乳白色の
真新しい喫煙具を掌中で転がし、グリンデルバルドはゆっくり口を開いた。
ただそれだけでさえ『時代』の瞬間を切り取った写真のようだ。
生涯を賭した決闘に敗れ、時の流れとともに摩耗した男である。吸血鬼として再臨したことを踏まえても全身にオーラが満ち溢れている。本物を目の前にして薊はカリスマとはどのようなものか実感させられた。最盛期にはいったいどれほど多くの人々を魅了したのか……貧相な想像力ではとてもイメージ出来ない。
「まずは第一段階。ここまで予定通りかな、我が主」
「……ええ。概ねは。ちょっとした寄り道はありました」
寄り道というのはクィディッチのことだ。
これについてはまったく予定外だった。
「高等尋問官はポッターに意識を向けてる。スネイプ教授もだ。いや、後者はいつものことだけど……どうもグリフィンドールのチーム認可でマクゴナガル教授と揉めたらしい」
「アンブリッジが? ハリーが試合に集中してる方がトラブルにならなくていいのに?」
「アルバス・ダンブルドアの発信するヴォルデモート復活説、その根拠となるのがポッター少年にあるからだ。彼が主張を翻せばダンブルドアの言葉もまた説得力を喪失する」
「ケチな手だ」
「しかし最も容易い」
セドリック・ディゴリーや葵菫は無視できる。社会への影響力においてハリー・ポッターの存在感を無視するのは不可能に等しい。そんな少年がダンブルドアの
薊はグリンデルバルドへアンブリッジとマクゴナガルの対立を話した。
「各寮のクィディッチ・チームは教育令第二十五号で一回解散させられたんだ。すべての活動は高等尋問官の承認を得ること、って規則でな。それでグリフィンドールのチームも再編制の認可を貰おうとしたらアンブリッジが渋った。最終的に校長の介入で認可が下りた、ってのがオレの聞いたハナシ」
クィディッチ・チームの再編制を巡る騒動はスリザリンでも起きた。こちらは菫が意図的にアンブリッジを介入させ、高等尋問官の職権を盾に自分の要求をスネイプへ飲ませたのだ。グリフィンドールの一件は逆にダンブルドアの介入によってアンブリッジの側が折れる結果となっている。
グリンデルバルドは微かに眼を細めた。
見つめているのは薊でも菫でもなかった。
二人には認識できない
「口実は揃った。高等尋問官の職権を侵犯したのはホグワーツの側だ」
「職権って、たかがクィディッチのチームぐらいでそこまで騒ぐんですか?」
「どれほど些末であろうと、『教育令』はいずれも文章化された規律だ。例外を定める条項がない以上はすべてを均一に処理しなくてはならないが、ミネルバ・マクゴナガルはそのプロセスを妨げた」
アンブリッジがどこまで想定していたか、グリンデルバルドは言及を控えた。
判断材料はすべて薊からの伝聞である。不十分と断ずるのは憚られる。、全容を逆算するのに過不足ない情報量だが、それは自らの役目ではないと判断した。
「ダンブルドアが見逃したのか? いくらなんでも……こんなあからさまな罠に?」
「高等尋問官の権力にホグワーツは反発する」
いまホグワーツは分断されている。魔法省と日刊予言者新聞を疑わない者、ヴォルデモートの復活を信じきれない者、アルバス・ダンブルドアへの不信感を抱く者、あるいは氾濫した情報に翻弄されて狼狽える者。しかしアンブリッジがファッジの目論む
「待てよ、じゃあアンブリッジを蹴落としたらその時点で校長の勝ちじゃねえか!」
「我が主に似ず聡明だなフライライン。君たちの目論見程度、予測の範疇にある」
ホグワーツを掌握するにはアンブリッジの打倒が必要不可欠だ。
魔法省、否、コーネリウス・ファッジの悪足掻き――権力への執着を断ち切るためにも必要なプロセスとなる。すべては魔法省を強引にでも戦争体制へ移行させるためであるが、結果的に現政権の崩壊を計画しているのは事実だ。アンブリッジが権力を行使すればするほどホグワーツは団結して抵抗し、失政の証拠は積み重なるだろう。
薊の計画はダンブルドアの計画に組み込まれているのだ。
指摘された立案者は椅子に腰掛けたまま頭を抱える。バタバタを両脚を暴れさせ、左右非対称で整えられたショートヘアを掻きむしる。
対して菫は落ち着き払って揃えた膝に両手を重ねていた。
無表情に蒼白の顔をゆっくり傾ける。
