ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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全部無茶苦茶にしたい 何もかも消し去りたい

 地獄の底深くまで届きそうな重苦しい溜息だった。

 キザハシ教授の『喫煙所』で薊はいよいよ肩を落とした。

 研究書と論文で埋め尽くされていようと部屋の主は構わず、骨董品らしい彫刻の装飾を凝らした保存箱(ヒュミドール)から葉巻を取り出した。吸い口を整えるカッターを探しているのをよそにダフネの『告白』がすべて語り尽くされる。グリーングラスの呪われた血筋、そのために生来病弱な妹アストリアはホグワーツへの入学を断念した。彼女は『外界』を知らぬままその生涯を終える運命を静かに受け入れている。

 ダフネは妹の運命を覆そうと外法へ手を伸ばした。

 そのために『分霊箱』という闇の奥底に指先が触れたのだ。

 薊が考えをまとめようと奮闘する間、教授は葉巻の先をマッチで炙った。摩擦熱で燃焼する燐の炎が、筒状に巻かれた煙草葉を白く焦す。唇で挟み込んだ葉巻の先から細い白煙がのぼる。

 ひときわに濃い煙草の香りが部屋に充満する。

 菫にはその香りがどこか懐かしく感じられた。

 煙草は母の匂いであるのだ。

 薊が伏せた顔をあげ三白眼でダフネを睨む。

 

「妹の目の前で殺人をやるんだぞ。分かってるな」

 

 生贄がアンブリッジだろうと誰だろうと、その前提がある。

 殺人儀式なくして成り立たぬ闇の魔術である。どんな方法であれ、分離した魂を収める『匣』とは不可分だ。

 ダフネは黙って頷く。その程度の覚悟は済んでいるらしい。

 薊に目配せで促され菫はピンと右手の人差し指を立てた。

 

「この計画殺人に必要となる行程は三つ。はじめに『生贄の選定』です。最初の想定はアンブリッジでしたが、アレをダフネの御実家へ招待する口実がない。あの人ただの役人でしょう? 私たちの実家も薬草の卸先だったり預かり品の所有者とは付き合いがありますけど、町役場の方が年始の挨拶へ来たことありませんから。それだったらいっそカンタンケラス……セオドールの父親なんて悪くない条件だと思います」

 

「待って。同級生の父親を?」

 

「『死喰い人』なんてブタみたいなものじゃありませんか」

 

「とりあえず候補としてノットの親父は入れる。連中の力関係も把握したい、あとでフローラとヘスティアから聞き出す」

 

 ダフネの顔色は優れない。

 息苦しそうに発言者を注視する。

 続いて中指が立つ。これが第二工程となる。

 

「次に『殺人の手段』ですね。とても難しい工程です。少なくともアストリアの眼前で仕留める必要があるうえ、迂闊に魔法に頼ってしまうとダフネは続けざまに呪文を唱えないといけません。抵抗されたときの事を考えるなら確実性のある方法を採用すべきです。魔法そのものではなくとも魔法薬で代用可能ならそれが望ましい。もっと言えば()()()()()()()()()()()がいい。存在しないものは証明出来ませんから。証明出来なければ殺人と断定も出来ない」

 

 菫の語り口は立板に水だった。

 普段の薄暗さを感じさせず饒舌である。

 薬指が立って人差し指と中指に並んだ。

 

「最後の工程は『殺人の秘匿』です。どんな状況であれ人が死んだならその原因が調査されます。現場に証拠を残さないのはもちろん、準備の痕跡も消す必要があります……魔法省はもちろん、ダンブルドアの介入が困難……せめてなるべく遅らせられる条件を踏まえ、さらにノット家を丸め込まなくては。これらすべてを達成するのに私たち三人だけではとても手が足りない。もっと影響力と信用のある大人の手を借りないといけません。それもカンタンケラス・ノットが消えてまったく困らない、あの男と対立関係にある人物です」

 

 生贄の選定について保留すべきとの意見を、菫は拒絶した。

 事情が事情である。復活したヴォルデモートの元へ『死喰い人』たちが帰参し、再びの忠誠を誓ったのなら彼らも()()と見做すのは憎悪の形として正しくある。

 感情論で動く菫はそれでよいかも知れぬ。

 だから意識して視野を広く持ち、不十分と分かっていようと考えを巡らせるのが自らの役目だと薊は認めた。人間が人間である限り感情の介入は避けられない。

 

