杯を自寮に飾りたい――生徒の多くがそう願っている。

 ヨーロッパを中心に、魔法界で最も熱狂的に支持されるスポーツである。

 ホグワーツでもこの寮対抗トーナメントの帰趨に注目が集る。もちろん栄光を勝ち取りたいのは寮監の教授たちも同様であり、表立って手助けこそしないものの()()からの助言が存在することは公然の秘密だ。マクゴナガル教授は開幕戦が近づくとレポート課題の量が目に見えて減少する。ホグワーツではちょっとした季節の風物詩である。

 そうでなくとも採点基準が厳しい変身術だ。そんな厄介極まる課題が軽減、運がよければ免除されることすらあるのは生徒にとってもありがたいばかりだ。

 授業終わりの安堵感はひとしお。グリフィンドールもスリザリンも、気持ち穏やかに見えた。

 菫は相変わらず何かを消したり形を変えるのが苦手だった。

 

「杖ってのがどうもなあ」

 

「アンタ魔女でしょうが」

 

 愚痴る薊にパンジーが呆れた顔をする。

 監督生バッジが誇らしげに胸元で輝いている。

 言われた方は開き直って指の関節を鳴らした。

 

「殴った方が速いんだよオレ」

 

「乱暴なんだから。マホウトコロじゃガキ大将だったんでしょ」

 

「ンなやつ留学させるかよ」

 

 反論されたパンジーは「はいはい」と受け流した。

 半ば冗談、半ばは上級生らしい振る舞いについての忠告だった。

 教科書一式を鞄に詰め込むのも年々苦労する。授業に必要な参考書の厚さがどんどん増しているせいだ。

 

「例の勉強会は順調?」

 

「どうにかこうにか。やる気がないヤツは知らねえ」

 

「世話焼きねアザミって。口ではイヤイヤなのに、放っておけないの?」

 

「校則も教育令も守ってんだぞ。いいだろ放課後ナニしようが」

 

「アタシだって罰則取るつもりじゃないわよ。ただ、変わってるなって思っただけ」

 

「平民から言わせりゃ、()()()()()()こそ貴族様の出番じゃねえの?」

 

 するとパンジーは一瞬だけグリフィンドールの集団へ目を向けた。

 ちょうどシェーマス・フィネガンがディーン・トーマスとともに変身術の教室を出て行くところだった。やや遅れてネビル・ロングボトムがあとを二人のあとを追っていく。

 

「嫌いなものはどうしたって嫌いなの。悪い?」

 

「それは個人の勝手だ。オレの知ったこっちゃない」

 

 人種がどうの性別がどうの、薊には理解の難しい感覚だ。

 生まれをとやかく言うなら自分こそ七組で孤立してしまう。

 いちいち言葉にして解決するならみんなそうしている。

 だが現実は違う。双方どころか様々な場所から思い思いに叫びあい、意思疎通どころの話ではない。自分だって物珍しげな目で見られているのは承知している。()()()()()()でとやかく言わない魔法界でもこれだ、百年前だか九十年前のアメリカに降り立った恩師はどれほど強烈な差別に直面したのだろうか。

 

「先生みたいに『そうですか』で流せるほどズ太い神経は二人もいらねえ」

 

「キザハシ教授くらい美人ならいくら傲慢でも許されるのよ」

 

「オレはダメなのか」

 

「自己認識が甘すぎやしなくって?」

 

 ようやくお互い声を出して笑い合った。

 こうして冗談を言あうのも珍しい気がした。

 確かにツンとした目尻は強気に見える。それでいて笑顔は女子らしく可愛らしいから、菫が一目惚れするのも納得だった。どことなく母親に似ているのだ。目力と愛嬌。それにキレイな髪質。条件を箇条書きにするとなるほど共通項がいくつかある。

 しかし選んだのは長い銀髪と高い背丈、自己主張の強いデラクールだから惚れっぽい年頃なだけだ。

 そういうものだと割り切ったところへ最後列にいた菫がやって来た。

 

「姉さん、今日も勉強会に行くんですか?」

 

「たりめえだろ。自分でなるべく顔出すっつったんだから」

 

「私は選抜会の日程でスネイプ教授のところに行かないと」

 

「スミレ、言っちゃ悪いけど本気でやるの……? 試合だって一年生のときに何回か見たきりじゃない」

 