「ダンブルドアと違って、私たちはハリー・ポッターにいくらでも干渉出来る。良いようにも悪いようにも……好きに出来るじゃないですか」
「それこそ無理筋だ。アイツはあくまで人質で、本当に追い詰めるような真似したら下手すりゃ『防衛協会』まで吹き飛ぶ」
「いくらでも汚れ仕事をしてくれる都合のいい人がいるでしょう?」
ニコリと笑った顔は記憶のままだった。
何が変わってしまったのか、曖昧になる。
混乱し始めた薊が言葉を失っていると認め、グリンデルバルドは喫煙具に詰められた刻みタバコへ火を点けた。過去を見つめ直すための鏡としては手を貸しても、未来については以前と変わらず協力を拒んでいる。パイプをふかし始めたのはその証拠でもある。
言外に相談を打ち切られた二人はグリンデルバルドの私室を出る。
外のラウンジではキザハシ教授が悠然と紙巻き煙草で一服している。
灰皿に積み上げられます吸い殻の山を菫はつい懐かしく感じた。野球中継を見ているときの祖母を思い出す。
「これから、どうするつもりです?」
「…………アンブリッジの使い方を決めないと」
教授はスツールに腰掛けてた見ままゆったり煙を吐く。
ぷかぷかと白い輪っかを空中に浮かべる。どんどん薄れていく輪っかを眺めながら「正しい判断です」と微笑んだ。
空になった煙草の箱を折り畳みながらさらに続ける。
「そのためには高等尋問官の性質を知らねばなりません。彼女の目的と、好む手段に合致した形でなくては望み通りに操れない」
「目的は……そもそもアイツの目的ってなに? フツーに考えたらあんな仕事、敵ばっかり増やして大損じゃん」
「そっちは私が聞き出すね。んー、ハリーにどうやって圧力をかけるかはその後じゃないと決められないかなあ」
「ああ、そっちは案がないではない。けどスミレも手を貸してもらわないとダメ」
「私が? グリフィンドールにほとんど友達いないけど……何するの?」
きょとんとする菫に対し薊は偏頭痛を覚えた。考え事ばかりというも身体に毒なのかもしれない。あれこれと計算式を組み立てて、それが済むと次はまた別の解を導き出しうる式を探し求めて逆算を始める。計算式の解は一つであるのに、解に対応する計算式は無数にあるのが悩ましい。
右手の人差し指でこめかみをコツコツと叩く。
散らばった記憶と情報を整理する中で、ふとある事を思い出す。
「制限図書は?」
「へ?」
ダンブルドアの思惑を欺くのは不可能だと痛感した。けれど隠された意図を探る試みをやめていい理由にはならない。努力を積み重ねれば必ず報われるという考えはナイーヴな幻想だ。薊自身が現にこうして苦心の果てに組み立てた計画は裏をかくどころかダンブルドアの計算式に何らの影響も与えられないと突きつけられた。もちろん努力そのものはどのような経緯であれ目的足り得ない。
だが、結果を求めるための努力を放棄するのは大嫌いだ。
彼が『分霊箱』に関する情報を秘匿した理由を、探らなければと意識はしていたが優先度は低い位置にあった。だが……ハリー・ポッターとヴォルデモートを結びつける未知の要素を放置しておくよりはいいだろう。いま手札として使い道がなくともそれはそれで良しだ。
まずは事実を揃えるのが先決である。
情報の活用手段は、そのあとでも構わない。
だから突発的な思いつきをそのまま口走る。
菫は薊の閃きにとことん間の抜けた声で応じた。
「『分霊箱』だって。閲覧禁止の本棚、まだ一回も探せてない」
「確かに……でもあそこ許可証がないと入れないでしょ」
「キザハシ先生、『分霊箱』のことを調べたいので許可証にサインを貰えませんか」
「はあ。サインくらい構いませんが、何故また『分霊箱』を?」
キザハシ教授も平然としている。黒々としたコーヒーをポットからカップへ注ぎ、続けざまにその手でチョコレートドーナツを一口大に千切る。
それからじっと薊の答えを待つ。
黒い瞳に凝視されながら薊は慎重に言葉を選ぶ。
「一番の理由は好奇心です」
状況が変化したことで理由が増えたものの、ヴォルデモートの秘密を探ろうとしたキッカケは好奇心だった。理屈に合わないことが起きていると知って「何故だろう」と疑問を抱いた。その答えを知りたいと思ったのが全ての発端なのだから、「何故」と問われれば他の答えはすべて後付けになる。
薊の発した
「よろしい、気が済むまで調べ尽くしなさい。必要なだけサインしましょう」
「ありがとうございます先生」
