迎えたトーナメント開幕戦。
空は見計らったように快晴である。
三日三晩に及ぶ暴風が冗談に思える。
けろりとした秋の青空に、これも呑気な白雲が漂う。コンディションは最高と言えた。
初戦のカードはグリフィンドール対スリザリン。オリバー・ウッドの薫陶を受けた
スリザリン用の女子更衣室では選手が揃ってユニフォームへ着替えている。
真っ先に支度を終えたカロー姉妹がキャプテンの異様に長い髪を結う。毛先が足首に触れそうなロングヘアはチャームポイントであるが競技には向かぬ。背丈のみならず
仲睦まじい三人を遠目に眺める。
その様をリーナ・クラーマーに笑われた。
「アンタはまず髪を伸ばさないと。それと爪もね」
癪に障る相手だが、無視するのも大人げなく思えた。
わざとらしいリトアニア訛りも挑発的だ。
「構って欲しいなら鳴き方を覚えたらどうだ」
薄笑いを浮かべた表情は揺るがなかった。
この程度の反撃は想定内であるらしい。ますます気に食わぬ。
かと言って嫌悪感とは無縁だった。同じリトアニア系であり、純血至上主義の寮にあって半純血というハンディキャップを負った者同士という連帯感が勝る。一方的な思い込みの自覚はあったが五感のいずれも知らぬ大陸の郷里が、不思議と彼女への苛立ちを鎮めてくれるのも事実であった。
それを感傷と呼ぶのは重々承知の上である。
リーナの揶揄いは、はじめから一人芝居なのだ。
そう思うとこの四つ離れた下級生へ愛嬌を感じるのだった。
「リボンのない方がずっとマシに見える」
癖のあるダークブラウンの髪は後ろへ撫でつけられている。普段は白っぽい、パステルな色調のリボンで飾り立てられているのだが、可愛らしく装おうとの意図が露骨でむしろ愛嬌を損なっていた。ミーシャは他意なく自然体の方がよいと褒めたつもりであったが、リーナは却ってその方が不快だったらしく顔を引き攣らせた。
奇妙に愛想笑いを浮かべているより整った造詣が際立つ。
理想と現実の乖離はどこにでもあるものだ。
「ブラッジャーで頭蓋骨が変形しないよう祈ってれば?」
「私に言ってどうする。そんなヘマをするほどじゃあない」
吐き捨てるリーナの言葉をミーシャは履き違えた。
舌打ちを自制できたのはキャプテンの手前だからだ。
上級生である事など何の価値も有さない。
遊び甲斐のない朴念仁から同学年へ矛先を移す。フローラとヘスティアは杖を使わず、恭しい手付きで菫の真っ直ぐな黒髪を編み込んでいる最中だった。上級生下級生というより令嬢と使用人の関係である。それとてこの双子が率先して行なっているだけで、菫が下級生を顎で使うような真似をしないのは周知の事実だ。
どの寮よりもパワーバランスが強いスリザリンでは珍しい。
グリフィンドールでは年齢の別なく冗談や悪戯を仕掛ける。ハッフルパフで年功序列を説くのは愚の骨頂と見做され、レイブンクローにおいては知的好奇心と議論における弁舌が重視される。スリザリンでは家柄と年功序列が人間関係に直結する。無論、貴族的奉仕精神もまた求められる。上級生が下級生を隷従させるではないが、しかし異なる学年間で明瞭に奉仕と庇護の図式が存在するのだ。
「次は私のも結んでくれる? 得意なんでしょ?」
仮面を整えて言ったリーナに双子は冷たく応じた。
あしらい方を熟知しているようだ。
「杖を使いなさいな。無くしてしまったの?」
「半端な長さね。もっと伸ばしてくれないと」
困り顔にも冷笑にも見える、絶妙な表情である。
少し遅れて菫もにこにこと微笑んだ。
こちらは珍しい。普段の無感情とは別人だ。
「いつもの髪型も素敵ですけど、いまも凜々しくて良いと思いますよ」
褒められてもやはり嬉しさが湧かぬ。
フラー・デラクールの存在が邪魔をする。
毎日、最低でも一通は手紙が届くから破局していないのは間違いない。性格こそ傲慢で鼻持ちならないフランス女だったが、美貌はまさしく完全無欠、一分の隙も与えぬ絶世のビジョである。それを思い出すといくら容姿を褒められたところで二番手であるという認識が脳裏を過ぎり、何やら得体の知れぬ敗北感を植えつけてくる。無意識下の劣等感を自覚させられるようで昨年仄かに抱いていた腹立たしさがより鮮明に蘇るのだった。
