ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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 ちょっと先取りしていくスミレ。


みぞの鏡

 ホグワーツに本格的な冬が訪れた。

 ドラコを中心としたスリザリンの7人組もスコットランド・ハイランド地方の容赦ない寒さに身震いし、最後まで大広間に残り食事を続けている食いしん坊に呆れながら廊下を歩いていた。

 ドラコは真夜中に寮を抜け出した罰則で『禁じられた森』へ入らされたことをまだ引きずっている。フィルチのようなスクイブが職員として勤務していることに始まり、ハグリッドが違法にドラゴンを飼育していたこと、罰則で『禁じられた森』へ行かされたことなどを延々と非難していた。

「そもそもあの木偶の坊がドラゴンを飼育していたのが問題だ! 職員の法律違反は見逃して、生徒の校則違反には厳罰なんてどうかしてる!」

「フィルチのクズからすれば楽しいひと時だろうけど、罰則とはいえ『禁じられた森』へ行かせるなんてやり過ぎもいいとこだわ。それもお供が臆病な犬一匹はもう正気じゃないね」

「ケンタウロスだけでも危ないのに吸血鬼までいるなんて……ドラコに怪我がなくて本当に良かった。学校もきっとあの森のことを把握してないんだわ。そうでなきゃ生徒を行かせたりしないでしょ?」

 ダフネはドラコの身を案じてもいたが、同時に学校そのものがもはや安全とは言い難い状況にあると感じていた。吸血鬼は許しがなければ部屋に入られない弱点がある。しかし彼らは魅力の魔法を駆使してこの弱点を克服する。

 となると、ホグワーツの守りなど羊皮紙より頼りない。

「自分のことながら、あんな恐ろしい光景を見せられてよく正気を保っていられると思うよ。吸血鬼がユニコーンの生き血を啜るところなんて……」

 ドラコは思い出すのも忌々しいという風だった。

 ついその情景を想像してしまいダフネもサッと青ざめる。

「あのターバン先生も吸血鬼にはビビるしか出来ないから、そのうち城の中に吸血鬼が入り込んで大騒ぎになるかもね」

 パンジーが披露した『吸血鬼に怯えて吃るクィレル』の真似でみなが笑い声をあげると、本当に吸血鬼のような顔色のスネイプが地下牢の扉をあけて現れた。

「随分と楽しそうな声がすると思えばミスター・マルフォイ……察するによほどフィルチ氏の罰則が楽しかったとお見受けする。深夜の散歩はどうだったかね?」

 ドラコの笑顔が引きつった。

 いくらスリザリンには甘いスネイプ教授でも、ついこの前に1人で20点の大減点を食らったうえ、報告相手を誤ってマグゴナガル教授に告げ口した大ポカを説教されたばかりである。その説教に時間をとられてスネイプは大事な実験を延期させられた。

 場の空気が城の外よりずっと冷たくなる。

 死より恐ろしい沈黙でドラコが萎縮しきったのに満足したのか、スネイプはふんと鼻を鳴らした。

「しかし我が輩も鬼ではない……先の失態で周囲からの目線もさぞ痛かろう。よって汚名返上のチャンスを与える」

 鬼より死神か吸血鬼の方が近い。

 5人全員が心のうちで呟いた。

「明日の日没までに吸血鬼に関するレポートを提出すること。羊皮紙に裏表で2枚、能力と弱点について特に詳しく記述するように」

「で、ですが今からでは図書館は……」

「本を探して借りるだけの時間はある。それに1人で探せなどと我が輩は口にしておらん」

 ドラコたちはバタバタと足音を立てて図書館へと走っていった。

 スネイプは眉をひそめたまま『地下牢』の鍵を閉める。

 レポートの出来などこれっぽっちも期待していない。

 ただ、自分の見立てが正しければ、指定した文量だけのレポートを書くのに必要な文献は見つからないと考えていた。

 ニコラス・フラメルについて記した文献も一時期根こそぎ見当たらず、貸出記録にもなかった。ならば今回も……その確認を取るため、口実としてレポートを課したに過ぎない。

 

 