深々とお辞儀する薊に菫も倣った。長い髪を揺らすと身の丈ほどある大蛇のようだ。
「ただし。必ずレポートを提出してください。お二人がどんな発見をしてくれるか、是非私も知りたい。いくら長くなっても構いません……期待していますよ」
心躍らせる教授を見たのは菫にとってこれが初めてだった。好奇心に目を輝かせ、あの切れ長なアイラインを微塵も感じさない大きなアーモンド様の瞳は天真爛漫という言葉がこれ以上なく似合っている。
ドーナツなどそっちのけ。キザハシ教授は喜んで閲覧許可証にサインをしてくれた。
いつもより大ぶりな曲線からも浮かれているのが伝わってくる。
こんなに愉快な先生がいっそスリザリンの寮監ならと、二人して思ってしまうほどだった。
それはそうと――いくらクロワッサン生地とはいえ、この痩身で軽く十個はあるドーナツを平らげようというのは如何なものか。
常軌を逸した食欲だけは、どう言い繕っても恐ろしさを感じる。
†
「スミレがキャプテンになって良かった」
夜遅く、談話室でのことである。
発言者のアンジェリーナは周囲の同意を待たず続けた。
「スリザリンからの嫌がらせがない。クィディッチの選手になってもう五年になるけど、こんな日が来るなんて……」
左右どちらを見渡しても同感の表情ばかりだった。
アリシアとケイティはもちろん、フレッドとジョージもである。ロンもこれまでスリザリンが如何に卑劣な妨害工作を繰り返し、寮監と監督を務めるスネイプがあらゆる抗議を無視してきたかよく知っている。菫個人への心情はさておき事実は事実として受け入れていた。
「オリバーが聞いたら顎で靴先を磨けちまうぜきっと」
「カバーをつけてやらなきゃ床にぶつけてズル剥けさ」
ユーモアたっぷりの冗談で休息を挟み、フレッドが言う。
「厄介なのはチェイサーとビーターだ。まさかピュシーのヤツだけ残してあとはみんな新人の女子なんて思いもしなかった」
「ワリントンとモンタギューは生粋の
ジョージが新しいチェイサー二人の印象を語る。双子の兄からバトンを引き継いだジニーがさらに詳しくカロー姉妹について話す。同じ四年生として授業で接触する機会が多いためである。それに『防衛協会』では必ずジニーがあの姉妹と呪文を撃ち合っている。
「フローラもヘスティアも、口にはしないけど『周りを従わせる』タイプだと思う。露骨に服従させるんじゃなくて自分たちの邪魔をさせないっていうか……相手に空気を読ませる、って言えば分かりやすいかも」
「シンプルに女王様気質って理解でいいの? それとも
アリシアが百味ビーンズの空箱を折り畳みながら言う。ジニーは少し考え込んだあと「修道院長」と短く返した。スリザリンの双子についてよく知らないハリーもそれで普段の様子をなんとか想像出来た。好き好んで重苦しい沈黙を保ち、ガーゴイル像のように厭な存在感を撒き散らして周囲を絶えず威圧しているのだ。なんとなく菫と似通った雰囲気に思えてしまうのは先入観や偏見のせいではない。
スニーカーを脱いでスツールに座るケイティが頬杖をつく。
選手の控え室で考え事をするときに見せる仕草だった。
「てことは裏方気質のピュシーとは相性いいな。アイツ、いつも味方のフォローに気を配ってたし。同じくらいこっちのエラーを見逃さないから」
「同感。スペイセクとクラーマーってビーターもシェーマスの話だとヒリアードと同じ精密狙撃をしてくるタイプだ。これまでの対スリザリン戦術は役に立たない、一から練り直しになる」
「シェーマスったらどうやって選抜試験に忍び込んだのかしら。透明マントはフィルチが一番目を光らせてるし……彼には悪いけど、授業で扱ってもいない呪文も練習なしに使える人じゃないわ」
「シェーマスからその話を聞いて僕も耳を疑った。そのあとコリンに尋ねたら、スミレのやつスタンドに押し掛けた野次馬を無視して選抜試験をしたんだとさ。マジの素人だぜアイツ」
「忘れるな。まともなデータがあるのはピュシーだけだぞ弟よ。マルフォイ坊やが一試合に守備をしくじる回数で勝負してみるか?」
「弟から小遣いを巻き上げる気か!? なんて兄貴だ!」
フレッドのジョークとロンの憤慨を横に置き、ジョージはハリーの方を向いた。
「シーカーが変わったのもデカいぜ。なんせホグワーツ史上初なんじゃないか、留学生がやるってのは」
