ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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なんか忘れちゃってんだ

 土曜日の快晴が翌朝まで持続することは珍しい。

 雲ひとつない青空の下に立つ。葵菫の表情は硬い。

 緊張と高揚感が半ばの心地よい感覚である。高鳴る鼓動が止まろうと、火照る身体が凍りつき、滲む汗が枯れても、心は人間的な情動が残る。例え種として捕食者となっても生来の性質は変わらぬ。晴れ晴れとした日曜日の昼下がりには不釣り合いな吸血鬼が、緑色のユニフォームを着込み円形競技場の青々とした芝生に佇む。

 そのようなこともあろう。

 珍しかろうが、魔法の世界に不思議はつきものだ。

 菫の隣にロランダ・フーチが堂々として構える。

 飛行訓練教官としての経歴のみならず、第一世界大戦では愛用の箒『銀の流れ矢(シルバー•アロー)』でドイツ帝国のフォッカー戦闘機と死闘を繰り広げた生粋の戦士である。老齢に達して未だ眼光は猛禽の鋭さを放つ。その佇まいと風格は()()ではなく()()であり、研究室や温室や天文台ではなく戦場で培われた経験と感性の持ち主であった。

 二人は言葉を交わさずじっと待つ。

 どちらも饒舌の性質を持たない。

 それは社交性とはまた異なり、沈黙を苦としない人種である。

 相手と己の接点が希薄なことも互いに認識してもいる

 フーチが受け持つ科目は一年生だけの授業だ。

 二年生に進級してしまえばそれきりとなる。クィディッチ・チームに入ったとして、試合での彼女の役回りは審判であるからチームメイトに比べればやはり関わりは少ない。

 菫は箒で飛ぶのが好きではなかった。

 スポーツに類する行為は専ら不得手である。

 身体に備わっている筋肉が薄いのだ。菫の偏食は糖分、脂質、炭水化物の過剰摂取がもたらす余分なカロリーの蓄積になく、むしろ動物性タンパク質とカルシウムの欠乏が割合を占める。くわえて塩分過多も無視できない程度にふくまれる。そこへ運動量の不足も加算されるため、成長期に発展するはずであった骨格と筋肉の拡張が滞った。

 不摂生がさらなる不摂生を招き寄せた。

 それらを無視するのが吸血鬼の為せる業である。

 実年齢に比してあどけなさの強い顔が、一層強張った。

 ようやく選抜希望者たちがピッチに姿を見せた。旧チームの、グラハム・モンタギューを筆頭とした上級生は軒並み揃っている。もちろんドラコ・マルフォイも彼らと肩を並べて悠々と歩く。こちらは共通して男子生徒であり名家の子弟である。また人種も意図してかせざるかはさておき、白人かつアングロサクソン系で統一されていた。

 他方、菫のキャプテン簒奪に呼応した生徒は半純血の生徒が多数派にある。

 フローラとヘスティアは()()()()とされるカロー家だが、むしろ双子を除き()()かつ()()()()()()()()()()()()からなる三つの条件すべてに該当する者はいなかった。

 新たに選抜へ臨む面々は()()()()()()が勢揃いしたように思えた。

 状況は極めて異質だ。

 しかし見覚えのある顔ばかりだ。

 生徒が目の前の光景を異質であると認識するのに、要素の一つ一つが身近すぎる。

 スタンド席にはグリフィンドールをはじめレイブンクローとハッフルパフの生徒も押し掛け、試合当日と錯覚するほど賑わっていた。

 みな野次と静観を好き勝手に決め込んだ。

 菫は敢えて野次馬(ギャラリー)の存在を無視した。

 これで緊張するなら試合では……と、薊ならば明確な根拠に基づく判断であったろう。いまキャプテンとしてピッチに立つのは思考よりも感情、理論よりも感覚で動く菫なのである。その魂胆は実にシムプルであり有象無象に構うのは気に食わないだけである。

 クィディッチ競技に対する理解が浅いなりに考えた選抜方法は直球だった。

 形式的な挨拶をいちいち披露する気になれず、気の利いたアドリブも煩わしく思えた。

 全員をざっと見渡して菫は淡々と言った。

 

「まずは学年別にスタジアムの上を一周してください。箒から落ちたら失格です」

 

 言われた通り一年生から七年生まで、学年単位のグループが出来上がるまでに十分を要した。真っ先に反発して声を張り上げたのはグラハム・モンタギューである。二枚目を陰険な目つきが台無しにしている。そうでなければ黒髪が神秘的な二枚目として異性から持て囃されたろうが、おそらく当人はさほど色恋沙汰に頓着すまい。 