さて。しばらくして、キャプテンの身支度も調う。
立派な三つ編みをさげて菫は立ち上がった。
「お待たせしました。待ちに待った初試合ですが、作戦なんてありません。フローラとヘスティアはひたすらクァッフルを追い掛ける。リーナとミーシャはひたすらブラッジャーを手近な対戦相手に叩き込む。私はひたすらスニッチを追い掛ける。細かい事を考えるのはドラコとエイドリアンの役目です、みなさん目の前の状況に集中していれば大丈夫」
キャプテンらしい、非常識な激励だった。
大雑把であるが所詮即席チームである。
繊細な戦術も奇想天外な戦略も不可能。いくら猛練習に邁進したとて現状は素人集団だ。
だったら奇策を弄さず正面からぶつかるのが良い。
優勝目指して猛進あるのみ。
シンプルで分かりやすい。
控え室へと続く扉へ菫が手を伸ばしたとき、薊が更衣室へ姿を見せた。
相変わらず女性らしさに欠けるパンクファッションであった。
その表情は険しい――常からの三白眼ではなく、困惑や動揺の色が濃い。
「試合は一時中止だ。事情は知らないが、ハリーが寮監の部屋に呼び出された」
唐突なシーカーの欠員である。代理を探すにせよ、時間を要する。
仮に補欠選手が控えていたところで『史上二人目の最年少シーカー』に匹敵するはずもなく、事実上の消化試合となる。
「選手は待機だ。菫、フーチ先生が外で待ってる」
「なんで私が?」
「キャプテンだろうが。試合の事を相談するんだよ」
「ああ……そっか……そうだ……」
寝耳に水で茫然自失状態の菫を薊が叩く。
「しゃんとしろ。アンジェリーナもすぐ来る、オレは付き添えない」
本来ならば監督が伝えるべき事柄である。だがここは女子更衣室で、スネイプ教授は男性である。伝令として女子生徒が送り込まれるのは当然である。それが薊なのは、菫との仲睦まじさを考えれば当然であった。
「行けって。突っ立ってるな、時間が惜しい」
「え、姉さんは?」
「オレが行ってどうすんだよ! クィディッチに関わってねえのに!」
現実から置き去りにされた理解のまま菫は女子更衣室の外へと送り出される。
夢遊病じみた足取りに付き添おうとするカロー姉妹の前へ薊が割って入る。
双子は目に見えて動揺する。落着きを失い、薊に縋るように迫った。
「ポッターが何をしたと言うのですか。この大事に、無粋な」
「大一番だというのに。試合の後でも良いではありませんか」
「だから。オレもただ一時中止と、呼び出し以外知らねえんだよ。多分知ってるのはマクゴナガル先生とダンブルドアくらいだ……なんなら向こうの控え室で待つか?」
監督もいるだろ、と薊は尤もらしくつけ加えた。
白状するならばスネイプ教授を矢面に立たせようとしたのだ。
しかし扉を開け放って見ると放心したドラコが立ち尽くす。
エイドリアンは変わらず沈痛な面持ちでベンチへ腰掛けていた。
「おい先生どこだよ」
「校長室へ。試合の件は聞いている」
「アンタ喋れたのかよ……」
気が緩んで暴言を吐いた自覚もなく薊はドラコへ近寄る。
「おい副キャプテン。起きろ、失神呪文でも食らったのか」
何度か顔の前で手を叩く。間近に感じる音と気配でどうにかドラコの意識が現世へ帰還すると、すぐに薊へ食ってかかった。薄いアイスブルーの瞳が怒りで充血している。
「試合直前にシーカーが欠員? こんな事は前代未聞だ! アオイ、これもお前の差し金じゃあないだろうな」
「オレがなんでポッターを罠に嵌めなきゃならねえんだ。ンな真似してみろ菫がヘソ曲げるだろうが」
凄むだけ凄んでいくらか怒気が抜けたドラコは乱れた前髪を整えた。
大きな深呼吸のあと「済まない。筋違いだった」と真っ先に詫びる。薊も「落ち着けたなら儲けたさ」と水に流した。二人は――反魔法省運動の首謀者という共通の立場から――すぐにハリーの身を案じた。
「校則違反やレポート課題程度の事柄じゃない。それを言ったらグリフィンドールのビーターは毎試合欠員か代打になる」