「大丈夫ですよ。箒から落ちたってボールが頭に当たったって、怪我するだけです」

 

 心配はいらない、そう言って菫は優しく微笑んだ。痛みを感じることもなく、それどころか死なないのだから。吸血鬼がクィディッチ・チームに参加してはいけない、というルールは公式規定にも学校規則にも記載がなかったようだ。そんな事例は前代未聞であろう。あるいは存在するのかもしれないが監督のマダム・フーチからして黙認したのかもしれない。スネイプ教授は同僚たちからハシゴを外されたのだ。

 パンジーがその点に気づいているか確かめるつもりは薊にも菫にもない。

 

()()()ってアンタ……選手を狙ってくるのはブラッジャーよブラッジャー。ゴールポストに入れるのはクァッフル、で試合終了は金のスニッチ。分かってる?」

 

「そうだったんですか。実はよく分かってなくて。でも大丈夫です、私の視力と運動神経ならすぐ見つけて捕まえられますよ」

 

 深い溜息が教室の床へ沈んでいった。

 ある意味で正しい。しかし根本的に間違っている。

 ただスニッチを取ればよいというわけではないのだ。

 だが菫は物事を単純に捉えようとする悪癖がある。

 説明しても曲解するか、もしくは混乱しかねない。

 

「ミス・アオイ……ああ、まだ教室にいましたか。丁度よかった。このあと授業はありませんね?」

 

 マクゴナガル教授から呼び出しを受けた。

 菫だけがゆっくりと振り返る。薊は数占い学の授業が控えている。

 

「話しておきたいことが幾つかあります。よろしいですね?」

 

 有無を言わせぬ圧力を放つ。

 魔女帽子の影に覆われても目は力強く輝いていた。

 菫はたった一言、短く「はい先生」と答えた。

 三人はそれで解散せざるを得なくなる。薊とパンジーはそれぞれ手を振って別れを告げ、変身術の教室を出て行った。

 休み時間の終わりが近づくとみんな教室からいなくなる。

 残ったのはマクゴナガル教授と菫の二人だけになった。

 

「クィディッチのキャプテンを務める件、本気なのですね」

 

「はい。あとは参加希望者の選別試験をするだけです」

 問題はトライアルの日程だった。理想は週末だ。さらに贅沢を言うなら正午から競技場を貸しきりで望みたい。しかし他の三チームだって猛練習を繰り広げ、土日ほど練習に適したタイミングは存在しない。

 競技場の争奪戦は必至だ。試合の環境そのままフォーメーション確認や新戦術を試すことのできる場所は、校内に一カ所しかないのだから……だが果たしてスネイプが動いてくれるだろうか。その点、菫にとってスリザリンの寮監はまったく信用に値しない男である。仮に女性であっても同じ評価になるだろう確信があった。

 

「では今週の日曜日に実施するのがよいでしょう。予報も()()()()()()()と伝えています、最適のコンディションです」

 

「あの、競技場の予約がまだで……このあとスネイプ教授に使用許可証をいただけないか、伺うつもりなんです」

 

「ではそうするように。もし教授が()()なさるようでしたら、私が『遠慮は無用』と言ったと、必ず伝えることです」

 

 菫は困惑した。マクゴナガル教授の伝言は、自分への援護射撃に他ならない。葵菫を援護する弾丸の標的はセブルス・スネイプその人である。

 

「え、あ、あの、それはどういう……」

 

「ことクィディッチに関して私は一切の妥協を許容しません。長年のスリザリンの戦術については忸怩たるものがありました。スネイプ教授にとっては屈辱的かもしれませんが、これはよい機会です。悪しき風習を刷新しチームを改革するまたとない好機。これを逃すなど以ての外です」

 

「は、はあ……ありがとう、ござい、ます……?」

 

 逆三角形の眼鏡の向こうで燃え上がる闘志につい怯んだ。

 十七年間で一つの事柄にこれほど心血を注いだ経験がなく、どうにも変身術教授の心中を図りかねてしまう。

 ホグワーツにおけるクィディッチ事情についても断片的に把握しているだけだ。

 極論、実家から持って来た小説があれば放課後の自由時間は潰せてしまうのである。

 真意はともかく礼だけは伝えておく。軽い会釈も添えた。

 菫が好悪を把握している相手なんて親族を除けばパンジーくらいだった。ホグワーツの外まで含めてもフラーだけなので、マクゴナガル教授が今年度の寮対抗トーナメントに燃えている理由なんてとても想像出来ないでいる。