 スポーツ学生の屈強な体格は菫と対称的である。

 

「一年生まで? ようやく箒を持ったようなヒヨッコだぞ!」

 

「貴方よりはルールに真摯ですよモンタギュー」

 

 主導権を奪おうという意図を冷笑とともに一蹴してのける。

 

「妨害行為も失格とします。試合で禁止は選別でも禁止です」

 

 モンタギューの身体が二回りは膨れあがったように感じた。

 公然と侮辱された怒りで目が血走っている。公然と侮辱される経験に乏しいせいであっという間にボルテージが高まる。すぐさま暴力に訴えないのは、体格差や年齢性別といった数値化できる要因ではなく吸血鬼への恐怖心にあった。

 これまでモンタギューの自尊心を保護してきたのもまた、彼の粗暴さと寮内主流派の立場に起因する恐怖である。貴種の生まれを誇ろうとこれまで振りかざしてきた理論に単純かつ一方的な構造がそのまま生物としての種によって反転した。

 この現象が示す事実について指摘しうる者は競技場の敷地内に不在だった。

 呆然とする一年生たちの中には箒がない――手ぶらの希望者も散見された。

 

「備品庫にある中古の箒で競技をするつもりですか?」

 

 残った男子二名は同じ黒い木材に銀の装具が施された『ニンバス2001』で意気揚々とスタートしたものの、ものの十秒を待たずバランスを崩した。そのまま団子状態へ陥ったまま地面に落着した。

 

「怪我があれば医務室へどうぞ。お疲れ様でした」

 

 冷淡な調子ですぐに次のチームへ菫の意識は移る。

 ゴールポストの柱のそばで二人とも無事をアピールした。

 両腕をめい一杯に振り回したり跳びはねたり、可愛げがある。

 二年生と三年生も結果は大差なく、何人かは低空で振り落とされないよう踏ん張るのが精一杯だった。さらに最高速度のままカーブで大きく飛び出し、歪んだ軌跡を描いた。あるいは集団から抜け出そうと図ってバランスを崩すか、最悪の場合は周囲を巻き込む衝突事故を起す生徒もいた。

 幸い()()()()()()ことはなく、鼻血や打撲程度のため選抜は続行される。

 流石に四年生からは一人の脱落者も出ないまま試験が進む。

 あとは各希望ポジションごとに模擬戦を実施だけだ。

 素人目にも優秀だったのはエイドリアン・ピュシーである。

 華奢な体型の青年で、苦悩する哲学者めいた物憂い目が印象に残る。彼の水準が高いのか六年生、七年生がラフ・プレー抜きではもともに勝負できないのか、その点について菫は判断しかねた。特筆すべきはフローラとヘスティアの呼吸にあわせ未経験者の双子を適宜アシストするスキルで、これは文句なしに()()()人材である。

 スピードも申し分なく、ブラッジャーを回避する動作も洗練されていた。

 カロー姉妹はやや箒捌きが荒っぽいながら、一糸乱れぬ連携力はどの選手にもないアドバンテージだった。

 当然ながら七年生で本来チェイサーのポジションにいたモンタギューとカシウス・ワリントンは猛反発する。下級生たちが悔しいなりに不服なく受け入れたのは、菫が指名した三人よりもゴール数を稼げなかった事実があるためだ。最上級生が恥も外聞もかなぐり捨てて抗議に踏み切った理由はそもそも菫にキャプテンの椅子を横取りされた挙げ句、レギュラーから外されたからである。

 

「未経験の下級生と勝負して辛勝程度の実力は必要ありません」

 

「グリフィンドールの戦術を把握してるのはオレたちだ。これまでアイツらと試合をしてきたのはこっちだぞ!」

 

「三年連続で負けているくせによく言えますね」

 

 今日までチームを支えてきたという自負心が理不尽に反発する。

 客観性の問題ではなく、個人的プライドが根幹にある。だが菫に感情論は通用しない。彼女自身が極めて感情的な性格であるせいだ。その頑固さ……精神面での排他性、あるいは共感性の低さはスリザリンが唱えた『選民』の根幹でもある。現にあらゆる異論反論を頑として拒絶しながらレギュラー陣の選抜に臨んでいる。

 そもそも菫がキャプテンを乗っ取ったのは『自主訓練』の日程調整が目的だ。

 モンタギューとワリントンはどうあれレギュラー落ちする宿命にある。

 二人は諦めきれずキーパーかビーターでの挑戦を要求し、菫の冷笑を買った。

 