「マクゴナガル先生がクィディッチより校則を優先するワケねえよ。ウチの祖母さんより熱狂的だぞ……いやそれはいいんだ今は」
思考が纏まらぬ薊は不覚にも自ら脱線をした。
「この五年間、独占状態だったシーカーが抜けるとなると……試合になるのか?」
「なるものか。試合経験はないが……付け焼き刃ではスミレの相手にならない」
「試合になんないでしょうね。向こうの士気、とっくにガタガタじゃない? 勝つのは楽だけど面白いかって言われたら別だし」
ビーターからの意見にエイドリアンも頷く。
「ただ待つだけだ」
ほんの一言、しかし的確な指摘に控え室は静まり返る。
他に出来る事はないのだ。マダム・フーチの口から事情が語られるとも思えぬ。元よりスネイプ教授すら詳細を伝えるよりダンブルドアの元へ馳せ参じる事態など、想像を禁じ得なのである。
薊は「立っててもしょうがねえ」と適当なベンチへ腰掛けた。
こんなときユーモアの一つも言えたらと思うが、悲しいかなセンスが致命的に欠けている。むしろ自身も困惑する一方で淡々と周囲を観察してしまっていた……リーナが指摘した通りグリフィンドールは仮に代打シーカーを確保したとて、心理的なコンディション――即ち士気に水を掛けられた。スリザリンもデビュー戦に横槍を入れられ出鼻を挫かれたのである。戦意を挫かれたに等しい。
気掛かりなのは菫がそれを理解しているかどうかなのだ。
†
「代打のシーカーを探します。一時間、いえ三十分の猶予を下さい」
予想外の事態にもアンジェリーナは毅然として振る舞う。
狼狽える菫とは備わっている胆力が決定的に異なっている。
キャプテンとしての覚悟を汲み、マダム・フーチは「結構。試合開始は
だが試合は執り行われる事は把握し、慌てた。
「こ、困ります。ハリーなしで試合をしてもそれじゃあ勝つ意味が……」
「舐めないでくれ。シーカーが交代した程度でアッサリ負けるほどヤワな連中じゃない」
新たなキーパーとして加わったロンも含め、アンジェリーナは菫に反発を示す。この程度で揺らぐような選手はいない。それしきで調子を崩す程度の生温い練習はしていない。積み重ねてきた経験への信仰心であり、自尊心でもあった。だが菫にもまた深刻な事情がある。発した声音は厳冬を思わせる、底冷えした調子であった。
「代打に勝ったところで実力じゃない。そんな結果ではまた後ろ指をさされるだけだ」
吸血鬼の身体能力による不正だと揶揄すらされる。
これ以上ない侮辱であり、否定し難い事実である。だからこそグリフィンドールが擁する天才シーカー、ハリー・ポッターという学生選手としての最高峰に挑み、勝利してようやく自身も結果を受け入れられる。有象無象を沈黙させるにも他の選択肢はあり得ぬ。百万遍の言葉を尽くしたところでたった一つの結果は全てに優越する。勝利にまさる弁明なし――詭弁を以て納得させるという発想……そのものが軟弱。
意地と意地がぶつかる。これもまた一つの戦いである。
裁定は覆らない。アンジェリーナの号令の元、グリフィンドールが総力を挙げて菫を……スリザリンの新シーカーを叩きのめす事となる。
「各選手には私から通知します。ジョンソン、貴方は大至急で代打を連れて戻るように」
「ありがとうございます教官」
体育会系ならでは、と言うべきか。いずれにせよ菫には未知の世界が展開された。甚だ不服だが致し方ない。審判の決定を覆すには手札がない――そう諦めた矢先である。予想外の援護射撃が為された。
「申し訳ありませんが、スリザリンも代打のシーカーを探していただがなくてはなりませんわね」
甘ったるい、演技丸出しの咳払い。
審判と両チームのキャプテンだけの空間へ侵入した、ピンク色のガマガエル。あるいはホグワーツ高等尋問官。ドローレス・アンブリッジが満月のような輪郭の顔へ嘘臭い愛想笑いをべたりと貼り付けていた。マダム・フーチの眼力も平然と受け流しながら一巻きの羊皮紙を示す。
「ホグワーツ高等尋問官が何用ですドローレス。クィディッチの審判にまで介入する教育令など出ていないでしょう」
「お言葉を返すようで恐縮ですがロランダ……私、いまは魔法大臣室上級次官としての職務を果たしていますのよ。ですから