「軽々しく決めるな。セオドールの親父を()ったあとダフネはどうなる? 真っ先に疑われるんだぞ、招待客が不審死したとき一番怪しいのは主催者だろうが」

 

「だからそうならないよう、スケープゴートを用意するんじゃないですか」

 

「バカ。魔法省に突き出したってアズカバン送りで落着されるぞ。いや、下手したら吸魂鬼が勝手に殺すかも……」

 

「吸魂鬼が始末してくれるならなお好都合。証拠隠滅が出来ます」

 

 当然のように菫は言い放った。ダフネの顔色はますます悪くなる。

 

「体裁ってものがあるだろ。だいたい、これから接触したって直接会えるのはクリスマスなんだ。そんなに急いだって実行は先も先だろうが」

 

「ううん……どのみち、グリーングラスの家名はそう長くない。魔法界で居場所を失うのが先か、それとも断絶するのが先か。それならなりふり構わない方がいい」

 

 スカートにも関わらず脚を広げた――一応、下にスパッツは穿いている。これが面倒なので私服はほとんどがパンツスタイルである――薊が即座に食いつく。

 

「どういう意味だ」

 

「当主のゴールドフィンと妻セレスティナの間に生まれた子供は女子が二人。私とアストリアだけ。 『血の呪い』が発現してしまって、父は()()()()()()()()()()()()()()()()()と跡継ぎを諦めてしまった。父の弟のギャレス叔父も結婚しているけれど第一子は女の子だった」

 

「純血の中でも超のつく名門だろ?」

 

 ダフネの目の色が変わった。

 ますます曇った様子に、不味いと直感した。

 

「グリーングラスの血は呪われてる。私やアストリアのように病弱な事もあれば、事故で亡くなる事もあるけれど、一貫して短命の家系なの。しかも女子が生まれやすいから花嫁としても敬遠されているし……前の戦争でも、グリンデルバルドの革命でも中立を維持したせいで余所の家とは関係がよくない。特にウィーズリーとかロングボトムとは」

 

「ああ、ロンやネビルの家はダンブルドア派なのか? 『不死鳥の騎士団』とかいう……なんだ、反純血至上主義というか、反ヴォルデモート派というか。魔法省とは別の組織らしいのは察してたけどよく知らねえんだよな」

 

 困ったという風に右手で後頭部を掻く。

 いよいよダフネは閉口させられた。

 二人してろくな情報もなく、ここまで暴走していたのだ。信じ難いが事実だ。導火線に点火したのはセオドール・ノットである。普段自主的に蚊帳の外へいるから目に見えている逆鱗を撫で回すような真似が出来てしまった。それで怒り狂った双頭の竜は視界で動くモノを根こそぎ焼き払おうとしているのだから、ダフネは自分の手元に不可視の手綱が置かれたような思いがした。

 薊もまた冷静さを失っている。

 参謀部って、菫の舵だかブレーキだかを担っている風に錯覚させるが、実態は似たり寄ったりの激情家だ。

 ふうと溜息をつく。どうにか考えをまとめる。

 最優先すべきは、この秘密の会合を終わらせる事だ。これ以上続けても有益でない。情報不足という目隠しをされた状態で、行き先も分からぬのに走り出そうとするのと同じだ。これほど不毛なうえ危なっかしい事はない。

 ダフネは珈琲を肴に葉巻を嗜むキザハシ教授へ顔を向けた。

 今日は鮮やかな萌葱色のロックケーキが銀盆に盛られている。

 教授はザクザクとそれを囓り、珈琲で流し込んで、さらに葉巻をふかした。

 

「教授、また後日にお時間をいただけませんか? そのときにはフローラとヘスティアも連れて来ます」

 

「ええ。構いませんよ、情報整理が必要でしょうからね。よく気づけました」

 

 言葉で褒めはしても頑なに加点はしない。生徒に関心が薄そうなのは、察しがつく。

 不満げな菫を説得するのは薊の仕事である。そうでなくとも制御不能の『暴れ柳』のような性格なのだから、勝手知ったる親戚に押しつけて構うまい。

 秘密の『喫煙室』を辞する間際、ダフネは思い出したように振り返った。

 

「失礼とは思いますが、そのロックケーキは何味ですか」

 