救いようがない( Blithering idiot )

 

 たった二言で退けられた七年生は、しかし吸血鬼への恐怖が足枷となって反抗心を抑制されてしまった。真紅の瞳はあまりにも非人間的であった。本能的に抗ってはいけないと理解してしまうとみるみる怒りが萎み、あとに残ったのは白けた灰の中でもの悲しげに燻るだけの燃えカスである。

 蒼白い顔は無感動に次の試験を始めるよう告げた。

 ビーターに名乗りを上げたのはクラッブとゴイルだった。肥満体であるのには変わりないがどこでどう鍛えたのやら、身長だけでなく筋肉も備わってますますゴリラのような太々しさを強めている。なるほど暴れ狂うブラッジャーを打ち返すのに十分なパワーファイターである。問題は作戦を理解するだけの頭が備わっているかどうかに尽きる。対してリーナ・クラーマーとミーシャ・タコヴシュカはと言えば、前者は菫と大差ない背格好、後者は上背こそあるが痩せた身体つきで、どちらも馬力のあるように見えない。

 だが試験結果はリーナとミーシャの圧勝であった。

 ヴィンセント・クラッブもグレゴリー・ゴイルも威力と精度は十二分に披露したものの、相手に翻弄されるとたちまち暴れ弾を見失って狼狽えてしまう。

 女子二人も精度はまったく譲らない。威力ではやや劣るように見えるが、それ以上に()()()()()()()()()()技術で怪力自慢たちを攻め立てた。

 指名を得られずクラッブもゴイルも顰め面を見せる。

 彼らの沈黙は美徳とは程遠い。単純な語彙力の貧困による。

 当然、同級生たちの無言による抗議も無視した。いくらドラコと親しかろうと、彼らの父親も死喰い人である以上、配慮をする義理は存在し得ない。

 幸いにもビーター志望者でこの二人以上に()()()候補は見当たらなかった。

 残るは防御の要であるキーパーポジションとなった。

 六年生からベテラン選手のマイルズ・ブレッチリーと、五年生のセオドール・ノットが候補に名乗りをあげる。菫にはどちらも印象が薄い。マイルズは中性的を通り越して女性的な顔立ち、セオドールは『父親が死喰人である』ことのほかにパーソナリティを把握していない。

 果たしてどちらを選ぶべきか。酷く悩ましい。

 

 困ったことに葵菫の中ではどちらも価値がないのだ。

 

 

 

 木枯らしの運ぶ肌寒さにぶるりと震える。

 試合中は生徒で埋まるスタンドも空席が目立つ。

 クィディッチへの興味を失ったようにさえ思える。

 パンジー・パーキンソンは最前列に陣取った。ここがピッチとの距離を最も短縮できる。選手の顔を視認するのに最適だ。菫が巻き起こし、ドラコが騒動の只中にいるとあっては不安が募るばかりだ。カロー姉妹は好き好んで飛び込んだのだろう。けれどセオドール・ノットには予想を裏切られた……一匹狼を気取り、常に主流派と距離を保ってきたのが、今更になって騒ぎに関わる魂胆が分からない。

 いま寮内で起きている事象についてパンジーは蚊帳の外にいる。

 監督生の身分にも関わらずシャットアウト状態だった。

 誰もなにも教えてくれない。不貞腐れたくもなる。

 不安と不満が渦巻くばかりで晴れやかな気分は果てしなく遠い。

 何より菫はついに我慢をやめたらしい。最上級生に迫られても毅然として対峙し、蒼白い顔を微動だにさせず振る舞っている。どんな不条理にも口を噤み、あらゆる不服を胸の裡に仕舞い込んで鬱々と蓄積させていく。それが限界に達し爆発する現象こそ菫の狂暴性の正体だ。だから……変わったと、言うべきなのだろう。

 意識をピッチに戻すとキーパーの指名で一悶着起きている。

 セオドールもマイルズも欲しくない菫が決めかねているらしい。

 やりそうなことだ。呆れて両肩が落ちる。これだけ七年生、六年生との関係を拗らせて、このうえセオドールとの間にも火種を抱えるつもりだ。

 言葉を失うパンジーの眼前へ、新聞紙に包まれたフィッシュ&チップスが現れた。

 右側に並び立ったミリセント・ブルストロードが無言で差し出す。

 

「どういうつもりよ。こんなに山盛り」

 