「大臣がクィディッチ愛好家とは知っていましたが! まさかアレだけの失態に懲りずまた催し物をするつもりとは!」
「さてそれはどうかしら……少なくともコーネリウスはより重大な案件に着手していますから、このような
侮蔑も露に嘲笑するマダム・フーチへアンブリッジはさらに深く微笑んだ。全身が総毛立つほど悍ましい顔である。上弦の月を描く両目などほとんど化け物よりも化け物じみて、アンジェリーナどころか菫すら後退りを禁じ得なかった。
ぶよぶよと水っぽく膨らんだ短い指で羊皮紙を広げる。
文章にはコーネリウス・ファッジのほか、ウィゼンガモット法廷首席書記官を始め錚々たる面々の署名が連なっている。果たして菫はその重大性を理解出来ないでいた。真っ先にマダム・フーチの顔色が蒼褪め、次いでアンジェリーナもよろめいてさらに数法ばかり後退がった。
「何ですかコレ……出頭要請?」
「魔法省は昨年、ジェームズ・ポッター及びリリー・ポッター、旧姓エヴァンズの死並びにマグル十二名の大量殺人に関するシリウス・ブラック氏への判決を撤回しました。しかしその処理に際し証拠不十分との指摘を多数受け、コーネリウスは法の公平性を鑑みこの度再再審議を実施する決定を下しました。ミス・アオイ――もちろん貴女と、従姉さんの事です――は重要参考人としてウィゼンガモット大法廷での非公開聴取が行われるため、魔法省への出頭要請が出ています。これからダンブルドアにお二人の外出許可をいただくため校長室へ伺う事になりますが、そう言う事情です」
つらつらと澱みなく読み上げられても菫はまた呆然とする。
特にレトリックの類が用いられた訳ではない。単純至極、何故今更にシリウス・ブラックの釈放と判決取り下げを再審理するのか理解が及ばないのである。アレが冤罪であった事はバブリングを通してダンブルドアへ伝わり、ホグワーツ校長の口からファッジへ報された。有能でないにせよ動物もどきが謎を解く鍵であったと理解したからこそ、ファッジも方方へ働き掛けたのである。そうでなければ四大魔法学校対抗試合にハリーの父兄として晴れてホグワーツを再訪するなど不可能だった。
この措置の理由を尋ねるという発想が出てこない。
愕然と、あるいは呆然とする三人にアンブリッジは満足したらしい。
「ですから、敢えて試合を為さるのなら、スリザリンもシーカーを探してくださいねロランダ。こちらのミス・アオイも、もう一人のミス・アオイも、大至急で魔法省へ向かってもらいますから……よろしくて?」
アンブリッジは意気揚々と更衣室を去って行く。
残された菫はひたすら立ち尽くす。いま起きている事象が、如何なる力学と法則の元に成り立つのか分からぬのだ。
どのみち魔法省の人間の考える事など理解する気もないが。
しかし彼女の常識では計り知れぬ事には違いない。
それは冷凍保存された戦国武将が二十世紀のロサンゼルスで目覚めるようなもので、とどのつまり荒唐無稽なのである。
†
直談判を経るまでもなくダンブルドアは菫と薊の外出を許した。
アンブリッジは一先ずの任務を果たし揚揚と校長室を辞した。ずんぐりとした矮躯をパステルピンクのローブで包んだ高等尋問官のすぐ隣に並んだマクゴナガルは、菫でさえ一目で激怒していると理解出来るほどに怒り狂っていた。額に青筋が浮かんでいてもなんら不自然でない。おそらく校長室で慇懃無礼の限りを尽くしたうえ、シリウス・ブラックの名誉を――彼の高祖父であるフィニアス・ナイジェラス・ブラックの肖像画が飾られているとも知らず――散々に踏みにじったのであろう。
私服へ着替え身支度を調えた薊と菫はその件に触れまいと目配せをした。
目に見えている爆弾を刺激するほど物好きではない。
対してハリーはほとんど縋りつく勢いでマクゴナガルへ駆け寄った。
「マクゴナガル先生、シリウスがまたアズカバンへ送られるなんて、そんな馬鹿な事はあり得ないですよね? ダンブルドア先生も『間違いだ』と仰っていたんですよね?」