 図書館では吸血鬼に関する文献が見つからなかった。

 しかしドラコには当てがあった。スミレの参考書である。

 日本語で書かれたホグワーツで最も解読困難な本を揃え、談話室の一角で羽ペンを躍らせていた。スミレが音読し、そこからダフネが要約、それをドラコがレポートにするリレー形式である。ほとんどイカサマだが、そもそも文献がないのでどうしようもない。

 クラッブとゴイルが大広間から戻った時点で羊皮紙裏表に1枚と半分が終わっていた。

 もう少しで書き上がるという段階にさしかかって、ダフネがスミレの音読を止めた。

「待って。今のところ、もう一回聞かせて」

「『吸血鬼は生きた人間、ないし動物の生き血を啜る。この点についてはあらゆる地域で共通しているが、ヨーロッパではさらに特筆すべき点が挙げられる……』」

 ダフネはメモを取っていない。

「『特に西ヨーロッパの吸血鬼はマグル界と魔法界、双方で確認できる生物のみを餌として好む。例外的に人狼、ケンタウロス、水中人など半人種は時として襲われるが……』」

 青白い顔を真っ赤にしたドラコも、すぐにペンを止めた。

「『ユニコーン、ヒッポグリフなど人間種の要素を持たない生き物が襲撃されたとする記録は現時点では存在……しない……?」

「じゃあ僕が見たのはなんなんだ……?」

 誰も答えられない。

 生き血を啜る者と言えば吸血鬼だ。

 植物の中には吸血性のものもある。だがドラコが見たのは確かに二足歩行だった。

 上級生に聞けば誰であれ教えてもらえるだろう。

 しかし「何故そんな質問をするのか」尋ねられると面倒くさい。

 一番手っ取り早いのはスネイプ教授に質問することだ。

 しかしもう寮から出ていい時間ではない。

 ついこの前に大量失点を犯したばかりでの校則違反は出来なかった。

 ひとまずレポートを完成させる。その方向で作業を再開したが、クラッブとゴイルはなにがなんだか分からず、大広間から持ち帰った山盛りのカップケーキを食べながら5人を見守るしかなかった。

 

 

 ドラコの吸血鬼レポート作りを手伝って翌朝。

 吹雪のため『飛行訓練』の授業は中止された。スパルタのマダム・フーチも横殴りの暴風と雪による視界不良では危険が多いと判断した。特に初回の授業で起きたネビルの『事故』が堪えているようだった。

 嫌いな箒での飛行をしなくていいと分かりスミレは気分が良かった。

 それでニコニコ笑顔になるわけでもないし、朝から月のように白い顔で黙々とパンケーキを5枚食べて頬骨の張ったスリザリンの監督生を安心だか心配だか分からない気分にさせた。

 珍しく浮かれた、ホームシックとは無縁の1日となる――はずだった。

 現在、スミレは迷子になっている。

 クィレル教授がいるであろう『闇の魔術に対する防衛術』の教室へ行こうとしていたのに、意地悪な階段に惑わされ、気づいたら目的地と遠く離れた場所にいた。ちょっと休んで落ち着こう、急ぐ用事でもなし時間もあるし。のんびり構えて階段や絵画の中身が好き勝手に動くのを眺めている。

 すると、上からキーキー声がした。

 

「よお嬢ちゃん、迷子かい?」

 

 ツギハギだらけの赤い上着に鈴のついた黄色い帽子。ポルターガイストのピーブズが空中で向かい合うようにあぐらをかいている。スミレは授業初日の移動中に羽ペン用のインクを奪われ黒インクを頭からかぶせられて以来、ピーブスを一切無視している。

 最初は音を上げると踏んでイタズラを繰り返しても避ける素振りすら見せない徹底ぶりに傷ついたのか、声を掛けてきたのはかれこれ2ヶ月半ぶりである。スミレは今回も無視した。

 

「もう嬢ちゃんには降参するよ。こうもシカトされちゃあ敵わねえ」

 

 口ではなんとでも言える。

 無言・無視・無反応で返され、道化姿のゴーストがついにポケットから白いハンカチを取り出した。ふるふるとそれを揺らして肩を落とす。

 

「コイツを振ったのはあの『男爵サマ』とダンブルドアだけだ。アンタはこの城で史上三番目にオイラを降参させた、しかも1年目でな!」

 