 

「ドローレス・アンブリッジの協力を求めた点は、あまり感心出来ませんねアオイ」

 

 本題はそっちか、と菫は呼び止められた理由を察した。

 

「丁度良かったので。スネイプ先生は話を聞いてくださらなかったですし」

 

「シリウス・ブラックの一件が尾を引いていることは承知しています。学生時代からの因縁、と言うほかありません」

 

 それは菫もよく知っている。未練がましく見苦しい――そうとしか感じなかった。

 巻き込まれた自分や薊はまったくいい迷惑だ。吸魂鬼には襲われるし、学校生活はなにかと窮屈だし、本当に厄介な出来事だった。

 

「魔法省の介入が本格化すればあなたにとっても不都合が多いと、誰からも指摘がなかったのですね?」

 

「後ろ指には慣れています。今までみたいに黙っているつもりはありません、口の減らない相手は殴ってでも黙らせます」

 

「後ろ指で済むと思いますか? あの女は根っからの差別主義者です、『反人狼法』でどれだけ多くの罪なき人狼が社会から排除されたか……」

 

「人狼と一緒にしないでください。人喰いの化け物になるくらいなら飢え死にします」

 

 根っからの()()()()は菫とアンブリッジの共通点である。

 嫌悪感の矛先が自分自身にも向いているかどうか、それだけが違っている。

 無論、豹変した人狼の危険性は言うまでもない。それは人狼症の罹患者たちが誰よりも理解している。時代を超えて受け継がれてきた人狼差別の記憶は、明確な隔離政策に対して組織的、あるいは個人による反対意見の表明を抑制した。

 そしていま菫が発した言葉は従来の差別感情とはベクトルが異なる。

 一瞬よりもずっと短いまばたきが、マクゴナガルには数分のことに感じられた。

 

 ――葵菫が欲していたのは、肉体的な安定よりも精神面の支えだったのだろう。

 

「貴女の信じる、貴女の理性を私も信じます。それこそが人間を人間たらしめる唯一の(よすが)です」

 

 真っ直ぐな視線へ菫はわずかに首を傾げた。

 最後までマクゴナガルの真意は伝わらない。

 本当ならダンブルドアから託された伝言もあるのだけれど。

 葵菫は必要としていないだろう……そう確信し、敢えて伝えないままにした。手遅れなのだ。手を差し伸べるにはすべてが手遅れになってしまっている。

 

 

 激しい憎悪の目で睨みつけられても菫は平然と振る舞った。

 アラスター・ムーディの義眼の方がよほど不気味だった。

 魔法仕掛けの『千里眼』に比べれば、スネイプの眼光など微風だ。

 

「貴様は絶えず我輩を侮辱せずにはおれんようだな」

 

 歯軋りが聞こえないのがむしろ不自然に思える表情だった。

 般若の面を連想したがあれは嫉妬に狂った娘の顔である。

 そうするとコレはどういう仮面に該当するのか、菫の知識では判断しようがなかった。

 選抜試験のため競技場の使用許可をもらいに来ただけである。

 それが何故か罵倒されるのだから堪ったものではない。菫にとってはアンブリッジとスネイプで利用価値を天秤に掛け、前者の方が有意義な使い潰し方が出来ると判断しただけなのに……理不尽極まる仕打ちだ。

 

「事もあろうに高等尋問官の介入を許すなど、恥を知らぬのかね」

 

「介入? この学校の生徒がバカだらけなのは事実でしょう」

 

 スリザリンの継承者と呼ばれたことは未だ許していない。四大魔法学校対抗試合で寮ぐるみのバッシングをしたことも。綺麗さっぱり忘れている生徒が大多数なのも余計に腹立たしい。例外は()()()()()()()謝罪したアーニー・マクミランだけだ。

 

「私を四年間ずっと苦しめてきた報いです。いい気味ですよ」

 

「今、魔法省にホグワーツへの介入を許せばどのような事態を招くか。理解していないとは言わせん。校長から詳しく聞いていよう……『我々』が何に備え、いかにして水面下で戦っているか」

 

「興味ありません。ダンブルドア先生からお誘いはありましたが、辞退しました。校長先生のこと、まったく信用してませんので」

 