「屋敷しもべがバカなんていつもじゃない」

 

「レモンとビネガー、ちゃんとかかってるんでしょうね」

 

「そんなに欲しいなら厨房に言いなさいな」

 

 言ってミリセントは自分のフィッシュフライにかぶりつく。

 塩胡椒の味つけは彼女の好みだ。一口囓ると胡椒が辛いくらいである。ビネガーもレモンをなしなどあり得ないと常々思っていたが、持ち運ぶ時間を考慮すれば今回ばかりは正解であった。モルトビネガーでは衣が湿って食べられたものではなかったろう。甘くないチョコレートよりもサクサク不足の衣は度し難い。パンジーは渋々ながらタラのフライを頬張る。

 モルトビネガーのまろやかな酸味とレモンのフレッシュさが恋しい。

 脂の重々しさがいやに気になってしまう。

 半分ほど胃袋に収めたところでミリセントがポツりと呟く。

 呟く、というのがパンジーの驚きを誘った。いつも一言二言を添えて沈黙するのは、ダフネの仕草である。ボヤキ癖とは異なるが、いつだってあの琥珀色の目をした幼馴染みは会話へ積極的に参加はせずとも、絶えずすぐ隣で繰り広げられる口論一歩手前の会話に聞き耳を立ててはいたのだ。

 会話が脱線しようものならすかさず軌道を修正してくれる。

 あの安心感がないと迂闊に脊椎反射で言葉を吐き出せない。

 ミリセントの発した問いは慎重であった。パンジーは思考するよりも情動が先んじ、脳髄よりも脊椎で動きがちだったが、淋しさの滲んだ声が彼女らしからぬ冷静さをもたらした。

 

「なに考えてんでしょうね、スミレって」

 

 呟きはたったそれだけである。

 文字にすれば皮肉にも捉えられる。

 けれど大いなる同感が猛烈な反発に勝った。

 いくら言葉を並べ立て、理屈を捏ね、弁を振りかざしても、覆しようがない。

 葵菫が胸のうちを明かした数は片手の指でさえ余る。海を隔てた遠い国の生まれだから、それがあちらの美徳なのだろうと思っていた。しかしその異邦へ足を踏み入れてみればまったく事情が異なる。菫の秘密主義的な寡黙さは彼女個人の性格に起因するもので、それほど葵家の面々は菫のように無口とは言い難く、むしろ社交的な者ばかりだった。

 だから、知りようがなかったのである。

 パンジーでさえ彼女の好物を知ったのは昨年の夏休みである。

 三年目からは薊もいた。あの斜っぱな留学生の方がよほど()()()()()()()()

 

「気ままなタイプだとは思ったけど。考えなしじゃないじゃない?」

 

 短く「まあ、ね」と応じるのが精一杯だった。

 苦し紛れのあまりほとんど呻き声だった。

 

「……小耳に挟んだんだけどね。こないだ、三本の箒でなにか集会をしてたみたいよだし」

 

「ドラコから聞いた。あの勉強会だそうよ、ルシウスおじさまが協力なさってるから参加希望者に説明会をしてたって」

 

「それホントにただの勉強会なワケ? 怪しいでしょ、アレって自由参加なんだから。来ないのは放っておけばいいのよ」

 

 怪しい――もちろん裏に何かあると、考えなかったではない。

 しかし交際相手という立場からパンジーはドラコに直接尋ねた。

 その返答が「ただの説明会」である。誤魔化されたと感じるのは錯覚だと、言い聞かせる自分がいたのも認識している。しかしミリセントは真っ向から嘘だと指摘した。

 

「ネクラのバブリングがわざわざ顔を出すのだってヘン。だってのに、キザハシだっけ……防衛術の教授が敢えて首を突っ込む理由は?」

 

 不自然な点が多すぎる。

 挙げれば両手の指では足りない。

 言葉を詰まらせてパンジーは俯く。視線を足下へ落とし、履き慣れたグレー革のローファーだけで視界と意識を埋め尽くす。三年前、菫は怒りに身を任せホグワーツのすべてへ()()()()()。はじめこそ『スリザリンの継承者』と呼ぶ声は根も葉もない誹謗中傷であったが、いまや()()()()()()()()()()()()であるハリー・ポッターよりも菫の方がずっと継承者らしい。