 ダンブルドアと『血みどろ男爵』の名前を出してようやくリアクションが返ってきた。

 この小さな女子生徒がゴースト嫌いなのは学校中の幽霊と絵画の住人たちの知るところである。声を掛けても怖がって逃げてしまうし、しばらく自分の前を通らなくなると誰もが言っている。

 しかも自分に向けられる目の濁りよう。あのピーブスですらイタズラはよそうという気分にさせられる。下手をすると何年か後に突然、彼女の手で永遠に封印されそうな予感さえした。少しでも機嫌を良くしてもらおうと、とっておきの隠し物の場所へ案内しようと思いつく。

 

「詫びってワケじゃねえけど、降参のシルシにいいもん見せてやろうか?」

 

「タチの悪いイタズラですか」

 

「二度とアンタにそんな真似するもんか! どうせ無視されるに決まってらあ」

 

 まだ降参したのを信じていない。

 こういう手合がピーブスにとっては一番苦手だ。

 いない者扱いされるより心にクるものはない。男爵のお叱りもダンブルドアの仕置きも、絶対にいつかは終わるからシカトされるよりよっぽどマシだ。

 手間暇掛けたイタズラも無反応じゃ味気ない。

 

「面白え鏡があるんだ。欲しい物が見えるだけだが、これが百発百中!」

 

 欲しい物は分かりきっている。

 だが外れるかもしれない、自分の予想を裏切る何かが出てくると期待してしまう。

 スミレはピーブスの案内でその鏡のある場所へ向かう。

 立ち入り禁止の廊下の奥から聞こえるうなり声は、気づいていないふりをした。

 

 

 ピーブズに案内された空き教室へ入ると、外から魔法でカギを閉められた。

 閉じ込められたことに気づいてもスミレは動じない。

 すぐに授業で習った魔法を使い部屋に明かりを灯す。

 

「ルーモス 光よ」

 

 杖の先端が光を放つ。

 クィレル教授から『闇の魔術に対する防衛術』で最初に教わるシンプルな呪文だ。

 弱いゴーストなどはこれで追い払えるという。

 幸い部屋の中にはスミレしかいなかった。

 そこは長年使用されていないようで、蜘蛛が巣を作っている。

 壁際にはテーブルと机が山積みにされバリケード状態。

 そして、やけに大きな鏡が1つ。

 前に立ってみると教室の様子が移っているだけだ。

 なんの変哲もない学校の日常風景。

 

 ホグワーツではなく、地元の中学校。

 

 長いローブに革靴ではなく、セーラー服にゴムの上履きを履いた自分。

 

 地元の友達と隣り合って退屈そうに先生の話を聞く後ろ姿。

 

 振り返ってもそこはホグワーツだ。

 あり得たかもしれない『今』は、すべて鏡の中の出来事だ。

 見たくない物を見せられて気分は最悪。

 これはもう手に入らないと分かっている。

 目の前の虚像は『諦めなくてはいけないもの』だと。

 どうやったって手に入らない。現実になり得ないと言われたようで、恨めしさが募る。

 椅子の1つを手で運び鏡の前に置いた。

 やはり椅子は映らない。

 青空の下、白い半袖の夏服を着た自分が見える。

 屋上でよく知った顔の女子と弁当を食べていた。

 母親の作る不格好なおにぎりに、手が込んでいるとは言い難いおかずたち。

 少し焦げたたまご焼きと、適当なサイズに切って炒めたウインナー、そしてプチトマト。

 懐かしいメニューに目が熱くなる。

 

「私をバカにして。叩き割ってやる」

 

 もうダメなのに。なくしてしまった物なのに。

 それでも見せつける鏡を割ってしまおうと、椅子を掴んだ。

 ありったけの怒りを込めてぶっ壊す。さあ覚悟しろと置物に叫ぶ。

 すると鏡の中身が変化した。

 

「……これは、どこ」

 

 まったく知らない場所が映っている。

 薄暗い、黒と緑の煉瓦造りの空間。真ん中に立派な噴水がある。

 デパートの地下街にありそうな景色だ。

 暖炉が整然と並び、知らない顔が高笑いしている。

 のっぺいりと青白い顔は鼻がなく、蛇のそれに似た縦の亀裂が2本走っているだけ。

 とても人間と呼べない顔面のソイツは喉が裂けんばかりに喜んでいる。

 その様子を見る人物の中にはダンブルドアがいた。

 ハリー・ポッターがいた。

 名も知らぬ痛んだ黒髪の魔女がいた。

 