「個人的感情に執われたままとは……なんと哀れな。大局的な視野もなく自立心ばかり、親の程度も知れるというものだ」

 

 ゆらりと菫の黒髪が揺れた。地下牢の一画にある魔法薬学の教室で、微風などあり得ない。強すぎる魔法力が激しい感情の動きに反応したのだ。教壇に立って生徒を見下ろすスネイプはその未熟さをせせら笑った。

 

「歳相応の分別もなしによくダンブルドアの庇護を蹴ったな、ん?」

 

「私と違って手厚く庇護されているハリー・ポッターは死ぬんでしょう? だったら……わざわざ受ける意味がありますか?」

 

 取り立てて含むところのない発言だった。スネイプがハリーを嫌悪していることは菫も把握している。その理由もやはり学生時代の不仲に起因しているらしいことまで……だから反撃の前振りとして放ったつもりが、予想外の結果を招いたのだ。

 硬直したスネイプの表情に菫まで驚かされる。

 さっきまで殺したいほど怒り狂っていたのに、燃え上がった炎へ水を掛けられた気分がした。

 いくらか冷静さを取り戻すと腹を立てていたのが馬鹿らしくなる。

 利用価値で言えばはじめからピーター・ペティグリューを下回っていた。アンブリッジとの交渉でそれを再確認したばかりである。そんな相手に感情を揺さぶられるなんてそれこそ恥だろう……黒いネズミだと思えばどんな鳴き声をしようと固執する気にはなれない。

 

「知ってますよ。彼、『分霊箱』なのでしょう? ヴォルデモートを完全に殺そうとすれば、ハリーも道連れになる」

 

 ヌルメンガードの監獄で祖父が語った限りの情報だ。

 どれほど苦痛に苛まれようと、最後に死ねるのならそれも一つの幸せだ。こんな風に生ける屍となって血を啜る怪物になるよりはずっといい。

 

「可哀想。死ぬために生まれてきたようなものですよね」

 

 ただの結末であるべきものが目的と化している。

 本末転倒した人生を憐れむ感性はまだ残っていた。

 相手がほかの教授ならきっと言葉にしなかっただろう。スネイプはもはや顧みるべき対象どころか、軽んじて差し支えない存在と見做されていた。だからこそドローレス・アンブリッジとの共闘……つまりはホグワーツに対する背信も躊躇なく行えたのだ。

 いまダンブルドアは魔法省により影響力を削がれつつある。

 日刊予言者新聞を通したバッシングが止まることはあるまい。

 コーネリウス・ファッジの猜疑心は膨れる一方だ。

 魔法省の背後にヴォルデモートがいるとは考えにくい。しかし、ダンブルドアの存在感が薄れれば薄れるほど『不死鳥の騎士団』もまた弱体化を余儀なくされる。

 菫自身は気づいていないらしく興味なさげに教室を眺めている。

 もちろんハリー・ポッターに対しても無関心に振る舞っている。

 スネイプは青ざめた唇を震わせて声を絞り出した。怒気を滲ませているにも関わらず菫は冷ややかに壇上へ目を向けた。

 

「二度と、我輩の前にその顔を見せるな」

 

 そう言われて無表情なまま菫が首を傾げる。

 

「競技場の使用許可はいただけますか?」

 

「よかろう……望み通りくれてやる。これで満足だろう――今すぐ、我が輩の前から、失せろ」

 

 欲しい反応を得られた菫は満足げに「はい」と頷いた。

 軽やかな足取りで魔法薬学の教室を去って行く背中は、教壇から放たれる視線をまったく顧みることなく後ろ手に扉を閉めた。

 一先ず今週の段取りはこれで終わった。どのみち選別試験をしなければメンバーが決まらず、試合どころか練習さえままならない。

 しかしこれで秘密結社の日程調整も可能になる。

 グラハム・モンタギューがもう少しばかりマシな頭であれば省略できた。それもこれも寮監の放任主義がもたらした結果である、恨まれるなど筋違いだ。

 ともあれ、どうにか必要な仕事は済んだ。

 この結果を薊に報せなくては……あまり気乗りしないが、勉強会の催されている大広間へ向かわなくては。

 足が重い。憂鬱な気分にみるみる沈んでいくものの致し方ない。

 自分の判断が甘かったせいだと悔やみながら、地上を目指しとぼとぼ歩き出した。

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