 平たく言えば真緑なのである。ハーブでなければ刻んだ鰓昆布かさもなくばケールでも練り込んだとしか思えず、好奇心と恐怖心のない交ぜになりつつ尋ねた。チョコレートチップとドライフルーツの苺が目を引くそれを片手に教授は「これですか?」と首を傾げた。伝え聞く年齢も、その鋭利な容姿も、超然とした雰囲気も、台無しにしてしまうあどけなさがあった。

 

「抹茶粉です。美味しいですよ」

 

 わざわざ故郷で生産されたモノを渡英前に買っておいたのだという。

 人間への興味関心は希薄なのに、自分の食事には拘るのだから自己中心的と言える。

 防衛術教授に些かの問題があるのは今年も例外でないらしい。

 

 

 重厚感と威圧感――スリザリンの談話室は、厭に落ち着かぬ。

 まず以て太陽光が届かぬ。地下区画でも外周部に配置されてはいるが、そもそも湖に沈む形であるからいくらカーテンを開けようと太陽光が届かぬ。それに黒を基調としてアクセントに灰白色と暗緑色を揃えた陰鬱な色彩である。暖炉、テーブル、照明(シャンデリア)、ソファ……調度品は一つ残らず装飾過剰(ゴシック)な様式に整えられている。これもまた極端な権威主義的重圧を放つから薊の庶民的感性には微塵も馴染まぬのであった。

 だがフローラ・カローとヘスティア・カローは完璧に溶け込んでいた。

 生粋の貴族というのは支配力からして違うのだと、勝手に納得した。

 煌々と薪の燃える暖炉前へ陣取るのもシンパの拡大があったればこそだ。

 フローラの爬虫類じみた無感情な目がダフネを見詰めた。

 ヘスティアの無機質な眼光は暖炉の火を映すのではない。

 双子の語った『死喰い人』の内情は、概ね()()を知る人物からの受け売りであった。エゼキエル・カロー氏――フローラとヘスティアの祖父に当たる――が最晩年に孫娘たちへ語り聞かせ、自らは目にする事の適わぬ未来へと託した記憶である。薊は一言一句漏らさずメモ帳に書き留めた。酷い乱筆のため盗み見た菫も何が記されているのやらさっぱり判じられなかった。

 

「いま『死喰い人』の関心事の最たるものは何だと思われますか?」

 

 フローラは冷ややかな声音で誰ともなく言った。

 

「ハリーではないの? 彼、墓地で例のあの人に狙われたのでしょう?」

 

 ダフネの言葉にヘスティアは首を左右へゆっくり振る。

 

「スミレ姉様です。私たちも、アレクトとアミカスから矢の催促で」

 

「セオドールも似たような事抜かしてやがったな。父親がどうのこうのと」

 

「ええ。才能は折り紙つきですもの」

 

「当代の竜殺し。逃すなど論外です」

 

 またも過去の所業が巡り巡ってきた。自ら力を示してしまったのだ。不可能が不可能たり得る()をねじ伏せる、極限の()である――しかも完全に統べているのならば尚更に「欲しい」と思う。無論、菫を間近で見ていればその思惑が実現不可能であるのは言うに及ばぬ。

 ドラゴンそのものが力の象徴である。

 それを正面から打倒してしまったのは、痛手だった。

 

「アレクトとアミカスの処遇はスミレ姉様の御判断に委ねたく思います」

 

「元より家族の情もありません。カローの名を穢す生き恥そのものです」

 

 またか。薊の舌に苦々しいものが広がる。家庭内のいざこざは嫌いだ。部外者であるから口を挟むのは筋違いである道理と、目の前で苦しんでいる知り合いを無視する不義理で、自分まで当事者かのように心身を苛まれるのが気に喰わぬ。複雑な事情を抱えた家庭に育った級友は少なくない。ルームメイトも幼少期から惨憺たる環境に曝されていただけに、双子への情が湧くのと同じく、姪だか従妹だかにこうも罵倒されるとはどれほど愚かなのか――と、不安感すら覚える。

 菫は微笑んで頷いた。

 助命嘆願でなかった安堵だ。

 空港の売店で買ったメモ帳を閉じ、薊はダフネへ目を向けた。

 

「ヤックスリーってのはどんな人間か、知ってるか?」

 