敢えて吸血鬼であることに触れなかったのは、彼なりの優しさだ。
「……未知数過ぎる。チェイサーとキーパーの二人以外みんな未経験者のチームなんて前代未聞もいいところだ。それこそオリバー・ウッドの口が塞がらなくなる大事件じゃないか」
「口どころか身体中の穴という穴が開きっぱなしになるね」
したり顔で言い放つフレッドへアンジェリーナは溜め息を送った。戦術を抜本的に組み換えなければいけない状況は共有出来ている。愚痴は適当なところで切り上げてこれからに備えなくてはいけない……そもそもアンジェリーナは菫がキャプテンに名乗りを上げるキッカケを作った一人でもあるのだ。少なくともチョウと二人して背中を押したのはこの場にいる全員が知っている。
これが薊の方ならきっと生真面目に過去の試合記録から戦術を組み立ててくれるのだろう。
顔と話し口調に似合わず勤勉なもう一人の留学生は読みやすい。
気分屋な菫は……正直なところ、予測の立てようがない。
「ハリーたち、菫のことで何か役立ちそうなネタはないの?」
砂糖漬けパイナップルをアリシアとシェアするケイティに聞かれ、ハリーは無言で肩をすくめた。いまこの場で打ち明けられるような話題が一つもない……少なくとも偏食なのは昨年の時点で学校中に知れ渡っているだろう。物静かで温和なようでいて
ロンも「これまで出されたどんな宿題より難しい質問だね」と困った表情を作ってみせた。
「交友関係が狭いのよ彼女。スミレのことをよく知ってるのは、アザミを別にしたらパンジー・パーキンソンくらいだと思うわ」
「確かに。いつもあのフレンチブルの後ろにいる印象だった。最近はそうでもないけど……それはフラーと付き合ってからだっけ」
「フレンチ好きなのかも。本人が自覚してるかは知らない」
どうでもいいと言わんばかり吐き捨てる。
ジニーの一言がちょうどいいオチになり、作戦会議はお開きとなった。そのあとも適当なお喋りで時間を過ごすうち一人、また一人と寝室へ消えていく。フレッドとジョージが腰を上げたあともハリーたち三人は談話室に残っていた。去り際に双子は茶目っ気たっぷりのウィンクを寄越したからきっと意図を見抜いていたのだろう。
上手く人払いが済むと今度は静まり返った状況が気になる。
声のトーンを落としながらロンがぐいと身を乗り出した。
「シリウスは地図のことなんて言ってるんだ?」
学生時代のシリウスが、親友たちとともに作り上げた最高傑作である『忍びの地図』で再び起きた異変について報せる手紙は、三日と待たずに返事が届いた。曰く魔法省の検閲を避けるため詳しいことは追って話すとだけあった。いまや制作者四人のうち存命なのはシリウス・ブラックとリーマス・ルーピンだけとなった。
プロングズことジェームズ・ポッター……ハリーの実の父は知っての通り。ワームテール改めピーター・ペティグリューもまた、ミスター・パッドフットことシリウスへ着せた濡れ衣を薊と菫に暴き立てられたのち吸魂鬼により殺害された。法廷で裁かれることのないままである。証拠はすべて闇に葬られる形となり、シリウスが正式にハリーの保護者となる手続きは停滞したままだ。
ハリーはただ「暖炉の前にいるように」と呟いた。
おそらく煙突飛行ネットワークを使うつもりだ。秘密の会談ではないが、盗み聞きをされたくない話題なのはその通りである。しばらくすると薪が積み上げられただけの暖炉からパチパチと爆ぜる音が聞こえ始め、ロンとハーマイオニーが周囲を警戒するより先にシリウスの顔が炎の中に浮かび上がった。
豊かな黒髪をリボンで束ねただけでも気品がある。
それに昨年より少し肉つきがよくなり、瞳には活力が漲っている。
「あのスニベルスがよくもまあ自分の決定を覆されて大人しくしている。いやはや『驚き』の他に言葉が浮かばないよ」
冗談めかしてはいるが本気だと察せられた。
ブラック家の屋敷――『不死鳥の騎士団』の本部でシリウスとスネイプがどれだけ険悪な関係か、よくよく思い知った。大人気ないくらいに衝突するのだから渦中のハリーの方が気まずいくらいだった。
シリウスは少し困ったように声の調子を低くした。
「なかなか愉快な状況のようだね。マクゴナガル先生もかなり思い切ったことをした……ダンブルドアの裁定で押し通すとは」
「ケイティの言う通り不公平だわ。レイブンクローとハッフルパフはすんなり認可を出したのに、グリフィンドールだけこんなに渋るなんて」