いまにも泣き崩れそうな声だった。辛さのあまり聞くに堪えず、薊はこの場から逃げ出したい衝動に駆られた。菫でさえハリーの姿を視界から外す程度には堪えた。マクゴナガルには尚更拷問であったろう。ほくそ笑んでいるのはアンブリッジばかりで、成程ファッジの走狗となり下がるのを屁とも思わぬ下劣な性根である。菫は内心でちょうど良い手駒だと再認識した。
「ポッター、今回の件はあくまで手続き上の問題です。最重要の証人であるピーター・ペティグリューが護送中、吸魂鬼に襲われ落命した事が元凶ではありますが……つまり魔法省の失態によって発生した、という意味あいです。しかしボーンズ法執行部部長の人柄を考えれば……」
「無論、失態は失態ですわ。吸魂鬼の統制は法執行部の管轄です。そして一連の手続きを進めたのも主として法執行部ですから、ボーンズ部長には
「ならば現法執行部部長を任命したコーネリウスが全責任を負って大臣の職を辞するのが適切でしょう。魔法大臣の地位は魔法省における
最後は完全に怒鳴りつけていた。ハリーは呆気にとられ、言葉を失った。
「何してんのあのオッサン」
「だってバカだもんアレ」
「あー……」
薊は完全に英語を忘れていた。諸々の謎に合点がいった。シリウス・ブラックの裁判に対する再々審理が決定されたのは、究極的にハリーへの脅迫であるのだ。グリンデルバルドが指摘した通りハリーがヴォルデモート復活の証言を訂正すれば、それだけでダンブルドアと『不死鳥の騎士団』による戦争準備は大きく後退し、しかも停滞を余儀なくされる。そうなればファッジはより長く魔法大臣の椅子にしがみついていられる。そしてこの謀略が成功したとき最大の利益享受者となるのは誰か……最早論ずるに及ばぬ。
アンブリッジがどこまで認識しているかなど些末な問題だ。
自分たちがどちらの陣営に従うかの踏み絵である。
してやられた、と歯がみする思いで胃痛を堪える。
だがハリーは冷静さを失っていた。事が事であり、非難は憚られた。
真っ向からアンブリッジへ噛みつく。
「そんなにヴォルデモートの復活を認められないなら日刊予言者新聞でそう宣言すればいい。あのリータ・スキーターならタダでも書くさ。自分より少しでも大きく見えるモノへ唾を吐かずにいられない、下劣で卑怯で惨めなホラ吹きだ。ファッジと似た者同士インタビューも弾むに違いない。ついでにマクネアも取材するといい、ご主人様から貰ったそれは立派な純銀の義手を見せびらかしてくれるだろうね」
概ね菫の同意していたが敢えて沈黙した。ここでハリーの肩を持てば魔法省と、引いてはアンブリッジの直属の上司との全面対決に突入する。それは不味い。『服従の呪文』を用いず手に入れた駒である。捨てるにはまだ早すぎる。結果的にハリーはいち学生の身分でありながら公然と、それも二度に及んでホグワーツ高等尋問官を批判した形となった。無論マクゴナガルとしても罰則を与えねばならぬのだが、彼女もまた潔癖性と言うべきか、生真面目な公正さの故、ハリーの支持に回ったのである。
「些か口が過ぎますポッター、先月も同様の主張をキザハシ先生に咎められたばかりではありませんか。となると
思わず吹き出しそうになり薊は顔を背けた。
よりによってあの担任が罰則など、あり得ない。
生徒の素行に一切興味がない筋金入りの放任主義者である。その甲斐あって七組は生徒が自主的に規則を意識して振る舞うようになったのだ。他人への関心を太平洋に不法投棄した人物が課す罰則など程度が知れる。そしてマクゴナガルもまた気心知れたグリフィンドール生と過ごすよう助言したに過ぎない。その意図を汲めない菫は「変わった罰則だ」とぼんやり考えているだけだった。
だがぼうっとしていたおかげで、アンブリッジの笑みが引っ込んだのに気づけた。
常軌を逸した権力の亡者に対し公然と刃向かったのだ。
逆鱗を踏む行為であるのは当然と言える。
だがまあ、アンブリッジの
悪役は邪悪であればあるほど立ち向かう側のモチベーションも高まる。
これで誰を煽動する事もなく状況はエスカレーションしてくれた。
犬は少し知惠が足りないくらいの方が可愛い……吠えるだけなら牛や豚でも事足りる。