 そしてあの魔法大臣も――

 

 事切れて寝間着姿のまま床に転がっている。

 自然と口の端が吊り上がる。

 まったく無様な死に様だ。洒落たコートなら少しはサマになるものを。

 白地にライムグリーンの縦縞とはあまりにも滑稽。

 クスクスと押し殺した声が漏れる。

 蹂躙の舞台はどこであれ、これこそ最高のショーに他ならない。

 どんな授業よりも魔法よりも心が躍る。

 夢のような一時に終わりを告げたのは、あることか魔法使いだった。

 

「おお、ここにおったか。やはりピーブスに誘われたようじゃのう」

 

 鏡の端に映り込んだもう1人のダンブルドアが、穏やかに虚像のスミレを見ている。

 

「妙な歌を歌っておったのでな。もしやと思いこの部屋へ来てみたが、やはり正解じゃった。どれほど神妙な顔をされようとアレの言葉を信じてはならんぞ。ピーブスはどんな闇の魔法使いよりも嘘をつくのが上手でのう、先生方でさえ手を焼いておるのじゃ」

 

 ダンブルドアはスミレの隣に立って鏡を眺めた。

「この鏡は『みぞの鏡』と言うてのう。実に不思議で、しかし恐ろしい物じゃ」

「危ない物には感じませんでした」

「そこなのじゃよミス・アオイ。それ故、今まで何百人もの人間がこの鏡の虜となった」

「見る者の願いを見せるから、ですか」

 ゆっくりと頷いてダンブルドアは鏡に手をかざした。

 どこからともなく布が現れて鏡面を覆い隠してしまう。

「心の奥底に眠る『のぞみ』を知ることは、けして悪いことではない。しかしこの鏡がなにより危険なのはのう、目の前の光景が果たして未来の可能性なのか、それとも過去の出来事なのか、起こりうる結果なのか誰にも判別できぬことじゃ。そうして現実と虚像の区別を失い、鏡に心を奪われ、時には発狂してしまう」

「闇の魔術以外でも、恐ろしいものがあるのですね」

「使い道を誤ればなんであれ危険になる。ナイフも魔法もそれは同じということじゃのう」

「それは『賢者の石』もでしょうか」

「そうじゃ。しかしよく気づいたのう、生徒には知られんよう注意しておったというのに」

 半月型の眼鏡の奥で、深い青色の瞳がきらりと光った。

 それもスミレの底がない黒い目には映っていない。

「ではわしからも1つ尋ねるとしようかのう。ミス・アオイはこの鏡で、いったいなにを見ておったのか教えてくれぬか」

「地元の友達と、地元の学校に通っていました。お母さんのお弁当を食べて、数学や英語の授業を受けて」

 そこに魔法はひとつもない。ただ普通の世界があるだけ。

 彼女が歩むはずだった人生に魔法が存在する余地はないのだ。

 少女は、望むまでもなくそこにあったはずの日々をなによりも望んでいる。

 ホグワーツは生徒にとってもう1つの『家』となり、友は『家族』でもある。

 だがこの少女にとって『家』は1つ。そこにしか家族はいない。

 それどころかつい数日前までは食事すらまともに摂れていなかった。

 アオイ・スミレは魔法によって『家』と『家族』から引き裂かれた。

 この歳で心を固く閉ざすのも道理であった。

 スミレはこの話題を拒否した。校長には話したくないと、本心を告げるように。

「先生はなにが見えましたか」

「わしはレアステーキが見えた。ほどよく赤身が残っておる」

 杖の光に照らされても、黒い瞳は輝かない。

「その昔、ニコラス・フラメルの家でご馳走になってからというもの、ステーキはレアが好みでのう。ホグワーツでもどうにかレシピに加えられぬものか苦心しておるのじゃが……屋敷しもべたちはウェルダンしか出してくれぬ」

 ウィンクにも少女の顔は曇ったままだった。

 もの悲しげに隠された鏡を見つめている。

 

「」




 魔法省での帝王vs校長は名シーンですね。
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