 考えれば考えるほどに怪しい。

 もちろん前科もある。はじめに賢者の石を横取りを画策し、次は継承者と組んでホグワーツを廃校へ追いやろうとした。シリウス・ブラックの冤罪を証明したのも菫と薊だ。世間は真実を知らない。菫の本性について、生徒のほとんども知らないままでいる。それが当然ではあるのだが、パンジーにとって癪に障るのが本音である。

 だから「知らないし、どうでもいいわ」と斬って捨てた。

 

「四年間ずっと我慢してたんだから、もういいじゃない」

 

「パンジー……知らないワケないでしょ、ドラコの父親が『例のあの人』の右腕だったこと。いまダンブルドアが世間に向けてなんて言ってるのか。魔法省があの腐ったガマガエルを送り込んできたのも警鐘を鳴らすのをやめないから」

 

「私だって、日刊予言者新聞の提灯記事(デマカセ)信じるつもりはない。けど……けど考えてもみなさいよミリセント。私たち学生よ? ホグワーツにいるのよ? 『例のあの人』が復活したって、未成年がいったいどんな風に関わればいいの?」

 

 いよいよミリセントは力なく項垂れる。

 現実逃避は容易い。背を向けてしまうだけで済む。それでは何も解説せず、むしろ解決どころか軟着陸させるタイミングさえ失いかねない悪手である。しかし問題に向き合う精神的な疲労からは免れられる。パンジーは『逃げ』を選択したのだ。それも当然で、彼女は生まれながらに将来が約束されている。

 逃げられないのは自分もダフネも同じ。

 羨ましさと妬ましさが混ざって、ふつふつと泡立ち始める。

 

「そうね、ダンブルドアが校長でいるうちは。私たちがホグワーツにいる限りは。逃げていられる。ところでなんだけど、次の戦争は何年で決着すると思う?」

 

「戦争だなんてバカなこと言わないで。私だってあの時代がどんなものだったか、何度も聞かされた。何も知らないなんてことないんだから……もう一回戦争をやろうなんて、正気じゃないわ。イカれてるわよそんなの」

 

「そのトチ狂った戦争をまたやるつもりだから、ダンブルドアは不味い状況なんでしょうが。そりゃあのジジイは純血を毛嫌いしてるから信用出来ないのは分かる、けどただのホラ吹きだったらあんなに信奉者が集るもんですか」

 

「おかしいじゃない、どうして()()()()()()がそんなこと心配しなきゃいけないの? マグルがどうなろうが関係ないのに。あんな野蛮な、血に飢えたケダモノみたいな連中、いなくなったって魔法界に影響ないわよ」

 

「……ロングボトムもウィーズリーも純血よ。私よりずっと血が濃いの。けど、アイツらはきっとポッターの側に立つ。アンタの大嫌いなマグルの側よパンジー、それに前とは状況が違う。はじめから『例のあの人』に従う家はずっと少ないハズ」

 

 そこまで言って、ようやくミリセントは気づく。

 パンジーの表情は困惑に染まっている。その視線は理解し難い異物へ向けるもので、驚愕の色がありありと見て取れる。

 

「別に、自分で考えて出した台詞じゃないから。受け売りよ受け売り。『三本の箒』での集会だってそう。人づてに聞いたってだけなんだから、そこまで神経質にならないで……」

 

「誰なのそれ。上級生じゃないわよね、アンタが他学年と関わってるところなんて一度も見たことないもの。レイブンクロー? それともハッフルパフ?」

 

「レイブンクローだけど……もしかして気づいてないのか。言わなくても察してると思ったんだけどなあ」

 

 もう余熱も抜けきった厚切りのフライドポテトを片づける。

 空になった包み紙を『清めよ(スコージファイ)』で処理し、ミリセントは大きく身体を伸ばした。

 思いのほかに深刻な状況だった。それよりも気になったのは、もうプライベートの方だ。

 

「去年のダンス・パーティーでロジャーと踊ってたの、見てない?」

 

「はあ? いきなり話題をすり替えないで。関係ないじゃない」

 

「大アリも大アリよ。婚約者だもの」

 

 不信感に満ち溢れたパンジーの目が見開かれる。

 開きすぎたあまり眼球が飛び出しそうな勢いで、少し怖い。

 よくよく見ると白目も血走っている。

 その驚きようにミリセントまで驚かされた。反射的に仰け反ってしまう。

 呼吸すら忘れたように微動だにしないパンジーの右手からフィッシュ&チップスが落ちる。包み紙から飛び出したフライたちが木造の床に散乱した。

 もう食べられなくなったそれらを見遣る。勿体ないと思う一方、どうにか話題を逸らせたと安堵した。

 

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