「心配はいらないさハーマイオニー。ダンブルドアが動いたのなら、彼はこの先何が起きようとすべて承知している。必ず事態は好転する」
力強く断言するシリウスにハリーまで励まされた気持ちがした。
「手紙は今後避けた方がいい。この先もし何かあればマクゴナガル先生に伝えて欲しい、騎士団には秘密の連絡網がある……魔法省も知らないネットワークだ。フクロウ便は検閲されるリスクが大きい」
今回はよほど緊急性が高いということになる。煙突飛行ネットワークが魔法省の管理下にあることを考えると、自由放免の身とはいえかなり危ない橋を渡っているのだ。シリウスは単刀直入に本題を切り出した。
「結論から伝える。今回の現象は『忍びの地図』の設計によるものだ」
「ミスがあったって? そりゃ最高にマズイよ……一番ヤバい生徒の居場所が分からないんだぜ」
「いいかなロン……それにハーマイオニーとハリーも、よく聞いて欲しい。私たちがその地図を作り始めて完成させるまでの間、ホグワーツに吸血鬼はいなかった。あれが居場所を示すのは『ヒト』だけなんだ。だからハーマイオニーの御両親が敷地内にいれば問題なく把握できるが……屋敷しもべ妖精やケンタウロス、水中人は含まない」
吸血鬼――魔法省が定義する、ヒトの近似種の一つ。ゾンビや亡者とともに
彼の以前に人狼の生徒はおらず、あとにもいない。
まして吸血鬼など尚更だ。イギリスにおいて吸血鬼は人狼以上の少数派にある。
「繰り返すが、スミレの所在が地図上に現れないのは
ムーニーとパッドフットが機能の万全を約束した。
自信に満ちたシリウスの声音とは裏腹に、イタズラ仕掛け人として青春を謳歌した四人組がもう二人だけになってしまった現実がハリーの心を深々とナイフで抉るように感じられた。
悲しみを気取られまいと眼鏡を掛け直すフリをし、僅かに滲んだ涙を拭った。シリウスもまたロンとハーマイオニーの表情から悟り咄嗟に別の話題へ言及した。
「それとハリー。例の『ボランティア』についてだが」
敢えて具体的に言及しなかったが、手入れされた口髭の動きからニヤリと笑ったのだと一目で分かった。おかげで後見人がどちらを気にしているのかハリーは迷うことなく理解出来た。
「存分にやりなさい。君が取り組みは正しい行いなのだから、何も迷う必要はない」
得体の知れない防衛術教授に始まり、何度も窮地を齎した菫、そして不倶戴天ともいうべきマルフォイと信用ならない面々ばかりが関わっている『防衛協会』ではじめて安心感を覚えた気がした。もし父が生きていればこんな風に背中を押してくれたのだろうか……そう思ったのはシリウスも同じであった。
「もしジェームズとリリーがこの事を知ったなら、応援こそすれ止めようとはしない。御両親の親友として、名付け親として……誇りに思う」
言葉を詰まらせたのを誤魔化すようにシリウスは少しバツが悪そうな顔をしてロンへ話を振った。
「白状するとハリーが私宛に送ってくれた手紙をモリーも読んでしまった。なのでロンとハーマイオニーへの伝言を預かっている……『お父様は各々正しいと信じる事をしなさいと、それだけ仰いました。私としてはこれ以上校則違反をしてほしくはありませんが、禁止すればきっとさらに没頭するでしょう。だから、どうか無茶だけはしないように。私からハーマイオニーにこんなことを言う資格がないのは分かっていますが、くれぐれも無理は禁物ですよ』……以上だ」
母は強しだ、シリウスは一言そう感想を述べた。
どこか重々しい表情の理由について三人はよく承知していた。グリモールド・プレイス十二番地にある大豪邸で一晩過ごせばどれほど鈍い頭だろうと嫌でも理解させられる。狂ったように叫び続けるヴァルブルガ・ブラック……シリウスの実の母の肖像画にうんざりする。彼もまた、ハリーとは異なる形の事情を抱えたまま家庭を失った。そして半狂乱に等しい母を記録した絵だけが残されたのだ。
いったいどんな言葉を掛ければよいのか。
ハーマイオニーとロンは口を開けずにいる。ハリーが次はいつ会えるかと尋ねるより先にシリウスは「それではおやすみ。
おそらく自身の行動を知られまいとしてだろう。
頭のどこかで理解しているつまりだ。
だとしても、最後の家族と呼べる相手とまた離れ離れになる辛さは耐えがたくある。