「アクィラ叔母様の言葉を借りるなら『禿鷹』……先の戦争で誰よりも私腹を肥やしたと、そう聞いてる。服従の呪文で遺言書を偽造して、資産をすべてグリンゴッツ銀行に寄付するの。小鬼と無関係な土地や美術品まで残らずね。見返りとして、弁護料名目で多額の謝礼金(キックバック)を受け取っていた……という()があるわ」

 

「詐欺だろそれ。いいのかよ」

 

()()()()()()()()()()()()すべて返還されたわ。もちろん全体からすればほんの一部でしょうし、ヤックスリー自身が『服従の呪文』で操られていたという形で銀行は監査部の小鬼を処分して決着した。だから叔母様はグリンゴッツ銀行そのものを敬遠なさってる」

 

「決着って、それは不味くないか。野放しじゃねえか」

 

「だって本当に『服従の呪文』に掛かってたどうかなんて調べようがないもの。それに、銀行全体が協力したって、ヤックスリー個人でどうにか出来る規模じゃないでしょ? 魔法省にだって共犯者がいないと……だからこの件は監査不十分という決着がつけられたの」

 

 後味の苦さに薊の表情はますます険しくなる。

 しばらく沈黙を挟んだあと、ダフネの声は数段トーンを落とした。ますます弱々しい調子で語られたのはあのガマガエルについてであった。

 

「……これは本当に噂でしかないけれど。アンブリッジも遺産搾取のスキームに荷担していた可能性がある」

 

「何か根拠があるのでしょう?」

 

「あのときは魔法省も帝王との対決に総力を挙げてた。法執行部だけじゃなく、魔法事故惨事部の忘却師や危険生物処理委員会の処刑人まで動員してた。ほとんど全部署が戦って、もちろん殉職者が出る。遺族への補償金だけで魔法省は破産するとまで言われていたのに……けれど財政難なんて話、一度も出てない。()()()()()()がどこかにあったのだと思わない?」

 

 魔法界でさえ『カネのなる木』は絵空事である。莫大な財政出動が発生し、かつ十年間という長期に及んで尚、魔法省の預金口座が底を見せなかったというのは不自然である。純血の名門が裕福ならざるというのはウィーズリー家を見れば一目瞭然の事実で、無論、寄付金もあったろうけれどそれで補えるような額とは考えがたい。

 ではどこから資金を確保したのか。

 ダフネはこの疑念に一つの示唆を与えた。

 

「当時のアンブリッジは魔法不正使用取締局の室長だった。バーテミウス・クラウチが大臣以上の権力を振った時代、闇祓い局と法執行部隊に次ぐ序列だったのよ。事務方だから魔法省全体で見ればそれほど高くないけど……むしろ他の部局にまで影響力を発揮するなら? 例えば『ゴブリン連絡室』とか、『屋敷しもべ妖精転勤室』とか」

 

 全くあり得ない、そう断言出来ぬのが不快である。

 馬鹿げてすらいる。魔法界を二分し、文字通り敵陣営の絶滅を最終目標とする戦争に臨みながら、その裏ではカネのために暗黙の了解を結んで遺産相続詐欺を繰り広げていたのである。薊はあまりの愚かしさに胃痛すら気力を喪失し、菫も弛緩して生まれた唇と唇の隙間からとうに失った魂が抜け出ていくような気がした。

 しかしモノは考えようである。次の戦争でもまた、資金調達にコーバン・ヤックスリーとアンブリッジが駆り出される可能性は十分にあるのだ。フローラとヘスティアはこの日はじめて微笑を浮かべた。

 

「よい案がありますわスミレ姉様」

 

「スミレ姉様の助けになりますわ」

 

 悪辣という点では菫より薊より、この双子の方が勝っているように思えた。

 ダフネは我が身の至らなさと無力さに思いを馳せながら冷めた紅茶を啜る。

 ミルクの脂肪分が皮膜となってとても飲めたものではない。温め直す気にもならず、渇いた喉を意識しながら双子の語る『アイデア』へ耳を傾ける。

 目の前にある分岐路のいずれも破滅となるなら、せめてマシな方を選びたい。

 そう思うのは贅沢ではあるまい。

 我が身の幸福を求めるのは、自然な振る舞いのハズ――自己弁護という囁き声を脳裏から追いやり、ダフネはまた拳を握った。

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